「悪いな急に声掛けて。俺達はお前さん達に危害を加えるつもりは無い。ただ、急いで教えたいことがあってな」
男の真摯な眼差しに、エリオ達は少しだけ警戒を解いた。
「何かあったのでしょうか?」
エリオが代表して質問する。その問いに、男は低い声で答えた。
「……冒険者殺しが出たんだよ、それも多発してる」
その答えに、アインズ以外の全員が息を飲んだ。
冒険者殺し――ダンジョン内で発生する殺人事件、およびその犯人の呼び方である。
ここ数日で、不自然なほどにダンジョンからの未帰還者が続出。ギルドから調査チームが派遣された結果、モンスターとの戦闘で落命したとは思えない傷を負った冒険者の死体が複数発見されたのだという。
「調査しに来たドワーフ
ひどく険しい表情で、男はエリオ達に忠告をした。エリオは青い顔をしながらも、しっかりとお辞儀をする。
「わかりました。教えてくださり、ありがとうございます」
「いいってことよ。あ、あと戻る途中でこのことを知らなさそうな冒険者がいたら、忠告してやってくれ」
ミヤは男の厳つい印象から勝手に警戒してしまったことを、少し恥じた。彼はギルドに所属する冒険者全員を仲間だと思って心配する、優しい男だった。彼はミヤ達に手を降ってから、
「ど、どうするッスか、リーダー」
エリオと同様に青ざめた表情のギムラが、エリオに問いかける。
「忠告通りに戻ろう。命より大事なものはない」
エリオの判断は早かった。ダンジョンに潜って手ぶらで帰るなんて、本来ならば赤字だ。だが今のエリオ達は、その程度の赤字は気にしなくても良いほどの手持ちがある。気にしなくてはいけないことがあるとすれば、ここまで連れてきてくれたアインズの意向だ。
「アインズさんも、それでいいですか?」
「はい、エリオさんの意見に賛成です。みなさんはどうですか?」
アインズは即答し、他のメンバーにも意見を聞いた。
「わたしも、賛成」
「俺ッチも賛成ッス。ワーディは?」
ギムラに呼ばれたワーディも、こくこくと激しく首を縦に振った。
「全員賛成だな。じゃあ出口を目指そう」
エリオの声掛けに、全員が頷く。
ミヤは震える手で、杖を強く握りしめた。どうか全員無事にダンジョンを出られますように、わたし達をお守りください女神様。そう祈りながら、先頭を行くエリオに続いて荒野を後にした。
◆◇◆
撤退すると言っても、ダンジョン出口まで全速力で走れるわけではない。野営の荷物もあるし、途中モンスターに遭遇、戦闘になってもいいよう、体力を残す必要もある。
エリオ達は元々一階層の深部で野営予定だった。時間配分も当然そのつもりでしている。つまり、ダンジョンを夜闇が支配する前に出口に辿り着くのは、飛行の魔法でも使わない限り不可能、ということだ。
空の端に紫がにじみ出した頃、エリオ達は一階層の中ほどにいた。このまま進むか、それとも留まるか、決断する必要に迫られる。
「お兄ちゃん、どうしよう……」
落ち着かない様子の妹が尋ねてきた。その手はカタカタと震えている。
夜のダンジョンを進むのは危険だ。そんなことは子供でも知っている。しかし、今からここで野営をして、冒険者殺しに遭遇しないという保証もない。
エリオが逡巡していると、アインズの肩に乗っている猫――に見えるが、魔獣らしい――が、にゃあと低く鳴いた。行動をともにして数日経つが、鳴き声を聞いたのは初めてだ。主であるアインズも驚いているようだった。
何かあったのだろうか。そう思い、口を開けかけたとき。後方から男の声がした。
「オマエ達、こんなところで何をしてるんだ?」
アインズのペットが鳴いたことを忘れるほど、エリオは驚いた。即座に振り返ると、フードを被った四人組がこちらに向かって歩いて来ている。彼らがそこまで接近していたことに、気が付く者は誰もいなかった。辺りは草原で、二階層の岩のように姿を隠せる障害物もない。降って湧いたように、彼らは突然現れたのだ。
「何かトラブルでも?」
そう優しく声を掛けてきたのは、一番身軽そうな長身の男だ。
「い、いえ、そういう訳ではなくて……」
嫌な胸騒ぎがして、なんと答えるか迷ってしまう。
「あ、リーダー。あのヒトら、あのこと知らないんじゃ……」
そうギムラに話しかけられ、二階層で頼まれたことを思い出した。
あのヒトは見かけによらず良い冒険者だった。彼らももしかしたら、事件のことを教えようと自分達に声を掛けてきたのかもしれない。もし逆に、冒険者殺しのことを知らないならば、今度は自分達が教える番だ。
そう結論を出したエリオは、胸中のざわつきを無視して、まずはフードの彼らに確認した。
「あの、冒険者殺しが出たことをご存知ですか?」
「冒険者殺し……?」
どうやら彼らは事件を知らないようだ。エリオは、冒険者殺しの調査が行われていること、忠告をしてくれた冒険者がいたことなどを、丁寧に説明した。
話を聞き終わった男は、
「なるほど、なるほど……」
と呟きながら、状況を整理しているようだった。
あなた方も、できる限り出口を目指したほうが良いと思います。エリオはそう言いかけたが、男のため息によってそれは遮られた。
