ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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96:芽生え

【ディアンケヒト・ファミリア】が経営している治療院の中では現在、どたんばったんと大騒ぎになっていた。

 

 それもそのはず。明日の早朝には【ロキ・ファミリア】主導のクノッソス第1次侵攻が開始される。少しでも地上に潜伏している闇派閥(イヴィルス)に作戦日時を悟られないようにするため、ディアンケヒトは告知なしの臨時休業を決定。さらにいきなり休業ということで余計な詮索をされないため、ここ数か月のあれこれですっかり在庫が少なくなった回復薬(ポーション)の類をお詫びの品として放出して黙らせることにした。

 これにはアミッドたちも『失敗すればどのみちオラリオは終わり』と不退転の覚悟を持っているためか、全員二つ返事で了承し、現在進行形で明日に向けての最終確認を念入りに行っていく。

 

「秘薬、最終チェック! 万が一でも破損していたら、すぐさま報告しなさい!」

 

「次、敵が扉の前まで向かってきた時のケース始めんぞ! 壁役集まれ!」

 

「【ロキ・ファミリア】に合流してきます」

 

 既に【ロキ・ファミリア】からもたらされた編成表に従い、ケースに入れられた秘薬に不備がないかをチェックする者。様々なケースに合わせて考えられた陣形を再確認する者。呪詛(カース)を癒す秘薬や小分けにした医療器具を大きなバックパックに詰め、()()()()()()()()()()()()()()で【ロキ・ファミリア】と合流するために治療院から出る者。

 そして、『お前が1番危険なんだよ!』と言われて治療院の中で待機したは良いが、彼が出来そうな仕事が何1つ──それこそ明日に備えて睡眠をとるぐらいしかないために治療院中を無軌道にほっつき歩く秘蔵っ子(アクス)が居た。

 

「アクス、邪魔」

 

「アクス君、ちょっと退いてくれる?」

 

「アクス、庭で遊んでろ。それか、とっとと寝ろ」

 

 『おねむ?』と言われるものの、朝っぱらなので当然眠気は無く。かと言って出来そうな仕事を見つけていち早く作業を終わらせようと駆け寄ろうにも、パルゥムという小さい種族ゆえに『邪魔』と言われる始末。

 挙句の果てには同種族であるパルゥムの団員にも邪魔的なことを言われてしまい、とうとうアクスの柔らかハートに罅が入ってしまった。

 

「わァ……ぁ……」

 

「ちょっ、なに泣かせてるんですか!」

 

「いや、実際邪魔だし……」

 

「怪我して明日に響いたら嫌だし……」

 

 泣きの体勢に入ったアクスだが、彼は明日の明朝にクノッソスへ入る。そのため無理に身体を動かして怪我などさせては全ての予定が狂ってしまうので、しどろもどろながらも反論してきた団員たちの方が正しかった。

 それでも言い方が若干乱暴なのだが、それも仕方のないことだろう。

 実際に戦場に赴かない分、彼/彼女たちは()()()()()()()()()()()()()()()()だと定義している。そのため、現在の治療院はピり付いた空気に支配されている。そんな現場に現れた末っ子に構っている暇など、どこにもないのだ。

 

「皆さん、すみません。回収します。ほら、ディアンケヒト様のところに行きますよ」

 

 結局、騒ぎを聞きつけたアミッドがアクスを回収。その足でディアンケヒトの私室へと入り、今日までアクスが溜めた経験をステイタスに反映させる。

 ランクアップの条件を満たして久しいため、各能力はかなり上がっている。治癒魔法などを事あるごとに使っていたからか【魔力】はDの半分ぐらいに差し掛かっているし、【器用】や【俊敏】もEの後半。そして、主に【フレイヤ・ファミリア】から()()()()()()()()()【耐久】や【力】もFなり立てといった感じだ。

 

「アクス。そろそろランクアップをする時期ではないか?」

 

「しないよ?」

 

「レフィーヤさんとの約束より、アクスの無事が大事なのよ?」

 

「違うよ。今からじゃ調整が間に合わないの」

 

