ショタインズ様異世界珍道中   作:壊れたスプーン

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狩人①

 

 沼地だというのに、泥はね一つない綺麗なマントの男。ハチミツ色の長髪を緩く一本に縛っているそのエルフ種は、骨格を無視すれば女性に見えなくもない。エルフ種らしい美男子だ。こんな状況でなければ見惚れてしまうかもしれない。だが、切れ長な緑色のその瞳には、人種(ヒューマン)を見下す侮蔑の感情が浮かんでいた。

 

「さて、言い残すことはあるか? 劣等種」

 

 エルフ種の男は、手にした大剣を優雅な動作で肩に担ぐ。オマエが相手では戦闘にすらならないから剣を構える必要もない、そんな態度だ。それに対し、スバランは呼吸を落ち着けることに集中した。自分一人ではたしかに勝てない相手だが、傲慢な相手には必ず隙ができるはず。その隙をついて逃げ延び、情報をギルドに伝えるのだ。そうすれば、この冒険者殺しには討伐隊が差し向けられる。それが唯一自分にできる、ギルバートの仇の取り方だ。

 

「お前、いったい何者だ……」

 

 必要なのは相手の情報、そして隙を作ること。逃走ルートを高速で計算しながら、スバランは男に問いかけた。

 

「いいだろう。貴様の運の良さを称えて特別に答えてやる」

 

 男はニヤリと口角をあげると、片手を前に突き出す。スバランは咄嗟に身構えるが、男はそんなことは気にもとめない。突き出した手の先にステータスを表示させ、歌うように名乗りを上げた。

 

「僕様はカイト! エルフ女王国、いや、周辺国家最強の騎士団、『白の騎士団』に最年少で入団を許された『さぶますたー』、未来の英雄だ!」

 

 カイトというエルフ種のステータス、そこには一五〇〇という数字があった。

 

「なっ……!」

 

 あり得ない数字を目にし、スバランは驚きの声を漏らした。その反応に、カイトは満足げな笑みを浮かべている。

 

 

 

 成長限界、と呼ばれる概念が存在する。

 レベルというものは、無限に上がるわけではない。一定まで上がると、それ以上は上がらなくなってしまう。それが成長限界だ。

 成長限界の数値は、種族ごとに異なっている。例えば劣等種と呼ばれる人種(ヒューマン)が最も低く、レベル百前後で成長限界を迎える。成長限界数値の幅が広いのが魔人種で、三百から千。水準が平均して高いのがエルフ種、ダークエルフ種、竜人種(ドラゴニュート)で、およそ千と言われている。

 

 

 

 このカイトという男は、その成長限界を大きく超えたレベルを持つ化け物、ということだ。

 

「チクショウっ!」

 

 スバランはなかばヤケになって、懐から煙幕を取り出し投げつける。すぐさま白い煙がたち、辺り一面に広がると同時に、カイトに背を向けて駆け出した。

 しかし、三歩も進まぬうちに後頭部に衝撃が走る。殴られたのだと気づいたのは、浅い水たまりに顔を突っ込んだ後だった。ドクン、ドクンと、鼓動に合わせて後頭部から血が流れ出ていくのを感じる。体温が急激に下がり、意識が遠のく。

 

「ふん、小賢しいマネをする……」

 

 くそエルフが、いつか必ず報いを受けるときが来るぞ。そう言いたかったが、口を動かす力も残っていなかった。そうして、スバランの視界は永遠に暗転した。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 カイトが倒れ伏した劣等種を足蹴にしていると、後ろから声を掛けられた。

 

「カイトさん、その男、生きてますよね?」

 

 振り返らなくても声の主はわかっている。片眼鏡をかけた、笑顔が胡散臭いダークエルフの男、ヤナークだ。

 

「ああ、思い切り殴りつけてやったが、今すぐ治癒すれば間に合うだろ」

 

 カイトがそう言うと、ヤナークは慌てて劣等種に駆け寄り、治癒魔法をかけ始めた。

 しばらくして、ヤナークがゆっくりと立ち上がる。劣等種は一命を取りとめたようだ。まあ、この後死ぬよりも酷い目に遭うのだが。そんなことを考えているカイトに対して、ヤナークが嘘くさい笑みを向けてきた。

 

