千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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75話:職場体験

「みんな水筒は持った!? 水筒がない人や、量が不安な人はすぐに言って! 私がリュックサック型水筒を貸してあげるから! 後、少しでも体調の悪い人が居たら先生の命令でも引き返すからね!」

 

 カイザーPMCの職場体験。

 もとい、“ウトナピシュティムの本船”が眠る砂漠に行く道のり。

 その案内役を買って出たのはホシノだった。

 

「リュックサック型水筒って……そんなに大きいの要る…?」

「は?」

「ヒッ!? す、すみません!」

 

 職場体験に来たツインテールのアリウス生徒が、小声でぼやくがホシノに睨まれてすぐに謝る。

 その目線は、アリウス生徒を睨んでいるようで、その瞳に映る誰かを恨んでいるようでもあった。

 

「いい? 『リュックサック型水筒』はね、単なる背負う水筒以上の機能性と利便性を秘めた水筒なんだよ。ペットボトルや金属ボトルとの決定的な違いがあって、『手がふさがらない』って単純だけど、大切な活動の質を向上させる点があるんだ。砂丘に手をつきながら登るとき、銃を持って戦うとき、自転車のハンドルをしっかり握るとき、地図やコンパスを見るとき。ちょっと挙げただけでも、活動中に両手が自由であることの安全性と効率性が高いのは分かるでしょ? これがあれば、行動の中断を最小限に抑えられて、活動の流れを維持することができる。それに、飲みたい時にいつでもすぐに飲めるというスムーズさは別格。いつも使うようなボトルをリュックから取り出して、キャップを開けて、飲んで、閉めて、戻す……この動作面倒だよね? でも、リュックサック型水筒ならその複雑な動作から解放される。この時間的なロスと精神的なストレスの軽減は、砂漠での長時間の活動で大きな生存率の上昇につながるんだ。分かった?」

 

 なんか、この人めちゃくちゃリュックサック型水筒を推すな……。

 集まったアリウス生徒は全員同じことを思うが、誰も口にしない。

 自分の意志は力で押し通せがアリウス流だが、誰だって狂人に近づこうとは思わないのだから。

 

「……分かりました。みなさん、ここは小鳥遊ホシノさんの言うことに従いましょう。私達は砂漠についてはあまりにも無知です。地元の人の忠告は素直に聞いておくものです。私達のアリウスのように」

「スバル先輩が言うなら……はい、分かりました」

 

 スバルの言葉に2年生のアリウス生徒が頷く。

 職場体験なので、スバルのような3年生だけでなく1、2年生も来ているのだ。

 

「それでは、よろしくお願いいたしますね、小鳥遊ホシノさん」

「……うへへー、フルネームじゃなくてホシノでいいよー。同い年だしさぁ」

「急に雰囲気を変えましたね……」

 

 先程までの鋭い視線はどこへやら、おじさんモードに変わったホシノにスバルはちょっと面を食らう。

 

「まあ、最初は砂漠の危険性を知って貰わないといけないからねぇ。下手すると死ぬし」

「ヘイローが壊れる……まあ、水と食料を断って飢え死にさせるのも1つの手ですからね」

「…………」

「あ、いえ……外の世界ではあまりこういうことを言うのはダメでしたね。忘れてください」

 

 飢え死にという言葉に、死んだ目で黙り込む、ホシノ。

 スバルはアリウスとは常識が違うせいかと、思うが本当は違う。

 この砂漠でホシノの唯一の先輩、梔子(くちなし)ユメが死んだからである。

 内心では1人で致命傷を負っている。

 

「お前達、そろそろ時間だ。出発するぞ」

「あー……うん、じゃあ行こっか、先生、みんな。砂漠の上では、先生も含めて必ず私の言うことを聞いてね? 何かあったら()()()()()()退()()()()()()

「今日の職場体験はPMCの軍事基地内だ。可能なら軍事学校を案内してやりたかったが……まだ開校しておらん学校では行ってもしょうがないからな。まあ、純粋に戦闘力を活かして、PMCで働きたい者にはこちらの方が良いかもしれんな」

