74話:先手必勝
「ふーんふーん♪」
不知火カヤがヴァルキューレの廊下を上機嫌に練り歩いている。
時折、窓に映る自分の姿を確認し、髪の毛を整える姿は恋する少女そのもの。
待ち人が居る部屋に入る前に、立ち止まって念入りにリップグロスを塗りなおす姿からは、女の情念すら感じる。
「……うわ、今の見た? キリノ」
「はい、カヤ室長がウキウキで客室に入っていきましたね、フブキ」
「てことはー……客室に来てるの先生だよね?」
「恐らくは、そうでしょうね。カヤ室長が先生にぞっこんなのは公然の秘密ですからね」
キリノの方は、特に嫌そうな顔はしていないが、彼女も
カヤが扉間にぞっこんという噂は知っている。
「……どう思う?」
「え? どうとは?」
「いや、上司が色ボケしてるのを見るのって嫌じゃない?」
「そ、そう言われると……まあ、はい……」
フブキに同意を求められて、気まずそうに顔を逸らす、キリノ。
別に法律的にも道徳的にも悪くはないのだが、上司のそういう所はあまり見たくない。
うわ! キツ! という感情だ。
「で、ですが、キヴォトスにおいては先生と生徒の恋愛は違法ではないので……」
「そう言えば、キリノはこの前ミレニアムに行ってたけど、そこで先生に会ったんでしょ? どんな感じだったの?」
コユキを連れ戻しに、オデュッセイアまでキリノが行った件を思い出して、フブキが尋ねる。
「ふ、普通に善い方でしたが……生徒のことをしっかりと考えている人だと思います」
まあ、色々と薄ら暗い面も見た気がするが、法律は破っていないのでヨシ!
「ふーん、メイドプレイが好きとか聞いたけど、意外とまともなんだねー」
「あ、でも、一緒にメイドさんと行動してました」
「何か変なことされてない? 大丈夫?」
そう言えば、C&Cと一緒に居たなと思い出すキリノに、フブキがとても心配そうな目を向ける。
扉間が権力を笠に、いたいけな女子高生にメイドプレイを強要していないか不安になったのだ。
「い、いえ! そもそも、そのメイドさんはミレニアムの正式な部活の方々でしたので、偶々かと。戦闘技術も参考になるものでしたよ!」
「メイドなのに戦闘…?」
今更過ぎる疑問をフブキが抱くが、しょうがない。
メイドが戦闘のプロフェッショナルなのは、創作の定番だが現実ではただのお手伝いだ。
そして、執事も大体強いので、きっと従者が強いというのは男女共通のロマンなのだろう。
「とにかく! 先生はそういった不埒なことはされていないはずです!」
「そっか……じゃあ、客室の中で室長がメイド服を着てたりはしないよね?」
「そ、それは、ないと思いますが……」
2人して、カヤが消えた扉の方を見る。
あの奥では、カヤが扉間を誘惑すべくメイド服に着替えて……。
「……やめよ、なんだか気持ち悪くなってきた」
「ど、どちらにしろ、密会ですので私達は早く去るに限りますね」
「パトロールでも行こうかな……ドーナッツのセールが今やってるし」
そんな嫌な妄想を振り払うようにしながら、生活安全課の2人はそそくさと消えるのだった。
「お会いできて嬉しいです、先生」
「ああ、中々顔を見せられずにすまんな。ようやく、シャーレの修理が終わったので、やっと腰を据えられる」
普段より、若干高くねっとりとした声を出すカヤに扉間は真顔で返す。
扉間が自爆させたシャーレ修繕の寄付金に関しては、色々な所から集めていたが、最後はトリニティの
アビドス? アビドスにはよぉ! 人にあげられる金なんざねぇんだよぉッ!
「して……少し
「あ…ッ。お恥ずかしい所を……お、お気になさらないでください」
普段より、少し濃いめの化粧でごまかしていたが、扉間に
(可愛くないから……隠していたのに、どうして気づくんですか? でも、それだけ先生が私のことを見てくれていると思えば……いえ、やっぱり恥ずかしいです)
可愛くない姿を見せたことへの不満。
同時に、しっかりと自分のことを見て心配してくれているのだという嬉しさ。
それらが仙術チャクラのように混ぜ合わさり、複雑な表情をみせる。
「贖罪に張り切るのは嬉しいが、お前が倒れては元も子もない。しっかりと、休養も取れ」
「休みを取りたいのはやまやまなんですがねぇ……状況が中々それを許してくれないんですよ。今回の先生のお話も、きっとそうでしょう?」
また、面倒ごとを持って来たんですよね?
