ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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77:怪物

「止まれ!」

 

 17階層への連絡路に向かって走ってきたアクス。しかし、()()()()()()()()()()()()を一目見たシャクティはぎょっとしながら彼らを制止させる。

 はじめこそ自分たちのことが分かっていないと勘違いしたアクスがシャクティの名を呼びながら自分の名前や所属ファミリアを伝えるが、ユーノを取り囲もうとしていることからようやく事情を把握したために大人しくするようにユーノへ伝えてから地面へ降り、無害であることをアピールした。

 

「アクス、そのユニコーンはどうした?」

 

「テイムしました」

 

「遊ばれてる……の間違いじゃないのか?」

 

 アクスが自信満々に宣言するものの、後ろでは大人しくしてもらっていたはずのユーノが彼の襟を噛んでそのまま彼を宙吊りにする。その見るからに仲良さげな様子にシャクティはどちらかが一方を従えるテイムという関係というより、まるで気心の知れたパートナーのような雰囲気を感じ取っていた。

 その雰囲気に違わず敵意も一切感じないことから、シャクティはため息交じりに近くに居たデンチに声をかけると、彼はガネーシャの顔が彫り込まれた金属のプレートをアクスに渡してくる。

 

「本当は認可を受けたテイマーにしか渡さないが、そのユニコーンがテイムモンスターである証だ。これがあれば同業者からの攻撃は格段に減る。首に下げさせておけ」

 

「良いんですか?」

 

「良いも悪いもテイムしたのだろう? 当然、講習は受けてもらうことになるしな。それに……」

 

 言い終わる前にシャクティはユーノの方をチラリと見てから『モンスターを全てテイム、もしくは討伐する』と言ってのけた。

 その反応から見るに、おそらく彼女はユーノのことを異端児(ゼノス)だと判断したのだろう。『お前に仲間を討てるのか』といった副音声が聞こえてきそうな確認であったが、ユーノは『任せろ』言わんばかりに強く嘶く。

 

「分かりました。こちらも異論ありません」

 

「……まぁ、治療師(ヒーラー)のお前には直接戦闘は頼まない。負傷者の治療や行方不明者の捜索を頼むことになる」

 

 1人と1匹の決心が固いように感じたシャクティは、アクスの配置を指示する。治療師(ヒーラー)であるということを考慮すると共に異端児(ゼノス)であるユーノには仲間である異端児(ゼノス)となるべく戦わせることは出来ないといった配慮なのだが、どうやら悟られるとまずい【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちどころか本人も分かっていないようだった。

 

「ところでなんだが、よく鞍も鐙も無しに乗れるな」

 

「知らないんですけど、乗れるんですよ」

 

 鞍や鐙というものは乗馬時の姿勢を安定させるものであり、今はそれが無いと乗れない者も居るぐらいだ。それでもアクスが平然とユーノに乗っていることに不思議そうな視線を送るが、18階層全体に響くぐらいのモンスターの咆哮に索敵の指示を出した。

 

「モモンガ! 木に登って索敵しろ!」

 

「分かりました。後、自分はモダーカです!」

 

 いつものやり取りをしながらモダーカは軽い身のこなしで木に登り、周囲を索敵する。18階層はリヴィラの町が出来るほど開けた土地だが、未だ手付かずの自然が多い。立ち並ぶ樹木に彼は難儀しながらも索敵を行っていたが、ふと天井の方を見るとハーピィやガーゴイルといった飛行可能なモンスターが等間隔という器用な飛び方で東の大森林に向かっているのが見えた。

 さらに冒険者の卓越した視力でそれらのモンスターは少なからず武装をしていることを確認するや否や、モダーカは後ろで配置指示をしていたシャクティたちに向かって叫ぶ。

 

「シャクティ団長、ヒルダさん! 武装したモンスターを確認しました! 真東に向かって飛んでいます!」

 

「おー、よくやったぞー。ナントカー」

 