 

 裏の目的は“ウトナピシュティムの本船”に乗り込むためだが、職場体験も本当だ。

 アリウスの3年生は戦闘ぐらいしか取り柄がないので、それが活かせる道を提示してあげているのだ。

 

「ああ、それとだ。立ち寄ったミレニアムで同じように()()()()に興味を持った者がおってな。ケイ、挨拶だ」

「天童ケイです。短い間ですが、一緒にお世話になります」

 

 扉間の横から出てきて、ペコリと頭を下げる、ケイ。

 アリスは“ウトナピシュティムの本船”が起動と同時に殺しに来かねないので、ケイが反対。

 ヒマリはコユキと一緒にハッキング。

 リオは扉間に何かあった時のバックアップも務めるので、扉間と共に戦闘行動は出来ない。

 

 その結果として、ケイ自身も危ないかもしれないが、“ウトナピシュティムの本船”について最も詳しい人間として、ついてきたのだ。

 ケイが行くなら自分も行くという、アリスの反対を押し切って。

 自分ならば、仮に起動しても助かる()()()()()()と言って。

 

 そしてもう1人。()()()ついてきている者が居るが、スバル達の前には姿を現さない。

 

「ミレニアムですか……私達は別に構いませんよ。この砂漠ではホシノさんと先生の指揮下に入っていますので」

「感謝します」

 

 そうして、一行はホシノを先頭に歩き始める。

 

「そう言えば……先生」

「どうした、マイア?」

「どうして、歩きで行くんですか?」

 

 そうして歩き始めたところで、アリウスの1年生の立木マイアが扉間に尋ねる。

 

「あ、い、いえ! 先生の決定に逆らう訳じゃないんです! 私達なんかは地べたを行くのがお似合いで……歩くのはいつものことですし。た、ただ、どうして、先生は車やヘリに乗らないのかなって……」

 

 マイアの疑問。それは外の世界を知ったが故のものだった。

 アリウス生徒の移動手段は徒歩ぐらいしかなかったが、世界には色々と便利なものがある。

 この砂漠だって、砂漠用の車があれば進める。

 そもそもヘリなら砂に足を乗せることすらなく、目的地に着く。

 

「良い質問だ、マイア。確かに、乗り物に乗る方が早く安全に着く」

「じゃ、じゃあ、どうしてですか…?」

 

 まるで、授業で挙手をした生徒を褒めるように語る、扉間。

 

「カイザーは完全には信用出来ん相手でな。変に乗り物に縛られるより、身軽な徒歩の方が逃げやすいと思ってな。乗り物前提の行動では、それが破壊されたときに対応し辛い」

「ええ!? そ、そんな所に職場体験に行くんですか…?」

 

 そして、ぶっちゃける。ワシら狙われるかもしれないという事実。

 マイアは当然、声を上げて驚く。

 他のアリウス生徒にも動揺が広がる。

 

「そういう会社なのだ。カイザーグループとはな。ブラック企業の代名詞とも言っていい。今は、ホワイト企業に変わるように働きかけているが、現実は知っておくべきだ」

「あの……校長? そう言われると、関わり合いたくないんだけど……」

「これが弱小企業なら、ワシでもそうする。だが、お前達も街に出るたびに見ているはずだ。タコの足のロゴマーク。あれらは全て、カイザーグループのものだ。このキヴォトスにおいて、カイザーと一切関わらずに生きていくのは不可能と言っていい」

 

 嫌がるツインテールのアリウス生徒に、扉間が告げる。

 カイザーと関わらずに生きていくのは、ほぼ不可能に近いということを。

 

「カイザーは薄暗いことをやって稼いでおる、グレーゾーンの企業だ。だが、その末端……最も数の多い人間は普通に働いておるだけなのが事実だ。お前達はカイザーという()()()()()()()()()、目の前の1人1人を見ていく必要がある」

