ショタインズ様異世界珍道中   作:壊れたスプーン

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解決

 

 倒れたカイトを見下ろしていると、背後から小さな足音がした。何か予想外のことが起こったとき、いつでもアインズを援護できるよう、猫の姿で待機していたパンドラズ・アクターだ。カイトに近寄ると、気絶している彼の顔面を一発殴った。猫の手で繰り出したパンチとは思えない音が響く。

 

「こら、何してる」

「虫けら以下の存在が、アインズ様を虫けらと呼んだにも関わらず、慈悲をかけられたことに我慢できず……」

「別に慈悲をかけたわけではない。生け捕りにできるならそうしたほうが良いと思っただけだ」

 

 もう一発殴ろうとしているパンドラズ・アクターを抱き上げ、肩に乗せる。

 さてどうするか、とアインズが考えていると、

 

「まさか……『さぶますたー』であるカイトさんが、そんな……」

 

 遠くでガタガタと震えている、ダークエルフの男が目に入った。

 

「さぶますたー……?」

 

 男が呟いた単語を復唱する。アインズはその単語が唐突に、猛烈に気になった。理由はわからないが、この世界において重要な何かであるという直感があったのだ。

 

「さぶますたー、とはなんだ?」

 

 ダークエルフの男に近づきながら、静かに問いかける。

 

「ひっ、ひぃぃっ!」

 

 ゆっくりと近寄ってくるアインズを見て、男は悲鳴を上げた。

 

「お、教えます! 当方の知っていることは、す、すべてお教えします! ですから! 命だけは……!」

 

 小さくなって平伏し、命乞いをする男。このままでは話どころではないな、とアインズはため息をついた。

 

「わかったわかった、お前を傷つけることはしない。まあ、お前を捕縛した国の司法が、お前をどう裁くかは知らないが」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 男が地面に額をこすりつける勢いで頭を下げる。

 

「面を上げよ。そして話せ、わかりやすくな」

 

 アインズが命じると、男は弾かれたように顔を上げ、口を開いた。

 

「と、当方は、成長限界を突破させる方法を研究しておりまして……」

 

 成長限界――また知らない単語だ。エリオ達や他の冒険者と関わって、この世界についても慣れてきたつもりだった。だが、つもりだっただけで、まだまだ知らないことがあるようだ。

 

「待て。成長限界についても説明しろ」

 

 ひっ、と男が短い悲鳴をあげる。それから、恐怖を追いやるように声を張り上げた。

 

「れ、レベルには成長が打ち止めになるラインがあります! それが成長限界と呼ばれるものです!」

 

 そんな精神状態でも端的に単語の意味を説明できるとは、こいつはなかなか優秀なのかもしれない。

 

「なるほど。その調子で続けろ」

 

 アインズの言葉に、少しだけ落ち着きを取り戻した様子で、男は続けた。

 

「エルフ種の成長限界はおよそ千ですが、カイトさんのレベルは一五〇〇でした。それはカイトさんが、さぶますたーと呼ばれる存在だったからです」

 

 一五〇〇か、とアインズは顎に手を当てた。たしかに他の者とは、文字通り桁が違う強さを持っていたようだ。そしてその強さの理由が、サブマスターという存在であったことにあるらしい。

 

「サブ、というからには、マスターもいるんだな?」

「そ、その通りです! 女神が世界を救うために召喚した勇者がますたーだと、カイトさんは言っておりました。その血を引き、ますたーの力を覚醒させたのが、さぶますたーです」

 

 今の説明で、サブマスターが何なのかについては理解できた。アインズが次に興味を示したのは、マスターについてだ。

 

「召喚か……」

 

 女神云々は知らないが、召喚と表現されるなら、マスターは元々違う世界にいた者なのではないか。異世界からやって来た桁外れの強者、というのは自分の境遇と似ている。

 

「カイトさんが所属していた、エルフ女王国最強の騎士団、『白の騎士団』は、一般には知られていませんが、さぶますたーだけで構成された騎士団だとか。団長のレベルは、三千を超えるという噂もあります」

「一五〇〇で難度五十とすると、レベル三千なら難度は百くらいか? いや、決めつけるのは危険か……」

 

 難度とレベルが一定に比例すると決めつけるのは危険だ。その団長に会うことがあるかわからないが、難度はやはり直接見て判断すべきだろう。

 しかし、子孫でレベルが三千超えだとすると、マスターという存在はその倍以上のレベルを持つのではないだろうか。

 これから自分達が警戒すべきであり、調査対象とすべき相手が決まりそうだ。細かいことは後でパンドラズ・アクターとすり合わせをしよう。

 

「サブマスターに関する情報はこれで以上か?」

「は、はい! 当方が知っていることは、これで全てでございます……!」

「そうか、わかりやすい説明だったぞ」

「あっ、ありがとうございます!」

 

 ダークエルフの男が、ガバっとまた頭を下げる。

 

「さて、じきにギルドから誰かしら来るだろうが、大人しくお縄につけよ? 無駄な抵抗をして私の手を煩わせるな」

「はい! おっしゃる通りにいたします!」

「しかし、それまで暇だな……」

 

 平伏し続ける男から目線を外すと、後ろで従者らしき二人が立ったままなのが目に入った。荷物を持ってダークエルフの男に付いて回っていたが、主に倣って跪いたりしないのは違和感しかない。アインズが小首を傾げながら観察していると、肩に乗っているパンドラズ・アクターがそっと耳打ちしてきた。最初の頃は、アインズに乗って移動するなんて、とパンドラズ・アクターは遠慮していたが、こういうときに便利だ。

