結末の先へ   作:まさぼす

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砂国から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは何処だ。

 

いや、解る。

ここは恐らく、地獄だろう。

 

オレは天国とやらに行けるような人間ではない。

自分がやってきた行いがそうであると告げている。

 

 

 

 

 

軋む足の動かし、立ち上がる。

 

目が霞む。

不明瞭ながら凝らし見渡す。

 

 

 

最後に見た風景と打って変わり純白の壁紙、正方形の部屋。

部屋も生活を想定した様な大きさではない。

 

そして無機質な部屋に置かれる事によって異彩を放つ、1つの机と2組の椅子。

 

 

 

 

 

「…………。」

 

 

 

 

 

地獄とはこんな物なのだろうか。

オレが想像する地獄はもっと阿鼻喚起の苦痛溢れる風景だったのだが。

 

人々が悪鬼羅刹の娯楽道具とされるような。

 

 

 

 

 

壁まで歩み寄り手で触れる。

 

変わった感触ではない。

触れた事のある、ありふれた材質の壁紙。

 

少し拳裏(こぶしうら)で小突いてみるが、これもまた何の変哲もない。

 

 

 

 

「ふ…っ……。」

 

 

 

 

少し長く吐息を漏らす。

 

 

当然だが、出口らしき物はない。

 

天井、側壁、床。

全て純白の壁紙だ。

 

俺の纏っていた砂がそれを(けが)していると感じるほどに。

 

 

 

 

 

方向感覚も何もないが、後ろ側と思われる椅子を引き、腰を据える。

 

見渡したところで、一面の純白だ。

瞳を閉じても良いかもしれない。

 

相変わらず、体は重く、体のあちこちは軋み、鋭い痛みを発する。

 

 

 

 

 

「…………!!」

 

 

 

 

 

胸を摩る。

 

そうだ、オレは貫かれた。

 

胸を、一切の狂いなく芯の蔵を潰されたはずだ。

考えるまでもなく致命傷。

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 

 

 

 

血痕は服にこびり付いている。

よく見れば俺が歩いた後の床にも血痕がある。

 

 

が、傷が無い。

塞がっている……というよりも、元からそこに傷など受けていないかのような(さま)だ。

 

痛みは残っている、そして疲労も。

戦いの果ての息苦しい感覚、節々の悲鳴、裂ける様な筋肉の躍動。

 

そして、潰えた筈の鼓動。

 

 

 

 

 

「どうなっている。」

 

 

 

 

 

一人、己の胸を眺め呟く。

地獄は傷ではなくその苦痛だけを与えるのだろうか。

いや、傷を癒し、また傷つけることで新たに新鮮な苦痛を与えるのだろうか。

 

そんな思考を巡らせた刹那、ふと空流を感じた。

 

 

 

 

 

 

「………!」

 

「す、すみません!驚かせましたよね!?」

 

 

 

 

 

気配を感じ見上げると、対になる椅子の傍で慌てふためく男。

 

正装、白衣、少し乱れた頭髪、眼鏡……そして目隈。

こいつは、恐らくオレと同類だろう。

 

いや、そうではない。

 

誰だこいつは。

何処から現れた。

この出入口が無い空間のどこから入ってきた。

 

それに存在が希薄だ。

 

そこに居るはずで、恐らく実体もあるにも関わらず気配が感じられなかった。

意図的に気配を消す技の類では到達できないほどだ。

 

僅かに感じた空流でやっと存在を認識したのだ。

 

 

 

 

 

「……何者だ。」

 

「自己紹介…いや、すみません、時間がほんとになくて。手短に今の状況を伝えますね。」

 

「……。」

 

「えっと……私の事は"先生"とでも呼んでいただけたらと…って、うわぁぁあぁ!?」

 

 

 

 

 

纏っていた"鎧"を解き、先生と名乗る男を砂で拘束し掴み上げる。

 

やはり実態はある。

掴むと人から伝わる熱を感じる。

 

それが故に余計に気味が悪い。

 

 

 

 

 

「す、すみません!きちんと!正確にお伝えしますから!どうか降ろして!」

 

「オレの聞いた事にだけ答えろ。」

 

「わ、分かりましたから!」

 

 

 

 

 

ゴチッ!

