ショタインズ様異世界珍道中   作:壊れたスプーン

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護衛

 

 綿菓子のような雲が、空高くにゆったりと流れていく。(ほろ)のない簡素な荷馬車に腰掛けているアインズは、それをぼんやりと眺めていた。

 

(暇だなぁ)

 

 舗装されていない道はデコボコで、振動で身体が上下に揺れる。普通の人間なら、乗り物酔いするより先に尻が痛くなって座っていられないだろう。しかし生憎アインズはアンデッド。痛みに鈍感なため、途中で体勢を変えることなく、のんびりとした時間を過ごしていた。

 

 視線を空から自分の横へと向けると、荷馬車の隣を商人の妻と娘が歩いている。娘は、ミヤと変わらないくらいの年齢だった。疲れたとも、自分も荷馬車に座りたいとも言わずに、母親の隣を歩いている。この世界の子供は体力があるんだな、なんて考えていると、娘はアインズの視線に気がついたのか、

 

「どうかされましたか?」

 

 と笑って問いかけてきた。

 

「なんでもないですよ、シリカさん」

 

 アインズも笑顔でそう返し、また空を見上げた。

 何故、護衛として雇われているアインズがこのように暇をしているのか。それはダガスを出立した翌日に、アインズがこの商人一家の命の恩人になってしまったからだ。

 

 森の近くを進む途中、二メートルを軽く越える熊のようなモンスターと遭遇。アインズは商人一家の目の前でそれを倒し、毛皮や魔石は雇い主のものになるのかと、さらりと尋ねたのだ。パンドラズ・アクターの探知能力のおかげで、モンスターの接近は事前に察知していた。雇い主に気づかれないで対処しては働き損のため、わざとピンチを演出し、派手に討伐劇を演じて見せたのだが、これが予想以上に効果てきめんだった。命の恩人に雑用を手伝わせるわけには、と言われ、契約内容に含まれていたはずの荷物の積み下ろし等もさせてもらえず。移動中も、雇い主の娘も歩いているというのに荷馬車に乗せられいる、というわけだ。

 随分と気楽な旅だと、最初は思っていたのだが。

 

(流石に暇すぎる……)

 

 村を二つ、三つとまわっていくうちに、やることがなさすぎて飽きてきてしまった。夜も寝たフリをする必要があるため、パンドラズ・アクターとの体術の訓練もできていない。鬱憤がたまっている、とまではいかないが、モヤモヤが胸に蓄積されていた。それを吐き出すように、思わず小さくため息をついてしまう。

 

「やっぱり、どうかされたのですか? 何かご不満なことでも……?」

 

 アインズのため息に気がついた娘、シリカが恐る恐る尋ねてきた。

 

「大丈夫です! 失礼しました」

「そうですか……」

 

 すぐに否定するも、時すでに遅し。仕事中に、しかもクライアントの前でため息をつくなんて、大人として失格だ。不安げにこちらを見ているシリカを見て、アインズは反省の念と罪悪感に駆られた。

 

「そうだ、シリカさん。少し話し相手になっていただけませんか?」

 

 どうにか彼女の気持ちを和らげようと、アインズはシリカに話しかけた。

 

「この辺りにモンスターの気配はありません。それでも警戒は怠りませんので、シリカさんのお話を聞かせてもらえませんか?」

 

 シリカは隣の母親の顔をチラリと見上げる。母親が頷いたのを確認し、

 

「私なんかの話では退屈かと……それでも良ければ、よろこんで……!」

 

 と胸の前で拳を握りしめながら答えた。

 アインズが荷馬車の隣のスペースをポンポンと叩くと、失礼します、と言ってから、シリカはアインズの隣に腰掛けた。雇われの身なのはアインズのほうなのに、礼儀正しい子だ。こんな時、<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>で柔らかいクッションのようなものが創れれば、と思うが、突然何もないところからクッションを出されても驚かせるだけか、とアインズは自分を納得させた。

 

 それからしばらくの間アインズは、シリカがこれまで訪れた街や村での出来事や仕事の手伝いについての話を、時折相槌をしながら聞いていた。話がひと区切りついてから、アインズは口を開いた。

 

「シリカさんは立派ですね。ご両親のお手伝いをしっかりされていて」

「いえいえ、私なんてまだまだで……」

 

 シリカは謙遜して首を横に振るが、アインズは続けて言った。

 

