【祝・追放100回記念】 自分を追放した奴らのスキルを全部使えるようになりました! ~竜のぬいぐるみ~ 作:高見南純平
【剛糸縛り】
効果……糸を生成して、相手を拘束する。
これがドラゴンのぬいぐるみの動きを止めたスキルである。そして、糸縛りのバクサが得意とするスキルの1つでもある。
「ぐぅ、がぁ……」
「火は、吹かせない。この糸は、頑丈だ」
住処の中央、ドラゴン型のぬいぐるみは魔法の糸で緻密に縛り上げられ、動きを封じられていた。その糸は淡い銀色に輝き、時折ふわりと光の粒が舞い上がる。糸は無駄のない精密な配置で、ぬいぐるみの四肢や胴体をしっかりと押さえつつも、極力余分な力を使わないように張られている。
ぬいぐるみの口も、短い糸の結び目によって軽く閉じられている。柔らかな布地が引っ張られることなく自然な形で留められ、過剰な力で押さえつけていないことが明らかだった。これ以上炎を吐けないようにするための確実な拘束でありながら、口元にはほんの少しの余裕が残されていて、窮屈さを感じさせない。
ララクはこのスキルを使うにあたって、元の使用者である糸使いバクサのこだわりを思い出していた。
『全身ミイラのように縛る必要はない。可動域をしっかり把握すれば、効率よく拘束できる。と、信じている』
ぬいぐるみの関節部分には特に工夫が施されており、動きの要点を押さえた糸が巧みに配置されていた。これにより、相手の動きを完全に封じつつも、関節部分に無駄な負荷を与えることなく形状を保たせている。
ララクはぬいぐるみの原型を保ちつつ、再び動きを止める事ができた。
だが、やはりこのまま大人しくしてくれる相手ではなかった。
「グゥウウウ。ウゥウウ」
銀色の魔法の糸に縛られたその体から、薄く淡い煙が立ち上がり始めた。最初はほんのわずかなもので、ぬいぐるみの布地から湯気が出るようにも見えたが、次第に煙の量は増し、焦げたような独特の臭いが空気を漂い始める。
「まさか、この状態で発動する気か!? そんなことしたら……」
ドラゴンは体内で炎を生成している途中なのだ。それを維持すれば、当然体が焼けていく。
(いや、おのぬいぐるみはあくまで依り代の1つか。このまま捕まるぐらいなら、糸を燃やすためにスキルを使っているのかな)
ぬいぐるみは縛られたまま動けないが、その内部に秘められた力がなおも抗おうとしているのは明らかだった。
「ララク、このままじゃ燃えるぞアレ!」
「……ゼマさん! 協力お願いします!
【ウォーターボール】!」
ララクが両手を広げ、水系統のスキルを発動する。体内の魔力が彼の手元に引き寄せられ、次第に輝きを帯びた巨大な水の球へと変換される。その球は透明ながら、内部で波打つように揺れ動いている。
ララクが水の球を放つ。弾丸のように高速で飛び出したそれは、煙を上げるドラゴン型ぬいぐるみの上空で静止する。日光を浴びて輝く水の球は、ドラゴンの真上で不安定に揺れながら巨大な影を作り出した。その下でぬいぐるみは煙をさらに濃くし、焦げた布地がじりじりと燃え上がる寸前だった。
「ゼマさん、これを破裂させてください!!」
「っは、了解! リーダー!」
ゼマの手にはアイアンロッドが輝き、そこに内蔵された【伸縮自在】を発動。そして伸びる鉄棒を使い、渾身の力で水球を突き刺した。
ロッドが【ウォーターボール】に触れた瞬間、それは爆発するように四散した。冷たい水が轟音と共に大量の雨のように降り注ぎ、ドラゴン型ぬいぐるみの全身を濡らす。煙が一瞬にして消え去り、焦げ跡を覆っていた熱は水の勢いに押し流されるように消滅する。
「グゥウウウ!?」
ドラゴンは自分の炎がかき消されていくことが解せないようだ。魔法の水はぬいぐるみの生地に沁み込み、炎を生み出せないようにしていく。
ぬいぐるみはびしょ濡れになり、布地がぐったりと重たく垂れ下がった。魔法の糸はまだしっかりとぬいぐるみを縛っており、その拘束は一切緩んでいない。
「狙い通り、です」
ララクが行いたかったのは、〈【ウォーターボール】破裂降〉という技だった。水浸しのマジョルエルがたまに使用していたスキルの応用技。
創り出した【ウォーターボール】を破裂させるだけなのだが、もともとそういった効果はないので、魔力を内部に集中させたり、爆発させるタイミングを見計らったりなど、実は巧の技だったりする。
(これぐらいの勢いなら、ぬいぐるみも傷つかない、といいんだけど……)
ララクが直接【ウォーターボール】を当てなかったのは、威力が凄すぎて破壊してしまう危険性があったからだ。
そのため、上空で破裂させて、水を散らして降りいだのだ。
