ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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前回は失礼しました。
なんかたまーに不安になる時期があるので、これからも『あ、こいつまたメンタルやられてる。しゃーねーな』といった気分で付き合ってあげてください。


83:陰り

 クルスに誘われたアクスは、オラリオ南西部の第6区画──竈門の館がよく見えるはす向かいにある建物の一室に通された。

 

「ユニコーンなんて初めて触りましたぁ」

 

「その辺の馬よりもなんだか神々しい感じだねー」

 

 エルフィやその他の団員が物珍しいそうにユーノを撫でているのを見ていたアクスであったが、ふとその奥で如何にも不機嫌でございと言わんばかりに負のオーラ全開のレフィーヤと目が合った。

 ただ、アクスが会釈をするといつも笑顔を見せる彼女が何やら思い詰めたように目を伏せる。なにか不機嫌になるようなことでもあったのかと疑問に思っていると、飲み物が入ったカップを手にクルスが戻ってきた。

 

「いきなり連れてきてすまないな。団長から【ヘスティア・ファミリア】を監視するように言付かってるんだ」

 

「いえ、現状を鑑みれば致し方ないことですよ。それに僕も監視があることを前提に行きましたし」

 

 アクスの言動から、あくまでも状況を正しく理解した上での訪問だということをクルスは理解する。

 しかし、そこまでして一体どのような用向きなのか。今やオラリオ中の目の敵にされている【ヘスティア・ファミリア】へ赴いた理由が気になるのも仕方のないことだと言える。

 

 だが、それを聞く前にクルスはどうしても聞きたいことがあった。

 それは──。

 

「なんでお前やあのユニコーンはそこまでボロボロなんだ? もしかして、失言して【ヘスティア・ファミリア】にでもやられたか?」

 

「とんでもない。そちらのフィン・ディムナって人にやられました。それはもうボッコボコにされました」

 

「なにやってんだよ、団長!」

 

 あの聡明な団長が? 何の理由があって? 【ディアンケヒト・ファミリア】は同盟相手だろ? そこで末っ子として可愛がられている子を? 明らかにやり過ぎじゃないか? 

 

 そんな数々の疑問をかなぐり捨てたクルスは思わず叫ぶ。エルフィたちも宇宙の真理を理解した猫のような顔で未だ信じきれないように何かの間違いではないかと聞き直すが、アクスからもたらされた詳細で時系列に沿った説明に『あー、たまに起こる発作か』とすっかりアクスの成長 = フィンの奇行と定着してしまったクルスたちが納得してしまう。

 彼らの目はすっかり可哀想な子供を見る目つきとなり、あまりにも居た堪れなかったのかエルフィがアクスに焼き菓子を手渡してきた。

 

「それでそんなにボロボロだったのか。まぁ、団長のことだから手加減したんだろうけど、勝てなかったんだろ?」

 

「いくら有望な同胞でも流石にやり過ぎじゃないですねぇ~。一応、別派閥の子なのに」

 

「でも、何発か攻撃入ったもん。途中でクルスさんの動き方で突いたら頬に当たったし。後はシャロンさんから教えてもらった殴り方で殴ったらお腹に入った。……骨折したけど」

 

「……っ! そうか、そうか!」

 

 正直、気になる点はかなりある──が、アクスの話を聞いたクルスはどうでも良く感じた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()付きっきりで教えたわけではないが、自分の戦闘スタイルが強敵相手に通用したという興奮にクルスは打ち震える。

 彼を同じ前衛組である団員はその気持ちがよく分かると肩を叩きながら何度も頷くが、魔導士や前衛でないエルフィたちはあまり理解出来なさそうな表情を浮かべていた。

 

「なにがそんなに嬉しいんですかね?」

 

「リヴェリア様に魔法で褒められたみたいなもの?」

 

「うーん、ちょっと違うんだよなぁ……って今は良いか。アクス、【ヘスティア・ファミリア】にはどんな用で向かったか教えて欲しい」

 

