ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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93:研ぎ直し

 なぜ、アクスがアイズと共に都市最強の前に立っているのか。それはフレイヤと共に戦いの野(フォールクヴァング)へと戻ってきた時まで遡る。

 フレイヤと同伴ということで羨望どころか射殺されんばかりの視線を当てられたアクスであったが、迎えに来てくれたロナたち満たす煤者達(アンドフリームニル)に回収されるや否やヘイズの元へと連れて来られた。

 

「伸びーる」

 

「伸びーる」

 

「ってそんなことしている場合じゃないわね。何があったの?」

 

 脇を抱えられて胴が長く伸びた──ような感じで遊ぶ2人であったが、冒険者依頼(クエスト)でもないのに戦いの野(フォールクヴァング)へやってきた意図を問うヘイズにアクスはフレイヤに見せた鍵を突き出した。

 何を隠そう、これを入れたのはヘイズである。後から【ロキ・ファミリア】が血眼になって探している闇派閥(イヴィルス)のアジトの扉を開閉するカギとオッタルから伝えられた時は『報・連・相!』と大声をぶちかましたものだが、アクスの役に立つのならと回収もせずに放置していた代物である。

 

 本来であれば『忘れ物』と言ってアクスから回収するべきだろうが、【フレイヤ・ファミリア】は闇派閥(イヴィルス)の件は静観を決め込んでいるために無用の長物。それならばアクスに与えたいが、先の話からフレイヤも鍵の件を知っているので独自判断は主神の機嫌を損ねてしまう危険がある。

 

 さて、どうしようかと言ったところでロナがアクスを回収時にフレイヤからの伝言をヘイズに伝える。

 

「あ、ヘイズ様。フレイヤ様が"ヘイズに任せるわ"と仰ってました」

 

「任せてもらえるのなら……、そうね」

 

 主神からフリーハンドを与えられたヘイズだが、すぐさま行動に起こさず深く思考し出す。このまま『ほいっ』とアクスに鍵を渡すのは簡単だし、彼女自身も何かの役に立つだろうとこっそりバックパックに鍵を投げ入れた節がある。

 しかし、改めてこの場で考え直すとそれで本当に良いのだろうか。そんな疑問を頭の中で巡らせたヘイズは、アクスに質問をしながら代替案を模索していく。

 

「"アクス"。あなた、【ロキ・ファミリア】についていく予定でしょ?」

 

「なんで知ってるの?」

 

「今は私が質問してるの。質問に答えなさい」

 

 珍しく名前呼び。さらには有無を言わさない雰囲気にアクスは狼狽える。そんな彼の様子にヘイズは内心『やっぱり』と残念な気持ちが込み上げてきた。

 しかし、往生際が悪いヘイズはアクスの口から真相を知りたいと、信者たちから聞いた情報をもとにヘディンが推測した【ロキ・ファミリア】の行動指針を語りだした。

 

「【ロキ・ファミリア】と一緒に近々、闇派閥(イヴィルス)の拠点を叩きに行く……そうよね?」

 

「うん」

 

 もはや誤魔化しきれないため、アクスは肯定を示す。そんな彼にヘイズはより一層悲しい気持ちになった。

 

 アクスをバカ弟子と呼んでいる彼女だが、その実そこら辺の有象無象よりも彼のことを大切に思っている。それこそ、常日頃から【フレイヤ・ファミリア】に改宗を勧めるのも半ば……5割……否、()()ほど本気で勧誘していることから彼への慈しみは計り知れるというもの。

 

 ゆえにーー。

 

「アクス、改宗(コンバージョン)しなさい」

 

 既に何度目かも分からない勧誘をするのは仕方のないことだった。

 無論、ここでアクスが首を縦に振ればヘイズはそれこそ()()で事を起こしただろう。すぐにでもフレイヤに頼み込み、強靭な勇士(エインヘリヤル)ではなく満たす煤者達(アンドフリームニル)かヘルンたち従者として安全を確保した後にゆっくりと戦いに関する知識を吸収しながら成長してもらい、ゆくゆくはロナたちのような腹心の1人として戦闘面で活躍してもらう。

 それこそがヘイズの考えるアクスの運用法であり、活用法だ。

 

