「ごめんね、みんな。」
「…………。」
病床で横たわるホシノは虚ろな目を天井へ向けたまま、呟くように謝罪した。
謝意が無い訳では無い。
あれだけ大事にしてきた後輩たちを、自分の力で再び危険な目に合わせてしまった事。
自分だけでなく後輩たちの手まで汚させておいて、結局自分たちがこれまでやってきた事は殆ど無意味であった事。
それらとこれまでの全てが、ホシノの気力を抜き去ってしまった。
「……別に、気にしてないわ。なんで
「…………。」
「誰も死んでない。気にしなくいていいよ。」
返事はない。
普段のホシノであれば、こんな発言をする二人を叱りつけただろう。
自分たちを死なせてしまうかもしれないような状況を生み出した相手を、
例えそれが仲間であっても。
が、それすらも出来ないほど気力がない。
さながら抜殻だ。
しかし、オレたちもまた、そんなホシノを叱責する事が出来ない。
何と声を掛ければこいつを奮い立たせられるのだろう。
抜けてしまった気力を、どうすれば充填してやれるのだろうか。
恐らくそんな都合のいい答えはない。
「ホシノ、お前はこれからどうしたい。」
「ちょっと、先生……。」
「どうなんだ。」
こいつは今までも自分でやるべき事を選択し、進んできた。
だからこそ、自分が選んだ事に責任を持っていられた。
そんな人間が、突然に他人が持ち出した目的に、気力が失せている状態で向き合うことなど出来ない。
「いきなり何を言い出すのさ。」
「それが決まらなければ、進めないだろう。」
仲間を大切にする割に、こいつはいつも孤独を選んできた。
幾度となく考えを改めようとも、性根に染み付いた気性までは変えられなかったのだ。
脳でも心でも信用を置いていると自負する仲間が傍に居たとしても。
もはやこれは本能に近しい。
そんなホシノに、オレたちが答えを出せるはずがない。
無理矢理に立ち上がらせたとしてもどうにもならない。
こいつが決めなければならない。
「…………。」
敵を少しずつでも倒していけば、いつか平穏な日々が訪れると思っていた。
完全に排除できないにせよ、命の危機を感じるほどの敵はもう現れないと思っていた。
しかし現実は違った。
異界から半永久的に表れる外法の敵。
見せしめのように叩き潰したはずの企業と同じような思想を持つ新興企業の数々。
倒しても倒しても訪れない平穏。
これまでの行いが全て無意味だったと知った。
金銭的問題が根本から消え去ったと言うのに、一向に来ない入学希望者。
砂嵐等の天災に見舞われ、アビドスに見切りを付け住民は出ていくばかり。
善良な企業や商店は、新興企業の圧迫に負け撤退していった。
守りたかった全てが、掌から滑り落ちていってしまった。
こんな小さな掌でも守れると思っていた物は数個を残して失ってしまった。
それが、必死に進み続けた結果だ。
「無いよ、そんなの。」
「……え?」
「現状維持。今あるモノが無くなんないように踏ん張る、それだけ。
今までもそうしてきたでしょ?」
「…………。」
「だから、ヤんなきゃいけないって分かってる奴らから潰す。
そうしないと、おじさんたち死んじゃうし。」
それも
現れる敵は倒し、危険なものは排除する。
それを繰り返して今までと変わらない生活を送る。
目的など不要だ。
理想を追いかけても無意味なのだから。
そう言って除けてしまった。
「……そうか。」
ホシノの言葉を聞き、俺は席を立った。
「先生、どこに行くの?」
「どこにも行かん。部屋を出るだけだ。」
「……そう。」
「……何故、付いてくる。」
「……別にいいじゃない、そんな時もあるわよ。」
「…………。」
病室を後にしたオレは病院内にある中庭に来ていた。
一人になって、色々と考える時間が欲しかったからだ。
しかし、そんな思惑とは裏腹に生徒が一人ついてきた。
セリカだ。
どうやら、さっきのやり取りに思うところがあるようだ。
「何か話したい事でもあるのか?」
「……そうね、あるわ。
あるはずなんだけど……なんか、上手く言えない。」
セリカは恐らく、ホシノが出した答えを間違いとは思っていない。
むしろ正しいと思っている。
しかし、何か釈然としないのだ。
「ホシノの言っている事が気に入らないか?」