「モダーカだっつってんのに、覚える気ねぇだろあんたぁ!」

 

 どこもかしこも苦労人で溢れている惨状に涙を禁じえないが、それはともかくとして……。シャクティは異端児(ゼノス)と思われる集団の思惑を推し量れずにいた。

 実はと言うと、シャクティは先んじてアクスたちに問うた『異端児(ゼノス)を討てるか』といった問いかけはまったく本気にしていなかった。というのも、ガネーシャ──ひいてはギルドからの指示で彼女たちには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という非常に手間がかかって危険が及ぶ行動しか許されていないのである。

 ガネーシャに聞いても『ギルドの指示に従え』としか言わないため、どうにか言葉を選びながら団員たちを宥めるといった構図でこうしているわけだ。どこのファミリアでも団長という役職は大変なのだ。……多分。

 

「二手に分かれるぞ! 再三言うが、武装したモンスターはテイムを施せ! 負傷者や遭難者は後方に護送し、アクスの治療を受けさせろ!」

 

『うおぉぉー!』

 

 モンスターたちの咆哮に合わせるように冒険者が鬨を上げながら大森林へと突っ込んでいく。それに混ざるように【ガネーシャ・ファミリア】と全く関係なさそうなどこぞの兎(ベル)も大森林に向かうのだが、その姿をアクスが偶然見かけてしまった。

 

「モダーカさん、あちらに人影が見えました。まだ使っていない回復薬(ポーション)は置いていくので、そちらで治療をお願いします」

 

「そうっ! そうだよ、俺はモダーカって……ちょっ! どこ行くのぉー!」

 

 無関係の人間(ベル・クラネル)がここに居るということは、少なくともフェルズやその後ろに居るであろうウラノスの関係者。そう判断したアクスは回復薬(ポーション)が入ったバックパックを【ディアンケヒト・ファミリア】の団旗で包んでから地面に置き、モダーカに一言断ってから大森林へと向かう。

 おそらくベルは異端児(ゼノス)の内情を知らず、『異端児(ゼノス)がリヴィラの町を襲撃した』というだけでここまで来たのだろうことは先ほどの行動で明白。ならば今、リドたちに会わせるのは非常にマズい。

 

 せめてラーニェやユーノたちからある程度の事情を話した状態でリドたちに会ってもらわないと、双方の言い分ばかりが先行して異端児(ゼノス)が勝手にベルを失望してしまう。今まで治療院や往診中に何度も見てきた意見や見解の相違からの決裂を思い出しながらアクスはベルを探すが……、どうやら間に合わなかったらしい。

 

「ベル様」

 

「アクス……君? どうして」

 

「巻き込まれました。その様子だと、リドさんたちに会ったんでしょうね」

 

「リドのこと知ってるの?」

 

 到底知り得ない名前がアクスの口から出てきたことでベルが驚くが、今は1分1秒が惜しい。『そんなことはどうでも良い』と現在跨っているユーノを指差しながら答えを聞いて来るアクスに、彼は走りながら事情を話し出した。

 

「リヴィラの町が襲われたって聞いて……フェルズさんの手引きで【ガネーシャ・ファミリア】に潜り込んで……リドさんが"来るな"って……。でも、僕は……僕は……」

 

「助けに行きたいと?」

 

 しどろもどろに答えていくベルに対してアクスはズバリと言うが、それでも彼は煮え切らない様子だった。

 一旦否定された存在を『それでも』とお節介を焼くのは相当な勇気がいる。ただ、その勇気がなければ両者の関係はそのまま修復されず、ぶっつりと切れてそのまま……なんてことはオラリオではよくある話だ。

 しかし、その決断は()()()()()()()()()()()。アミッドがよく言っていた『あなたが決めなさい』というやつだ。

 

「ベル・クラネル」

 

「フェルズ……さん」

 

