ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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78:愚者(ベル)賢者(アクス) 

 ダイダロス通り。オラリオの東と南東のメインストリートに挟まれた第三区画にある()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 度重なる区画整理によって上へ下へと入り組んだ作りとなってしまった広域住宅街は1度迷い込んだら最後、2度と出てこられないとまで言われるほどの複雑さという性質上から犯罪の温床となるぐらいに混沌としている。

 

 そんなところにヴィーヴル。しかも暴れ回っている状態とあれば、どれぐらいの被害が出るのかと考えるだけでも恐ろしい。

 そんなわけで残念ながら残業である。上の人にやれと言われれば素直に従うしかない勤め人の性でもあるが、アクスにとっては『オラリオに住む人の生命が脅かされている』と分かれば動くのに十分な理由だった。

 

「今から向かいます」

 

「アクス、待て。イルタ!」

 

「分かってるよ、姉者」

 

 アクスを持ち上げたシャクティの呼びかけにイルタは先ほどギルドから借りてきた鞍や手綱などの馬具をユーノへと取り付けていく。そうこうしている内に慌てながら合流してきたエイナも落ち着きを取り戻したのか、眼前のモンスターの姿に驚くもののユニコーンは地上ではかなり希少だがエルフの住まう森周辺で存在が確認されているモンスターなので『初めて見た』と呆けていた。

 

 すると、そんなアクスの元にローブを纏った怪しい人が姿を現す。

 

「地上っ……、アクス・フローレンスさンでよろしイですカ?」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「別の方から借りた物ヲ届けるようにと言付かっていまス。本人ハ助かったと言っておりましタ」

 

 声からして女性。そんな彼女が手渡してきたのは眩い穂先を持った槍──ブリューナクであった。

 見るからに大業物と思える武器を『貸した』という事実にシャクティは歯に物が挟まったような微妙な表情を浮かべるが、アクスはアクスで目の前の女性の立ち振る舞いに『なんて無茶を』と別の意味で呆れていた。

 フェルズに貸したままだったこの槍がこの場にあるということは、十中八九目の前の女性は異端児(ゼノス)。それもフェルズと近しい存在であることが伺える。

 フェルズのことだから一般人などに化ける魔道具(マジックアイテム)といった都合の良い道具はあるだろうが、異端児(ゼノス)を冒険者が居る場に向かわせるのは流石に無茶ぶりが過ぎるだろうとアクスは早く用件を済ませるために早々に話を切り上げる。

 

「これはご丁寧に」

 

「でハ」

 

「ダイダロス通りにモンスターが居るので、"お気をつけて"」

 

 傍目からモンスターに気を付けるように聞こえる言葉にローブの女性は小さく頷きながらその場を去っていく。

 ひょんなことから異端児(ゼノス)の1件がシャクティ以外に露見してしまうかとひやひやしたが、なんとか誤魔化せたことに安堵したアクスはユーノへと跨る。鐙のおかげでスムーズな騎乗が可能となり、前後左右と一通り動いても鞍のおかげで安定している身体に笑みを強くした彼はギルドの要請で後詰として到着した部隊に居たイブリへ指示を出した。

 

「非常事態です。【ディアンケヒト・ファミリア】に臨時治療院の開設を要請してください」

 

「分かった、ついでにユニコーンのことも伝えておくぞ! 治療師(ヒーラー)たちの護衛として何人か来てくれ!」

 

 非常事態の空気に普段のお茶らけた雰囲気から一変、真面目腐った表情でイブリは数人を無作為に選択してからメインストリートに沿って治療院へと走っていく。これで入り組んだダイダロス通りを抜けて治療院にたどり着くまでに症状が悪化して亡くなる患者も格段に減るだろう。

 しかし、それでは抜本的な解決にならないのはアクスもよく分かっていた。シャクティたちと共にダイダロス通りに向かう最中もユニコーンという珍しいモンスターに乗っているパルゥムということで奇異の目や同胞から祈るような視線を受けたものの、アクスは気にせずにユーノへ通行人を轢かないように注意を促すと共に収拾の付け方について模索する。

 

 暴走状態のヴィーヴルと共にベルも居ることから、ウィーネがなにかしらのアクシデントでダンジョンの外に出てきてしまったことは確定だ。そうなるとアクスだけでは取れる手が人気の居ないところまでウィーネを誘導してリドたちに取り押さえてもらうか、人がまだ集まっていないことを信じて『残業は嫌なのでウィーネをベルとボコボコにする』ぐらいしかない。