「……ふぅ、もうどうしようもできないだろ。大人しく出てきな」
「……グゥウウ……アアアァ」
ドラゴン型のぬいぐるみが静かに震え始めた。縛られた布地の隙間から、青紫色の光が漏れ出し、やがてそれは霧のように立ち昇る。光は揺らぎながらぬいぐるみの全身を覆い、煙のように漂いながら空間に広がっていく。その中から、淡い光の粒が凝縮されるように集まり始め、ふっくらと丸みを帯びた小さな存在が形を成した。
それは穏やかな光に包まれたマナスピリットという精霊だった。透明な青紫色の体が柔らかく輝き、ふわりと浮かび上がる。その姿はぬいぐるみが纏っていた魔力そのものが実体化したようで、丸いフォルムが不思議と魅力的でありながら、不気味な気配をも感じさせた。
「よし、これで終了です……って、あれれ」
「……ウグズウウウウ!」
マナスピリットの丸みを帯びた体の中央に、まるで顔のような模様が浮かび上がった。淡い青紫色の中に、怒りを露わにするかのような鋭い目の形がはっきりと現れる。その瞳に似た光点は揺るぎなくララクを捉えており、何か言葉にならない感情が押し寄せるような圧力を放っていた。
「これ以上、戦いたくはなかったけれど」
ララクは眉をひそめる。クエスト達成条件の、ぬいぐるみの確保は出来たので満足していた。だが、宿を失った精霊は怒りか、それとも新たな宿を求めてか、ララクに向かって突進を開始した。
「あらら、なつかれたんじゃない?」
余裕の歩幅でララクの元へと近づいてくる仲間のゼマ。空中を飛行している精霊を横目に、なぜか楽しげに笑っていた。
「御冗談を。(精霊は魔力の集合体だから、触れることはできない。だけど、魔力を纏えば……」
ララクは希少な精霊の対処法を考えつくと、すぐに実行した。
「【パワーナックル】」
ララクは拳を構え、短く叫んだ。
拳に集まる赤いエネルギーが一気に膨れ上がる。
ララクは意識したわけではないが、このスキルをよく使用していた男の事を思い出していた。きっと、その男の仲間たちのスキルを今回使用したからだろう。
ララクは尋ねたことがあった。『コツとかあるんですか?』と。
するとその男、巨腕のヤギグソクは答えた。
『お前に言っても使えねぇだろう。能無しが」
(ダメだ、全然参考にならない)
ララクは首を軽く振って、思い起こした会話を振り払う。
そして、突進してくるマナスピリットへと向かって拳で殴りつける。怒りの「顔」をした精霊がララクの拳と正面から激突する。
閃光が走り、マナスピリットの体は弾けるように霧散した。
「ふぅ……。(まぁきっと、シンプルに殴れ、ってことだよな)」
ララクは肩を回してほぐしていく。ララクは、所持するスキルが99%他の冒険者が使用していた物なので、参考に使用者の事を思いだす癖がある。
だが、中には特に助言をくれなかった冒険者も数多くいる。
「ララク、クエスト完了だね」
ゼマは精霊が抜けたドラゴンのぬいぐるみに目をやる。ひどくずぶ濡れになっていはいるが、目だった外傷はない。
いつのまにか魔法の糸も消えて、自身のバランスで地面に直立していた。
「はい、すぐに持ち主に返しましょう」
ララクとゼマは、精霊から取り返したぬいぐるみを持って、近くの村へ向かっていくのだった。
◇◇◇
村の広場で、ララクはずぶ濡れでぐったりとしたドラゴン型のぬいぐるみを抱えていた。布地はまだ冷たく湿っており、所々に焦げた跡が残っているが、それでも元の愛らしい姿を取り戻していた。
「おーい、ララク。連れてきたよ~」
村の奥から、ゼマの声が聞こえてくる。その後ろには、依頼主の1人である少女がいた。いち早く報告しようと、ゼマに連れてきてもらったのである。
「っあ! ブルちゃんだ!」
子供はぬいぐるみを発見すると、すぐさまダッシュでララクとぬいぐるみに近づく。今すぐにでもぬいぐるみに飛び掛かってきそうだったので、ララクは少女をそっと制止する。
「あー、まだ濡れてるから、乾いてからの方がいいよ。ギルドに報告して、ちゃんとお家まで届けるからね」
「……うぅう、よかったぁ。本当に帰ってきた!」
涙を浮かべる少女。しかし、表情は笑顔だった。
「……よかった、喜んでくれて」
ララクは、少しだけだが姿が変わっているぬいぐるみを見て、少女が不満がるのではないかと思った。けれど、それは彼の杞憂だった。
少女にとって、ぬいぐるみは家族。どんな姿であれ、再び顔を見る事ができれば、それだけで嬉しいのだろう。
少女の笑顔と共に、今回のクエスト【ぬいぐるみを取り返して】は、終わりを迎えた。
ララクたちはこれからも、人々の笑顔のために、この広い世界を冒険していくことだろう。