ショタインズ様異世界珍道中   作:壊れたスプーン

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驚愕

 

 森の中から現れたのは、体長三メートルを越える巨大なカマキリだった。

 

「ふ、四つ腕カマキリ(フォーサイス・マンティス)?! そんな、どうして……!」

「あれは?」

 

 絶望的な白い顔をしているエリオに、落ち着いた声音でアインズは問いかける。

 

「三十年周期で現れるレアモンスターです! 七階層ボスよりも強くて……! 前回の出現は十年前って聞いていたのに!」

 

 エリオの切羽詰まった返答に対し、アインズはある単語に反応した。

 

「レア? あいつレアなんですね?」

 

 よく見れば、鋭く固そうな鎌が四本もあってお得そうだし、エメラルド色に輝く表皮も鎧などに加工するのに適していそうだ。

 

『ギギギギギギ!』

 

 巨大カマキリが不快な声を発する。虫の表情なんてわかりたくもないが、巨大カマキリは獲物を見下ろしニタリと笑ったようだった。

 

「て、ててて、撤退を!」

 

 ガタガタと震えながらエリオが叫ぶが、後ろにいたミヤは、今度こそ本気で腰を抜かして硬直している。それをギムラとワーディが、なんとか起こそうとしていた。

 そんな彼らの阿鼻叫喚な姿などそっちのけで、アインズはカマキリを見上げる。

 

(レアモンスターなら素材が高く売れるはず。なるべく綺麗に倒したい……)

 

 使っちゃうか、即死魔法。

 そんな軽いノリで魔法を唱えようとしたアインズは、あることに気づき慌てて口元を手で押さえる。いつも通りの詠唱をしたら、また詠唱破棄だのなんだのと言われてしまう。今後はこの世界風の、それっぽい口上を言ってから魔法を使うべきだろう。先ほどのミヤの呪文を思いだしながら、即興で呪文を口にする。

 

「えっと、魔力よ、顕現し……えー我が敵に死を与えよ!」

 

 途中で少し恥ずかしくなりながらも、なんと言い切った。

 

「アインズさん!」

 

 アインズの目の前まで迫った巨大カマキリが、鎌を振り上げている。ミヤの悲鳴のような声が聞こえるが、無視してアインズは即死魔法を唱えた。

 

「<(デス)>」

 

 鎌がアインズに向けて振り下ろされるが、途中で軌道は逸れ、アインズの真横に巨大な鎌が突き刺さる。そして、大きな音を立ててカマキリの巨体は崩れ落ちた。

 

「……え?」

 

 間の抜けたその声は、誰が発したものだろうか。エリオ達は四人ともポカンとした表情で、動かなくなったカマキリを見つめている。

 

「さて、解体して素材を回収しましょう」

 

 アインズが隣に突き立った鎌を、ノックするように軽く叩く。

 

「えええええええ?!」

 

 四人のあげた素っ頓狂な大声は見事にシンクロし、一階層の偽物の空へと消えていった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 あの後、どうにか平静を取り戻した四人とともにカマキリを解体、素材を袋にまとめた。この大荷物では一度帰ったほうが良いということになったが、今からの移動は危ないということで、一晩野営をすることに。準備をしていると、本当に空が朱に染まっていき、そして夜になった。

 

 現在五人と一匹は、簡単な料理をしながら火を囲んで座っている。

 

「俺は辺境の土地で魔術を研究する一族の一員だったんですが、ある日転移魔法が暴発して……見知らぬ土地に飛ばされてしまいまして」

 

 語るのはアインズの身の上話だ。もちろん、野営準備中に必死で考えた嘘の設定である。

 

「それで、帰宅する路銀を稼ぐために冒険者になったんです。間抜けな話でしょう?」

 

 アインズが自嘲気味に笑うと、ミヤが声をあげた。

 

「そんなことないです! あんなすごい魔法を使えて、詠唱破棄もできるなんて!」

 

 またしても、キラキラとした瞳でアインズを見つめるミヤ。さて、ここからどうしたものか。

 

「詠唱破棄って、そんなにすごいんスか?」

 