「おじさんも実は、カイザーと取引してたりしたんだよね~。スカウトも受けてたし。今でも、借金の返済で月1で顔は合わせるし」

「私もこの前、ゲーム開発部でカイザー系列のコンビニで買い物をしました。店員の方は、普通に感じの良い方でした」

 

 そして、カイザーに関わる人間が全て悪人かというと、全くそんなことはない。

 まあ、割とグレーゾーンに染まってはいるが、真面目に働いている人間もいる。

 だからこそ、安易に潰さずに頭を挿げ替えて、内部から変えようとしているのだ。

 

「カイザーだけではない。社会に出れば、取引先が優位な条件で契約を結ばせようとしてくることもあるだろう。だが、犯罪ではないし、全てを排除していてはこちら側が成り立たなくなる。故にお前達は、自分自身の目で疑うか信じるかを考えることを()()()()()()()

 

 大人に言われたことは絶対。

 何も考えずに、言われたことをやっていればいい。

 そうした教育を受けて来たアリウス生徒は、外に出たときに騙されてしまうだろう。

 

「故に、職業体験は授業なのだ。ワシに言われたから。大人に推薦されたから。それだけの理由で決めるのではなく、自分自身でこの仕事で良い、この職場が良いと、己の経験を通して考える場だ。何事も実際に体験し、己で見るまでに判断するべきではないからな」

「わ、分かりました…!」

 

 世の中には危ない企業もあるが、それを噂だけで決めるのも不味い。

 綺麗な面だけを教えるわけではないのが、扉間なりの教育である。

 マイアやアリウス生徒は、扉間の言葉にコクコクと頷く。

 

「偏見……ですか」

 

 ただ1人、扉間の話の裏側に隠された意図を察した、スバル以外は。

 

 

 

 

 

「すっげー! ここがカイザーPMC基地か!」

 

 砂漠の中のPMC基地。

 その基地に到着したテンションの高いアリウス生徒が、声を上げる。

 

「確かに。資源も物資も水も道も()()()()砂漠の中でこれだけ広大な基地を作るのは、大変だったでしょうね」

 

 そんなテンションの高いアリウス生徒の言葉に、ポニーテールのアリウス生徒も頷く。

 彼女の言う通りに、何もない場所に建物を作るのはとても難しい。

 何せ道がないのだから、材料の運搬すら手間なのだから。

 

「疑問。何故、()()()()砂漠にこれだけの建物を?」

「あ、それもそうですね。PMCは確か傭兵業……ですよね? 雇う人も()()()()()砂漠にどうして基地を…?」

 

 冷静なアリウス生徒の言葉に、マイアも頷く。

 この人も物資もない砂漠に、何故傭兵が基地を立てるのか? と。 

 

「それはだね、()()()()砂漠には人も建物も()()()()のが都合がいいからだよ」

「? ど、どういうことですか?」

 

 案内役のカイザーPMC兵士の言葉に、マイアが疑問符を浮かべる。

 なお、先程から()()()()()()()()()()()()()という悪意無き言葉で、約1名の生徒がダメージを受けているが、スルーされている。

 うへー、事実陳列罪だよー。

 

「砂しかない場所だからこそ、誰に迷惑もかけずに武器の試射をしたり、訓練が出来るんだよ」

「あ、なるほど。ここは訓練用の施設なんですね」

 

 PMC兵士の言葉に納得を見せる、マイア。

 まあ、本当の目的は古代兵器の発掘なのだが、一応名目上はそうなっているのだ。

 現状、古代兵器が見つかって、再利用の道も検討している所ではあるし。

 

「……先生、どうして訓練施設を職場体験先に選んだのですか?」

 

 しかし、スバルにはその説明には納得はいっても、職場体験先に選ばれた理由は分からない。

 何かしら裏があるのではと、扉間に懐疑の目を向ける。

 

「単純な話だ。ここは訓練施設。つまり、新米が一番最初に来る場所だ」

「はい。トビラマ先生の言う通りに、ここは入社した社員が初めに来る場所でもあるんだよ。街の方に行けば、営業や事務処理をしている部署も見れるけど……見てもつまらないと思うよ?」

 

 PMC兵士の言う通り、営業や事務処理の風景などを見学者に見せてもつまらない。

 では、実際の仕事に連れていくか? 

