ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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ファミリアクロニクル episodeヘイズ発売決定だと…。


98:狂犬(ポメラニアン)

「進め! 駆けろ! この1分1秒が闇派閥(イヴィルス)の余命を削る!」

 

『はい!』

 

 眼晶(オクルス)から聞こえて来る力強い返答に、フィンも負けじと足を速める。その間も残党の抵抗は激しさを増しており、所々で自分諸共上級冒険者を道連れにしようとする狂信者たちの爆音が鳴り響いていた。

 タナトスに何を吹き込まれたか知る由もないし、知りたくもない。だが、自爆前の血走った目から見るにどうせ禄でもない夢を見せられたのだろうと推測することは出来る。

 

 そんな夢を弾丸として『1発(1人)ぐらいは当たるだろう』という安易な思惑で何人も何人も使い潰される。まさに人間の尊厳を踏みにじるような悪辣さに、気付けはアミッドは奥歯を強く噛み締めていた。

 すると、それに気づいたベルナデットは彼女に優しく、それでいて心配そうに声をかけた。

 

「アミッド様、ここは暗黒期と同じ場所です。今だけは何も考えずに進んでください」

 

「分かって……います」

 

 敵の本拠地を落とすのだから、当然ながら犠牲が出る。特に闇派閥(イヴィルス)の残党はLV1やLV2がほとんどで、極彩色の魔石を持ったモンスターという強い存在を繰り出していながらも、【ロキ・ファミリア】の侵攻を全くと言って良いほど止められいない。

 ただ、【ロキ・ファミリア】も決して手加減が出来る状態ではなかった。意識がある状態で近づけば自爆されてしまうため、自身の命を守るためにも『命を奪わずに無力化』という選択肢は早々に除外しなければならない。逆に今の状態で『偽善者』を装うことは、狂信者(アクス)でもなければ不可能なのである。

 

 理想はあくまでも理想。決して妄信して溺れてはならないと現実を直視し直しながらアミッドはフィンたちに追従する。

 このまま何事もなく首魁であるタナトスの元へ行ければ万々歳だったのだが、残念ながらそううまくはいかなかった。

 

「前方に残党! こちらに気付いています!」

 

「左右からも来ています!」

 

 正面に1本、左右に1本ずつ──入ってきた通路を含めると4つの通路が口を開けている大きな部屋を半ば通り過ぎた頃に前衛が警告の声をあげる。

 耳を済ませれば右からは駆け足、左からは間合いを測るようなゆっくりとした足取り。正面は……言うまでもないだろう。

 このまま何もしなければ、あと数分もしない内に部屋は3方向から波のように押し寄せてくる音、気配、殺意によって敵意で満たされるだろう。

 だが、長年ダンジョンに潜っては到達階層を更新し続けている【ロキ・ファミリア】にとって()()()()()()()()()、日常茶飯事である。それどころか、深層にてモンスターが大量かつ連続に発生した時の方が明確に『全滅』の2文字が浮かんだぐらいだ。

 

「アリシア、魔法の詠唱に入ってくれ。順番は任せるから、"弓"で左右の通路を魔法で塞いでほしい」

 

「分かりました。誰か、精神力回復薬(マジック・ポーション)を」

 

 冷静に指示を出したフィンに短く返事をしたアリシアは、サポーターに声をかけてからひとまず駆け足で迫ってくる方から対応しようと進行方向から向かって右側に体を向けて詠唱を開始する。

 彼女が詠唱を重ねている間に彼は進行方向のみに注力するよう指示してから左側を向いて闇派閥(イヴィルス)の動向を伺う。魔力を感じ取ったモンスターが先行しているが、あの距離ならばアリシアが補給をしてから詠唱をしてもお釣りが来る。

 それに彼女の持つ2つ目の魔法の出力はLV4()()。その出力でもって生成した氷の壁であれば、かの有名な『クロッゾの魔剣』ぐらいでないと砕くことは叶わないだろう。

 

 そこまで考えたフィンはさっさと先を急ぐために他の団員たちと同じく進行方向から向かってくる闇派閥(イヴィルス)に備えようとする──が、なにやら腰に佩いている直剣を引き抜いているアクスの姿が目に映った。

 

「アクス、何をしてるんだい?」

 

「え、あっちも塞ぐんですよね?」

 

「そうだけど、アリシアに任せてるから──」

 

 フィンが言い切る前にアクスは『ちょっとお手伝いー』とわざと誤射しそうな言葉と共に直剣を振り抜く。すると、部屋の中が一気に真冬のような冷たさになったかと思えば、左側の通路と部屋を繋ぐ入り口が上に上がった扉ごと氷結する。

 

「グレイス・サギタリウス」

 

 同時に巨氷で出来た弓矢でもって右側の通路を遮断したアリシアは、反対側の扉を封じたアクスの直剣から漂う尋常では無い魔力に目を丸くする。

 それはまさしく『クロッゾの魔剣』であり、そんな代物をなぜアクスが持っているのかと疑問に思うのはエルフである彼女にとって当然の反応だった。それでも、まずは進行方向の敵を片付けることが先決であると弓を手に取って前衛の援護を始める。

 

「フィン団長、なにか?」

 

「おかしい、指が疼く」

 

 1方向のみとなったことで鎧袖一触とばかりにモンスターや闇派閥(イヴィルス)を蹴散らしていく前衛を眺めながら、フィンは己の親指を見つめる。アミッドが尋ねても気もそぞろな様子で周囲を探るが、それよりも早く前衛の方から声が上がった。

 

「団長、敵の増援です!」

 