 ただ、それはまさに夢物語(IF)の話。ヘイズがこの期に及んで改宗(コンバージョン)を勧めた理由は、『危険から遠ざけるため』の措置である。

 今のアクスは年齢からしてみれば破格の性能ながらも精神的には年齢相応のお子ちゃま。さながら取り回しが効かない高性能機のような立ち位置だ。

 そんな子を暗黒期の再来と言えるような戦場に身を置かせること自体間違っているし、譲歩に譲歩を重ねて戦場に出すにしても彼の精神は【ディアンケヒト・ファミリア】という人を助ける力に長けた土壌やアミッド・テアサナーレという奉仕精神溢れた聖女の影響で()()()()()

 その優しさは時に取り返しのつかないことに発展することがあるのは、あの地獄を駆け抜けたヘイズは知っていた。

 

 出来るならばその力を振るうのは頑固な汚れの如く闇派閥(イヴィルス)が燻っている今のオラリオではなく、『普段』のオラリオにして欲しい。彼女はそう願って改宗(コンバージョン)を提案したのだが──。

 

「だめだよ、師匠。僕はお姉ちゃんの背中を追うって決めてるんだから」

 

「じゃあ、戦いが終わるまでここに居るのは?」

 

「それも嫌。お姉ちゃんが行く限り、僕もついていく。改宗(コンバージョン)が条件ならその玉はいらない」

 

 相変わらずのお姉ちゃん(アミッド)至上主義によって拒否される。ただ、言わんとしていることはヘイズもよく分かるし、共感も出来てしまう。

 彼女も彼女で女神(フレイヤ)至上主義。フレイヤが前に出るのであればはせ参じるのは普通だし、億どころか兆に一つだがフレイヤの身に危険が迫れば盾になることも厭わない精神性を持っている。その辺がアクスと通ずるところでもあり、ヘイズが彼を気に入る一端となっているのだが……。今回ばかりは今までのような警戒心が一切ないポメラニアン状態でクノッソスに向かってもらっては困るのだ。

 

 ただ、それをアクスに分かってもらうのは至難の業ともいえる。ヘイズ自身も幹部辺りから『そんな気持ちで戦いに出るな』的なことを言われて出撃を禁じられれば、場合によってはキレる自信がある。

 そんな彼女が同じような精神構造のアクスを上手く丸め込むなど生半可なことでは出来るはずがない。

 

「どうしたら分かってくれる?」

 

「一応、僕も冒険者だから大丈夫だもん。【ディアンケヒト・ファミリア】に所属してるもん」

 

「一応って言っちゃうところがもう駄目なのよね~」

 

 迷いに迷ったものの良い案が浮かばない。なんだか手持無沙汰になったヘイズがアクスを呼び寄せると警戒することなく傍に来るため、『これなのよね』と呆れながら自身の膝の上に乗せる。

 

「師匠も来たら?」

 

「出来るわけないでしょー」

 

 もしかしてこの子は遠足にでも行く腹積もりなのだろうか。どう考えても出来そうにないことを気軽に言ってくるため、ヘイズは制裁とばかりにアクスの頬を引っ張って遊びだす。

 

「はぁ……。仕方ないわね」

 

 このパルゥムに何を言ってもアミッドと共にクノッソスへ赴くという意思は曲げないだろう。ため息交じりにヘイズはクノッソスの鍵をアクスに渡そうとして──鍵を持っている手を真上に上げた。

 まるで幼少期に某正義を司るファミリアの女剣士がやってたような振る舞いに、『あーっ』と昔のような声を出すアクスの顔にちょっとツボったヘイズは笑いながら『待て』と命じる。

 

「待てよ〜、待て! ……このままこれを投げたら本当に取ってきそうね」

 

「あり得そうですけど、止めておいてください」

 

「それよりもヘイズ様。そろそろ本題に戻られては?」

 

 話が進まないためにロナたちが軌道修正を提案すると、『素人は黙っとれ』と言いたげに口をへの字に曲げたヘイズがようやく本題である条件を提示する。

 

 1つ目は鍵を【ロキ・ファミリア】に渡さないことである。

 いくらアクスがフィンに鍵を渡したとしても、どこに他の派閥の目があるかも分からない。特に神は話を捻じ曲げる節があるため、『【フレイヤ・ファミリア】が【ロキ・ファミリア】に支援物資を送った』などいわれのない噂が立つのは主に【フレイヤ・ファミリア】側がムカ着火ファイヤーする未来しか見えない。