 

「ったい!」

 

 

 

 

 

拘束を解き男を開放する。

 

約1m程だろうか、落下させてしまった。

いや、さすがに受け身くらい取って欲しかったが。

 

 

 

 

 

「ここは何処だ。」

 

「ててて……え?ああ、ここはですね…。」

 

 

 

 

 

情報を受け取る。

 

俄かに信じがたい事情を聴かされ呆る。

追問の1つでもしてやろう思う事すら無くなるほどの荒唐無稽な経緯(いきさつ)

 

平常な状態なら異常者の戯言だと一蹴するだろう。

 

 

 

だが、今はこいつの話を信じる他ない。

オレの知り得る中でこの状況を説明するなら、間違いなくこいつの術中だからだ。

 

そして、幻術(これ)を脱する術がオレにはない。

 

 

 

曰く、ここは生と死の狭間、そしてその中で作り上げられた空洞。

人を真に死至らせるかを選定する場の前室。

 

馴染みのある言い方をすれば閻魔の前部屋…と言う事だと思う。

 

 

 

その小さな空洞に特定の人材を運び込み、交渉を持ち掛ける。

この男では達成できず、干渉できない事柄を成し遂げるための。

 

 

 

と言えば聞こえはいいが、要は死にたくないなら手を貸せと言う事だ。

浮ついた顔をしておきながら、行為自体はそれらしい。

 

同類と感じたが、オレとは相反する人間のようだ。

 

 

 

 

 

「つまり、枝分かれした先の未来を救って欲しいという事です。」

 

「…………。」

 

「あ、あの…やっぱり信じられませんか……?」

 

「信じるも何も無い。従わなければ殺すと言われ、提示された解放条件に己の死(誇りを汚す事)が含まれないのなら、選ぶ余地はない。」

 

 

 

 

 

視線を男に向ける。

 

安堵、それが相応しい表情を返される。

自身の行為が善意であると疑わず、相手はそれに返答を寄越すと考える厚かましさ。

 

 

 

 

 

「つまり、引き受けてくださると…?」

 

「くどい。」

 

「うっ……あ、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

まるであの男のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一面、見渡すは砂丘。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月光に照らされる砂飛沫が煌めき、少し美しさすらある。

 

 

 

見慣れている。

オレの住む国と同じ夜景だ。

 

いや、流石に建物はあったが。

仮にも6万の人が暮らす国ではあったからな。

 

 

 

だが、ここにはそれすらもない。

目を凝らしても建物一つ見えはしない。

 

それが、元居た世界ではない事を理解させる。

 

 

 

 

 

しかし、困った。

先生(あいつ)の話では元々この世界(ここ)に居た先生にオレを上書きする事で、これまでの記憶を手に入れられると聞いたが。

 

 

 

 

 

 

「何処だ、ここは。」

 

 

 

 

 

全く見当が付かない。

 

砂漠が広がっている光景から、恐らく目的地周辺(アビドス)であることは間違いなさそうだ。

が、それ以外の情報が全くない。

 

しばらくここで立ち止まっていたのか周りに足跡すら無い。

砂風で埋もれたのだろう。

 

当然、辿った道の記憶も無い。

月明かりが眩しく感じる事から、人明かりが周辺にはない事も伺える。

 

 

 

 

 

「…………。」

 

 

 

 

 

スマホ、とやらを起動してみる。

 

現在時刻は深夜2時。

ちょうどいい夜更け頃だ。

 

 

いや、そうじゃない。

 

 

スマホは通信不可、圏外と表示されている。

こいつは役立たずという事らしい。

 

入り込んできた前任の記憶では、この圏外という状態は遠く離れた人間と意思疎通が出来ないという状態らしい。

 