「本当に素晴らしいですね、その剣とカイトさんの力は」

「ふん、当然だ」

 

 カイトはうざったそうにヤナークから目を背ける。当たり前のことを言われて喜ぶ者はいない。

 

「その剣とカイトさんのご協力があれば、当方の研究はさらに迅速に進むでしょう!」

 

 ヤナークは、カイトのそんな様子を気にすることなく世辞を口にする。つまらない、聞き飽きたセリフだ。

 

「ですが、そのためには実験材料が必要不可欠。カイトさん、くれぐれも殺しすぎないように、お願いしますね」

 

 その小言も、既に聞き飽きていた。

 

「チッ……わかっている! だから早くオマエの研究を完成させろ」

 

 苛立ちながらそう吐き捨てると、カイトは再びステータスを表示させた。

 

 一五〇〇。その数値は、もう何年も変わっていない。たしかにカイトは、一般的なエルフ種の成長限界を超えたレベルを手にしている。しかし、それはカイトの成長限界が常識よりも上だっただけ。レベルは一五〇〇から動かなくなり、それからカイトにとっての地獄が始まった。

 

『カイトの奴、もう成長限界が来たらしいぜ』

『あんなレベルで止まっちまうなんてな。あれで団長の座を狙ってたとか、ほんと笑える』

『だよなー。ま、俺アイツのこと嫌いだし、ざまぁって感じだな』

 

 そんな陰口を聞こえるように言われる日々に、カイトは耐えられなかった。

 そんなときに出会ったのが、ダークエルフ孤島国を追われた研究者、ヤナークだった。彼の研究内容は、成長限界を突破させる方法についてだ。

 最初はそんなことが可能なのかと訝しんでいたカイトだったが、同時期にこんな噂を耳にした。曰く、成長限界が来たエルフ種が、ある日粗相をした人種(ヒューマン)奴隷を斬り殺したところ、再びレベルが上がるようになったという。

 ヤナークはカイトに囁いた。国を離れ、もっと自由に劣等種(ヒューマン)を殺してまわり、成長限界を突破さよう。そのついでに、実験体集めに協力してくれないか、と。カイトはその話に乗った。手土産として、エルフ女王国の国宝である剣を持ち出すことに成功。それからは、ヤナークとともに逃亡生活が始まった。

 

 カイトはステータスを見つめながら、手にした大剣――グランディウスを強く握りしめる。このダンジョンに潜ってから、すでに何匹も劣等種を殺しているが、レベルは上がらない。いつになったら、自分を見限った母国の連中を見返せるのか。

 すぐ近くから、ヤナークが劣等種を腑分けする不快な音がしている。成長限界さえ突破できれば、こんな男とつるむ必要もなくなるのに。そう思い、カイトは小さく舌打ちをするのだった。 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

「本当に来ちゃったな、二階層……」

「うん……すごいね、お兄ちゃん」

「そうッスね……」

 

 赤茶色のひび割れた大地が広がる世界を眺めながら、エリオ達は呟いた。

 

 

 四つ腕カマキリ(フォーサイス・マンティス)の素材と魔石を換金した彼らは、目が飛び出るような数の金貨を手にすることになった。数ヶ月は遊んで暮らせる金額だった。怖くなった彼らは、一番、というより唯一の功労者であるアインズにお金を全額渡そうとしたが、固辞されてしまう。話し合いの末、結局金貨はきっかり五等分することになった。

 

 アインズを武器屋や魔道具屋を案内するという名目で、五人は街を巡り、アインズ以外は装備を一新させる。今までよりも良い装備に身を包んだエリオ達を見て、アインズは少しだけ満足げな表情を浮かべていた。

 さてこれからどうしようか、というときに、アインズが二階層に行きたいと言い出した。一階層の浅い場所での狩りでも足元を掬われそうになる自分達に、二階層はまだ早いと、正直エリオ達は思った。しかし今はアインズがいる。彼がいれば大丈夫なのではないか。少しだけ、将来のために様子を見てみるだけなら……と、二階層行きを決定した。

 

 そして今日、アインズの誘導で森の中を進み、あっという間に二階層へと降りる階段を発見。その間モンスターに遭遇することもなく、ほぼ最短距離だったのではないだろうか。こうして五人は、二階層の荒野に立つことになった。

