千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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62話:船上のチェイサー・中編

「先輩方を訴えさせてもらいます! 理由はもちろん、分かりますよね?」

「おい、リオ。こいつぶん殴っていいか?」

「待ってちょうだい。コユキの言い分も聞きましょう」

 

 大間(おおま)のマグロのように釣り下げられたコユキが、ピチピチと元気に訴える。

 それを聞くネルがピキキと青筋を立て、リオが冷静な表情で待ったをかける。

 そんなセミナーの一室。

 

「流石はリオ会長! 頭の固いユウカ先輩とは大違いです」

「なんですって!?」

「姉妹喧嘩はダメよ。お姉ちゃんは悲しいわ」

「……なんか最近は変な方向に柔軟になっちゃいましたが」

 

 なんか自分が反省室に閉じ込められている内に、変な化学変化を起こした会長に微妙な視線を向けるコユキ。

 まあ、誰だって『合理的ね』が口癖の人間が急に『私たちは姉妹よ』と姉を名乗る不審者になったらそうなる。

 

「それで、何を訴えるのかしら?」

「それはもちろん、海に落とされたことですよ! 泳げないのにドローンを壊されて海に放りだされるなんて、酷いと思いませんか!? 私達は魚じゃないんです。人間ですよ!」

「どちらかと言えば、海に浮かぶ粗大ごみでは?」

「確かに……海への不法投棄は立派な犯罪ですね」

 

 アカネとキリノがコユキに対して、辛らつな言葉を投げる。

 

「酷い!? もう、これはちょっとした事件ですよ!」

「セミナーはあんたのおかげで、大事件状態だったけど?」

 

 酷い目にあったと叫ぶコユキに対して、ユウカが冷たい視線を返す。

 悲しいことにここにコユキの味方はいない。

 

「いやいやいや! 海に落ちてからも大変だったんですって! 船くらいある大っきなサメが私を食べようとしてきて……アスナ先輩とカリン先輩に助けてもらわなかったら、どうなっていたことか……」

「あはは! 楽しかったねぇ」

「まさか本当にサメが出るとは思わなかったが……無傷で何よりだ」

 

 キヴォトスホオジロザメに皮を剝がれそうになったコユキだが、間一髪のところで救出された。

 軽く海がトラウマになったので、今度逃げても海に行くことはないだろう。

 

「そう……大変だったわね」

「はい! 大変だったんですよ! なので、ここから釈放してください! 私は自由になりたいんです!」

 

 ヨヨヨと吊るされたまま泣くコユキにどんな言葉をかければいいか分からずに、曖昧な言葉を返す、リオ。

 そこを弱みと見たのか、一気に自分の要求を押し通そうとするコユキ。

 

「コユキ、あなたは……ミレニアムのことが嫌いなのかしら?」

 

 そんなコユキに対して、リオが悲しそうな顔でミレニアムは嫌いかと問う。

 生徒会長として、何より姉として出ていくと言われるのは悲しいのだ。

 

「え? い、いえ、嫌いとかじゃありませんけど……」

 

 だが、逆にこれに慌てたのはコユキの方である。

 おかんに『(うち)が嫌なら出ていき!』と言われるのは、冗談で返せるが。

 お母さんに『家のことが嫌いなの…?』と言われると、冗談で済まなくなる。

 

「じゃあ、何が不満なのかしら?」

「え、えっと……先輩達のことは好きですよ? 色々言われますけど、なんだかんだ言って優しいですし」

「コユキ……」

 

 意外に自分の心遣いは通じていたんだと、目を丸くするユウカ。

 

「でも、遊びたいじゃないですか! 際限なくお金をつぎ込んでギャンブルをしたり、面倒な時は学校にも行かず宿題もせずに一日中寝たり、人のお金で好きなものだけ食べて、嫌いなものは残したり! そんな自由が私は欲しいんですよ!!」

「やっぱり、ダメ人間ね」

 

 そして、人間の屑のような発言をするコユキに溜息を吐く。

 

「何でですか!? 誰だって、一度は思うことでしょう!」

「思いはしますが、何事にも限度というものがありますよ……」

「本官は、自由とは義務をなした後にこそ、与えられるものだと思っています」

「この優等生共めーッ!!」

 

 確かに思いはするけど……。

 アカネとキリノが苦笑い交じりに、コユキを否定する。

 