 すると、タイミング()()フェルズがやってきた。一応のやり取りを共有し、今後どうするかをアクスは再びベルに聞く。未だ答えが出ないのか新たにやってきたフェルズにベルは救いの手を求めても、フェルズは頑として『君が決めるんだ』と譲らない。

 

「君はここで降りても良い。元々これは私たちの問題だ。だが、君がここで降りたら2度とウィーネ……あの竜の少女に君は近づけさせない。それだけは覚悟して欲しい」

 

 もはや脅迫と言っても差支えがない切れ味を誇った宣言にベルはその場で立ち止まる。そのまま1拍──2拍と微動だにしない彼にフェルズが『やらかした?』といった具合の視線をアクスにちらちら送って来るが、もはや言ってしまったことは仕方ないだろう。

 そのため、何とか帳尻を合わせるために『仕方ない』とアクスは口を出すことにした。

 

「ベル様」

 

「な、なに?」

 

「傷付くのも傷つけるのも怖いのは分かります。ですが……、その臆病さがあなた自身を傷つけているのに気づかないのはいただけません」

 

 人の傷に人一倍敏感な治療師(ヒーラー)の断定に、図星を突かれたベルの口から空気が漏れる。

 異端児(ゼノス)に与するか、見捨てるか。2つに1つの考えに雁字搦めになった彼の精神は酷く摩耗していた。

 ただ、()()()()()はベルも痛いほど自覚している。その痛みを和らげるため──ベルはアクスに向かって叫んだ。

 

「じゃあ、どうすれば……良いの。教えてよ!」

 

「どっちが正しいかなんてものは分かりません。ですが、あなたのことならばあなたの胸が知ってるはずです」

 

 何かが地面に落ちたような軽い音がした後、トンと握り拳で胸を押される。その瞬間、まるで雷が全身を駆け巡ったかのようにベルの身体全体が熱くなり、視界が開けていく。改めて下を向くと、リリルカよりも小さなパルゥムが笑みを浮かべながら立っていた。

 

「ベル様、汚れなんて成果で洗い流せますよ。そんな汚点で地に落ちる名声なんて、魔石以下の価値でしかないですよ」

 

「ははっ、リリに言っていたね。……フェルズさん。僕、行きます! 友達だから!」

 

 1人の冒険者が異端児(ゼノス)に歩み寄ることを決めた。既に朽ちた骨だけの身体に僅かな熱を帯びているのを感じたフェルズはアクスという()()()()()()()()()()()()の方を振り返るが、彼の答えはまったくの逆だった。

 

「すみません、僕はディアンケヒト様の眷属です。冒険者でも異端児(ゼノス)でもなく、"患者"が1番大事なんです。もしかしたら、そちらの邪魔をするかもしれません。その時は皆さんに謝っておいてください」

 

「そうか……。無理強いは出来ない。ここまでの協力、感謝──」

 

「なので、せめて治癒魔法を持って行ってください」

 

 唐突な詠唱。訳も分からない行動にじっと待っていると、治癒魔法が瞬く間にブリューナクへと吸い込まれる。

 やがて、宝玉が緑色になったことを確認したアクスはブリューナクをフェルズへと渡すと特に何も言わずにユーノとその場を後にした。

 

「私にも全癒魔法があるのだが……」

 

 アクスの治癒魔法について全く聞いていないフェルズが途方に暮れるが、とりあえず先を急ぐために東の端を目指す。

 

 その後、【イケロス・ファミリア】の団長である【暴蛮者】(ヘイザー)ディックス・ベルディクスが放った初見殺しのカースに対してフェルズがブリューナクを使用。カースの効果が見るからに弱まり、さらには長く暴行されていた異端児(ゼノス)までも全快したことでディックス以外との戦いは有利に進めることが出来た。

 それでもせめて1言ぐらいは魔法の概要ぐらいは伝えて欲しかった。そんな思いがあるからか、ついつい『マジか』と言ってしまったとか何とか。

 

***

 

