軋む音を鳴らす椅子に腰かけ、書面に目を通す。
【アビドス復興計画書】
皺が強く刻まれ、一度誰かが丸め込んでしまったと伺える有様だ。
内容としては、この学校が請け負っている金の返済計画が主な議題だ。
次点で少なすぎる在校生徒の増加計画案。
ここに前任が関わり始めたころに発行された物だろう。
そして、これを見つけた誰かが手に取り紙屑のように丸め込んだ。
『ふざけるな』と。
ガラッ!
やや強く扉を開く音がし、振り向く。
「おはよう、先生。」
「おはよう、シロコ。」
自宅から自転車で駆けて来たのか、少し汗ばんだシロコが立っていた。
その視線は一度、オレの顔に向けられた後に書類に移る。
憂いた顔を浮かべ、半目になる。
悲しみからでは無い。
少女が今感じているものは恐らく、虚しさ。
「それ、取っておいてくれたんだね。」
「ああ。」
「どうして?」
沈黙が
もう叶えられる訳が無い事なのに、と。
そう言いたいのだろう。
でも、アビドスの在校生としてそれは口から出してはいけない言葉と理解している。
だからこそ、オレに言い切って欲しいと願っているのだ。
シロコだけではない、今アビドスにいる在校生の皆が。
『こんな事は諦めろ、それより今を大事にしろ』と。
諦める事は悪だ…と、言い放って鼓舞してどうにかなる事ばかりではない。
特に、こんな状況に陥ってしまったこいつらなら、諦める事も良いかもしれない。
壊れてしまうくらいなら手放してしまった方がいい希望もある。
しかし、今のこいつらからそれを取り上げて何になる。
そこに残るのは虚無だ。
母校を復興するために、志を同じくした友人を失った。
状況を改善するために駆け出したのに、失うだけで何も掴めなかった。
そんな結果しか、残らない。
「オレは諦めるつもりは無いと、心に刻み続けるためだ。」
虚勢だ。
しかし、誰かが見栄を切らなければならない。
それならオレが切ってやろう。
夢は既に過去に置いてきてしまった。
それでも歩み続けるのは失ってしまった者に見せる顔が無くなってしまうからだ。
今はそれでいい。
ここで立ち止まってしまえば、二度と歩み始めることは出来なくなってしまう。
理由が在ればいい。
それが例え負の感情から来るものであっても。
「……ありがとう、先生。でも」
シロコはオレから紙を取り上げ、机に裏返して置いた。
「今はまだ、二人に見せないで。」
「お願い、します。」
奈落の底のような目だ。
感情の殺し方を知ってしまった者の目。
子供の頃、朝起きると必ず鏡に映ったモノ。
それと同じだ。
こいつは今、闇の入り口に立ってそれを眺めている。
ドッガァーーーーーーーーン!!!!!!!!!
刹那、視界からシロコが消えた。
いや、消えたのは教室だ。
さっきまであった教室が、瓦礫の山と化している。
耳鳴りで周囲の音が上手く聞き取れない。
何が起きた。
「シロコ!!」
咄嗟に名を叫ぶ。
「ん……大丈夫…!」
自身に覆い被さる瓦礫を除け這い出てくる。
どうやら無事のようだ。
が、怪我をしている。
流血こそないが、傷まみれだ。
周囲を感知する。
シロコと、少し離れた場所にホシノとセリカのモノを感じるがそれ以外の神秘は感じない。
隠密系、もしくは神秘を持ち合わせていない敵。
または超遠隔攻撃。
「ここはマズい。外に出るぞ、立てるか。」
「うん。……!」
立ち上がろとしたシロコがよろめく。
足をやられたようだ。
「右足が……ダメみたい。先生、先に二人のところに!」
「何を言っている!」
砂でシロコを担ぎ上げ、地面の砂を蹴り滑るように駆ける。