 

 

「少し歩いて様子見をして、その後は一階層に戻って野営準備、って感じですかね」

「そうですね、それが良いと思います」

 

 アインズの言葉に、エリオが同意する。いきなり二階層で野営するのは、流石に怖かったからだ。アインズ抜きで夜番をしていて何かあっても、対処できる自信がない。

 

「あの、アインズさん……」

 

 ミヤがアインズのローブを、くいと引っ張る。

 

「どうしました、ミヤさん」

 

 振り返ったアインズに、ミヤは思ったことを口にした。

 

「アインズさんがいなかったら、私達が二階層に到達するのは、もっとずっと先になっていたと思います」

 

 思いがけない報酬が手に入り、装備をグレードアップしていなかったら。そして何より、アインズという存在がなかったら、この景色は見られなかった。

 

「だからあの……本当に、ありがとうございます」

 

 感謝はすぐ相手に伝えなさい。故郷で母からよく言われていたことだ。だからミヤは、感じた想いをストレートにアインズに伝えた。

 

「こちらこそ、ミヤさんには色々なことを教えていただいて、お礼を言わないといけないのは俺のほうです」

 

 急にお礼を言われ、アインズは少し戸惑った様子だが、眉尻を下げつつお礼を言い返した。

 

「そんなこと……! 私の知識では、大したことをお教えできなくて……」

 

 両親を亡くしてから学費を払えなくなり、魔術学校を中退していたミヤには、魔法の基礎しか教えることができなかった。それでもアインズは新鮮な面持ちで、いつも真剣に話を聞いてくれた。

 アインズは優しい口調でミヤに反論する。

 

「そんなことないですよ。俺は本当に、とても助かりました。あと、お礼を言うならエリオさんに。俺をPT(パーティ)に入れる最終判断をしたのは、エリオさんでしょう?」

 

 たしかにアインズの言う通りだ。ミヤは兄の手を取り、真っ直ぐな目で言った。

 

「お兄ちゃん、ありがとう!」

「お、おう……」

 

 ミヤの圧のある感謝に、エリオは若干引き気味だ。そんなエリオに、ギムラがそっと話しかける。

 

「ミヤちゃん、ついに春が来たんスかね?」

「なっ……!?」

 

 それを聞いたエリオが、裏返った声をあげる。まだまだ小さいと思っていた妹が、ついに初恋をする歳なのか。嬉しいような寂しいような気持ちでエリオは目を閉じ、腕組みをした。

 

「あ、アインズさんが相手なら、兄ちゃん応援するからな!」

「ぇえっ?!」

 

 そんな兄の宣言に、今度がミヤが裏返った声をあげた。顔面が一気に熱くなるのを感じながら、慌ててブンブンと首を横に振る。

 

「ち、違う! そんなんじゃないもん! ただ、いつもと違う景色を見たら、なんか感動しちゃって……」

 

 そこまで言って、ミヤは景色へと視線を向ける。森と草原が広がっていた一階層とは、全く異なる光景。ゴロゴロと大きな岩が転がり、植物はほとんど生えていない、荒れた土地だ。しかしミヤにとっては新鮮で、口から感謝が自然と出るような貴重な経験だった。だから、アインズに対するこの気持ちは、きっと初恋と呼ばれるものではない。そんな言葉では表し切れない、もっと大事なものだ。

 ミヤが遠い目で、少女特有の甘酸っぱい気持ちに浸りかけていたときだった。ふいに、視線の先の岩陰から一人の男が姿を現した。

 

「おーい、お前さん達!」

 

 壮年と思しき人種(ヒューマン)男性が、こちらに向かって手を降っている。彼の後ろには、PT(パーティ)メンバーも数人いた。

 

「こんなとこで立ち止まって、何してるんだー?」

 

 ダンジョン内での自分達以外の冒険者との接触は、良いことよりも悪いことのほうが多い。モンスターや野営地の取り合い、最悪はカツアゲなどもあり得る。実力以上に質の良い装備をしている自分達は、格好のカモだろう。

 警戒するミヤ達を見た男は、少し困ったような表情で両手をあげた。武器を持っていないことのアピールだ。大声を出さなくても対話ができる距離で立ち止まり、男は改めて口を開いた。

 

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