ユメニオチル   作:OrengeST

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第十三話:夢を駆ける少女

 保健室を出た三宅は、保健室の外が元居た教室とは別の空間であることに、さほど驚きはしなかった。

 

 部屋の外は、長い廊下になっていた。右を向いても左を向いても、廊下はどこまでも続いているように見える。

 廊下の両側には、教室の扉がいくつもあった。

 

 三宅は、なんとなく左に進むことにした。

 途中にある教室を都度、覗き込んで美亜子を探す。鍵がかかっていて開かないドアもあったが、三宅は機械的な動作で教室の中を確かめていく。

 どれも変哲のない教室ばかりだが、人は誰も居なかった。

 

 その間もずっと、先ほど遭遇した出来事が三宅の頭を彷徨っていた。

 

 彼女は何だったのか。

 

 ただの夢の中の幻覚に過ぎないのか。それとも、なんらかの意図をもって現れたのか。

 

 彼女は、昨晩、夢に見た暗闇の少女だったのか。黒い女とは、何か関係があるのか。何を探して欲しいのか。

 

 その問いのどれに対しても、答えを出せるほどの手掛かりはなかった。

 三宅の思考は堂々巡りをしながらも、胸の片隅では、自分が黒い女とは別の、不可思議なものに誘われつつあるような心地がして落ち着かなかった。

 

 どこまでも続いているように見えた廊下は、気が付くと十字路に行き当たった。

 

 まるで迷路だな、と三宅が苦笑したとき、そもそも、この廊下が普通では無かったことに思い至った。

 廊下の両側が教室になっていて、学校の廊下にあるはずの、外を見る窓がないのだ。それでいて自然と廊下が明るいのは、教室から漏れてくる陽光のせいだ。

 現実ではありえないはずの構造が、夢ではたやすくに作られてしまっている。

 

 三宅は、十字に交差する廊下の中央に立った。四方向、どの方向を見ても一様に同じ光景が広がっていて、廊下の両側は教室のようであるし、終点は見えない。

 

 無限に続く廊下。学校の迷宮。はたして迷宮に住まうのはミノス王の雄牛か、それとも謎めいた少女か……。

 

 はたと、三宅の漫然とした思考に、光明が瞬いた。

 

 まるで迷路だと思った情景は、行きつ戻りつする思考に似ている。目の前の光景は、そうした思考の表象なのではないか。

 

 三宅は手近な教室に狙いを定めて、その扉の前に立った。目を瞑り、その先の光景を念じてみる。相手の姿を脳裏に思い描く。

 扉の窪んだ取っ手に触れ、横に引いた。

 

「……だとすれば……」

 

 教室の中では、美亜子が椅子に座って、ぶつぶつと呟いていた。

 三宅は、ほっと息を吐いて、美亜子に近寄った。

 

「先輩、すみません。勝手に、いなくなって」

 

 声を掛けられた美亜子は、三宅に気付くと不思議そうな顔を向けた。

 

「ん? そうだったか?」

「集中しすぎですよ。かれこれ三十分か一時間ぐらいは、迷って……」

「それはないだろう。ついさっきまで、私と話していたじゃないか」

 

 今度は、三宅が不可思議な顔をする番だった。教室を出てからの出来事を、美亜子に説明する。

 

 美亜子は話を聞くと、「呼んでくれればよかったのに」と悔しそうに言った。不思議、神秘、奇妙、謎……美亜子がそんな言葉に見境が無いことは、短い付き合いだがよく知っていたので、彼女の反応は予想通りであった。

 

「すみません、突然のことで」

 

 実際には、恐怖と興味の綱引きに興味が勝っただけに過ぎないが、そのことは黙っていた。

 

「……まあ、過ぎたことはいい。その少女……夢子と呼ぶことにしようか。声だとか外観で、夢子が昨日の夢子かどうかは、分からなかったんだな?」

「ええ。昨日は声を聞かなかったし、今日は姿がはっきり見えませんでしたからね」

「だが、十代前半と思しき少女、という感覚が一致しているなら、同人物とみて構わないんじゃないか? 

 思った通りに出てきてくれるなんて、案外、夢子は協力的だな」

 

 美亜子は愉快そうに言った。その割には得られた情報は少ないし、謎の言葉を残していくしで、かく乱されているような気がするのだが。

 

「夢子の言った、『探して』って、何だと思います?」

「うーむ、なんだろうね。よくあるホラーだと、無残に扱われた生前の遺体を死霊が弔って貰いたいのだ、なんて解釈をするところだがね」

 

 美亜子は唸った。

 

「でも……それほどの無念があるようには思えなかったですよ。なんだか、迷子みたいというか、自分のことも分からないようだったし」

「迷子ねえ」

 

 物思いにふけるように呟いて、美亜子は教室の中をうろうろと歩き始めた。

 そういえば、夢子は何かを待っていた、とも言っていた。楽しみにしていたとも。あれは、いったい……。

 

 三宅の思考は乳白色の靄の中で溺れ始めた。掴んだ先から縁が崩れ落ちていくように、なかなか這い上がることができない。

 

「うーん、わからん!」

 

 突然、美亜子が降参の声を上げた。

 

「夢の中だからか、いかんともしがたいな。話はできても上手く頭が働かない。頭を使う時はコーヒーに砂糖三杯、これに限る」

 

 どさっと、側にあった机に腰を下ろして、美亜子はこちらを見た。

 

「三宅。今から目を覚まして、起きたらすぐ、記憶の新しいうちに君が見たものをメモしてくれ。

 もちろん私もそうするが、万が一、忘れてしまうということもあり得るからな」

「あ、はい。それはいいんですけど……目を覚ませって言われても、できないですよ」

「いいことを教えてやろう。人間は極度の不安や恐怖が身に迫ると、夢から覚めるんだ」

「は、はあ」

 

 美亜子は謎めいた笑みを浮かべている。

 いささか不安になるが、その笑みで夢から覚まさせよう、というのだろうか。まさかそうではあるまい。

 

 美亜子の次の言葉を待ったが、彼女は何も言わず三宅に近付いて、目の前までやって来た。

 陽光が彼女の眼鏡に反射して、怪しげに煌めく。

 

「怖かったら、目を瞑っていいぞ。見ていなくとも、効果はあるはずだ」

 

 思わずどきりとした。いったい何をするつもりだろう。

 三宅が黙っていると、そっと、美亜子が腕を掴んできた。

 

「……そうか。覚悟はいいみたいだな。なら、しっかり見ておけよ」

 

 ぐい、と美亜子に腕を強く引っ張られる。二人は一緒になって駆け出した。

 

 美亜子に注目していた視線を上げる。目前には窓ガラスが迫っていた。

 あっ、と静止を掛けようとした三宅を予想していたように、美亜子はその小さい身体を大きく跳躍させて、窓ガラスへと身体を投げ出した。

 

 その手にがっしりと、三宅を捕まえて。

 

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