 

「良い? 絶っ対に渡しちゃだめよ?」

 

「んー、分かったー」

 

「ヘイズ様、この子絶対分かってないですよ」

 

 安定の分かってるのかよく分からない返事。しかし、ここで怒ってはいけない。

 最近アクスの操縦法について分かってきたヘイズは、『フレイヤ/ロキ和解って噂が流れたら、絶対私たちが黙ってないわよ。最悪、闇派閥(イヴィルス)そっちのけでオラリオ巻き込んだ抗争になるわよ』と仮に神々が面白おかしく話した場合を具体的に語って脅し出す。

 子供ゆえの想像力の高さにより、『そうなった未来』が見えたのだろう。膝の上でガクガク震えるアクスをテーブル上にある焼き菓子で宥めつつ、ヘイズは2つ目の条件を提示する。

 

「戦い方や心構えをもう一度鍛え直しなさい。ちょうど今、【剣姫】がオッタル様と戦ってるから混ぜてもらってくるの」

 

「……なんて?」

 

 耳が遠くなったかと思ったが、戦いの野(フォールクヴァング)の奥の方で風が吹き荒れる音や大地を叩き割る轟音が聞こえて来るのでおそらく本当なのだろう。

 しかし、鍛え直すという話は一旦おいておくとして、なぜ相手がオッタルなのだろうか。そのことについて疑問を口にすると、ヘイズたちはそれぞれ顔を見合わせながらひそひそ話し出した。

 

「ヘイズ様、これは誘い受けでしょうか?」

 

「私たちで相手してあげるべきでしょうか?」

 

「私たちがやったら閉じ込めるに決まってるでしょ。却下」

 

 イルデやロナが両手を強く握りながら力説するものの、自制心を極限まで高めたヘイズがその提案を拒否する。仮にここでヘイズ含めた満たす煤者達(アンドフリームニル)がアクスを鍛え上げる相手を務めた場合、十中八九──否、()()()()()は『あれが駄目』や『ここが駄目だからまだクノッソスには行かせない』といった駄目だしを何度も出しては彼のクノッソス行きを阻むに違いない。

 それほどまでに今のアクスの小型犬っぷりが危なっかしいのもあるが、今まで割安などで【フレイヤ・ファミリア】の財政を助けてくれたことは周知の事実なためなので()()()()頑張っちゃう可能性も無きにしも非ずなのだ。

 

「バカ弟子、オッタル様は嫌なの?」

 

「オッタルさん、忙しいでしょ? 団長だし」

 

「アクス君、そっちの団長とオッタル様は違うんだよ?」

 

「そうそう、あの人は"オッタル様"だから。違う人種だから」

 

 やはり『団長職』ということで余計な気を回したことが判明するや否や、ヘイズたちはオッタルはアミッドのようにどブラックな環境下に置かれていないことを説明。それどころかフラッとダンジョン深層に入っては色々ドロップアイテムを持って帰って来る患者を前にしたアクス並に無軌道な存在なため、逆にどんどん頼るようにと猛プッシュする。

 

「でも……」

 

「バカ弟子。じゃあ、ヘディン様にやってもらう? 焼け焦げて死ぬわよ?」

 

「アレン様でも良いよ。すぐに突き殺されちゃうけど」

 

「ヘグニ様は……駄目ですね。いつの間にかボードゲームしてそうなイメージしか湧きません」

 

 まるで逃げ道を塞ぐように他の幹部と相対した場合をつらつらと言っていくヘイズたち。ここにガリバー兄弟が居ないのは、彼女たちのお姉ちゃんもどきの勘が『あの人たちに任せても甘やかすか、難癖付けてここに縫い止めよう(自分たちと同じことをしよう)とするだけ』と告げたからだ。

 幸運にもアクスはガリバー兄弟のことを言及してこなかったため、胸を撫で下ろした彼女たちはそのまま部屋を出て戦いの野(フォールクヴァング)の奥で死闘を繰り広げるオッタルたちの元へ向かう。

 いきなりアクスを連れてきたことに珍しく怪訝な面持ちで『なんだ』と問うた彼に、ヘイズはアクスを下ろしながら立ち向かうべき困難に今のアクスでは素養や力が不足であることを話す。

 

「……【小神父】(リトル・プリースト)は既に力を持っている。余計なことは」

 

