千手扉間のブルーアーカイブ   作:トマトルテ

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92話:千手観音

「全てを救ってみせる……ですか。確か、千手観音は全ての人を救うために多くの手を得た仏。そして、子供達の健やかな成長と幸せを願う守り神。これを作った人間の願いが良く分かりますね」

「ヒマリ?」

 

 山のように立ち塞がるアバンギャルド君Thousand(サウザンド)を前に、ヒマリは冷たい声を放つ。

 

『何が言いたいのかしら? 命乞いなら聞かないわ』

 

 そんなヒマリの声を無視すればいいのに、非合理的に声をかけて来る穢土転生リオ。

 当然、アバンギャルド君Thousandの頭からでは声は届かないので、小型ドローンで声だけ届けている。

 

「いえ、見え方の問題ですよ? 同じものを見ても、人によっては感じ方が違う。ただ、それだけの話です」

『……つまり、貴女にはこのアバンギャルド君Thousandは救い手には見えないと?』

「ええ。私からすれば、伸ばされた千の手は全て──」

 

 そんなドローンに、否、アバンギャルド君Thousandの千の腕を見ながら、ヒマリは小馬鹿にした笑みを浮かべる。

 

 

「──自分が救いを求める手に見えますよ、リオ」

 

 

 人を救うと言いながら、結局救われたいのはお前だろうと。

 

『………言っている意味が分からないわ。私は救済の力を得たのよ』

「あら、ミレニアムのビッグシスターともあろうものが、こんな簡単なことも分からないのですか? まあ、所詮は全知の私に比べれば、大したことはありませんか。いいでしょう。説明してあげましょうか」

 

 キュラキュラと車椅子を動かしながら、ヒマリは笑う。

 出来る限り、相手の心をかき乱せるように。

 

「溺れる者は藁をも掴む。人が手を伸ばすときはいつだって、助けを求めている時です」

『それは違うわ。溺れる者に手を差し伸べる時にも、人は手を伸ばすわ』

「ええ、ですから見方の問題です。あなたが自分の持つ腕だけを伸ばしていたのなら、それこそ救世主たる神のように見えたでしょう。ですが、今の装いは……少々装飾過多ですね」

 

 本来、自分の持つ腕以上に生やしておいて、自分を救済者足り得る存在だと思っているものか。

 

「足りないと嘆くのは……出来ないと弱音を吐くのは……いつだって弱者です。自分の足で立つことが出来る人間は、自分の足の車椅子(代わり)を求めない……己の非力を恥じて、四方八方に自分の腕の代わりを求める姿の一体どこが──救済者ですか?」

『…!』

 

 自分の力で救えると本当に思っているのなら、腕を増やしたりなどしない。

 出来ないと理解しているから、四方八方に方法を求めて手を伸ばしているのだ。

 ヒマリは、自分が乗っている車椅子を指で叩きながら告げる。

 

「人を救うことで自分が救われたいだけの偽善者ですよ、あなたは」

『ち、違…私は…!』

「何が違うんですか? 自分の世界の妹達を救うことが出来なかった。だから、生き返らせることで、過去の自分の過ちを消そうとしている。結局の所、()()()()()()()()動いている。これを偽善と呼ばずに何と呼ぶのですか?」

 

 お前は、本当は赦されたいだけなんだろう? 

 救うと言いながら、結局は自分の醜い面を覆い隠しているだけ。

 なんて無様で滑稽な救い手だろうか。

 

「救うなどという身綺麗な言葉で、自分の汚い欲望を隠さないで貰えますか? あなたは臆病で傲慢で強欲な……ただの救いを求める人間です。神になんてなれませんよ、リオ」

 

 お前には救えない。

 そう言い切って、ヒマリは余裕に満ちた笑みを浮かべる。

 

『………例え、貴女の言う通りだったとしても』

 

 しかし、言葉のナイフが相手の心臓を刺し穿ったとしても。

 

『私は止まらないわ!!』

 

 もはや、止まることはない。

 何故なら、彼女は既に動く死体に過ぎないのだから。

 

