ショタインズ様異世界珍道中   作:壊れたスプーン

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冒険者

 

 ダガス冒険者ギルドは、今日も冒険者達で賑わっていた。依頼を受ける者、素材や魔石を換金しに来た者、そして併設された飲食店で昼間から飲んだくれる者など、様々な声が入り混じっている。

 

 そんな中、ドワーフ種の受付嬢、ジルダは今日も仕事に励んでいたが、変わらない日常の風景に少しだけ飽き飽きしていた。何日もダンジョンに潜ってきたのか体臭のキツい冒険者の対応を終え、取引の記録をしながら溜め息が零れそうになったとき。突然、ギルドのいつもの喧騒がピタリと止まった。一瞬の後、ヒソヒソとした喋り声や独り言があちこちで聞こえるようになる。何事かと、ジルダはペンを持ったまま顔を上げた。

 

 目に入ったのは、ギルドの入り口に立っている一人の人種(ヒューマン)の少年だった。歳は十を少し越えたくらいだろうか。彼は魔術師らしい漆黒のローブを羽織り、王笏のような(スタッフ)を両手で抱えている。そして左肩には、ペットらしき猫を乗せていた。

 

 それだけならば、長年ギルドの受付をやっていれば特段珍しくもない光景だ。しかし、少年を数秒観察したジルダは目を見開いた。原因は少年のローブである。よく見れば金糸の繊細な刺繍が施されているそれは、魔術知識は基礎レベルのジルダでも感じ取れるほどの魔術的な力が込められていたのだ。いや、ローブだけではない。先端に大粒の赤い宝石がはめ込まれた金色の杖にも、ローブと似た意匠の黒いブーツにも魔力が込められている。どれも国宝級のマジックアイテムと言われても不思議ではない。そんな装備で全身を固められるなんて、竜人種(ドラゴニュート)や魔人種の王族ならともかく、劣等種(ヒューマン)ではたとえ王族でも難しいだろう。

 

 一国の国家予算が吹き飛びそうな装備を平然と身につけた少年は、暫しキョロキョロと辺りを見渡していたが、受付の看板を見つけたのか真っ直ぐにジルダのほうへと歩いてくる。

 

 マジックアイテムにばかり気を取られていたが、少年の顔を見てジルダはさらに驚いた。天使の輪を浮かべる艷やかな黒髪に、きめ細やかな白い肌。頬と唇は健康的に朱がさしており、思わず触りたくなるほどだ。そして何より目を奪われるのが、長い睫毛に縁取られた大きな瞳。その色は、彼の手にする杖についた宝石よりもなお赤かった。身体的な特徴から判断すれば確かに人種(ヒューマン)なのだが、あまりに整った顔立ちと血のような妖しい輝きを持つ瞳は、ただの劣等種(ヒューマン)とは思えなかった。

 

 ただの人種(ヒューマン)ではないとすればなんなのか。他種族、たとえば魔人種との混血だと仮定するとどうだろうか。魔人種の高貴な血族が、人種(ヒューマン)に産ませた子供だとすればあの容姿にも説明がつくのだろうか。

 

 ジルダがそんなことを高速で考えていると、いつの間にか少年は彼女の目の前に立っていた。

 

「えっと、すみません」

 

 鈴を転がすような、という形容詞がよく似合う、声変わり前の中性的な声だった。

 

「ようこそ、ダガス冒険者ギルドへ」

 

 なんとか営業スマイルを貼り付け、決まった挨拶を口にする。

 

「冒険者登録をしたいのですが、こちらでできますか?」

 

 冒険者登録? 冒険者への依頼ではなく? この子がモンスターと戦うのか?

