「俺達の代わりに注意してくださり、ありがとうございました!」
頭を上げてから、再びアインズの目を見てハキハキとお礼を言う赤毛の少年。竹を割ったような性格なのだろうと想像できる態度だ。
「いえ、割り込みは後ろに並ぶ全員の敵ですから」
実際あの三人組に注意をしたのは、アインズが自分で勝手に上機嫌になって、たっち・みーの信条を実践する気になったからだ。完全に自己満足と言える。
「それでも、俺達だけだったら何も言えませんでした。ありがとうございます」
少年は、
「何かお礼ができたらいいのですが……」
少年の視線の先には、魔術師風の革マントを着た少女がいた。少年よりも幼く、髪は少年と同じ赤毛だ。
そのとき、アインズの頭上に豆電球が灯った。
うまく行けば、未だ不明なことが多いこの世界の魔法知識を得ることができる。そのためには、まずは交渉だ。
「あの、もし難しかったら断っていただいて構わないのですが、あなた方
「えっ?」
アインズからの突然のお願いに、少年は戸惑いの声をあげた。
「実はダンジョンに潜るのは初めてでして、魔法の腕には自信があるのですが、一人だとやはり不安で……」
不安そうな表情を作ると同時に、実力はあるような雰囲気を醸し出す。難しい演技だが、この瞬間の自分の態度次第で情報が手に入るのだ。
「そうなんですね……わかりました、少し仲間と相談させてください」
少年はそう言って、
昨日ジュースを奢ってくれた冒険者から聞いた話によると、
ちょうどそこまで説明した頃、少年がアインズに手を振ってきた。どうやら来いということのようだ。素直に彼らの元に駆け寄ると、少年は笑顔で言った。
「俺達のような駆け出し
よっしゃ、と心の中でガッツポーズをしながら、アインズも笑顔を返す。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
こうして少年――エリオ率いる
◆◇◆
このダンジョンは現在攻略中の七階層まであり、各階層にはそれぞれ別世界が広がっているらしい。ダンジョン入り口をくぐり、暗く長い階段を降りた先にあった景色に、アインズは息を飲んだ。地下とはとても思えない、広大な草原が目の前にあったからだ。視線を上にやれば、青空にしか見えない天井は信じられないほど高い。目を丸くするアインズにエリオが、ダンジョン内は外の時間経過と同様に夜になることを教えてくれた。他の階層には、沼地や雪原なんかもあるんだとか。
そんなわけで、場所は一階層、森付近のひらけた草むら。あくびをしたいような気分になりながら、アインズは戦闘に参加していた。
といっても、リーダーのエリオ、小柄でお調子者のギムラ、一番背の高い無口なワーディの三人が、ゴブリンと一対一で戦っているのを見ているだけだ。エリオの妹で魔術師のミヤは、三人の後方、アインズの隣でいつでも彼らを支援をできるよう、真剣な眼差しで戦闘の状況を見守っている。
ちなみに自己紹介のとき、男子三人が全員盾と片手剣を持った前衛を務める理由を聞いたが、騎士に憧れて、とか、カッコいいから、と返された。その返答を聞いたときは、苦笑しないようにぐっと腹に力を入れた。
(やっぱり
背が低い分機動力がありそうなギムラが
そんなことをアインズが考えていると、不意にパンドラズ・アクターの肉球が頬に当てられた。どうやらゴブリン以外に、何かしら敵が近づいているようだ。背後に目をやると、たしかに蛇のようなモンスターが忍び寄ってきている。隣にいるミヤは、兄達とゴブリンの戦闘に集中しすぎていて気がついていない。
ミヤより先に魔法を使うのは避けたかったが、仕方がない。アインズは第一位階の魔法の中でも単純なものを選び、唱える。
「<
アインズの周りに小さな光の球が十個現れ、一直線に蛇へと向かって飛んでいく。着弾した光球は、地面を削りながら蛇の全身をズタズタにした。
「きゃっ!」
突然出現した光球に驚いたのだろう。ミヤは小さな悲鳴をあげて、尻もちをついてしまった。
「どうしたミヤ!」
ちょうどゴブリンとの戦闘が終わったエリオ達が振り返ると、尻もちをついて呆然としているミヤが目に入る。
マズい、これ俺が押し倒したとか思われる? そう思ったアインズは、焦りを隠しつつ蛇の残骸を掴んで説明した。
「すみません、こいつに魔法を撃ったのですが、驚かせてしまって」
アインズが掲げた死骸を観察するエリオ。すぐに該当するモンスターを思い出したのか、はっとした顔をした。
「ブッシュスネーク! 後ろから来ていたのか」
「噛まれてたら危なかったッスね」
ギムラの言葉に、ワーディが青い顔で黙って頷く。