『アバンギャルド君Thousand! 叩き潰しなさいッ!!』

「あら。そんなに強く握りしめたら、誰の腕も掴めませんよ? 手は他者と繋ぐためにあるというのに……せっかくの千本の腕も無用の長物ですね」

 

 千本の巨大な腕が握りしめられ、大きく振り上げられる。

 まるで、預言者の人気投票でぶっちぎりの最下位に落ちそうなイェソドのように。

 それを見ながら、ヒマリは小さく笑って見せる。

 

「ヒマリ。お前は馬鹿ではない。先程の挑発は何か策の有ってのことだろう」

「そうなんですか、ヒマリ先輩? アリス達にも策を教えてください!」

「うふふ、もちろんです。私の策は単純明快──」

 

 そして、全知の頭脳が編み出した完璧な策を告げるのだった。

 

 

「──逃げましょうッ!!」

 

 

 三十六計逃げるに如かず。

 

「はぁ!?」

「あれだけ言ってたのに!?」

「こ、このタイミングでなのか!」

「あ、あの、もう腕が降りてきそうですが……」

 

 C&Cの面々も呆れるように、あれだけ相手を煽った上で。

 かつ、攻撃が来る直前に言うことではない。

 こっちは何の準備も出来ていないのだ。

 

「ビルサイズの大きな巨大ロボットを相手に、今の装備で勝てるわけがないでしょう!! 最低でもミサイルクラスは必要です! 今は逃げるしかありません!!」

「ヒマリ……確かに貴女の言う通りだけど……それならどうして相手を煽ったのかしら。私もかなり傷ついたのだけど……」

 

 ヒマリの口撃。

 2人のリオに効果抜群だ! 

 

「通常攻撃が効かないのなら、精神攻撃に限ります! 後、少々イラつきましたので!! それから一々傷つかないでください、相手はもはやただの別人です」

「皆様! 話している暇があったら、早く後ろに下がりましょう!! 腕に押し潰されてしまいます!!」

 

 言っていることは正論なのだが、先に伝えておいてくれ。

 そんな思いを抱えながら、一行は大慌てで腕の攻撃範囲から逃れる。

 

「ええい! 全知と呼ばれておっても、お前もまだまだ子供だったな、ヒマリ!!」

「いいえ! 子供ではなく、天才病弱美少女と呼んでください!!」

「黙れ!! あれがワシの想定する真数千手の術と同等なら、逃げ場はないのだぞ! あれは歩くぞ!!」

「あの巨体で、ですか!?」

 

 パンチの一撃で地面が罅割れ、クレーターが出来る。

 そして、Thousand(サウザンド)の名の通り、それが1000発来るのだ。

 本家本元の真数千手よりは小さいとはいえ、脅威には変わりない。

 因みにリオの真数千手はビルサイズだが、柱間のは山を消し飛ばす九尾が、子猫サイズに見えるデカさである。

 

「リオ様! なにか、あのアバンギャルド君Thousandについて、分かることはありますでしょうか!?」

「ないわ! あんなもの製作可能だなんて思ったことが無いもの! 頭の中の構想にすら存在しない非合理的な存在よ!!」

「そ、そんな……アバンギャルドマスターのリオ先輩でも知らないなんて、どうすれば…!」

 

 降り注ぐ無数の腕から、全力疾走で逃げる扉間達。

 まさに、絶体絶命。

 しかも、真数千手ならば腕がなくなって軽くなると、華麗なフットワークでボクシングをしてくる。

 蟻のように踏みつぶされてしまいかねない。

 

「ッ!? 地面が割れて、車椅子が…!」

 

 全力で逃げていたヒマリの車輪が割れ目に挟まってしまう。

 

 柱間の真数千手に比べればマシ。

 つまり、マダラ以外を殺すのには苦労はしないという意味だ。

 当然、今の扉間を殺す程度なら、オーバーキル出来るということに他ならない。

 

「ヒマリ! 車椅子で空を飛べたりはしないのかしら!?」

「その機能は残念なことに、まだついていません。今度は空を飛べる車椅子を作るべきですね……」

「言ってる場合か! 今助けに行くからな!!」

 

