ユメニオチル   作:OrengeST

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第二十四話:新たな事実

 鮎川がオカルト研究部の部室から去った後、三宅は急いで弁当を掻き込んだ。無性に空腹を感じていたのだ。

 

 闇の中に標的のしっぽを見つけて、あと少しで捕まえられそうな気がする。興奮が、脳や身体を活性化させ、エネルギーを欲していた。

 

 短い昼食を食べ終えると、もう眠気はすっかりと吹き飛んでいた。濃いコーヒーを一杯作って、身体に更なる喝を入れるつもりで飲み干す。

 

 三宅は、午後の授業のチャイムが鳴った後、部室を出て生徒相談室へ向かった。

 鮎川とすぐに病院へ行きたい気分だが、そうはいかないのがもどかしく、自然と早足になった。

 

 生徒相談室に入ると、クリーム色のスーツを着た晴陽が席に座っていて、出迎えてくれた。昨日と同じ、対面する机の廊下側に置かれた椅子に座る。

 

「今日はどうしたの?」

 

 晴陽は、嫌な顔一つせずに訊ねた。仮病には気付かれているはずだが、カウンセラーの元にやってくる生徒を邪険にはできないのだろう。

 三度目はないかも知れないので、聞けることは聞いておきたかった。

 

「先生が夢のことに詳しいと思って、聞くんですけど」

「まあ、専門は臨床心理学なんだけど……なにかな?」

「明晰夢について、知りたいんです」

 

 明晰夢。それは、科学技術ではなく、意識的にコントロールされた夢だと、美亜子から聞いたことがあった。

 

 FREAMでは、事前に夢を選ぶことはできても、自分でまったく自由に夢の中を動くことは難しい。

 美亜子と夢をシェアした時は、美亜子の介入で自意識が覚醒して夢の中で自由に動き回れたものの、今日の夢のように一人では上手くいかない。

 夢の中の少女を追うためには、その技術が必要だ。

 

「どうして?」

 

 率直な晴陽の問いに、三宅は思わず面食らった。昨日はすらすらと答えてくれたので、てっきり快く話してくれるものだと考えていた。

 

「それは、そのう……」

 

 頭を必死で巡らす。昨日、釘を刺されたばかりなので、黒い女の話は出し辛い。瞬いた眼に光明が見え、浮かびあがった恥を握りつぶした。

 

「新堂さんは、ここで話したことは、秘密にしてくれますよね?」

「……話によるね。親御さんや、先生の助けが必要だと思えば、秘密にはできないから」

 

 三宅は心持ち、俯いてみせた。

 

「それなら、たぶん秘密にしてもらえるはずです。実は、僕……気になる人の夢を見たいと思いまして」

「それって……」

 

 晴陽の顔が強ばった。

 

「ええ。御舟千紗都さんです。彼女のことを思うと、胸が張り裂けそうで……。せめて、夢の中で会えたらと」

 

 何を言っているんだ、と三宅は心の中で悶えた。晴陽の同情を引こうと、随分とポエミックな言い回しになってしまい、余計に恥ずかしい。

 真剣だという意志を伝えるために、三宅は晴陽の目を正面から見据えた。

 突然の告白に、晴陽は戸惑いつつも口を開いた。

 

「そういうこと……。でも、そういうのはあまり健全じゃないと思う。御舟さんの回復を信じて待つこと。三宅君は、そのときがくるまで、あなたの思いを大事に取っておくべきじゃないかな。明晰夢を見たところで、現実は変わらないよ?」

 

 困惑した顔の晴陽は、宥めるように言った。

 

「それでもいいんです。お願いします」

 

 三宅は、椅子に座ったまま頭を下げた。机と額が擦れるぐらいまで下げて、静止する。

 しばらく間が空いたあと、ため息が聞こえた。

 

「わかった。でも、話半分で聞いて。責任は持てないからね」

「……ありがとうございます」

 

 三宅は顔を上げ、礼を言った。恥を忍んだかいがあった。

 

「明晰夢よね。どんなものかは知ってると思うけど」

「はい。意識的にコントロールされた夢、ぐらいは」

 

 晴陽は頷く。

 

「そうね。結構、明晰夢の歴史は古くって、遡れば古代ギリシアのアリストテレスの頃からあるの。それだけ、昔の人間にも夢はなじみ深かったのね。当時は、夢の中で夢と認識出てきている夢、を明晰夢と読んでいた。近代の明晰夢研究を語るならエルヴェ・ド・サン=ドニかな」

 

「明晰夢にも研究があるんですか」

 

 思わぬ話に、三宅は驚いた。もっと、明晰夢の方法論的な話を聞けると思っていたら、意外にも科学研究の対象になっていたらしい。

 

「ええ。サンドニは、どちらかと言えば外部刺激で夢をコントロールする研究をしてた。考え方はFREAMに近いかもしれないね。もっとも、FREAMより原始的で、融通も利かないんだけど」

「どんな手法なんですか?」

 

 晴陽は、記憶を呼び起こすように、僅かに顔を上げた。

 

「いくつかあるんだけど……。例えば、起きている間にワルツを流して女性と踊るの。その後、別のワルツを流して、違う女性と踊る。こうして、寝ているときにオルゴールのワルツを流すと、一緒に踊った女性が夢に出てきた……なんて話があるの」

「なんだか、パブロフの犬、みたいな感じですね。うめぼしと唾液、とか」

 

 三宅が言うと、「そうよね」と晴陽は笑った。

 

