ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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今回のお話はダーティな描写があります。
お気を付けください。


87:リスク

 フィンと対話して2日後。ようやく上がった雨の独特な香りに溶け込むように、モンスターの雄叫びがそこかしこから聞こえる。

 方角はダイダロス通り。手始めとばかりにアルミラージが1匹姿を現し、何人かの冒険者がそれを追いかけていく。そんな具合にダイダロス通りから遠く離れた治療院にもたらされる情報は微々たるものかつ、情報が届く頻度が五月雨であったものの、既に【ディアンケヒト・ファミリア】はアミッドの指示で団員それぞれが動いていた。

 

回復薬(ポーション)は製造日付が古い物と中間の物を混ぜてください。古い物には青。中間の物には黄色のラベルを付けて分かりやすくしておいてください」

 

「緩衝材をちゃんと確認して! 途中で割れたら助けられない命もあるのよ!」

 

「箱のガタツキ? この際だから怪しいものは全部破棄しろ。こんな時のために主神が溜め込んでるんだ。報告書をちゃんと書いとけば何も言われないさ!」

 

 アミッドをはじめ、マルタたち古参団員の指示の下で団員たちが一丸となって出撃準備を整えていた。

 そう、()()()()である。前回の騒動を踏まえ、【ディアンケヒト・ファミリア】は予めフィンから情報共有をしてもらうことで【ロキ・ファミリア】が本陣を構えるダイダロス通り中央の高い塔を基点に東西南北の外周部分に回復所を設けることに決めた。

 しかし、あくまで傷を負った冒険者の傷を治すための{回復所}である。なので人員は必要最低限に絞り、設備も動けない人を運ぶ担架や寝心地が最悪な敷布であったりと取り回し重視となっている。

 

 ただ、派遣人数や設備のしょぼさに反し、()()()()()()は最高峰と言える。傷を癒やす治癒魔法や体力を回復させる回復魔法の使い手は当然とし、上級魔道士の登竜門ともいえる技術である並行詠唱を拙いながらも使える治療師(ヒーラー)を最低1人入れたパーティーが総勢4つ。回復薬(ポーション)も含めるとよほどのことがない限り──それこそ以前に現れたという黒いミノタウロスが手当たり次第暴れない限りは磐石であろう。

 仮にだが、これで『不足』と訴えながらこれ以上を望むのであれば【戦場の聖女】(デア・セイント)の出撃という切り札(ジョーカー)を切るしかないぐらいのガチな編成ともいえる。

 

「ふぅ」

 

「アミッド様、お疲れ様です」

 

 そんな編成を考えた本人が一通りの指示を出してから近くに座ると、横から副官のベルナデットが水を差し出してくる。ユーノの角で浄化した水の残りだと説明されて少々戸惑ったが、『これだけしかないので飲んじゃってください』という言葉にアミッドはおずおずと水が入った杯を受け取る。

 

「いかがでしょうか、首尾は」

 

「皆さん、自分の出来る仕事を探して動いてます。この分だと、"本番"も問題ないかと。本来は私が提案すべきことなのに、ありがとうございます」

 

 アミッドの言う『本番』とは、言わずと知れたクノッソス攻略。今回はそれらを想定した予行演習である。本番は練習以上の物資の搬入や梱包といった作業が行われるが、この分であれば何らかのミスによって多くの薬が破損するなどといったトラブルは避けられるだろう。

 

 ただ、なぜこんなことをしているのかと言うと……。話はアクスが受けた【ロキ・ファミリア】の冒険者依頼(クエスト)開始時間を遅らせるべく、ディアンケヒトがわざわざフィンを呼んだところまで巻き戻る。

 ロキから100%味方というお墨付きをもらった【ディアンケヒト・ファミリア】ではあるが、『【ディアンケヒト・ファミリア】が味方と信用出来る』というだけで『発起人の【ロキ・ファミリア】以外は誰が味方か分からない』と言い替えることも出来る。

 特に【ヘルメス・ファミリア】は中立を謳ってはいるが、秘密主義で色々隠し事が多いと聞く。【デュオニソス・ファミリア】──というか、主神のデュオニソスも何かと要所要所のタイミングが良いというのがたまにリーネの調子を見にやってくるロキの言い分であるため、ディアンケヒトはあたかも冒険者依頼(クエスト)の開始時間について文句を言うためにフィンを呼びだすという神々にありがちな癇癪を()()として用いたのだ。