 予想外のことで時間を食ってしまったが、落ち着きを取り戻しつつある18階層の中を爆走するユーノ。おそらくこんな広い地形を思いっきり走ったことが無いのだろう彼の『心地良い』という感情を受け取りつつ、アクスは周囲を観察していた。

 モダーカに『誰か居る』と言って飛び出してきたので誰か連れて戻らないとシャクティ辺りにどやされそうだという子供特有の辻褄合わせがしたかったのだが、こんな時に限って誰も居ない。怒りの衝動に身を焦がしながらも、本人たちを含めて『うっかり』がない徹底ぶりにグロスやリドたちといった首脳陣の統率力に感嘆するアクス。『そこら辺のファミリアよりもすごくね』と思いながら【ガネーシャ・ファミリア】と合流しようとしたのも束の間。草むらからアルミラージとヘルハウンドが飛び出してきた。

 

「きゅー!」

 

「あれ、アルルさん。どうしてここに?」

 

「アルル、もウ少しレイを気遣っテ……」

 

「あ、ラーニェさん。どうも」

 

 またしても異端児(ゼノス)の方々。そのエンカウント率の高さにもはやそういう星の巡りかとアクスはややげんなりしながら挨拶するが、ラーニェの背に背負われたハーピィの姿に慌てて治癒魔法の準備に入る。

 

「なにをしていル! 我々はモンスターなんダぞ!」

 

「関係ないです。それより、ラーニェさんも傷を負ってるんですから黙っててください」

 

『絶対患者を助ける妖怪』ことアクス・フローレンスの生態なんぞ知る由もないラーニェが再び治癒魔法を掛ける彼を制止しようとするが、もう遅い。緑の温かな光が彼女たちを包み込み、次の瞬間には傷や体力が戦う前の状態になっていた。

 

「これで大丈夫ですね。では、失礼します」

 

「ちょっ。失礼……スルんじャ……なイっ!」

 

 いつもの癖でその場から立ち去ろうとするアクス。その勝手ぶりや聞き分けの無さにとうとうラーニェはキレた。

 手から粘着性の糸を出した彼女が腕を振ることで糸の先端が走り去るアクスの背中にぴたりと貼り付く。そのまま豪快に引っ張ると、ユーノの背からすぽーんと緊急脱出を果たしたアクスが弧を描くようにラーニェの下まで飛んで彼女の胸──を保護する鎧に後頭部をぶつけた。

 

「あ”ぁ”あ”ぁー!」

 

「す、すまなイ。ダが、お前も悪いンだぞ。お前は冒険者で、我々はモンスターナんだ。こんなこトヲするべきではナいだロう」

 

 まるで波打ち際に打ちあがってのんびりしていたアザラシが棍棒を振われたような汚い絶叫を上げるアクスに最初こそ謝罪していたラーニェであったが、そのままシームレスに説教へ移行する。その切り替えの早さに治療を受けたハーピィ──レイが『助けてモらったのニ……』と呟くが、ラーニェのもはや愚痴のような説教は止まらない。

 

「関係ないです! ラーニェさんやそっちのハーピーの人は怪我人! 僕は治療師(ヒーラー)なんです!」

 

「この分からズ屋ガっ……! 逆に聞くが、我々のこトを何だと思ってるんダ!」

 

「患者ぁ!」

 

 まるで狂戦士を相手にしているかのように話が通じない。もはや言い合うのも馬鹿らしくなったラーニェは、非常にげんなりした表情で『あー、分かっタ分カった』と急におざなりな態度を取る。アクスもアクスでようやくわかってくれたことに安堵しながら去ろうとするが、今度はレイが声をかけてきた。

 

「地上のオ方。もしかしテ、お仲間ヲお探しでしょうカ?」

 

「あ、はい」

 

「デシたらあちらの道の先に行くと良いでしょウ。ただ、あチらには我々の中デ1番強い異端児(ゼノス)が居まス」

 

