ホシノが放った瘴気で固めていた砂が弾けた。
全身は薄暗い
そこには欠片ほども神秘は無い。
前任が目の当たりにした、"反転"と言った現象で間違いないだろう。
その体は"恐怖"と"憎悪"で満ちている。
何をどうしても襲ってくる絶望に、恐怖している。
自分たちをこんな苦しみに追いやった全てを、憎んでいる。
その全てが、ホシノをこの姿へ変えてしまった。
「……色彩が、ホシノ先輩に干渉した。」
「そのようだな。」
「どうするの?」
「…………。」
辺りを見渡す。
転がる気を失ったヘルメット団構成員たち。
動けずにいるだけで意識がある者たちはホシノの姿を見て漠然と、絶望を感じ取っている。
瘴気に当てられたのか、声すら上げられずに。
「もう足は大丈夫だな?」
シロコは何事も無かったように立ち上がる。
「十分、時間もあったし回復した。」
「なら、ホシノを"弱らせる"手伝いをしてくれるか?」
「……嫌だけど、仕方ない。」
何処から取り出したのか、シロコはノノミの銃を構える。
その瞳は濁り、奈落の底のようだ。
自分の行為が正しくないという事を理解しながらも、それを行う事に迷いがない。
自分にも備わっている"力"を、仲間に向けることを躊躇わなくなっている。
「先生!!」
「ッ!!!」
襲い掛かる凶弾を硬化させた砂で防ぐ。
が、防いだ傍から朽ちるように崩れ落ちた。
恐らくは、オレの"力"が神秘で構成されているが故にホシノが放つ"色彩"の力に押し負けている。
つまり、纏っている"鎧"は紙切れに等しい。
ホシノが撃つ弾は防げない。
「!!」
「…………!」
シロコとホシノの攻防が始まる。
シロコの放つ弾丸はホシノに着弾する度に鴇色の外殻を剥がす。
ホシノは呼応するようにシロコに散弾を放つ。
が、その弾はシロコに届かない。
「オレが弾を払い除ける。お前はホシノに集中しろ。」
「……了解。」
散弾の嵐を砂の壁で防ぐ。
ホシノがシロコに気を向けている間に、砂を足に絡ませ動きを鈍らせる。
すぐに払い除けられてしまうが、数刻でも時間を稼げるならやらない手はない。
それと同時に少しずつ、慎重に転がる少女たちを自分のもとへ搔き集める。
「…………!!」
「先生、強いのが来る!」
「ああ、シロコはホシノから目を離すな。」
――――――—――――――カッ!!!!
【
熱閃のようなモノを放たれた。
自身とシロコを含めた辺りの人間を覆うように砂の城で身を隠す。
「くっ……とんでもないな、これは…!」
「先生!」
それでも途轍もない熱波がオレを襲う。
文字通り身を焦がす熱だ。
衣服の一部が焦げ付き、皮膚にこびり付いた。
「問題ない、だが長期戦は厳しいだろうな。」
「そう、だね。」
身を焦がしたのはオレだけではなかった。
ヘルメットの少女たちにも容赦なく熱波は降り注いだ。
悲鳴を上げて転げまわる者たち。
恐怖に支配され、身を焦がしながらも
こいつらを守りながら長期戦へ持ち込むのは……無理だ。
城を崩し、視界を開ける。
そこにはこちらの様子を伺うように佇むホシノが10m程先に居た。
外殻はさらに禍々しさを増しているように感じたが、シロコの銃弾を当てられた箇所は剥がれ落ちたままだ。
無尽蔵に感じる力も、失えばその分、消耗するようだ。
「シロコ。」
「ん……!」
再びホシノに銃弾を浴びせる。
どこから待ち出したのかは分からないが、大型の盾を構えそれを凌ぐ。
記憶では岩をも溶かす熱閃を防ぎ切る業物らしい。
だが、
「!!」
取り上げてしまえば意味はない。
盾を砂で絡めとって窓から屋外へ放った。
まともに銃弾を浴び続ける。
外殻は見る見るうちに剥がれ落ち、ホシノは元の姿へと戻りつつあった。
しかし、外殻は力の発露による現象でしかない。
体から滲み出す色彩はまだ尽きる兆しが無い。
むしろ、防衛本能からか俊敏性が増している。
砂の操作速度の限界で追い回しても少し遅れを取る程だ。
それなら、移動先を狙う。
ズズズッ―――――――――ズザァッッ!!!