 

 装備の見事さがすっぱりと抜け落ちた疑問が頭に浮かぶが、ジルダはぐっとそれを飲み込む。そういったは詮索や肩入れと取られかねない言動は、ギルド職員として御法度だ。自分は決められた仕事をすればいい。

 

「冒険者登録ですね。ではこちらに記入をお願いします」

 

 登録申請用紙と筆記具を少年に渡すと、ありがとうございます、と微笑んで彼は受け取った。読み書きは問題ないようで、用紙全体に目を通してから、スラスラと記入していく。筆記具を持つ子供らしい手に、これまた相当な魔力のこもった宝石のついた指輪が複数あるのを目にし、驚きを顔に出さないようにするのには苦労した。

 

「書けました。確認をお願いします」

 

 記入を終えた用紙を、少年がジルダにそっと差し出した。確認しますね、と受け取ったそれに不備がないか、素早くチェックしていく。名前の欄から、少年の名はアインズということがわかった。職業は魔術師、兼魔獣使い。肩に乗るミルクティー色の毛並の猫は、光が当たっている部分の毛が金色に見えるのが美しいことを除いて普通の猫と変わらないようだが、どうやら魔獣のようだ。

 

「問題ありません。では冒険者ギルドの説明をさせていただきます」

 

 冒険者はF級(駆け出し)からはじまりトップのA級までのランクがあることや、その他基本的なルールをジルダは説明していく。その間、アインズは真剣な面持ちで、時折頷きながら話を聞いていた。

 

「――説明は以上になります。何かご不明な点はございますか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」

「ではF級の身分証を発行して参りますので、少々お待ち下さい」

「わかりました、よろしくお願いします」

 

 アインズは軽く頭を下げると、依頼が張り出されている壁のほうへと歩いていった。

 

 まだ幼いのに随分と礼儀の正しいことだ、とジルダは少しだけ感心する。あの装備、そして育ちの良さ。やはり彼をただの劣等種(ヒューマン)と思って接するのは危険だろう。そう考えたジルダは、早く身分証の発行をしようとスタッフルームへ戻ろうとした。しかし、その視界の端に、アインズへと近づいていく獣人種のPT(パーティ)を捉え、足を止める。

 

「おう、そこの人種(ヒューマン)のお坊ちゃんよぉ」

 

 PT(パーティ)リーダーのガタイの良いクマ獣人が、ニヤニヤとした表情でアインズに話しかけた。

 

 何をやっているんだアイツらは、とジルダは顔を顰める。あの獣人種PT(パーティ)は、冒険者になったばかりの者、特に人種(ヒューマン)をターゲットに恫喝などを行っているという噂のある、素行の良くない一行だ。主な被害者が劣等種(ヒューマン)であることと、冒険者同士の些細ないざこざにはギルドは極力不干渉の立場のため、直接彼らに注意勧告などをしたことはないが、要注意PT(パーティ)として職員の間で情報共有はされていた。そんな彼らがあの少年に何をしようとしているか、容易く想像がつく。

 

「えっと、俺のことですか?」

 

 声をかけられたアインズが立ち止まる。

 

「そうだよ! 俺たちはこの街で長年冒険者やってんだ。先輩として、ここでの礼儀やルールってもんをお前に教えてやろうと思ってなぁ」

 

 そう言いながらアインズの目の前まで来たクマ獣人は、その巨体でアインズを威圧するように見下ろした。

 

「本当ですか?」

 

 クマ獣人の態度に怯えるでも怪しむでもなく、無邪気な声で聞き返すアインズ。その反応に、クマ獣人はより一層口の端を吊り上げた。

 

「おうよ! 勉強代も、そのお可愛い顔に免じて特別に負けといてやるぜ?」

「オヤブン優しいッスねぇ!」

 

 取り巻き、もといPT(パーティ)メンバー達は、さり気なくアインズの退路を遮るような立ち位置に移動している。

 

 どうすべきか、とジルダは悩む。

 獣人種は一般的に身体能力や持久力、そして本能的な感覚に優れている種族と言われている。獣の感が働いていればアインズの底知れなさがわかるはずだが、彼らはアインズの装備から金のニオイだけを感じ取り、それに目がくらんだようだ。それにしても、問題を起こすならせめてギルドの目の届かないところでやってくれ。職員としてそう思わずにはいられない。それでも、ここで下手にアインズに助け舟を出すのは憚られる。ならばどうするのが正解か。ジルダが少しの間逡巡していると、

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 アインズは笑ってクマ獣人を見上げながら、小さな白い手を差し出した。彼くらいの子を持つ女性、もしくは孫を持つ年配女性の心を撃ち抜くような、無垢な笑顔だった。

