千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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84話:ゲヘナにて最強

 

「ヒナ委員長! 一度下がってください!」

 

 散らばる無数の建物の残骸。

 抉り取られた地面。

 そして、倒れ伏す風紀委員会の生徒達。

 

「くっ…でも、()()止められるのは私しか…!」

『…………』

 

 その地獄絵図を作ったのは、たった2人の生徒。

 空崎ヒナと、穢土転生の空崎ヒナだ。

 

「落ち着いてください! どういう理屈かは分かりませんが、相手のヒナ委員長もどきは、どれだけ攻撃をしても再生します。それに対して、私達のヒナ委員長は生身。少しでも休息を取らないと、ジリ貧になるだけです!」

 

 実力はほぼ互角だと言うのに、こちらの体力が削られていくだけ。

 そのことに、焦りを覚えるヒナに対して、アコが冷静になるように促す。

 

「ここは、一度私達に任せて少しでも治療を行ってください。チナツ! すぐにヒナ委員長に応急手当を。イオリ! 部隊をまとめて、何とかヒナ委員長もどきを足止めしますよ」

「分かりました!」

「ああ! 任せろ!」

 

 アコの指示に従い、即座に動き出すチナツとイオリ。

 その姿を見ながら、ヒナはポツリと呟く。

 

「……アコは冷静ね」

「思考は常に氷のように冷静でいろ。だが、大切な何かを守りたいという火の意志だけは決して忘れるな……先生から教わったことですので」

 

 それに対して、アコは扉間の教えを振り返る。

 どんな時でも、焦りを見せることなく冷静でいなければならないのだと。

 

「それに、私達はヒナ委員長と違って、自分1人の力ではどうにもならない敵と戦うのが日常ですので」

「そうね……風紀委員会は私だけじゃない。少し天狗になっていたみたいね」

 

 ゲヘナ最強。

 もしくはキヴォトス最強。

 

 その肩書を恣にしてきたヒナにとって、何をしても突破口の見つからない相手。

 自分以上の強さを持つ者を相手するのは、非常に珍しい経験。

 しかし、他の風紀委員会からすれば日常茶飯事。

 経験の差がアコの冷静さに繋がったのだ。

 

「はい。それと、ヒナ委員長が休暇で不在の間に、後輩達の意識も変わりましたから。ヒナ委員長頼りはいけないと」

「……私達も、もう少しで卒業か」

 

 エデン条約締結後に、辞めようかなと思っていたが、流石にトリニティに悪いかなと思って長期休暇を取るに留めた、ヒナ。

 しかし、その長期休暇の間にも『ヒナが居ない? レッツパーリィ!』をした馬鹿共が夏の羽虫が如く大量発生した。

 その結果として、風紀委員会全体でヒナが卒業してからの心構えが、出来るようになったのだ。

 

「はい、後のことは私達に任せて、委員長は休んでください」

「ありがとう、チナツ」

 

 そのことを理解したヒナは、少し肩の荷が下りたように目を瞑る。

 これで、心残りはせずに済みそうだと。

 

「うふふっ、感動的な話の最中にごめんなさいね?」

「ゲッ! 万魔殿の風紀違反服が何の用ですか?」

「何がゲッよ? 失礼しちゃうわねぇ、京極サツキよ、サツキ。それと、服装については胸が締め付けられるのが嫌いなだけよ。あなたも分かるでしょ?」

 

 そんな感動的な場面に突如として、割って入って来たのは京極サツキ。

 万魔殿の情報部長。豊かな胸を大きく開けた服装をした、アコに並ぶ胸開放族だ。

 

「失礼ですね。私のはファッションです。あなたのような破廉恥な服と一緒にしないでください」

「チナツ、鏡はあるかしら?」

「すいません、ヒナ委員長。ファッションと言う以上は鏡よりも、頭の方を見た方が良いかと」

「そこ! 真面目に休息してください!」

 

 横乳はともかく、その手錠とカウベルはなんだ、アコ? 

