あぁ だが、マシンが 夢など かなえては くれない
終末を呼び込む暗黒の潮
流れる水は光を呑み込む暗闇。それが大地に流れ込めば人々は狂気に蝕まれ、神をも気高き魂は砕かれた
死すら救いと成り得る暗き世界は終わらぬ争いを呼び、かつての黄金の時代は血に穢れようとした
だが、それを良しとしないものが世界に存在する
暗黒の時代を迎え、神の声すらも聞こえなくなっても、神の血たる黄金を継ぎし人間が産まれ出る
それは火を追う旅の始まりを告げる福音か
神の火種を求め、壊れた世界を再創世する使命を帯びた者たちが現れたのだ
黄金裔
神を殺し、神の火種を継ぎ、新たな神へと成ろうとする英雄にして不遜たる者
オンパロスと呼ばれた世界を真に救おうとする神の血を持つ希望
「金織」のアグライア
神の火種たる「浪漫」を背負う黄金裔のひとり
人類唯一の平穏が約束された都市であり、黎明の光に照らされ続ける聖都オクヘイマの統治者にして守護者である
1000年の時を生きるアグライアはもはや人の感情が薄れ切っている
煌びやかな黄金の髪、均衡の取れた肉体、芸術と呼ぶに相応しい麗しさを持つ美女であるが人類全ての命運を肩に乗せて耐える重圧は人心に耐えられるものではない
神の権能を継ぐということは神の視点を持つ事。1000年に及ぶ統治、そして火種を追い続ける指導者としての立場は人間性の欠如を招く事に他ならない
それでいい。それでもいい
人々の安寧を願う
世界の救世を果たす
そのためなら己も、そして必要とあれば仲間の全てを使い潰す覚悟は1000年前からできている
そうでなければ神を殺すという偉業も、神権を継ぐという不敬も、壊れた世界の再創世という神話はどうやり遂げるというのか
だからこそアグライアにとって、火を追う旅路を防ごうとする動きには敏感であった
オクヘイマはアグライアが建てた国ではない
黄金裔の活動をオクヘイマに住む人々たち、そして本来の統治者であった元老院によって活動拠点として扱われ、火を追う旅路は認められているのだ
神の血を継ぐ黄金裔とて万能の超人ではない
確かに普通の人よりも強靭ではあるが"それだけ"なのだ。優れた力こそあれどもその代償が支払われている
アグライアであれば光を宿さない瞳がそれであり、高い感覚を持ちながらも盲目である事が代償だ
そして何よりも、どれだけ強くても黄金裔も血を流せば死に至る。心があるのだから悲しむ事もある
故に火を追う旅路に置いて民衆の協力は必須なのだ。決してひとりふたりで行って成せる偉業ではない。オンパロスに生きる全ての人々が英雄にならねば世界は真に救われない
そしてそれを良しとしない元凶こそがオクヘイマの元統治者である元老院であった
元よりオクヘイマの統治を担っていた者たち。それが余所者であり、いくら神の血を引くとはいえ神殺しを担う不遜なる旅を続ける輩に何千年もの歴史ある都市の統治を奪われたままでは憤慨極まるだろう
時に民衆を扇動し、時に何も知らぬ若き黄金裔を抹殺する事もある
全ては愚かなる旅路を続ける愚者を止めるために、全ては過去の栄光を自分たちのものに取り戻すために
だからこそアグライアはオクヘイマの不穏なる噂には聞き逃さないようにしている
一つの噂から黄金裔への不信に繋がり、火を追う旅路を中止されそうになったのは一度や二度では効かない
その度に元老院をこの手で解体してやろうかと思ったのは数えるのも愚かしい回数だ
アグライアから流れる金糸は都市の全てに張り巡らされてる
人としての共感性を失ったとはいえ、だからこそ下劣なる策略を見逃さないように都市に住まう者たちを監視している
そうして浮かび上がる一つの噂があった
曰く、『ヤヌサポリスの真の聖女を見た』
さて、これはどういうことかとアグライアは考える
ヤヌサポリスの聖女…これは普通に考えれば思い当たるものは一つしか存在しない
黄金裔としての道を進む事となったアグライアの師にして、火種を追う旅の切っ掛けにもなった英雄
神の一柱「門と道」ヤーヌスの火種を継いだトリスビアスだ