「あ、これを請求しに行きました」

 

 そう言いながらアクスはバックパックから1枚の請求書を見せる。相変わらず治療費について目が飛び出るほど安くて『食糧費』という謎の項目もあるが、1番最後に書かれた『万能薬(エリクサー)代』という項目にクルスは思わず尋ねる。

 

「アクス、この万能薬(エリクサー)代ってなんだ? それに、これはいつ頃の請求なんだ?」

 

「時期としては【ロキ・ファミリア】の皆さんが遠征から帰ってきた頃……。ポイズン・ウェルミスの毒で一時的に18階層に留まっていた頃ですね。あの後、黒いゴライアスが出たのは情報が出ていると思いますが、ちょうどあの場に居た重体のベル・クラネル様に使用しました」

 

 黒いゴライアス。18階層に階層主であるゴライアスの強化種と思われる存在が侵入したという未曽有の事件であったとギルドは発表している。

 明らかに格上であるモンスターを相手に逃げることなくアクスやベルが立ち向かったことに驚いたものの、状況を鑑みれば万能薬(エリクサー)を使うタイミングとしてはおかしくない。それに、【ディアンケヒト・ファミリア】所属のアクスが万能薬(エリクサー)を持っていても何ら不思議ではない。

 一通り話を聞いたクルスが納得し、これで解散。後は適当にダイダロス通りの状況を確認してから帰ろうとしたアクスであったが、いつまでも体育座りで俯いているレフィーヤが気になって仕方がなかった。

 

「ところで、何でレフィーヤさんは何時までもあそこで俯いてるんですか?」

 

「俺たちにも分からないんだ。機嫌が悪いと思ったら、単身【ヘスティア・ファミリア】に乗り込んで……」

 

「後はアクス君とすれ違った後に何度か聞いても黙ったままなんだよね。ルームメイトの私にも何もないって酷いよね~」

 

 どうやら何かしらで問題を抱えているようだ。医療の類になるとよく働くアクスの謎直感に頼らずとも、見るからに弱っているように見える。

 そういうこともあってか、彼はユーノを伴ってレフィーヤに近づいていく。断りを入れることなく無言で彼女の隣に座り込み、ユーノもまたレフィーヤの前で胴体を下ろす。『まぁ、撫でろよ』と言わんばかりの無防備な姿に、彼女の手はゆっくりとユーノの胴体へと伸びていく。

 

「温かい……」

 

 その独り言に元より喋れないユーノはまだしも、アクスは何も喋らない。

 こういった何かに思いつめたり、内向的だったりする場合は相手が喋りたいタイミングで話してもらってから会話をした方が良い。ディアンケヒトからの知識が彼をそうさせていた。

 

 ちなみにこの手法の最長記録は何を隠そう、【フレイヤ・ファミリア】のヘグニである。

 かなり昔のことになるが、【フレイヤ・ファミリア】の冒険者依頼(クエスト)を終わらせたアクスがオッタルに連れられて治療院へ帰ろうとしたところ、いかにもこれからダンジョンの大穴に飛び込まんとするほどに思いつめた表情を浮かべながら座っているヘグニを見かけたことがあった。

 当時から弱っている人は見過ごせなかったアクスは、彼の様子から自分から悩みを切り出すのは難しい性格なのだろうとヘグニが内向的なタイプだと把握。前を歩いていたオッタルに無理を言い、アクスはヘグニの側に寄り添った。

 

 こういう口下手なタイプは少しすれば勝手に話をしてくれる。それを待って、相談に乗ってあげれば良い。アミッドやディアンケヒトから学んでいたことや今までの経験からそう判断したアクスはひたすら待った。

 しかし、残念なことに彼はとてつもなくコミュ障……根暗……陰気……失礼。()()()()()()寡黙なダークエルフであった。

 

 1分──10分──1時間──そして……。

 