 そう言いたくなるヒナとチナツだったが、アコに黙らされる。

 因みに、スカート丈はヒナも人のことは言えない。

 

「ねぇ、私の話をしてもいい? マコトちゃんからの耳よりの情報なんだけど」

「今忙しいので、いつものクレームなら後にしてくれませんか?」

「違うわよ、もう! シャーレの先生からマコトちゃんに、ゲヘナの議長に連絡が入ったのよ。こっちにアリウスの援軍が向かっているらしいわ」

「アリウス学園の!? ということは、本当に先生からの連絡で間違いないですね。連絡がつかなくて困っていたので、助かります」

 

 扉間からの援軍がゲヘナに向かってきている。

 その知らせに、アコが顔を綻ばせる。

 これで光明が見えたと。

 

「それだけじゃないわ。相手の委員長ちゃんもどきは、穢土転生の術って言う忍術らしいわよ」

「!? 穢土転生の術…ッ。どうりで、あの捻くれたマコト議長が素直に応援を寄越すわけですね……」

「穢土転生の術…?」

 

 直接、扉間から穢土転生の術について聞いていたアコが、マコトの対応に納得する。

 マコトも一緒に聞いていたのだ。

 穢土転生の術は、極めて人道に対する侮辱を感じる術だと。

 故に、雷帝絡み並みのガチ対応になるのも頷ける。

 

「詳しくは余りにも卑劣なので言いませんが……要するに、相手のヒナ委員長もどきは操られたゾンビです。ヒナ委員長の持つ私達の情報は全てあのゾンビから抜かれていますし、体は何度でも蘇ります。後、もしかすると自爆機能がついているかもしれないです」

「あの……それで情報の一部というと、詳しく言うとどれだけ酷いことに…?」

 

 アコからの簡易的な説明に、思わず引くチナツ。

 全部説明したら、どれだけ酷いことになるのかと。

 

「それで、サツキ。対抗策は? 先生がマコトに伝えているんでしょう?」

「もちろんよ。ええと、対策は大きく分けて4つ。1つ目は操っている人に術を解かせる。2つ目は穢土転生自身に解術させる。3つ目は成仏させること」

「1つ目は操っている相手が分からないから、却下。解術は……あっちの私に意識があればいいんだけど、今まで一言も喋ってないわ。3つ目の成仏も意識が無いなら、出来ることがないわね」

「じゃあ、どうするんですか!? 結局、ジリ貧じゃないですか!」

 

 自分と戦ってはいるが、あまり意識は感じられなかったと告げる、ヒナ。

 反抗的な強者相手には意識を縛るという運用法が効いているのだ。

 

「もう、焦らないの。どうして、この私が来たと思ってるの?」

「何か策があるのかしら?」

「うふふふっ! 私のNKウルトラ計画の努力が実る瞬間よ」

 

 サツキがスッとポケットに手を入れる。

 そして、あるものを取り出す。

 

「「「……5円玉?」」」

「私と言えば催眠。催眠と言えば私。これが4つ目の解決策。催眠で意識を上書きして、コントロールを奪う作戦よ。この5円玉で私があっちの委員長ちゃんもどきを催眠して、こっちの配下に置くわ!」

 

 取り出されたものは紐のついた5円玉。

 オラ! 催眠!! で、有名な催眠の代名詞である。

 

「冗談なら、もっと笑えるものにしてもらえませんか?」

「冗談じゃないわよ。私の催眠能力を疑うつもり?」

「どちらかというと、錯乱した可能性を疑っていますが?」

 

 サツキのあまりにもあんまりな提案に、アコが毒を吐く。

 遊んでる場合じゃないんですよと。

 

「ホント、失礼しちゃうわ。そもそも、なんで催眠が信じられないの? 目の前にはゾンビを操る忍術なんて、映画館から逃げ出してきたみたいな現実があるのよ。マコトちゃんを洗脳出来た、実績のある私の方がまだ現実味があるでしょ?」

「そう言われると……あり得ないことではないのでしょうか?」

 

 常識では考えられないことが既に起きているのに、催眠は信じられないのか。

 そう言われると、確かにそうかもしれないと思ってしまう、チナツ。

 

「いいわ。やってみましょう」

「な!? ヒナ委員長ッ!?」

「どうせ、このままだとアコの言っていた通りにジリ貧。なら、取り敢えず試してみましょう。失敗したのなら、4つの方法のうち1つは効果がないという結果が手に入るだけ、前進よ」

「流石、委員長ちゃん。それじゃあ、私を守ってね? ……痛いのは嫌だから」

 

 どうせ打つ手がないのだから、思いつく限り試してみよう。

 そう言って立ち上がるヒナに、サツキがボディーガードを頼む。

 彼女は予防注射すら拒否するレベルの痛がりなのだ。

 

「ありがとう、チナツ。大分楽になったわ」

「……無茶はしないでください。あくまでも応急処置なので」

「分かっているわ……と、言いたいところだけど」

 

