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モモンガの見た目は人間だが、それでもアンデッドである。飲食不要の特性は変わらないのだが、一つ大きな変化があった。人間の身体になったことで、味覚を獲得したのだ。しかし、どこまでいってもアンデッドはアンデッド。食べたものを消化する機能までは得られなかった。透視の魔法が使える仲間に見てもらって発覚したが、モモンガの胃袋は嚥下したものを溜めておくだけの本当にただの袋で、腸に繋がっていなかったのだ。ちなみに、本来腸があるべき場所にはモモンガ玉が収まっていた。
そんなわけで、盗賊ドワーフ達で実験を行った辺りに設置したグリーンシークレットハウス。その中のトイレで、モモンガは胃の中身を吐き出していた。あの後断りきれず、結局三杯もジュースを奢られてしまったからだ。お腹は空いていないと主張し食事はどうにか断ったため、咀嚼後の固形物を吐くよりはマシだが、それでも気分が悪い。なによりこの行為は、せっかくの好意を無駄にしてしまっているという罪悪感をモモンガに与えていた。
「モモンガ様、こちらを」
軍服姿のパンドラズ・アクターが、
よろよろとした足取りでトイレを出ると、ベッドに倒れ込む。疲労は感じないはずだが、ずんと身体が重くなったような気がした。昔の王侯貴族の若い娘の中には、沢山食べたいが太りたくないという願望を叶えるために多量に食べては吐くという行為をする者もいたというが、そんなことをする気がしれないとモモンガは思った。
ごろりと仰向けになると、懐から今日の戦利品を取り出した。
「どうにか無事に冒険者になれたな……」
手のひらサイズの身分証をぼんやりと眺める。そのカードには、名前とF級冒険者であることが記載されていた。
モモンガがアンデッドであることを見破る者がギルドにいるかもしれない、という心配は杞憂に終わった。その代わりに変な輩に絡まれたが、相手を殺さずに自然に無力化する実験もできたので許容範囲だ。あれは無詠唱化した<
これである程度自由にこの街で活動ができる。モモンガは身体を起こし、ベッドに腰掛けた。
「よし、私達の目的を確認するぞ」
そう声を掛けると、見慣れてきた猫形態のパンドラズ・アクターは、素早くモモンガの前に跪く。
「まずは元の世界に戻る手段を探すことだ。何においてもこれを最優先とする」
元の世界に戻れなければ、この世界でのどんな活動も無意味だ。未知で溢れるこの世界を生き抜くのと同じくらい、この目的は優先順位は高い。
パンドラズ・アクターが頷いたのを確認し、モモンガは話を続ける。
「次に蘇生アイテムを探すことだ。この世界特有の強力なアイテムがあるかもしれない。優先順位は落ちるが、死者蘇生に関する情報が手に入ったら調査したい」
元の世界に戻る際に、この世界で手に入れたものを必ず持ち帰れるとは限らない。だが持ち帰れないとも決まったわけではないため、異世界に飛ばされていなかったら第一の目的だった蘇生アイテム探しもしたいと考えた。
「最後に資金集めだ。情報収集にも金がいる。持ち出した元の世界の金貨には手をつけたくない。それに、シモベ達の復活の足しにできるかもしれない」
階層守護者に領域守護者、使用人等様々な役職のシモベ達が多くいたナザリック。すべてのシモベを復活させるのに必要な金貨を集めきるのは、モモンガだけでは不可能だ。そのためまずはギルドメンバーを復活させることを第一としているが、シモベ達を忘れたわけでは決してない。
「モモンガ様、我々シモベのことまでお考えに……!」
「当然だ。どれだけの時間がかかっても、必ず全員復活させる。金銭の管理は引き続き任せたぞ、パンドラズ・アクター」
「はっ! お任せくださいませ!」
そう言いながら、大袈裟な動作で敬礼をする二足歩行の猫は、キモ可愛いと気持ち悪いの微妙な狭間にあった。うっかり人前で二足歩行しないよう、後で釘を差しておこう。
「それから、この世界にいる間は、私はアインズと名乗ることにした。未知の世界の冒険にかまけて、最大の目的を忘れないようにな。お前も、今後私のことはアインズと呼ぶように」
「承りました。我が創造主にして慈悲深き至高の御方、アインズ様!」
シュババっと、これまた謎に派手な動きでお辞儀をするパンドラズ・アクター。うん、やっぱり気持ち悪いなこれ。そう思い、モモンガ――アインズは溜め息をついたのだった。
◆◇◆
グリーンシークレットハウスで一晩を明かした翌日。猫のパンドラズ・アクターを肩に乗せたアインズは、ダンジョンの入り口へと来ていた。