「そんなことないですよ。帳簿なんて、俺にはとてもできる気がしません」

 

 これはお世辞ではなく本心だ。アインズは数字はあまり得意なほうではない。ナザリックの維持費等、細かな金銭の計算が必要な部分については、方針決定には関与しても実際の計算は他のギルドメンバーやシモベ達に任せてしまっていた。そんなアインズには、十年ちょっとしか生きていない女の子が帳簿をつけているというのは、十分尊敬に値した。

 アインズの率直な称賛に、それ以上の謙遜は逆に失礼だと思ったのか、シリカは紅潮した頬を触りながら笑っていた。

 

「シリカさんも、将来はお父様の跡を継いで商人になるのですか?」

 

 アインズの問いに、シリカがコクンと頷く。

 

「はい。できれば……自分のお店を持つのが夢なんです」

 

 シリカ曰く、店舗を持つためには様々なハードルがあるらしい。

 

「小さくてもいいので、いつか自分のお店を持つことができたらなって思います」

「素敵な夢ですね」

 

 エリオ達と話していたときも思ったが、子供の無邪気な夢を聞くのは楽しいものだな、とアインズは微笑ましい気持ちになった。

 気がつけば、短かった影もだいぶ長くなっている。アインズは、馬を引いているシリカの父親に声を掛けた。

 

「イアンさん、最後の村にはいつ頃到着予定でしょう?」

 

 イアンと呼ばれた男は、顎に手を当て少し考えてから答えた。

 

「ラゴイ村には今のペースですと、そうですねぇ、明日の今頃には着いていると思いますよ」

「そうですか、ありがとうございます」

 

 ならば、そろそろ頃合いだろうか。アインズはズボンのポケットに手を入れる。ポケットから取り出すフリをして、アイテムボックスから二つのアイテムを取り出した。

 

「シリカさん、こちらをお貸しします」

 

 二つのうちの一つ、銀色のドングリの形をしたネックレスをシリカに渡した。

 

「これは……?」

 

 両手でネックレスを受け取るシリカ。銀色の輝きに、目が釘付けだ。

 

「こちらの対になるネックレスの持ち主と、念話ができるマジックアイテムです」

 

 もう一つ、渡していないほうの金色のドングリのネックレスを見せながら、アインズは簡単に説明した。

 

「そのネックレスに意識を集中させて、俺に心のなかで話しかけてみてください。そうですね、好きな食べ物でも教えてください」 

「わ、わかりました」

 

 アインズの突然のお願いに、シリカは戸惑いつつも素直に従った。ネックレスを握りしめ、目を閉じる。

 

(好きな食べ物……ご馳走なのはやっぱりお肉だけど、お肉が好きなんて女の子らしくないよね……うーん、シチューとかどうかな? 他に思いつかないし、もう決まり! ……えっと、聞こえますか? 私はシチューが好きです)

 

 どうやらネックレスに意識を向けるのが早かったようだ。アインズは持ち前のスルースキルで、前半部分は聞かなかったことにした。

 

「シチューがお好きなんですね」

「すごい、ほんとに通じてる……!」

 

 シリカは目を丸くし、手の中のネックレスとアインズを交互に見た。シリカの両親も、チラチラとこちらを見ている。商人として、アイテムの値段を見積もっているのだろうか。

 このアイテムの力はわかってもらえたと判断したアインズは、本題へと移った。

 

「俺は先に村の方面の安全を確認しに行きたいと思います。この辺りに敵の気配はないので、しばらくの間俺がいなくても大丈夫だと思います。ですが万が一何かあったら、このネックレスで俺を呼んでください」

 

 途端に不安そうな顔になり、手の中のネックレスをぎゅっと握りしめるシリカ。念話の力が発動しなくても、彼女がアインズに行かないでほしいと思っていることは見てとれた。

 

「シリカさんに呼ばれたら、すぐ駆けつけますから」

 

 アインズはそう言うと、シリカと対になるネックレスを自分の首に掛けた。

 

「イアンさん、よろしいですか?」

 

 雇い主であるイアンに確認をするのも忘れてはいけない。イアンは娘の不安そうな様子に即答するのを躊躇ったが、悪くない提案と判断し首を縦に振った。

 

「先に安全を確認しに行っていただけるのはありがたいです。ですが、なるべく早いお戻りをお願いします」

「承知しました」

 