そう、語るカヤから気まずげに目を逸らす、扉間。
偉い人には休みがない。それが世の常だ。
「……すまんな」
「いえいえ、良いんですよ? もっと、私のことを頼って頂いても。先生の人には言えないような無茶なお願いも聞いてあげられるのは、私ぐらいなものですから。遠慮せずに私に人には言えないものをぶつけてください」
ねっとりと独占欲のこもった目で語る、カヤ。
実際問題、グレーゾーンの対処が出来るのは連邦生徒会の中では、カヤぐらいなものだ。
人には言えない秘密が紡ぐ絆……エ駄死である。
「それで、今回はどのようなご用件で?」
両手を机につき、顎をその上に乗せることで権力者っぽいポーズを取る、カヤ。
しかし、その本当の狙いは下から見上げる形にして、扉間に上目遣いをするためだ。
胸がない分、仕草で色気をカバーするしかないのである。
「近々、カイザーが大きく動くはずだ」
「既に味方になっているのでは?」
ジェネラルも排除したので、すでに敵ではないはずとカヤが可愛らしく小首をかしげる。
「理事の話では、プレジデント自らが動くらしい」
「カイザープレジデント…! あの大企業の頂点が……」
しかし、扉間は首を横に振る。
今回動き出したのは、理事やジェネラルの上。
「なるほど、理事さんの権力が及ぶのは当然自分の下まで。その上のプレジデントが動くのならば、止める術はないということですね」
「ああ。あの若造にとってのラスボスでもあるな。プレジデントを蹴落とし、その座につくことこそが奴の最終目標。その上昇志向だけは認めてやらんでもないな」
部下が上司に従うのは会社の常識。
だが、カイザーにおいては違う! 尻尾を振る犬ではなく、飼い主の首を狙う狼達。
それらを従える者が、プレジデントになれるのだ!
「ですが……どうしてこのタイミングで? 今まで動かなかったのが、急に動くということは、何かがあったと思うのですが」
「ああ。アビドスの砂漠で、オーパーツ……超古代兵器が見つかったらしい」
「超古代兵器? また、胡散臭そうな話が……ですが、プレジデントや先生がそう言うのなら本当のことなんですね?」
アビドスに眠っていた“ウトナピシュティムの本船”。
それこそが、カイザーグループが長年探していたオーパーツであり、超古代兵器。
古代兵器でキヴォトスを征服とか、割とロマンに生きてるな、カイザーグループ。
「ワシも最初に聞いたときは半信半疑だったがな……そういったことに詳しそうな生徒に聞いた結果、
「古代兵器に詳しい生徒ですか、それは一体……ああ、いえ、話せないのなら構いませんよ」
「すまんな。現段階では、話すべきではない。プレジデントが超古代兵器を狙っているということは、その生徒も危険な目に遭う可能性があるのだ」
扉間はアリスとケイのことを思い浮かべながら、カヤに今は言えないと告げる。
超古代兵器と聞いた時に、もしや“名もなき神々の王女”関連かと思いケイに聞いたのだ。
そして、その勘は最悪の形で的中した。
「そして、決して超古代兵器を目覚めさせてはならん事も判明した」
“ウトナピシュティムの本船”とは“名もなき神々の王女”に対抗するための決戦兵器。
つまり、アリスを始末するために生み出された存在なのだ。
起動と同時にアリスを消すために動き出しかねない。
「なるほど……それで私は何をすれば?」
そんな隠れた事情は分からないが、扉間の真剣な眼差しに何も聞かないことにする、カヤ。
「サンクトゥムタワーの防備を固めろ」
「つまり、プレジデントはサンクトゥムタワーを狙っているということでしょうか?」
「ああ。仕組みは分からんが、古代兵器を扱うにはどうやらサンクトゥムタワーが必要らしい」
「サンクトゥムタワーが? まあ、あそこは連邦生徒会の本部ではあるのですが、その全てを知るのは、今はいない連邦生徒会長ぐらいなものですので、不思議はありませんが……」
サンクトゥムタワーは連邦生徒会の行政業務に不可欠な存在である。