 

 しかし、彼は忘れていた。都市最大派閥のアンテナの高さと即応性の高さに……。

 

「遅かった!」

 

 密集していては負傷者を見つけにくいということでダイダロス通りの入り口を臨時治療院の敷設予定地とし、一旦シャクティたちと別れたアクスは目の前の状況に思わず叫ぶ。ウィーネと思われるヴィーヴルの片翼には()()()()()()()()()()()()が突き刺さっており、向かいの建物の屋根にはその槍の持ち主(フィン・ディムナ)と彼の派閥が勢ぞろいしていた。

 

 見るからに最悪の流れ。この状況で都市最大派閥の前に戦々恐々としているベルに加勢すれば間違いなくアクスの名声──否、アクス自身は自らの名声に未練もない。ただ、彼の行動が原因で【ディアンケヒト・ファミリア】(アミッド)に迷惑をかける。それだけは嫌だった。

 

 ゆえに──。

 

「ファイア……ボルトォッ!」

 

 ベルの右手から迸った雷炎目掛け、アクスはブリューナクを投げ放つ。空気を切り裂きながら直進していく槍は、ベルの繰り出したファイアボルトを捕食。そのまま道の端に山積みされていた桶などの生活用品が積まれた山に突っ込むと、爆発してからようやく動きを止める。

 まさしく横槍にベルは驚いた様子で、逆にフィンは()()()()()から穏やかに笑みでアクスを見たのも束の間。なぜかユニコーンにまたがっていることに笑みを浮かべたまま口を真一文字に結び、如何にも『色々言いたいけど我慢している』かのような反応を見せた。

 

 すると、当の本人は馬上の上からベルとウィーネを交互に見ながら冷たい言葉を言い放つ。

 

()()()()()()()()ですか、ベル様」

 

「どういう……」

 

「オラリオでモンスターの暴走。【ロキ・ファミリア】はそれを防ぐべく行動に移している。なぜ、それを"邪魔"しているのですか?」

 

 現状をスラスラと話すアクス。それはベルも分かっていた──否、()()()()()()()()()だった。

 ここはオラリオ。モンスターではなく、人間が住む世界だ。巨体を揺らして人々に襲い掛かる()()()は早々に駆逐されるのは火を見るよりも明らかである。

 

「それなら君もっ……!」

 

 アクスが跨っているユニコーンの存在に思わず『同じじゃないか!』と叫ぼうとしたベルだが、すぐさまその口を閉じる。

 【ガネーシャ・ファミリア】のエンブレムが刻まれた板がユーノの首に掛けられているのに気付いたのだ。

 

 少なくともアクスは【ガネーシャ・ファミリア】と渡りをつけ、正規の手段を踏んでモンスターと共に居る。ならば、成り行きとはいえそれを怠った自分はどういう立場に立っているのか。

 いくらオラリオに移り住んでそんなに日が経っていないベルでも、分かっているつもりだ。

 その証拠に周囲からはベルに向かって奇異から疑問を孕んだ視線が放たれている。さらに気が早い冒険者からは殺気にも似た気配をビシバシと浴びせられた彼は、次の言葉を放とうとするも鉛のように重くなった唇はかすれた声しか漏らさない。

 

 しかし──()()()()。1度深く息を吐いたベルは、自ら()()への道を転がり落ちていった。

 

「こ、このモンスターは……僕の獲物だ!」

 

 まるでモルドたちのような利己的な言葉がベルの口から放たれる。彼の性格とは真反対の言葉にどこぞでカースでも拾ってきたのかとアクスは邪推していると、再び状況が動いた。

 

「アァアァアア!」

 

 怪音波のような絶叫と共にウィーネが片翼に突き刺さっていた槍を力任せに抜き取り、そのままダイダロス通りの奥へと入っていく。このままでは被害が増すばかりなので【ロキ・ファミリア】が動くが、それを防ごうとベルはファイアボルトでの牽制射を放ってからウィーネを追いかけ出した。

 

 あとに残されたのは、何の事情も知らない【ロキ・ファミリア】と多少なりとも事情を知っているアクス。本来はベルの奇行についてフィンと連携すべきなのであろうが、それを言ってどうにかなるほど【ロキ・ファミリア】は慈善的に活動する団体でもなければフィンの言うことを全て聞くような俗にいう『YESマン』のみで形成されているわけではない。