「……生物学的には生物は苦痛を拒むものとされているわ。全てのストレスを避けるコユキの言葉も、おかしいものではないわ」

「会長!」

「にははは! 残念でしたね、ユウカ先輩。会長は私の味方みたいですよ?」

 

 学園トップの支持を受けたのならば、それはもう勝ちも同然。

 コユキは吊るされたまま、ピチピチと跳ねてユウカを煽る。

 コイキ〇グかよ。

 

「でも、ある程度のストレスは必要よ。脳科学的には一切のストレスを与えない状態だと、老化や脳の機能の低下が著しくなると証明されているわ。コユキ、あなたの願いはあなたの健康に悪いから却下よ」

「ガーン!?」

 

 しかし、一分の隙もないリオの反論の前に即座に撃沈する。

 ノーストレスノーライフなのだ。(ノー)だけに。

 

「そもそもの話、あなたの願いは本来ならあなただけで完結するはずのもの。それを人のお金を使うという犯罪行為を行って成し遂げようとするから、こうして叱っているのよ」

「け、結果、良ければ、全てOKということで……」

「現実を受け止めなさい。サメに食べられかけ、ニューネッシーのように吊り下げられている。それがあなたの結果よ」

「うッ!」

 

 結果とは目の前の現実のこと。

 一切の逃避を許さない、リオの鋭い言葉がコユキの心をえぐる。

 

「良いことをすれば良いことが。悪いことをすれば、悪いことが返ってくる。それを忘れたらダメよ」

「にはは……リオ会長らしくありませんね。そんなオカルトみたいなことを言うなんて」

「オカルト? 違うわ。れっきとした統計データがあるものよ。良いこと、すなわち他人のために動く人間は他人に助けてもらえる確率が上がるわ。ユウカみたいに、いつも頑張っている子は私も助けたいと思っているわ。逆に悪いことをする人間は、相手にやった分だけやり返されるわ。あなたが債券を発行しなければ、サメに食べられかける事態にはならなかった。こう言えば、分かりやすいかしら?」

「う、ううぅ……」

 

 一切の反論を許さないド正論のデンプシーロール。

 吊るされたコユキはまさに言葉のサンドバッグ状態だ。

 

「そこまで言わなくても……」

「……ユウカ、コユキを下ろしてちょうだい」

「え? あ、はい。分かりました」

 

 マグロの水揚げのごとく、地上に降りてくるコユキ。

 それと同時にコユキの目が脱走経路を探すが、ネルがギロリと睨みつけてくるのですぐに断念する。

 戦闘のプロのC&C4名を巻いて逃げられるほど、コユキは強くはないのだ。

 

「コユキ……よく聞きなさい」

「は、はい」

 

 腰をかがめてリオがコユキと視線を合わせる。

 

「あなたの力はその気になれば、現代社会を混乱に叩き落せる力よ」

「え? そんなに?」

 

 リオの言葉にキョトンとした表情を浮かべる、コユキ。

 コユキにとっては当たり前に使える能力で、金を盗むことぐらい…ぐらい? にしか使わないが本来はもっと不味いものだ。

 

 政府だろうが、大企業だろうが、コユキの前では金庫の扉を外しているようなもの。

 機密情報を盗んでバラまくこともできる。悪人に個人情報を売ることも出来る。

 銀行の信頼を地に落とせるし、仮想通貨などコユキの個人資産扱いになる。

 扉間がコユキを利用すれば、国家転覆もできるだろう。

 

「合理的判断を下すのなら、あなたへの対応は二択よ。大過にならないように先んじて排除するか、自分の利益になるように洗脳して利用する」

「ふ、普通にお手伝いするとかの選択は……」

「いつ暴走するかわからない道具は使えないわ。あなたの自由意思はこの上なく邪魔よ」

「おっふ…ッ」

 

 そこまで言います? と、涙目になるコユキだが周りの誰もフォローに入らない。

 それはリオに任せているのもあるが、言っていることがこの上なく事実だからである。

 

「でも……私は合理的判断を下さないわ」

「え? 会長が?」

 

 普段からユウカ程ではないが、合理的とか言っているのにと、コユキが目を丸くする。

 

「コユキ、あなたは私の妹よ」

「私、一人っ子なんですけど……」

 

 そして、続く言葉に目を見開いたまま白目をむく。

 

