シリカ達に見送られ、しばらく飛行したところでアインズは止まった。
「この辺りでいいか?」
「はい、問題ないかと」
肩の上のパンドラズ・アクターの答えを聞いて、アインズは頷き地上に降りた。それからパンドラズ・アクターが肩から飛び降りる。その足が地面つく直前、パンドラズ・アクターの輪郭がぐにゃりと歪んだ。陽炎のようにシルエット全体が揺らいだかと思うと、その姿はウルベルトのものへと変わっていた。
「シャドウデーモン」
ウルベルトの声でそう呼び掛けてから、待つこと数秒。彼の影から一体のシャドウデーモンが姿を現した。シャドウデーモンは主であるウルベルトの耳元に近づくと、収集してきた情報を報告する。報告を全て聞き終わったウルベルト、もといパンドラズ・アクターは、シャドウデーモンを再び送り出してから猫の姿に戻った。
「団長を含む白の騎士団三名が、既にラゴイ村に入っています。また緋色騎士団十四名が、村を囲うように待機しているとのことです」
「以前の報告から、特に作戦に変更はないようだな」
「そのようです」
同意するパンドラズ・アクターを片手で抱き上げ、もう一方の手で頭を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。聞き慣れたその音を聞きながら、アインズはまだダガスにいた頃のことを思い出した。
冒険者殺しのエルフ、カイトを倒した後、彼の影にシャドウデーモンを忍ばせておこうという案を出したのは、アインズではなくパンドラズ・アクターだった。カイトが本当に国の重要人物であるなら、その身柄は放置されることなく、エルフ女王国に連れ戻されるはず。そこで彼にシャドウデーモンをつけてエルフ女王国に潜入させ、サブマスターやマスターについての情報を探らせるのが良いのではないか。そう提案されたときは、自分で創ったシモベにも関わらずこの頭の回りようは、一体誰に似たのかとアインズは疑問に思った。即その案を採用したものの、肝心のシャドウデーモンはどうするのかと尋ねると、パンドラズ・アクターはウルベルトの姿に変身してみせた。悪魔であるウルベルトならば、アイテムや金貨を消費せずにシャドウデーモンを召喚可能だ。そういえばパンドラズ・アクターという名前は、ウルベルト達が考えてくれたものだ。この頭脳は自分ではなく彼らに似たのだろう。この
そうしてシャドウデーモンにエルフ女王国の情報を探らせた結果、アインズのことをマスターではないかと疑い、白の騎士団を派遣しようとしていることが判明。難度が三桁に届くと予想される団長も来るらしいということを知り、ここは一戦交えてみようと相手の策に乗ることにしたのだ。
パンドラズ・アクターを撫でるのを止め、肩に乗るよう誘導する。名残惜しそうではあるが素直に肩に乗ったのを確認し、アインズは飛行を再開する。
「では、まずはその緋色騎士団とやらを片付けておこうか」
◆◇◆
こうしてアインズは掃除の済んだ森の中に、白の騎士団を誘い出すことに成功したのだった。パンドラズ・アクターがウルベルトの姿をしているのは、援軍が派遣されないかをシャドウデーモンに探らせているので、その報告をすぐに受けるためである。
「なるほど。罠に嵌められたのは私達だった、というわけか」
「団長、どうするっすか」
ハーディの静かな呟きに、シャープハットがこちらを警戒しながら指示を仰ぐ。シャープハットとは反対に冷静さを失っていないハーディは、アインズを見据えながら分析した。
「アインズはあの悪魔と契約したことで、
なるほど、そう解釈するのか。マスターの定義を知らないのでよくわからないが、マスターとはそういうものなのか。そうアインズが考えていると、ハーディがアインズに背を向けた。
「ミカエル、シャープハット。私があの悪魔を抑えておく。二人がかりでアインズを殺せ」
二人にそう命じ、腰に佩いた剣を抜くハーディ。
「了解っす」
「承知しました」
それに応じ、ミカエルも剣と盾を構えた。シャープハットは何も持っていないように見えるが、腰を低く落として戦闘態勢を取っている。