人類最初の半神となったトリスビアスは世界に神託を広めるべく、文字通り1000の子供に分かたれて活動を開始した
今となってはトリスビアスの元の姿を知る者は数える程度。アグライアですら師の姿は幼い子供の姿しか知らない
災厄を切り開いた英雄は最初の神殺しを成し遂げた武神セネオスを始めに数あれど、やはりトリスビアスこそが切っ掛けとしての英雄に相応しい
だからこそ、彼女を貶める行為として誰かを真の聖女と評している可能性も否定できない
暗黒の潮による世界の破滅が起きながらも神殺しを担う旅路には批判的な声があるのも否定できず、その切っ掛けを作ったトリスビアスは神の司祭からすれば聖女という肩書は認めがたいものだろう
旅路を行う上で正当性という道理、もしくは社会理念は大事な事だ
ただでさえ神の救いを必要とする心の弱い民衆がほとんどの中で、神に仕える者からの理解を得られないのはそれだけで正当性を失う事なのだ
この手の胡乱な噂はほとんどが民衆出
それも、あれが正しい、こういう解釈が面白いとくだらない理由から起きるものだ
しかし狡猾な元老院はそんな出所も定かではない噂を巧みに乗っ取り、正当性を貶めようとする
真相を調べなければならない
石板を用いてトリスビアスに確認するのも良いが、噂をはっきりさせるために本人の口から証言させるのも良いだろう
どうせ元老院の監視は常に黄金裔の聞き耳を立てている。ひとつの噂でくだらない姦計に繋がるぐらいならその前に潰すのに限る
金糸の監視範囲を更に広め、師匠がいる場所を探そうとする
普通の人間であれば情報の多さに頭がパンクするだろうが、半神と化したアグライアにとって息をするのと変わらない作業だ
オクヘイマの書物庫に"天外"からの来訪者のひとり、丹恒がオンパロスの歴史をヒアンシーと共に調べている
膨大な書物から隠された何かを探し出そうとする…それも彼らの言う開拓の一環なのだろうか
何時の日も人々が流通を行う雲石市場が騒がしい
同じく"天外"からの来訪者、赤と青の双子の姉妹が網を携えて泥棒を追いかけまわしている
気づいたらオクヘイマに住まう子供たちも参加しているひと騒動、されども騒がしくとも微笑ましさも感じるそれはオクヘイマの平穏を証明している光景
トリスビアスのひとり、トリノンを見つける
しかしどうやらもう一人の黄金裔キャストリスと共に手芸をしているようだ
…二人の邪魔をするのも悪いだろう
"天外"の来訪者である開拓者…穹がなぜか弁論をしている
相手は…確か弁論家のカレケッティスという名前だったか
どうやら余所者相手に論破されてしまったのか悔しそうな顔を浮かべているが、続けて穹が三人に分裂して煽りまくっている
───見なかったことにしましょう
不死なるメデイモス、クレムノスの王位継承者モーディス
次代の王の存在が……ふわふわのパンケーキを自らの手で作っている
どうやらそれを振る舞う相手もいるようで、トリスビアスのひとりであるトリアン、教え子にしていずれは火種を継ぐであろうファイノン、そして最後の"天外"の来訪者カービィだ
食感はちゃんとふわふわで甘いのだろう。とろけるような甘味に幼い少女の見た目をしたトリアンは一口一口で味わっている。一方でファイノンとカービィは一口で呑み込んでおかわりを要求していた
最後のトリスビアスのひとり……トリビーを見つけた
幸いにもアグライアのいる雲石の天宮から近くにある生命の花園で何かをしているわけではない
人類の平穏が約束された聖都であってもその中で更に落ち着いた空間と言えば生命の花園だろう
照らされた光によって育まれた多様な草花、花園によって生み出されて育てられた小さな生き物であるキメラがじゃれあっている
世界の終わりなどと無縁な穏やかな光景を見れば誰もが心が洗われるだろう
「師匠」
「あれぇ、ライアちゃん?どうちたの?」
舌足らずな口調をする幼き英雄トリビー
1000に分かたれたトリスビアスはもはや3人しかおらず、その中でも纏め役を担う者
長い月日を得ても変わらぬ師の姿だが、それでも命の輝きは自身の人間性同様に擦り減り切っている