「血の繋がりなんて些細なことよ。ミレニアムの生徒はみんなビッグシスターの妹よ。ユウカもノアもあなたも、みんな私にとっては妹よ」

「ユウカ先輩! ユウカ先輩! リオ会長がストレスのせいか、頭がおかしくなっていますよ!」

「結構前からよ。あなたは反省部屋にいたから知らなかったんでしょうけど」

「どうして、誰も止めなかったんですか…! どうして!?」

「別に、私は会長の妹なのは嫌じゃないもの」

 

 リオ会長が正気を失ったと叫ぶコユキだが、ユウカはため息を返すだけだ。

 なぜなら、姉になっただけで別に狂ったわけでもないし、むしろ以前より明るくなったのだ。

 ヒマリなどは双子の妹扱いされて発狂しているが、普通の生徒にとっては良いことしかない。

 リオを尊敬するユウカからすれば、なおさらだ。

 

「話を戻すわよ。妹を見捨てる姉はいないわ。それがどんなに合理的な選択だったとしてもね」

「う、嬉しいことなんでしょうけど、嬉しくないです……」

 

 火の意志をインストールしたリオに、コユキ()を見捨てる選択肢はない。

 これには、黙ってリオに任せている扉間もニッコリである。

 

「妹を守る。ミレニアムも守る。キヴォトスも守る。全てを成し遂げないといけないのは、難しいことだけど……安心して頂戴。全力でお姉ちゃんを遂行するわ」

「お姉ちゃんを遂行するって何ですか?」

 

 お姉ちゃんを遂行するということは、お姉ちゃんを遂行するという意味なんですよね。

 

「私はあなたを諦めないわ。あなたが自分の能力に振り回されて不幸にならないように、しっかりと躾をするわ」

「別に暗号を解けなくても、やることは変わらないと思うんですけど……」

「……そこが、あなたの欠点であり美徳ね」

 

 コユキの長所は、社会をぶち壊す力を持っていても自分のためにしか使わないことである。

 逆にコユキの短所も、能力を自分のためにしか使わないことである。

 自由に好きなことだけをやりたいと、良くも悪くも純粋なので被害が小さく収まっているのだ。

 いや、ユウカの苦労を考えると全くもって小さくはないが。

 

「もう一度言うわ。コユキ、あなたは私の可愛い妹よ」

「にははは……そこまで言われると、なんだか照れてきますね」

 

 お前も妹だ。

 そう、何度も言われて徐々に洗脳…失礼。

 姉妹愛が芽生えてくるコユキ。

 

「だからこそ、私が責任を取らないといけない」

「え?」

 

 そんなコユキに対して、リオが()()()手を振り上げる。

 

 

「……許してちょうだい、コユキ。これで最後よ」

 

 

 ペチン。

 小さな、子供が叩く程度の音がコユキの頬から響く。

 

「……へ?」

「か、会長がコユキに手を上げた…?」

「へぇ、リオが後輩を叩くところなんて、あたしも初めて見たな……だいぶ無理してそうだけどな」

 

 リオに叩かれて呆然とするコユキ。

 基本的に冷静で手を上げるところなど見たことがなかったので驚く、ユウカ。

 リオの体が震えていることに気づき、何とも言えない視線を向ける、ネル。

 

「いいかしら、コユキ。人のお金を盗むのはいけないことよ」

「は、はい……」

「人にいたずらに迷惑をかけることはダメよ。助けが必要な時は、素直に助けてと言いなさい。お姉ちゃんがあなたを助けるわ」

「わ、分かりました」

 

 母親が小さな子供に言い聞かせるように、しっかりと目を見てコユキに道理を説く、リオ。

 流石のコユキも、その真剣さには茶化せずに頷くことしかできない。

 

「それから、覚えておいてちょうだい。力とは、ただそこに存在するだけで、様々な価値を持ってしまうものなの。本人の願いとは関係なく」

 

 アリスとケイのことを思い浮かべながら、リオは告げる。

 世界そのものを滅ぼせる2人よりは低いが、コユキの力も人間にとって凶悪だ。

 排除や利用といった手段で人を狂わせる。

 

「それでも……決定権はあなたにあるわ。あなたの能力は、社会を滅ぼすこともできる力よ。でも、社会を滅ぼせるからと言って、必ず社会を滅ぼす必要なんてない。人間ならば選ぶ自由があるもの。別にいいのよ。社会を滅ぼす力を持ちながら誰よりも平和を望んでも」