 しかし、それは傭兵稼業なので、危ないので無理。

 そう考えると、派手な訓練風景が見れるここがベストなのだ。

 

「それに、入って数年後にやるかもしれない仕事より、入ってすぐやる仕事を見る方が入社後のギャップが少なくなると思うんだ」

「なるほど……丁寧なご説明、ありがとうございます」

 

 PMC兵士の説明に納得して、スバルは頭を下げる。

 カイザーのくせに親切過ぎない? と、思っているそこのあなた。

 自分の命を握っている扉間が来ているのに、理事がふざけた人材を寄越すと思いますか? 

 

「じゃあ、まずは基地の中を案内していくよ。それが終わったら、昼食。実際にうちの社員がいつも食べているものを出すよ。午後からは、訓練の見学をする予定だね。じゃあ、行こうか」

 

 本日のスケジュールを伝えて、先頭に立って歩きだすPMC兵士。

 そのすぐ後ろにホシノが続き、後からアリウス生徒が続く。

 そして、扉間とケイが隊列から抜け出る者が居ないように最後尾を歩く。

 

「………先生、リオとヒマリに()()()()()()は設置し終えました」

「感謝する。さて、調査はあちらに任せてワシらは職業体験に集中するとするか」

 

 基地の全容を調べるための装置を、ケイがこっそりと設置しながら。

 

「先生……やっぱり、何かお考えがあるのですね?」

 

 そして、扉間達と同じように後ろで後輩を見ていたスバルがそのことに気づく。

 

「気がついたか……」

「他の子はともかく、私はいきなり職場体験と言われましたから。先生は思いつきだけで動く人ではないので、普通は何かあったのだと思いますよ……別の学園の生徒も連れてきていますし」

 

 チラリとケイの顔を見ながら、スバルが囁く。

 

「任務の内容は詳細に伝えて貰わないと困ります。生存率に直結しますので。もちろん、私達子供には、文句を言う権利がないとおっしゃるのであれば別ですが」

「お前達の任務は職場体験を真面目に行うことだ。そこに嘘はない。何かあった場合は、お前達はホシノに従って戻れ」

「……先生と、そちらのケイさんで何かをされるんですね?」

 

 “ウトナピシュティムの本船”への接触は、扉間とケイの仕事だ。

 アリウスは理由付けのために職場体験に来ただけ。

 そして、ホシノは扉間とケイに何かあった際に無事に砂漠を抜けるための人員だ。

 

「ああ、詳しく聞くか?」

「……いえ、振り返ってはならないと言われて振り返る程、愚かではありませんから。塩の柱になるのはごめんですので」

 

 触らぬ神に祟りなしと、笑って首を横に振る、スバル。

 しかし、そこで話が終わるわけではない。

 

「その代わり、1つお聞きしたいことがあります」

「なんだ?」

「砂漠の道中でお話しされた件ですが……」

()()()()()()()()()、目の前の1人1人を見ていく必要があると言ったことか?」

「はい。非常にためになる話でした。偏見ではなく、自分の目で見て考えて決めろ。仕事選び以外にも応用できるものだと思います。例えば……」

 

 スバルは一度言葉を切り、どこか光のない瞳でポツリと呟く。

 

()()()()を見る際にも」

 

 トリニティやゲヘナにも、扉間の言葉は当てはまるのだと。

 むしろ、それこそが扉間の狙いではないのかと。

 どこか、疑うような視線を向ける。

 

「だったらどうする?」

「………正しいのは先生でしょうね」

 

 全くもって悪びれる様子のない扉間の隣を歩きながら、スバルは皮肉気に笑う。

 偏見を持たずに、自分の目で人と接しなさい。

 スバルだって、自分の後輩にはそう教えるだろう。

 

「ですが……私は割り切れないんです」

 

 だが、自身の心だけは騙せない。

 