如何にキヴォトスの人間が強固といえど、校舎の瓦礫で押し潰されればひと溜まりもない。
だがオレが付いていれば砂でそれから守れる。
ここで離れる訳にはいかない。
「先生!シロコちゃん!!」
ホシノが廊下の端から現れる。
その後ろから少しよろめきながらセリカも出てくる。
「お前たちは無事か。」
「ケガはしてるけど、全然動けるわ。」
「私は大丈夫、掠り傷だけだよ。」
二人は武器を構える。
「シロコが足をやられた。動けそうにない。」
「ごめん……。」
「シロコ先輩が謝る事じゃないわよ!」
「そうだよ、悪いのはこれをやったヤツら。」
それを聞いて、シロコも武器を構える。
「私も戦える。先生、砂で抱えてて。」
「何言ってるの!」
ホシノがシロコから銃を取り上げ、怒声を向けた。
「無茶しないで、お願いだから。」
「……。」
「……セリカ、ホシノ。」
「うん、移動先は病院だね。」
「相手はもう学校周辺を囲んでるだろうから迎え撃ち……って事で良いわよね?」
「ああ。」
恐らくは傭兵団と化したヘルメット団達だろう。
現状、会社として名を消したカイザーを筆頭にアビドスと敵対する者はまだ存在する。
最近ではカイザーと同じ思想を持った小規模企業が複数起業したと連邦生徒会とクロノスから調査が上がってきた。
そいつらもまた、この学校が疎ましくて仕方がないと考える学生ではない人間。
ヘルメット団は、そんな連中にとって都合のいい手駒のはずだ。
金さえ積めば無謀に何度も突撃する。
それでいて失っても何の痛手でもないモノ。
「またアイツらよね。」
「多分。」
「ホント、ちょっとは考えて仕事受けて欲しいよ。」
移動しながらも愚痴を零す少女たち。
そこには最早、怒りすらない。
同情だ。
オレの考えている事と同じ事をこいつらも考えているのだろう。
あいつらもまた"そうしないと生きていけない連中"なのだと。
それと同時に、何かに利用されるだけの可哀そうなヤツらだと、軽蔑している。
【砂眼】!
"眼"を飛ばし周囲を見渡す。
学校を中心に10人程度の部隊が4つ、四方から迫っている。
砂煙と瓦礫で平面では視界が悪く、連携が上手く取れていないのか移動速度が
そして少し離れた安置で少女が一人、双眼鏡を覗き高台から周囲を見渡している。
時折、空すら眺める素振りからして"眼"の事を知っている。
ショットガンを背負い、溶接帽と思えるほど重厚なヘルメット。
赤髪のセーラー服姿。
……こいつは、初めて見る顔だ。
「やはり四方を囲まれている。敵はヘルメット、数は40と言ったところだ。」
「え、40?」
「少ないね、何人か辞めたのかな。」
「
「……まぁ、面倒は少ない方が良いじゃない?」
和やかだ。
まるで恒常的な行事ごとをこなすような雰囲気だ。
月に3度周期で襲撃されていればこうもなってしまうだろう。
「いや、今回は少数精鋭で攻め込んできているようだ。明らかに統率者らしい人間が居る。」
「……ラブちゃんか。」
「最悪、なに丸め込まれてんのよアイツ。」
こいつらとは面識があるようだ。
「まぁ、向こうの事情は関係ないよ。そうしようって決めて仕掛けてきたんだから。」
「そうね。」
「うん、むしろアイツが来たんだったら、都合がいい。」
凍てつくような冷たい神秘がオレの肌を刺した。
相手は学校を破壊するような兵器を
この戦いで決着を着けに来ているとこいつらは受け取ったようだ。
"それなら、こちらもそのつもりで行く"
この神秘の高まりは、その覚悟の表れだろう。
ガガガガガガガガガガガガガ!!
ドン!!
ドン!!
ドン!!
「や、やめろぉ!!!!」
ギリギリギリギリ……グッ…!