「まさか冒険者ギルドの対応がここまで早いとは、予想外だな」
「そうですね、もう少し目立たぬよう行動すべきでしたか……」
二人の会話に、一瞬頭がフリーズした。次の瞬間には脳みそは再起動し、それと同時にエリオは声をあげる。
「冒険者殺し……!」
「はんっ、そうだよ! 察しの悪い虫けらが!」
男は笑いながら、もう不要だとばかりにフードを脱いだ。フードの下にあったのは、ハチミツ色の長い髪と、エルフ種の証である尖った長い耳。
「わざわざ情報を教えてくれた礼だ。苦しまないように殺してやる!」
背中に背負っていた荷物を男は手に取り、布をはぎ取りながら前へ突き出す。荷物だと思っていたそれは、美しく輝く大剣だった。
「カイトさん! 全員は殺しちゃ駄目ですからね!」
もう一人の男も、いつの間にかフードを取っていた。露わになった浅黒い肌と尖った耳は、ダークエルフの特徴だ。
「チッ、わかっている!」
ダークエルフの言葉に、カイトと呼ばれたエルフは舌打ちをし、エリオ達を舐めまわすように観察した。誰を生かして残すか考えているのだろうか。あのダークエルフが、全員殺してはいけないと言った理由は想像もつかないが、悪い予感しかしない。
全員走れ。そう叫ぼうとするが、喉が引きつって声が出なかった。全員で、たとえバラバラの方向に走ったとしても、突然現れた彼らから逃げ切ることは果たしてできるのだろうか。ならばどうするのが最適解なのだろう。足をガクガクと震わせながら、エリオが高速で思考を回転させる。せめて妹だけでも、そんな考えが浮かんだとき。
「<
アインズが短く呟いた。その直後、アインズの目の前に、ぽっかりと黒い穴が空いた。
「なっ、え……?」
驚きの声は誰のものか。自分の口から漏れたものかもしれない。
その穴は高さ二メートルほどで、縦に少し伸びた楕円をしている。光を受け付けない漆黒のそれは、地獄に続く穴だと言われても信じてしまいそうだった。
驚くエリオ達に、アインズが静かに説明した。
「転移魔法です。冒険者ギルドに繋ぎました。みなさんはこれを通って、ギルドに報告を」
それを聞いたエリオ達、そして聞こえていたらしいダークエルフの男も、目を見開いた。
転移魔法。存在はするが、使用可能な魔術師は両手で数えるほどしかいない、超級の魔法だ。使用者を転移させるマジックアイテムもあるが、王族や高位の貴族がいざというときのために所持しているくらいで、一般に出回るものでは決してない。
驚いたエリオだったが、アインズの言い方に引っかかり、問いかけた。
「あ、アインズさんは?」
なんてことはない気軽さで、アインズは答える。
「この転移魔法の人数制限は四人なんです。だから俺はここに残って、あいつらを足止めします」
「そんな……!」
ミヤが悲鳴に近い声をあげた。そんなミヤを落ち着けるように、アインズは優しく諭した。
「大丈夫、俺が強いのは知っているでしょう?」
「それはそうです! でも……!」
ミヤはアインズを否定しようとして、言葉を詰まらせる。
ミヤの気持ちもわかる。アインズがいくら強いといっても、彼を危険な状況に置いたまま、自分達だけ先に逃げて良い理由になるのだろうか。恩を仇で返すようなマネはしたくない。だが、自分達が残っても何も出来ないことは、頭では理解していた。
「カイトさん! あの黒い子供は必ず生け捕りにしてください!」
興奮した様子のダークエルフの、不穏なセリフが聞こえる。アインズは鋭い声で言った。
「<
「行かせるか!」
エルフが叫びながら、放たれた矢のような勢いで突っ込んでくる。
「<
アインズの声に合わせて、距離を縮めてきたエルフと黒い穴の間に、多量の人骨らしきもので構成された大きな壁が出現した。壁にエルフが激突する音、それからエルフの罵声が聞こえる。
その時点で、ミヤ以外は覚悟を決めた。
まずギムラが穴に足を入れ、それからミヤの腕を掴む。ミヤが何か言うよりも先に、ワーディがミヤの背を穴へと押し込み、ワーディ自身も穴へと入った。
エルフが壁を壊そうとする異音が響いている。
「すぐ援軍を呼んできますから!」
エリオはそう叫び、穴へと飛び込んだ。
一瞬の浮遊感の後、目に映る景色が一変した。
そこは見慣れた冒険者ギルドの建物の中だった。突然現れたエリオ達に、周りの冒険者も受付嬢も皆驚いている。
アインズを疑っていたわけではないが、本当に転移したことにエリオは驚愕した。先に行ったギムラ達も、その場にへたり込んでしまっている。エリオも張り詰めていた緊張の糸が切れそうになるが、そんな余裕はない。エリオは脚に力を込め、フロア全体に聞こえるような声で叫んだ。
「冒険者殺しです! 場所は一階層! 相手はエルフとダークエルフです!」
その場にいた者達が、一気にざわつく。騒ぎを聞きつけた、ドワーフ種のギルド長がエリオ達の元に駆け寄ってきた。
「お前達、いったい……」
ギルド長の言葉を遮って、エリオは両手で彼の肩を掴む。
「討伐隊……今すぐ討伐隊を出してください!」