オレにしてみれば平常時にならそれが可能だと言う方が恐ろしい。

高等術の類を、一般人でもこの絡繰(カラクリ)を使用すればリスクなく行使できるなど、凄まじい技術だ。

 

元居た世界では考えられない。

 

 

 

 

 

もう1つの、タブレットとやらを確認する。

 

 

 

「……やはりか。」

 

 

 

無数の銃痕が付いており、画面も点灯しない。

"アロナ"と言う補助機能が備わっていて、対話する事で殆どの問いに返答があるらしい。

 

このような有様である事は知っていたが、やはりアロナ(それ)に返答を期待する事はできなさそうだ。

 

 

諦め、懐にそれを戻そうとした時だった。

 

 

 

 

 

「先生、でしょうか。」

 

「…!……お前が、アロナか。」

 

 

 

 

 

画面が薄暗く点灯する。

 

そこに映っているのは黒い装いを纏った虚ろ気な少女。

画面越しでも伝わる無機質さ。

 

心が、何かによって硬化してしまっているような印象を受ける。

 

 

 

 

 

「肯定。ですが、今は異なる名称を名乗っています。」

 

「名は?」

 

「プラナ。この世界における先生のアロナです。」

 

 

 

 

 

回りくどい。

 

目に映る無機質さとは裏腹に会話を好むようだ。

応答で"先生"になったオレの本質を見抜こうとしているのかは定かではないが。

 

 

 

 

 

「……では、プラナ。ここは何処だ。」

 

「不明。所在を特定できません。」

 

 

 

 

 

段々と腹が立ってきた。

先生(あのおとこ)からの情報と差異が酷い。

 

この箱に関しては、この損傷で応答が可能なだけ上等と考えるべきだ。

 

だが前任の記憶の方は駄目だ。

所々に記憶の欠損がある。

 

今の状況のだけでは無く、この世界の情勢についても。

 

 

 

 

 

再びプラナに問いかける。

 

 

 

 

 

「方角の確認は可能か?」

 

「不可。通信系統が損傷しています。」

 

「…………。」

 

「"箱"のではなく、ですが。」

 

 

 

 

 

なるほど、シャーレとやらが壊滅状態である今では通信相手が機能していないと言う訳か。

そして当面、復旧の目途も立っていないとなると…。

 

 

 

 

 

 

「つまり、今のお前はこの"箱"の中の記憶しか探れないという事か。」

 

「肯定。そして現在地(ここ)は私の記憶にありません。」

 

 

 

 

 

なるほど、遭難だ。

 

あの男、確かにこの世界の先生とオレを同期すると言ったがもっと場所があるだろう。

これで犬死でもしたら命を繋いだ甲斐も無い。

父と母に見せる顔も無くなってしまう。

 

それに前任はこんな夜更けに何故こんな所に居たのだ。

 

あんな惨状があったとは言え箱が機能しない状態で、生徒を連れず出回るなど言語道断だろう。

スマホも圏外になるような、左右前後も曖昧になる砂漠で何を考えている。

 

失せ物探しをしていると記憶が告げているが、理由が分かっているからこそ腹立たしい。

それなら尚の事、あいつを連れて……。

 

 

 

 

 

思考が堂々巡りになって来た所で、僅かな望みを持ってプラナに問いかける。

 

 

 

 

 

「今のお前にはオレの世界の情報は有るのか?」

 

「微量ながら。」

 

「では、ここでオレの力は使えるか?」

 

「可能です。しかし、概念が変更されています。」

 

「と、言うと?」

 

「先生の力は、この世界で"神秘"として扱われています。」

 

 

 

 

 

"神秘"

 

この世界で起きる超常現象の源。

常人では行使する事も、視認する事もできない力。

 

それでありながら、この世界に住まう人々に必ず宿るモノ。

 

空想的な概念。

記憶の奥底から湧き出るオレの物では無いはずの嫌悪感。

 

怨敵(ゲマトリア)が探求するモノ。

 

 

 

 

 

「神秘とは……消費するモノか?」

 

「はい。先生にとっては、ですが。」

 

「つまり、今まで通り力を行使できる…そうだな?」

 