 鍋をかき混ぜながら、ギムラが疑問を口にした。ちょうどアインズが聞きたくても聞けずにいた内容だ。ナイスだギムラ、お前は虫から小動物に昇格だ。アンデッド故、人間を虫けらくらいにしか思えないアインズの脳裏に浮かぶ好感度メーターが、ぐぐっと上昇した。ちなみに礼儀正しい兄妹二人には、既に仔リスくらいの親近感を抱いている。無口で何を考えているか不明なワーディは、カブトムシくらいだ。

 

 ギムラの質問にミヤは少しだけ口を尖らせると、お姉さんぶった口調で話しはじめた。

 

「いい? 魔法はね、戦闘級(コンバット・クラス)戦術級(タクティクス・クラス)戦略級(ストラテジー・クラス)の三つに分類されるの。複数人で詠唱するのが前提の戦略級(ストラテジー・クラス)は除くとして、戦術級(タクティクス・クラス)の魔法を一人で使えるかが魔術師として一流かどうかの壁なの。大抵の人種(ヒューマン)は、魔術師になれたとしてもその壁は越えられない。ましてや詠唱破棄なんて……」

 

 はへー、そうなんだ。一回で覚えられる気がしないわ。

 そんな馬鹿みたいな感想を押し殺し、アインズは相づちを打った。

 

「そうなんですね」

 

 アインズがそんな反応をしたのが意外だったのか、ミヤは怪訝な表情をした。

 

「俺の一族の魔法はその、オリジナルでして、どのクラスに分類されるのかわからないんです……」

「オリジナル……」

 

 苦しい言い訳だったのか、ミヤの表情がさらに険しくなる。だが言ってしまったものは仕方がない、このまま押し切るしかない。アインズはミヤを真っ直ぐ見据え、直球に告げた。

 

「だからミヤさん、もっと俺に魔術のことを教えてくれませんか?」

 

 険しい顔から一変して、キョトンとした様子のミヤ。やはりただ頼むだけでは相手にとってメリットが薄いか、とアインズは続けて言った。

 

「あの、授業料が必要でしたら、さっきのカマキリの素材を換金して……」

 

 そこまで言いかけたところで、ミヤが勢いよく立ち上がる。

 

「じゅ、授業料なんて! 私でよければ、いくらでも!」

 

 よっしゃ、と本日二度目のガッツポーズを心の中ですると、アインズは笑顔を浮かべた。

 

「ありがとうございます! よろしくお願いします、ミヤ先生」

 

 突然先生と言われたミヤは、また一瞬キョトンとして、それから顔を赤らめながらブンブンと横に振った。

 

「せせせ、先生なんて! そんな!」

 

 そんなミヤの態度がおかしくて、アインズはくすりと笑いながらミヤを見上げる。

 

「それとも、師匠のほうが良かったですか?」

 

 イタズラっ子の笑みを浮かべるアインズの態度とミヤの慌てように、ギムラがケタケタと笑った。

 

「ミヤちゃんよかったッスね! 初弟子ッスよ!」

「〜〜〜!!」

 

 ギムラにからかわれたミヤは声にならない声をあげながら、ギムラの背をポカポカと叩いている。それを見たエリオとワーディも、くすくすと笑っていた。

 そんな温かな空気の中、アインズは一人、この後どうやって食事を断るか考えあぐねるのだった。

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 ダンジョン三階層、沼地。

 足元が悪く、出現するモンスターも毒を持つものが多いそこは、一階層と比べると格段に難易度の高いエリアだ。その分三階層で得た素材や魔石は高く売れるが、そこを狩場にできる冒険者はあまり多くはない。

 

 そんな階層で、野営中の冒険者PT(パーティ)がいた。四人全員が人種(ヒューマン)男性で、レベルは五十前後。この沼地での冒険に慣れた熟練者達だった。交代で二人ずつテントで睡眠を取り、残りの二人は夜番として見張りをしている。

 小さな焚き火を前に、二人の夜番のうちの一人、野伏(レンジャー)のスバランが口を開いた。

 

「先日ギルドであった一件知ってるか? 冒険者登録をしたばかりの人種(ヒューマン)の少年が、例のクマ獣人種の奴をのしちまったってやつ」

 

 こういったときに話題になるのは、当然冒険者関連のニュースだ。スバランが選んだのは、最近一番興奮した話である。

 

「知ってるに決まってるだろ。聞いたときはスカッとしたぜ」

 

 もう一人の夜番、戦士のギルバートがパシンと自身の膝を叩きながら答えた。

 