「……ううん、そんな事ないわ。」
ホシノの言っている事は、ある意味では正しい。
画期的な解決策がない以上、これまで通りに過ごして行くしかない。
襲い掛かる敵は倒す。
敵だと判明した勢力は
それを繰り返して生きていく。
自分たちが死ぬまで。
「でも、ホシノ先輩はホントにそう思ってるのかなって……。」
「どういう意味だ?」
「分からないけど、嫌な予感がするって言うか……。」
セリカは手を組んでは離しを繰り返しながら話す。
これはセリカの癖だ。
不安な時や困惑しているときに良くやっている。
それほどにあの時のホシノに違和感を覚えたのだろう。
「だって、あんな事があったのに、あんなにアッサリ答えを出せるなんて、なんか変じゃない?」
「…………。」
「私だったら、混乱して直ぐに答えなんて出せないから……。」
普通ならそうだろう。
自分の今までを無駄だとされた直後にそんな答えはまず出せない。
しかし、ホシノはアッサリと、尚且つまともな答えを出した。
だからこそセリカはそれを不安だと感じたのだ。
以前までのホシノでは、出せないような答えではないのかと。
「自分たちにはそう言ったが、裏で何か事を起こすのではないかと考えた訳か。」
「うん……ノノミ先輩の時だって、そうだったし…。」
「……そうだな。」
ノノミが自害した翌日、ホシノは行方を晦ませた。
自分たちの後輩がまた巻き込まれるのを危惧して行動したのだ。
しかしその結果、
自我を失い、砂漠近郊の町を一つ消し飛ばす大惨事へ発展。
色彩の力を手中に収めたシロコが応戦し、オレが大人のカードの力によってホシノの反転を正した。
と、いう事になっている。
実際のところは分からない。
記憶ではそう認識しているだけだ。
「ねぇ、ゲマトリアの目的って…いったい何なの?
なんで私たちばっかり狙われるのよ。」
「いや、お前たちだけじゃない。
他校の連中が標的にされた事もある。」
「じゃぁなお更よ!
アイツら、いったいキヴォトスで何するつもりなのよ……!」
少なくともお前たちに手を出してきている連中は、お前たちを究明するために現れている。
とは口が裂けても言えない。
そんな事を言ってしまえば、それこそ救いがない。
自分たちが生きている限り連中が諦めることは無いなど。
「分かれば、苦労しないんだがな。」
「…………。」
熱が入りいつの間にやら立ち上がっていたセリカはベンチに再び腰を掛けた。
耳は伏せ、頭を垂らしている。
やる瀬ないのだろう。
「私、いざって時は本当に何もできないわよね。」
「それは思い込みすぎだ。」
「思い込みじゃないわよ、実際そうなんだから。」
「何を根拠にそんな事を…。」
実際、セリカは良くやっている。
現状アビドスの正式な在校生はセリカとアヤネしかいない。
状況が切迫しているため"特例"として卒業生のホシノとシロコも在校生として扱われているだけ。
書面上だけで言えば、二人はもうアビドスの生徒ではないのだ。
つまり、事実上セリカはアビドスの生徒会長という事になる。
そんな重責を抱えながらも、こいつは日々自治区の問題を一つでも解消しようと奔走している。
街唯一の繁華街に顔を出しては近況を確認し解決策を講じる。
自分の手では負えない場合は然るべき機関に報告をした後、ホシノらと行動し対策を実行する。
そんな毎日を送りながらも、アヤネには3日に一度面会をしている。
ノノミの墓の手入れもホシノらと同行し行っている。
ここまでしても、セリカは自身を無能と卑下している。
「どれだけ頑張っても、全然現状が良くならないじゃない。」
「それはお前が原因ではないだろう。」
「私が原因じゃなくても解決しなきゃなんないのよ、分かるでしょ?」
「…………。」
「時間はもう、殆どないのに……どうしたらいいのよ…。」
一年もしないうちに正式な在校生がアビドスから居なくなってしまう。
いくら特例でアビドス生として扱われるとはいえ、いつまでもそうして居られる訳では無い。
いずれは特例は認められなくなる。
特例を認めている連邦生徒会も、いずれは役員が入れ替わる。
入れ替わった役員が特例を認めなくなるかもしれない。