いつ小さき命を散らすかもわからない中で英雄として変わらぬ精神性は1000年の月日があっても変わらない尊敬を抱かせる
世間話に興じるのも良いが要件は早々と伝えた方が良い
"天外"からの来訪者によって急速に進みつつ火種を追う旅路に明確な終わりが見えてきた
近い内にモーディスは紛争の火種を継承して半神となり、侵蝕の止まらない暗黒の潮に対する防壁となるだろう
残る火種も歳月、理性、死、天空、そして天父たる世を背負うの五つ。タナトス以外は居場所が分かっている分、これからの計画や対処はしやすい
火種を奪う第三勢力、もしくは暗黒の潮側かもしれぬ黒衣の剣士と頭の痛い事はあるが、それでも1000年の旅路がついに終楽章を迎える日が来る
そんな時に限ってくだらない噂から旅路の中止をされては溜まったものではない
噂の経緯をトリビーに説明し、何か知らないことはないかと聖女本人から聞き出そうとしていた
「んー?真なる聖女~?」
「ええ。私としては不遜極まる噂話ですが、こうも広まるとなると師匠のほうも何かご存じかと思いまして」
「ん~?んん~??あっ!!」
どうやらトリビーは何かを知っているようだ
話の真相がどうであれ、聖女からの証言であればくだらない噂も姦計として意味を成さずに消えていくだろう
「あー、たぶんアレのことね。ちょっと待ってて、今からトリノンとトリアン、ピンクちゃんも呼ぶから噂がどういうことかわかるよ」
「カービィ…もですか」
三人で一つであるトリスビアスにとって、離れた位置にいても思考や感覚は共有している
トリビーから呼ばれたトリノンとトリアンはすぐに生命の花園にやってくる
半神として空を飛べる能力があるにも関わらず、浮かんで飛んでいるカービィの足を掴んでいるトリアンの姿にアグライアも心配してしまう。傍から見れば不用意な事故に繋がるようなことは辞めて欲しかった
「あ、いいなートリアン。ピンクちゃんで浮かんで飛ぶの楽しそう」
「楽しいぞ!ファイちゃんも羨ましそうにしてたけどこればっかりは「ボクたち」の小ささの特権だな!」
「良いですね。後で「あたしたち」もやってみたいですピンクちゃん」
"ぽよ!"
「はぁ……あまり危ない遊びはしないでくださいね」
精神は肉体に引っ張られる
果たして誰が言い出した言葉なのか、アグライアもそれは正しいと思える
幼き姿となっているトリスビアスはその見た目通りにやや子供っぽいところが多く、それがアグライアの心配の元になってる事も多いのだ
「それでは聞かせてもらいますか師匠。真なる聖女とは如何なるものか」
「その前にライアちゃん、答えを言う前にここのところ、「あたちたち」に何か変化があると気づいてた?」
「……それは、関係ある話なのですか?」
「いきなり答えを言ってしまえばライアちゃんも戸惑う事は目に見えてるからだぞ!」
「トリアンはともかく「あたしたち」としてはアグライアをびっくりさせるのも不本意ではありますから」
「おい!トリアンはともかくってなんだよ!」
変化……思えばアグライアは他者への関心が失いつつあり、それは目的を共にする同志である黄金裔にも該当する
人としての共感性と関心を失えばそれはもはや人としての死に他ならない
そこまで至ればアグライアとてもはや民衆を導く存在ではなく、人であるうちに死を迎えねば黄金裔は旅路を続ける事はできないだろうと考えていた
尊敬に値するはずの師の変化すら見抜けないようになっていたか
そう心に自嘲しながらも、これまでのトリスビアスたちの行動を思い浮かべようとする
見た目、精神性、行動力に変わりはない
分割した上で1000年生きた命の輝きは残り少なく、長距離移動を可能とする「百界門」の権能を使えば容易に消えかけた火を散らす事になるだろう
だからこそ纏め役のトリビー、火種を返納をする司祭のトリノンを除く事になり、トリアンが門の役目を担っている
すでに紛争の居場所の特定と火種の回収のためにトリアンは権能を使った事で……いや待て……
ならなぜまだトリアンは生きている?生きていても、なぜ今も元気そうにしているのだ?