 それになにより『話すと後が面倒くさそう』だ。そんな面倒くさそうなことは後回しという夏休みの宿題を貯め込むクソガキのような考えから、アクスは事もあろうに彼らを無視してブリューナクを回収しようと身体を動かし出す。

 

「と、届かない……」

 

 地面に落ちているブリューナクをなんとか馬上から回収しようと奮起するアクス。しかし、彼の種族はパルゥムなわけで、到底地面に落ちている物を拾うことなど出来るはずがない。

 すると、何者かが地面に落ちたブリューナクを拾い上げ、そのままアクスに手渡してきた。

 

「いつも言っているだろう。横着するとろくなことにならんぞ」

 

「ごめんなさ……い……」

 

 ()()()()()()()()小言が聞こえてきたアクスが思わず謝りながら柄を握ろうとすると、ふいに身体が持ちあげられる。さらに周囲には多数の人の気配がしたため、アクスが恐る恐る周囲に目をやると──。

 

「リヴェリア様。確保しました」

 

「あぁ、すまない。アクス、しばらく見ない内に"珍しい馬"を手に入れたようだな」

 

 後ろにはアリシア。アクスの左右やユニコーンの周囲にも珍しそうに眺めるフェアリーフォースのエルフたちが居り、なにより真正面にはリヴェリアが立っていた。

 

「少し、話を聞かせてもらおうか」

 

 おそらくこの世で最も恐ろしい事情聴取が始まろうとしていた。

 

***

 

「なるほど、つまりは18階層で出会ったわけだな」

 

「あぁ、我々も地上に戻る際に何度も安全や指示を聞くことを確認した。アクスだけではなく我々の言うことも聞くということから、問題ないと暫定的にテイムモンスターに認定している」

 

 結局、戻ってきたシャクティ主体でユーノがテイムモンスターであることを伝えられる。地上でも希少かつ、そのドロップアイテムが破格の性能を誇るユニコーンということで納得はするものの、理解が追い付かなかったリヴェリアは服の襟首を噛まれて宙吊りになったアクスを見やる。

 

【象神の杖】(アンクーシャ)。あれは……、テイムではなくないか?」

 

「一応、着いてくる意思があるからテイムだろう」

 

 使役者というよりも『遊び相手』と言った方がしっくりくる扱いをされているアクスに、リヴェリアは隣に居るシャクティに疑問を投げかける。ただ、シャクティもシャクティで何度見ても【ガネーシャ・ファミリア】で行っているテイムと全く異なる状況に、つい投げ槍気味な答えを返してしまった。

 彼女たちの言うテイムとは力関係を見せつけることでモンスターを屈服させるのが常道である。それに比べてアクスたちの行ったことは亜種テイム──『契約』と言った方がしっくりくるだろうか。

 

(あのユニコーンも異端児(ゼノス)なのだろうか)

 

 シャクティの脳裏には少し前のレットたちとの関係が蘇る。

 仮に異端児(ゼノス)のような知性あるモンスターであるならば、アクスたちの行っていることの方がより健全といえるのではないか。言葉に出さずに彼女はそんなことを考えていた。

 

「案外、テイマーの素質があるかもしれんな」

 

「……暫定的に認可しただけで座学は済んでいないからな」

 

 一方でリヴェリアはというと、『馬』というキーワードでラキア王国と戦争していた時のことを思い返していた。

 たしか、アクスは馬上ではかなり()()()()()に化けたと彼女は思い出す。あの時からフィンは常々商人に『ダンジョン探索に耐えうる馬』を遠回しに聞き始めていたため、そんな彼の入れ込みように半ば呆れてはいた。

 

(フィンに……いや、もう遅いか)

 

 まさか馬ではなくユニコーン。それもダンジョン産ということでフィンが暴走しないかリヴェリアは心配したものの、かくいう彼女もアクスとユニコーンがどのように化けるのか興味津々といった様子だった。

 

 そうこうしていると、ダイダロス通りの各所からモンスターと思われる咆哮が響く。その声を合図に冒険者たちの怒号や金属同士を打ち合う音が聞こえてきたため、アクスは異端児(ゼノス)が地上に上がってきたことを察する。

 

「リヴェリア様、住民の避難を」

 

「そうだな。【象神の杖】(アンクーシャ)

 

「あぁ、ダイダロス通りの中は【ロキ・ファミリア】とアクスに任せる。そろそろあいつらが治療師(ヒーラー)たちを連れてきている頃だろうから、我々は臨時治療院の防衛に回ろう」