 もっと便利機能を搭載しておくべきだったと後悔するが、時既に遅し。

 割れ目に挟まった車輪はそう簡単には抜けそうにない。

 

「ダメです! ここまで来て私を抱える時間はありません! 先に行って──」

 

 アバンギャルド君Thousandの腕が振り下ろされる中、ヒマリはネルに先に行けと叫ぶ。

 だが。

 

「トキ! 今からヒマリを投げるゆえ、受け取れ! そのパワードスーツなら1人程度なら抱えて行けるだろう」

「キャッ!? せ、先生!?」

 

 扉間が腰へのダメージを無視して、渾身の力でヒマリをトキの方へと投げ飛ばす。

 

「先生!? ですが、それでは──」

「行きましょう、トキ! 先生は分身と以前に言っていたわ」

 

 当然、トキは何をやっているのだと目を見開くが、リオがそれを止める。

 現在の扉間は影分身。

 死んでも問題の無い体なのだ。

 

「お前達はとにかく逃げろ!! 生きてさえいれば、必ず助けに──」

 

 ──プチ。

 

「せ、先生ーッ!」

 

 そんな扉間の言葉は、最後まで言い切られることはなかったのだった。

 

 

 

 

 

「ッ! ミレニアムに行かせたワシの分身が死んだ…? しかも、リオが真数千手を出してくるとは…!」

「どうしたの? 先生、急に……」

 

 分身の霊圧が消えた…? 

 アビドスからD.U.へと向かっていた扉間の下に、消えた分身の情報が共有される。

 セリカが何事かと、尋ねて来たので扉間は即座に話す。

 

「ワシの分身の内の1人がやられた。ミレニアムの方だ」

「ミレニアムって言うと、ネルちゃんとかケイちゃんは大丈夫?」

「ん、アスナも」

「………ケイとは連絡が取れておらんようだ。ネルとアスナは……今まさにピンチだ」

 

 ヘリの中で、ミレニアムと交流のあるホシノとシロコが心配そうに扉間に聞きなおす。

 3日以上寝食を共にした戦友ともなれば、相応に情が湧くというものだ。

 

「誰かが、危ない目に遭っているんですか?」

「ああ、ミレニアムの方でとんでもない敵が現れてな」

「じゃあ、助けに行きましょう!」

「ユメ先輩…?」

 

 そして、横で聞いていたユメは特に考えることもなく、助けに行こうと告げる。

 

「だって、誰かが困っているんだよね? だったら、助けてあげないと」

「……先生、こうなったユメ先輩はテコでも動かないよ~。おじさんも何度、この強情っぷりに振り回されたことか」

「ご、ごめんね、ホシノちゃん。でも……助けてくれるよね?」

 

 そんな変わらぬ姿に、ホシノは苦笑しながら扉間に助言を行う。

 人助けをするときのユメは、自分の実力が低くても決して諦めない、傍迷惑な存在なのだと。

 

「案ずるな。今考えられる手段ならば……むしろ、あのデカブツを相手にするには、ワシらが行くしかあるまい」

(わたくし)達が進路を変えることで、全体の戦略に影響は出ないのですか?」

「ユメがあっさり陥落したことで時間はある。それにもとより、D.U.には()()()()()()()()()()()()。ワシらは浮いた戦力に近い。臨機応変に動いても構わんはずだ」

 

 ワカモの質問に答えつつ、扉間は消えた分身から伝えられたアバンギャルド君Thousandの情報を振り返る。

 ビルの如き大きさに千本の腕。

 人間が正攻法で勝てる相手ではない。

 

(……このカードを使うしかないようだな)

 

 ならば、正攻法以外でやるしかない。

 扉間はユメから奪った大人のカードを見る。

 このカードならば、対抗できるはずだと。

 

「アヤネ。すまんが、行き先をミレニアムに変更できるか?」

「はい! 既に変更しています!」

「フ…仕事が早いな」

 

 困っている人を見捨てるわけにいかないという、アビドスに引き継がれる和の意志。

 それを発揮したアヤネが、さっさと行き先を変えていたことを知り、扉間は満足そうに笑う。

 若き火の意志たまんねぇな~! 

