ショタインズ様異世界珍道中   作:壊れたスプーン

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離別

 

 日が一番高くに昇り、影が短くなる頃。ギルドには束の間の平穏が訪れる。その時間帯は、冒険者達は既にダンジョンの中か、昼食を摂りに行っているからだ。併設されている飲食店エリアの賑わいとは対照的に、受付や依頼を張り出している壁の前は閑散としている。

 

 午前の取引の最後の記録を終えた受付嬢、ジルダはペンを置き、両手を上げて背伸びをした。そろそろ自分も昼休憩の時間だ。今日はどこで何を食べようか、と考えていると、裏のスタッフルームから同僚が顔を出した。ジルダと同じドワーフ種の受付嬢、ゾフィだ。いつも弁当持参の家庭的な彼女は、昼休憩の残り時間をおしゃべりしに来たらしい。

 

「ねぇねぇ、あの子がこの街から離れるって噂、知ってる?」

 

 交友関係が広く情報通なゾフィは、にんまりとした表情で話しかけてきた。

 

「あの子って?」

 

 早く言いたくて仕方がないくせに、わざと勿体ぶった言い方をする彼女に少し意地悪をしたくなり、こちらもわざとわかっていることを質問する。

 

「決まってるでしょ? 『新月』くんよ! あんたの推しの」

 

 その呼び方、もうそんなに定着しているのか。意外な結果に、ジルダは目を丸くした。

 

 あの子……アインズは様々な噂や流言飛語の渦中の人物であり、なんとなく皆その名を直接呼ぶことを避けていた。最初は「例の子供」とか「夜空マントのあの子」とか言われていたが、いつからか「新月」という二つ名がジワジワと広まっていった。マントに月が描かれていないことが由来だ、というのは、作った武具に妙に凝った名前を付けることで有名なこの街の鍛冶師のセリフらしい。

 

 今回の彼の名付けは珍しく当たりだったな、と思いつつ、ジルダはゾフィの余計な一言を否定する。

 

「別に推しではないわよ」 

「えー? だってあんた、新月くんには特別愛想良いじゃない」

 

 別にジルダは、アインズ相手に特別な対応をしているわけではない。もし自分の予想が正しく、アインズが九種族序列二位の魔人種の血を引いているとしたら、悪い印象を持たれないに越したことがないから、丁寧に接しているだけだ。同じ予想から、あの子に取り入ろうとする輩の存在も確認しているため、ジルダは自分の推理にそこそこの自信があった。

 

「それより、本当なの? あの子がこの街を出てくって」

 

 話を本題へと戻すと、ゾフィは目を閉じ、実際に見てきたかのように話し始めた。

 

「それがね。この前、新月くんと例のPT(パーティ)が珍しく酒場にいたらしいんだけど、妙にしんみりした空気で、あの魔術師の女の子なんて泣いてたみたいなのよ。お別れ会でもしてたんじゃないかって」

 

 それを聞いたジルダも、腕組みをしてその様子を想像する。

 

「たしかに、あの子の慰労会って感じではなさそうね」

 

 慰労会、という自分で発した単語をきっかけに、アインズの功績が思い出される。

 

 調査チームの報告から、冒険者殺しの存在が確実となったその翌朝。彼はたった一人で冒険者殺しを倒してしまっていたのだ。冒険者殺しは二人組で、一人を倒すために魔力を使い切り、あとの一人はハッタリでどうにか投降させたと本人は主張していたが、本当かどうか怪しい。さらに仲間を逃がすために、貴重な使い捨ての転移アイテムを使用した、という主張も、転移魔法が使えることを隠しているのではと言われている。

 

 冒険者殺しの存在がギルド職員に知らされた際、パニックになった冒険者達の対応に追われることを全員が覚悟した。アインズがいなければ、ギルドが今のような平穏な時間を享受するのは、もっと先になっていただろう。

 

 ギルドの地下にあった、なかば忘れられていた牢に入れられていた冒険者殺しは、ジルダも知らないうちにいなくなっていた。今頃は、国の然るべき機関で裁きを待っているに違いない。

 

 ジルダがそんなことを考えていると、ギルド入り口に小さな黒い人影が見えた。

 