「別に社会の平和を望んだりはしていませんけど……いえ、もちろん滅んだりしたら私も困るので、壊す気はないですが」

「因みにだけど、あなたの人のお金を盗むやり方は最終的には自分以外が全て潰れるわ」

「あ」

 

 債券を刷れるのは、当然破産してない時だけだ。

 コユキが際限なく債券を出していれば、セミナーは消えていた。

 そして、同じことを他の学校でもやって次々に潰していっただろう。

 

「そして利益を独占する嫌われ者が居たらどうなるか……あなたなら良く分かるでしょう?」

 

 今度は自分が相手から奪われる立場になるまで。

 今まで自分がやってきたように。

 

「でも、あなたにはそんな結末を迎えてほしくはないの。それに私はあなたが、しっかりと真人間になれると信じているわ」

 

 信じる。

 火のように赤い瞳に照らされ、コユキの目が濡れたように輝く。

 

「……どうしてそこまで信じてくれるんですか? こんな私なんかを」

 

 コユキは能天気で、相手のことも、先のことも碌に考えないクソ野郎…失礼、クソ女郎である。

 しかし、自分がボロクソに言われるに足る人間だという自覚も少しぐらいはある。

 なので、こうもまっすぐに信じてもらえる事が信じられないのだ。

 

 

ビッグシスター(お姉ちゃん)だからよ。姉が妹のことを信じるのは当然のことよ」

 

 

 コユキという危険な存在を野放しにする、非合理的な行動の理由。

 それは、お姉ちゃんだからである。

 姉からすれば、妹を守るのは妹が生まれた日からの義務なのだ。

 

「兄や姉が、一番最初に生まれてくる合理的な理由を知っているかしら? それは後から生まれてくる弟や妹を守るためよ。コユキ、もう一度言うわ。私だけはあなたを諦めない」

「か、会長~!」

 

 感動の涙を流しながら、リオの豊かな胸に顔をうずめる、黒崎コユキ。

 そんな状況にあたふたと慌てながら、リオが不器用にコユキを抱きしめ返す。

 美しき姉妹(仮)愛である。

 見た目的には親子に見えなくもないとは、言ってはいけない。

 

「もう人からお金を盗んだりしません! ちゃんと借ります!」

「……しっかり返すのよ?」

「…………」

「コユキ、お姉ちゃんとちゃんと目を合わせて」

 

 ほんの少しばかり成長したが、所詮はコユキ。

 盗みはダメでも、無利息・無期限での借り入れならOK判定を下す。

 レ〇クでもそこまではせんぞ?

 

「まあ、一先ず反省は促せたので構わんだろう」

「あ! そう言えば、この大人の方は一体どなたなんですか? 会長」

 

 リオが姉としての叱る(務め)を果たしたのを見届けて、扉間が会話に加わる。

 そんな姿を見て、コユキはリオからの追及から逃れるために全力で話に乗る。

 

 

「お兄ちゃんよ」

「先生と呼べ、たわけ」

 

 

 兄であることは否定しないが、お兄ちゃん呼びはまた誤解が広まるので、ため息交じりに否定する扉間。

 

「あー、あなたがシャーレの先生なんですね。メイドプレイ好きの」

「なぜ、他の悪評よりもメイド好きの噂だけ広がっておるのだ…?」

 

 連邦生徒会長の誘拐とか、銀行強盗とか、陸八魔アルとの繋がりとか、もっとこう…あるだろ。

 そう言いたい扉間だったが、他のものよりメイドプレイ好きの方が生々しいのが悪い。

 

「何でだろうねー? ご主人様」

「たった今、元凶が判明しましたね……」

 

 それに、アスナという元凶が扉間のことを話すときにご主人様呼びするのが、効いている。

 火のないところに煙は立たない。

 これも扉間が火の意志を持ち続けている証左だろう。

 

「それで、シャーレの先生が一体どうして?」

「お前を導くように依頼されてな。まあ……ワシがやるまでもなさそうだがな」

 

 コユキの疑問に答え、扉間は微笑みながらリオの頭をポンポンと撫でる。

 

「あ……」

「よく頑張ったな、リオ。兄として誇らしく思うぞ」

 

 愛する者を叱るというのは、辛く難しいことだからな。

 そう続けて、扉間はリオの頭から手を放す。

 

「た、頼れる姉が、一瞬で妹に……」

「一側面しかない人間など存在せん。大人も誰かの子であり、弟だ。ワシも次男で弟だからな」

 

 キリっとしたリオの顔が、甘えん坊な顔になったのを見て微妙な表情を浮かべる、コユキ。

 そんなコユキに大人も昔は子供だったのだと、子供には分かり辛い当たり前のことを告げる扉間。

 

「さて、お前の()()だが……」

「え? 私、今ので許されたんじゃないですか!?」

「あんたには余罪が腐るほどあるのよ。それに……」

 

 どのみち、ろくな経歴じゃねぇんだ。更生次第、償わせるぞ!