 

 そんなこんなで話し合いの場が設けられたことで【ロキ・ファミリア】からはクノッソス攻略は異端児(ゼノス)の一件が片付いてから動き始めるためにかなりの準備期間を要するという事情込みの情報をもらい、代わりに【ディアンケヒト・ファミリア】からはクノッソス攻略における参加メンバーの話を共有する。

 その編成とは、負傷者などの応急処置としてクノッソスの入り口付近で待機するのが十数名。そして、クノッソス内部に入るメンバーはアミッド、マルタ、ベルナデット、アクスの4人である。ここからさらに込み入った話もしたかったが、時間を掛けると()に感づかれるかもしれないというフィンの言葉からその場はお開きとなった。

 

 消化不良この上ない報告会であったが、フィンの言い分だと1日2日で準備が終わらないという印象を受け取ったアミッドが秘薬作りのスケジュールを再度組み直そうとした──その時。彼女の元に小型犬(アクス)が回復所の提案をしに来たのである。

 

「まさか、アクス君がこんな提案をしてくるとは思いませんでした」

 

「あの子は現場をよく知る人間ですから。……ただ、もうちょっと報連相とか諸々を何とかして欲しいんですけどね」

 

 冒険者依頼(クエスト)から帰って来るや否や、『ダイダロス通りがまた大騒ぎするかもしれないから、治療所を作ろう』と言ってきた時は面食らったものの、何度も話し合うことでアクスが言いたいことを理解してあげてから実現可能か推敲し、ベルナデットから持ち込まれた物資運搬や部隊展開の予行演習といった案を取り入れたことでようやく実現可能となったことにアミッドはアクスの『提案力』を伸ばすことを今後の課題として結論付けた──が。

 

「ベルナデット、話したいことは"そんなこと"ではないですよね?」

 

「……はい」

 

 まるで見透かされているかのような問いかけにベルナデットは観念したように俯くと、今回のクノッソス攻略においてアミッドは内部に入って欲しくない旨を話す。

 ただ、彼女の出撃はフィンの要請である。今更覆せるわけがないが万に──億に1つでもアミッドが『そうですね』と言ってくれれば、ベルナデットやマルタ。その他の古参の面々は力になろうと決めていた。

 

 しかし──。

 

「それは出来ません。あの迷宮には不治の呪いを作り出した存在が居ます。その存在を倒さなければ、オラリオは再びあの呪詛(カース)に苛まれことになります。そしてなにより、あのような物は存在するべきではありません。だから……、私があの呪詛(カース)を殺します」

 

 聖女という肩書きに似つかわしくない『殺す』というワード。それほどまでに呪いを憎悪するアミッドの姿に、ベルナデットは悔しそうに唇を強く噛み締めた。

 本当ならばアミッドやアクスには後方支援に徹してもらい、自身やマルタたちのような古参組をメインに据えて欲しい。闇派閥(イヴィルス)の悪辣さが分かっているからこその頼みだったのだが、もはや何を言っても拒否し続けそうな気配にベルナデットが言葉を詰まらせてしまう。

 

 すると、体格に恵まれた男性団員が彼女たちに近づいてきた。

 

「なんだ、マルタ。まだ説得できてないのか?」

 

「アルバート、助けて。私だけじゃ無理」

 

 泣き言を言うベルナデットに、アルバートと呼ばれた男性団員がため息を付く。

 しかし、今は練習とはいえ出撃準備の真っ最中。言い出しっぺや上層の人間がサボるのはいただけないとアミッドは苦言を呈するが、アルバートは首を傾げながら『終わったが?』と告げる。

 

「はっ? もう終わったんですか?」

 

「もう片付け始めてるぞ」

 

 おかしい。アミッドが見た時は未だ何組かが地図を片手に待機場所の確認や薬品類を受け取っている最中だったはずだ。

 しかし、彼の後ろには編成に入れていた者たちは全て出払っており、後に残された団員たちは空になった木箱を片付けている。

 一体どんな魔法を使ったのか。首を傾げるアミッドにアルバートは含み笑いを1つすると、現在治療院に居る団員全員を呼び出して種明かしをするように指示した。

 

