その中心人物だったと言ってもいい。
だけど、僕は故郷を救うために仲間と別れる事を決めた。
あの日、別たれた道が、運命の分岐点だった。
一人でうたれる、雨は凍える様に冷たい。
「この荷物は、一人で背負うには重すぎるよ」
「僕は故郷に帰ろうと思う」
僕は、分かれ道にようやく仲間たちに切り出した。
最も古い中では、キャラバン隊で10年を共にした仲間たちだ。
「……本気なのかよ」
仲間の中でも若手の剣士が僕に詰め寄る。
「ああ、このままだと故郷は滅びる」
「困窮しているのはお前の国の人間だけじゃないっ!」
「……わかっている」
「お前は自国の人間だけが……結局は自分の家族だけが幸せなら、誰が犠牲になってもいいって言うのか?」
僕たちの運営するキャラバン隊は民衆の希望だ。
民衆から略奪を繰り返す盗賊や騎士たち。
彼らを是正する力は民にはなく、また奪われたモノを取り返すことも出来ない。
僕らのように国籍を問わず護り、時に物資を配給し復興を支援するキャラバンは他にない。
しかし、それらを成すのは綺麗ごとだけじゃすまない。
人々を救うには、まずどこかで利益を出し続けなければならない。
民衆を虐げる特権階級たちに付け込まれる隙を作らず、無法者を退け続けながら。
決して、誰にも憎まれずに出来ることじゃない。
それでも僕にとって何に代えても成し遂げたいものである。
――そのはずだった。
「誰かの幸せが、何かを犠牲にしてることくらいわかってるさ!」
「だったら……」
「それでもだ、僕が行ったからって何もできないかもしれない。 何の意味がないかも知れない、それでも見知った人間を見捨てるなんて出来るわけないだろう?」
「見知った人間ね……アンタはここにいるみんなが必要としてるんだぞ。 誰にも代わりに何てならないほどにな」
僕は言葉に詰まった。
近隣諸国の人々だけでなく、ここにいる人間を見捨てるのかとそう言われたからだ。
何も言い返せずにいる僕の肩を、隊長が叩いた。
「それくらいにしておけ。 コイツがもし故郷を見捨てるような人間なら、お前だってのこのこコイツについて来たりはしなかったろ?」
「俺は……」
若手の剣士が顔を伏せる。
そうだ、彼は僕と出会って、このキャラバン隊に参加したんだ。
僕の理想に共感する形で。
「――すまない」
僕は彼に謝罪する。
他に言える事なんてなかった。
「……目に見える人間すべてを助けたいなんて理想論だって、アンタだってわかってるだろ」
「ああ。 でも、ここは君たちがいる。 ……大丈夫だって信じられるんだ」
「勝手な事ばかり抜かしやがって。 まさか隊長はこの話を事前に聞いてたんですか?」
隊長は頭を掻きながら、苦笑した。
「ああ、まあ、お互いかなり長く話したけどな」
キャラバン隊は僕と隊長が作った組織だ。
あの頃は、隊長だなんて大層な呼び方をしてなかった。
肩を組み合って、愚痴をこぼしていただけの酔っぱらいに過ぎなかった。
それがいつのまにか、こんな大きなことをするようになって。
呼び捨てから、互いを役職で呼ぶようになり。
ただの友人ではなくなってしまった。
もちろん、未だ友情を失ったわけではない。
それでも、あの頃の関係とは全く違ったものだ。
「そんな顔をするな、恥ずべきことをしている訳じゃないんだろう?」
「どうなんだろう、自分でも時々わからなくなる」
「その今、選ぼうとしている事は自分にとって大切な事なんだよな?」
「……それは胸を張って言えるよ」
たくさんの仲間が僕たちのやりとりを見守っている。
一人一人抱えている物があって、少なからずこの長い時間にそれに触れてきた。
だからこそ、言える。
僕は決して、どうでもいいことのために故郷に戻るんじゃない。
「なら、お前は信じている道を貫け。 心のままにな」
そう言って、隊長が僕の背中を押す。
いつも見ていた頼もしげな笑みを浮かべて。
何も心配いらない、そう思わせるような笑みだ。
「俺達は左へと行く」
急な出来事で実感がわかないような仲間たち。
そんな様子だけど、みんながそれでも、と頷く。
僕の判断をわけもわからなくても、信じてくれるというのだろうか。
「さあ、右へ行け。 これはお前の分の荷物だ、自分で背負って歩いてけ」
あらかじめ、用意していた荷物を地面にどっしりと置いた。
ずい分と重そうな荷物だった。
これからはこれを一人で背負っていかねばならない。
仲間たちは僕を見送り。
