結末の先へ   作:まさぼす

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延命

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………。」

 

 

 

 

 

虚瞳(きょどう)を天井へ向ける少女。

 

シロコの言葉に返事はない。

窓は少し強く吹く砂風で音を鳴らしている。

 

 

 

 

 

「……おじさん、花瓶の花、入れ替えてくるね。」

 

「ああ。」

 

 

 

 

 

花瓶と花を抱えたホシノはそそくさと病室から出て行ってしまった。

 

居た堪れない気持ちになったのだろう。

遠のいて行く小さな背中には、ずっしりと覆いかぶさる罪悪感。

 

騒ぎ立てる輩も居ない中、呼吸音が聞こえないほどの夥しい機材からの駆動音。

 

 

 

アビドス公立病院。

アヤネの入院施設だ。

 

 

 

寂びれ、もはや生きているかも判らなくなってしまったこの自治区に、慈善で医師が集まる場所だ。

シャーレ、連邦生徒会からの要請があったとはいえ、ここに在中してくれている事は慈善以外に他ならないだろう。

 

 

 

 

 

それほど、今のアビドス(ここ)廃街(ぬけがら)になってしまった。

 

 

 

 

 

「アヤネ、今日は来るのが遅くなってごめんね。」

 

「…………。」

 

「でも聞いてよ!ホシノ先輩ったらまた寝坊したって遅刻してきて!」

 

「……………。」

 

「それでね、ここに来る前に……」

 

 

 

 

 

 

セリカはアヤネのベッドの縁に歩み寄り、顔をアヤネに近づけ話しかけ続ける。

シロコもその隣に歩み寄り、アヤネとセリカの顔を目くばせながら頷く。

 

どうか、アヤネが少しでも返事をしないかと。

 

 

 

 

 

アヤネの現状は……端的に言えば、延命状態だ。

 

身体的には全くと言っていいほど傷はない。病に伏していると言うわけでもない。

いや、言い換えれば病かもしれない。

 

神経、または脳……精神に異常をきたしているのだ。

 

 

 

 

 

『若年性アルツハイマー』

 

医師から告げられた病名だ。

 

本来なら発症してから徐々に失われていくはずの身体機能が、アヤネの場合ある日を境に末期状態へと進行した。

積まれた機材はすべて、アヤネの失われた生命活動を補っている。

 

だが、それは植物状態(これ)の原因ではないと、皆も知っている。

病的要因(そんなもの)では決してないと。

 

恐らく本当の原因に、ホシノは気付いている。

 

 

 

 

 

「うひゃぁ、水が冷たいよぉ。おじさんの手、縮んでない~?」

 

「はいはい、縮んでる縮んでる。」

 

「元から小さいから判らない。」

 

「アヤネちゃ~ん、みんながひどいよ~!」

 

 

 

 

 

花瓶を机に置き、両手をこちらに向けるホシノが後輩2人にあしらわれる。

 

今にもアヤネの「あはは……。」という声が聞こえてきそうだ。

余りにも、日常的だ。

 

 

 

 

 

……2年前までなら、こんなやり取りをここでするなんて考えられなかっただろう。

 

 

 

 

 

当時のセリカは病室に入るどころか、病院が視界に入った時点で吐き気を催していた。

あの時の光景が、視界を奪い、精神をあの場に引きずり込むのだ。

 

アヤネと言う器に満たされた存在肯定(すべて)が、注がれた別の何かに押し流されていく。

得体の知れない何かに、蝕まれていく。

 

 

 

ついさっき「背中は任せた」と言葉を交わした親友が、親友の体から押し出されていく。

 

 

 

アヤネの何処から、何が飛散したのだろう。

 

彼女の全身を溺れさせるように滴る薄い朱色の液体。

血液では無い、そんな生易しい物では無い。

 

目に見える事こそが異常であるはずの"何か"だ。

 

 

 

傷付けられたのだ。

強靭な体を持つキヴォトスの人間のヘイローを、いとも容易く破壊する何かによって。

 

 

 

セリカはその光景を目の当たりにした。

たかが2年で癒える傷では無い。

失った者が埋めていた穴も、刻み付けられた恐怖も。

 

なのに、こいつは……。

 

 

 

 

 

「あまり病院で騒ぐな。」

 

「わかってるわよ、アヤネに障ったらいけないし。」

 

 

 

 

 

考えないようにしたのだろうか。

 

セリカがそうした様に、皆もそうしたのだろうか。

オレがそうした様に。

 

自分たちすらも壊れてしまわないように、そっと蓋をしたのだろうか。

ここで壊れてしまったら、誰がアヤネを支えるのだと。

 

 

 

 

 

「アヤネ、ちょっと今日は顔色が良い気がする。」

 

「そうなの!シロコ先輩も気付いてたのね!」

 

「うん、なんだか笑ってる気がする。」

 

 

 

 

 

騒ぐなと言ったそばからこれだ。

黙れなどとは言えんが、病院の一室である事も忘れないでくれ。

 

 

 

 

 

「先生、私の手、ほんとに縮んでない?」

 

「……縮んでいない。」

 

「ほんとかなぁ。」

 

 

 

 

 

オレの座る椅子に自分の椅子を付け、オレにだけ聞こえるような声と共に掌を突き出すホシノ。

その手には無数の傷と、潰れた水膨れ。

 

 

小さすぎる。本当に小さい。

 

 

その手で抱えていいほどの重荷ではない。

本来なら、オレや他の大人がその重荷を、分担し担ぐべきなのだ。

 

年を重ね、重荷の担ぎ方を知るものでも耐えきれないほどの重荷を、こいつは抱えて立ってしまっている。

 

 

 

倒れ、潰れてはいけないと。

ここで自分がどうにかなってしまえば、残された者がどうなるか。

 

それを知っているが故に。

 

 

 

もう自分の様な人間を生んではいけないと。

失っても尚、失ってはいけない者の為に己を磨り潰す。

 

成し遂げられなかったからと、立ち止まってはいけないと。

 

 

 

分かっている、そんな事は。

聞くべくもない。

 

こいつはそういう女なのだ。

 

 

 

そういう生き方しか、知らないが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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