「未だに、どうしても、偏見の目で見てしまいます。遠くから見れば、良い人も悪い人もいるという当たり前のことが分かります。ですが、悪さをする人間を見たときに『ああ、やっぱり、ゲヘナだから野蛮なんだな』と思ったり、傲慢な人間を見たときに『トリニティらしい、人を人とも思わぬ態度だな』と思ってしまいます」

「…………」

 

 スバルの独白を扉間は黙って聞く。

 

「結局、全ての物事を自分の偏見を肯定するために利用してしまうんです。当たり前にトリニティやゲヘナの生徒と関わったりしても、そのことは都合よく忘れて、自分の偏見を肯定することだけを覚えてしまう」

 

 スバルは3年生。

 つまり、どっぷりとベアトリーチェ時代の教育に浸かっていた者だ。

 故に、トリニティやゲヘナへの憎悪が他の生徒よりも激しい。

 

「今だって、こうして課外授業を受けさせて頂いているのに、外に行かず昔ながらのアリウスらしく閉じこもっていればいい……なんて、考えが浮かんだりしています」

 

 ──そうすれば、この憎悪を外に向けずに済むから。

 そう続けて、スバルは前を歩く後輩を見つめる。

 

「………あの子達は前に進めているのに」

 

 外の世界に興味を持ち、興味津々でPMC兵士の話を聞くアリウス生徒達。

 かつては、ひな鳥のように自分の後ろを歩いてきた存在は、今は自分の前を歩いている。

 そんな自分だけが、取り残されたような疎外感をスバルは感じているのだ。

 

「先生には感謝しています。毎日の食の心配をしなくてもよくなりましたし、毎日殴られることに怯える必要もない。校舎も綺麗になりました。ベアトリーチェに見つからないように怯えながら、ハーモニカを吹く必要もなくなりました。後輩達もやりたいことが出来るようになって、昔よりずっと笑顔が増えました。姫様…アツコさんの下で、学園としても少しずつですが形になってきていますし……ただ」

 

 何もかもが良くなった。

 未来への展望も見えるようになった。

 理性的に考えれば、悪いことなど何一つとしてないはずなのに。

 

「心だけがついていかないんです……」

 

 心だけがポツンと取り残されている。

 

「私は……どうすればいいんでしょうか? 先生」

 

 スバルの悩みは進路相談のようなものだ。

 卒業を控え、将来を考える段階で、自分が何をするべきか、何をしたいか。

 それを真剣に考えるからこそ、今までの自分が分からなくなっているのだ。

 素直な性格ではないが故に。

 

「人は思い込みの中で生きておる。見たいものしか見ない。信じたいものしか信じない。何もこれはお前だけのものではない。ワシとて、そうしたものが無いとは言い切れん。ガキの頃は大人達は全員バカだと思っておったしな」

「それは……何と言うか……意外です」

 

 大人たちはバカだ。ルールを作って無駄な争いを無くそう。

 10歳程度の年齢でそう言っていた聡明(ひれつ)な扉間だが、彼もまた子供らしく現実を知らなかった。

 

「お前も知っての通り、ワシは基本的には合理主義者だ。相手の靴を舐めるだけで、平和が手に入るのなら迷わずやる」

「そ、そこまでですか…?」

「だが、相手も必ずそうだとは限らない。人間は感情の生き物だ。時に、合理性をかなぐり捨てて……無意味に命を散らす行動すら取る。頭の中の理論だけでは上手くいかんと成長をするにつれて理解した」

 

 ルールを作る。

 ただ、それだけのことがどれだけ難しいかを成長するにつれて実感した。

 柱間という神のような男が居なければ、里というシステムすら作れなかっただろう。

 

「怒りや憎しみなどがその最たる例だ」

「…!」

「このまま戦い続ければ、自分どころか一族が滅びる状態でも戦い続ける者達が大勢いた。お前のように頭では理解しながら、心が納得いかない者も数えられぬほどいた」

 

 扉間の提案は正しい。

 だが、正論が世界を救ったことなど有史以来一度もない。

 正論を飲み込むためには、まずは相手の心に寄り添う必要があったのだ。

 