 ヘグニが口を開いた時には既に日が上がっていた。結局、夜通し黙っていた割には『フレイヤ様の前でドモってしまった。もう死ぬしかない』というとんでもなくしょうもない理由で落ち込んでいたことが分かり、さらには『アクスがまだ帰ってこないんですけど!』と珍しく慌てたアミッド含む【ディアンケヒト・ファミリア】の精鋭が戦いの野(フォールクヴァング)に突撃し、そんな青天の霹靂ともいえる大事態に慌てたヘイズが今まで突っ立っていたオッタルにガチギレするというかなりの修羅場があったのだが──。今それは関係ないだろう。

 

 閑話休題(ともかく)、レフィーヤはそんなダークエルフとは真逆の性格と言える。()()以上はないだろうとアクスが何も言わずにぼーっとしていると、うつむいていたレフィーヤが両手を伸ばして彼を持ち上げてから自らの両膝の上に置いた。

 もしかしなくとも、このエルフは結構余裕があるのかもしれない。彼女の行動からそんなことを思っていたアクスだが、そんな彼の耳にか細い声が聞こえてきた。

 

「ベル・クラネルが正しいのかな……。私たちが……間違っているのかな」

 

「レフィーヤ、それはっ!」

 

『違う』とクルスが言い切る前に、アクスは自身の口元に人差し指を当てて静かにするよう指示をする。その眼光はとても鋭く、いつものアクスからかけ離れた表情にクルスは石になったかのように固まってしまった。

 こういった場合、まずは自分自身の心の整理を兼ねて言いたいことを全て言わせるのが良いとされている。その時に他人からの意見されるのは考えを纏めることが出来ず、逆にさらに混乱させる可能性が高い。

 ぶっちゃけるとクルスたちの正論ともいえる意見は()()でしかないし、『治療の邪魔』だ。ゆえにアクスは表情こそ怒って見せたが、続きを促すべく真上を向いてレフィーヤと視線を合わせながら彼女の言葉をオウム返しした。

 

「どうして間違ってると思ったの?」

 

「業腹だけど……。じーつーに、業腹だけどっ! 私はベル・クラネルの人柄をちょっと? まぁまぁ? 小指の先程度、知っています」

 

 なんだかいきなり元気になったレフィーヤ曰く、ベルは決して利益優先で動くような冒険者ではないとのことだ。

 信じられないくらいのお人好しで、他人のためであれば迷わず損を取るような性格。目の前のアクスと比べても、ややあちらの方が救いようのないくらいのお人好しであると彼女は論ずる。

 

「それに……、あの時のベル・クラネルは辛そうでした」

 

「辛そう?」

 

 再度放ったアクスのオウム返しにレフィーヤは頷く。ヴィーヴルを追っていた際、他の冒険者に魔法を当てながらベルは顔を曇らせていた。

 まるでやりたくないことを無理やりやっているかのように辛そうな顔に、彼女は『せめて事情を話して欲しい』とまで思ったようだ。

 

 たしかにそれは内向的ではないウィーシェの森出身であるレフィーヤの美徳である。事情を話して共感すれば、全く別の方向を模索できるかもしれない。

 ただ、2人の立場が明確に違うことを除けば──だが。

 

「話して……、どうなるんですか?」

 

「え?」

 

「ベル様が僕とユーノみたいに、"ヴィーヴルと友達になろうとしていた"って言ったら……レフィーヤさんはどうするんですか?」

 

 優し気な口調だが厳しい言葉にレフィーヤは口を噤んでしまう。

 それもそうだ。仮にベルがアクスたちのようにモンスターと話し合ってテイムしようといたとして、()()()()()()()という話だ。

 レフィーヤは【ロキ・ファミリア】。モンスターを狩るのが普通で、ベルに感化されて『モンスターを守る』などもってのほかである。

 

 それにダンジョンでユニコーンをテイムしたアクスとは違い、ベルはオラリオの中でそれをしようとしてしまっている。いかに事情があろうと、例えレフィーヤが許したとしても、周囲の人間はベルを許しはしないだろう。

 アクスの言葉でようやくベルと自身の立場は大きく異なり、既に物事は『間違っている』や『間違っていない』という範疇から逸脱してしまっている。そのことを認識したのか、レフィーヤはすっかり黙り込んでしまった。

 アクスもアクスでこれ以上何かを言ってもレフィーヤをさらに混乱させるばかりと思ったのか、彼女が落ち着くまでじっとしていた。

 

 すると、そこにエルフィが余計なことを言い出す。

 

「それにしても、レフィーヤってそんなにベル・クラネルのことが気になってたんだね」

 

は?