その姿が影だけになっても、なお、手を振ってくれているような気がした。
涙が視界をにじませた頃、雨が降り出した。
きっと、あいつ等も同じ雨に打たれているんだろう。
もしかしたら、同じように泣いているかもしれない。
そう思って、ひたすらに故郷に向かい歩き出した。
*******
地面に伏す、かつての仲間たち。
僕の後ろに立つ、兵士が「さすがですね」と声をかけた。
「ああ、彼らのことは僕が誰よりも知っているからね」
僕はそう言いながら、彼らに近づく。
武装した兵士を引き連れて。
「……見ないうちに、出世したみたいだな」
隊長と仰いだ、かつての友人が息も絶え絶えにそう言った。
その身体には何本もの矢が刺さっている。
「……ああ、気にするな。 見た目よりは痛くはない」
冗談かのように軽い口調。
かつての友人は、地面に仰向けになりながら空を見上げる。
今にも、降り出しそうな曇り空が瞳に映った。
別れた頃と何も変わらない態度。
僕は目をそらす。
するとふと目に付いた人物がいた。
「隣にいるのは彼か?」
自分で思ったよりも、冷たい声が出た。
指したのは、僕が引き込んだ若手の剣士。
彼はすでに絶命していた。
狐の様にずる賢く、蛇のように陰湿だと各国の軍では有名な人物だった。
当の本人と話したことのある人間は、僕以外に誰もいなかったが。
「ああ、お前が抜けてからはその穴を埋めるのに必死だったよ。 後任として恥ずかしい真似は出来ないとね」
僕の後を継いだのは、彼だったのか。
これ以上なく、戦いづらい相手だった。
あんなに抜け目のない敵と戦ったことはなかった。
「もっと考えなしなタイプだと思っていた」
「考えなしだよ、だから理想の為に簡単に命を賭けたんだ。」
何を言う、賭けさせたのは……僕だ。
「泣くな、お前は自分の信じている道を貫け。 心のままにな」
泣いてなどいない。
だから、僕に優しい言葉をかけるんじゃない。
「君たちはやりすぎたんだ。 ……だから」
「わかってる」
隊長は僕が言葉を紡ぐのを止めた。
「さあ、その剣を振り下ろせ」
隊長はそう言ってあの時のように笑った。
******
「これできっと民衆は立ち上がる」
僕は呟く。
「結局、誰もが自分の幸せを願う。 生存できる椅子なんて、数少ない。 だけど、老人たちですら自分を犠牲にしてまで、飢える赤ん坊に命を捧げたりはしない」
僕は軍帽を被り直し、コートを翻す。
「生存者はいません」
報告してきた兵士を一瞥する。
「よく確認しておけ、油断できん連中だ。 ……特に幹部の首はきちんと持って帰るようにな」
あまりにも彼らは正しすぎた。
民衆は彼らに期待しすぎた。
彼らがなんとかしてくれる、と。
なにかあったとしても、彼らがすべてやってくれる、と。
ただ口を開け、与えられることを待つだけの雛のように。
そんな彼らを王たちは恐れた。
「目の前の人間をすべて助けられるわけではない、お前はそう言っていたよな」
それは間違いなく正しい。
そんな人間はいるべきではない、そう思わせる救世主なんているべきではない。
もし、そんな存在がいれば人間は簡単に考えることをやめてしまう。
人間は簡単に堕落する。
「革命の準備は出来ております、『隊長』」
兵士がにやりと、口元をゆがめた。
本当にいつのまに、僕は出世してしまったものだ。
いつかは僕がそう誰かを呼び、働いていたというのに。
地面に、ぽつら、ぽつら、黒いシミ。
とうとう雨が降り出すようだった。
ああ……どこか見覚えがあると思ったら。
「ここはあの分かれ道だったのか」
「は?」
「……いや、なんでもない」
僕は汚れた手袋を脱ぎ捨て、持っていた剣を部下に渡す。
ああ、かつての友の言葉が蘇る。
(そんな顔をするな、恥ずべきことをしている訳じゃないんだろう?)
口の中で、その頭で響く声に小さく返す。
「どうなんだろう、自分でも時々わからなくなる」
恥ずべきこと、ってなんだろう。
でも、必要な事なんだ。
他にやりようがなかったんだ。
(その今、選ぼうとしている事は自分にとって大切な事なんだよな?)
「……それは胸を張って言えるよ」
今もなお、僕は。
決して、どうでもいいことのために歩いている訳じゃない。
だけど、この背負う荷物は。
「一人で背負うには重すぎるよ……隊長」
もう見送ってくれる、誰かはいない。
それでも僕は歩みを止めはしなかった。
一人でうたれる、雨は凍える様に冷たい。