 これで雇い主の許可も取れた。あまり時間はかけられないが、予想外のことが起きなければ予定はこなせそうだ。

 シリカはまだ不安そうな様子だが、我慢してもらおう。飼い始めたばかりの小動物を初めて留守番させる飼い主の気持ちというのはこんな感じなのだろうか、と思いつつ、アインズは膝の上のパンドラズ・アクターを肩へと移す。それから小さく<飛行(フライ)>を唱えた。ふわりと身体が宙に浮く。

 

「では、行ってきます」

 

 自分を見上げるシリカにそう言うと、荷馬車をを追い越した。

 

「お早いお戻りをー!」

 

 シリカの精一杯の大声を背中に受けながら、アインズはラゴイ村のほうへと加速していった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 ラゴイ村の朝は早い。いや、ラゴイ村のようなそれほど豊かでない農村は、どの村も日の出とともに起き、日没まで働くのが常だ。

 その日もラゴイ村の村長、セドリックはまだ辺りが薄暗いうちから布団から身体を起こす。数年前妻に先立たれてからは、家事もすべて自分一人でこなすため、より一層早起きの習慣が身についていた。寝間着から動きやすい普段着に着替え、家の外へ。水を汲みに井戸に向かう途中、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

「じいちゃーん!」

 

 振り向けば、孫のアランがこちらに走ってきていた。アランは今年で十二になるが、冒険者になることが夢で、体力作りのために毎朝村の周辺をランニングするのを日課としている。

 セドリックの前まで来たアランは、村の入り口のほうを指差した。

 

「あっちにお客さんがいるんだ」

「客だって?」

 

 セドリックは首を傾げる。この村に訪れる外の者といえば、行商人か徴税の役人くらいだ。役人が来る時期ではないから、行商人が来たのかと思ったが、それならば行商人が来たと言うはずだ。わざわざ客という言葉を使ったということは、行商人ではないのだろう。

 こんな時間に、こんな何もない農村にやって来るなんて、いったいどんな客人なのか。訝しみながらも、セドリックはアランに礼を言い、村の入り口へと向かった。

 

 村で一番大きな建物である共有倉庫を曲がれば、村の入り口である。確かにそこには、行商人には見えない軽装の男が三人立っていた。その三人を見た瞬間、セドリックの足が止まった。

 彼らは皆、長く尖った耳をしていた。エルフだ。セドリックはエルフを初めて見たが、遠目で見てもこんなに美しいのかと驚愕した。それからすぐに駆け足で彼らの元に駆け寄る。気位の高く、平均レベルが人種(ヒューマン)よりはるかに高い彼らを怒らせるようなことがあってはマズいと思ったからだ。

 

 あちこち不調が出ている老体で走ったため、彼らの前に着いたときには息が上がってしまっていた。そんなセドリックの様子を意に介さず、三人のうち眼鏡をかけた男が話しかけてきた。

 

「はじめまして。ワタシ達は、旅をしながら占い師をしている者です」

 

 セドリックが息を整えてから、挨拶をしようとするのを遮り、眼鏡の男はこう続ける。

 

「数日後、この村にワタシ達の求めるモノが現れるという占いが出ておりまして。しばらくの間、この村に滞在させていただけないでしょうか。もちろん、謝礼はご用意しております」

 

 男はそこまで言うと、懐から重そうな革袋を取り出した。こちらに差し出してくるので、セドリックはそれを両手で受け取る。予想以上の重さに、身体の重心がガクンと下がった。その拍子に見えた革袋の中身は、輝く金貨だった。

 

「こ、こんなに……」

 

 思わず声が漏れる。手にした革袋と眼鏡の男を交互に見るが、男は柔和な笑みを浮かべ、黙ってこちらの返答を待っていた。背筋に冷たいものが走る。

 

「……客人用の小屋が一つありますが、高貴なエルフの方々をお泊めするには粗末なところです。それでもよろしければ、どうぞお使いください」

 

 セドリックは彼らを受け入れた。ここで革袋を突き返したとしても、結果は変わらないと予想したからだ。それと同時に悪い予感に駆られた。この悪い予感が、ただの老人の妄想で終わりますように。そう念じながら、セドリックはエルフ達を村へと招き入れた。

 





第二章はさらに捏造全開でいきます。
よろしくお願いします。
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