「あ、噂をすれば」

 

 ゾフィは小声で囁き、ジルダの肩を叩いて裏へと引っ込んでいく。

 人影の正体、アインズは真っ直ぐ依頼の張り出されている壁へと向かった。そして迷いなく一枚の依頼を手に取ると、受付にいるジルダのほうへと歩いてきた。

 

「こんにちは。この依頼を受けたいのですが」

 

 柔らかな微笑を浮かべ、紙を差し出してくるアインズ。それを受け取ったジルダは、依頼内容に目を通し、思わず声を漏らした。

 

「これは……」

「もう他の方で決まってしまっていましたか?」

 

 ジルダの呟きに、アインズは不安そうに眉尻を下げ、こちらを見つめている。

 

「いえ、そういうわけではありませんが……」

 

 慌てて否定するが、それ以降の言葉に詰まる。

 アインズが受けたいという依頼。その内容は、人種(ヒューマン)王国のいくつかの村々を回る商人の一家の護衛をする、というものだった。保証人代わりの雇い主が同行している場合を除き、武装した冒険者が単独で国境を越える手続きは煩雑だ。人種(ヒューマン)王国には質の良いダンジョンは少ないとはいえ、この依頼を完了した後に、真っ直ぐこの街に戻ってくることは期待できない。

 

 しかし僅かな希望を捨てられず、ジルダは恐る恐る確認した。

 

「あの、この依頼を受けるということは、冒険者としてのホームタウンを他に移す、ということでしょうか」

 

 アインズは突然の問いに一瞬戸惑った顔をしていたが、質問の意図を悟ったのか、いつもの微笑を浮かべて答えた。

 

「俺は旅の途中なんです。旅費を稼ぐために冒険者登録をしたので、ホームタウンについては考えてませんでした」

「そうなのですね……」

 

 彼が旅をしているというのは初耳だ。これほど前途有望な冒険者を他の街に取られる訳ではない、というのは朗報だ。だが同時に、彼がこの街に戻ってくる可能性が限りなくゼロであるという回答だった。

 

 ジルダは考える。このままでは彼との縁がなくなってしまう。冒険者として将来名を残すだろうアインズと、自分の愛するこの街との繋がりを、どうにかして残すことはできないか。

 

 必死に脳を働かせ、思い出したのは昔の出来事だった。泣き上戸で有名な冒険者に絡まれたという、あまり楽しくはない記憶。その冒険者の男が言っていたことは、なんてキザなことを、とあの時は思ったが、今こそ使い時なのではないか。

 ジルダはゴクリと唾を飲み、口を開いた。

 

「冒険者の中には、冒険者登録をした街を第二の故郷と考える方もいます。貴方にもし、少しでもそう思っていただけたら、とても嬉しいです」

 

 きょとんとした様子のアインズが何かを言うより先に、ジルダは続けた。

 

「きっと、この街に残る彼らも喜ぶでしょう」

 

 ジルダの言いたいことが、彼らとは誰なのかがわかったのか、アインズが小声で呟く。

 

「たしかに……ここは『冒険者アインズ』が生まれた街、この世界での故郷と言えるかもしれないな」

 

 敬語ではない独り言。言い方に引っかかるところがあるが、本当に小さな声だったのでジルダの聞き間違いかもしれない。

 

「教えてくださり、ありがとうございます。この街での思い出は、きっと忘れません」

 

 アインズは柔らかく笑って言った。社交辞令の可能性が高いかもしれない。それでも、彼のなかでこの街が特別な場所として残ってくれると、思ってよいのではないだろうか。それならば、言った甲斐があったというものだ。

 ジルダは笑って頷き、手にしたままだった紙に目を落とす。そして、アインズの依頼受託のための手続きに移るのだった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 雲一つない晴天は、彼の旅立ちを祝福しているようだった。

 この街、ダガスの検問所前の広場に、エリオ達とアインズはいた。少し離れたところには、馬車の積み荷を確認している人種(ヒューマン)の商人一家の姿がある。彼らの気遣いによって、エリオ達は最後の挨拶をアインズにする時間が持てていたのだった。 

 

「本当に行っちゃうんスね」

 