「ぎぃやああぁあぁ!?」
「おい、いくら何でもやりすぎだろ!!!!」
「仕方ないじゃない、聞いたことに答えてくれないんだし。次はあの子よ?」
「ひ、ひぃ……隊長、助けて……!」
敵を薙ぎ倒しながら移動を重ね、オレたちは廃工場に連中を追い詰めていた。
今やラブと言う名の少女は武器を取り上げられ柱に縛り付けられている。
周りに転がるのは名も知らぬヘルメット団の構成員たち。
セリカの足元では、本来なら曲がらぬ方向に曲がってしまった自分の足を抱える少女が、絶叫を上げている。
「容赦ないね、セリカ。」
「いやいや、こっちはミサイル何発も撃ち込まれて学校を半壊させられて、命を狙われたのよ?」
憂いを伺える瞳で声を掛けるシロコに、毅然として言葉を返すセリカ。
その瞳はそのまま、悶える足元の少女を見下すように眺める。
「それに比べたら足が何よ。」
殺気とも取れる眼光を縛り付けられている少女へ、セリカは向ける。
それを見たホシノは少し目を伏せ、少女に声を掛けた。
「まだこの子の足で何とかなってる間に喋っちゃった方がいいよ、ラブちゃん。」
「だいたい察しが付いてるはずでしょ!?なんでウチが答えることに
「分かってないなぁ、ラブちゃんが答える事に意味が在るんだよ?」
「くっ……!」
自身の体を激しく揺さぶり、鉄線を解こうとする。
無駄だろう。
体に深く食い込み、跡でも付きそうなほど縛り込められているのだ。
あがくほど体が痛むだけだ。
「ウチに聞きたいならウチを拷問すればいいでしょ!何でコイツらなのよ!?」
「あなたにやっても死ぬまで耐えられて終わり。」
「!!」
「君、けっこう根性あるからね。あ、褒めてないよ?」
「しかも案外、仲間思いだって事も今ので分かったし、尚更ね。」
「ひぐぅっ!」
ホシノは転がっているヘルメットの少女を担ぎ上げ、鉄台の上に放った。
ガチャッ
少女を抑え込むように圧し掛かり、頭を掴んでショットガンを瞳の真近まで突きつける。
「貫通はしないだろうけど、流石に眼は潰れちゃうと思うんだよね。」
「いいぃぃ……いやだぁ、いやだぁああぁ!」
「私だって嫌だよ、夢に君の痛がる顔が出てきそうだし。」
ギリッ……
ホシノが引金に架かる指に力を込めた時だった。
「分かった!!分かったからぁ!!!」
「おっ?」
「言う、何でも喋る!だから、コイツらだけは、逃がして……!!」
少女が折れた。
涙で瞳を潤わせ、必死に叫んでいる。
体もガタガタと震わせ、今にも崩れてしまいそうだ。
それと相反するようにこちらの少女たちは安堵の表情を浮かべる。
"これ以上はやらなくて済む"と。
ホシノは縛られている少女に視線を向ける。
「逃がすのは君が全部しゃべってから。」
「わ、分かったから……銃を下して…。」
こいつらは変わった。
以前ならこんな
痛みを知る者ならば尚更だ。
しかし、今のこいつらはその地点を通り過ぎてしまった。
相手の痛みなど知った事ではない。
自分たちがこれ以上、何も失わないように出来るのであれば何でもしてしまえる。
相手の事情も知った事ではないのだ。
「で、誰から受けたのよ。しっかり全員、教えなさい。」
少し間を置いて少女が答える。
「カイザー……それと…あ、アポフィスよ。」
「やっぱりね。その2つだけ?」
「ええ……。」
「過去、君たちに
………………。
「ゲマトリア……だな?」
「!!」
「先生…?」
こんな状況でも答えるのに躊躇するような存在。
倒産し形骸化した企業や新興企業など比ではない威圧的存在。
この世のモノではないと肌で感じるほどの異形。
話を断れば、情報を漏らせば、何をされるか分からないと本能的に感じるモノ。
オレたちの怨敵。
やっと繋がった。
こいつらや他の連中が使用する武器は
明ら様にこの世界における超越的存在によって
しかし今、確定した。
「そいつは名乗ったか?」
「ええ……"博士"って言ってたわ。」
「博士……外見
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
話を途中で遮ったのはホシノだった。
普段の和やかな雰囲気でも、張詰めたような雰囲気でもない。
「ゲマトリアぁ……?なんで?先生と、シロコちゃんが全員、殺したって…言ったじゃん!?」
「アレは外来のモノだ。別の者がこちらに侵入して来たと考えるのが妥当だろう。」
「ふ、ふざけるな!!!」
ホシノは銃をオレに向ける。
「ホシノ先輩!!」
"恐怖"
少女から伺える感情はそれだ。
自分たちの全てと言える物を奪っていった敵。
仲間がそれを抹殺したと聞き、もう二度と関わることは無いと思っていた存在。
それがまだキヴォトスにいる。
水面下でまた自分たちに干渉を始めている。
また、自分たちから何かを奪おうと画策している。
トラウマのような物がホシノの心の首を掻き毟る。
「それじゃまるで!何やっても意味無いみたいじゃんか!!!」
蓋を開けてしまった。
いつかの日に、もう考えたくないと固く封じ込めたモノが飛び出してきた。
生きる意味さえも失ってしまわないようにと。
いや、蓋を開けたのはホシノではない。
目の前に現れた、怨敵の影。
心の隙間を縫うように奥底から這い出て、内側から蓋を押し上げた。
黒く暗い闇。
それは、存在を認知させただけでホシノを壊した。
「ホシノ先輩……。」
「…………。」
後輩の二人は、ホシノに声を掛けられないでいる。
今は何も言っても聞く耳を持たれないと理解しているのだ。
特にシロコは居た堪れない。
倒した敵がどういったモノなのか、少なからず理解している。
故に根絶がほぼ不可能であると知っている。
それを、ホシノに伝えない事でこうなってしまったと考えているのだろう。
「クソ……ッ!」
ホシノは
「くっぅ!!」
そのまま少女の髪を掴み上げ自分の顔を近付けた。
「どこで会った!言え!!」
「でぃ、D.Uのビルよ…!!」
「そんなので分かる訳ないだろ!!!」
ガンッ!