ダンジョンの入り口があるのは街の端、ドワーフ王国を囲う山の麓だった。洞窟のように見えるその入り口は、頑丈そうな高い塀で囲われており、塀の周りにはドワーフの衛兵が何人か立っている。入り口に向かって長い列ができているのは、入場する冒険者の身分確認等を衛兵が行っていることが原因らしい。その行列の両脇には保存のきく食糧や傷薬など様々な屋台が立ち並び、売り子が元気な声をあげながら練り歩いている。
「随分と賑わっているな……」
まだ朝も早い時間だというのに、予想以上の人混みだ。アインズが思わず声を漏らしてしまうのも、初めてダンジョン都市というものを訪れた者なら仕方がないことだった。
人の流れに従って歩きながら、アインズは元の世界でのことを思い出す。呪いで人間の姿になってから、一人でナザリックの外に出たことはなかった。パンドラズ・アクターもいるとはいえ、気持ちは完全にはじめてのおつかい状態である。ダンジョン内でモンスター相手に手加減の練習をしながら金銭を稼ぐ予定であったが、幸先不安だ。
しかし、こんなことでへこたれているわけにはいかない。アインズは両手で持った
列の中ほどまで進んだ頃。アインズの前に並ぶ、十代前半くらいの
どうしたものか、とアインズは考える。脳裏に浮かぶのは、たっち・みーとウルベルトのイメージだ。
『困っているヒトは見過ごせません! あの子供達の代わりに声を掛けましょう』
『いやいや、助ける義理なんてないでしょう。こちらに被害が出たらどうするんですか』
『あのフードの中身が、攻略対象の超絶美少女だったら喜んで声を掛けるんだけどなー』
『黙れ愚弟』
そんな楽しい幻聴に、思わず笑みが溢れる。自分の妄想だということはわかっているが、こんなに愉快な気分になったのは、この世界に来てから初めてだ。アインズは上がった口角を触って元に戻してから、割り込みしてきた三人組の前に立った。困っているヒトがいたら、助けるのは当たり前。そんなたっち・みーの信条を、少しだけ実践してみたくなったのだ。
「すみません、そこのフードの方。お急ぎですか?」
できる限り相手を刺激しないよう、丁寧に声を掛ける。
フードを被っているため種族は断定できないが、三人組は全員男だと思われた。一番背の高い男は痩せ型で少し頼りなさげ、一番小さいのは荷物持ちの従者といった感じだ。だが三人目の男は、雰囲気が別格だった。長さのある大きな荷物を背負っているが体幹が全くブレず、隙のない立ち姿だ。特殊な訓練を受け、実戦経験も豊富なのだろうという印象を受ける。そんな男は、声を掛けてきたアインズに一瞥もくれずに口を開いた。
「僕様に気安く話しかけるな劣等種」
え、なにその一人称気持ち悪ぅ。というツッコミが口から飛び出しそうになるのを堪えながら、アインズは冷静を装って言った。
「並ぶところをお間違えのようだったので」
「僕様に注意か……? 誰に向かってモノを言っている!」
身の程知らずのガキが、愚かにも自分に注意してきた。その事実に男は激怒し、大声をあげる。まるで瞬間湯沸かし器だな、とアインズは思いながら男に追い打ちをかけた。
「列を無視できるほどの身分の方なら、こんな中途半端なところに横入りせず、先頭に行かれてはいかがでしょうか」
フードのせいで顔色はわからないが、きっと男の顔面は真っ赤になっていたことだろう。
「この……虫けら劣等種が!」
男はわなわなと身体を震わせると、背中に背負っていた荷物に手をかけようとした。しかし、その手は第三者によって止められる。
「そこの旦那! このガキは気をつけたほうがいいですぜ」
声の主は、フードの男達の前に並んでいた獣人種だった。アインズのほうをチラリと見て、青い顔をしている。アインズはさっぱり覚えていなかったが、昨日返り討ちにした獣人種のお仲間か、あの場を目撃していた者らしい。
「そうですよ。ここでそれを使うのはマズいです」
一番長身のフードの男も一緒になって、肩で息をして怒りを露わにしている男を宥めた。仲間の声が届いたのか、男は背中の荷物から手を離す。
「チッ……行くぞ」
アインズを見下ろし舌打ちをして、三人組は列の最後尾のほうへと歩いて行った。そんな彼らの後ろ姿に向かって、肩の上でパンドラズ・アクターがシャーシャーと威嚇している。アインズのことを虫けらと呼んだのが、よほど気に食わなかったようだ。
「よしよし、落ち着けパンドラ」
アインズは苦笑しながら、パンドラズ・アクターの喉や頭を撫でてやる。これは、しっかりと相手の難度を見極めてくれていた彼への褒美でもあった。アインズが強気で話しかけられたのも、パンドラズ・アクターから相手を警戒すべきという警告がなかったからだ。撫でられたパンドラズ・アクターは、つい先ほどまで威嚇していたのが嘘のようにゴロゴロと喉を鳴らしはじめた。猫のゴロゴロ音ってこんな音だったか、という気が若干しないでもないが、気にしすぎだろうか。
「あの……!」
背後から、幼さの残る若い男の声がした。振り返ると、赤毛を短く切り揃えた
ゴロゴロゴロゴロ(宮野さんボイス)