 そんな喜ばしい結果を見てそろそろ貯蓄するのはやめてランクアップする時期だと提案するディアンケヒトであったが、当の本人がそれを拒絶する。

 その拒絶はレフィーヤと交わした約束のためだろう。レフィーヤ自身からそう聞いていたアミッドはランクアップさせる側として説得するが、それでもアクスは『調整』を盾にそれを拒んだ。

 

 ランクアップというものはその冒険者の器が昇華することである。より一層肉体が神に近づくため、ランクアップする前の状態よりも遥かに強くなった状態で今までのように身体を動かすと、意識の差異によって思った通りに動けないことが多々ある。

 なので、ランクアップ後は自分の身体がどこまで強くなったかを確認するという『慣らし』という作業が必要であるが、明日にそれが間に合う保証がない。

 

 それならば前々から準備しておくことも視野に入れるべきだが、フィンがかなり無茶なオーダーをしたりなどの事情が重なったことで今の今まで後回しにしていたのだ。

 

「そうでしたね。……でも、ランクアップさせれば危険は減るのは確かよ?」

 

「アミッド。ロキが言うておったが、ランクアップしたてで身体の操縦が覚束ない時が1番危険らしいぞ」

 

「そうですか」

 

 もはや何度推敲し、何度本人に説得したか分からない。ただ、それだけアミッドはアクスのことを大事に思っている。

 もはやアミッドからの声が聞こえない程、遠くへ行ってしまったアクス。どうやったら思いとどまってくれるのだろうかと彼女がステイタスが書かれた紙を悔し気に握りしめていると、治療院の方が騒がしくなってくる。緊急の患者だろうかとアミッドが立ち上がると同時に部屋の扉が開かれた。

 

「あの、ヘファイストス様と【単眼の巨師】(キュクロプス)様がいらっしゃいました」

 

「分かりました。応接室にお通ししてください」

 

 約束していただろうかと取り出した手帳をめくるが、そこにアポイントメントはない。つまるところ、飛び込みである。

 本来ならばこんなクソ忙しい時に来客など御免被るのだが、常識神であるヘファイストスや最上級鍛冶師(マスター・スミス)である椿なら話は変わってくる。

 その証拠に応接室に座っていた椿たちの前に置かれている机には、長い包みが置かれていた。

 

「急に押し掛けてごめんなさいね。でも、今だけは許してちょうだい」

 

「承知しております。アクスの武器ですね?」

 

「応とも。此度は主神様に相槌を頼んで、手前が打ち直した。1つを除いて完璧に仕上がってるぞ」

 

 『1つを除いて』という不安なワードを言いつつ、椿は目の前に置かれた包みを丁寧に開ける。すると、1本の槍が姿を現した。

 黄金の色の穂に少々古ぼけた柄。そして双方を強く結びつけている口金には以前のように魔法の吸収と放出を行う宝玉と3つ立派な魔法石が着いた固定具に、様々な精霊の護符で【ディアンケヒト・ファミリア】のエンブレムを象った旗が取り付けられている。

 完全に──とは言い難いが、それでも以前と差がないぐらいの出来栄えに部屋にはアミッドとアクスの息を呑む声が聞こえた。

 

 ただ、ディアンケヒトだけは商品を値踏みするかのような視線で槍を検分すると、やがて使い古した物をそのまま流用したような槍の柄を指差しながら椿に問いかける。

 

【単眼の巨師】(キュクロプス)よ。柄は新品ではないのか?」

 

「それが"たった1つの欠点"だ。いくら手前でも無から有を作ったり、時間の逆行は出来んからな」

 

 悔しそうに柄を見やる椿に、ヘファイストスは先ほど彼女が言ったことを補足する。

 先だっての模擬戦の際、壊したブリューナクの材料としてフィンが予備として使っていたフォルテイアスピアを1本拝借した。

 しかしながら、予備といっても新品ではなくあくまでも整備中の繋ぎで使っていた『中古』である。それでも完全に分解した後は勇鉄が使われている穂を打ち直し、触媒にも気を付けることで魔力の循環性を上げ、さらには柄の後方に金属の被せ物をすることで旗を取り付けると重くなる穂先側と帳尻が合うように椿の中で出来るだけのことはやった。