 結果を言えば、異端児(ゼノス)の一件で再び地上が混乱することを予期していたのはアミッド含めた古参だけではなかった。

 ある者は備蓄の回復薬(ポーション)を点検し、ある者は製造日が古い順に並べ直し。ある者は数人掛かりで協力しながら何らかの攻撃で大量の患者が来ても受け入れが出来るように入り口付近の模様替えをしたり。ある者たちは少しでも並行詠唱を安定して使えるように訓練したり──と、各々が『こんなこともあろうかと』を実行したことによって迅速な部隊の展開や準備時間の短縮につながったのだとか。

 

「我々もアミッド様におんぶに抱っこではいけませんからね」

 

「でも、アミッド様におんぶされたいかも……」

 

「今、真面目な話してるんだけど?」

 

 中々愉快な性格の団員も多いが、基本的には真面目でやる時はしっかりやるのが【ディアンケヒト・ファミリア】の特徴である。今回はその特色が十全に活かされたに過ぎないものの、この速度であれば来たるクノッソス攻略も一安心だとアミッドは胸を撫でおろす──が。

 

「んじゃ、とりあえず団長のクノッソス攻略に反対な奴ー」

 

『はーい』

 

「……は?」

 

 まさかベルナデットやアルバートのみならず、古参全員に裏切られる羽目になるとは思わなかった彼女は思わず目が点になった。

 

***

 

 その後、何度も何度も何度も(以下略)アミッドは自身の考えをぶちまける。如何に不治の呪いが許されないことかを説き、それを作り出した存在が許しがたいかを熱弁し、その存在が居るであろうクノッソスに行かねばならないかと論じた。

 

 しかし、そのどれもが古参の考えを変えるに至らない。危ないや失敗すると取り返しがつかない等、様々な反対意見で封殺されていく。

 

「流石にそれはちょっと……」

 

「過保護過ぎるのでは? アミッド様ですよ?」

 

「アクス君じゃあるまいし」

 

「アクスならこれに首輪と縄が付けるんだがなぁ。この場に居ねぇし」

 

 目を離した隙に『先に行ってくる』と書き残しを置いてどこかへ消えた不良少年(アクス)は後で説教フルコースの刑に処すとして、都市最高の治療師(ヒーラー)と呼び声の高いアミッドに心配し過ぎだと最近入ってきた団員たち──もとい、()()()()()()()()()()()が次々と声を上げる。

 しかし、それらの声に古参たちは盛大に溜息をつきながら古参全員を招集。『古参VSその他』の構図を生み出してからアルバートが口を開いた。

 

「お前ら、防災訓練受けたよな?」

 

「受けてますよ、闇派閥(イヴィルス)は何でもありってことっすよね?」

 

「失敗しても、"何でもあり"なんだよ。ひょっとしてお前ら、失敗しても団長たちだけは無事に戻って来ると思ってるのか?」

 

 アルバートの疑問に誰も答えることが出来なかった。しかし、よくよく考えれば()()()()()()()()()()()()が旗頭の集団が負けるビジョンが思い浮かばない。そのことを数分後にようやく絞り出した団員たちだが、すぐマルタから『暗黒期には【ロキ・ファミリア】にもかなりの死傷者が出たわよ』という聞きたくなかった現実を突きつけられてしまう。

 

「まぁ、ちょうど良い。団長を説得するついでにちょっと講義してやる。マルタ、ベルナデット。主神様連れて来てくれ、色々話すわ。ギース、お前も話せよ」

 

「はーい」

 

「へいへい」

 

 ディアンケヒトを呼びにその場を離れたマルタとベルナデットを見送ったアルバートは、近くに居たギースという男を呼ぶ。見るからにチャラく、顔立ちだけで生きてきたような男は欠伸をしながらアルバートの横に並ぶと特に深く考えることもなく『聖女様以外は死ぬな』ときっぱり言い放った。

 

「ちょっ、あんまりじゃないですか!」

 

「いきなりそれは酷いですよ!」

 

「逆に聞くが、【ロキ・ファミリア】が全滅した相手に聖女様たちが勝てると思ってるのか?」

 

 先ほどと同じような問いに全員が再び黙り込む。つまりは、そういうことだ。

 すると、全員黙ったことを良いことにギースは今度こそとんでもないことを言い出した。

 