 

「アビドスには関係がないのかもしれませんけど、困ったときはお互い様ですから~」

「うんうん。ホシノちゃん、しっかり私の言ったことを伝えてくれたんだねぇ」

「べ、別に、そういったつもりで伝えていたわけじゃ………あ! 先生、電話が鳴ってるよ!」

 

 アヤネの行動にノノミも同意して、それを聞いたユメがホシノの頭を撫でる。

 そんな行動に、ホシノは照れ隠しをするように、扉間の携帯が鳴っていると話題を変えようとする。

 

「すまんな……宛先は()()か」

 

 扉間は緊急で用意した携帯に、誰から電話がかかって来たかを理解してすぐに出る。

 

『ワシだ』

「用件を言え」

『今しがた、コユキから連絡があってな。ビッグシスターアルゴリズムの破壊に成功したそうだ』

「分かった」

『そして、ウトナピシュティムの本船がミレニアムに現れたとも連絡があった』

「ウトナピシュティムだと…ッ。アリスとケイを狙ってきたか!」

『恐らくはな。ワシも向かおうと思っておるが、アビドスのお前の方が早めにつくだろう。頼む』

「了解した」

 

 同じ扉間同士の会話のため、特に聞き返したり質問などはない。

 同じ扉間同士で意見を交換したところで、何か閃きがあるわけがないのだから。

 

「さて……お前達、先程はアビドスに関係ないという話になったが、少しばかり関係のある話になりそうだぞ」

「なんか、ウトナピシュティムの本船って聞こえて来たけど……ミレニアムに来てるんだね?」

「ウトナピシュティムの本船?」

 

 一緒に職場体験に行ったホシノは、ある程度事情を知っている。

 だが、それを知らないシロコは何のことだと首を傾げる。

 

「ウトナピシュティムの本船はアビドス砂漠に埋まっていた古代兵器…オーパーツだ。カイザーが掘り起こしたものだが……今は、敵に乗っ取られておる」

「そんなものが砂漠に埋まってたんだ……ホシノちゃん、やっぱり砂漠を掘るのは間違ってなかったんだよ!」

「………否定したいけど、否定できない」

 

 それに対して、扉間は簡潔に告げる。

 古代兵器であり、オーパーツ。

 まさか、そのオーパーツが、クソゲーのクレームを入れに来ただけとは夢にも思わない。

 

「……ん、先生。質問」

「なんだ、シロコ」

「そのウトナピシュティムの本船って──」

 

 そんな情報を知ったシロコは、大真面目な顔になり扉間へと質問を行う。

 ウトナピシュティムの本船は、一体──

 

 

 

「──高値で売れたりする?」

 

 

 

 ──いくらで売れるのかと。

 

 

 

 

 

『……本当に分身なのね』

 

 アバンギャルド君Thousandの腕が扉間を蚊のように叩き潰した後を見て、穢土転生リオが呟く。

 煙と瓦礫の破片が飛び散っているが、それだけ。

 確かに分身だったのだと、穢土転生リオは少し安堵したように口にする。

 

「せ、先生が…!」

「……さっさと走れ、チビ。今はとにかく逃げて、耐えるぞ」

「そうですね……リーダーの言うように、今はとにかく逃げないと。分身の先生も浮かばれません」

 

 分身なのは確か。

 だが、精神的支柱が消えたことで、アリスが動揺するのをネルが抑える。

 今はとにかく、言われたとおりに逃げるしかないのだと。

 

「リオ……本当に何かあれについて分かることはないのですか?」

「………ヒマリ。どうして、私達がまだ逃げられているのか分かるかしら」

「それは、先生が犠牲になったおかげで……」

「いいえ。あのアバンギャルド君の動きが遅いからよ。仮に、アバンギャルド君Mk.Asura(アシュラ)と同じ速度で動けるのなら、今の私達は全員赤い染みになっているわ」