「お言葉ですが、彼に何かあった場合は我々の仕事量は永続的に増えます。その対応はどのようにお考えでしょうか」

 

『するな』と言い終わる前にオッタルの精神的急所を突いた。

 彼は団長の身なれど、ファミリアの運営には不得手である。さらには幹部含めた全員がフレイヤの寵愛を求め、他者は蹴落とす存在。力こそ全てという超脳筋な考えが蔓延していた。

 

 ゆえにそのしわ寄せはろくに人員補充もされない裏方に押し寄せてくる。

 万が一にでもアクスに何かあった場合、【フレイヤ・ファミリア】にわざわざ往診に向かってくれるような超がつくほどのお人好しは居なくなる。そこから導き出される答えはーー寝ても体力が全回復しない程の激務(デスマーチ)である。

 

「……分かった」

 

 有無を言わさないと言いたげな圧に、オッタルは地面に腰を下ろす。剣を構えていたアイズもそれに倣って座り込み、緊張走る訓練の場がいつの間にか話し合いの場へと変貌する。

 

「何が知りたい?」

 

「師匠が近い方とか心構え? を鍛えなおしなさいって」

 

 どうやらアクスの録音と再生機能はあまり性能がよろしくないようだ。見かねたヘイズが【ロキ・ファミリア】と闇派閥(イヴィルス)の残党を叩く作戦にアクスが参加することと、彼の優しさが足かせとなる危険性があること説明する。

 すると、ようやく理解が出来たのか『分かった』と頷くとーー。

 

「アクス、俺たちのようになれ。だが、完全に俺たちになるな」

 

「何、言ってるんですか? 猪野郎(オッタル)様?」

 

 トンチのようなことを言い出した団長に思わず心の声がちょろっと漏れてしまうヘイズ。それでも【フレイヤ・ファミリア】の裏方を支えてきた経験から超圧縮言語の類いだと思い至った彼女は『圧倒的に言葉が足りない人(ヘグニ様)よりマシですね』と、事情聴取を開始した。

 

 オッタルの言いたいことは、【フレイヤ・ファミリア】の基本的な考え方である『主神(フレイヤ)の道を阻むものを排除する』ことを踏襲しつつ、『オラリオ中の人々を癒す』という【ディアンケヒト・ファミリア】の理念やアミッドの願いを体現するという一見するとかなり難しいことだった。

 しかし、()()()()()()()()さほど難しいことではない。治療の障害になり得る者たちを排除し、患者を速やかに癒す。【フレイヤ・ファミリア】であれば女神の進む道を阻む愚か者なので『排除 = 殺害』が同義として語られるが、そこは【ディアンケヒト・ファミリア】の理念に従って無力化。後に助けるも、拘束するもご自由に──という感じだ。

 

「オッタル様、意外と考えてらっしゃるんですね」

 

「俺も……お前たちに言われて少しぐらいは思うところがあるからな」

 

「なら、早々に環境改善をしていただけるという認識で構いませんか?」

 

「…………」

 

 これまた圧のある念押しにオッタルはひたすら黙る。ここで頷きでもしたら七面倒くさいこと──具体的には仕事が新たに加わる予感を武人の本能が感じ取ったからだ。

 そんな彼の心情が透けて見えたのか、『オッタル様はオッタル様ですねぇ』と毒を吐いたヘイズはアクスの方を向き直る。『分かった?』と確認を取るが、理念だの根幹(カン☆コーン)だのとお子ちゃまには少々早い言葉が散見されたために彼はすっかり固まってしまっていた。

 

「いきなり難しい話をされて固まってる。私……も難しかった……です」

 

「バカ弟子はともかく、【剣姫】は分かってくださいよぉ」

 

 アクスどころかアイズすらも分かっていない状況に、ヘイズは気疲れを多分に含んだ吐息を漏らす。【ロキ・ファミリア】の教育内容に苦言を呈したかったが、他派閥の内部干渉になるのでその文句を唾を飲み込むことで無理矢理腹に納めた。

 

 そんな某ハイエルフが居たならば『アイズ(こいつ)が事あるごとにダンジョンに潜るから』とアクスと関係ない所で説経が始まりそうなアイズの反応を余所に、ヘイズは出来る限りかみ砕いて話す。