 

 ただ、いくら打ち直したと言っても柄は既存のままである。柄に使われる誓樹のウォールナットは【ゴブニュ・ファミリア】の秘匿とされており、ゴブニュ曰く現在かなり忙しいことに加えて在庫がないので彼の派閥の団長1人に採集を依頼したが、道程や旅立った日数的に帰還にはもう少しかかるらしい。

 いくら最上級鍛冶師(マスター・スミス)でも何もない所から誓樹のウォールナットは作れないし、柄に蓄積されたダメージや経年劣化を無かったことにするのは不可能である。椿の言葉の意味をようやく理解したディアンケヒトは、それでも納得がいかない様子で今度はヘファイストスの方に視線を向けた。

 

「ヘファイストス。鍛冶神であるお主なら何とか出来たのではないか?」

 

「ディアンケヒト様、それは椿様に対する侮辱です。訂正してください」

 

「分かっておる……が、欠陥があると分かっている武器を持たせて死地へ送るなぞ出来ん。これはお前やアクスだけではない。儂の子供たち全員でも同じことだ」

 

 職人の矜持を傷つける物言いに製薬や魔道具(マジックアイテム)の作成も携わっているアミッドが物申すが、そのことはディアンケヒトもよく分かっていた。

 それでも、欠点があると分かっていながらその武器を眷属に持たせて万が一のことがあっては目も当てられない。『眷属第一な主神としての立場』から先ほどの中傷にも聞こえる言葉は決して訂正できないことを伝えると、同じく眷属が何よりも大切なヘファイストスが彼の心中を察したように頷いた。

 

「ディアンケヒト、あなたの言いたいことは分かるつもりよ。でもね、いくら鍛冶の神でも物質の創造は神の力(アルカナム)でもなければ不可能なのは分かってるでしょ」

 

「じゃがなぁ……」

 

 下界における神々は、その身に宿る権能を残して全知零能である。神匠と言われた彼女も例外ではなく、神々ゆえの能力である『神の力(アルカナム)』でもなければそんな奇跡は起こせるわけもない。

 そして、その力を発したが最後。その神は天界に強制送還され、地上に再度降臨することは叶わない。それが神々が決めたルールなのだ。

 

 言いたいことは分かったが、それでも不満を言うのは愛する子供のためだろう。そんなディアンケヒトの心情を察してか、ヘファイストスは椿の仕事ぶりの一端を説明しながら頭を下げた。

 

「手は抜いてないわよ。私も協力しながら椿は色々試していたわ。白蝋っていうしなりのある木材を使ったり、ダンジョンの木材を加工したりね。でも、折れたり思った以上に弾性が無かったのよ。力不足を棚に上げることは重々承知だけど、納得して欲しいの」

 

 どうやら柄を据え置きにしたのは苦渋の決断らしい。頭まで下げられるとディアンケヒトも納得せざるを得ない。

 こうして丸く収まるはず……だったが。

 

「……して、儂らは1ヴァリスも支払わなくて良いのじゃろうな?」

 

「ディアンケヒト様?」

 

「はぁ、台無しよ」

 

 台無しである。目をキラリと光らせたディアンケヒトの言葉に新しくなった槍をペタペタ触っているアクス以外は焦れて物も言えなくなってしまうが、そんな周囲の反応に鼻を鳴らしたディアンケヒトはアクスを指差しながらファミリアの内情を語る。

 

「アクス1人の装備の為にファミリアの財産の半分以上をポンっと出せるか。せめて数割負担かつ、その間のおやつ抜きが妥当であろう」

 

「や”あ”ぁー! い”ら”なぃー!」

 

「あ、安心して。ちゃんと【勇者】(ブレイバー)からお金もらってるから」

 