 と、ユウカが寒気がするほどに綺麗な笑みで言いながら、ある紙を取り出す。

 そこには。

 

 

()()()()()は返さないとダメよね?」

 

 

 今回の債券でコユキがギャンブルに使った金額が載っていた。

 その額、10億円(1アビドス)

 

「にははは! ………え? 10億? ユウカ先輩、桁を間違えていませんか?」

「夢であって欲しいのはこっちの方よ。感謝しなさい、コユキ。無利息で貸してあげるわ」

「出来れば、無期限で……」

「あんたの卒業までが期限よ。大丈夫よ、ちゃんと返せる金額ではあるわ」

 

 コユキ。個人で1アビドス(借金10億)を達成。

 見ているか、アビドス。お前を超える逸材がここに居るぞ。

 

「……あ! そうだ! 書面だと失くしてしまいそうなので、データで渡してくれませんか!?」

「データを改竄するつもりなら無駄よ。あんた相手にはノアがアナログで記録するから」

「ノ、ノア先輩が……」

 

 セミナーの書記である生塩ノアは、ずば抜けた記憶力の持ち主でコユキが苦手とする生徒だ。

 具体的には、小学生がよく言う『何年何月何日何時何分何秒、地球が何周回った時!?』という何のゲシュタルト崩壊に対して、完璧に返してくる人物である。

 

「あんたなら記録サーバーを襲撃したり、書類の保管場所を燃やしたりしかねないもの。その点、ノアが記憶すれば安全安心よ。いくらあんたでも、ノアを傷つけようとはしないでしょうから」

「ううぅ、どうしてこんなことに……」

 

 倫理観の欠如が激しいコユキだが、リオもユウカもコユキが人を傷つけたりはしないと理解している。まあ、そもそもそこまで行っているなら、リオがアリスより優先して排除に動いていただろうが。

 

「そういうわけだ。お前には仕事をしてもらうぞ」

「な、何をやらせるつもりですか!? 蟹工船にでも乗せるつもりですか!? それともメイド服でも着せるつもりですか!?」

「あんたが乗ったら、早々にストライキを起こしそうね……」

「C&Cの部長直々に言ってやるよ。メイド服の方から願い下げだとよ」

 

 もう海はこりごりだと叫ぶコユキにユウカが呆れた目を向け、ネルが言葉の弾丸を放つ。

 自分で船に逃げて、自分でサメの餌になりに行ったのに都合のいいものだ。

 

「さて……何をさせるか。まあ、()()()()()お前を連れ回して適性でも見極めるか」

「リオ会長…いえ! リオお姉ちゃん! 私を諦めないんじゃなかったんですか!?」

「? 信頼出来る人に指導を頼むことも教育のうちよ。スポーツでも親はコーチを選んでも、指導そのものはプロに任せるでしょう? そちらの方が合理的よ」

「そもそも、あんたは何もなければ強化した反省部屋に閉じ込める予定だったのよ。先生と一緒に外に居られるだけ、マシでしょ」

 

 扉間の悪評しか知らない故、いったいどんな恐ろしい教育が待っているのかと、怯えるコユキ。

 そんな姿にリオは首を傾げ、ユウカはまだ対応が甘い方だと睨みつける。

 

「いいんですか!? 私ならシャーレの機密情報を簡単に奪えるんですよ!」

「案ずるな。現在、シャーレは物理的に存在せん」

 

 シャーレ()、消えっから!