 

 クマ獣人は一瞬面食らった顔をしたが、すぐに下品に口角を上げてアインズの手を取った、その瞬間。クマ獣人の全身が、雷に打たれたようにビクンと跳ねた。そのまま膝がガクリと折れ、大きな音を立てて床に崩れ落ちる。その様は、さながら糸を切られた操り人形だ。

 

「お、オヤビン?」

 

 取り巻き達が慌ててクマ獣人に駆け寄るが、口の端から泡を吹く彼はピクリともしない。

 

「てめぇ! オヤブンに何しやがった!」

「いえ、俺は何もしていませんよ」

 

 握手した相手が突然倒れたというのに、涼しげな表情でアインズは小首を傾げた。

 

「嘘つけ! てめぇが何かしやがったんだろ!」

「い、慰謝料……! 慰謝料寄越せ!」

 

 なおも噛みつく取り巻き達。しかし、相手は未知の手段で一瞬でリーダーの意識を刈り取った不気味な子供。無闇に近づくこともできず、喚くことしかできない。

 

「信じていただけないなら……試してみますか?」

 

 アインズはイタズラっ子の微笑を浮かべ、クマ獣人と握手した右手をわきわきと動かしてみせる。それを見た取り巻き達は顔を見合わせ、クマ獣人を二人がかりで引きずってその場をあとにした。覚えてろよ、なんて陳腐な台詞を言い残して。

 

 

 

 再びギルドに静寂が訪れる。

 そこでようやく、アインズは自分に注目が集まっていることに気がついたらしい。飼い主に叱られる仔犬のような表情で、ペコリと頭を下げた。

 

「お、お騒がせしました……」

 

 身を小さくし、そそくさと立ち去ろうとするアインズ。そんな彼に、今度は壮年の人種(ヒューマン)冒険者がズカズカと近づいていく。

 

「坊主よくやったな! スカッとしたわ!」

 

 よく通る声に驚いて立ち止まったアインズの綺麗な黒髪を、男は乱暴過ぎない力加減でわしわしと撫でた。何が起こっているのかわからないといった顔で、アインズはされるがままだ。肩に乗った魔獣猫は男の行動が気に入らないのか、テシテシと男に猫パンチを繰り出している。

 

「リーダー、いきなり失礼ですよ」

「おっと、すまんすまん。つい興奮しちまった」

 

 追いかけてきた斥候役らしい軽装の仲間に窘められ、リーダーと呼ばれた男はようやくアインズの頭から手を退けた。

 

「あの獣人種PT(パーティ)はF級イビリの常習犯でな。だが人種(ヒューマン)では敵わないってんで、皆悔しい思いをしていたんだ」

「なので、本当に胸がすく気持ちでしたよ」

 

 リーダーの説明に、目を輝かせながら斥候の男が付け加えた。

 

「よし、俺が一杯奢ってやる! ついでにここのギルドでの色々を教えてやろう!」

「リーダー、この子には酒は早いでしょう。今回はここの名物でも食わせてやるってことで」

「あれは酒の肴にするのが良いんだろ! じゃあ一番高いジュースでいいか? 坊主」

「えっ、ええ?」

 

 突然の展開に戸惑うアインズをよそに、斥候の男は席を確保しに走って行ってしまった。

 

「遠慮するな! ほら行くぞ!」

 

 そう言ってリーダーはアインズの頭にまた手を乗せ、併設された飲食店エリアへと誘導していく。

 

 よく鍛えられた体をしたあのリーダーは、人種(ヒューマン)にしては、という条件はつくが、そこそこ優秀と言って良いベテラン冒険者だ。常識的な仲間もいるようだし、大きな問題は起こさないだろう。そう判断したジルダは、安堵の溜め息をついた。その頃には、ギルドも元の喧騒を取り戻していた。もちろん、一部始終を見ていた冒険者の話題にのぼるのは、謎の駆け出し人種(ヒューマン)冒険者についてだが。

 

 いい加減自分も仕事に戻らねば。気持ちを切り替えたジルダは、まずはあの子の身分証を発行するための作業に取りかかったのだった。

 

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