 ディアンケヒトが妥協案を言った瞬間、アクスは烈火のごとく武器を拒否し出す。その反応に慌てたヘファイストスが事情を言ったことで何とか納まったが、この歳ぐらいになるとおやつよりもむしろお小遣いを減らされることに忌避感を覚えるだろうと椿が経験則を語りながら首を傾げる。

 しかし、彼女の発言にアミッドは目を明後日の方向に向けるという明らかに狼狽えた態度で『この子、物欲ないので』と言い訳のようなことを述べ出した。

 

 アクス・フローレンスのお小遣いは正に雀の涙である。本来、この歳であればお小遣いの値上げをディアンケヒトやアミッドとバチバチにするのが普通なのだが、アクスの思春期は現在進行形で治療関係に支配されている。

 まさしく、『思春期を治療関係で殺された』と言っても過言ではないだろう。その影響で本来、アクスに備わるべき物欲がまるっきり無くなってしまい、いくらアミッドたちが『欲しいものは無いの?』と尋ねても首を横に振るか『平和が1番』とまるで年寄りのようなことを言い出す始末である。

 

 さらに言えば、彼が街中で小腹が空いてもあまり金を使わずに解決してしまう。そこら辺を治療しながらポメポメと歩いているだけで、常日頃からあまり代金を発生させない治療をところかまわず振りまかれている街中の皆々様から『日頃のお返し』とリンゴやじゃが丸君といった食べ物を施してもらうことで飢えを満たしているのだ。

 そんなことをしていると、当たり前だが金は使わない。お小遣いをもらっても次のお小遣い支給日に財布事情を聞けばそっくりそのまま残っているということで、ディアンケヒトがその月のお小遣い支給を中止したことが何度か発生したぐらいである。

 

「いや、そこはちゃんとあげなさいよ。貯蓄を学ばせる良い機会でしょ」

 

「なにを言うか! 大人になれば金を使うことなど沢山あろう! 今のアクスの賃金と纏めて儂が責任持って預かっているだけのことよ!」

 

 当たり前のことをヘファイストスは注意するものの、ディアンケヒトは聞く耳を持たない。聞いている分には子供のお金を厳しく管理する親のようだが、同時に胡散臭さの権化(ヘルメス)のような薄っぺらさに背筋が寒くなった彼女はアミッドの方を向き直る。

 

「ねぇ、あなたの主神。そう言ってるんだけど?」

 

「この前、ポイズン・ウェルミスの解毒剤を作る素材を買い漁るためにアクスの貯蓄分も使っていました」

 

「やっぱり使ってるんじゃないの!」

 

「ア、アクスが大人になる頃にはちゃんと返すわい!」

 

 俗に言う『お年玉はお母さんが預かっとくから理論』である。この理論は数年後にお金の行方を母親に聞くと黙って冷蔵庫を指差す母親の姿がオチとなるが、ディアンケヒトはどうやら違うらしい。口角泡を飛ばしながら言い訳をする彼の姿に全くもって信用できないのだが、アクスが『人を助けるためだったらいくらでも使って』というデメテルやアストレアクラスの懐の深さを見せたためにヘファイストスはなにも言えなかった。

 

 その後、『イーダル』や『ニヒリスター』といった椿の命名候補を『面倒くさい』の一言で吹き飛ばしたアクスが新たなブリューナクとして槍(旗)を受け取ったことで、紆余曲折はあったものの武器の受け渡しは滞りなく行われた。

 

 ヘファイストスたちが帰った後、特に急な来客や急患は来ることなく全員は作業に集中することが出来た。

 そうして茜色の空が黒くなり始めた頃。ダブルチェックどころか数十人単位でのチェックに加えてアミッドやディアンケヒト直々のチェックという厳重な確認作業がようやく終わりを告げる。かなり神経をすり減らし、へとへとになった団員たちが明日に行われる作戦の()()()に備えて早々に床に入ろうと宿舎に移動していく中、実働部隊の中核であるアミッドは団員たちの熱烈なプッシュに屈する形でアクスを自室のベッドの中に連れて帰っていた。

 

「アクス、大事なお話をしましょう」

 