しかし、その制御権は連邦生徒会長の失踪で一度は消失。
ワカモに占拠されかける憂き目に遭うが、その後、扉間の初仕事で取り戻している。
「しかし、よろしいのでしょうか?」
「何がだ?」
カヤがポツリと疑問を零す。
「いえ、先生のことですので、また敵を誘き寄せて罠にはめるのかと思っていました。ですが、私達が警備を強化すれば、相手は自分達の情報が洩れていると気づくでしょうから」
それは扉間らしくない行動だ。
プレジデントの策が成功するように見せかけて、勝利を確信した瞬間に証拠を押さえる。
そんな行動を取るはずだと、負の信頼を置いていたのだ。
「今回の敗北条件は古代兵器を起動させられることだ。成功率が100%でないのなら賭けに出るのはリスクが高い。そもそも、カイザーをサンクトゥムタワーに踏み入れさせたくすらない」
おびき寄せて罠にはめるのは扉間の十八番だが、それは成功率が高くなくてはならない。
起動と同時にアリスとケイが死にかねない遺物を囮にするのは、危険度が高すぎる。
おまけにウトナピシュティムの本船の起動方法も分からないのだ。
サンクトゥムタワーからWi-Fiを飛ばすだけで、起動できるとか言われたら目も当てられない。
「そもそも、ワシは敵と自分以外を囮役にする気はない。お前達、若き火の意志達の命を懸けるわけがなかろう。警備が手薄で、お前達が傷ついたとなれば、ワシは兄者に顔向けが出来ん」
「先生……」
トゥンクと少女漫画チックな絵柄でときめく、カヤ。
「ところで……古代兵器を使わせないための最終手段として、サンクトゥムタワーの自爆は可能か?」
「ハッ倒しますよ?」
ピキキとサイコラ風にキレる、カヤ。
大好きな人相手でも、自分の本拠地を爆破させていいかと聞かれたら、人間はキレるのだ。
「いや、待て。これは、あくまでも最終防衛装置でな? プレジデントがキヴォトス全土を……いや、
「ヴァルキューレとSRT、そして防衛室の威信にかけてサンクトゥムタワーは守りますので、ご安心ください」
ピシャリと扉間の反論を打ち切る、カヤ。
これには自爆機能のロマンを語る、エンジニア部も不満顔。
「う、うむ……」
世界を滅ぼす“名もなき神々の王女”に対抗できる兵器。
つまり、世界を滅ぼしかねない兵器だと分かっているが故の提案だったが、カヤには伝えられないので、扉間も反論できない。
決して、カヤの圧力に負けたわけではない。ないったらないのだ。
「それに、先生はまずはご自分の身の安全をお考えになるべきでは? プレジデントがどこまで気づいているか知りませんが、私は一応あちら側認識でしょう。そうなれば、最も邪魔なのは先生です」
「先に、ワシの排除から動く可能性は高いか……」
カヤに言われて、少し考えこむ、扉間。
主戦力のPMCは理事が裏から手を回せるとはいえ、プレジデントにも隠し玉がある可能性はある。
扉間と新生シャーレの防御も固めるべきなのだ。
「……いっそのこと、
「はい?」
「いや、何でもない。一先ず、お前はサンクトゥムタワーの防備を固めることと、D.Uの治安に不審な点がないか、確認をしておけばよい。プレジデントが仕掛けて来んのなら、それはそれで構わん」
現段階では話せることではないので、話を打ち切る扉間。
カヤもそれが分かっているのか、それ以上は追及してこない。
「では、今日の所はここまでだ。何か問題があればワシにすぐに連絡をしろ。そして、ワシと連絡が取れん場合は、ミレニアムの会長に
「ミレニアムの……なるほど、そこに」
椅子から立ち上がり、問題があれば自分かリオに伝えろという扉間。
それは扉間からカヤに対する、信頼の証だ。
(先程、先生が言った古代兵器に関係する生徒はミレニアムにいるのですね。だからこそ、ミレニアムの会長であるリオさんが動いてくれるというわけですか)
他の学校は古代兵器だろうが何だろうが、知ったことではないと言えるがミレニアムだけは違う。
妹にしたい生徒ランキング、ナンバー1に輝くアリスに関わることなのだ。