少女の頭を柱に強く叩きつける。
「住所なんか分かんないし、どう伝えたら良いか分かんないわよぉ…!」
「チッ……なら契約書を出せ。すぐ!」
「そ、そんなの持ち歩いてる訳ないじゃない……!」
「この…!!」
ガンッ!ガンッ!
「ぐふぅっ、ううっ!!」
ホシノは銃の
"力"を込めて殴ったのか、キヴォトスの人間なら痣など出来そうもない衝撃のはずが見る見る内に痣まみれになっていく。
このままでは……。
「っ!?」
「…?」
振り上げるホシノの腕を砂で掴んだ。
これ以上やればラブは死ぬ。
顔面の殴打だけでは無く頭部まで殴りつけていた。
頭蓋まで砕きそうな勢いだった。
「……なにすんのさ。」
「殺す気か?」
「だったら?」
「…………。」
「ホシノ先輩。そんな事しても、意味ない。」
口を開いたのはシロコだった。
その通りだ。
しかし、今のホシノにとってそんな事はもうどうでも良くなってしまっている。
情報が吐けないなら、自分たちにした事に対して報復する。
もう二度とこいつらのような連中が現れないように、と。
それしかもう、ホシノには無い。
「意味…?元から無いじゃん、そんなの。」
「こいつを殺したらゲマトリアの居場所の手掛かりが消える。」
「そいつを殺したって…!!」
俺の砂を払い除けようとホシノが"力"を込める。
無意識ではあるが
こちらが
「クソッ!こんなもの!放せ……!!」
「それは出来ない。貴重な情報源を消される訳にはいかない。」
「だから、それこそ意味ないって言ってるだろ!!」
「……ああ、そっか。この"気持ち"も、もう意味ないのか。」
神秘が薄れていく。
代わりに異質な何かがホシノの内側から滲んでくるの感じる。
【
咄嗟だった。
辺りの砂で、ホシノを潰さない程度に押し固めた。
だがこの程度の拘束では"アレ"を抑え込めても数分と言った所だろう。
ポタ…
ポタッ…ポタタッ
可視化したであろう神秘が砂に滲み、桃色の液体が滴る。
「先生、これって……!」
「セリカ、ラブの拘束を解いて、出来るだけ多くの構成員と逃げろ。」
「シロコ先輩は!?」
「……シロコは、オレが守る。お前は早く逃げろ。」
さっきまで拷問を行っていたとは思えないほど、セリカは冷静さを失っていた。
辺りを見渡すものの、自分がすべき行動は何かと迷っている。
足元には叫び疲れ気絶した構成員。
目の前には"化物"と"情報"
しかし、ここで逃げ出してしまって良いのだろうか。
もし逃げ出した後に、ホシノがオレとシロコを殺してしまったらどうしよう。
そんな考えがセリカの足を絡ませている。
「セリカ!早く!!!」
シロコが怒声を上げる。
はっと気が正され、セリカは
「走れるわよね?」
「ええ……で、でも…!」
「仲間は担げるだけ、それ以外の動けない子は……先生に、お願いするしかないわ。」
ラブの霞んだ視界には大勢の部下たちが映る。
苦痛の果てに気を放った者、意識がハッキリとしているが故に恐怖し、動けない者。
その中心では、言葉で言い表せない"異質な何か"が脈動しているのを仄かに感じる。
アレは、自分たちではどうにも出来ないモノと、ラブも感じ取った。
「近くの子だけ担いで!早く!!!」
「くっ……ごめん、ごめんなさい…!!」
「隊長ォ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!!!!」
セリカとラブは、数人の構成員を担いで廃工場から脱出した。