「……どうやって、説得なされたんですか?」

「まあ、まずは力で大人しくさせたな。アリウス流だ」

「あ、そこは普通に暴力で行くんですね……」

 

 取り敢えず、ボコってから説得する。

 アリウス流は世界も超える。

 

「だが、力や交渉だけでは無理な奴らに関しては──兄者に丸投げした」

「はい?」

 

 そして、力や交渉ではダメな相手は柱間に投げる。

 マダラが良い例だ。

 

「ワシは人の感情に寄り添うのが下手でな。そういうのは、兄者に任せておった」

「……えっと、それは解決策なのでしょうか?」

 

 他人に丸投げを解決策と言っていいのかと困惑する、スバル。

 

「無論だ。自分では出来ぬことは素直に他人に頼ればいい。自分1人では偏見まみれになるのは仕方のないこと。だからこそ、他者に正してもらうのだ。自分の心が歪んだ答えしか出さないのなら、信用する他者に答えを出してもらえばいい」

「信用する他者に……」

「己が全てに絶望した時に、それでも自分を支えてくれるものがあるとすれば……それは他人だ。絶望していない他人に引っ張り上げて貰え」

 

 そういう言い方はよさんか! 扉間! 

 こんな風に軌道修正することで、人の心のある計画に変えていたのが扉間である。

 恐らく、柱間が居ない場合はダンゾウもビックリの卑劣な策を出していたことだろう。

 

「スバル。お前は後輩想いの先輩だ。恐らくは、アリウス随一だろう」

「そう…ですかね?」

「お前が悩むとき、心の憎しみが吹き出そうになったとき。まずは、後輩達と顔を合わせてみろ。そうすれば、お前なら後輩達のために耐え忍ぶことが出来るだろう」

「後輩達のために……」

 

 トリニティやゲヘナに喧嘩を売ったらどうなるか。

 答えは簡単。今度こそアリウスは記録から完全に消される。

 だからこそ、数百年もの間、情けなく恨みつらみを言うだけで、隠れ続けていたのだ。

 そんな日々を再び愛する後輩達に強要出来るかと言われれば、優しいスバルは出来ない。

 

「お前の苦しみは無くならんかもしれん。だが、次の代に引き継いでしまえば、またお前のように苦しむ者が現れてしまう。だからこそ、耐え忍ぶ必要がある」

「恨みを引き継がない……アリウスの歴史とは真逆ですね」

 

 数百年もの間に弾圧、内乱と続いたアリウスはただただ怒りと憎悪を引き継いできた。

 ある時に自分達ですら、この憎悪は薄めなければ呑み込まれると思ってしまう程のものを。

 

「そうだ。恨みや憎しみなど、持っておいても腹の足しにならん。疲れるだけだぞ?」

 

 戦争で腐る程憎しみを持つ人々を見て来たので、扉間は吐き捨てる。

 

「最初は愛する者を殺された怒りで過激になる。だが、お互いにやってやられてを繰り返すうちに、怒りは徐々に責任感や義務感に変わる。憎しみを糧にしておるせいで、愛した者との平和の思い出すら忘れる。記憶にあるのは血と死体と断末魔のみ。幸せの記憶に自らで蓋をしてしまう。それでもなお、止まることが出来ずに争い続けて、最後には心も体も疲れ切って傍迷惑な自殺でもするかのように暴れて死ぬ」

 

 愛情の深いうちは一族ですら、家族を殺されているのに千手に降伏するのだ。

 憎しみだけでは戦い続けることなど出来ないと分かり切っている。

 マダラも単身で千手に挑むという、自殺まがいの行動を取っている。

 結局、憎しみ故の行動に得るものは何もなく、疲れるだけなのだ。

 

「そもそもどちらにも正当性がある以上は水掛け論にしかならん。トリニティは確かにアリウスを弾圧した。だが、アリウスは無抵抗で追い出されたのか? その時にトリニティの者を誰一人として傷つけなかったと言い切れるのか? 傷つけた者の子孫に先祖の恨みだから黙って報いを受けろと、後輩達を傷つけられたらお前は納得出来るか?」