例え生きているならそれこそトリアンは寝たきりになってもおかしくないほどの消耗をしていたはずだ
加えてトリビー、トリノンの二人もまた、すでに熱い湯に浸かる事すらできないほどの肉体が弱まっているのに関わらず、この前のピュエロスでヒアンシーと共に湯を浸かっていた
あまりにも自然すぎて、なぜ気づいていなかったのかと自身の無関心さが進みすぎた事に嫌悪感を抱くまである
「気づいた?うふふ!「あたちたち」ってばもう何十年もピュエロスに浸かれなかったから気持ちよかったわね!」
「最後の最後に…これもまた天父の慈悲、"天外"からの祝福なのかもしれませんね」
「それじゃあ、ライアちゃん!答え合わせと行こうか!───カービィ!」
待ってましたと言わんばかりにカービィは大口を開け、三人のトリスビアスはお互いの手を握ってピンクの球体に呑み込まれようとする
アグライアとてカービィの能力はすでに把握している
呑み込んだモノを自身の力として取り込み、コピー能力として戦うオンパロスでは見た事もない異邦なる力
それはオンパロスの英雄たち、モーディスの不死性やファイノンの剣術、更にはアグライアの人形をも呑み込み、アグライアの金糸と剣の戦い方すら真似ている
だが、前述の通りにトリスビアスの生命力は枯渇してるのに等しいはずだ
そんな状態でカービィに取り込まれて無事である保証がない
しかしアグライアの考えと裏腹に、一度は呑み込んだのにすぐさまカービィは星を吐き出した
吐き出された星は三つに戻る事なく、弾けると同時に赤い髪をたなびかせる一人の女性へと変化した
「なっ…!?」
「ふぅ……こうして、この姿で貴女と顔を合わせるのは初めてだよね……初めまして、アグライア。私こそが噂の真の聖女トリスビアスだよ」
幼き少女であるトリビーを、まるで数十年の時を重ねればこうして成長していただろう姿だった
もはや感動、驚き、悲しみ…そうした感情が薄れて久しい人の身であるアグライアですら驚愕せざる得なかったのだ
目の前にいる聖女は間違いなく、伝承で語られた伝説の英雄
最も暗き闇を打ち砕く時まで走り続ける最初の半神その人であった
「最初はフレイムスティーラー……あの黒衣の剣士に狙われて避難の意味も兼ねてカービィに吸収されようと思ったんだけどね」
聖女は語る
今のオンパロスで火を追う旅路で最も危険なのは暗黒の潮ではあるが、それと同等の危険性を秘めているのが黒衣の剣士であった
火種を奪おうとする目的は不明であり、幼き頃のファイノンの故郷すら滅ぼした剣士は当然のように火種を継いだ黄金裔をも狙った
トリビー、トリノン、トリアンの三人は神の権能こそ使えても腕っぷしの強さは見た目通りでしかない
オンパロスでは随一の実力者であるファイノンとモーディスの両英雄を持ってしても苦戦を免れない黒衣の剣士に狙われては自身を守り切れないと判断するのも当然だ
故に不思議な力を持つカービィに自らを火種ごと…あわよくば例え自分の命が吸収され尽くされても次代の半神をカービィが継いでくれる事を祈っての行動だった
だが、想定を遥かに上回る不思議な事が起きた
三人は呑み込まれても逆に弾かれてしまい、吐き出された三人は合体するように1000年前の大人の姿に戻っていたのだ
そしてその力は全盛期と同様に戻っており、「百界門」の力で持って黒衣の剣士を遥か遠くの遠方へと弾き飛ばしたのだった
「……正直、俄かに信じ難い…信じ難いですが…これだけは言わせて頂きたいです……なぜ、私に言わなかったのですか?」
「ご、ごめんなさい…たぶん金糸で知ってるから大丈夫かなって言わなかった…かも…」
「いくら金糸と言えども見えない事柄には限界はあります。いえ、それよりもまた無茶な事を…」
金糸の監視は決して万能ではない