 

 既に住民に被害が出ているため、ガネーシャが願うテイムは望み薄だろう。ならばこそ、今は異端児(ゼノス)ではなくオラリオに住む人々の安全が最優先と割り切ったシャクティは、自らのファミリアの団員を連れてダイダロス通りを逆走する。

 

「途中の冒険者や市民を回復させながら進む。アリシア、治った者たちのダイダロス通りの外へ誘導するんだ」

 

「承知しました!」

 

 リヴェリアの指示に、アリシアは即座に周囲のエルフと連携して複数のパーティを作り出す。それぞれはアクスの治癒魔法が行使されたと同時に市民を確保し、次々と臨時治療院が開かれているはずの入り口近くまで誘導していく。

 その中には冒険者も居たのだが、彼らは一般人というよりかは『逸般人』。さらにアクスの治癒魔法が掛かっている時点で戦闘行動もある程度は出来るためにアリシアたちはあえて無視をした。

 

 一方でアクスはというと、リヴェリアと共に巻き込まれた市民や倒れた冒険者に向かって治癒魔法を込めたブリューナクを投げては回収するといった形で進んでいた。

 ただ、たまに()()()()()()()について彼女は難色を示す。

 

「アクス、何度も言うがモンスターを治癒魔法の範囲に入れ過ぎだ。一部、逃げられたぞ」

 

「ですが、並行詠唱込みでさらに正確性を求められても……。これ以上は無理ですよ」

 

 今のアクスは馬上かつ、並行詠唱かつ、負傷者を見つけた端から治癒魔法を掛けるという3つのタスクを同時に行っているために魔法の精度を著しく欠いている状態である。なので、範囲内に()()()()モンスターを巻き込んでしまうという治療師(ヒーラー)としては致命的なことを度々起こしていた。

 地味に範囲が入ってしまったことでハーピィやガーゴイルなどといった数体のモンスターがそのまま冒険者の監視の目をすり抜けて行方知れずとなってしまったことが幾度があったため、これ以上の逃亡はリヴェリアとしても見過ごすことが出来ないと苦言を呈する。

 

 ただ、リヴェリアならいざ知らず。並行詠唱というのは高位の魔導士になるための登竜門であり、レフィーヤでも未だ十全に扱えていない高等技術である。鐙や鞍で安定しているとはいえ、馬上──加えてブリューナクに備わっている魔法の増幅機能を計算に入れて魔力を逐一調整するのは今のアクスでは荷が重過ぎる。

 そして、なにより灰になっていないモンスターの近くまでアクスを連れて行くわけにはいかない。下手にモンスターを刺激してアクスが大怪我を負った際、今後行われる本格的なクノッソスの侵攻を想定した編成に穴が開くなど許されないからだ。

 そういったなんやかんやを考えた結果、彼女は『なるべくモンスターに充てるな』とやんわり注意することしか出来なかった。

 

「あい」

 

「本当に分かって……。いや、気を付けてくれたら良い」

 

 最近ようやくアクスの『分かっていないけど、とりあえず返事しておこう』という雰囲気が分かりだしたリヴェリアは一縷の不安を押し殺すが、そんな彼女と同じくアクスも焦りを見せていた。

 

 そう、このパルゥムは()()()モンスタ──-異端児(ゼノス)に範囲が引っかかるようにブリューナクを投げつけていた。

 ダンジョン内外問わない往診。そして、姉と譲らない師匠(ヘイズ)その部下である愉快なお姉様方(アンドフリームニル)()()()()おかげ(せい)もあり、彼の並行詠唱の腕前はレフィーヤにやや劣るほどとなっていた。

 そして、ユーノに関しても異端児(ゼノス)がいる場所でわざと体勢を崩してもらい、それらを見越してブリューナクを投げる。そうしてしまえば、あまり文句は付けられないだろう──と高を括っていた。

 

 ただ、どうやらやり過ぎてしまったらしい。これ以上は流石にリヴェリアに感づかれるとアクスが心の中で異端児(ゼノス)に謝罪していると、唐突にダイダロス通りの一画で土煙と轟音が生じた。

 

「アクス、急ぐぞ」

 

「はい!」

 

 のっぴきならない状況を感じ取ったのか、リヴェリアは先を急ぐ。アクスもユーノに合図を送って彼女に続くと、広場のようなところの中央に例の黒いミノタウロスが立っていた。