 

 突拍子もないことを言われたからか、レフィーヤの顔面が一瞬の内に真顔となる。声も心なしか低くなっており、それに気づいたクルスが目線でエルフィに注意をするものの、脳内がすっかり恋愛脳に染まってしまった彼女は気付かずに話し続けていた。

 

「え、そんなに色々知ってるってことは気になってるんだよね? もしかして……もしかしたり?」

 

はぁ?

 

 さらにドスの聞いた声。そこでようやく自分がとんでもない勘違いをしたのだと気付くエルフィだが、もう遅い。

 

 余談だが、レフィーヤは未だLV.3の魔導士ながらもランクアップが出来るほどの実力者である。そして、彼女の膝の上にはアクスというポメッとしたナマモノが座っている。

 

 ……ようするに、だ。

 

「なんでっ! 私と! ベル・クラネルがぁ! そんなことになるんですかぁー!」

 

「あ”ぁああ”ぁ”あ”!」

 

 照れ隠しなのか、本気の嫌悪なのか。答えはレフィーヤにしか分からないが、アクスの左右の側頭部に両手添えた彼女が思いっきり圧迫する。

 魔導士であっても上級冒険者。その腕力はもはや『森の妖精』ならぬ、『森の賢者(ゴリラ)』そのものだった。

 

「レフィーヤ、止めろぉ! アクスが潰れる!」

 

「ごめんってぇ! もう揶揄ったりしないから、アクス君から手を放してぇ!」

 

 このままでは、以前にベートが嘲笑していたトマト野郎をもじって()()()()()()()()()()()()になってしまうことを危惧したクルスたちが叫びながらも何とかアクスを救出し、もはや監視員としてレフィーヤは不適切であるとの確認とアクスに危害を加えてしまったということについてをフィンに報告するためにその場をエルフィたちに任せたクルスは呆然とするレフィーヤとギャン泣きするアクスを連れて出かけて行った。

 

***

 

 それは、青天の霹靂と言っても差支えがないほど唐突だった。

 数十分前までは武装したモンスターの発見報告を聞いては地図に書き起こし、アクスの成長具合を実感して『負けてられないな』とかなりのオーバーワーク気味で指示出しや思考するフィンの危なっかしさに辟易していたが、唐突にギャン泣きするアクスと非常に申し訳なさそうにするクルスとレフィーヤが入ってきたことで空気が変わる。

 

 いきなりの非常事態にかくかくしかじかと理由を話させ、そのあまりにも馬鹿な行いに説教──と行きたかったが、その前にアクスから意図的に避けられたことに対してアリシア含めた妖精部隊(フェアリーフォース)の面々が先に動いた。

 

「レフィーヤ! あなた何やってるのですか!」

 

「やり過ぎにも程があるわよ!」

 

「いや、お前らも似たような……ナンデモナイデス」

 

 すっかり過去のことを棚に上げたアリシアたちがどこからともなく『私は子供に手を上げた森の賢者(ゴリラ)(笑)です』という侮辱ととれる言葉が書かれた板を取り出し、その場で正座させたレフィーヤの首にかける。ただ、それだけでは怒りが収まらなかったのか、口々に文句を言っている様子にリヴェリアはすっかり怒る気を無くしていた。

 

「まったく。大丈夫か、アクス」

 

「……」

 

「アクス?」

 