「ミヤを助けていただき、ありがとうございます!」
エリオは身体を直角に折り、アインズに礼をした。俺ッチからもありがとうッス、とギムラ、無言のままのワーディもぺこりと頭を下げてくる。彼らの中では、アインズが間一髪のところでミヤを助けたことになったらしい。
「臨時とはいえ、俺も
アインズがそう言うと、頭を上げたエリオが心底安堵した表情を浮かべた。
「臨時でも、あなたを加入させてよかったです……」
やはり見知らぬ人間を飛び入りで参加させたことに、多少不安が残っていたのだろう。これでその不安が払拭できていればいいが、とアインズは考える。
「ミヤ、お前もお礼を……」
エリオがそう言いかけたとき。尻もちをついたままだったミヤが、まるで弾かれたように立ち上がり、アインズにぐいっと迫ってきた。
「い、今! 詠唱破棄しましたよね?!」
「詠唱破棄?」
いや、詠唱しましたけど? という言葉をアインズは寸前で飲み込む。
「その歳で、
キラキラたした瞳でアインズを一心に見つめるミヤ。その詠唱破棄がなんなのかわからないため、すごいと言われてもアインズは戸惑うばかりだ。
「ミヤ、お礼。あと、あれやってくれ」
エリオが兄らしく妹にお礼を催促する。ナイス助け船だエリオ、とアインズは内心親指を立てた。
「あ、す、すみません! ありがとうございました!」
身体を直角に折ってお辞儀をするミヤの姿は、やはり兄妹なのだなと思わせた。
「こちらこそ、驚かせてしまってすみません」
「いえ! 私が勝手に転んだだけですから!」
ミヤはブンブンと頭を横に振ると、もう一度ぺこりと礼をしてからエリオの元へと駆けていった。
エリオ達は、倒したゴブリンから魔石を回収していたようで、手が血で汚れている。彼らの近くでミヤは杖を構え、目を閉じ意識を集中させた。
「――魔力よ、顕現し水を作り形をなせ、ウォーターボール!」
ミヤが言い終わると同時に、ミヤの前の空中に、直径一メートルほどの水の球が出現した。ふよふよと浮かぶそれに、ギムラがまず手を突っ込んだ。それでも水の球は弾けることはなく、エリオとワーディも続いて手を入れ、血を洗い流している。
「今のが詠唱……」
アインズは驚きを隠しきれない様子で、顎に手を当てて考え込む。
元いた世界にも水を生み出す魔法は存在したが、あんな呪文はもちろんなかった。魔法の仕組み自体を改変するワールドアイテムもあるが、あれも使い捨てのアイテムだ。不要だった呪文を、わざわざ必要にする。そんなことのために、あれを誰かが使ったとは考えられない。ここが異世界である、という前提が正しい可能性がより高まった。
しかし、ミヤより先に魔法を使ってしまったのは良くなかったなと、アインズは反省する。ブッシュスネークなる蛇を倒すだけなら、別の方法を取るべきだった。やはり情報が足りない。どうにかしてミヤに魔法のことを教えてもらいたいが、既にミヤはアインズのことを自分より上級者だと思ってしまっている。なんと言い訳をして、彼女に教えを請おうか。
そんな思案をしていると、アインズの頬をパンドラズ・アクターが二回、ちょんちょんと触れた。一回は単体の敵の接近、二回触れるのは集団の敵の接近の合図だ。
「何か来るようです。みなさん警戒を」
アインズが警戒を呼び掛けると、一息ついていた皆の顔色が変わる。辺りを見渡すが、草原のほうには敵の影はない。となると、敵が来るのは森の中からだ。森のほうを見つめる五人と猫一匹。しばらくして、それらは木々の影から顔を出した。エリオが驚きの声をあげる。
「グレートブッシュウルフ! なんでこんな浅いところに?!」
それらは、草木に紛れて獲物に近づくのが得意そうな、迷彩柄をした狼の群れだった。エリオのセリフから、あの狼は本来この辺りにはいないはずのモンスターのようだ。
一匹、また一匹と森から出てくる狼達。不思議なことに、アインズには彼らから敵意というものを感じられなかった。
「何かから逃げてきたのか……?」
アインズが呟くとほぼ同時に、森の中に残っていた狼も一斉に飛び出してきた。それを見たエリオ達が、もう駄目だ、という顔をする。だが、狼の群れはアインズ達には目もくれず、横を素通りし走り去っていく。
「た、助かった……?」
狼達の後ろ姿が草原に紛れて見えなくなるのを見ながら、ミヤがぽつりと漏らす。 しかし、今の光景は、グレートブッシュウルフが一心不乱に逃げ出すほどの敵が森の中にまだいるということを示している。そのことに思い至ったエリオが、いち早く森へと視線を戻した。そして、姿を現したそれに悲鳴をあげた。