「やだ。何が何でもお姉ちゃんについていく」

 

 ぬくぬくなアクスの身体にうっかり微睡んでしまいそうな自分に活を入れたアミッドは、手始めとして話をする流れを作り出す。

 ただ、同じような導入を何度も経験し、その導入の後に大体聞かされる内容について『耳タコ』だったアクスは先んじて自分の答えを告げる。言いたいことを先に言われてしまい、さらに拒否されてしまったアミッドだが特に驚くこともなく第2の矢を番えた。

 

「じゃあ、約束して。絶対に生きて帰るって」

 

「それも約束できない。いざとなったら僕はお姉ちゃんやフィンさんを守るために命を使うよ」

 

「っ!」

 

 アクスの言葉にアミッドは寝転んだ体勢ながらもアクスを叩こうとする──が、彼はその手を()()()()()()()()

 まさか抵抗されるとは思わなかったアミッドが『放しなさい』と命令するが、アクスは手を離すどころかさらに力を込める。その握力に苦悶の表情を浮かべるアミッドに、アクスは一言『ごめん』と謝罪しながら言葉を続けた。

 

「放しなさい」

 

「やだ。今は僕の方が強いもん。だから、僕がお姉ちゃんたちを守る」

 

「それでも、あなたはまだ子供なの。ちゃんと生きて帰らなきゃダメ」

 

 すっかり力の差が出来てしまったことに胸に穴が開いたような喪失感を味わいつつ、アミッドは命を粗末にするような言葉を吐いたアクスに縋るように説得を試みる。

 アクスの真剣な目から決して冗談ではないことは分かるが、他人の盾になるために命を使うことは到底許容できなかったアミッドは繰り返し何度も『ちゃんと生きてここに帰ってくるの』と言うが、それでも彼は首を縦に振らない。

 

「勘違いしないで、命を捨てるわけじゃないよ。お姉ちゃんやフィンさん、それから他の皆よりも僕の優先度は低いだけ」

 

「そんなことっ……、言わないで」

 

 あんまりな言い分にアミッドは目の端に涙を浮かべる。それでもアクスは自分の命よりも()()()()の方が大事だと聞かない。

 

 それもこれも、アクス・フローレンスは()()()()()ことに他ならない。

 あの暗黒期の最中、両親の亡骸に隠れながらに彼の心は()()()()()。そんな彼を偶然見つけたアミッドやディアンケヒトに生き永らえさせてもらったものの、すっかり砕けてしまったアクスの心は決して癒えることはなかった。

 

 そして、彼を育てる土壌。明言すると、『あの頃のオラリオ』は荒れに荒れていた。

 いくらディアンケヒトが比較的善神と言われていようが、外を出歩けば役立たずを嘲笑する派閥の声や力のないサポーターなどを追い出そうと画策するパーティの声も少なくなかった。

 しかし、アクスはそれを是正することはできない。あの頃の彼がまだ弱いということもあるが、【ロキ・ファミリア】や【アストレア・ファミリア】。そして【ガネーシャ・ファミリア】といった『稀有な存在』を除けば、冒険者というものは元々そういう荒くれの集団であるからだ。

 

 だからであろうか──本来ならば子供らしく我が儘を言う年頃の子供が、自己肯定感の低さから『役に立たなければ捨てられる』と勘違いしてしまったのは。

 

 だからであろうか──捨てられない一心でちょうど近くに居た都合の良い存在(アミッド)を見つけたのは。

 

 だからであろうか──いつしか都合の良い存在と思っていた彼女の願いに共感し、人の役に立てる嬉しさに取り憑かれた末に狂信者の道を歩くことになったのは。

 

 ──そう。アクス、フローレンスはまさしく歪な形に捻じ曲がるほど壊れていた。

 

 そして、そんな彼のクノッソス攻略における優先順位はアミッド、三首領、その他、1番最後に自分だ。

 

 第1位は言わずもがな。彼女が居れば【ディアンケヒト・ファミリア】は安泰であるため、アクスは彼女に危険が迫れば我先に飛び出すと()()()()()()()()()()