 18階層にて【ガネーシャ・ファミリア】の精鋭を壊滅させた怪物。シャクティたちを鎧袖一触になぎ倒した存在は、ベートたち【ロキ・ファミリア】の主力をもってしてもやや押されている。

 

「フィン、魔法の援護は!」

 

「いや、リヴェリアは結界の準備に入ってくれ。この状況では市民にも被害が出かねない!」

 

 周囲には避難にも応じずに【ロキ・ファミリア】の戦いを見ようとする野次馬がちらほら居る。有名過ぎる弊害に苦笑するフィンだが、今は市民の安全と戦えなくなった団員の救護が先決である。

 

「アクスはシャロンたちの……」

 

「フィン、もうやってる」

 

 指示を出そうとアクスが居た場所を見るがそこに彼の姿はなく、アイズが指を指した方向を見ると既に一緒に連れ歩いていたユニコーンの背中にミノタウロスのハウルや暴風のような暴力になぎ倒されて動けなくなった【ロキ・ファミリア】の団員を乗せて後方に下がっていくアクスの姿が見えた。

 相変わらず医療に関係する行動だけは素早い。しかし、これで市民の安全も戦闘不能になった団員の回収も出来た。

 後はフィン自身やアイズといった予備戦力をもってすれば事態は収拾する。

 

 そうフィンが結論付けたものの、未だ痙攣するように疼く親指の原因を探ろうと視線を巡らせていた。

 

「ウ"ゥゥウ! オォオッ!」

 

 すると、今まで第1級冒険者数名と互角以上に渡り合っていたミノタウロスがいきなり背に固定した巨大な斧を手にする。戦闘方法の変化にベートたちの緊張が走る中、ミノタウロスが新たな獲物をティオナのウルガにぶつけた瞬間──紫電が舞う。

 

 魔剣。厳密に言えば『魔斧』と呼ぶべき代物なのだが、そんな悠長なことを気にする冒険者は1人としていなかった。

 度重なる攻防を経て、ベートたちは決して目の前の黒いミノタウロスが武器を持った()()のモンスターと認識していない。それどころか、下手をすると自身の命を刈り取る脅威として微塵の油断もなく立ち振る舞っていた。

 

 しかし、魔剣(はんそく)を前に着々と積み上げてきた『余裕』という名の貯金は一気に切り崩されることとなる。

 

「ちぃっ!」

 

 ティオナが魔剣の電撃に呑み込まれると同時にベートは駆け出した。第1級冒険者(バカゾネス)たちであればこの程度の電撃は問題ないだろうが、()()()()()は別だ。

 

 2軍(ザコ)市民(ザコ)。特に後者はモンスターに対する牙がない存在のため、『当たり所が悪ければ』という話では片づけられない。

 

 ならばどうするか。……決まっている。

 

「るおぉらぁぁ!」

 

 1秒にも満たない僅かな時間で考えを纏めたベートは、雄叫びと共に渾身の力でもって魔法の発生源を蹴りつけた。フロスヴィルトが魔力と共に電撃を吸い込む感覚に思惑は当たったと挑発的な笑みを浮かべた彼は、魔剣から放たれる魔法を食らい尽くそうとより一層強く踏みつける。

 

 ──が。

 

「……っ! 2撃目!」

 

 魔剣の特徴は、詠唱することなく安易に火力を投射できることが挙げられる。黒いミノタウロスの繰り出した無慈悲な2撃目に、自前の魔法(ハティ)よりも性能は劣るがオラリオ唯一のマスタースミスが作り出したフロスヴィルトの魔法吸収能力が追い付かないという現象にベートは驚きの眼差しを相手に向けたまま電撃の中へ消えた。

 

「リヴェリア!」

 

 まるで枝分かれした木々のように周囲へ破壊をもたらす電光。フィンが叫ぶと同時にリヴェリアの魔法が完成し、周囲を守る緑光の結界が展開される。

 近くで落雷が落ちたような轟音と閃光に全員が目を瞑る中、何かを見つけた()()()()()はあろうことか結界を抜け出した。

 

「アクス、戻れ!」

 

 屋根の上から一部始終を見ていたフィンが叫ぶが、放電の音にかき消されて届くことはない。そんな彼の警告を余所にアクスはうねる雷撃を躱しながらユーノを走らせ、とある廃屋の前を陣取った。

 無残に崩された壁の奥には数人の人が身を寄せ合っており、彼らに笑いかけたアクスはブリューナクを振り回し始める。

 