 物理的に自爆した(消えた)シャーレからでは、流石のコユキも何もできないので安心。

 

「どうせ、反省部屋行きなら、その分先生について仕事でも手伝ってきなさい。シャーレの仕事は、ちゃんと給料が出るから」

「本官も、まずは罪を償う姿勢を見せるのが一番だと思います。努力する姿は、必ず誰かが見ていてくれますから」

 

 部屋に引き籠っているよりは、外で働いた方がいいでしょうと告げる、ユウカ。

 それに対して、キリノも深く頷く。

 こういうのは、一歩ずつでも進めていくことが大切なのだ。

 

「でも、働けども働けども、ちっともお金が貯まらないじゃないですかぁ。まるで手に握った砂が零れ落ちていくみたいに……は! これが反省部屋にノア先輩が置いていった、”一握の砂”?」

「貯まらない理由が、自分で作った借金でなければ同情も出来たんだがな……」

「コユキって給料貰っても、その日のうちに全部使っちゃいそうだよね」

 

 Q:お金が貯まらない理由は?

 A:自業自得。

 

 カリンとアスナが、詩的な表現で嘆くコユキに現実を叩きつける。

 貰った給料をその日のうちにパーッと使ったら、そら貯まらない。

 

「はぁ……これは少々手こずりそうだな」

「コユキを導くこと。既にセミナーの依頼は受けたはずよ、先生。コユキがもう大丈夫だと思うまでは、目を離さないで欲しいわ。出来れば……コユキが3()()()になるまで」

(あき)らかに、厄介払いですよね、これ!?」

「私やユウカが居なくなった時に、あなたに学校を背負って欲しいだけよ。それに、先生と同行すると言っても、授業などはちゃんとミレニアムで受けて貰うわ」

 

 リオの3年生になるまでという言葉に、コユキは見捨てられたと思って涙を流す。

 

「……要らん世話を」

 

 しかし、扉間は別の意図を読み取り、溜息を吐く。

 コユキは今は1年生。

 即ち、彼女が3年になるまでは2年はかかる。

 

「先生はプロでしょう? 依頼を()()()投げ出すことはしないと信じているわ」

 

 つまり、()()2()()はコユキの面倒で先生を辞められないのだ。

 『トビラマ、先生辞めるってよ』事件のせいで、釘を刺されているのだ。

 扉間がまた、辞めるとか言い出さないように。

 

「全く……思いの外、重い代償になったな」

「1年でも長く、先生に先生を続けて欲しいだけよ。ちゃんとシャーレ復興の寄付金に色を付けるわ」

「ダメですよ、会長。しっかり、依頼料として計上してくれないと」

「私個人のお金で払うから、大丈夫よ」

 

 どうやら、隠居はまだまだ先になりそうだと苦笑いする扉間に、リオが小さく微笑む。

 なお、笑顔の裏ではうすら暗い取引が行われているが。

 

「お金を払ってでも、私を追い出したいんですか!? そんなことにお金を使うぐらいなら私にくださいよ! 倍にして返しますから!!」

「ワシは長いこと生きているが……そのセリフを言った者は皆、倍にして返すどころか、倍の借金を背負って帰って来たぞ」

 

 この年でギャンブル好きとか先が心配だと、遠い目をする扉間。

 大姪(おおめい)の綱手が5代目火影になったそうだが、里は大丈夫だろうか。

 いや、立派になったのは扉間も分かっているが、里の金庫に手を付けていないか不安だ。

 

「では、連れて行くぞ。この後、()()()が入っておってな」

「ユウカ先~輩! リオ会長~!」

 

 扉間に首根っこを掴まれて、囧の顔のままドナドナと連れていかれるコユキ。

 

 ヽ(゚卑゚ )-C<(ノロL) うあぁああああー! なんでー!?

 

「可愛い子には旅させよ……すべての困難を取り除くのではなく、険しい道を歩ませる。これも成長には必要なことなのよ」

「お前は母親かよ」

「お姉ちゃんよ」

「……はぁ、こりゃヒマリの奴が発狂するわけだ」

 

 こうして、コユキの連行が決まったのだった。

 

 

 

 

 

「民度を最悪にすればいいじゃん!」

「お姉ちゃん、またそれ? 天丼ネタは受けないよ」

 

 扉間がコユキを引っ張って野暮用に訪れた場所、ゲーム開発部部室。

 そこでは、モモイとミドリがあーだこうだと言い争っていた。

 

「何を喧嘩をしておるのだ?」

「あ、先生です! 『一緒にゲームをしよう』という、アリス達の依頼を受けてくれたんですね」

「正確には、『新作ゲームを作るので、テストプレイをした意見が欲しい』ですよ、アリス」

『キーさん! 会うのは、お久しぶりですね! ………あ、聞こえないんでしたね。では、メールを』

 

 言い争ってはいるが、内容は新作ゲームのストーリーについて。

 別に喧嘩をしているわけではないのだと、アリスとケイの様子から察して扉間はホッと息をつく。

 

