ユメニオチル   作:OrengeST

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第十八話:御舟千紗都の動向は?

 優香の運転する車で御舟家へ向かう際にも、美亜子はうとうとして、眠りを堪えているようだった。

 後部座席の三宅は、ちらりと、隣に座る美亜子の横顔を見つめる。

 

 病室を出てすぐ、美亜子は通りがかった自販機で冷たい加糖コーヒー缶を発見すると、購入したコーヒーを一気に飲み干していた。

 眠気が限界に近いのだろう。今日も夢子に会おうとするなら、自分一人で臨んだ方がいいかもしれない。美亜子には休息が必要に思える。

 

 御舟家に着くと、優香に案内されてリビングに入った。綺麗に整理された、物の少ないリビングが、三宅にはどこか空虚に映った。

 

「千紗都の事、って言われても、何を話したらいいのか」

 

 三宅と美亜子がソファに並んで座り、L字型に繋がったソファに優香が座る。優香は、頬に手を当てて考える素振りをした。

 手にしたメモとペンを握りしめて、三宅は前のめりになった。

 

「前日……ええと、十二月十日の千紗都さんの様子で、変わったところはありました? どんな些細な事でも」

「朝は、いつもと変わらないようだったし……。あ。そういえば」

「あったんですか?」

「でも、ちょっとしたことよ? 晩御飯のとき。いつも、ご飯の準備ができたよって、一階からあの子を呼ぶの。

 二階の部屋にも聞こえるみたいで、呼んだら降りてくるんだけど……。

 その日は降りて来なくって、部屋まで行ったの。そしたらあの子が机に向かって、椅子に座ったまま寝てて。疲れてるように見えた」

 

 念のため、メモに書き留めた。眠りやすくなる、というのは意識不明という状態と、何らかの関係があるように思える。

 ふと三宅は、同日の部活での千紗都は、どんな様子だったのだろうと思った。

 

「先輩。その日の部活、千紗都はどうしていたんですか?」

 

 美亜子を振り向くと、美亜子はカフェインのお陰か、先ほどまでの眠そうな目に、気力が戻っていた。

 

「私は、千紗都に会っていないんだ。その日、担任教師との面談が入っててな。中途半端な時間だったから、図書室で時間を潰して、面談が終わったら帰ったよ。千紗都にはあらかじめ言っておいたが、そのときに、彼女も部室には寄らないと答えていたはずだ」

 

 優香が、思い出したように眉を動かした。

 

「確かに、その日は千紗都、早く帰って来てた。わたしが一七時頃に買い物から帰ってきたら、もう靴があったから」

「その時は、千紗都さんの様子は見ましたか?」

 

 優香は首を振った。

 学校の終業が十六時なので、千紗都がすぐに帰ったのか、あるいはどこかで何かをした後に十七時頃に帰ったのか、判断がつかない。学校での聞き込みも必要かもしれない。

 

「他にはどうでしょう?」

 

 三宅は、訊ねた。

 

「あとは……分からないわ。学校に行っている間のことは、たぶん学校の友達が詳しいと思うし」

「……さらに前日。九日の日曜日の、千紗都さんの行動を教えてくれますか。私の記憶では、友人とどこかへ行く、と話していたような気がするんですが」

 

 美亜子が、不意に口を開いた。

 

「たしかにその日は……。朝から、友達と買い物に行くって出かけて行ったわ。帰ってきたのが二十時くらいだったかな。

 ちょっと遅いんじゃないのって……心配で、叱ったのを覚えてる。なんだか元気がなそうで、晩御飯も食べないで寝ちゃって……」

 

 優香は「ごめんなさい」と言って、目元を指で拭った。千紗都の様子を思い出して感極まってしまったのだろう。彼女が落ち着くのを待ってから、美亜子は質問を続けた。

 

「普段、千紗都さんは外出しても、帰宅するのはそれほど遅くないと?」

「……ええ。それか、もし遅くなるなら、連絡を入れるように言ってたのよ」

 

 美亜子は、腕を組んで思案顔になった。一点を見つめるような眼差しで、うわごとのように口を開いた。

 

