「さて、行ったな」
エリオ達の姿が完全に見えなくなったのを見届け、アインズは<
アインズは片手で杖を前に構え、<
「ごぉお!」
弾丸のような速度でエルフの身体が吹き飛んだ。ダークエルフの男の横を猛スピードで通り過ぎ、男の随分と後方まで行ったところで、地面との摩擦でようやく止まる。
「か、カイトさん!」
裏返った声で名前を呼びながら、動かないカイトに駆け寄るダークエルフ。そんな彼の後を従者らしい二人がついていく。
敵全員との距離が十分に取れたことを確認し、アインズは口を開いた。
「パンドラズ・アクターよ、あれは強者なのか?」
フルネームを呼ぶのは、猫のフリを止めて話せということだ。パンドラズ・アクターが緊急事態と判断した際は、許可を待たずに喋って良いことにしている。そして猫の鳴き真似をするのは、緊急事態ではないが、なるべく早くアインズの耳に入れたいことを察知したという合図だった。
「はい、あのエルフの難度は五十ほどと思われます。アインズ様が警戒するほどの相手ではございませんが、この世界の他の者と比較すると、注目すべき強者かと」
「ふむ、五十か……」
エリオ達と行動を共にするようになってから、それなりに多くの者やモンスターを見てきた。アインズの名声を高めるのに一役買った、例の巨大カマキリの難度がおよそ二十。その倍以上の難度と考えると、たしかにあのエルフはこの世界の水準的にはかなりの強者と言って良さそうだ。
「あの者達との遭遇は二度目です。最初の遭遇時は、それほど注目に値する強さだとは思っておりませんでした。ご報告が遅れ、大変申し訳ございません」
「二度目? ……ああ、もしかして割り込みしていたあいつらか」
「左様でございます」
「そうだったのか……気にするな。あの時はまだ、この世界の難度水準を把握しきれていなかったのだ」
心底反省した様子のパンドラズ・アクターを宥めながら、エリオ達と過ごすきっかけとなった者達を眺める。
ようやく巡ってきた強者と戦う機会。その相手が、万が一死亡させても問題なさそうな犯罪者なのは運が良い。強者なら、この世界特有の特殊な能力や技能、例えば元の世界の武技のようなものを保有しているかもしれない。もしそういったものがあるとしたら、いつまでも知らずにいるのは危険だ。そのために嘘までついてこの場に残ったのだ。彼の力の全てを、存分に見せてもらうとしよう。
カイトと呼ばれていたエルフが、よろよろと立ち上がった。辛そうに咳き込んでから、口に入った土を吐き捨てる。ブラスティングスタッフ改は吹き飛ばし効果を最大限高めている代わりに、ダメージはほとんど与えられないはずなのだが。アインズは不思議に思いながら、カイトに対し話しかけた。
「どうします? 投降しますか?」
「誰がするか! 必ず逃げ切ってやる……貴様を今すぐ殺してな!」
よかった、元気そうだ。大剣の切先をこちらに向けてくるカイトを見て、アインズも杖を構える。無闇に近づけさせないための牽制だ。
牽制が利いているのか、カイトは動こうとする気配はない。
「グランディウス!」
カイトが叫ぶ。すると彼の大剣が淡く輝き出した。
◆◇◆
カイトが剣の名を叫ぶと、それに応えるようにグランディウスが淡く輝く。シャラン、という涼やかな楽器のような音がしたかと思うと、輝きを増した剣身が分裂、扇のように広がった。そして、その一つ一つが意思を持つかのように、空へと舞い上がる。
魔力で形作られたグランディウスの剣身、その数は三十。それぞれ赤や青、黄色など様々な色の輝きを放っていた。
「ふむ、ならこうしようか。<
劣等種の子供が呟く。直後、彼の周囲の空中に、黒い輝きを放つ三本の剣が現れた。
詠唱を破棄して剣を生み出す、たしかに普通の劣等種にはできない芸当だろう。だが、たった三本の剣で何ができるのか。
「あの劣等種を八つ裂きにしろ!」
カイトが命じると、滞空していた剣身が一斉に視線の先に立つ子供へ向かって飛んでいく。一つ瞬きをする間に、子供の全身には三十の剣身が突き立つ……はずだった。
武器や防具にはランクがある。ランクは下から順にこのようになっている。
文字通り御伽噺の中の存在である
そんなグランディウスから生み出された剣身を、劣等種ごときが魔法で作った剣でどうにかできるはずがない。子供の顔が絶望に歪む様を幻視していたカイトだったが、目の前で起こった現象に絶句した。
一直線に飛びかかる三十の刃。それを上回る速度で、子供が出した漆黒の剣が次々に打ち払ったのだ。まるで透明な三人の騎士が子供を守っているのかと思うほど、漆黒の剣の動きは無駄がなく滑らかだった。打ち払われたグランディウスの剣身は、まるでガラス細工のように儚く壊れていく。壊れると同時に、込められていた
最後の剣身が打ち払われ、砕かれる。すると、漆黒の剣は役目を終えたとばかりに光の粒子となって消滅した。
「やはりこれは防御には向かないな……」
子供は不満そうな顔で首を傾げる。
「くっ……もう一度だ! グランディウス!」
今のはあの子供の運がたまたま良かっただけだ。もしくはあの魔法は切り札で、二度は連続で使えないのかもしれない。そんな希望を抱き、グランディウスの力を発動させる。シャラン、という音とともに再び生み出される三十の剣身。
「<
それに対し、子供も再び同じ魔法を唱える。
そこからの光景は、先ほどと全く同じだった。次々と剣身は砕かれ攻撃魔法が暴発し、間近で大輪の花火が咲いたかのような光に目がチカチカする。