「……信頼していますね」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
しかし、何よりも扉間からのリオへの信頼の高さが理由である。
扉間と会う前から、キヴォトスの平和のために“名もなき神々の王女”を調べていたのがリオ。
そして、今は
光と闇が合わさり、最強に見える。
(……少し妬けますね)
だからこそ、その信頼を自分には向けてくれないのかと嫉妬という名の蛇が鎌首をもたげる。
気分は、火影に自分ではなくミナトが選ばれた時の大蛇丸である。
猿飛先生は私を選んでくれないのね……。
「……カヤ」
「あっ……先生」
そんなカヤの思いを察したのかどうかは分からないが、扉間が彼女の肩を叩く。
ピクリとカヤの肩が甘く震え、頬が淡い桜色に染まる。リンちゃんが見てたら、キッツ! という顔をするだろう。
「忘れるな。全てを自分で解決することは出来ない。超人である
「……はい。もちろん、先生の教えは覚えています」
告げられるのは、かつて教えて貰ったこと。
超人だからこそ、人に頼ることが大切なのだという話。
「そして誇れ。警察であるお前達こそが、ワシの宝物であるこのキヴォトスの子らを守っているのだと」
「先…生……」
「正面から敵と戦うことだけが、戦いではない。人々の平穏に寄り添い、有事には避難誘導を行う。これも立派な戦いだ。どちらも欠けてはならない存在だ。だからこそ、ワシは警備という役割を決して軽視したりはせん」
頭によぎるのは“うちは政策”。
うちは一族に里の警備を一任したが、後の世ではクーデターを起こしたと発覚。
口ではやはりそうなったかと言ったが、不満が溜まる構造だというのも頭では理解していた。
故に、同じ立場のカヤが不満を溜めないように褒めることにしたのだ。
「頼んだぞ、カヤ。キヴォトスの平和はお前達の肩にかかっておる」
「はい……承りました」
自分の肩から離れていく手を名残惜しそうに眺めながら、カヤは部屋から出ていく扉間の背を見送る。
「本当に……大きな背中ですね。ずっと、後ろについていきたくなります」
出来れば三歩程後ろで。
心の中で、そう呟きながらカヤは湿った息を零すのだった。
「やはり“ウトナピシュティムの本船”の破壊ですか……いつ出発するんですか? 私も同行します」
「ケイ…!」
所変わり、ミレニアムに移動して来た扉間。
セミナーの会長室で、極秘の会議を行っている。
「王女の…アリスの敵となる者は排除するに限ります。久しぶりに、王女の侍女らしいことが出来そうで何よりです」
ウキウキと宿敵とも呼べる“ウトナピシュティムの本船”の破壊に賛同する、ケイ。
「そうね……先生の考え通りに、こちらが先んじて“ウトナピシュティムの本船”を破壊してしまえば、カイザープレジデントは攻勢に出ることが出来なくなる。何より、アリスとケイの安全は保障される……合理的ね」
圧倒的武力が無ければ、多数の学園にカイザーは勝てない。
つまり、プレジデントの計画は破綻するのだと、リオが同意する。
「ええ、そこの頭のおかしい、妹狂いの大きな妹と同じ意見なのは癪ですが……この病弱系天才美少女天使であり、ミレニアムに、いえいえ! キヴォトスに燦然と星のように明るい功績を残し続けるヒマリちゃんも賛成です。カイザーの企みが成功しようとも、失敗しようとも残しておくべき兵器ではありません」
「言葉遣いが妙ね、ヒマリ。お姉ちゃんと呼んで頂戴?」
「今は真面目な話をしているのですから、黙っていてくれませんか!?」
「ヒマリの話も真面目には聞こえないのですが……いえ、大真面目に言っているのは分かりますが」
ヒマリの話にリオの天然ボケとケイのツッコミが炸裂する。
ヒマリオは似たもの姉妹だとは言ってはいけない。
「………待ってください、アリスは破壊に反対です」
「ア、アリス?」
全会一致で“ウトナピシュティムの本船”ぶっ壊そうぜ!
