ショタインズ様異世界珍道中   作:壊れたスプーン

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策謀

 

 年老いた人種(ヒューマン)男性の案内で、彼の言った通り粗末な小屋に三人で入る。予想通り中も質素な内装であるが、幸いなことに二段ベッドが二つあるため、床で寝ることはなさそうだ。任務で野営することもあるので、たとえベッドが人数分なくても問題はないが、ベッドで眠れるならそれに越したことはない。

 

「貴重品などは、こちらにお入れください」

 

 男は部屋の隅にある木箱の鍵と、小屋の鍵の二本をミカエルに渡すと、一礼して小屋から出ていった。男の足音が完全に聞こえなくなってから、斥候役もこなすシャープハットが、この小屋を探ろうとする存在がいないかを素早く確かめる。次にマジックアイテムを使って魔術的な監視がないことを確認し、ようやく二人に声を掛けた。

 

「もう喋っても大丈夫っすよ」

 

 それまで物音一つ立てずに待っていたミカエルは、懐からあるものを取り出す。それは物ではなく生物、カナリヤのような美しい羽を持つ小鳥だった。随分と大人しいその小鳥を人差し指にとまらせ、小さなクチバシをちょんと触る。すると、スイッチが入ったように小鳥が喋り出した。

 

『緋色騎士団、各員所定ノ位置ニ着キマシタ。合図ガアルマデ待機シマス』

 

 その小鳥は、緋色騎士団が通信用に所有している魔獣だった。戦闘能力は全くないが、見た目は完全に普通の小鳥であり、敵の目を欺いて味方に伝言を届けることができるため、隠密行動中でも重宝する魔獣である。

 

「では、ターゲットが到着するまで身体を休めるように」

 

 ハーディがそう言うと、斥候としての仕事をしていた時とは打って変わって砕けた態度になったシャープハットが、簡素なベッドに腰掛けた。

 

「それにしても、やっぱり緋色まで投入してくるってのは、改めて上の奴らガチっすねー」

 

 シャープハットの呟きに、ミカエルも頷いて同意を示す。

 

「バレることを懸念して、ターゲットに尾行もつけていないんだ。そのうえで、白の騎士団から団長を含む三人を派遣している。本気も本気だろう」

 

 ミカエルは言いながら、この村に向かう途中に団長から伝えられた作戦を脳内で反芻する。

 ターゲットが村へと到着次第、三人でターゲットに接触。代表としてミカエルが、エルフ女王国の要職として招きたいことをターゲットに伝え、交渉する。交渉の際の餌だけで釣れれば良し、交渉が決裂した場合は、交渉ではなく脅迫へと移行する。村の周囲を緋色騎士団が囲っているため逃走は困難なこと、そしてターゲットが逃走した場合は村を滅ぼすと、村全体を人質に取るのだ。人種(ヒューマン)は同族意識が強いことが多い。見ず知らずの村人でも、自分のせいで死ぬという事態は避けようとする可能性が高い。それでも村に構わず逃走しようとした場合、最終手段として戦闘を開始する。この場合、当然村に甚大な被害が出るだろうが、白の騎士団の任務現場を目撃した者は、全員殺す決まりになっているので問題はない。ターゲットを生け捕りにし、緋色騎士団に村人の生き残りを掃除させて帰国する。

 

 というのが本作戦の概要だった。街道上で強襲をかける案もあったようだが、目撃者を減らすためと、人質になる人種(ヒューマン)の数が多いほうが脅迫の効果が高いということで、ターゲットの最終目的地の村に先回りする作戦が採用された。ちなみに、交渉だけでターゲットを国に招くことができても、野盗に扮した緋色騎士団がこの村を焼き払う手筈になっている。

 

「それだけこの作戦は国家にとって重要ということだ。二人とも気を抜かないように」

「うーす」

 

 ハーディの言葉に、シャープハットが軽い返事をする。態度こそ軽薄そのものだが、彼もこの作戦の重要性は十分に理解していた。

 ドワーフ王国に潜入しているスパイが、ダガス冒険者ギルドの職員に金を積んで、ターゲットが受けた護衛依頼の詳細を得たのが十日ほど前。そこから作戦立案、承認、決行まで異例のスピードでことが進んでいた。これは普段いがみ合っている女王派と宰相派が、マスター候補の確保が最優先であるという合意のもと動いたということだ。