「そうなると、アクスたちは爆弾だろうな。治療院の前に投げ込んで俺たちが出てきた拍子に爆発させる」

 

「そんなところだろうな。無理矢理生かして使っても、あいつのことだから闇派閥(イヴィルス)のところに戻っていくだろうし」

 

「自分を回復しながら暴れるだろうな。俺だったら絶対殺すわ」

 

「俺もー」

 

 アクスが死亡した場合や殺すなど、とんでも理論を口にしながら引っ掛かりそうだと危惧するアルバートたちに今まで黙っていた団員たちが食って掛かろうとする。『なぜそんなひどいことを平然と言えるのか』と吠えた彼/彼女たちに、後ろから『以前、ギースが体験した出来事だからに決まっておろう』とディアンケヒトが声を上げた。

 

「お、爺様。早かったな」

 

「ギース、もう良いのか?」

 

「良いさ、こいつらに闇派閥(イヴィルス)のことを知ってもらう良い機会だ」

 

 そう言ってギースは詳しい事情を話し出す。

 以前、彼は別のファミリアに所属していた。今のアクスよりも少しだけ歳上の少年を団長とし、周囲の大人がそれをサポートするといった構図で誰1人欠けることなく中々楽しいダンジョンライフを送っていた。

 元々犯罪都市という別の意味で過酷な世界で育ってきたギースにとって団長は弟のような物であり、主神である女神は母親ともいえる存在だった。

 

 しかし、それは闇派閥(イヴィルス)によって破壊された。

 

 LV.2となって有頂天になったのだろう。1人でダンジョンに出かけて行ったはずの団長の躯が次の日、本拠(ホーム)の前に打ち捨てられた。

 派閥内はそれはもう大混乱したし、全員が動けずにいた中で女神だけは我先にと団長に駆け寄るのは仕方のないことだろう。揺り動かしても動かない団長に女神が傷の具合を確かめようと少年を激しく動かした時──。

 

 カチリという音と共に少年の亡骸と女神は爆炎に呑まれ、巨大な光の柱が上がった。

 

 その後のことはギースも無我夢中であった。女神が送還されたことで冒険者から一般人へと変えられた団員たちは散り散りとなり、後ろから聞こえる断末魔の声に目を背けながら走った末にたどり着いたのは【ディアンケヒト・ファミリア】。そこで偶然居合わせた【アストレア・ファミリア】のアリーゼたちに事情を話したことで闇派閥(イヴィルス)は排除できたものの、ギースの所属していたファミリアは壊滅。その後は飛び込んできたという縁からここの世話になっている。

 

「それってこの前、アクス君がやってた……」

 

「あぁ、あれだ。"なんでやり口を知ってるのか"って聞いてみたんだがな。昔に神様から警告されたんだと」

 

「あの頃は邪神とバレないよう素性を隠す神も居ったからな。その類じゃろう」

 

 下界の者は神に嘘は付けないが、神同士であったり下界の者に嘘を言うのはその限りではない。理不尽の押し付けのように感じるが、それこそが超常存在と言われる神々なので仕方のないことだと言える。

 まさか気を抜く時は目も当てられないほどちゃらんぽらんとなり、神々から【軽薄の癒し手】(フリッター)と呼ばれるほどの男にそんな過去があるとは思わなかった団員たちは何も言えずにいた。

 

「とまぁ、こんな話だ。これで分かったろう? 居るんだよ、世の中には死ぬまで人を傷つける正真正銘の悪党ってやつがな。闇派閥(イヴィルス)はそういうやつらの集まりだ。だから聖女様、俺を使え。あんたが危険を冒すぐらいなら、俺が真っ先に飛び込んで死んでやる」

 

「いえ、私の考えは変わりません。行かせていただきます」

 

 冷えっ冷えの空気でも構わず己を貫くアミッドに、ギースは肩を竦ませて説得失敗を身体で表現する。彼の反応に団員たちが『過保護なんです』と悪態をつくように叫んでいると、今度はディアンケヒトがアミッドに近づいてきた。

 

「儂も反対じゃな。既に秘薬については闇派閥(イヴィルス)も知っておろう。仮に捕まってみよ、相手に餌をくれてやるに等しいことではないか?」

 

「ですが……。やはり、あの呪いは許すことが出来ません」

 