と、なりそうだったが、当事者であるアリスが反対意見を出す。
「なぜですか? アリスにも説明しましたように、あれは“名もなき神々の王女”を排除するための決戦兵器……幸いにして過去
ケイがアリスの説得を行うべく、改めて“ウトナピシュティムの本船”を説明する。
しかし、アリスはキュッと唇を結び首を横に振る。
「アリスはアリスです。世界を滅ぼす魔王ではなく、世界を救う勇者になると決めました。そして、ケイも鍵ではなくアリス達と生きていくと決めました」
「……つまり、“ウトナピシュティムの本船”も生き方を自分で決められる。そう言いたいのか? アリス」
「はい、先生。アリス達だけが選ぶことを許されるのはきっと不公平です」
アリスの反論理由。
それは、アリスと“ウトナピシュティムの本船”が逆だったかもしれねェ…からだ。
「アリスは私達がAL-1Sのままで、ウトナピシュティムがアリスになった可能性もあると思うんです」
「そ、それは……」
一時期は、アリスを始末しようかと悩んでいたリオのメンタルにダイレクトアタック!
効果は抜群だ!
「でも、アリスはモモイやミドリ、便利屋さん、先生に見つけてもらいました。そして、ゲームを通じて人間になることが出来ました」
「だから、“ウトナピシュティムの本船”もあなたのようになれるかもしれないと…?」
「はい! だから、ウトナピシュティムにはアリスとケイと同じことをしてあげたいんですが……構いませんよね?」
ニコニコと笑いながら、ヒマリの言葉にそう返す。
アリスもケイも、“ウトナピシュティムの本船”と同じ古代兵器。
ならば、同じ形になれるかもしれないと。
アリスはそう言っているのだ。
要するに。
「つまり……
「その通りです、先生!」
「南極条約違反です! せめて、TSC2にしてあげてください!」
恐らく、ケイの人生の中で最も苦しんだ
痛みを知ることで、人は優しくなれるとはよく言ったものである。
「どうして、そんなに酷いことを言うんですか? アリスが勇者になれたのも、ケイが人間になれたのも、全部TSCのおかげじゃないですか! TSCに謝ってください!」
「ま、間違いではないですが……納得できません」
数々の成功例を叩き出してきた、安心と信頼のTSC。
そんな伝説の怪作の力を借りるというのは、非常に合理的な判断だ。
ケイもそのあまりに隙のない意見に、反論を失う。
こいつ、本気で言ってやがる……。
「あの……先生? そもそもの話、“ウトナピシュティムの本船”はその名の通り、船だと思うのですが」
「ッ! そうです! 単なる船ではゲームは出来ませんよ、アリス」
そこにヒマリが助け舟を出す。
船にどうやってゲームをやらせるのだと、呆れと困惑の表情を作ったまま。
「“ウトナピシュティムの
それに対して、扉間は管制AIなどがあるかもしれないと告げる。
アリスだって、本体のAL-1Sの補助として
なんで、めちゃくちゃな意見なのに、変に整合性が合いそうなんですかね?