別に三対一でもよかったのだが、殺す気で来てくれるのは大歓迎だ。生け捕りにしようとして手を抜かれては、こちらの手加減も難しくなる。
「<
「『祝福と天罰』!」
アインズが詠唱するのと同時に、ミカエルも声を上げた。アインズの手の中に、魔法で生み出された漆黒の剣が収まる。
次の瞬間、いつの間にか淡い光を放っている盾を構えたミカエルが間合いを詰めてきた。アインズも下がることなく、前へと踏み出す。
先に剣を振ったのはミカエルだ。鋭い斬撃や突きが次々と繰り出され、それをアインズは回避し、ときに剣で受け流す。しばらく攻防が続いたのち、ミカエルの連撃が止まったのを見計らってアインズが反撃に出ようとしたその時。三連続の風を切る音がし、アインズは瞬時に大きく後退する。直後、一瞬前までアインズが立っていた地面に、三つ分の穴が空いた。
その穴を飛び越えたミカエルの攻撃が、再び始まる。回避しながらミカエルの後方を見ると、こちらに向かって右腕を突き出しているシャープハットと目が合った。何かが射出される音を、アインズの鋭い聴覚が拾う。今度は四連続だ。
「<
アインズが唱えると十個の光弾が現れ、術者の意思に従って目標に向かい飛んでいく。四つはシャープハットから射出された何かとぶつかり合い、弾けて消滅。残りの六つはシャープハットを狙うが、シャープハットがまた続けざまに素早く何かを射出したことで対処され、彼に光弾が届くことはなかった。
そうしている間にも、ミカエルの攻撃は止まらない。洗練された剣筋による、流れるような連続攻撃。アインズの動体視力をもってすれば、回避するのは難しいことではないが、回避しているだけでは埒が明かない。ミカエルの一際大振りな斬撃を、アインズは前に一歩踏み出ることで躱す。そこから反撃の一刀をミカエルに打ち込んだ。
だが、その攻撃はミカエルに読まれていたらしい。アインズの斬撃に合わせ、光る盾でガードされてしまう。アインズの剣が盾に当たった瞬間。
「ぐっ!」
アインズの身体が吹き飛んだ。まるでウォートロールの棍棒での一撃を、まともに喰らったかのようだった。後方にあった大木に、そのままの勢いで背中から叩きつけられる。その衝撃の強さに、一瞬だが視界がチカチカしてしまう。
「今ですシャープハット!」
「わかってるっす!」
シャープハットが即座に右腕を突き出し、素早い連続した風切り音がアインズに殺到する。
「チッ!」
咄嗟に転がって回避を試みるアインズだったが、
「起爆!」
シャープハットが命じた直後、見えない何かがアインズのすぐ側で炸裂した。複数の不可視の衝撃波によって、アインズは再び吹き飛ばされてしまう。
今度は空中で<
それを見たミカエルが、小さく鼻を鳴らす。そしてアインズから視線を外し、ハーディと相対しているウルベルトのほうを横目で見ながら言った。
「あの悪魔に助けを求めなくていいのですか?」
「このままじゃ嬲り殺しっすよ」
ミカエルのセリフに、シャープハットも同調する。
もう既に勝った気でいる二人の態度に、若干の苛立ちを覚えるが、ここで感情的になるのは良くない。『あんまり遊びすぎるのはダメですよ、モモンガさん』と、ぷにっと萌えにきっと叱られてしまう。
チラリとウルベルトの姿のパンドラズ・アクターに目をやると、余裕の表情を浮かべる大悪魔の演技をきっちり続けていた。今のアインズを本物のウルベルトが見たら、なんて言うだろう。『調子に乗った相手を、一気に絶望に突き落とすのが楽しいんじゃないですか』と言って笑ってくれるだろうか。
「その必要はない」
アインズは静かにそう言うと、握っていた剣を手放す。漆黒の剣は、地面に落ちるより先に光の粒子となって消えた。
武器を捨てるという行為に、ミカエルとシャープハットは一瞬驚いた顔になるが、すぐに警戒を強めた。アインズの口調から、諦めからくる行動ではないと理解したからだ。油断を誘っているのか、それとも別の武装に切り替えようとしているのか。どちらにせよ、アインズのペースに飲まれるわけにはいかない。
「本番はここからだ」
隙のない姿勢でこちらを睨みつける二人を前に、アインズの唇が弧を描く。死を告げる天使のような微笑に、ミカエルは悪寒を感じ、思わず息を飲んだ。