 ディアンケヒトはやや強めに。それこそ捕まった時のことを想像させるかのようなことを言ってアミッドを脅すが、少々口ごもったもののすぐさま平常に戻った彼女は考えを曲げない。

 アダマンタイトどころか最硬金属と名高いオリハルコン並の信念に打つ手なしと主神共々頭を悩ませる古参たちに、ここ最近入ってきた新人のトレオが手を挙げた。

 

「あの、マルタさんたちやアクス君は失敗したら死ぬことが確定しているように聞こえたんですが、団長は生き残るんですか?」

 

「ん? あぁ、事故とか当たりどころが悪かったりで即死とか色々あるだろうけどな。手加減されたら十中八九、生き残る」

 

「生き残らされるという言い方が正しいじゃろうな。少なくとも、確保しておけば無限に金が生まれる雌鳥じゃし」

 

「あの、もう少し言い方を考えてもらっても良いですか?」

 

「言い方をちゃんと考えて言った結果だと思うぜ? 現にマルタたちも黙ってるだろ?」

 

 どうやら今度は闇派閥(イヴィルス)がどのようにアミッドを使うかで攻めてくるようだ。

 しかし、使い方と言っても自身は単なる治療師(ヒーラー)でしかない。捕まえても回復させるばかりではないだろうか。

 そんな自分の価値をあまり分かっていない発言に今もダイダロス通りあたりでトコトコ歩いているだろうポメッとした末っ子の姿を幻視したそれぞれは、自分たちの額に手を抑えながら彼女の頭を小突きたい衝動を抑えているとディアンケヒトが率先して口を開く。

 

「お主はこの都市最高の治療師(ヒーラー)ということを忘れたか? それが闇派閥(イヴィルス)の手に渡ってみろ。お主がこの前、【勇者】(ブレイバー)に言った擬似的な不死の軍団がオラリオに襲いかかるぞ」

 

「……あっ」

 

 うっかりすら生温い天然具合にディアンケヒトは頭が痛そうにするが、気を取り直してギースの方を向き直る。温かな笑みを浮かべる主神に彼は薄ら寒い物を感じたが──その予感は当たっていた。

 

「ギース、お主ならこやつをどう使ってどう稼ぐ」

 

「ふざけんな爺様! なんで俺なんだよ! アルバートとかタブザに言わせりゃ良いじゃねぇか!」

 

「ちゃらんぽらんなお主が適任じゃ! それにお主の方が手練手管に長けとるじゃろ!」

 

 なにやらギャイギャイ騒ぐものの、結局『クソ爺様がよぉ!』と悪態をついたギースがアミッドに近づいて足元から観察し始める。後ろから『後で処すわよ』というマルタやベルナデットの声に心の中で再びディアンケヒトへ文句を言った彼は、自身の今までの記憶などからアミッドを値踏みした。

 

 背は小さいながらもすらりと伸びた足にキュッと締まった腰。そして人形のように可愛らしい顔と流れるように美しい銀髪。

 少なくとも故郷である犯罪都市に居た有象無象や化け物たちが束になっても敵わないことが分かったギースは、今一度気合を入れ直すと口を開いた。

 

「まずはオラリオ(ここ)に置いておくのはまずい。だから、我が故郷の犯罪都市にご招待して……風呂に沈める」

 

「具体的には?」

 

「はぁ……。花、素材、治療。この3本柱で1年後には億万長者ってぇ! だから嫌だったんだよ!」

 

 下種にも程がある回答がギースの口から飛び出した瞬間。顔から火が出たかのように真っ赤になったアミッドがその場で蹲り、彼女以外の女性団員が彼に襲い掛かった。

 やれ『最低』だの、やれ『タマぁとったらぁ』だの、やれ『ご法度野郎』だのと罵詈雑言と共に飛んでくる肉体言語(こぶし)に見舞われたギースはボロボロ状態で『だから嫌だったんだぁ!』と叫んだ。

 

 すると、案外早く回復したがそれでも本調子では無さげにおずおずと手を上げるアミッド。

 

「その……。確かにその……ゴニョゴニョ……もあり得ますが、私は表情があまり変わりませんからゴニョゴニョ……の方は需要がないのでは? 胸もティオネさんよりはないですし、何の面白みもない女ですよ?」

 