「あの巨体ですからね……動力が足りないのでしょうか?」

 

 トキのアビ・エシュフに抱えられた状態で、アバンギャルド君Thousandを振り返る、ヒマリ。

 相手の動きは遅い。柱間版ならパンチの速度も桁違いだが、こちらは話す余裕すらある。

 チャクラ(動力)が巨体に反して足りていないのだ。

 

「エリドゥの動力は電力よ。今冷静になって計算してみたのだけど……あの体を全て俊敏に動かすにはまるで足りないわ。あくまでも、都市の運営に使う電力だもの」

「あのアバンギャルド君がエリドゥそのものだとするならば、逆に言えばエリドゥ以上の電力は持ちえないということでしょうか? リオ様」

「ええ、その通りよ、トキ。あれは冷静になって考えれば、誰だって作れるとは思わないし、作ろうともしないわ。そして、あくまでも『収集』と『変形』の原則に則るのなら、別の動力はエリドゥにはないはず。そして、あちらの私もそれを持っていないはずよ」

 

 ヒマリが最初に煽ったように、アバンギャルド君Thousandは穢土転生リオの救われたいという想いの現れ。

 合理性が消えたウドの大木のようなもの。

 人を殺すのに、あんな馬鹿げた質量はいらないだろうと、消えた扉間も頷いている。

 大砲でも作って、エリドゥの瓦礫をリオ達の真上に大量に打ち上げれば、それでゲームセットだったのだから。

 

「つまり……私達はどうすればいいんだ?」

「充電切れを狙えばいいのですか?」

「……再構築で発電所を内部に作られていなければ、それでもいいのだけど。期待は出来ないわね」

 

 カリンとアカネの質問に渋い顔をして答える、リオ。

 弱点をこちらが把握できたということは、相手も同じ考えに至っている可能性が高いのだから。

 何せ、同じ調月リオだ。

 

「それに何より──」

 

 そして、相手の電力切れを狙うには致命的な問題があった。

 

 

「──そろそろ、私の体力が持ちそうにないわ」

「会長、インドア派だもんねー」

 

 

 リオの体力である。

 C&Cは戦闘部隊なので、当然鍛えられている。

 アリスも身体能力はそれこそ機械並み。

 ヒマリは論外だが、今はアビ・エシュフに抱えられている。

 

 インドア派なのに1人だけ走っているリオに、限界が近づいているのだ。

 

「あちらの一歩に対して、こちらの一歩は蟻のようなもの……逃げるのも一苦労ですね」

「な、何か他に方法はないのでしょうか? あ、リオ先輩は疲れたらアリスが背負います! アリスの光の剣よりはずっと軽いと思うので!」

「感謝…するわ…アリス…! それと…別の方法…だけど……あなたが鍵よ」

「アリスがですか?」

 

 アリスが鍵。

 息を切らしながら、リオがそう告げる。

 

「名もなき神々の技術……それに対抗するには……同じ技術で……あなたと…ケイが…居れ…ば…でも…リスク…ハァ…ハァ」

「リ、リオ、大丈夫ですか?」

 

 普段ならアリスとケイを利用すると言うと、反発しそうなヒマリも息を切らして走るリオを目にしては心配しか出来ない。

 

「で、でも、それはアリスが王女に……いえ、ケイと力を合わせれば、きっと…!」

「あくまでも…最終…手段…ッ」

「リ、リオ先輩! 取り敢えず、アリスがおんぶします!」

「ご…ごめん…なさい……ゲホ」

 

 走っている上に、解説。

 遂に限界を迎えたリオがアリスに背負われる。

 だらしないお姉ちゃんでごめんなさい……。

 

『醜いわね……そして、私が忍術を使えることを忘れたのかしら?』

 

 そんな並行世界の自分を冷ややかに見つめながら、穢土転生リオは大人のカードを取り出す。

 

「まさか、あの腕を爆破させるつもりですか!?」

『アバンギャルド君Thousandには1000本も腕があるのよ? 2、3本程度の犠牲は安いものよ』

 

 安いもんだ。腕の1本ぐらい。

 腕が届かないのなら、爆風を届かせればいい。

 そんな考えで穢土転生リオは、腕の数本を互乗起爆札化させる。

 

『鬼ごっこは終わりよ』

「全員、伏せろ!!」

 

 ──互乗起爆札の術! 

