「で、結局みんな担ぎ込まれて来た訳ね。」
「ごめん隊長……。」
体中包帯だらけの少女がベッドに横たわる少女に声を掛ける。
最早だれなのか一切わからない程だが、声色からしてラブだとかろうじて分かる。
しかし、あれだけ殴打されておきながらこの程度の処置で済み歩き回れるのならかなり頑丈だ。
「まったく、あんた達はいつも無茶するんだから。
仕切る側の気にもなりなさいよ。」
「…………。」
バツが悪そうに少女は目を伏せた。
確かに、突っ込んで行ったのは良いが大砲やらで木っ端の如く散っていた。
勇敢と言うより無謀。
意気込みは汲むがアレでは駄目だ。
ラブの気苦労を感じるに容易い。
「でも。」
そっとラブは少女の頭を撫でる。
「死なずに帰ってきたから、許してあげる。」
「た、たいちょぉ…!」
少女は泣き出してしまった。
回る病室全てで同じ光景を見ている。
ラブという少女が如何にこいつらの信頼を得ているかが伺える。
境遇は違えど、こいつらも必死なのだ。
失えば戻ってこない居場所のために文字通り命を懸けて戦っている。
他人の事情などは考慮する余裕はない。
数刻の間。
二人の会話を眺め切りの良い所でラブを連れ病室を後にした。
「話してもらおうか、ゲマトリアに関して。」
「ええ……。」
ラブを空室に案内し、椅子に座らせたところで話を切り出す。
他に人は居ない。
申し訳ないが、あいつらが居ると邪魔が入る可能性が高い。
ここは落ち着いて、情報を聞き出しておきたい。
「初めて会ったのはD.U.よ。アビドス自治区との境界線付近。」
「ブラックマーケット第四地区があった場所か。」
頷くラブ。
ブラックマーケット第四地区はオレがここにやって来てすぐに着手した地区だ。
違法売買を始めとするキヴォトスに蔓延する犯罪を請け負う企業や団体が拠点を構える場所であったからだ。
当然ヴァルキューレや連邦生徒会へ対処願いを提出した。
が、返事だけで大した行動は起こさなかったため、SRT達と共に殲滅。
そういった経緯がある地区だ。
「あそこはもう、
そういう取引をするにはもってこいってわけ。アイツら的にも、ウチら的にも。」
「なるほど。向こうから接触してきたのか?」
「ええ。アジトを焼かれて
私とも取引をしませんか、ってね。」
構成員から聞いていたが、どうやら本当に拠点を焼かれていたらしい。
第四地区なら
拠点を失ったこいつらは、眠るくらいの建物ならここに残っているはずと考えたのだろう。
「提示された取引は?」
「……黒見セリカの誘拐、よ。
足が付かない拠点と、高性能な武器を引き換えにね。」
「…………。」
予想外の名に言葉を詰まらせてしまった。
セリカの誘拐に果たして何の意味があるのかとラブは呆れた顔で項垂れている。
確かにこいつからしてみれば意図不明のはずだ。
アビドスを脅す手段として自分たちが行うならまだしも、部外者がそれを目的にする理由が無い、と。
自分たちを雇ってまで足が付かないよう工作したのにそれを目的にしてしまったら意味が無い。
「セリカにそれは伝えたか?」
「いいえ?