「なるほど……先生が人の感情に寄り添うのが下手なのが良く分かりました」

 

 一応はアリウスの校長なのに、平然とアリウスを批判する扉間にスバルは乾いた笑いをこぼす。

 こうも堂々と言いきられたら、文句を言う気も失せる。

 

「憎しみの連鎖は誰かが踏み留まることで食い止めるしかない。弟を殺された、親を殺された、息子を殺された。だから、相手を殺す。腐るほど聞いてきた言葉だ。敵からも味方からもな」

「それは……」

 

 復讐の連鎖を続けてきたのは、扉間も同じ。

 うちはに殺され、うちはを殺した。

 千手に殺され、千手を殺した。

 2つの一族の成り立ちを考えれば、下手をするとアリウスとトリニティ以上に長い期間を殺し合っている。

 

「ワシはな……そんな下らん戯言で、大切な子供(お前)達を失いたくはないのだ」

 

 そう言って、扉間はスバルの頭を優しく撫でる。

 殴られてきた恐怖の経験から、一瞬硬直するスバルだったが、すぐにそれは戸惑いの硬直に変わる。

 

「先…生…?」

「耐え忍ぶのは辛いことだ。ときには、不満を吐き出したい時もあるだろう。そうした時は今日のようにワシに言いに来い。ワシが聞いてやる。ワシはお前達の校長(父親)だからな」

 

 一人では耐え切れない重みも、2人ならば支えられる。

 陳腐で古臭い表現だが、それは誰も否定できない事実だ。

 多くの者で重みを分散すれば、耐え切ることが出来る。

 例え、自分が全てに絶望していたとしても。

 

「さあ、話は終わりだ。お前も他の子達と共にしっかり見学して来い」

 

 スバルの頭から手を離して、扉間は他の生徒と一緒に行くように促す。

 まるで、巣から出ていくのを渋るひな鳥の背中を押すように。

 

「……はい、先生」

 

 スバルは軽く目を閉じ、何かに納得するように頷く。

 そして、再び目を開いた時にはその瞳には(ひかり)が灯っていた。

 

「それと、()()()()()()()()が、今日の課外授業の最後には感想文を提出してもらうからな。抜き打ちテストだ」

「絶対、ワザとですよね、先生!? 抜き打ちって言ってますし! そもそも感想文とか社会に出て何の役に立つんですか!?」

 

 しかし、すぐに目は怒りに染まる。

 大人なんて信じられるか。

 

「仕事で報告書を書くなど、どの企業でもやっておることだ」

「報告書じゃないですか!」

「感想文というものの書き方は決まっておる。まず、お前が今日見たものの中で印象に残ったものを1~3つほど上げる。そして、それに対して自身の思ったことを書く。更に、それを踏まえて今後の自分の活動にどう活かすかを書く。最後に今までの内容をまとめれば完璧だ。報告書の書き方と何も変わらん」

 

 報告書は起きた事象を記し、それに対しての所見や原因を書く。

 そして、最後に今後の方針をまとめて書けば完成する。

 通常の報告書だけでなく、事故やクレームの始末書でも使えるフォーマットだ。

 

「~ッ! 分かりましたよ! あの子達にも伝えておきますね!」

「察しが良くて何よりだ。では、ワシはそろそろ動かせてもらう。何かあればホシノの指示に従い脱出しろ」

 

 社会に出たら役に立たないという言葉に対して、クロスカウンターを決めつつ、扉間はケイと共に姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

「迎えの人間は要らんと伝えておったはずだがな」

「そう言うな。君のようなVIPに迎えの1つも寄越さないようでは、我が社の品格が落ちるというものだ、千手トビラマ」

 

 扉間とケイが辿り着いた地下空間。

 そこで待っていたものは、“ウトナピシュティムの本船”。

 そして──

 

「カイザーのプレジデント…!」

「ほう、子供にも顔を覚えられているとは、喜ばしいな。君の幸運に感謝するといい。今、君達の目の前にいるのは、未来のキヴォトスの支配者だ」

 