 何も言わないアクスに首を傾げるリヴェリアを余所に、当の本人はあっという間にリヴェリアから離れていく。【ディアンケヒト・ファミリア】の特訓がひと段落して【ロキ・ファミリア】に戻ってきたリーネやマッピング作業に入っていたラクタの横を通り過ぎた彼は、何を思ったかラウルの傍で足を止める。

 

「アクス君、自分に寄られても困るんすけど……」

 

「やっ!」

 

「アクス君、ラウルの邪魔になるから離れようねー」

 

 挙句の果てにはラウルの腰辺りにしがみ付き出すアクスを引き剥がしたアキが彼を連れて色々検証していくが、どうやらレフィーヤとリヴェリアを明らかに避けていることが分かった。

 実際に危害を加えられたレフィーヤはともかく、なぜリヴェリアも巻き添えなのか。アキの丁寧な問いかけにアクスはポツリと『製造者責任』とアイズのようなことを言い出す。

 

「まぁ……、製造者と言えば製造者よね。弟子的な意味で」

 

「そんな……」

 

 ──リヴェリア様ー、これ教えてー。

 

 ──リヴェリア様ー、ちゃんと並行詠唱出来たよー! 

 

 ──お母さーん。

 

「あぁっ、リヴェリア様が膝から崩れ落ちた!」

 

 たった半年で2回も否定されるとは思わなかったリヴェリアの脳裏に、再びあったりなかったりする記憶が走馬灯のように浮かび上がってくる。少々違う時空の走馬灯も過った気がするが、別の世界線が混線するのはオラリオの常識なのでひとまず置いておこう。

 ただ、それを見たアイズが『リヴェリア、また逃げられてる。……フッ』と嘲笑したのだけは許せなかったのか、即座に制裁を加えたのは『ママ』と呼ばれるだけのことはあるとフィンは思った。

 

「フィン、何か失礼なことを思わなかったか?」

 

「とんでもない。とりあえず、レフィーヤについては【ヘスティア・ファミリア】の監視から外そう。アクス、君はまだダイダロス通りに居るつもりだろ? 護衛を付けるから、市民を安心させながら話を聞いて来て欲しい」

 

 考えが読まれたことに焦りながらもフィンは大人しくアキに抱き上げられているアクスに指示を下す。

 だが、いくら同盟相手でも彼は【ディアンケヒト・ファミリア】。ゆえに近くで作業をしていたオルバとアークスを治療院へ向かわせ、アミッドに伝言を伝えるように指示を出した。

 

「あ、もちろんだけどレフィーヤのことに対しては秘密でね。申し訳ないけど、アクスも頼むよ。今はなるべくアミッドを怒らせたくはない」

 

「そう思っているなら少しは抑えろ」

 

「身体が勝手にというやつでね、善処するよ」

 

 リヴェリアの言葉に多少反省しただけで再び同じようなことを仕出かしそうな言葉を宣うフィン。そんなやり取りにオルバたちは苦笑いを浮かべながら仮設キャンプを出て行き、アクスも二つ返事で了承しながらリーネやレミリアたちと共に外へと繰り出した。

 

***

 

「ひとまず、ここを臨時で治療をする場所にしましょう」

 

「薬がないので、私とアクス君が魔法で治療します。レミリアさんたちは補佐をお願いします」

 

 仮設キャンプからしばらく歩いた先にある広場にて、アクスとリーネはさっそく治療を始めていく。ダイダロス通りは表通りに比べて貧民が多く、治療院などといった高級な場所には縁がないのかここぞとばかりに大勢が押し寄せてきた。

 

「今日はどのような症状ですか?」

 

「瓦礫で打ったのか、足が痛くてねぇ……」

 

「擦り傷ですね。魔法で対処させていただきます」

 

「大丈夫なのかい? 魔法って高いんじゃないのかい?」

 

「いえ、お代は結構です。その代わり、先日のことで少しばかりお話をお聞かせ願えますか?」

 