 

 襲い来る爆風。爆炎。

 そして、爆破した腕とは別に、無事な腕からの攻撃。

 逃れようのない連撃の前に、リオ達はなす術なく伏せるしかない。

 

『跡形もなく……消えなさい!!』

 

 しかし、そんな姿を見ても穢土転生リオに情けの感情は湧いてこない。

 アリスという鬼札が相手に残っている以上、手を抜くことは出来ないのだ。

 故に、文字通り全ての手を尽くす。

 

『これで……魔王アリスは完全に──』

 

 

 

 ──木遁・樹界降誕の術。

 

 

 

『ッ! これは…一体なにが!? 動けない!?』

 

 突如として地面から生えてきて、千本の腕を押し返す木々。

 そして、別の木々がアバンギャルド君の体に絡みついて、動きを止める。

 穢土転生リオが困惑の声を上げる。

 

「ひぃ…ひぃん…間に合ってよかったぁ……大丈夫?」

『貴女は!? それに、これは大人のカードの忍術…!』

「アビドス高等学校の制服…? いえ、でも、私が知る限り貴女のような生徒は……」

 

 リオ達を守るように盾を携えて現れたのは新緑の髪の生徒。

 アビドスの生徒には間違いないのだが、自分のデータにはないぞとリオが困惑する。

 

「あ、初めまして。私は梔子ユメだよ」

「梔子ユメ………え? でも、その人物は確か2年前に…いえ! 相手のあの反応…あなたも穢土転生なのね?」

「ああッ? 穢土転生ってことは敵か?」

「ち、違うよぉ。穢土転生? みたいだけど、ちゃんと味方だよ~」

 

 既に死んでいるはずの人間。

 それがこの世に居るということは、穢土転生に違いない。

 リオのその言葉に、血の気の多いネルが敵意を向けると、ユメは涙目になる。

 

 因みに、こんな時に噛みついてくれそうなホシノは、戦力分散のために泣く泣くユメとは別行動になっている。

 クソデカアバンギャルド君に対して、小さき者が居ても意味が無いのでしょうがない。

 

「本当はD.U.に向かう途中だったんだけど、“ウトナピシュティムの本船”? が、ミレニアムに来てるからってミレニアムから連絡があったらしくて、こっちを助けに来たんだ。アビドスから見つかったんだよね、確か?」

「ああ、今はカイザーの土地だが……あれの責任はアビドスにもあろう」

「先生! ちゃんと生きていて安心しました!」

 

 ユメと共に現れた扉間の姿に、アリスが安心したように笑う。

 分身だと頭では理解していても、人体がトマトのようにプチッと潰されるのを見るのは、割ときつかったのだ。

 

「どうやら、ユウカ達の方は無事にビッグシスターアルゴリズムを破壊出来たみたいね」

「それよりも待ってください! ウトナピシュティムの本船がミレニアムに来ているのですか!?」

「ああ。コユキからの目撃証言では、エンジニア部のある校舎に飛んで行ったそうだ……恐らくは狙いはケイとアリスなのだろう」

「ケイが…! 早く戻らないと…!」

 

 ユウカ達の成功と無事を聞いて、胸を撫でおろす、リオ。

 ウトナピシュティムまでミレニアムに来ていると聞いて、発狂しそうになる、ヒマリ。

 そして、ケイが狙われていると思い、焦りを見せる、アリス。

 まあ、実際の所はクソゲーのクレームを入れに来たのだが。

 

「焦るな。そのために、ユメを連れて来たのだ」

「先生、本当に私が大人のカードを使っていいんですか?」

「……ああ。どういうわけか、お前の方が上手く扱えるようだからな。それに……自分で使うよりも、横で指示を出す方が()()()()()()()()

 

 アリスを落ち着かせつつ、扉間はユメの方を見つめる。

 扉間は知らないことだが、ユメの神秘はオシリス。

 植物と農耕の神でもあるが故に、扉間以上に木遁に適性があるのだ。

 やはり…柱間細胞か…! 