聞き出そうと脅してきた割には何も聞いてこなかったし、言ってないわ。」
「……そうか。」
「その感じだと……聞かれても答えない方が良いわね。」
「ああ。」
意外と察しが良い。
この事がセリカ……いや、他の二人に伝わってはいけない。
状況が暗転している今、これが知られれば間違いなくゲマトリアを抹殺しようと躍起になるだろう。
そうなれば掴んだ尾を切られて終いだ。
また雲隠れされ、水面下で画策され、襲われる。
繰り返すことになる。
「あんた達の事情は良く知らないけど、これだけはハッキリしてるわよ。」
「何がだ。」
「ゲマトリアは、ウチらだけに接触してきたわけじゃない。
多分、アポフィスとかカイザーとも繋がってる。」
「だろうな。」
「……ヴァルキューレとも、ね。」
「……なに?」
嘘を憑いているような面持ちではない。
まっすぐオレの瞳を見つめている。
自分が見た闇を、こいつは語るに値すると判断したのだろう。
ラブはスマホを操作し、一枚の写真を見せてきた。
ヴァルキューレの生徒と、痩身で白衣の女。
そこにはオレの記憶にない二人が映し出されていた。
「こっちのヒョロが博士。
で、こっちは…名前は分かんないけどヴァルキューレの生徒で間違いないわ。」
「変装しているという事は無いか?」
「無いわね、私たちを取り締まりに来た部隊にいたもの。」
「…………。」
納得できてしまった。
こいつの言い分だけで、では無い。
さきの戦闘で派手に建物を破壊したはずだが、未だに警察から一切連絡がない。
第四地区を壊滅させた時は事情を伺いたいと、すぐさまアビドスに連絡が来たのにも関わらずだ。
もし裏でそれらと繋がっているのであれば、合点がいく。
第四地区の殲滅に非協力的だったのも、今回の騒動に首を突っ込んで来ないのもだ。
「その写真、こっちにも回してくれるか?」
オレのスマホを取り出す。
「オーケー、今送った。」
拡大して写真を再度、確認する。
凝視しても、二人の顔に見覚えは無い。
しかし、"博士"の方は明ら様にキヴォトスの民ではない異形だ。
フードを被っていて素性は深く探れないが、
そして何より、ヘイローがない。
神秘を内包していない表れだ。
「先生は見覚えある?こいつら。」
「いや、ない。」
「ヴァルキューレの方も?」
「ああ。」
「ふーん……。」
普段であれば、アビドスの連中と共に捜索を始めるだろう。
しかし今回ばかりは、そうはいかない。
ゲマトリアに関しては
ヤツの目的は、まず間違いなくあいつらだ。
アビドスと言う学校の存在を抹消したいが為では無くだ。
俺の脳裏に"黒服"という
黒き男はホシノを実験台とし、神秘の解明を求めていた。
結果として失敗に終わっているが、半歩でも遅れを取っていればホシノは死んでいただろう。
最悪の場合、
それと同じ思考を持ち合わせている可能性が高い。
軽率だが、"博士"と名乗る理由に思想が現れていると感じた。
「この写真は何処で撮影した。」
「これはゲヘナ。
でもアポフィス本社の近くじゃないわ。トリニティとの境界線近くにあるスラム街。」
「……そんな所に集落があった覚えはないが。」
「え?何言ってるのよ。武器の質屋街として有名じゃない。」
記憶にない。
恐らく抜け落ちたのだろう。
「…まぁ良いわ。ここで武器を調達してる時にたまたま見かけたから撮ったのよ。」
「つまり、こいつらはここを常習的に出入りしていると。」
「スラム街にヴァルキューレが居たら騒ぎになりそうなものだし、多分ね。」
常習的に立ち入っていると見て間違いないだろう。
騒ぎにならないのがその証拠だ。
恐らくはアポフィスかカイザーの手の者。
その目的で育てられ、警察学校に入学した。
思ったより入念な計画が立てられ、実行されているようだ。
「こいつは企業側の工作員だろう。」
「でも戦闘部隊に配属されて指揮もしてんのよ?