そうなってしまえば、アビドスを学校として維持できなくなってしまう。
企業の連中が直接的に干渉して来ないのもこれが要因になっているのだろう。
ヘルメット団等で小手先の妨害をしてくるのが良い証拠だ。
「前にも聞いたが、新入生である事に何故こだわる。
編入や他校を中退した者を受け入れれば、話は変わってくるだろう。」
「……学校が設立したときの決まりがあるからよ。
編入ならまだしも、他校を中退した人は少なからず問題を抱えている人が多いし…。」
「学校の品位を落としかねない、という事か。」
設立当時アビドスはマンモス校の一柱だったそうだ。
そういう考え方があっても不思議ではない。
「そうでしょうね……。
私が"本当の生徒会長"ならその項目も書き換えられるけど…。」
「まぁそもそも、今のアビドスに編入生を呼び込めるようなアピールポイントも無いけど。」
「…………。」
曰く、"生徒会"という物自体は既にアビドスから失われているらしい。
ホシノの先輩である
それに加え、正式に会長の継承を行わない限りこの世界では会長として扱われないらしい。
いくら周囲の賛同を得たとしてもだ。
しかし例の特例によって"生徒会扱い"を受けていたため学校としての立場を死守できていた。
だが、校則や規律などの変更はその例外を適用できない。
正式な生徒会にしか行えない決まりだ。
つまり、すでに規則として確立しているものに
「この際だから言っちゃうけど、正直アビドス自治区の問題が解決しない限り新入生なんて夢のまた夢なのよ。
ただでさえ砂嵐とか砂漠化とかで住づらい地域なのに、悪徳企業だのバケモノだの最悪よ……。」
そう言ってセリカはベンチに背を押し付け、空を見上げた。
「なんで私たちばっかり、こんな思いしてんのよ。」
返す言葉が無い。
オレの目からしても、現状で出来る最善はもう既に行われている。
原因の根絶を行おうにもアビドスだけではそれが行えない規模にまで拡大した。
そして、それをセリカは理解している。
軽率な慰めは侮辱だろう。
最大の問題である自治区内環境、砂漠化。
原因は様々だが、この地域で考えられる物としては恐らく成長期時代の不始末だろう。
無暗に自然を排し、工場側の
"とある学校"の協力を仰ぎ地層調査を行った際に判明した事だ。
約25年前と思われる地層から規定値を数倍も超える量の汚染物質が検知された。
人的被害、社会問題へ発展しなかったのが不自然ではあるが。
当時の史書にはゲヘナと共同し兵器、およびその加工機械の生産が盛んであったらしい記述がある。
この自治区に廃工場が多いのはその為だろう。
そして砂嵐に関しては原因が特定できない。
アビドスで保管されている史書によれば、何の前触れもなく頻発するようになったと記載されている。
それこそゲヘナとの領境に砂丘と言えるほどしか砂が無かった時代だ。
地形的に砂嵐が起き易い平地ではあるが、ある日を境に頻発するようになるのは不自然だ。
強いて言うなれば建造物の増加による建築風の煽りだが、土地柄的にそれを引き起こすような高層建造物は建てられない。
史書のもそう言った建造物があった記載はない。
根拠は無いが人為的現象と思われる。
現在で手繰れる根拠が残っているかと言われれば、これもまた怪しい。
そんな状況を逆手に取るように今度はガラス生産工場を設立。
そしてまた廃棄物の不始末で汚染が進み、悪循環を起こしたと思われる。
「言ってても仕方ないわね。」
セリカはベンチを叩くように立ち上がる。
「気晴らしにパトロールでも行ってくるわ。シロコ先輩に伝えておいて。」
「分かった。」
「先生も、やる事があるんでしょ。言わないから聞かないけど。」
「…………。」
セリカは少しムクれた顔を振り向き際にオレへ見せつけ、中庭の外へ歩いていく。
「ふ……。」
気を遣ったつもりが、気を遣わせたようだ。
病院の正門までセリカを見送った後、病室の外に腰掛けるシロコに事柄を伝える。
シロコにはラブたちの受けた依頼内容はまだ伝えていない。
それでも少し察しが付いていたのか、何も伝えずともセリカの尾行を申し出てきた。
ホシノの件もあり、慎重に物事を捉えているようだ。
「ホシノは……しばらく一人にさせておいた方が良いだろう。」