 レイが首を向けたその先は正真正銘の獣道。本当に人間が居るところに繋がっているのか怪しかったが、今までの異端児(ゼノス)の言動から信じることにしたアクスは礼を言って去ろうとし……今度はアルルが頭に乗ってきた。

 見た目、子供の頭にモフモフした兎が乗っているという地上に出せば神々を中心にコーヒーを流行り、彼の主神も大フィーバー間違いなしな様相だが、当の本人は再三の妨害に不機嫌顔だった。

 

「なんですか? そろそろ行きたいのですが」

 

「分かってるノカ? 1番強い異端児(ゼノス)が居ると言ってるんだゾ!?」

 

「だから何ですか? 気を付ければ良いだけじゃないですか」

 

 ラーニェの言いたいことは分かるが、それはアクスの足を止める要因になり得なかった。患者を治療するという【ディアンケヒト・ファミリア】の理念的に障害などないようなものだし、なにより全ての傷を癒すというアミッドの願いの前には芥に等しい。

 その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がアクスの中に渦巻いていることなど知らず、そのまま無策で突っ込もうとする彼にラーニェは『ちょっと待テ』と糸を出しながら手をわちゃわちゃ動かし出す。

 

「レイ、アルル、ヘルガ。あいつニ私たちが関係していることを知らセたい。色々モラうぞ」

 

 そう言ってアルルとヘルガからは毛を抜き、レイからは羽を抜き取ったラーニェはそれらを糸の中に織り込んでいく。そうして出来た奇怪なオブジェをユーノの角に引っ掛けると、彼女は『行ケ』と手を振った。

 

「では、皆さん。お元気で」

 

「あー、良いから早くイケ。こんなトころ、他の人間に見られたら面倒だからナ」

 

 背中がむず痒くなる感覚に苛まれながらラーニェはアクスから距離を置く。ユーノによって瞬く間にけもの道の中へ消えて行った彼が進んだ道を呆然と眺めていた彼女であったが、唐突にレイが『好きナの?』と頓珍漢なことを言ってきた。

 

「確かにアクス・フローレンスは好感が持てるガ、それと同時に危険に突っ込む危うさを持っテいる。何というカ……、ウィーネのような生まれたてノ異端児(ゼノス)を見ているかのようで目が離せなイだけダ」

 

「好きなんだネ」

 

「はぁ……、レイ。お前、ベル・クラネルと出会って変わり過ぎだゾ。あれノメスは大変だぞ、ナにせ知らない内に死地に飛び込んでいくバカだからナ。心臓がいくらあっテモ足りない、私ハ御免だ」

 

 神々が言うところの『恋愛脳』にすっかり支配されたレイにラーニェは呆れながら隠れ里を目指して歩き出した。

 

***

 

 時を同じくしてレイに教えてもらった獣道を進んだアクスは、凄惨な現場に出くわしていた。

 ものすごい力でへし折られた木を背にピクリとも動かないLV.5(シャクティ)。口から血を吐きながらのた打ち回る(ギルド曰く)LV.2(アスフィ)。同じく血を流しながらも立ち上がろうとするLV.4たち(アイシャとリュー)。そして【ガネーシャ・ファミリア】の精鋭たち。

 中層どころか下層を悠々と探索できる戦力が軒並み戦闘不能という異質な空間に出くわしたアクスは、ただただその惨状を引き起こした黒いミノタウロスという『怪物』に恐怖した。

 

 ゆえに、仕方がないことなのだろうか。ユーノの腹をアクスは強く蹴って(ぜんしんさせて)しまった。

 

「うわあぁぁ!」

 

 アクスは叫びながら森の中で見つけて拾った槍を振り回す。突撃の意思と共に恐慌状態が伝わったのか、ユーノはアクスを思いとどまらせるように意思を向けるがすっかりパニックになってしまった彼にはユーノの意思はまったく届かなかった。