 

(しかし、このカードを持っておったワシは、今のように巨大な敵に対するために木遁を使えるようにしたのか? もしくは……どうしようもない状況に追い詰められて、みっともなく兄者に縋ろうとしたのか……)

 

 本来適性を持っていないにも関わらずに、木遁を選んだ理由。

 それを少し頭の隅で考えるが、答えは出ない。

 何よりも、今はやるべきことがある。

 

「状況はワシの分身が消えてから、何か変わっておるか?」

「会長の体力が限界!」

「ア、アスナ……少し…恥ずかしいわ」

「そうか……今までよく逃げたな。少し休憩しろ。アリスもだ」

「ありがとうございます、先生!」

 

 ずっと走っていたから、辛いだろうなとリオとアリスを労う扉間。

 

「こちらが終わったら、すぐにウトナピシュティムの方に向かわねばならんからな。少しでも体力を回復させておけ」

「………明日は絶対に筋肉痛ね」

「明日が来ないよりはマシだと思え」

 

 しかし、それは更に走らせるための準備期間でしかなかった。

 リオはスパルタだなと思うが、状況が状況のため目を瞑って我慢する。

 

「ユメ。あちらのアバンギャルド…ロボットと同じような木人を木遁で作れるか?」

「あの、可愛い顔のロボットのことですか?」

「ッ! どうやら、私達は親友だったようね……」

「リオと同じセンス…? 私は夢でも見ているのでしょうか…?」

 

 アバンギャルド君の顔を可愛いと表現するユメに、リオの好感度が急上昇する。

 まあ、“たのしいバナナとり”を手帳に選ぶどころか、ホシノに生徒会長手帳として引き継ごうとするセンスの持ち主なので、さもあらん。

 

『させないわ! こんな木程度、無理やり引きはがしてしまえば…!』

「わわ! えーっと……取り敢えずまた縛ればいいかな?」

 

 何かをやってくる。

 それを察した穢土転生リオが、木遁の拘束から逃れようとするが意味がない。

 

(引きちぎっても、またすぐに生えてきた木が絡みついて動きが…!)

「無駄だ。その図体では良い的だ。逃げられん」

「えーと、仏像とかお地蔵さんしか知らないけど……それじゃあ、行くね」

 

 木を引きちぎれても、再び木が巻き付いてくる悪循環。

 破った瞬間に逃げられなければ、容赦なく圧殺される。

 それが木遁の恐ろしさだ。

 

「木遁・木人の術!」

「同じぐらいの木の地蔵が……」

「なんつーか……怪獣大決戦だな、こりゃ」

 

 アバンギャルド君Thousandと同じ大きさの木の地蔵に呆気にとられる、カリンとネル。

 これでも、オリジナルの真数千手には遠く及ばないと言ったら、どんな顔をするだろうか。

 

「え、えっと……ご、ごめんね? 痛くしないから」

『くっ…!』

「狙うのなら……体の真ん中…鳩尾辺りをお願いするわ……あの巨体にエネルギーを回すのなら…そこが一番合理的だもの…」

「相手は穢土転生だ。最悪コックピットに直撃しても死にはせん。まあ、捕らえられるのが一番だがな」

 

 そして、ユメの木の地蔵がおっかなびっくり腕を振り上げる。

 殴る側かつ、圧倒的有利だというのにへっぴり腰。

 ユメの性格が良く分かるというものである。

 

 

「──木遁パンチッ!!」

 

 

 そして、可愛い声と共に放たれた、全く可愛くないパンチが、アバンギャルド君Thousandの胸を貫くのだった。

 




千手観音は本文にも書きましたが、全てを救おうとしている慈悲深い仏様。
そして、子供達の成長と幸せを願う仏様。
柱間がどんな想いでこれを象った術を作ったのか……色々と想像できますね。

次回は2月19日、扉間とヒナとキサキの誕生日に投稿します。
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