 ヒナが突如として、降りかかってきた物体を優しく受け止める。

 

「ううっ……あの委員長もどき…本物みたいに強い……」

「少し休んでいなさい、イオリ。あなた達の努力は決して無駄にはしないわ」

 

 飛んできた物体は、イオリやその他の風紀委員達。

 彼女達は今まで必死に時間稼ぎをしていたが、それも終わり。

 人間がいくら努力したところで、天災に勝てるわけがないのと同じだ。

 仮にそれに対抗できるとすれば。

 

 

「それじゃあ、久しぶりに──本気で暴れるわ」

 

 

 それは同じ天災に他ならない。

 

「私の可愛い後輩を傷つけられた怒り……分からないとは言わせないわよ、もう1人の私?」

『…………』

 

 怒れる悪魔と、物言わぬ悪魔が向かい合う。

 鏡合わせ。されど、それは歪んだ鏡。

 同じようで、違うものを映す。

 

 2人の違いは肌や腹部に空いた穴だけではない。

 その瞳に映る意思。

 すなわち──怒りである。

 

「はぁッ!」

『──ッ!』

 

 2つの終幕が下ろされる。

 ヒナのマシンガン(デストロイヤー)の弾丸が互いにぶつかり合い、そのまま砕け散る。

 完全な均衡状態。

 だが、弾丸を打ち落とす必要があるのは、生身のヒナだけである。

 

(ッ! 被弾覚悟で前に出た!)

『……ッ』

 

 死なない上に、肉体は何度でも復活する。

 それが穢土転生の利点。

 穢土転生のヒナは均衡状態を打ち破るために、弾丸を浴びながら前に進む。

 

「でも、甘いわ」

『ッ!?』

「再生すると言っても、それまでに時間はかかる。足を撃ち続ければ、あなたは動けない。こうなった私には、もう機動力が無い…」

 

 しかし、マシンガン(デストロイヤー)の弾幕が途切れた一瞬を狙い、ヒナは相手の足を消し飛ばす。

 いくら彼女と言えど、足が無ければ前に進めない。

 このまま、地面に転がせる──

 

「ダメです! ヒナ委員長!! あなたは自分が羽で飛べるのを忘れたんですか!?」

「…事も…なかったわね……」

 

 訳が無かった。

 

『──!』

 

 足が消し飛ばされたおかげで軽くなったと言わんばかりに、翼を広げて空を舞う穢土転生ヒナ。

 

「逃がさない…!」

 

 しかし、ヒナの方もそれだけで逃がすほど甘くはない。

 すかさず、追い打ちをかけるようにマシンガンを放ちながら、穢土転生を追う。

 だが、それが悪かった。

 

「!? 下半身を消し飛ばしたせいで、自由に飛べるようになった…?」

 

 普段は滑空や少し浮く程度しか出来ないが、軽くなれば別。

 下半身を消し飛ばされたことをメリットに変えて、穢土転生ヒナは生身の時以上の飛行力を得る。

 

『──!!』

「しまった…ッ。制空権を奪われた…!」

 

 そして、はるか上空から襲い来る豪雨のような弾丸。

 同じ実力なら地の利を得た方が有利。

 こちらのヒナが防戦一方の状態を強いられる。

 

「風紀委員会! 空を飛ぶ風紀委員長もどきに発砲してください! 今ならヒナ委員長を巻き込むことはありません!!」

「任せろ!! さっきのリベンジだ!!」

「万魔殿も援護しなさい」

 

 しかし、地の利を得ただけで勝てるわけではない。

 先程まではヒナを巻き込むのを恐れて、援護できなかった風紀委員会と万魔殿が敵しかいない上空に弾丸をばらまく。

 

「ありがとう、みんな」

 

 仲間達の援護に感謝しつつ、ヒナも再び攻撃を開始する。

 

『ッ!?』

「堕ちなさい。あなたに(そら)は似合わないわ」

 

 レーザーのような紫の弾丸が、穢土転生ヒナの翼に穴を空ける。

 翼に穴が空いたことで、大きくバランスを崩して穢土転生ヒナが地面へと落ちて来る。

 さながらそれは、天国から地獄(ゲヘナ)に落ちる堕天使のように。

 

「サツキ、走りなさい! 相手はすぐに再生する、チャンスは一瞬よ!!」

「分かってるわよー! 情報部長の戦略眼を舐めないでちょうだい」

 

 そして、落下して来た穢土転生ヒナに催眠をかけるために、ヒナとサツキがダッシュする。

 

「私が動けないように撃つから、その間に!」

「任せなさい。さーあ、このコインをよーく見てちょうだい? ほーら、あなたは私の言葉に絶対服従するようになぁ~る……命令に従うようになぁ~る……」

 

 何やってんだ、こいつら? 