「そうだね……でも、少し不安。」
「大丈夫だ、オレがここで待機しておく。」
「……分かった。」
廊下を歩いて行くシロコを見送った。
仮にセリカが連中と接触してもシロコが付いていれば、どうとでもなるだろう。
シロコが武力的に相手取れない者が現れれば俺が出向くまでだ。
そう言った事態も想定して手助けに声を掛けておいた。
もう顔を出す頃だろう。
「待たせたかしら……って、えええぇぇえっ!?」
「静かにしろ、病院だ。」
「そうは言っても……ええぇ…。」
4名に声を掛け、すべてが承諾してくれた。
そして一同に会す。
奇声にも似た声を上げた人物は便利屋68社長
"陸八魔 アル"
学園を正式に卒業してからは真っ当な会社として便利屋をまとめ上げている。
"
便利屋も優良会社として評判だ。
しかし、名をスマホで検索すると人材派遣会社として区分されているらしく、その事にアルは憤慨しているらしい。
「……久しぶりね。」
「うぅ…つ、詰められる様な事はしてないわよ!?」
「ふふ、知ってるわ。
これでも外交業務に携わっているから、その手の情報は入ってくるの。」
「もちろん、貴方たちがどこで何をしてきたかも、よ。」
「!?!!」
風貌とは違い大人びた雰囲気を漂わせる人物は元ゲヘナ学園風紀委員長
"空崎 ヒナ"
現在は連邦防衛相でゲヘナ防衛審議官を務めている。
進路先としてシャーレを希望していたが、当時すでに人事を行えるような状態に無かったため現在の職に就いた。
防衛省所属と言っても、実際はゲヘナ学園が行う自治区間外交の補助を行っているらしい。
ある側面では状況鎮静の武力的抑止力として立ち振る舞い、その反面ではゲヘナの先立として健全な外交を導く手助けをしている。
学生の頃から変わらず忙しい毎日に見えるが、風紀委員の頃に比べればかなり気楽だそうだ。
「……まさかゲヘナ防衛審議官様がいらっしゃるとはねぇ。」
「肩書だけよ。
実際やってる事は外交の細かなサポートだけで大した事はしてないわ、局長さん。」
「またまた、謙遜しないでよ。」
社交辞令のような会話をヒナと交わす人物はワルキューレ警察学校生活安全局長
"合歓垣 フブキ"
本人はキリノと言う同期に局長をやらせるべきだと抗議したが、当時のワルキューレ公安局長であるカンナからの推薦を受け、半ば強制的に任命されたと聞き及んでいる。
普段の態度や職務に対する素行から見れば不向きに見えるが、事を構えるとなった際の判断力、および物事を捉える洞察力は生活安全局員の中で頭一つ抜けているは明らかだった。
カンナ曰く、安全局員として一番大事な"柔和な雰囲気"を持ち合わせている所が推薦した最もな理由らしい。
「防衛審議官にワルキューレのお偉いさんまで……!
先生っ、あなたハメたわね!!?」
「下手に口を開くと本当に引っ張られるぞ。」
それに五月蠅いと何度言えば分かるんだお前は。
「くぅ……。」
「まぁまぁ、差し入れにドーナツ持ってきたから食べて落ち着きなよ。」
「え、ええ……頂くわ…。」
お二人もどうぞ、とオレとヒナにドーナツを手渡すフブキ。
オレの好きなコーヒー粉末が掛かった、ほろ苦いモノだ。
ヒナも同じものを手渡される。
よく好みが分かったなと感心する。
いや、それよりもだ。
「あ、あの……。」
「きゃっ!?」
「!?」
「…………。」
「うわぁ!……ってミユちゃんじゃん。いつから居たの?」
「……最初から…。」
何とも言えない空気に包まれる。
「あー……えっと、ドーナツ食べる?」
「う、うん……。」
手渡されたドーナツをモソモソとたべる人物はSRT特殊学園RABBIT小隊員
"霞沢 ミユ"
例の件で所属学園が解体されたが、前任がシャーレ直属機関の設立を提言し、その構成員養成校として再建されたという経緯がある学園の生徒だ。
正直に言ってしまえば、コイツに関してはあまり記憶が残っていない。
本人の存在感が希薄なせいではなく、こちらの事情のせいでだが。
覚えている事と言えば、コイツの所属する小隊に命を救われた事。
隠密行動の才に溢れている事だけだ。
「先生、そろそろ本題を聞いてもいいかしら。」
「ああ、少し長くなる。落ち着ける場所を用意しよう。」