 

「その後ろの二人、あれはキメラか何かか?」

 

 アインズが男に問いかけると、男は恐る恐る顔を上げ、答えた。

 

「はい……当方の作り上げた実験体です。トロールとロックリザード、そして人種(ヒューマン)を融合させております」

 

 男がそう言うと、後ろの二人、実験体達がフード付きのマントを脱いだ。体格だけなら一般的な人間とさほど変わらないが、その実態は人間とはかけ離れたものだった。

 一人、いや一体目は、全身の皮膚がゴツゴツとした岩のようになっていた。鋭い乱杭歯が剥き出しになっている顔の他に、両胸に一つずつ人間の顔がついている。

 もう一体は、指先までブヨブヨとした脂肪に覆われていた。口元はだらしなく笑っているような角度で固定されていて、身体のあちこちに苦悶の表情を浮かべる顔がついている。

 二体とも、何故こんな造形にしたのか、その理由が気になる外見だった。普通の感性を持つ人間がこいつらを見たら、その醜悪さに眉をひそめることだろう。もっと悍ましい悪魔やアンデッドを見慣れているアインズには、あまり強くはなさそうだな、としか感じられなかった。

 

「トロールか。ということは再生能力もあるのか?」

「流石、ご、ご慧眼です」

 

 適当に言ったが、どうやら当たっていたようだ。再生能力持ちを倒すのは、特殊な攻撃手段を持たない者では難しい。ギルドからヒトが来る前に、こいつらは処分しておこう。

 その前に、とアインズは言った。

 

「あれで少し遊ばせてもらうとしよう。最終的には二体とも殺すが、文句はないな?」

「はい、もちろんでございます!」

 

 所有者の許可も得た。それなりに良い運動ができそうだ、とアインズは笑った。

 

 ナザリックへの侵攻が始まる少し前から、アインズは前衛職の仲間やコキュートスから、近接戦闘に持ち込まれた際の対応訓練を受けていた。今思うと、それもアインズをナザリックの外へと逃がした後のことを見越してのことだったのだろう。この世界に来てからも、睡眠不要のアインズは夜の時間、変身したパンドラズ・アクターを相手に体術の訓練を続けていた。相手の攻撃を躱し、ブラスティングスタッフ改で殴って距離を取るカウンター技は、今ではそこそこの成功率を誇っている。

 

 カイトとの戦闘ではブラスティングスタッフ改の出番はなかったので、この実験体には実戦相手になってもらおう。アインズは杖を構える。そして手始めに脂肪ダルマの実験体に向けて、杖を振り抜いた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「ぐgじょばhごうあhがうhあ!」

 

 実験体一号が、奇妙な悲鳴をあげながら吹き飛ばされた。真横を飛んでいく岩のような身体を無視して、実験体二号が脂肪で覆われた腕を振り上げながらアインズに突進していく。

 

「ばみぎhwばいrhがいrわ!」

 

 振り下ろした腕は、アインズに当たることなく地面に叩きつけられ、その次の瞬間には、アインズの杖によって実験体二号もまた吹き飛ばされた。

 二体とも擬態モードを解除した結果、身体が内側から膨れ上がったような、二メートルを超える巨体になっていた。そもそもあの実験体は、成長限界を超える方法を求めて作り出したものだ。強靭なモンスターの良い部分を繋ぎ合わせ、外見を安定させるために人種(ヒューマン)の一部と組み合わせている。そんじょそこらのモンスターとは比較にならない強さを持っているはずだった。

 にも関わらず、今繰り広げられているのは戦闘ではない。華奢なバットと巨大な二つのボールで行われる球技だ。実際アインズは実験体を吹き飛ばしながら笑顔を浮かべており、時折「今のはホームランじゃないか?」などと口にしていた。 

 代わる代わるに吹き飛ばされる実験体を見ながら、ダークエルフの男――ヤナークは膝をついたまま祈りを捧げる姿勢をとる。あの暴力が自身に向けられなかったことを、女神に感謝せずにはいられなかった。

 

 祈りながら、ヤナークは考える。あのアインズという人種(ヒューマン)は何者なのか。カイトは白の騎士団の中では最低のレベルだったが、それでも血を覚醒させたさぶますたーである。成長限界がレベル百とされる人種(ヒューマン)が、敵うような存在ではない。

 彼こそが、さぶますたーの祖先たる、ますたーと呼ばれる者なのではないか。そんな仮定がヤナークの脳裏に浮かんだ。ますたーならば、さぶますたーのカイトを赤子の手をひねるように倒したのも納得がいく。

 

 ヤナークの思案は、アインズの肩に乗った金色の猫が、にゃーおと鳴くまで続いた。その直後、ドシン、と音をたてて、二体の実験体が糸が切れたように倒れる。

 

「いい汗をかいた気分だな」

 

 一筋の汗も流さず、爽やかな笑顔で呟くアインズ。彼はヤナークのほうを向いて言った。

 

「あの実験体のことは黙っておいてやろう。お前も、罪を軽くしたいなら黙っているんだな」

 

 ヤナークはガクガクと音が聞こえそうな勢いで、首を縦に振った。

 

 ふいに、遠くから声が聞こえた。見れば、おそらくギルドから派遣されたのだろう討伐隊らしき冒険者達が、警戒しながらこちらへ近づいてきている。誰でもいい、早く、このますたーと思しき化け物の恐怖から自分を救ってくれ。そんな気持ちに駆られたヤナークは、両手を上げ抵抗の意思がないことを冒険者達に示し続けた。

 

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