 次点で三首領。特にフィンは【ロキ・ファミリア】の主柱であり、決して失わせてはいけないパルゥムの光である。アミッドと比較するとアミッドに軍配が上がるが、それでもいざという時の壁にならなければならない理由がどこにもなかった。

 その他も先ほどの数名には劣るが、優先しなければならない。大勢の上級冒険者はオラリオにとって宝も同然。既に壊滅した闇派閥(イヴィルス)の残党が起こしたこんな()()()()()()で決して散らして良い命ではないのだ。

 

 ただ、そんな他者を慈しむ()()()()()が先ほどの説明の中に登場しない。そのことに対し、ついにアミッドは嗚咽を漏らし出す。

 

「なんで……。なんで、自分をその中に入れてあげないの」

 

「それは、僕の命はお姉ちゃんやディアンケヒト様にもらった命だからだよ。僕よりオラリオのためになる人は一杯居る。だから、そんな人たちを救うため……。オラリオのためにこの命を使いたい」

 

 すっかり覚悟がガン決まっているアクスの言葉にアミッドは何かを言おうとするものの、考えを纏めることが出来ずにいた。

 それも仕方ないことだろう。『自分よりも有能な人が大勢居るオラリオ内の傷病を全て癒す』というアミッドの願いを叶えてやりたいと思うアクスに対し、今のアミッドが切に願っているのは『自分を優先順位の外に出すことを止めて欲しい』という毛色が異なる願いである。

 もはや両者が交わる境界線を妥協するどころの話ではない。『交わることのないすれ違い』に、アミッドは口を開閉させるばかり。そんな不可思議な行動に彼は首を傾げるが、時計を見ればそろそろ日が変わる頃合い。話し過ぎたと後悔しながら『おやすみなさい』と言って床に就いた。

 

(もう、私が何を言ってもこの子には届かない)

 

 アクスの寝息が響く寝室にて、アミッドは独り言ちる。もはや『自己犠牲』という名の魔物を心の中に飼ってしまっているアクスに、いくら言葉を尽くしても彼女の思いはアクスに伝わることはないだろう。

 それほどまでに彼女自身の掲げる願いに共感してくれる精神は嬉しく思うし、理由と共に優先順位まで付ける指針には心強く感じていた。

 

 だけど、それは決してアクス自身を蔑ろにして良い理由にはならない。なんでも有言実行してしまうことは彼を長年見続けていたアミッドもよく分かっているが、だからといって『逐一アクスを気に掛ける』という絶対できそうにないことぐらいしか思いつかなかった。

 

(せめて、もう少しアクスが弱くて頼りなければ……)

 

 『それを理由に今回の作戦から外していた』──と考えを過らせると同時に、アミッドはふと気づく。よくよく考えれば、現在のアクスは()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 本人は『ないない』と手首を高速で左右に振るだろうが、彼女よりも高いアビリティでランクアップ保留中という戦力的に見ても上なのは確か。治療技術や集団を纏める力は勉強中とアミッドに及ばないまでも、追いつかれるのは時間の問題である。

 

 そしてなにより──。

 

「力……、強かった」

 

 折檻のために振り下ろした手を受け止められた際に掴まれた部分をアミッドは撫でる。痛かったが、同時に『ここまで育ってくれた』と達成感や多幸感がごちゃ混ぜになった気分が一瞬だけアミッドの胸中を駆け巡ったのも事実であった。

 

 そんな時、アミッドの胸には『とある感情』と『とある思惑』が同時に芽生える。否、()()()()()()()()と言っても過言ではない。

 

 その感情と思惑の名は──。

 

「大好き……」

 

 『愛は育むもの、恋は落ちるもの』という言葉がある。アクスに対してアミッドが向けていたのは愛情で、それはたしかに尊いが心配ばかりが大きすぎて恋を認識する余地がどこにもなかった。

 しかし、それが先ほどの行動で()()()()()()()()()。その拍子に今まで募らせていた『恋』の部分が隙間に飛び込み──膨張し──弾けた。

 