 ギムラの言葉にアインズが静かに頷く。

 隣の妹が鼻をすする音が聞こえ、エリオは彼女の頭に手を乗せた。

 

「ほら、泣くなミヤ。最後は笑ってお別れするんだろ?」

「泣いてないもん! 髪崩れるからやめて!」

「はいはい」

 

 泣き腫らした目で意地を張るミヤに、エリオは苦笑しながら彼女の頭から手を離す。そんな様子を見たアインズがクスッと笑い、それから頭を下げた。

 

「みなさんには本当にお世話になりました。短い間でしたが、ありがとうございました」

「それはこちらのセリフですよ」

 

 エリオが慌てて言うと、ギムラがうんうんと頷きながら続けた。

 

「そうそう、途中からどっちがお世話されてるのか、わからなかったッスよ!」

 

 言い終わったギムラが、チラリとワーディのほうに目をやる。ワーディは緊張した面持ちで、一歩アインズに歩み寄り、口を開いた。

 

「ほ、ほ、本当に、あ、ありがとう」

 

 ワーディが無口なのは、この吃音が原因だった。話さなければ、と思うと余計に緊張して身体がこわばってしまい、冒険者稼業にも支障が出る。なのでエリオ達は、無理に喋らなくて良いと常々ワーディに伝えていた。付き合いの長い自分達となら、喋らなくてもある程度意思疎通ができるからだ。それでも勇気を出してアインズにお礼を言ったのは、それだけ彼に感謝していることの現れだった。

 

「はい、ありがとうございました」

 

 ワーディの振り絞った勇気を感じとったのか、アインズは優しく微笑んで答えた。

 

「あの……!」

 

 そして、同じく勇気を振り絞る者がいた。ミヤだ。

 

「これ……アインズさんが無事に故郷に帰れるように、女神様に祈りを込めて編みました! 御守りとして、受け取ってくれませんか……!」

 

 そう言って、ミヤは両手を前に突き出した。そこには、赤い糸で編まれたミサンガが乗っていた。日の光を受けて僅かにきらめいているその糸は、先日雑貨屋や洋品店を何軒もまわって買ったものだ。それを選ぶのに随分と時間をかけたことを、エリオは知っていた。

 

「もちろんです。俺のために祈ってくれて、ありがとうございます」

 

 アインズは、そっとミサンガを手に取る。自分の左手首に巻きつけたところで、困った顔をしてミヤを見た。

 

「片手じゃ結べませんね、お願いしてもいいですか?」

 

 差し出された左手と、アインズの顔を交互に見るミヤ。あまりの緊張で、アインズの言葉がすぐには脳に届かなかったらしい。

 

「は……はい!」

 

 音程の外れた声で答えたミヤは、そろそろとアインズの手に触れた。手首からミサンガが抜けないか何度も確認しながら、決してほどけないようキツく結んだ。

 

「ありがとうございます」

 

 アインズは目を細め、自身の手首に巻かれたミサンガの輝きを見ていた。その表情は、妹とそう歳の変わらない少年とは思えない、慈愛に満ちたものに見えた。

 

「おーい、そろそろいいかい?」

 

 商人の男の声が響く。もう時間が来てしまったようだ。

 

「みなさん、どうかお元気で」

「アインズさんも!」

 

 エリオが力強く言うと、アインズは最後にもう一度深く頭を下げる。それから、商人の元へと駆け足で行ってしまった。彼にはこれからあの商人一家を護衛する仕事があるのだ。気持ちを切り替えなければいけない。そして、それは自分達も同じだ。そうわかっていても、アインズが検問所の中へ入っていく後ろ姿を、エリオ達はじっと見つめていた。

 

 アインズの姿が完全に見えなくなったとき、ミヤが声を上げて泣き始めた。エリオは彼女の頭に手を乗せ、今度こそ撫でてやる。ミヤは怒ることなく、そのまま兄に抱きついた。魔術師として自分達前衛を立派にサポートしているとはいえ、妹はまだまだ子供だ。今日くらい、たくさん泣いていいだろう。気持ちを切り替えるのは明日からにしよう。エリオはそう決め、しばらくの間、その場で妹の頭を撫で続けた。

 





これにて第一章完結です。
感想、評価などありがとうございます。
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