 速い話が『アミッドに手を出されるのが嫌なら、その前に骨を折るなど全力で無力化。後で治療なり、"色々"してあげればいい』と説明をする。

 

 しかし、何を曲解したのか。【フレイヤ・ファミリア】魂をふんだんに盛り込みつつ、【ディアンケヒト・ファミリア】の理念をそれとなくちりばめた説明でもアクスは変な考えに舵を取った。

 

「つまり、力で抑え込む。力……筋肉……?」

 

「バカ弟子、筋肉は関係ないのよ? それに、その身体を筋肉達磨にすることは絶対阻止するから」

 

 子供特有の柔らかいぷにぷにな身体(ぼでー)をオッタルのようなガチムチゴリマッチョに変貌させるなど、世界の損失である。そんな冒涜ともとれる行為にヘイズは注意するが、横に居た筋肉の権化(オッタル)がやる気になってしまう。

 

「良いだろう、お前も参加しろ。【剣姫】、休憩は終わりだ」

 

「うん」

 

 まるで同士を見つけたかのような声色になったオッタルが再び臨戦態勢に入る。アイズも剣を構え出したため、もはや止めることが出来なくなったヘイズは『もう知らね』と早々にその場を退避。残念ながら仕事は待ってくれないという悲しき運命に抗えずに、目から血涙を出す勢いで仕事に戻っていってしまった。

 

***

 

 LV2とLV7。結果などそこら辺の子供でも分かる圧倒的格差ではあったものの、アクスは()()()()()()()

 無論、オッタルがどこかのミノタウロスとの修行でようやく会得した手加減をふんだんに使っているということもあるが、アイズの横槍も大いに関係していた。

 

「ぬぅん!」

 

「ふっ!」

 

 いまもまた、アクス目掛けて振り下ろされた大剣の横っ腹をデスペレートで刺突することで無理やり軌道をずらす。寸止めする気もなかったのか、それとも並外れた怪力で無理矢理止めようとしていたのか定かではないが、アクスを断ち切ることなく大剣は彼の横に()()する。

 

 まるで砲弾が間近に落ちてきたような轟音と衝撃に顔を引き攣らせたアクスだが、すぐさまオッタルに対して貸与された槍を突き出す。あくまでこれは模擬戦という『建前』はあるものの、今のアクスがオッタルに攻撃を通すことは『不可能』だ。

 しかし、何度も言うがこれは模擬戦。先ほどの攻撃でかなり怪しかったものの、いくら失敗しても命を失うことは……おそらくない。

 訓練は本番のように。本番は訓練のように──といった具合に、何もせずにいるのは愚の骨頂である。一縷の望みを託したアクスが狙う先は、頭と比べると当てやすい身体。それも治療師(ヒーラー)としての見地から致命傷になりやすい脇腹付近を狙う。

 

「やはり、お前は油断ならんな」

 

 感嘆するような言葉とは裏腹に、オッタルは身を捩ることでアクスの繰り出した槍の一撃を簡単に回避。その勢いで丸太のような太さの足でアクスを薙ごうとするが、その場に這いつくばることで足蹴から難を逃れた。

 

 すると、蹴撃を繰り出したことで片足のみとなった瞬間を狙い、アイズが宙に浮いた右足とは逆方向から攻撃を仕掛ける。回し蹴りをするには中途半端な距離。されど、左足は軸足となっていて対応することが出来ない。いかに常識を彼方に置いて行ったような強さを誇るオッタルでも難を逃れるのは至難の業だろう。

 

「良い連携だ」

 

 しかし、オッタルはあえて()でデスペレートを殴りつけた。ガンッともゴンッとも言い難い轟音を立てた不壊属性(デュランダル)というだけあってビクともしていない──が、先ほどの意趣返しのようにアイズの剣閃が僅かに鈍った。

 

 そんな攻防が幾度か続けられたが、戦況は芳しくなかった。アクスやアイズの攻撃は空を切り、対してオッタルの攻撃は2人に当たり始める。

 特にアイズは酷い。自然災害すら生易しい暴風に晒され続けた彼女の身体はアクスが時折治癒魔法で癒した端からダメージを負い、癒しきることが叶わない。

 さらには詠唱の声が聞こえたと同時にオッタルがアクスの方に狙いを変えてくるため、超短文詠唱である自動治癒魔法(オート・ヒール)でしか回復を差し込むことが出来ずにいる。魔法の取得は完全に運だが、ヘイズの言葉や魔法で自動治癒魔法(オート・ヒール)という内容の魔法があることが分かっていて良かったと思いつつ、アクスは掠っただけで死ぬ危険性を孕んだ状況でひたすら攻撃と回復に努めていた。