【
「!?」
「シロコ、一度後退しろ。」
「了解…!」
ホシノの移動先と思われる場所の地面から砂を噴出させる。
工場の床下からの攻撃は、流石のホシノでも感知は難しいだろうと踏んだ。
予測は的中、打ち上げられたホシノは天井に叩き付けられ、大量の砂と共に落下した。
「……先生。
普通の生徒にはアレ、やらないで。ケガじゃ済まないから。」
「分かっている。」
ホシノの力が弱まっているのを感じる。
――――――今なら…っ。
【
床下の砂に交じっていた鉱物を混ぜ込んだ砂を、ホシノを埋めている砂と混ぜ合わせる。
それを使い、高硬度の棺を作り上げた。
ギギ――――――ギギギギッ!
限界の力ではないが、強くホシノを握り込む。
骨の数本を砕くことになってしまおうとも、こいつを止めなければならない。
放って置けば、この自治区どころか近郊の町すら消し飛ばすだろう。
こいつにこれ以上、罪は背負わせない。
ピシピシッ―――――――――――バキンッ!!!
「…………。」
オレの願いも虚しく、数分も持たずして棺は崩れた。
ホシノが姿を現す。
外殻は全て剥がれ落ち、見慣れた顔が戻って来た。
しかし、背中には覆っていた外殻と同質の禍々しい翼が生えていた。
「……見かけ倒しで、あってほしいが。」
――――――刹那、視界からホシノが消えた。
ドカッ!!!
「ぐっ……!!」
「先生!?」
腹部に強い衝撃を感じた瞬間、気付けば工場の入口扉に叩きつけられていた。
口の中に苦いものを感じる。
内臓が損傷したのだろう。
腹から鈍い痛みと突き刺すような痛みが同時に襲ってきた。
「……オレに構うな、ホシノを捉えていろ!」
「っ……!」
霞む視界の先には、銃を構えるホシノ。
その銃口は鈍い鴇色に輝き、再び熱閃を放つ兆しを見せている。
「くっ…!」
搔き集めた少女たちから遠く離れてしまった。
この状態でアレをやられては、こいつらを守れない。
再び熱閃を浴びれば間違いなく何人かは死んでしまうだろう。
頼む、間に合え…!
少女たちを砂で抱きかかえ始めた所で、シロコの放った銃弾が手首に着弾しホシノは体勢を崩す。
「!!」
それをシロコは見逃さなかった。
今度はシロコの銃に力が収束する。
銃口は鈍い青緑色に輝き、よろめくホシノを捉えた。
―――――――――――――――ゴゥッ!!!!
【
砂に砂鉄を混ぜ込んだ物で聖堂を築く。
予め工場の鉄を砂で砕いておいて正解だった。
完全には熱波を防げなかったものの、混ぜ込んだ鉄が熱を吸収し焦がすような熱は防げた。
オレ自身は被弾する射線には居ないとしても、転がる少女たちは別だ。
如何にこいつらが他人を気に掛けなくなったと言えど、この少女たちを丸焼きにさせる訳にはいかない。
この
「……ハッ…ハッ……ハッ…。」
「…………。」
力なく倒れ込むホシノ。
外殻はすべて剥がれ落ち、衣服も所々焦げ付いている。
取り上げたのかシロコはホシノの銃を構えていた。
「先生、もう大丈夫……のはず。」
「ああ。」
ふらつく体に鞭を打ち、印を結ぶ。
【
巨大な陵墓を築き、ホシノをそれで覆う。
これは自身の神秘を砂に思い切り混ぜ込み、その砂で対象の覆う事で、その体から放たれる力を抑え込む技。
だが、巨大な外観に反して全くと言っていいほど拘束力はない。
中心部も空洞で、脆い。
言うなれば、ただの封印術だ。
それ故、対象が沈黙状態でしか術中に収める事が出来ない。
「暫くすれば、元のホシノに戻るはずだ。」
「そう……良かった。」
自身の銃を拾い上げ、鉄台に腰をかけるシロコ。
先ほどシロコから感じた凄まじい神秘と色彩はすでに鳴りを潜めていた。
「怪我はないか?」
「うん、先生が守ってくれたから。」
シロコはあの一件から、その身に色彩を宿している。