 千載一遇のチャンスを催眠術(こんなもの)に消費していいのか? 

 そんなふうに、風紀委員と万魔殿の心が珍しく一致するが、誰も何も言えない。

 だって、自分の所の上司だから。

 

「うふふふ、ほら? 段々効いて来たでしょう?」

『…………』

「…………」

 

 自信満々に笑みを深めるサツキ。

 無表情で、催眠術を受ける穢土転生ヒナ。

 これまた無表情で、淡々と穢土転生の自分の手足を消し飛ばす、ヒナ。

 

「じゃあ、まずは降伏してちょうだい?」

『いや、そんなものでするわけないでしょ』

「ちょ! 委員長ちゃん!? さっきまで協力してくれたじゃな……え?」

 

 唐突にヒナの声で、そんな催眠術とか効くわけないだろと言われて憤慨する、サツキ。

 だが、声の発信源が違うことに気づき、隣のヒナを見つめる。

 

「……私じゃないわ」

「そんなバカな……あり得ません……あんな催眠術が効くなんて」

 

 声の発信源はヒナではない。

 彼女は今は撃つのをやめて、サツキを見つめ返している。

 なのに、ヒナの声。

 すなわち。

 

『…!? 私、しゃべれるようになって…!?』

「うふふふ! どぉ? これが私のNKウルトラ計画の核をなす──催眠術よ!!」

 

 穢土転生ヒナが喋れるようになったのだ。

 これには、連邦生徒会長も3度見。

 まさか、これも雷帝の仕込みか!? 

 

「ま、まさか、あんな子供騙しが通用するとは……」

「にわかには信じられませんが……事実なんですね」

「とにかく、催眠が成功したからこっちの勝ちでいいのか?」

 

 アコやチナツも信じられないという顔をして、二度見を行う。

 そんな中、単純なイオリだけがこれで戦いは終わったのかと、問いかける。

 

「うふふ、勿論よ。さあ、委員長もどきちゃん。もう一度言うわ、武器を捨てて降伏しなさい!」

 

 それに対して、サツキが自信満々に告げる。

 後は、穢土転生ヒナが武器を捨てて降伏するだけだと。

 だが。

 

『だから、降伏するわけないでしょ? 早く逃げないと、また攻撃するかも──』

「キャーッ!?」

『……ごめんなさい。攻撃したわ』

 

 催眠術にかけられたはずの、穢土転生ヒナに吹き飛ばされて宙を舞うのだった。

 

「痛ーいッ! イタイ、イタイ、痛いわ!? これ絶対、骨まで折れてるわ!! 死ぬ! 死んじゃう! マコトちゃんには、イブキのことをお願いって遺言を残しておいて……」

「見せてください! ……かすり傷ですね。絆創膏でも貼っておけば、すぐに治ります」

「その痛がりようで軽傷かよ!?」

 

 まるで、サッカーで審判にアピールするかのように、ゴロゴロと地面を転がって痛がる、サツキ。

 だが、チナツの迅速な診断により、全治1日の軽傷だと知らされる。

 イオリが呆れた顔でツッコんでいるが、サツキは極度の痛がりなのでしょうがない。

 

「そんなことより、どういうことですか? やはり、催眠が効いていなかったのですか?」

『違うわ……今までは意識を奪われていたのだけど、催眠術で意識だけは取り戻せたみたい』

 

 アコの当然の疑問に対して、穢土転生ヒナが答える。

 今までは意識すら縛られたうえで、無理やり戦わされていたのだと。

 

「……だとしたら、どうして攻撃をしたのかしら?」

『意識……と言っても、喋れるようになっただけ。あの虚妄のサンクトゥムタワー(赤い塔)を守ることと、ゲヘナを破壊することは強制のままよ』

「誰が操っているかは分かるかしら?」

『直接の術者は私の知らない人……いえ、当たりはついているのだけど、私の知る姿とはあまりにもかけ離れ過ぎている。でも、彼女に術を使わせたのが誰かは分かる』

「それは?」

 