「まあ、これではちょっと、明晰夢とは言い難いよね。時を進めると、もっと明晰夢らしい研究があるの。一九八〇年代、スティーブン・ラバーニは『明晰夢を見るぞ』という自己暗示を使った方法を編み出して、月に二十回は明晰夢を見たそうよ」

「二十回も……。あっ、でもそれって、ラバーニの自己申告ですよね。信ぴょう性はあるんですか?」

「ある程度はね。ラバーニも同じことを言われたらしいよ。というか、そもそも明晰夢の存在自体証明できないだろうって。

 だからラバーニは色々と頑張ってみた。明晰夢を見ているときに、夢の中で身体を操ることで、明晰夢を見ていることを観察者に伝えたの。

 手を握ったり緩めたりする動きで信号を送ったり、瞼の下の眼球を不自然に動かしてみたりね」

「うまくいったんですか?」

 

 晴陽が頷いたので、三宅は思わず唸った。明晰夢という形で、現実と夢が繋がったわけだ。

 

「だから、明晰夢を見ようと思えば、ラバーニみたいに『明晰夢を見るぞ』と、自己暗示してみるのがいいかもしれないね」

 

 うまくいくかは保証しないけど、と晴陽は付け足す。それでも、試してみる価値はありそうだと思った。

 

「とても助かりました」

「まあ、その、ほどほどにね」

 

 晴陽は、照れたように言った。彼女の仕事の領分は分からないが、恋愛相談までは受け持っていないだろう。なんとなく不慣れな雰囲気を、三宅は感じ取った。

 

「それじゃあ、お話はもう終わり?」

「あ、いえ。あと一つだけ」

 

 二つ目の質問は、鮎川との会話を通して思いついたことだった。

 千紗都の入院している大学病院のことである。鮎川浩司も入院していると聞いたときには、あの病院に何らかの曰くがあるのではないかと感じたのだ。

 

 ただ、それを確認するために、三宅は慎重に言葉を選んだ。晴陽の癒えない傷に触れ、彼女を更に傷つけてしまうようなことは、避けたかった。

 

「御舟さんの入院した、病院の事なんです」

 

 晴陽の顔が微かに強張ったのを、三宅は感じ取った。

 晴陽が何も口を挟まないので、話を続ける。

 

「御舟さんが運ばれた病院が、近くだからって理由だけで運ばれたんじゃないかと、不安なんです。

 さしでがましいとは思うんですが、もっといい病院があれば、御舟さんのご両親に紹介したい。

 新堂さんは、妹さんの入院で、あの病院のことをよく知ってるんじゃないかと思って……。あの病院は、どうなんでしょうか?」

 

 四年前に亡くなった、晴陽の病弱な妹。

 晴陽には、病院に良い思い入れがあるとは思えない。だからこそ、病院になにか曰くがあるとすれば、素直な情報を聞き出せると思った。

 嘘をついて晴陽の古傷を抉るのは心が痛んだが、捜査の一環だと割り切った。

 

 晴陽は、たっぷり数秒間、目を伏せて沈黙した。

 

 狭い部屋を静寂が包み、ファンヒーターの唸り声だけが音となった。喋らない晴陽を前に、三宅も視線の居所を失った。

 心臓が不安と罪悪感で押し潰されそうになる。彼女は、今も深く傷ついているのだ。

 やはり、聞くべきでは無かった……。

 

「好きか嫌いかで言えば……どうなんだろうね。わかんないや」

 

 晴陽は、ぽつりと、砕けた言い方で呟いた。カウンセラーというラベルを取り払った、ただの新堂晴陽という人間の心の声に、三宅には聞こえた。

 

「良いか悪いかでも……わからない。妹を四年前まで生かしてくれたと捉えるか、治療の甲斐なく、亡くなったと捉えるのか……」

 

 その時だった。思いつめた様子の晴陽に、束の間、底無しの闇のような陰が走った。

 

「でもね。私は究極的には、病院を信じていないんだと思う」

 

 晴陽は、それきり押し黙った。先ほど垣間見えた闇は消えていたが、一瞬の間に滲み出た彼女の底知れぬ情動に、三宅は息を呑んだ。

 

 これ以上聞くべきではないと、理性は歯止めをかけている。それは晴陽のためだけではない。

 自分が知らない方が良いことだと、感じ始めている。だが千紗都への思いが、そして何より、じわじわと胸の中を蚕食し始めた好奇心が、三宅の理性のたがを外してしまった。

 

「それは……どうしてですか?」

 

 その一言を喋る間にも、どくどくと心臓が脈打った。これでもう、引き返すことはできなくなったのだ。たとえ、彼女の語る言葉にどのような真実が隠されていようとも。

 

 晴陽は口元を結んだまま。辛そうな表情をして、じっと三宅を正面から見据えていた。そして、躊躇いがちに、口を開く。

 

「誰かを悪く言うつもりはないのよ。実際に何があったのかも、私は知らないから」

 

 晴陽の持って回った言い方に、鼓動が一層、激しさを増した。その言葉の言外には、彼女が垣間見せた深淵の片鱗が潜んでいるのを、ひしひしと感じる。

 

「……では、新堂さんは、何を知っているんですか?」

 

 晴陽がゆっくりと口を開くのを、眼で追う。

 視覚と聴覚が、まるでちぐはぐに情報を伝えたようだった。彼女の言葉だけが、三宅の耳の奥に深く沈みこんでいった。

 

「妹が……雨月《うづき》が亡くなったあとのことよ。……妹の担当看護師が、病院で自殺しているの」

 

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