糸を千切られればその監視は届かなくなり、当然ながら都市の外まで張り巡らされている金糸と言えども暗黒の潮に呑まれた範囲を見通すことはできない
何よりもトリスビアスが黒衣の剣士に襲われ、更にカービィに一度吸収されることで自身の命を守ろうなどと……いざという時の黄金裔を守るためにアグライアとて考えてはいた手法だがまさか実行に移していたとは
「しかし…なぜカービィに吸収されることもなく、それどころかその姿に…?」
「吸収されなかったのは…たぶん半神としての火種が異物に近い反応を示してるんだと思う。カービィもよくわかってなさそうだけど」
カービィの吸収能力はご存知の通り、あらゆるものを呑み込んとするばかりの能力ではあるが何事も例外がある
代表例としてはカービィが一番の苦手である毛虫だろう。いくら食べるのが大好きなカービィと言えども虫を呑み込むことは逆にダメージを負うぐらいに苦手であった
毛虫と神を同列視するなどオンパロスの司祭が怒り狂うかもしれないが、幸いにもそれを知る者は今も泥棒を追いかけている双子の姉妹以外にいない
思考を重ねてる内にポン!と音がすると目の前にいた赤毛の女性は三分割するように幼い少女に元通り
アグライアもよく知るトリビー、トリノン、トリアンとなってた
「あっちゃぁ、もう元に戻ったか」
「うーん…もう少し合体時間を伸ばしたいですけどさすがに贅沢ですか」
「ライアちゃん、「あたちたち」にもなんであの姿に戻れるのかわからないけど…ピンクちゃんに呑まれるとご覧の通り。それにいつもより調子も良くなるんだよ」
いっそ思考を放棄したいぐらいの真相であった
そういえばカービィに吸収された経験のあるファイノンたちは妙にスッキリとした心境であった気がする
もう少し他人への、仲間に対する関心さが残っていれば気づけていただろう事に歯痒さを感じてしまう
火を追う旅路は終わりに近づき、門の使い手であるトリアンから脱落するであろうと考えられていた
しかし今であれば、もしかしたら再創世という奇跡の瞬間に三人が揃った上で見届けられるかもしれないのだ
それはある意味で「千の破片に砕かれ、異郷の地で朽ち果てる」というトリスビアスの予言は覆されたと言えるだろう
噂も真相も知ってしまえば何ということはない
幼子ではない大人としての姿であれば権能の幅が違う。大方、困った市民を見つけては合体し、ちょっとしたお節介を焼いてしまったのだろう
愛らしい幼子の三人が美しき聖女となって人々を救う。むしろ噂としてもっと広まってもおかしくなかった事柄であるが先ほどの通り、大人の姿でいられるのも数分もあるかどうかだ
これでは助けられた民はともかくとして周囲に人がいたとしても聖女の姿は見間違いか何かで終わってもおかしくない
「アグライア」
「えっ…し、師匠…?」
「ふふ…いつもなら見上げちゃうぐらい大きく育ったのに、この姿なら同じ目線になれるね」
長年の弟子を、1000年続く旅路の同志であるアグライアの考えてる事ぐらいトリスビアスには分かっている
人間性が薄れ続けても尚も人のために、世界のために、己の心を砕いてでも英雄として歩き続けている
それでもアグライアの心は人のままなのだ
本来であれば喜ばしい事があれば心が温かくなれる。悲しい事を体験すれば涙を流す
冷徹な判断を下さなければならない立場は容易に孤独を産み、それは再創世の先にある世界に自身の居場所がない事を割り切らさせてしまった
黄金裔として神託を授けたトリスビアスにアグライアを憐れむ資格はない
そのような考えは今日に至るまでに続いた数多の黄金裔、英雄たちを侮辱するのに等しい行為だ
だが、人として
だが、師として
労うぐらいは許されるはずだ
そうでしょう?