 この作戦の成否が国の未来を左右すると言っても過言ではない。ここ最近はヌルい任務が続いていたシャープハット達に、久しぶりのプレッシャーがのしかかる。まるで入団して間もない頃に戻ったかのような気分だった。シャープハットの態度は、そんな緊張を彼なりに和らげるため、あえてしてるものだ。それをわかっているハーディとミカエルは何も言わず、この村まで休まず移動し疲労した身体を休めるため、それぞれ専念するのだった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 ターゲット、アインズが現れたのは、ミカエル達が村に入った翌日の昼過ぎだった。

 久しぶりの行商人の来訪に、村の入り口が騒がしくなったことを耳の良いシャープハットが察知。すぐに小屋の外に出て、物陰から様子をうかがうと、荷馬車から荷物を下ろすのを手伝おうとしている黒髪の子供の姿が確認できた。遠目でもわかる見事な黒のローブに、肩に乗った猫のような魔獣。あの子供がターゲットで間違いなさそうだ。三人は目配せし、意を決してターゲットへと近づいた。

 

「貴方が『新月』、アインズ殿でしょうか?」

 

 打ち合わせ通り、ミカエルが笑顔で声を掛ける。

 

「そうですが……あなた方は?」

 

 人種(ヒューマン)王国の農村に突然現れた三人のエルフに、アインズは少々訝しげな表情をしながら答えた。

 

「ここでは目立ちます。あちらで少しお話させてもらえませんか?」

 

 ミカエルはそう言って、村の外れを指差してから、そちらに向かってゆっくりと歩き出す。少し間を置いて、自分達のあとをついてくる小さな足音がした。チラリと背後を見れば、平然と歩いているアインズと目が合う。上位種であるエルフに呼び出されたことに対して、全く恐れている様子はない。それどころか、仕方がないから話を聞いてやろう、とでもいうような雰囲気すらあった。流石はカイトを捻じ伏せた実力の持ち主だけある。

 

(これは当たりなのではないでしょうか? もし彼がマスターで、被害を出さず交渉だけで彼を国に連れ帰ることができれば、ワタシの評価と発言力も上がるはず……いや、今から皮算用は良くないですね)

 

 まだマスターであると決まったわけでも、交渉が成功したわけでもない。とにかく今は目の前の任務に集中しよう。ミカエルは小さく(かぶり)を振り、あらかじめ決めておいた交渉場所を目指した。

 

 

 

 

 

 緋色騎士団が待機している森近くまで来たところでミカエル達が立ち止まると、アインズの足音も止まった。シャープハットが自然な動きで自身の右耳を触る。周囲にヒトの気配がないことを確信した、という合図だ。それを確認したミカエルは、アインズのほうへと向き直り、笑顔を貼り付け直し口を開いた。

 

「アナタに嘘は言いたくないので、名乗らせていただきます。ワタシはミカエル、エルフ女王国からの使者です。この度は、我が国の指名手配犯であるカイトを捕縛してくたさり、ありがとうございました」 

「えっと、あの冒険者殺しのことですか……ダガスにいた冒険者として、当然のことをしただけです」

 

 なんてことないような口調でアインズは答える。

 

「そんなことはございません。あの者は我が国でもなかなかの実力者でした。それ故に、この件に対応できる者は限られておりました。にも関わらず、貴方はお一人でカイトを倒したとのこと……素晴らしい実力です」

 

 ミカエルが賛辞を贈るが、アインズの態度は変わらない。ただ黙って、ミカエル達を見据えているだけだった。世辞は通用しなさそうだと判断し、ミカエルは本題に入ることにした。

 

「単刀直入に申します。貴方にはワタシ達とともに、エルフ女王国に来ていただきたい」

 

 唐突な申し出に驚いた顔一つせず、一呼吸置いてからアインズは尋ねた。

 

「貴方の言う通りにしたとして、俺のメリットは何ですか?」

 

 当然の質問に、ミカエルは用意していた回答をする。

 

「金銭でも地位でも異性でも、貴方の希望はできる限り叶えたいと思っております」

「できる限り? ……ですか」

 

 あざとく小首を傾げるアインズに、ミカエルは顔が引きつりそうになるのをなんとか耐えた。最大限の待遇をしようという発言を、本当かどうか疑うのではなく、上限について試すような返答がくるとは思っていなかった。自分がもてなされ厚遇されるのは当然だというような不遜な態度に、劣等種(ヒューマン)が何を言っているんだ、という気持ちがミカエルのなかで頭をもたげるが、ぐっと堪える。彼がマスターならば、人種(ヒューマン)であるという事実は些細な問題だ。ミカエルは懐から、こちらが本気であると示す物を取り出すとアインズに差し出した。