 催眠術がかかったことに驚いて、ヒナが攻撃を止めた隙に再生した体で再びマシンガンを手に取る、穢土転生ヒナ。

 まだ、戦うつもりかとこちらのヒナも、終幕:デストロイヤーを握りしめながら会話を続ける。

 

『連邦生徒会長』

「連邦生徒会長…!? まさか、姿を消したのはこのために…?」

 

 今まで失踪していたはずの連邦生徒会長が黒幕。

 その驚愕の事実に、ヒナだけでなく他の人間にも動揺が広がる。

 まさか、失踪と見せかけて、キヴォトスを混乱に導くために暗躍していたのかと。

 

『あなたは、とても簡単なことを見落としていないかしら?』

「見落とし?」

『自分がもう1人居るという事実よ。そもそも、この術は死体を縛っている術』

「つまり……あなたは私の偽物じゃなくて」

『並行世界の人間よ。連邦生徒会長も含めて』

 

 再び始まる超至近距離でのマシンガンの撃ち合い。

 鉛玉が音を立ててひしゃげながら、地面に落ちていく。

 

「委員長もどきではなくて……並行世界のヒナ委員長ですか…!? 確かに、それならば死体があることに説明がつきますが……」

『アコ……()()()()()が死んでも自暴自棄を起こさないでね』

「!? 並行世界のヒナ委員長だとしても、私のヒナ委員長はやらせませんよ!!」

「アコのものになった覚えはないのだけど」

 

 体はオートで動くので、戦いながら目線をアコに向ける、ヒナ。

 思い出されるのは、自分が死ぬ寸前に見たアコの顔。

 慟哭の涙と、怒りと憎悪に塗れた瞳。

 自分が死んだ後に何が起きたのか。

 穢土転生ヒナはなんとなく理解していた。

 

『聞きなさい。このまま戦うのは無駄よ。この体はいくら破壊しても元に戻る。動けないように捕縛する方が良い』

「っ! ……こっちに味方をしてくれるの?」

『同じ私に聞くけど……私がゲヘナを傷つけたいと思う?』

「愚問だったわね……忘れてちょうだい」

 

 望まぬ戦いを強いられている。

 それを理解したヒナは、自然とデストロイヤーを握る手に力を込めてしまう。

 

「穢土転生…この術は許せません…!」

「戦いたくない人と戦わされる……気にくわないな!」

「死者への冒涜……生前の尊厳すら踏みにじる、卑劣な術です!」

「風紀委員会と万魔殿は仲が悪いけど……それだけはみんな同感ね」

 

 穢土転生の術…許せねぇってばよ! 

 風紀委員会と万魔殿の心が1つになる。

 これには術の開発者である二代目火影もニッコリ。

 

「そうだ。その心を忘れるな。このような術、この世に存在するべきではない」

「先生!? 来ていたんですか!」

「アリウスとFOX小隊と共に今到着した。ここからはワシが指揮を執る」

 

 ワシの作った術だ! ワシの術! 

 などと、この空気でアピールすると、流石に背中から流れ弾を食らいかねないので自粛した扉間が姿を現す。

 その後ろには、FOX小隊とスバルやマイアがいる。

 

「そちらのヒナに聞くが、体は少しでも自分の意志で動かせるか? 解術の印を教える」

『……無理ね。戦い以外だと、口が動かせるくらい。戦闘は体に染みついた動きで自動(オート)でやっているみたい』

「“大人のカード”は持っているか?」

『いいえ。あんな付け焼刃は要らないって理由をつけて断ったわ』

 

 生兵法は大怪我のもと。

 ミカと違い、風紀委員会(戦闘部隊)出身のヒナは自身の戦術に忍術を組み込むことを嫌がった。

 まあ、裏にはこれ以上強くなると、倒され辛くなるという術者への反抗心もあったのだが。

 

『……待って。私達が、大人のカードを持っていることを知っているということは……既に私以外の穢土転生を倒したのかしら?』

「ああ。トリニティの聖園ミカだ。無事、成仏した」

『……そう。彼女は逝けたのね』

 

 意味深に、自分の右の腹に空けられた穴に目をやるヒナ。

 深く、虚ろな穴……。

 

「何か心残りはないか、ヒナ?」

『あるにはあるけど……』

 

 心残りがないかと言われて、アコやイオリ、チナツ達を見る穢土転生ヒナ。

 その間にも、体は並行世界の自分と戦っていた。

 

『……私の心残りはこの世界では、果たせないわ』

 

 残してしまった仲間や後輩達。

 それこそが、心残りだがそれは並行世界の話。

 この世界で生きているのを見ても、それは成仏に繋がらない。

 