 その結果、今まで『良い』と思いつつも愛情によって引き波のように抑圧されていた気持ちが津波となって戻ってくる。

 つまるところ、『惚れ直した』状態となってしまったのである。

 

「どうしましょう……」

 

 両手で口元を抑えながら真っ赤になるアミッド。アクスの顔など直視出来るはずもなく、彼の心配とは別ベクトルの悩みで頭の中が纏まらない。

 しかし、刻一刻と作戦開始の時間が迫っているのも事実。今ここでアクスを起こして想いを伝え、『それでも』と振りほどく彼に誠心誠意の愛情を伝える時間などありはしない。

 一頻り困ったアミッドだが、眠ることさえ出来ない程高ぶった気持ちを落ち着かせるために普段の彼女であれば絶対しないことを行おうとアクスの顔に自身の顔を近づけた。

 

 ただ、途端にアミッドは石のように固まる。そのまま1秒──2秒──3秒……都合5分という長い時間固まった彼女は、何を思ったのか逆再生のようにアクスの顔から離れていく。

 

「さ、流石にはしたな過ぎでは?」

 

 すっかり茹で蛸のような顔面になりながらもアミッドはすっかり自己嫌悪に陥ってしまう。

 口づけ、接吻、キス、口吸い、ぶちゅー。言葉は多々あれど、彼女がアクスにやろうとしていたのが『それ』である。

 世間一般的には愛情表現の1つであるが、それを分別が付く歳である就寝中の者にしようとしていたとあれば『お巡りさん(【ガネーシャ・ファミリア】)こっちです案件』となってしまう危険な行動である。

 

 だが、それでも『恋はいつでもハリケーン』という神々がたまに言う(別次元)の言葉もある。未だに意味は一切分からないが、ニュアンスのみ魂で理解した彼女は()()()()()に唇を落とした。

 

「とりあえず、今はこれで精一杯です」

 

 神経を使う大変な調薬をこなした後のように息を荒げたアミッドは、誰に弁明しているのか分からない言葉と共にベッドに横になる。そのままアクスの顔を見ないように彼と反対方向に身体を向けて目を閉じたものの、寝ぼけたアクスが『お姉ちゃん大好きー』という言葉と共に彼女に抱き着いてきたことで半ば気絶したように意識を手放したとかなんとか。




某Fakeのヒッポリュテの戦闘シーン。あれをレベル100だとすると、レベル20ぐらいが今のアクスとユーノです。
ユーノ君。君、宙に浮いた瓦礫を足場に出来ない? コソ錬したらいけるいける。デメリットある技のデメリット無くすよりは簡単だって。

アクス
 大切な家族──。
 大切な人たち──。
 皆のことは、僕が守る。(低音ボイス)
 ※なお、自分自身のことは勘定に入っておりません。
 レオン先生、特別授業してあげて。役目でしょ。

新ブリューナク
 椿の技術を全て注ぎ込み、鍛冶神の相槌で生み出した最高級品。フィンダンチョウノポケットマネーなので、実質無料。
 ちなみに『イーダル(試験小隊)』と『ニヒリスター』は椿の中の人ネタ。
 なお、デメリットとして非常に折れやすいゾ!

アミッド
 ついに自覚しやがりましたよ、この聖女。
 かーっ! 見んね黄金! 嫌しか聖女ばい!
 なお、当の本人が『自分よりふさわしい人居るから』ということで、ここからスタートラインとなります。

ちなみにですが、当方の主人公たちがヒロインへの恋を自覚するまでは以下の通り
 某騎士(パイロット)
  大体100話で自覚。そこから数十話うやむやして、最終的に外堀埋められて捕まる。
 某農家(農筋)
  ラストのラストでさらっと匂わせて終了。
 某相談役(アサシン)
  プロットではかなり後になる予定だった。
 ポメっとした神父
  相手が自覚するのに約100話。普通だな!
  だって、ハーレムとか絶対空気になる子出て来るし…。だからハーレムはおめぇに任せたぞ、ベル・クラネル!
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