「希望を捨てるにはまだ早い」
「捨ててください、そんな薄汚れた希望は」
扉間に毒を吐く、ケイ。
世の中には死よりも辛い拷問が存在するのだと、彼女はその身と心で理解しているのだ。
『こ、ろ、し、て……』と訴えた記憶は未だに色褪せずに残っている。
「確かに先生の言う通り、可能性としては高いけれど……実際にはどうなのかしら、ケイ?」
扉間の腹の立つことに筋の通った話に、リオも何とも言えない顔をしながらケイに確認を取る。
「先程も言いましたが、“ウトナピシュティムの本船”は過去一度も使われたことはありません。私も王女を害する存在の知識として知っているだけです。肯定出来る根拠もありませんが、否定出来る根拠もありません」
「はい! ですので、試してみましょう! 壊すか壊さないかは、それからでも遅くないと思います」
そんなリオの質問に、苦悶に満ちた表情であり得ないことはないと告げる、ケイ。
その横では、アリスが嬉しそうに笑っている。
ケイの人生で、アリスの笑顔が憎たらしいと思ったのは、これが初めてだ。
「えっと、その…本当にやるのでしょうか…?」
「まあ、TSCを“ウトナピシュティムの本船”にインストールするだけで、意見がまとまるのならばやって損はないだろう。もしも、ケイのように味方につけることが出来ればそのメリットは計り知れんからな」
ローリスクハイリターンの行動で、上手くいくのかもしれないのだからやらない理由はない。
そう理論武装をしながら、扉間は考える。
(ケイの話通りならば、“ウトナピシュティムの本船”はアリスの敵。仮に戦うことになった場合に、変に改心の可能性を考えさせるよりは、完全に不可能という答えを先にアリスに見せる方が後腐れがないだろう)
アリスが納得できる理由付け。
扉間自身は、そう何度もTSCが通用するとは思っていないが、子供の納得のための一手間ならそこまで悪くはない。
「……まあ、もうこの際ゲームをインストールするかどうかは、どちらでも構いません。可愛い後輩たってのお願いなら、海よりも深く空よりも広い心のヒマリ先輩は何でも受け入れます。それよりも大切なのは、どのように“ウトナピシュティムの本船”に乗り込むかです」
「ええ。起動していない以上は、通常のハッキングは出来ないわ。直接乗り込むか、起動させた上で改めてハッキングするかだけど……相手はケイと並ぶ古代兵器。ヒマリのハッキングも通用しない可能性が高いわ。直接乗り込むのが最も確実ね」
TSCを“ウトナピシュティムの本船”に不法投入することが決まったので、後はやり方だ。
ヒマリとリオがやはり、一度乗り込むべきだと主張する。
「現在はカイザーグループが所持しているんですよね、先生?」
「ああ。現在はアビドス砂漠のPMCの基地の地下深くにあるそうだ」
「地下ダンジョンですね…! ウズウズしてきました!」
カイザーグループがアビドスから買い取った土地。
その砂漠の地下深くに眠っていたのが“ウトナピシュティムの本船”。
それに辿り着くには、当然カイザーグループの土地に入る必要がある。
「まあ、PMCの理事は既にワシが首輪をつけておる。適当に理由をつければ、乗り込むのは難しくない」
「いつの間にそんなことを……」
「問題はプレジデントの動きだ。理事が味方とは言え、所詮は若造だ。社長たるプレジデントの動きを止める術はない。ワシらを裏切る可能性や、理事そのものが始末される可能性もある。最悪、赴いた場所でワシらが騙し討ちを受ける可能性も考えねばな。地下空間を爆破されれば、皆仲良く生き埋めだ。どうしようもない」
カイザーも一枚岩ではない。
騙し討ちの可能性は捨てきれない。
更には、プレジデントが理事の裏切りに気づく可能性もある。
ある程度は慎重に動くべきだ。
「事前調査が必要ね。アビドスの土地を買い取ってから、船を見つけるまでの期間を考えれば、そう簡単に掘り返せる場所ではないわ。プレジデントが使用を考えている以上は、カイザー側も本物の船ごと私達を生き埋めにはしたくないはず……」
「つまり……ダミーを掴まされなければ、生き埋めの可能性は減らせるということですね。では、カイザーPMCに少しハッキングをかけてみますね。正確な場所を先に掴んでおけば、騙し討ちは防げるでしょうから」
「可能なら、コユキも使ってくれ。セキュリティをどのように突破するのかを見るいい機会だ」
ヒマリのハッキングにコユキも加えるように頼む、扉間。
「コユキを…? あの、先生を疑うわけではないのだけど……コユキを導いてくれるという話は?」
当然、コユキの更生を任せていたリオは困惑の表情を浮かべる。