「嫌な奴だったもんな、あのクマ野郎。あれで少しは懲りればいいんだが……」

 

 初心者イビリをする獣人として有名だったクマ獣人の姿を思い出しながら、スバランは手にした白湯を一口飲んだ。

 それに対しギルバートが、今度は自分の番だとばかりにスバランに話を振る。

 

「あの少年なら、今ミヤのいるPT(パーティ)と一緒に行動してるんだろ」

「そうなのか? それは初耳だな」

「やっぱりお前知らなかったか」

 

 ミヤ――あの赤毛の魔術師の少女は、人種(ヒューマン)冒険者の間ではそこそこ顔が知られていた。人種(ヒューマン)で魔術師の冒険者、しかも女性というとかなり希少な存在だ。ミヤが最初この街にやってきたときは、多くの勧誘の嵐に見舞われたらしい。兄とその幼馴染達とPT(パーティ)を組むことが決まっていたため、勧誘した全員が撃沈したようだが。

 

「ミヤか……あそこは兄もしっかりしてるからな。皆歳も近いだろうし、仲良くやってるんだろ」

 

 十代前半の仲睦まじい駆け出しPT(パーティ)の姿を想像し、微笑ましい気持ちになるスバラン。そんな彼に、ニヤリと笑いながらギルバートは言った。

 

「それがヤバいんだよ。なんとあの子ら、四つ腕カマキリ(フォーサイス・マンティス)を倒しちまったんだと」

 

 ギルバートのセリフに、白湯の入ったカップを思わず落としそうになる。スバランはジトッとした半眼になりつつ反論した。

 

「は? つまらん冗談はよせ。アレが倒されたのは十年前だろ? なんでそんなのが出てくるんだよ」

 

 真っ当な反論に、ギルバートは太い腕を組みつつ、知っている噂について説明した。

 

「それは知らねーけどよ。いつもは数日潜るのがお決まりのあの子らが、潜った翌日にギルドに来たと思ったら、デカい魔石と大量の素材を持ち込んだんだと。鑑定したら、本当に四つ腕カマキリ(フォーサイス・マンティス)だったらしい」

「ギルドも公式に認めているのか……」

 

 スバランが、ごくりと唾を飲む。ギルドの冒険者総出でようやく討伐したモンスターが周期を無視して出現するのも大ごとだが、それを駆け出しPT(パーティ)だけで討伐するなんて、果たして可能なのか。

 焚き火に目を落としたギルバートが、さらに信じられないことを口にする。

 

「しかもミヤの話によると、例の少年が魔法一つで倒したんだとか」

 

 スバランは呆然として確認する。

 

「そ、それは流石に法螺……だよな?」

「わからん。ミヤが謙遜して言ったことなのか、それとも……」

 

 ミヤは人見知りの激しい控えめな性格だが、素直で良い子だ。四つ腕カマキリ(フォーサイス・マンティス)を倒したと持ち上げられたら、きっと謙遜するだろう。だが、嘘をついてまで謙遜するということはしないはずだ。信じられないような話だが、ミヤを信じるならその話は真実になってしまう。

 

(これはとんでもない逸材が出てきたもんだな……いや、逸材という言葉すら生温いかもしれない)

 

 話題の少年について考えながら、スバランは焚き木を追加しようと足元に手を伸ばし、前屈みになった、その直後。一瞬前までスバランの頭があった場所を、鋭い風が過ぎ去った。嫌な予感がし、すぐさま立ち上がり警戒態勢を取る。

 

「おい、ギルバー……っ!」

 

 未だに焚き火を見つめる姿勢の相方の名前を呼ぼうとして、途中で途切れる。彼の首に赤い筋が浮かんだかと思うと、その頭部がズルリと落ちたのだ。目を見開いたままのギルバートの顔が、焚き火で赤く照らされていた。

 

「僕様の剣を避けるとは、運の良い奴め」

 

 背後から男の声がした。スバランの後ろには、沼地が広がっていたはずだ。普通に歩けば音がする。その音を野伏(レンジャー)である自分が聞き逃すはずがない。であれば、相手は魔法的な手段で音を立てずに接近してきたということになる。それだけの魔法の使い手が、敵として自分の背後にいる。

 スバランは覚悟を決め、振り返る。

 そこにいたのは、一人のエルフ種の男だった。

 

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