「ここは……ゲーム開発部の部室ですか? 面白そうなものがいっぱいありますね!」

「え…? わ、わわッ! 知らない人…?」

「え!? なんで急にロッカーに隠れて……私また何かしちゃいましたか?」

 

 部室に並ぶレトロゲームの数々を、興味深そうに眺めるコユキ。

 だが、その存在に気付いたユズがロッカーに逃げ込むのを見て、ショックを受けた表情を浮かべる。

 誰だって、顔を見るなり逃げられたら心に来る。

 

「気にするな、コユキ。ユズは少々人見知りなだけだ。それと……すまんな、ユズ。コユキも連れてくるのを先に伝えておくべきだった」

「う、ううん……悪いのは私だから」

「あの……先生? 私、なんだかすごい場違いな気がするんですけど……」

 

 一体自分は何のために連れてこられたのかと、気まずい表情を見せる、コユキ。

 

「新作のテストプレイをしに来たのだ。人が多いに越したことはない」

「はい! 先生の言う通りです! 大丈夫ですよ、コユキ。アリス達はコユキを歓迎します」

「そうだよ。ユズちゃんだって面と向かって顔が合わせられないだけで、ゲーム自体はたくさんの人に楽しんで欲しいから」

「う、うん。ミドリの言う通りだよ……」

 

 ユズは人見知りなだけで、別に人との関わりが嫌いなわけではない。

 コユキ相手にも、そのうちロッカー無しで会話できるようになるだろう。

 そう言えば、ロッカーって穢土転生の棺桶に似てるな。

 

「そういうことなら、全力で楽しませてもらいますね! いやー、てっきり地下労働施設にでも連れていかれるのかと思っていましたが、ゲームをしながら借金を返せるなんて楽勝ですね! に・は・は・は!」

 

 コユキの頭に巨大なフラグが立つ。

 ゲーム開発部の新作で()()()を引いてしまう恐ろしさを、コユキはまだ知らない。

 

「借金って……何やらかしたの?」

「黒崎コユキ、セミナーの問題児ですね。まあ、うちにもモモイが居ますので余所のことは言えませんが」

「だから、何でケイは私に辛辣なの!? 後、アリスも問題は起こすよね!?」

「アリスは別です」

 

 アリスちゃんは別だ。

 モモイがやったら拳骨を落とされることも、アリスだと甘い対応にする(ユウカ談)。

 慢心、環境の違いである。

 

「罰を与えただけで真っ当になるのなら、とっくの昔に真人間になっておるタイプだろう、お前は」

「そんなことありませんよ! 先輩達に怒られた回数だって両手で数えられ……やっぱり、足の指でもカウントしていいですか?」

「ワシの指もカウントして構わんぞ」

「でしたら、アリス達の(ちから)も貸します! みんなの力を合わせて目標を達成しましょう!」

「う、嬉しくない~」

 

 今まで食べた米粒の数を覚えていないのと一緒。

 コユキにとっては叱られることなど日常茶飯事。

 一日に3打数5安打を放つ日もある。

 

「まあ、過去のことはいいだろう。今はゲームのテストプレイだ。今回は何を作ったのだ?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたね、先生。今回は今までになかった試みをしてみたんだ」

「……お前が新しい試みと言うと、不安がよぎるな」

「大丈夫だって! それに試みって言っても、今回は今までやらなかったジャンルってだけだし!」

 

 誰もやったことのないこと=誰もが失敗すると分かり切っていること。

 それが主なクソゲーの発生理由である。

 

「へぇー、新しいジャンルですか。何なんですか?」

「ふふーん。今回はね、なんと──」

 

 コユキの質問に、モモイが胸を張って答える。

 キヴォトスのゲーマーを(苦痛で)唸らせたゲーム開発部が送る、新作。

 その名も──

 

 

「──乙女ゲーを作ったよ!」

 

 

 ──“暁の姫”。

 

「コユキと先生には全キャラ攻略してもらって、感想をしっかり貰うからね!」

 

 攻略対象全員攻略するまで帰れま10(テン)、スタート。




コユキは多重影分身を習得したみたいだし、1匹ぐらい連れて帰ってもバレへんやろ……。

今回、アロナ語。
「正確には、『新作ゲームを作るので、テストプレイをした意見が欲しい』ですよ、アリス」
の下にあります。

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