「……ッ、……先生ッ、
「……む、すまない。」
病院からの帰路で呆けていると思われたのか、セリカに腕を掴まれ睨まれる。
他の二人も奇妙な物を見るような視線を送ってくる。
ホシノの掌を見たせいか、ここに来た時の事を思い出していたら少し気を散らしたようだ。
あの後は……確か…。
「何か、考え事してた?」
「少し喉が渇いたなと思っていただけだ。」
「……ん、」
少し間をおいて、シロコが飲みかけの缶を差し出してきた。
いや、炭酸はあまり好きではないのだがな……でも無性に飲みたくなるのは何故だ。
これもまた残滓か。
「良いのか?」
「い、いい訳ないでしょぉ!」
セリカが顔を赤らめながら怒号を飛ばす。
なるほど、疑似的に口移しになるからと言う訳か。
この年頃の特有のアレだ。
ここは断るべきか…しかし、ここは。
「一口もらおうか。」
「あっ!ちょっとぉ!」
セリカからビンを取り、一口飲む。
同じ炭酸でも馴染みのあるこのビンのモノが良い。
独特な形状、内側のビー玉。
懐かしい気持ちにさせる。
仄かに記憶も蘇る。
兄がよく買ってくれた。
その度に『あまり好きではない』と可愛げのない返答をした事も。
「なんで私のなのよ!」
「ラムネの方が好きだ。」
「知らないわよ!」
「わぁ間接キッスぅ~!」
「ホシノ先輩うるさい!!」
「次はラムネにする。」
謎の発言をするシロコを尻目にプリプリと怒るセリカにビンを返す。
気が動転しているのか帰ってきた途端にラムネを口にする。
そして気付いたのか更に顔を赤らめる。
「あぁ!もう!」
忙しい奴だ、と軽く笑みを浮かべたその時、前方に気配を感じた。
「相良先生!こ、こんにちは…!」
「あ、ヒフミちゃんじゃん~。奇遇だねぇ~!」
「皆さんも、こんにちは!」
他愛もないやり取りをして居ると、見覚えのある少女と出くわした。
こいつは確か……トリニティの阿慈谷ヒフミ。
とある一件で交流があり、そこからアビドスとの繋がりがある。
「ヒフミ、こんな所でどうしたの?またブラックマーケット?」
「ち、違います!それに"また"って!?」
「ならどうした。お前たちの自治区からだと遠いはずだが。」
「えっと……。」
バツの悪そうな顔色を浮かべながらこちらに奇妙なぬいぐるみを差し出す。
ペロロ様とか言う気味の悪い空想の生物を象った物だ。
いや、人の趣味をとやかく言うつもりは無いがこいつは……む。
「このドラペロロ様のぬいぐるみがもう少しした所にあるお店で数量限定販売されていて!」
「あぁ、そういう事ね。」
「ここはもう殆どD.Uだし、そういうお店もあるねぇ~。」
「これ、なんでトカゲの着ぐるみを着てるの?」
「トカゲじゃなくてドラゴンです!ほら、翼もありますよ!」
「あ、ああ…そうだな……。」
相変わらず
しかし、羨ましくもある。
何か、他人との共有を加味せず自分だけの熱量で没頭できる事があるのは良い。
オレも無い訳では無いが、こちらに来てからはそんな余裕も無いのが現状だ。
……残してきたモノは兄や姉が手入れしてくれているだろうか。
いや、兄ならともかく姉に触られるのは少し……。
「えっと、皆さんはどちらに?」
「ノノミの所。」
「あっ……。」
またバツの悪そうな顔をするヒフミ。
「アンタも来る?」
「え、良いんですか?」
「もちろん~、ノノミちゃんもぜったい喜ぶよ~。」
「あはは…なら、嬉しいですけど……。」
ホシノはヒフミの腕を掴み擦り寄る。
おいおい。
ヒフミの都合はお構い無しかお前らは。
「ヒフミ、帰りは19時頃になるが構わないか?」
「大丈夫……です、はい!」
一人では不安になるか時間か。
念のため帰りは送ろう。
「皆、乗ったな。」
「は~い。」
予め駅近くの駐車場に止めて置いた車に乗り込む。
ワゴンタイプ、定員8人の大型だ。
こちらに来て初めて乗り込んだ時は、交通手段で溢れかえるこの世界でこんな物は不要だろうと思ったものだ。
しかし使い始めてみれば意外と使い勝手がいいと気付かされた。
力ではなく燃料で動くため疲れが殆ど無い。
そして程よく速度が出る。
便利な絡繰だ。
軽快に車を走らせる。
運転に関しては技術や感覚を前任から継承できたのかオレにも無理なく行えた。
そしてオレとしても段々と手慣れてきた。
慣れてしまうと爽快感すら感じてくる。
聞く所によるとこの絡繰の整備や改造などを趣味にしている者も居るとか。
確かに手を加えれば速度も上がるだろうし、動作も自分好みに出来るだろう。
そしてそれが分かりやすく結果に出るなら達成感も得られる。
そう考えると中々いい趣味だ。
「着いたぞ。」
「ありがとねぇ先生。」