 それならばとユーノが黒いミノタウロスから離れようとするが、件の怪物もやる気なのか向かって来てどうにもならない。

 

 もはや『どうにでもなれ』といった心情だろうか。ユーノは大人しくアクスの言うことを聞いた。騎乗生物であるユーノと少し前のステイタス更新から備わったとあるスキルによって高速を超えた神速の槍が黒いミノタウロスに迫る──が、その刃先は刺さることなく柄が木っ端微塵に砕けてしまう。

 武器の喪失によってアクスが目を丸くしたのも束の間。その致命的ともいえる隙に乗じて黒いミノタウロスの巨腕がユーノの背に乗っていたアクスを弾き飛ばした。

 ゴム鞠のように何度もバウンドしたアクスが1本の大木にぶつかったことでようやく動きを止めたものの、全身の打撲で上手く動かない。息が全く吸えない状況でひたすら咳き込む彼に黒いミノタウロスが両刃斧を片手に近づこうとすると──。

 

「ブルルッ」

 

「ウォオッ!?」

 

 アクスの前にユーノが立ちはだかった。

 若干嘶く声が強く、何度も何度も嘶きながら前足で何度も地面を強く叩く様子に心なしか黒いミノタウロスが怯む。それと同時にユーノの角に引っ掛けられていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()を捉えた黒いミノタウロスは、『信じられない』と言ったような声を出すと動きを止めた。

 

「オォオォォー!」

 

 そんな異端児(ゼノス)たちの声にならない押し問答が展開されている最中、大森林の奥から遠吠えが聞こえてくる。まるで何かを知らせるような吠え方にユーノは今一度強く嘶くと、黒いミノタウロスは鼻息を荒くしながら遠吠えがした方向へ行ってしまった。

 

 見逃してもらえた──というよりはユーノが色々働きかけてくれたと解釈した方が良いのだろうか。心なしかどや顔のユーノに礼を言いながらアクスは治癒魔法を詠唱しようとするが、()()()()()()()()()()()既のところで踏みとどまった。

 

「なんでこんなところに居るんだろ」

 

 往診中で地上の情報など全く取得していないアクスだが、元【イシュタル・ファミリア】のアマゾネスは別として【ヘルメス・ファミリア】の団長や絶賛ギルドにて指名手配中の【アストレア・ファミリア】の【疾風】がこんなところで【ガネーシャ・ファミリア】と共闘しているのは明らかに不自然であることは分かる。

 

 ただ、このお子ちゃま。普段はかなりのポンコツっぷりを発揮するが、治療やそれに付随した情報の考察だけは妙に頭がキレる。今回()そんな厄介事の類だと考えたアクスはバックパックから虎の子の万能薬(エリクサー)を取り出すと、この場に居てはいけないはずの3人に対して均等に振りかけた。

 

「うっ……」

 

「まさかあんなやつが居るなんて……。不甲斐ないねぇ」

 

「すみません、アクス。助かりました」

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】製のお高い薬というだけあり、アスフィたちはすぐさま意識を取り戻す。本来はもう少し言葉を交わしながら礼を言うべきなのだろうが、アスフィたちは自分たちが先に起こされた理由について自分たちが1番よく分かっているし、アクスもアクスでこの状況で悠長に話が出来る場合ではないということはよく分かっている。

 つまるところ『おたくらも大変ね』というツーカーぶりをもって、彼はアスフィたちを見逃したのだ。

 

「すみません。代金とか、このお礼は必ず」

 

「ヘルメス様みたいに"精神的に~"は駄目ですよ」

 

「ヘルメス様が言ったんですか?」

 

「はい、これで色々はぐらかすんで。"君も使うと良い"って教えてくれました」

 

 ヘルメスがよく使うはぐらかし方を先んじて潰したつもりだが、元々アスフィは律儀な性格のためか『なんてことを教えてるんですか、あの神は!』と怒髪天を突く勢いで怒りだす。