「千紗都さんが、どこかで誰かに会っていた様子は、ありますか? 友達以外で」

「……無いと思う。少なくとも、私は分からないわ。どこかに行くときは、必ず、どこに行くのか、千紗都はよく話してくれたから」

 

 三宅は、口元に出かかった言葉を呑み込んだ。

 もし千紗都が誰かと会っていたとしても、黙っていたり嘘をついていたりすれば、分からない。

 だが、そうした批判じみた言葉を千紗都に対して使うことは、三宅にはできなかった。

 

 だからこそ、続く美亜子の言葉には、心を乱されてしまった。

 

「奥さん。千紗都さんが誰かに恨まれていた、という可能性は、あると思いますか?」

「そんな……! ありえないわ、そんなこと」

 

 優香は青白い顔で、首を横に振った。

 三宅も心の中で頷く。千紗都が誰かに恨まれるなんて、よもやそんなことが……。

 

 思考の刹那に、三宅は、ぞっとした。

 

 ある。

 あるかもしれない。そして、自分はその相手をよく知っている。

 

 ……古市皐月。

 

 千紗都によってクラスメイトの面前で恥をかかされ、面目を潰された皐月は、事件以来、学校を休みがちになった。

 考えるのも身の毛がよだつから、皐月がどの高校へ行ったのかはついぞ知らない。

 だが、皐月が、自らの青春をぶち壊されたと思い、千紗都を逆恨みしていたらどうか。

 

 御舟千紗都は正義の人だった。そうした人間は、三宅のような立場からすれば恩人と呼べる存在だが、反対の、悪の立場からすれば、憎悪の対象にもなりうる。

 

 三宅は黙して、騒ぎ立てる心を必死に落ち着けた。むしろ千紗都は、人一倍、そのような衝突が多かったのではないか。

 

「……そうですよね。変なことを聞いてしまった」

 

 気落ちしたように、美亜子は呟いた。

 

「千紗都さんが」

 

 身体の底から湧き出る不快感を抑え、ゆっくりと、三宅は言葉を吐き出した。

 

「千紗都さんが、何かを怖がっていた様子は、ありましたか?」

「とても、そんな様子は……。でも、一か月くらい前、なんだか誰かに見られているような気がするって、言っていたことがあったかも。それから何もなくって、気のせいだったのねって、二人で笑って……」

 

 古市皐月の、くっきりとした鼻が思い浮かぶ。まるで、魔女の鉤鼻のような鼻。

 その瞳は憎悪に燃え、口元は醜く歪められている。

 あの女が、何らかの手段を使って、千紗都に危害を加えているのではないか。魔女は使い魔を使役する。それが夢を介して、千紗都を苦しめている……というのは。

 

 美亜子の方を見る。次なる質問を考えているのか、腕を組んでいるが、何かに気付いた様子はない。

 それも当然だろう、御舟千紗都と古市皐月の関係を美亜子は知らない。

 

 自分でも荒唐無稽だと感じる。仮に事件の背後にいるのが古市皐月だとして、千紗都を襲う動機はあっても、他の人間を襲う理由は、あったのだろうか。

 

 ……まだ、わからない。

 だが、念のため美亜子に相談してみる価値はある。とはいっても、曖昧なことで、優香に予断を与えるのは避けるべきだ。あとでこっそり、美亜子と話そう。

 

「誰かに見られていたと千紗都さんが語った場所は、どこでしたか?」

 

 三宅が問うと、自宅と学校の間の通学路という答えが返ってきた。古市皐月の家もさほど遠くはないから、彼女の疑いが晴れる話ではない。

 

 一通りの話を終えると、美亜子と優香は、千紗都の部屋へ向かっていった。

 

 三宅はソファに深く腰掛けて、背もたれに身体を預けた。眼を瞑って、優香の話に頭を巡らせる。

 

 千紗都は、黒い女の夢を見ただろうか。

 

 それは胎児が夢を見ているか、という美亜子の質問と、本質的に同義に思えた。

 本人が口にしない限りは、分からない。

 いや、本人が口にしたところで、それが事実だと確かめるすべは存在しないのだ。まるで闇の中を手探りで歩いているようだ。

 

 二階から聞こえてくる微かな足音に、三宅の焦燥感は募っていった。

 

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