 特訓の成果か、アクスと同等の速度で診察しては治療を行っていくリーネ。以前までのおどおどした様子がない1人の立派な治療師(ヒーラー)となった彼女にレミリアたちは目を丸くするが、すぐさまフィンに頼まれていたことを思い出す。

 

「あのモンスターかい? あっちの方向から来たのは見たけどねぇ……。あ、あんた。たしかあの蛇みたいなモンスターが出てくるところを見たって言ってたわよね」

 

「ん? あぁ、見たぜ。すぐに瓦礫にぶつかって気絶しちまったけどな」

 

「あの、案内してもらうことは出来ますか?」

 

 そうして治した端からモンスターの情報について集めていると、どうやらヴィーヴルが出てきたところを見たという住民が現れる。幸い彼はコブぐらいの軽症で、彼は治療の礼代わりに件のヴィーヴルが出てきたとされるところに案内してもらうと──そこには派手に壊された入口があった。

 入り口から地下へと伸びていく階段があり、おそらくはここからあのクノッソスに繋がっている。そう確信したレミリアたちは、数名を現場に残して戻ってくる。

 

「地下への入り口?」

 

「うん。だけど、まずは団長に報告しようと思うの。だから、ちょっとこの場を離れるけど良いかな?」

 

「いいよー」

 

 まさに今、このダイダロス通りにモンスターが出現するかもしれないにも拘らず緊張感のない返事をしたアクスに物申したい気持ちを押し殺したレミリアたちは、念のためにリザという女性冒険者を残して報告へ向かった。

 

 その後は『どこどこでモンスターを見た』やら『お前のユニコーン、あそこで子供たちと遊んでるぞ』といった当たり障りない報告を聞いていると、路地の方から老婆が歩いてくる。

 

「ヒェッヒェッヒェ。おやおや、こんな掃き溜めに神父様が居るじゃないか。聖女様に話しちまおうかねぇ」

 

「あ、ぺニア様。ご無沙汰してます」

 

「はいはい、久しぶり。まったく、こんな貧乏女神に挨拶するなんてヘスティアだけかと思ったけど、ここにも1人居たねぇ」

 

 アクスが知ることではなかったが、貧窮を司る彼女の交友関係はたった『1柱』である。そんな()()以外で無視することなく自身に話しかけてくる人間がいることに驚きつつも、ペニアは近くの椅子に腰を掛けてどこからか持って来たワインボトルをラッパ飲みする。

 

「乱暴な飲酒は身体に悪いですよ」

 

「神は不変だからね。完全に酔っぱらうことなんてないのさ」

 

「ですが、飲み過ぎです。一旦没収します」

 

 そう言って酒臭い息を吐くペニアにリーネやリザは難色を示すが、アクスだけは彼女の手にしていたワインボトルをサッと取り上げた。

 いつもの感情の起伏が激しいペニアならばワインボトルが取られたことに憤慨しているところだが、今日は珍しく目を剥くだけ──というのも、奪い取ったのが大人ならまだしも子供がどうにか出来るわけでもないと分かっていたからである。

 

 ただ、このボトルに入っているワインは神々で言うところの()()()。ゆえにペニアはアクスに語り掛けてきた。

 

【小神父】(リトル・プリースト)、それを返しな。間違っても匂いを嗅ぐんじゃないよ、"持っていかれる"」

 

「持っていかれる?」

 

「"神酒(ソーマ)"だよ。それも出回っている物じゃない()()()()()()さ。試作段階なのか知らないけど、中々強いからね。冒険者でも酔って帰ってこれなくなる」

 

 そう言ってペニアはワインボトルをアクスに返してもらうと、匂いが漏れないよう厳重に封をする。ダイダロス通りの近くには【ソーマ・ファミリア】の管理する酒蔵があるため、()()()()()()()でもしたのかと胡乱な目をするアクスにペニアは『貢ぎ物さね』と自身の潔白を宣言しながら鼻を鳴らす。

 

「【ソーマ・ファミリア】の試作品をポンッて出せるなんて、強い人でも眷属になったんですか?」

 