 穂先は鋭く槍のように扱えるブリューナクだが、『旗』でもある。その旗の素材はウンディーネ・クロスやサラマンダー・ウールといった精霊の護符であり、これらは同じ属性の攻撃には強い防御力を発揮する代物だ。

 特にこの旗にはそんな精霊の護符が『何重』にも重ね織られた特別製。【ディアンケヒト・ファミリア】を示すエンブレムにある光玉に使われた黄色の護符が強く反応し、襲い掛かって来る雷撃の悉くを()()させた。

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

「あちらへ避難を」

 

 何事もなかったかのように避難を促すアクス。その姿に熱い衝動が込み上げたのか、目頭を押さえるフィンの耳に怪物の咆哮が届く。

 もはやこれ以上の狼藉は許されない。笑みから一転してモンスターを蹂躙する冷徹なパルゥムの表情となったフィン──。

 

「やれ、アイズ」

 

「うん」

 

 まるで簡単なお使いを頼むかのような気楽さ。されど、超短文詠唱とデュランダルという破格の性能を持った剣により、黒いミノタウロスの右腕が瞬時に切り落とされる。

 

 【剣姫】(けんき)アイズ・ヴァレンシュタイン。今では名実ともに都市で上から数えた方が早い実力を持つ女剣士だが、【戦姫】(せんき)と呼ばれていたことがある。

 毎日毎日飽きることもなくダンジョンへもぐり、ただひたすらにモンスターを狩りまくる殺戮者。少女の皮を被った化け物。彼女の()()を列挙すればキリはないが、その圧倒的ともいえる実力に形勢は一気に逆転する。

 

 そしてどこからともなく現れたガレス。さらにはフィンが降りてきたことで、完全に勝敗は決した。

 

「彼らは……」

 

「フィン! 新手じゃ!」

 

 即座に危険が無いという親指のお墨付きにフィンが考察を開始するのも束の間、上空からガーゴイルとハーピィが強襲してくる。即座に迎撃態勢を整えた【ロキ・ファミリア】だが、ガーゴイルの岩のように固い表皮に矢は通らない。

 ならばと獣人を中心に驚異的な跳躍力を持って肉薄するものの、翼を持たざる者が満足に空中戦など出来るはずがない。

 

「市民を守れ! 魔導士は詠唱を!」

 

「団長! なにかが落ちてきます!」

 

 フィンの指示を遮った団員の声に上空を見ると、空から黒い玉が落ちてくる。片手に収まるようなサイズだが、暗黒期に流行った爆発物を危惧した彼が退避を叫ぶと同時に黒い玉が地面と衝突。周囲に炭をぶちまけたかのような黒い煙を噴出させた。

 

「フィン!」

 

「リヴェリアは動くな! "毒"かもしれない!」

 

 中層をメインに活動している上級冒険者は、耐異常やその類を防ぐ装備を持っていることが常である。しかし、一般市民やLV.1の冒険者はそうはいかない。

 仮にこれが毒物だった場合、この広場はたちまちに阿鼻叫喚の地獄へと変貌する。それだけは避けなければならないとフィンはこの事態における最善手──アクスの捜索に入る。

 

「アクス! どこだ!」

 

「団長! アクスがどこにも居ません!」

 

 徐々に薄まって来る煙幕。いくら体の小さいパルゥムであろうと上級冒険者の身体能力で有れば見つけれるのが普通である。

 だが、いくら待っても。いくら名前を呼びかけても。アクスは姿を現さなかった。




バレたら利敵行為ってレベルじゃねぇ…。地雷の中でタップダンスを踊るのは誰の影響なのか。

ローブの女性
 ハーピィのフィア。原作では満身創痍だが、ブリューナクに入った治癒魔法のおかげで全快。フェルズの魔道具(マジックアイテム)によって人間の皮を被ったような状態でアクスに接触し、ブリューナクを返却するという命に就く。
 無論、獣人など勘の良い存在にはバレやすいのでその場に居ないことは確認済み。

ブリューナク
 貸し出された槍。旗はポーションなどを包む風呂敷代わりにしていたため、【ディアンケヒト・ファミリア】所属のアクスがこの事件に関与していることは知られていない。

ベルとアクス
 長年オラリオに居るからとはいえ、上役(と思われる人物)に許可を取って正式な形でモンスターを地上にやったアクスの方が『賢者』なのかもしれない。

フィン
 また強火で熱されておられるぞ。そろそろ勇者ゲージがカンストしそうな模様
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