30分ほど車を走らせ、手頃な場所に車を停める。
そこは見渡す限りの墓石、墓標。
アビドスの校庭2つ分以上はあろうかと思われる。
アビドス第2霊園
"件"の犠牲者が眠る霊園だ。
ここにノノミも眠っている。
中心近くに建てられている大きな墓石がそれだ。
『十六夜家之墓』
そう墓石に記されている。
「ノノミちゃん、来たよ。」
「ノノミが好きな花、持ってきた。」
ホシノが墓石に背を伸ばしながら水を掛け、シロコとオレは花を手向ける。
息苦しいような空気が漂う。
皆、墓石の前に佇み、目を閉じ掌を合わせる。
何も、話す気にはなれない。
悲しみに立ち尽くしている訳では無い。
だからと言ってノノミの死を受け入れ乗り越えられるほど、こいつらは強くない。
それでも、ノノミの死を立ち止まる理由にする事は出来ない。
あいつは、オレたちが殺したも同然だからだ。
『私にいい案があります、とっておきの。』
選択肢をノノミに与え、決断させてしまった。
それが俺たちの過ちだ。
強引にでも、押し進むべきだった。
理知的に考えてしまった。
根元から、再起不能になるまで追い込み、完全に始末してしまえばよかった。
社会的圧力で抑え込もうなどと考えず、物理的に破壊し尽くせばよかった。
『"効力"を奪えば、済む話ですよ。』
"人殺し"がどうした。
どうせこの先で幾度となく手を染める事になる所業だ。
俺が背負えば済む話だ。
事実を隠蔽することも、生徒の力を借りず連中を消し去ることも可能だったはずだ。
『大丈夫です、これは特別製ですから。』
でもそうはしなかった。
幾度となく自分たちを窮地に追いやり続ける存在が相手であっても。
そうしない事が前任の美徳だったからだ。
そう言った強行的な力で相手を捻じ伏せても、いつか反動でまたこちらが被害を受けると考えていたからだ。
まるでそう言う姿勢を取る事が正当であると生徒に教示するような行為になるから、と。
『やめてノノミ先輩!!!』
傲慢だ。
美徳とは自身に全てを守り切れる程の力がある者だけが語れる物だ。
貴様には無かっただろう、そんな力は。
未来と過去の存在を現在に一時的にだけ留まらせる力。
ふざけるな。
何が"大人の力"だ。
例え自身が大きな代償を払う力であっても、結局のところ他人の力ではないか。
『そんな、嘘、ノノミちゃん……ああ、ああああああああああああああああああああ!』
下らない美徳がノノミを殺した。
子供の介在する話ではない。
貴様の自己満足に振り回され、挙句、死に至った。
敵が姑息であったとか、そんな事は関係ない。
純粋に貴様に力が無かった。
理想で
『なんで、どうして……!!!』
己で道を狭めたのだ。
前提として貴様は理想を語れるような大人ではない。
理想を己で叶えられたと今まで勘違いを起こしていただけだ。
口が上手く、説得力があるように聞かせるだけが貴様の取り柄。
欺瞞と悪意に満ちた大人しかいない世界で、唯一の存在だと生徒の心を無意識に欺いた。
「先生?」
普通に暮らしていれば味わう事の無かったであろう苦痛を、これでもかと受けた。
自身の心の痛覚を殺してまでも、進むことなど無い筈なのに。
こいつらだけでは無い。
無駄に人の血が舞ったではないか。
オレは恐ろしい。
この先でまた失うのでは無いか。
過去に貴様が残した"不始末"が、誰かを殺すのではないか。
貴様がオレに寄越さなかった
オレは
貴様が感じオレに与えた今の苦痛は、あの時に感じた貴様の比ではない。
あの時すでにオレならと、思い煩わずに居られない。
貴様の生徒に対する"思い入れ"を、オレの物にするな。
これでは拷問だ。
死なずに済んだ筈の者達の顔を思い返すだけで自責の念で狂ってしまいそうだ。
こいつらに、今更になって、救いが在ると騙れと言うのか。
「大丈夫、先生のせいじゃ無いよ。」
「……!」
ふわりと優しく、何かに包まれた。
ホシノだ。
項垂れているオレの頭を抱きしめている。
そうか、そうだな。
誰かのせいにしたとしても、もう現状は回帰しない。
責任を果たすべき連中はもう、
気付けば、オレを囲む皆も目に涙を浮かべている。
どうやらオレは無意識に泣いていたようだ。
存外に残っているものだ。
こいつらはまだしも、オレにはもう無いと思っていた。
涙を流すような事が起きぬように、あれから生きてきた。
それでも世界はオレ達に牙を剥き、襲ってくる。
だからこそ、せめて自分を囲む者達には、流したい時に流せる涙を持っていて欲しいと願った。
枯れてしまう程、泣かなくてもいい世界にしたかった。
泣きたい時に泣けなくなる事は、泣く事よりも悲しいのだ。
「ありがとう、オレは大丈夫だ。」