「私に眷属なんているわけ……。あー、"結構居た"ねぇ。駄目だね、この歳になると忘れっぽくなって……。あー、ヤダヤダ」

 

 先ほど神は不変と宣った口で先ほどと違ったことを言いながらペニアは去っていく。その後はまるで嵐が去ったように穏やかに治療を行っていたアクスたちだったが、しばらくしてからフィンやガレス。後はティオナがやってきた。

 

「お疲れ様です」

 

「そっちもお疲れ様。君が治療しながら情報収集してくれたおかげで色々進展しそうだ」

 

「それは良かったです」

 

 なんでもガレスとティオナを先頭にしたパーティで探索をした結果、地下まで続く長い階段の先にクノッソスに会った扉を見つけたという。ヴィーヴルの他にも武装したモンスターが18階層からいきなりこのダイダロス通りに出現したことを鑑みるに、ヴァレッタの言っていた『クノッソスへの鍵』を最低1個。そのモンスターたちが保有しているのだろう。

 

 本来ならばそこで手掛かりが消失し、次の手がかりを見つけるため遮二無二に動く必要性が出て来る──が、ここでフィンは()()()で無理矢理消失しかけている手掛かりを繋ぎ合わせようとした。

 

「アクス、後で正式に依頼させてもらうが冒険者依頼(クエスト)だ。明日からガレスとティオナに着いて掘削作業のサポートをして欲しい」

 

「掘削?」

 

「あぁ、オリハルコンは流石に無理でもアダマンタイトは"無茶をすれば壊せる"からね」

 

 曰く、扉は無理でも()()()()()()()クノッソスに侵入。何かしらの手掛かりを探すつもりらしく、掘削用に『白剛石(ヴァルマーズ)』製の道具を用意している最中なのだとか。

 本来であれば休み休みやれば良いが、時間がない。かといってポーションを用意するのも金がかかる。……後は、言わんとしていることが分かるだろう。

 

「いくら儂らでもアダマンタイトの壁を掘り続けるのは骨じゃからな。是が非でも頼みたい」

 

「お願いだよー、アクスー」

 

 クノッソスを攻略するためには少しでも情報を集めておかないといけない。それに、アクスは治療院であくせく働いているアミッドたちと比べて業務的にも空きがあるし、アミッド並は過言となるものの治癒魔法が使える。

 アミッドやディアンケヒトから学んだ『結論と根拠を明確化』して考えれば、断られる要因はないだろうと判断したアクスは二つ返事で了承する。

 

 なお、治療院に戻った後にラウルから手渡された冒険者依頼(クエスト)の用紙を見たアミッドが『()()フィンさんですか……』とちょっと嫌な顔をしたところを見たアクスは、『この世には理屈や根拠だけでは物事は動かない』という不条理ながらも1つの真実を知ってちょっと賢くなったとか。ならなかったとか。




アクスたちの日常に陰りが見え始めた今日この頃。作者は作者で修羅場を迎えていますだ。

アクス
 人の側に寄り添うことで人を癒す。これぞアクスセラピー。
 なお、相手を怒らせると危険だゾ!

レフィーヤ
 見た目が可愛い妖精さんだが、LV4保留中のアビリティは嘘は付かない。
 すなわち、ゴリラである。

リヴェリア
 製造者責任によってとばっちり。
 また避けられてる。…ふふっ(アイズ談

ヘグニ
 コミュ障ダークエルフ。その後、なんやかんやと英雄譚やボードゲームを通じてアクスと仲良くなった御仁。
 ただ、ボードゲームやカードゲームの際に色々厨二なことを言っているため、アクスが覚えるという教育に悪い御仁でもある。

オッタル
 待ってろと言われたから…。

ペニア
 ダイダロス通りに居る女神。いつの間にか、眷属が居て。いつの間にか、上等なワインタイプの神酒を持つようになった。
 それは、本当に神ソーマが作った物なのだろうか。

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