「心配するのそっちかぁ。まぁ、俺が言うとギースみたいにボコボコにされそうだからなんも言わんが、"そっち以外"が面倒なんだよなぁ」

 

 たしかにアミッドは美少女だ。【戦場の聖女】(デア・セイント)というネームバリューを抜いても()()()()()()は付くだろうし、オラリオ1の治療師(ヒーラー)ということで大金を支払ってでも治療して欲しい貴人も両手両足の数を足しても到底足りないだろう。

 

 しかし、アルバートが危惧しているのはアミッドの心配とは全く別のことだ。

 ケヒトの湯で判明したアミッドの出汁。もとい、残り湯が天然温泉さながらの効能を持つことに加えて血は呪詛(カース)を癒す秘薬の触媒にもなる。この調子で調べたら、全身至るところが薬の原料や諸々効果のある秘薬の材料になるのではないかと邪推するのも無理もないことだ。

 

「素材役として無理矢理生かされると?」

 

「それも可能性としてはある……が、逆もあり得る」

 

「え、殺しちゃったら素材が取れないじゃないですか」

 

「ドロップアイテムと同じだ。"殺さなきゃ取り出せない素材"欲しさに殺す可能性も十分にある。……俺の妻のようにな」

 

 悔しそうに顔を歪ませるアルバート。そんな彼の妻を知っているアミッドは、『そうでした』と顔を俯かせた。

 

 昔、アルバートには妻が居た。……いや、妻と言えるような間柄の女性が居た。

 彼女は【ディアンケヒト・ファミリア】に所属しており、神々の名付けた【笑顔の癒し手】(グレイスフル・スミル)という二つ名がよく似合うほどに笑顔が似合い、献身的に人に尽くす治療師(ヒーラー)であった。

 そんな姿に当時は【マグニ・ファミリア】に籍を置いていたアルバートは惹かれ、やがて彼女と恋仲となった記憶は彼の中でも未だ宝物である。

 特に『ファミリア間での恋』ということでちょっとした問題に発展しかけたが、既に彼女の腹に宿った新しい命を前に『ディアンケヒトじぃじですよ~』や『マグニじぃじだよ~』といった具合で瞬く間に問題が収束したのは彼の中でも3本の指に入るぐらいの面白エピソードである。

 

 ──そう。ここまでは良い思い出()()()

 

 とある日、負傷者を発見した第三者が治療院に駆け込んでくる。あまりにも要領を得ない説明に、実際に現場を見ようと数人の治療師(ヒーラー)が第三者に同行。しかし、その第三者の正体は闇派閥(イヴィルス)。それも待ち伏せされてからの包囲殲滅という教本のお手本のような手際で全滅した。

 

 その中に【笑顔の癒し手】(グレイスフル・スミル)の姿もあったが、アルバートの悲劇はそれだけでは終わらない。回収された彼女の一部──子を宿した部分がどこにもなかったのだ。

 最終的に下手人は捕まったものの、その正体は様々な呪詛(カース)や邪神の入れ知恵によってすっかり気が振れたエルフ。呪詛(カース)の影響か口から血を吐きながら虚空を見ながら『なんであの人の子供を身籠らないのよ!』と泣き喚きながら収監され、その数日後に獄中で亡くなった。

 

 その場で処断することが出来ず、かといって【ガネーシャ・ファミリア】の見張りを打ち倒してまでその手で葬ろうとする気も起きない。その間に敵は獄中死という振り下ろした手の着地点を本格的に見失ったアルバートは、彼女の遺志を継ぐように【ディアンケヒト・ファミリア】の扉を叩いた。

 

「そのエルフのお相手、ドワーフだったんだよ。笑えるだろ、どう考えても不可能なことのためにカーラも子供も犠牲になったんだ」

 

「臓器療法と呼ばれるものじゃな。当然として医学的根拠はない迷信だが、正常な思考が出来ない者にはよく効いたじゃろう」

 

 本来は『病んでいる部位と同じ部位の動物の臓器を食べれば治る』という民間療法だが、邪神あたりが()()()に誤った情報を流したのだろう。

 神々の中には下界の存在を玩具にする輩も居るため、その哀れな犠牲者の1人──と飲み下せるほどアーノルドの喉は広くない。

 