親が我が子を慈しむように、今までの頑張りを褒めるように
トリスビアスの暖かな手はアグライアの頭を優しく撫でている
それは小さな幼子の姿では行えない行為。大人の姿だからこそできる労いであった
「貴女の歩んできた道の全てを私は見届けてきた。
多くの民、多くの英雄、多くの神々の別れがあった……別れの数だけ貴女の心が擦り減っているのも知っている。
それでもと立ち上がれる強さを持ち続けているのも知っている。
だからこそ……今の貴女に私から感謝したいんだ。
私の意思を、「私たち」と一緒にここまで連れてきて"ありがとう"って」
もしもほんの少しでも人間性が残っていれば、アグライアは光を失った瞳から涙の一滴でも流しただろう
無私の人間として生き続けた一生は壊れた世界の再創世のために捧げている
アグライア個人が報われる一瞬など、本人は期待してすらいない
だけどこの一瞬、目の前の聖女に労われる事にアグライアの心は救われたのだ
「いいえ……どのような偉業の前にも最初に歩んだ者こそが世に謳われる英雄となる。
貴女がいなければ人が立ち止まり続けていた。貴女が一歩踏み出さなければ世界は停滞していた。
それは紛れないもない事実で、師匠の作り出した入り口によって人は神の庇護から歩み出す事が出来たのです」
素直に感謝の言葉を受け取ってくれないアグライアにトリスビアスは少し困った顔をしながら微笑んだ
目の前の弟子は多くを失いすぎた
火を追う旅は喪失の道。その中では命さえも些事となる
多くの友人を、多くの仲間を失った
もはやトリスビアスですら1000年前に火種を継ぎ、そして今は世界から失った黄金裔の顔がはっきりと浮かべない程だ
1000年という長い長い時の流れは当時の彼女らを知る者を片手で数えるのに足りるほどの別れを起こさせる
「あらら。もっとライアちゃんのことをなでなでしてあげたいのにまた元に戻っちゃった」
「おや……ふふ、師匠はやはりその姿のほうが可愛らしいですよ」
「へへ!ライアちゃんも元気になったことだしピュエロスに行くかぁ!」
"おふろ?"
「はい。ピンクちゃんの大好きな食べ物と一緒に楽しみましょう」
トリスビアスの姿は長持ちせず、すぐに元の三つ子に戻ってしまうがアグライアからすれば見慣れている師の姿はこちらのほうだ
それは今も世界を支え、暖かな黎明の光を照らす天父からの慈悲なのか
"天外"から来訪したピンクの球体は、1000年に渡る旅路を続ける旅人に一瞬の救いを与えた
黄金の叙事詩が書き終わる日は近い
与えられた救いを肴に、今は英雄たちにひと時の安らぎがあることを願いましょう
トリスビアスちゃん
トリビー、トリノン、トリアンの三つ子ちゃん!
むかしは1000人はいたんだって!わーお!子沢山!!
カービィに一度呑み込まれると合体できるようになってとっても美人な大人に大変身!
今では5割増しに元気になってアグライアさんを困らせているようだ