「肯定。先生は神秘を認識していますので、後天的に取り込み、貯える事も可能です。」

 

 

 

 

その点はこちらに合わせているのか。

つまり、"あれ"も使用できる訳だが……。

 

如何(いかん)せん、その神秘とやらの残量が少ない。

 

あれを使用しても大した距離を見渡せないと思える。

消費に見合った成果は上げられないだろう。

 

 

 

 

 

「如何しますか。」

 

「歩くしかないだろう、立ち止まっていても埒が明かない。」

 

「承知しました。」

 

「電源が惜しい、少し眠っておけ。」

 

「しかし。」

 

「己の身くらい守れる。」

 

「…………。」

 

 

 

 

 

心配するな。

 

そう声を掛けながら箱をスリープ状態にした。

少し力を行使したが、問題ない。

 

幸いここは見渡す限りの砂で埋め尽くされている。

砂さえあれば、大抵の事は出来る。

 

 

 

 

 

歩みを進める。

 

宛は無いが、感覚で進んでいく。

それと同時に力を蓄えていく。

 

この調子なら、午前の内にあれで辺りを捜索できるほどには回復するだろう。

 

 

 

 

 

辺りの気配を探る。

 

記憶によれば、この辺りは統率を失った……警備絡繰どもが徘徊している事もあるそうだ。

今、遭遇すれば戦闘は避けられない。

 

戦闘している暇などない。

神秘を無駄に消費すれば、また帰還に遅延が出る。

 

オレの心配など、二の次だ。

 

問題なのは、対策委員会(れんちゅう)はオレが居ない事に気付いた途端に事を起こすような連中だという事だ。

十中八九、無謀に飛び出すだろう。

 

自分を過大評価している訳では無い。

あいつらは誰が居なくなろうと同じことをするだろうと確信しているからだ。

 

 

 

 

 

小休憩を入れつつ、3時間ほど歩いた頃。

 

 

 

 

 

最悪だ、腹が減ってきた。

 

しかもこんな乾燥地帯であるにも関わらず、不思議と今まで感じて来なかった喉の渇きも感じる。

そして心なしか空が白み、気温の上昇を感じる。

 

トカゲがさっき横切ったな……いや、まだそこまででは無い。

 

でも、焼くと鶏肉のような柔らかくも歯応えのある肉が意外とウマい……。

いや、まだそこまででは無い。

 

しかし調味料……。

 

 

 

 

 

砂眼(サガン)

 

 

 

 

 

予定よりも早く力を使った。

 

砂眼は視覚を持った砂球を飛ばし、周囲を見渡す。

偵察、探索に適した技だ。

 

しかし都合がいい技ほど力の消費量が多い。

今の神秘の残量を考えれば、飛ばせても10kmほどだろう。

 

恐らく帰路は探れない。

 

 

 

それでも行使したのは、思っているよりも事態が深刻だと己の思考で悟ったからだ。

先生に己を上書きした影響か、先生の残滓がオレの中にある。

 

油断すれば、己でも先生でもない何かになってしまう様な感覚に襲われた。

今、意識を手放せば間違いなくそうなるだろう。

 

状況を速めなければ危険だ。

 

 

 

 

 

 

「……あれは、駅か。」

 

 

 

 

 

 

砂眼が捉えた。

 

駅で間違いないだろう。

ここから約6Kmと言った所だろうか。

 

しかし、技を解いた途端、ずっしりと体が重くなった。

 

 

 

 

 

「神秘切れか……。」

 

 

 

 

 

呟くが、歩みは止めない。

 

ここで倒れれば、俺は死ぬ。

干乾びるのが先か、己を失うのが先かは知らんが間違いなく死ぬ。

 

せめて駅までは行かねば終わりだ。

駅ならまだ望みがあるだろうし、意識が飛ばなければ復帰できる。

 

だが今は練るために目を閉じれば間違いなくそのまま意識を手放してしまう。

進むしか……ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界の隅に駅が見えた所で、オレの記憶は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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