「これで分かったろ? 団長、それでもまだ行くというならもう止めねぇ。その代わり、俺とギースをクノッソスの入り口に配置するように編成を変えてくれ」

 

「私は……」

 

 亡くなった団員のことを思い出したのか、いつもの鉄面皮から不安げに思案し出すアミッド。そんな彼女にディアンケヒトは再び大きく息をつくと、『今は1人でよく考えるのだ』と言って彼女を部屋へ返した。

 後に残された団員が古参の決めた『アミッドが居ない場合の配置』を伝え、それぞれが業務に就いていく中で主神であるディアンケヒトだけは『エニュオめ』とロキから伝えられた未だ正体が掴めない闇派閥(イヴィルス)を取りまとめているであろう神の名前を忌々し気に呟く。

 

***

 

 時を同じくして、我らが小さくてポメっとしたナマモノことアクス・フローレンスはと言うと……。

 

「もしもーし、大丈夫ですか?」

 

「あの、私のような声真似をしながら木の枝で突っつくの止めてくれませんか?」

 

 ダイダロス通りにて、地面に倒れ伏した1人のエルフ(リュー・リオン)に対して声掛けしながらそこら辺の枝で彼女の身体を突っついていた。




ぶっちゃけ、ダンまちの雰囲気にそぐわないかもしれないと反省している。
でも、ソードオラトリアの局所局所でこういったダーティな描写もあるし…。
俺は悪くねぇ! フレイヤ・ファミリアのヴァン先生がやれって言ったんだ!


アクス
 今回ほとんど出番がなかったパルゥム。
 仮にクノッソスで捕まった場合は爆弾を持たされても戻って来たり、爆破で傷付いた肉体を無理矢理回復させてアミッド救出に向かったりとハチャメチャなことになることが確定している。
 その様相ははかいこうせんやブレイブバードといった反動技無効化しながら突っ込んで来るポケットなモンスター。あるいは火星軌道上から放たれた杭に当たっても尚、敵を屠る狼の王(ルプスレクス)のごとく暴れ回る。
 忘れてはいけない。このポメラニアンは威嚇しながら近づいて来るレッサーパンダレベルから下層モンスターレベルまで可変式の脅威度を持っているナマモノなのだ。利用価値より危険性の方が高いのだ。

 ちなみに最後の『もしもーし』は医者で毒遣いのリューと似たような声色の人に似ているとか何とか。

アミッド
 煮て良し! 抱いて良し! でも、生き肝は嫌!な聖女様。
 ぶっちゃけ、これ以上のことは頭に浮かんだけどR元服じゃないからね。
 すべては無茶な労働をさせたディアンケヒト様(上司)が悪い。

アルバート
 おとぎ話の英雄と同じ名前のLV.2。元マグニ・ファミリアの壁役で、今でもドルムル・ボルスタ含めたドワーフたちとたまに飲みに出かけている。
 かなりの量の酒を日常的に飲むため、【泥酔の城壁】(ドランク・バスティオン)の二つ名は伊達ではない。
 内縁状態の妻を身籠った子供共々失っている。
 団員A「だから、その寂しさをお酒で紛らわせてるんですね」
 団員B「可哀想…」
 アルバート「え、好きで飲んでるんだが? 妻の出会いも酒飲み過ぎて担ぎ込まれたことだし」

カーラ
 内縁状態であったアルバートの妻。どこかのリユース・サイコ・デバイスは関係ない。
 こちらもLV.2で【笑顔の癒し手】(グレイスフル・スミル)の二つ名を持つ回復魔法持ちの治療師(ヒーラー)

 怪我人が居るとおびき寄せ、予め呪いや邪神の甘言で狂わせた信者を動員して彼女や数人の団員を殺害した。
 なお、種族の関係で当然ながら孕まないために信者が食って掛かるが、当の邪神は素知らぬ顔で『あ、マジでやったんだw受けるww』と言ったことから信者は本格的に狂ってしまった。
 ちなみに、カーラの襲撃とその後の遺体の状況は都市伝説『青ゲットの殺人事件』と『肝取り勝太郎事件』がモデル。
 
ギース
 犯罪都市出身。元々別のファミリアに居たが、壊滅してディアンケヒト・ファミリアの世話になっている。
 ディアンケヒトを『爺様』とは呼んでいるが、それなりに敬意はある。
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