そう、ホシノがあの砂漠で反転した時からだ。
ホシノの力の高まりに呼応し、呼び寄せられた色彩。
それにシロコも曝露した。
反転の条件は分からないが、こいつは自身でそれを抑制できる。
色彩の力を、自身の能力として行使している。
反転せずに色彩の力のみを。
「……少し座る。」
それを差し置いてもシロコは莫大な神秘量を持ち合わせている。
それはオレの比ではない。
底が探れない程だ。
恐らくこの量であれば、神秘を認識していない者にでも威圧的なモノと感じ取れるほどだろう。
言い表す事が出来ない恐怖を。
その神秘と色彩を、こいつは上手く出し入れし戦闘を行っている。
制御の賜物だろう、シロコはあの激闘の後だとは思えないほど力を感じる。
まるで、疲労などしていないかのようだ。
「先生……ホシノ先輩が"戻ったら"病院に行く。」
「ああ、応急処置は済ませておく。」
対してオレは疲弊の一言に尽きる。
ちょっとした医療術は行使できるものの、立っている事もままならない程に神秘を消耗した。
「それ、自分にしか使わないんだっけ。」
「ああ、習って使えるようになった訳では無いからな。
見よう見真似の技だ、
「じゃぁ、なるべく自分にも使わないで。」
「……そうだな。」
藍砂陵大葬は消耗が激しい上に、対象の何を封印するかによって籠める神秘量が変わる。
今回はあの色彩とやらだ。
オレ自身としては未知の力。
ほぼ、全ての神秘を籠めた。
「でも……先生が居てくれて、本当に良かった。
私たちだけじゃ、ホシノ先輩を抑え込めないから。」
「…………。」
ホシノからは無尽蔵に近しい量の力を感じた。
その点から鑑みるに、反転とは恐らく対象に力を発生させる能力を与え、支配するモノなのではないかと思われる。
つまり、一度でも曝露してしまえば元の身体には戻らないという事。
オレの技を使えば限りなく底まで力を抑え込む事は出来る。
しかしそれは、根本的な解決には至らない。
出て来ようとするものに、封をするだけだ。
「せ、先生……。」
先程まで気絶していた少女が話しかけてきた。
ヘルメットの柄から見て、恐らくホシノに掴みあげられていた者だ。
そんな少女も酷い火傷だ。
衣服は焦げ、所々皮膚にこびり付いている。
よく見ればヘルメットも熱でやられたのか溶けて変形している。
「あ、あたしたちは……。」
「心配しないで、殺したりはしない。」
俺の代わりにシロコが答えた。
言い方は悪いが、もうこいつらは用済みだ。
殺して得るものなど何もない。
むしろアビドスの名前が悪く世間に伝わるだけだ。
「まずは病院だな。
お前たちも、あいつも、ケガの処置が必要だ。」
「先生も。」
「む。」
築かれた陵墓に視線をやる。
さっきまでの激闘が嘘のように静まり返り、物々しく佇んでいた。
砂から感じる力も色彩から神秘に変わりつつある。
色彩に抑え込まれていた神秘が表面に出てきたのだろう。
ホシノの復帰も近い。
「す、すみませんでしたぁぁ!!!!!」
「うおっ。」
「!?」
少女がヘルメットを外し、啜り泣きながら土下座をした。
体はブルブルと震え、必死に痛みに耐えながらそれをしているのが伺える。
「あた、あたしたち……あいつらに脅されててぇ…!」
「……そうだろうなって、思ってた。」
「落ち着け、ゆっくりでいい。」
「ごべ、ごべんなざいぃぃ……!」
少女が落ち着くのを待ち、ゆっくりと事の顛末を聞き出した。
最初にアビドス襲撃を持ち掛けたのはカイザーの残党だったらしい。
金払いも悪く、支給される予定の武器も型落ちばかり。
まともな戦闘にはならないと判断し、最初は断ったようだ。
そこに"アポフィス"なる新興企業が協賛を申し出てきた。
カイザーとは違い金払いもよく、支給される予定の武器も最新鋭の物ばかり。