 

「お近づきの印に、こちらを」

 

 それは大粒のダイヤが輝くネックレスだった。魔法的な力は込められていないが、エルフ女王国の誇る職人が手掛けた一品であり、その資産価値は家が建つほどだ。アインズはネックレスを片手で受け取ると、目線の高さまで掲げて少しの間観察する。そしてつまらなさそうに、ふーんと呟いた。やはり魔術師相手ならマジックアイテムのほうが良かったか。そう思ったミカエルが、エルフ女王国に来ればどれほど素晴らしいマジックアイテムが下賜されるか語ろうとした、そのとき。

 アインズの肩に乗っていた猫の姿の魔獣が、ネックレスを口にくわえて地面に飛び降り、そのまま森のほうへと走っていってしまった。

 

「あっ、待てパンドラ!」

 

 アインズが呼び止めるも、魔獣は振り返ることなく森の中へと消えてしまう。突然の出来事に、ようやく焦りの感情を見せたアインズが、こちらに向き直り早口で言った。

 

「あなた達の話はわかりました。ですが今はパンドラを追いかけます。いいですか?」

「もちろんです。よければワタシ達もついて行ってよろしいですか?」

 

 ミカエルの言葉にアインズは頷くと、魔獣を追いかけて走り出す。

 本当は今すぐ結論を出させたかった。もし森の中で戦闘になれば、緋色騎士団に被害が出る可能性があるが、仕方がない犠牲だろう。それに、まだアインズが交渉に乗ってこないと決まったわけではない。彼をエルフ女王国に連れて帰るまでの間、こちらになるべく不信感を持たれないようにするほうが良いはずだ。そう瞬時に計算した結果の返答だったが、果たして吉と出るか凶と出るか。ハーディ、シャープハットに視線で合図を送り、三人は見失う前にアインズのあとを追った。

 

 

 

 

 

 

「パンドラー! どこいったんだー!」

 

 木漏れ日が気持ち良い森の中、アインズの声が響いている。魔獣の姿は見えず、出てくる気配もない。ずんずんとアインズは森の奥へと進んでいく。このまま魔獣が見つからないと、アインズを国に連れ帰れないことも考えられる。アインズのあとをついて歩きながら、白の騎士団の耳目であるシャープハットに捜索を手伝うよう、ミカエルは指示をしようとした。だが、シャープハットの様子がおかしい。

 

「どうかしたのですか」

 

 小声で聞くと、彼は信じられないという顔で、恐る恐る気がついたことを口にした。

 

「気配がしないんす、全く」

 

 なんの、と聞こうとして、ミカエルもそこでようやく気がついた。この森で待機しているはずの緋色騎士団は今どうしているのか。

 アインズが森に入ってきた場合、戦闘になっても緋色騎士団のレベルでは数人がかりでも勝てないと予想されるため、見つかることを避け距離を取るようにと命令していた。だからその通りにアインズから離れ、その後待機を続行しているのかと思ったが、それにしてもここまで気配がないのはおかしい。

 

「まさか……」

 

 最悪の可能性が頭をよぎったとき、アインズがくるりと振り返った。

 

「さて、改めて挨拶をしようか。白の騎士団の皆様」

 

 その台詞に、三人が一斉に警戒態勢を取る。ミカエルは自分達のことを使者としか言っていない。それなのに白の騎士団だということを知っていた。今までの態度全てが演技だったのか。

 アインズは、三人のほうへ手を差し伸べた。

 

「私はアインズ。そちらにいるのは私と契約した悪魔、ウルベルト・アレイン・オードル」

 

 アインズは自分達に手を差し出したのではない。自分達の後ろを指したのだ。

 アインズを警戒しつつ背後を見る。そこにいたのは、確かに悪魔だった。シルクハットに上質なスーツを纏う、二足歩行の山羊と形容すべき見た目のそれは、犬歯を見せながらニヤリと笑っている。

 

「ここにいたエルフ達はどうした」

 

 ミカエルが低く唸るように問う。獲物を包囲していたはずが、逆に挟撃されようとしているのだ。体温が一気に下がるような感覚に陥る。そんなミカエルを見て、アインズは何も答えず、ただ口の端を少しだけ吊り上げた。

 

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