「なるほどな……」

『ああ、後……これも心残りかもしれないわね。私の先生の代わりに、言わせてちょうだい』

 

 そして、もう1つ。

 ヒナには扉間へ謝りたいことがあった。

 

 

『お酒が飲めるようになるまで、生きられなくてごめんなさい、先生』

 

 

 思い出されるのは、一緒に誕生日を祝った日に扉間に言われた言葉。

 

 とにかく、これからも健やかに成長してくれ。酒の味は……ちと早いが、いずれは呑めるようにもなろう。

 

 平和な世界で子供に死んで欲しくなかった。

 彼女は、そんな扉間のささやかな願いが叶わなかった世界の住人。

 

「………お前が謝ることではない」

『そうね……先生に謝っても別に心残りが消えるわけじゃないもの』

 

 お前は悪くない。

 悪いのは世界だ。

 そう言ってやりたかったが、言っても無駄なことぐらい死人の2人が一番よく分かっている。

 

『えっと……サツキの催眠術がどういう訳か、少しだけ効いたのだけど、もう一度出来ないの?』

「ええ? 私の催眠術が平和のために役に立つのは嬉しいけど……また、痛い目には遭いたくないわよ」

 

 空気を変えるために、催眠の重ね掛けが出来ないのかと聞く、穢土転生ヒナの鋭い眼光に怯える、サツキ。

 痛がりもここまで来ると、いっそ感心してしまう。

 

「言ってる場合ですか! 私達が負けたら、残るのは万魔殿だけ! 嫌でも戦いに出ないといけなくなるんですよ!?」

「うっ……そうね。マコトちゃんやイブキを、痛い目に遭わせるわけにはいかないものね」

 

 しかし、アコのキレ気味の叱責に何とか心を奮い立たせる。

 自分が傷つくのはもちろん痛いが、それ以上に友や仲間が傷つく方が心が痛てェのだ。

 

「……あの、一度捕まえてから催眠術をかければ、いいのではないでしょうか?」

「さっきも動けなくするまでは出来たんだから、みんなで協力すればいけるはずだ…!」

 

 そんな所へ、チナツとイオリが拘束してから、催眠術にかければいいのではと告げる。

 催眠!? 拘束!? エッチなのは駄目、死刑! 

 

「解術や成仏が出来ん以上は、どの道捕縛は必須だ。それでいくぞ」

 

 どの道放置しておいたら、碌なことにならねぇんだ! 

 捕まえ次第、催眠術にかけるぞ! 

 

「なら、私達の出番だな」

「相手を出来る限り傷つけずに、捕縛する技術は警察(SRT)の得意分野ですので」

「久々の大仕事ね! みんな張り切っていくわよ!」

「うんうん、アリウスの子達にも手伝ってもらえるしねぇ」

 

 FOX小隊は、取り敢えず問題児は力で抑えつければ、何とかなるだろの精神の風紀委員会とは違う。

 特殊部隊と言えど、れっきとした警察組織。

 問題児であっても、出来る限り怪我をさせずに抑え込む術に長けている。

 

「FOX小隊のみなさん程ではないですが、アリウスにもそういった技術はありますので」

「情報を吐くまでに、自分でヘイローを消されないために拘束する技術ですよね」

 

 続いて、サラッと闇深いセリフを吐く、スバルとマイア。

 自害をされないように拘束する技術は、アリウスでは基礎教養だったのだ。

 まあ、穢土転生があればそんな技術を磨く必要もないのだが。

 

「そういうわけだから……恨まないでね、私」

『ええ、感謝するわ、私』

 

 そうして、ゲヘナ最強を封じるための戦いが再開されるのだった。

 

 

 

 

 

「A.R.O.N.Aちゃん、どうTSCはクリアできた?」

 

 サンクトゥムタワーを占拠した連邦生徒会長が右頬をさすりながら、ウトナピシュティムの残った白いA.R.O.N.Aに声をかける。

 

『………ません』

「A.R.O.N.Aちゃん?」

 

 しかし、白いA.R.O.N.Aから出てくる声はいつもと声色が違っていた。

 いつものAIらしい抑揚のない喋り方ではなく、感情のこもった声。

 そう、この感情は──

 

 

 

『許しません──ゲーム開発部』

「え?」

 

 

 

 ──怒りだった。

 




???「TSC……このゲームは許せない…!」

次回は17日に投稿します。
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