 しかし、そろそろ帰ってくれないと【ガネーシャ・ファミリア】の団員が手遅れに……はならないだろうが、色々面倒くさいことになりそうなので早く帰って欲しいというのがアクスの正直な気持であった。

 

「帰りますよ、私たちはここに居てはいけない身なのですから」

 

「はい……。ヘルメス様、子供に悪影響過ぎますよぉ」

 

「あぁ、分かった。分かったから帰るよ。ったく、貧乏くじ引いたかねぇ」

 

 未だに愚痴を吐くアスフィにリューとアイシャは面倒くさそうにしながら地上へと戻っていった。

 

 これで面倒ごとは消えた。後は一気に治療をするのみなので、割かし気が楽になったアクスは治癒魔法の範囲を限界まで広げる。

 ブリューナクがないせいか、いつもと違ってマジックサークルの規模は小さい。それでも倒れた【ガネーシャ・ファミリア】の全員を範囲に入れた後、眩い光が消えた頃には戦士たちが意識を取り戻して次々と起き上がりだした。

 

「すまない、アクス。助かった」

 

「お母っつぁん、それは言わない約束ですよ」

 

「まだ未婚だと言っているだろうが! ひとまず、地上へ戻るぞ。お前のテイムしたというユニコーンのこともアミッドに……。おい、その顔は忘れていただろう」

 

「ワスレテナイデスヨー」

 

 嘘である。全力でそっぽを向くアクスとそれに倣うユーノに、シャクティは近くに居たテイマーたちを呼び寄せた。周囲もそのやり取りやユーノの首に着けたテイムモンスターの証に得心がいったのか、さっそくとばかりにアクスへテイマーとしての心構えを説明し始める。

 

 こうして、地上にたどり着くまでに彼らによる詰込み作業は幕を上げた。

 

***

 

「良いか、テイムモンスターというのはだな……」

 

「町中でモンスターを連れ歩くときは……」

 

 シャクティたち一行はギルドへの使いとして副団長であるイルタを先行させた上で地上を目指していた。回復したこともあってか彼女たちの士気は高く、加えてテイムしたモンスターも()()()終始大人しかったために約1名(アクス)の精神的被害とは裏腹に滞りなく地上まで上がることが出来た。

 

「アクス、今回の事は本当に助かった。ひとまず、【ディアンケヒト・ファミリア】にこのユニコーンのことを……?」

 

 やや興奮気味のユーノをアクスが軽く宥めていると、シャクティがユーノのことについてアミッドたちに説明するために同行しようとする……が、その前にギルドの方からイルタとエイナが走ってくる。息を切らせながら駆け寄ってくるエイナの姿に嫌な予感がしたアクスとシャクティだが、その予感はどうやら当たっていた。

 

「だ、ダイダロス通りに……ヴィーヴルが……。怪我人も……」

 

 ユーノの存在も気付かぬままエイナは一息に状況を話す。彼女の話と18階層でのあれこれを察するに、どうやらベルが色々しくじったようだ。




未だきついですが、休んだら本格的に休止しそうな悪寒がするので…。

アクス
 おかしい、主人公を勇気付ける先人ポジにアクスが居るなんて…。勝手にキャラが動いたんや。
 なお、治療妖怪でもハウルには勝てなかった模様。
 しかし、単騎駆けスキルのあれはチート判定ではないかと未だにひやひやしてます。

ユーノとアステリオス
 一部会話抜粋 ※言語翻訳に重大なエラーが発生しております
 「お前、話ちゃんと聞いとったんか? 殺しは無し言われたやろ」
 「いや、でも手加減できる状態やなかったんすわ…」
 「ひとまずこの冒険者らはこっちの坊がなんとかするから、お前は…」
 【アジト見つけたでー!】
 「ほれ、お呼びや。さっさと行け」
 「う、うっす」
 多分、こんな感じ。アステリオスの方がレベルが上? こっちは経歴が上ということで
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