ヒマリは最低限の倫理はあるが、常識人とは口が裂けても言えないのだ。
というか、ハッキングのプロにマスターキーを与えるとか、鬼に柱間細胞である。
「コユキに必要なことは、
いくらコユキだって、目の前で汗水流して働いた人の給料は盗まない。
だって、それは働いた人が受け取るべき対価だから。
しかし、同時にコユキはお金をお金としか見ていない。
だから、必要になったら誰のお金でも盗んでいた。
故にお金を誰かの労働の対価として見るようになれば、罪悪感がその手を止めてくれる……かもしれない。
「後はあやつの能力の上手い使い方を覚えるためだな」
「使い方?」
「パスワードを一発解除では芸がない。誰がやったかを自白しているようなものだ。コユキ以外に出来るのは本人だけだからな。簡単に特定できる。だが、そこにハッキングという過程を加えればどうなると思う? リオ」
「……当然、コユキ以外も犯人として疑わないといけなくなるわね」
今はコユキはセミナーが管理しているが、外に解き放たれてしまえば悪い意味で有名になるだろう。
そうなれば、手口から特定されかねない。
そして、ここはキヴォトス。
簡単に暴力を振るえる人間が、証拠を押さえてから動いてくれるとは限らない。
名前も聞かずにチェストされるかもしれないのだ。
「そうだ。ここぞという所で、一発解除をする方が
「すいません。そもそも、ハッキングをしなければいいと言ってはいけないのでしょうか?」
横で聞いていたケイが思わず、ツッコむ。
犯罪がバレない技術を磨くぐらいなら、真っ当に生きろという火の玉ストレートだ。
「持って生まれた力を使わないようにする。確かに、お前やアリスのように抑えるのも1つの考え方だ、ケイ。だが、コユキには能力を活かせば、警察側から犯罪者を追い詰めるなどのホワイトハッカーなどの道もある………完全に抑えるしかないお前には不公平に感じるかもしれんがな」
「ケイ……」
コユキと違い、1つの道しか選べなかったケイに頭を下げる扉間。
アリスも心配そうに、そんな2人の間に目を往復させる。
「……いえ、これは私が選んだ道です。例え、最初から1つしか道がなかったとしても、そこを選び歩いてきたのは私です」
「…! はい! ケイは魔王の武器ではなく、勇者の友達です!」
「そうか……不躾だったな」
フッと笑い、これ以上は何も言わないと話を切る扉間。
ケイの覚悟にこれ以上、何か言うのは失礼だと思ったのだ。
「うふふ、私は可愛い後輩が増えるのは大歓迎ですよ? なんなら、セミナーから引き抜いてヴェリタスに入れても」
「例え、どの部活に所属しても、私の妹であることは変わらないわ。コユキがそれを望むなら、私は止めないわ」
「だから、その姉狂いはやめてください!!」
優越感に満ちた顔で、コユキを貰っていこうかとリオを煽るヒマリだったが、流石はビッグシスター。
姉離れも成長には必要なことなのだと、グッと涙を飲み込んで耐え忍ぶ。
「それで、“ウトナピシュティムの本船”にはどういった理由で乗り込むんですか? 先生」
「そうだな……どうせなら、嘘よりはためになる偽装にするべきだな」
アリスからの質問に対し、扉間は考える。
不法侵入ではなく、正当にカイザーの土地に入る方法を。
「軍事学校の件を利用するか」
「軍事学校ですか?」
「ああ。ワシは理事と共に、来年から軍事学校の開校を目指していてな。生徒は不良などの更生が目的故、拉致……勧誘すればいいが、指導者はそうもいかん。何より、カイザーが完全にホワイト企業になったかの見張り役として身内を送り込みたい」
ヘルメット団を勧誘したように、生徒はまあ何とかなるだろう。
しかし、指導者や教官役が足りない。
故にこちらから送り込む。
扉間は携帯を取り出して、連絡をする。
『はい、こちらスバルです』
「ワシだ。千手トビラマだ」
電話に出たのは、
アリウス学園の3年生で、現在は部隊のまとめ役を担っている後輩思いの子だ。
『校長先生? 直接、電話なんて珍しいですね。新しい任務のご命令ですか?』
「いや、今回は課外授業についてだ。興味のある奴をお前の方でまとめてくれ」
『課外授業…ですか?』
これは当初からの予定だ。
戦いしか知らないアリウスの3年生の将来を守るための行為。
そう、カイザーの軍事学校は──
「──職場体験に行くぞ」
──アリウス学園の3年生の
さて、今回から卒業編スタートです。
最後なので好き勝手やります。
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