流石にヴァルキューレと関係ないってのは無理があるわよ。」
「いや、間違いなくこれはこいつの独断行動だ。」
警察全体が加担しているとなると、流石に連邦生徒会が感づく。
それに、記憶が正しければこれが二度目になる。
前回の首謀者は顔も声色も浮かぶが、そいつはもう罪は侵さないだろう。
前任の記憶を通してだが、あいつの覚悟は揺るがないと確信している。
「なんで言い切れんのよ。」
「……勘だ。」
「…………。」
沈黙が流れる。
ラブは少し呆れるように目を伏せた。
「納得いかないけど、アンタがそう言うなら良いわ。」
この警察と企業はどうとでもなるだろう。
かの少女に話を通せば、身元の確認など容易い。
完全に退路を断った上で拘束する。
企業らとの接点が確実な物となれば連中を心置きなく消せる。
しかし、それはアビドスの名の下で行うわけにはいかない。
その役目は"S.C.H.A.L.E"だ。
超法規的機関。
一筆を待たず大規模な戦闘行為が許される。
それが例え様々な自治区を跨ぐ事になろうとも。
法で裁けない者や、法を律する側の悪人を裁くための組織とも言える。
前任の記憶はそれを否定しているが、組織概要を確認すれば嫌でもその答えに行き着く。
「この"博士"とやらから薬物を摂取するようにと言われたと、構成員から聞いたが。」
「そうね…もう手元にはないけど、見た目も味も、風邪薬と変わらなかったわよ。
見た目だけは……ね。」
ラブは椅子に背を倒す。
「ドーピング剤みたなものだって渡されたけど、使った今なら分かる。
あれは絶対に麻薬よ、不思議と依存性は無かったけどね。」
「どういう点でそう感じた?」
「めちゃくちゃハイになる、それとワケわかんなくなるくらいの爽快感。
おまけに痛みを感じにくくなるし、疲れない。」
間違いなく、その手の薬だ。
オレの元居た国で何度も摘発したと報告を受けたのを覚えている。
街の治安が悪くなると、この手のモノが出回り始める。
そう言って姉が頭を抱えていた記憶がある。
ラブの口ぶりからしても、ゲマトリアが持ち出してから初めて出回った訳では無さそうだ。
「何故、その知識があるのにも関わらず使用した。その上、仲間に
「そこ、そこなのよ!」
オレの言葉を遮るようにラブは声を荒げて立ち上がった。
地団駄を踏むように何度か床を蹴った後、拳を強く握りしめながら歯を食いしばる。
「ウチだって渡されたときは絶対ヤバいやつだって分かってた!
でも気付いたら飲んでたし、あいつらにも飲ませてた!」
「まるで何かに操られていたかのように、か。」
「……っ!
……アイツらが、言ってたの?」
「ああ……以前のお前からは考えられないような発言が増えた、とな。」
再び地団駄を踏む。
その瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
「……おかしいって気付いてたんなら、断れば良いじゃない…!
なんで…!」
「…………。」
何故なのかなど、分かり切っている。
正気を失っていると分かっていても、それでも少女たちは信じたかったのだ。
どうしようもない自分たちを拾い、仲間として迎え入れてくれた人物を。
それをラブも理解している。
だからこそ許せないのだ。
そんな愛すべき部下たちを裏切ってしまった、自分を。
「……先生っ。」
その面持ちからは、向かう道先を決めたと伝わってくる。
「……ふんっ!!」
ゴンッ!!!
「…っ!お、おいっ……!」
勢いを付け、頭を床に打ち付けるようにして土下座の型に入った。
相当な力が入っていたのか、額と思われる場所から流血を起こしている。
それほどに、覚悟を決めた行為のつもりなのだろう。
「ウチたちを…いや!ウチだけで良い!!!」
ゴンッ!!!
「アイツらを倒す部隊に入れてくれ!!!!」
ゴンッ!!!!
「虫のいい話だって分かってる!
ウチらが
ゴンッ!!!!!
「でも…!それでも……!!」
ゴッ…
「アイツら、だけは…!!」
「…………。」
「絶対に、許せない…!!」
「頼む、この通
ガシッ!
「もういい、額が無くなるぞ。」
「…!」
再び頭を打ち付けようとするラブの肩を掴んで止める。
顔中に巻かれている包帯は真っ赤に染め上がり、血の匂いが一帯を包んでいる。
噴き出した血は服に滴り、足元も血池を作っていた。
「ゲマトリアはオレたちの怨敵だ。必ず、打倒しなければならない。」
「……だから!」
再びラブの体に力が入るが、それを制止する。
「しかし、敵は強大だ。
お前の情報が正しいのであれば、企業2つと警察を相手取ることになる。」
「…………。」
「対して我々の戦力は今の所、2人。負け戦も良いところだ。
負けてしまえば、今までの比ではない仕打ちを受ける事になるのは火を見るより明らかだ。」
ラブの瞳を見据える。
この言葉を聞いても、こいつの面持ちも纏う気迫も変わらない。
保身の為ではない、己の誇りを懸け、戦おうとする戦士の目だ。
「比喩ではなく、本当に"命"を懸ける事になる。」
「……!」
「それでも、オレに付いてくるか?」
「…はっ……!」
ラブはオレの言葉を聞き、口角を上げた。
不敵な笑みに隠れた熱い闘志を感じる。
「上っ等じゃない…!乗り込ませてもらうわ、アンタの船に!!」
「……決まりだな。」
ラブの笑みに釣られ、オレは口角を上げた。