 プレジデント。

 カイザーグループの頂点にして、キヴォトスの支配を企む大人。

 理事にとってのラスボスだ。

 

「どうやら我が社の若輩者と繋がっているようだが……そちらにも既に()()を送っている」

「あの若造はしくじったか」

「くくく、奴の私の首を狙う向上心は素晴らしいものだった。だが、詰めが甘い。こうして、君達の計画を利用されて、罠にはめられてしまうのだからな。ああ、安心してくれ。あちらに寄越した迎えも、もちろん特上の者だ」

 

 パチンとプレジデントが指を鳴らすと、ザッと兵士が集合する。

 その兵士は通常のPMC兵士とは色合いが違う。

 迷彩柄ではなく、黒と青を基調にしたボディ。

 

「私直属の特殊部隊員(Specail Operation Forces)が君達の──冥途(めいど)の迎えだ」

 

 カイザーSOF。

 カイザーPMCの決戦部隊、最高の切り札。

 PMC理事ではなく、プレジデントに仕える兵士達だ。

 

「フン、随分と豪勢な迎えだな」

「この世で最後に見る光景が貧相なものでは可哀想だとは思わんかね? 奴も我が社に尽くしてくれた人間……派手に送り出してやらなければな」

 

 ガチャリと、カイザーSOFが扉間達に銃口を向ける。

 

「さて、千手トビラマ。君に1つチャンスを与えよう」

「ほぉ……興味深いな」

「私の下につき、私のキヴォトスの支配を手伝う気があるのならば、この場に居る君と生徒は見逃してもいい」

 

 そして、プレジデントが扉間を引き入れようとする。

 

「君は優秀だ。そして何より、生徒達からも人望がある。君が我が軍門に下ってくれるのならば、スムーズに支配できるだろう」

 

 プレジデントは商人だ。

 古代兵器で圧倒的な力を持つとはいえ、余計な出費は出したくない。

 生徒達に変にゲリラ活動をされるのも面倒なのだ。

 

「どうだね? 待遇は要相談だ。だが、君が一生働いても稼げない額にするのは約束しよう」

「なるほどな……悪くない」

「先生?」

 

 皮肉気に笑う扉間にケイが、何を冗談を言っているのかという目を向ける。

 

 

「だが、そういったセリフは──今この場を切り抜けてから言ってみろ」

 

 

 自分達は欠片たりとも追い込まれてなどいないというのに。

 

「──トキ!」

「はい、先生」

 

 パワードスーツが壁を突き破って現れる。

 それは、ミレニアムの叡智と()()()()()の技術の結晶。

 その名は“アビ・エシュフ”。

 

 

「天あり地あり、勝負あり。コールサイン04、飛鳥馬トキ。ここに参戦します」

 

 

 リオの生み出したアバンギャルド君に次ぐ最高傑作である。

 

「トキ、“名もなき神々の王女”の鍵たる私が演算機能を担います。そうすれば、エリドゥでなくても、未来予知に近い回避能力を得ることが出来るはずです」

「はい、感謝します、ケイ」

 

 そして、サポートに回るのは“名もなき神々の王女(アリス)”の侍女、Key(ケイ)

 リオの生み出した横領都市…もとい“城塞都市エリドゥ”を一瞬で乗っ取ることが可能な演算能力の持ち主。

 ()()()()()の技術の粋。

 電力が少々不安ではあるが、演算能力ではエリドゥ内で戦うのと一切遜色はない。

 

 

「さて、貴様の冥途(めいど)の迎えとワシのメイドの迎え。どちらが上か確かめてみるとしよう」

 

 

 悲報:カイザーSOF、終了のお知らせ。

 




最初は一話8000字で書いていたのが今は1万3千文字近くになっている現状。
章を10話でまとめる縛りも取っ払ったので、投稿間隔を短めにしようかなと思います。
要するに、無理やり一話に圧縮せずにキリの良い所で切って投稿していきます。
次回は今週の土曜に予約投稿済み。

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