 

「ヘイズから学んだか?」

 

「はい」

 

「それで良い。お前は俺たちとは違う。この戦いで存分に試せ」

 

 相変わらずの言葉足らずだが、言わんとしていることは分かるためにアクスは返事をする。

 

治療師(ヒーラー)は倒れてはいけない』常日頃ヘイズから言われている言葉である。

 口では簡単に言えるし、それを実現するには『戦わない』という選択肢を取るのが最善手ということもよく分かっている──が、現実はそうではない。

 例えばダンジョン。前のみに集中し過ぎて後ろから生まれてきたモンスターに挟み撃ちに合い撤退や全滅となった例は冒険者にとっては『あるあるネタ』として定着しているほどありふれている。

 対人戦に至っては、むしろダンジョンよりも過酷だ。治療師(ヒーラー)というのが相手にとって面倒くさい存在であることは周知の事実であり、相手からしてみれば真っ先に倒す対象ともいえる。

 

 どちらにも言えることだが、治療師(ヒーラー)として戦線に立つ以上は3つのことを気にしなければならない。

 

 1つ目は立ち位置。後ろ過ぎでもなく、かといって前過ぎでもないちょうど良い位置を模索しなければならない。

 2つ目は回復のタイミング。冒険者──特にアイズのような上級の上澄みは()()()()()()()()()()()。その辺も踏まえ、一連の行動が終わった後に癒してあげねば動きに無駄が出来てしまって怪我に繋がるためにタイミングを計らねばならない。

 3つ目は攻撃も視野に入れること。治療師(ヒーラー)とは言っても先に述べた『イレギュラー』もあるため、必要最低限の自衛や敵を打ち倒す術は必須である。

 特に強者はその辺の嗅覚が敏感だ。攻撃をしてこない治療師(ヒーラー)など『どうぞ攻撃してください』と言っているような物なので、最低限『こいつと戦うとちょっと面倒』と思わせるぐらいの戦闘力を示し続けなければならない。

 

 特に3番目はアクスがこの歳になるまで育んできた優しさから苦手中の苦手に当たる事柄なのだが、オッタルは『そんなことは知るか』とばかりに少しでも攻撃の頻度が落ちればガンガンアクスに向かってくる。ヘイズもそこら辺を気にしてオッタルに彼を預けたのだろうが、それを加味してもオッタル(LV.7)前衛(アイズ)をなぎ倒し、『勝ち取りたいものもない』(BB素材)と言わんばかりに猛然と走り寄って来るのは若干やり過ぎ感が否めない。

 

「や”あ”あぁ”あ!」

 

「泣いている暇はない。さっさと構えろ」

 

 明らかに別の要因で泣いているのだが、残念ながら女神に拾われた時から全てを武に費やしたオッタルには子供の心なんて分かるわけがない。

 その後も無我夢中で攻撃を避け、攻撃を当てようとし、その合間にアイズへ自動治癒魔法(オート・ヒール)をかけるといった『治療師(ヒーラー)って何だっけ?』な訓練が行われた。

 

 そして、数時間後。

 

「あの、私ここまでやれって言ってませんよね?」

 

「むぅ……」

 

 怒り心頭のヘイズの腕の中にはぐったりしたアクスの姿があった。

 彼女の考えでは、多少痛い目を遭ってでも他者を攻撃するという認識や鈍っているであろう対人でのあしらい方をちょっとでも研ぎ直してくれたらそれで万々歳だった。

 その結果がLV.6とLV.7のガチ戦闘の間に入っての戦闘である。もはや何がどうしてそうなったとしか言いようのない事態にヘイズがもはや怒りすら見せずに笑みを浮かべ、気まずいのかオッタルが唸る。

 

 しかし、アクスやアイズも悪いのだ。彼/彼女らが言われたことをきちんと反映し、本気でオッタルを打倒しようと動いていたのだ。

 

(良い戦いだった。これで俺もまた1つ、高みへ昇れるだろう)

 