カイトは子供――アインズと呼ばれていた劣等種を睨みつけた。アインズの表情は変わらず冷静であり、焦りも怯えも見られない。
グランディウスの能力の使用には、使用者の魔力を必要としない。グランディウス自身の持つ桁外れな魔力量によって、何度でも剣身を生み出すことが可能。まさに
同じ攻撃を繰り返せば、先に魔力が尽きるのはアインズのほうだ。とは言え、それにはあと何度グランディウスを分裂させる必要があるだろう。
時間は敵の味方だ。今の状況で、魔力量比べに持ち込むのは得策ではない。
カイトは舌打ちをした。劣等種ごときにこの技を使うのは業腹だが、仕方がない。グランディウスを強く握り、天を突くように高く掲げる。
「魔力よ、光よ! ここに集い、あの劣等種に絶望を与える刃となれ! 巨剣グランディウス!」
カイトの呼び掛けに応じるように、グランディウスは眩く輝き、巨大な光の剣となった。今のグランディウスの剣身は、五メートルに届くほどだ。
「消し飛べっ!」
カイトは叫び、グランディウスを振り下ろす。巨大な剣身が、カイト自身の技術を超えた速度でアインズに襲いかかった。
「<
ギリギリ聞き取れる声量でアインズが呟くと、彼の身体がふわりと中に浮く。そのまま空中でステップを踏むような軽い動きで、カイトの斬撃は躱された。
カイトは止まることなく、連続してグランディウスを振るう。グランディウスの光の剣身は振るうたびに長さが変わり、鞭のようにしなった。この不規則に変化する剣の攻撃を、いつまでも避けられるはずがない。
カイトは巨剣を振るい続けた。その額に汗が滲み、徐々に息もあがってくるほどの連撃。だというのに、グランディウスはアインズにかすりもしない。
「がぁあああぁあ!」
渾身の力を込めてグランディウスを振り下ろすと、光の剣身が一際大きくしなり、地面に叩きつけられる。複数の属性の攻撃魔法が一度に発生するが、それもアインズに当たることはなかった。
「これが切り札なのか?」
空中に浮いたまま涼しい顔のアインズが、肩で息をするカイトを見下ろしている。
当たりさえ、たった一撃でも当たりさえすれば、あんな虫けら、一片もこの世に残さず消し飛ばすことができる。小蝿のように飛び回るしかできない劣等種に、自分を見下したことを一刻も早く後悔させなければ。
ギリ……、と何処かから不快な音がした。それはカイトが強く歯ぎしりをした音だった。
「ああ、そういえば、あれの実験はしていなかったな」
そう呟いたアインズは、何を思ったのか、突然すとんと地上へ降り立った。手にしていた杖を無造作に近くの地面に突き刺し、手放す。そして、まるで抱擁を求めるように両手を軽く広げ、こう言った。
「私はここに立っているから、その剣を打ち込んでみてくれ」
カイトの思考が停止した。アインズが何をしているのか、何を言っているのか、全くわからなかった。あがった息を整えながら、アインズの言葉を脳内で反芻する。しかし、わからない。アインズの目的は何なのか。罠か、カイトを殺し得る強力なカウンター攻撃をする準備ができたのか。考えても結論は出ない。うっすらと笑みを浮かべるアインズが、無防備な姿を晒しているという事実が、ただ目の前にあるだけだった。
カイトは決断した。これが罠でも関係ない。自分の全てを次の一撃にかけ、罠ごとあの劣等種を粉砕すると。
「死ぃねぇええええ!」
心の中のどこかで感じる僅かな不安、それをかき消すようにカイトは絶叫する。残る力の全てを注いだ一閃は、アインズの急所を確実に捕らえ、刹那の後に攻撃魔法が炸裂した。
アインズを袈裟斬りにするために振るわれた一撃は、カイトの人生で間違いなく最高最強のものだった。
しかし、
「……は……」
カイトの口から息が漏れる。
斬撃も、魔法も、アインズに傷一つ与えていなかった。
「上位物理無効化と上位魔法無効化。どちらも問題ないようだな」
アインズが小さく頷く。
何故、という二文字がカイトの脳内に渦巻いた。やがて疑問は絶望へと変わっていく。カイトの感情が伝播したかのように、グランディウスから光が失われ、気がついたときには普通の剣へと戻っていた。
「さて、これで終わりか?」
子供の姿をした絶望が問いかけてくる。
カイトは答えることができなかった。認めてしまえば、本当に何もかも終わってしまうという恐怖で、何も言うことができなかった。
しばし沈黙が流れた後、アインズが一歩前へと踏み出した。
「く、来るな! はぁっ……ち、近寄るな……!」
光の巨剣ではなくなったグランディウスでは届かない距離で、カイトは滅茶苦茶にそれを振るう。その姿は、木の棒を振り回す子供のようだった。
そんなカイトに構うことなく、一歩一歩近づいてくるアインズ。
「この……化け物!」
振り回される剣の間合いに入る。
「そうだ、私は化け物なんだ」
アインズはグランディウスの剣身を素手で受け止め、掴んだまま腕を振り払った。カイトの心の支えだったグランディウスが、カイトの手から離れ地に落ちる。
カイトは自身の目線が低くなったのを感じた。アインズの紅い瞳が、すぐ近くで自分を見下している。そこでようやく、自分が膝から崩れ落ちていたことを理解した。
「<
アインズがこちらに手を伸ばしてくる。
やめろ、触るな、やめてくれ。そう叫びたかったが、声を発することはできなかった。
アインズの手が眼前に迫る。額に指先が触れたと思った、次の瞬間。カイトの意識は闇へと沈んだ。