これはやれると判断したこいつらは、襲撃依頼を受諾した。
しかし、襲撃は失敗に終わった。
武器でどうにかなる相手では無かったのだ。
戦闘術をはじめ、力の差は歴然。
だが、前金を貰った手前、失敗しましたでは済まされない。
玉砕覚悟で何度も襲撃を行う羽目になった。
武器や弾薬は補充されるものの、減ってしまった士気は戻ってこない。
何人もヘルメット団から退団していった。
これでは命がいくつあっても足りない、犬死はごめんだ、と。
それをラブは引き止めなかった。
連中がこの仕事から足を洗い、まっとうに生きるならそれでいいと。
そういった原因で人員が減り、戦果はさらに低迷した。
最初の内は襲撃時に建造物や備蓄を破壊する事くらいは出来ていたが、それすらも叶わなくなってきた。
人手が足りず、戦闘を行う部隊しか編成できなくなったからだ。
「その後の事は…良くわからない。
見慣れない武器が段々と増えてきて、たまに増強剤とか言って変な薬を飲まされる事もあった。」
「その辺りでゲマトリアとラブが接触した訳か。」
「みたいだね……。」
新たに支給された武器や薬品を使用し始めてすぐ、体の異変に気付いた。
なんでも、時折なにかに操られているような感覚に陥る事があると。
ラブからも以前では考えられないような残忍な計画、仕事内容を告げられるようになった。
「そうなってからやっと気づいたんだ。
自分たちは、想像よりもっとヤバいやつらと契約したんだって……。」
「…………。」
「その後は……酷かった…!
襲撃に失敗して帰るたびにアジトを燃やされたり…!」
「……。」
「もっと酷いときは帰ってる途中で仲間が居なくなってる事もあった!!」
「…もういい。」
シロコが目を伏せ、声を掛ける。
しかし少女は嗚咽し涙を流しながら言葉を続ける。
「みんな、嫌になって逃げたんだって言ってたけど、絶対
「分かった、もう言わなくていい。」
「っ!!」
少女の両肩を掴み、制止する。
事情は分かった。
以前行った仕事がまた自分たちに回ってきたと思って受諾したのだろう。
だが今回は違った。
失敗に対するアポフィスからの報復、ゲマトリアからの異質な武具提供。
その全てが自分たちを追い込み、退路を断った。
"相手を殺さないと自分たちが殺される"
そう思わされるほどに、追い詰められたのだ。
「う、うぅぅぅぅ……!」
「……!」
少女の啜り泣く声の隙間から、僅かに絡繰の駆動音が聞こえた。
人型ではない、もっと重量のある乗物型の音だ。
恐らく、戦車と言われる物だろう。
「先生。」
「恐らく企業の連中だろう。
ヴァルキューレに通報が入っていたとしても、流石にまだ辿り着けない。」
ホシノの封印にはまだ時間が必要だ。
その上、オレの神秘はほぼ底を突いている状態。
仕方ない。
「すまないが連中を任せていいか、シロコ。」
「ん、まだまだ戦える。」
自分の愛銃を構えるシロコ。
神秘の高まりを感じる。
ここに向かっている連中だけでも、完全に消し去ってやろうと考えているようだ。
「あ、あの!!」
「?」
先ほどまで泣いていた少女が何かを決したようにこちらを向く。
気付けば転がっていた他の少女たちも立ち上がり、オレたちを囲っていた。
「あ、あたし達もやるよ!」
「どうせアイツらを倒さないと、ウチらも終わりなんだ!!」
「付いて行かせてくれ!」
少女たちは各々武器を構える。
銃を破壊された者達は落ちていたバールや工具を構えている。
相当な鬱憤が溜まっているようだ。
「……頼もしいな。」
「良いの?」
「"仲間"は多い方がいいだろう?」
シロコは少女達の顔を見渡す。
「……はぁ、お人好し。」
シロコと少女達は工場外の砂煙の中へと消えていった。