 そう思いつつ、オッタルはアクスの方を見ながら先ほどの戦闘の際に顔を掴まれながらも相手に1撃を与えることを優先したアクスのことを思い返す。大きな手で視界のほとんどを塞がれた上に掴まれたとあっては引き剥がそうともがくのが普通である。

 しかし、アクスの場合はそれを攻撃の起点とした。残念ながらオッタルに攻撃が当たることはなかったが、その『攻撃をしようとする精神』を彼は高く評価していた。

 アイズに関しても同じである。手を変え、品を変え、時には連携をしながらオッタルを逆に食らわんとする【フレイヤ・ファミリア】の幹部以外では久しく感じてこなかった感覚に彼は大変満足していた。

 

 特に自身の気付かなかった癖に気付けたのは大きい。咄嗟の場合は無意識に右腕で近接攻撃を行うという何の変哲もないものだが、強者との戦いはその癖すら命取りとなる。

 思考をすれば咄嗟の時に出遅れるが、反射は癖となって相手に付け入る隙を与えかねない。思考と反射を適度に融合させた動き方こそオッタルの考える究極のスタイルなため、反射側に寄っているという気付きはそれだけでこの模擬戦の価値を何十倍にも高めていた。

 

 ゆえに──。

 

「……興が乗った」

 

「乗ったからって。……はぁ、もう良いですよ」

 

 ここで言い訳すればまだ可愛げはあっただろう。それでも尚、言葉短く『俺は悪くない風』を装うオッタルにヘイズはため息交じりで治癒魔法を行使。そのまま、アクスを戦いの野(フォールクヴァング)の外まで連れて行こうとする。

 

「あ、ちょっと待って……ください」

 

「なんですか、【剣姫】」

 

 待ったをかけられたヘイズが少々ご立腹な様子で振り返ると、アイズが彼女に向かって2つに折りたたまれた紙を差し出してくる。その表情は真剣そのものなため、案件の重要度は間違いなく高いことを察したヘイズが中身を一切見ずに『うちを偵察した報告書ですか?』と茶化して言うと、アイズは普段の無表情ながらそれを否定した。

 

「ファミリアの皆への手紙です。心配しないでって書いてあります。アクス、明日でも良いからフィンたちに届けて」

 

「中身、見ますね。……もしかして、黙って来たんですか?」

 

 断りを入れてから中身を見やると、誤字と脱字が酷いが紛れもない近況報告と連絡である。【フレイヤ・ファミリア】の文字がどこにもないことに安堵するが、同時に『入り浸る気?』と業務の中にアイズの世話も含まれる悪寒をヘイズは感じていた。

 

 その後、戦いの野(フォールクヴァング)から出ていく際にアクスはアイズの手紙を託されて帰路に就く。

 その夜、久方ぶりのステイタス更新に【耐久】や【力】といった医療に関係ないものまでグンッと上がったことにディアンケヒトは悲鳴を上げるのだが、それはまた別のお話である。




かくしてポメッとしたパルゥムは敵に対しては威嚇する程度のパルゥムになりましたとさ。
え、アミッドに危険がせまったら? …フフフ。

ヘイズ
 彼女も彼女なりに色々考えてるんです。決してすぐさま行動に移す肉食獣じゃないんです。
 でも、アクスがフレイヤ・ファミリアに来ようとしたら? そら全力ですわ。

オッタル
 アクスが魔法を詠唱するや否や、『走るガンガー』ばりに走り寄って『(大剣を)叩きつけやれ!』をしてくる非常識な存在。なお、フレイヤ・ファミリアではああいったアドバイスをすると『こちらを舐めている』と判断されるため、素直に話を聞いて改善してくるのが心地よかったらしい。
 さらには自らも知らなかった癖を気づかせてくれたために大満足であったとか。
 やり過ぎ? それはそう。

アイズ
 体力回復のための時間を削減できて、特訓が捗った。また来て欲しい。

ディアンケヒト
 医療と関係ないアビリティが上がった心当たりを聞いて卒倒。
 それはそうと、そろそろランクアップさせようか。二つ名をどうしようかとワクワクしながら考え中。


お知らせ
 もしかしたら、そろそろ1週間お休みをいただくかもしれません。
 そう言って休んでないやろがい? なので、投降無かったら『やりやがったな! あいつ!』とでも思ってください。
 一応その時はご連絡します。
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