 声がする方向に視線を向けると、闇派閥(イヴィルス)に加えて晶黽(ヴァルグ)という小さな蜘蛛のようなモンスターがわらわらと押し寄せて来ている。足りない穴を埋めるような予備戦力は残っていないだろうと予測していたフィンにとってこれはまさしく想定外。『してやられた』とフィンは口元を歪ませつつも迎撃を命じた。

 

 ただ、彼は1つ勘違いをしている。その証拠に厚い氷で塞がった向こう側──先ほどまで闇派閥(イヴィルス)が氷を砕こうと躍起になっていた音がすっかり消えており、氷壁の近くには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 結論を言えば、彼らは隠し通路を用いてフィンたちが突破しようとした通路の味方と合流していただけである。アリシアやアクスの発生させた氷が厚過ぎて見通しが悪く、フィンたちが彼らの移動に気付くことが無かったためにまるで増援が来たと錯覚してしまっていたのだ。

 

 しかし、敵が増えたことには変わりはない。むしろ、隠し通路が進行方向上の通路に通じていることで良かったともいえる。

 ()()()()()()()という『最悪』が無かっただけでも僥倖と、フィンは腰を据えての迎撃を指示する。いくら傷を負っても最高峰の治療師(ヒーラー)が2人も居るという絶対的な安心感からか、全員は特に緊張することなく戦闘準備を整えていく──が。

 

「アクスッ!」

 

 アミッドの悲痛な声に全員が振り返ると、そこにはクロスボウで用いるボルトが肩に刺さって仰け反るアクスの姿があった。

 

***

 

 未だ緊張によってクロスボウを握った指が離せないまま、残党の女はほくそ笑む。自爆した同胞の死体に紛れ込むことでなんとかフィンたちの後ろを取った彼女は、手にしたクロスボウで回復の要であるアミッドへの狙撃を試みたのである。

 残念ながら狙撃に気付いたアクスが斜線上に飛び出したことでアミッドを傷つけることは叶わなかったが、アクスも自らの奉ずる神(タナトス)が言うには『最優先目標』。急所を貫くことが出来なかったにせよ、呪武具(カースウェポン)を鏃とした特別製のボルトゆえに治療で足が鈍るはずと女は懐に仕舞っていたダンジョンで亡くなった夫の形見である魔剣を撫でる。

 

 もうすぐ──もうすぐだ。

 

 もちろん、女はこのまま逃げ切れるとは思っていない。すぐさま捕まるか、それとも一息に殺されるかのどちらかだろう。

 それでも、女の表情は穏やかだった。なにしろ、彼女の腹には自爆装置が巻かれている。後はタイミングを見計らって起爆すれば、少なくとも1人は道連れに出来るのだ。

 そうすれば、後はタナトスと約束したダンジョンで死んだ夫との再会を待つばかり。もうすぐ愛した者が自分の前に現れてくれる期待を胸に、哀れな冒険者を今か今かと待っていたが……。

 

 そんな女のご立派な信仰心は、『暗黒期で十分すぎるほど熟成され、とある聖女によって方向性を示され、とある魔女の手で【フレイヤ・ファミリア】(脳筋)流を叩き込まれた捻じれ狂った信仰心』によって呆気なく叩き潰されることとなる。

 

お” 前 か" ぁ !

 

「ひぃっ!」

 

 先ほどまで陶酔していたかのような表情を浮かべていた女の顔が恐怖一色に染まる。彼女の目線の先には肩からボルトを引き抜いたアクスが鬼気迫る表情と獣の唸り声のような低い声で向かってきているのだ。

 それだけでも女のSAN値を直葬するのに十分な威力なのだが、先ほどまで血が流れていた方の傷が()()()()()()()()()ことに彼女の頭は理解するのを止めた。

 

『あり得ない』や『刺さったはず』という疑問の言葉が濁流の如く女の頭に流れ込んで来るものの、彼女はそれどころではない。その瞳に映ったアクスは小さなパルゥムの子供ではなかったのだ。

 刻一刻と距離を縮めてくる()()()。そんな純然たる恐怖に、女の頭にはヘルハウンドに焼かれながら食い殺される夫の情景がまるで映像作品のように何度も繰り返された。

 

「あなたぁぁあ!」

 

 半狂乱になりながら彼女は自爆ではなく、魔剣──夫の形見による迎撃を選ぶ。パリンというガラスを踏み砕いたような音と共に猛火がアクスを包み込んだ。

 たとえ最低品質であろうとも、魔剣は魔剣。モロに食らった化け物の命はないだろう。

 

「ヒ……ヒヒっ。フフッ……、やった。やったわ」

 

 十分すぎる程味わっていた恐怖から脱したのか、女の瞳には再び狂気が灯り出す。化け物を倒し、冒険者を1人は道連れにする。これで主神も喜ぶだろうと含み笑いをしたところで──。

 

捕まえた(アスクラピア)

 

 炎を纏った小人(アクス)が女を押し倒した。膝で両手を封じられたことで自爆が出来なくなった彼女は忌々しげに『放せ』と言いながらパルゥムを睨みつけるが、途端に肺の中の空気が全て出ていったような掠れた声を出す。

 

 それは改めて異形だった。

 玉の肌と形容できるような綺麗な肌を持っていたパルゥムだったものが、今では醜悪な火傷を全身に帯びた状態で立ち尽くしている。特に顔面の火傷は酷いもので、水膨れや黄白色となった肌の残骸が顔中にびっしりと貼り付いている姿は夜間に見たら卒倒間違いなしだろう。

 

 しかし、()()()()ではただのグロテスクな死にぞこないである。問題はここからだった。

 身体の所々から緑色の光を発した小さな魔法円(マジック・サークル)が灯り、炎を退けると共に傷を癒し続けている。その頃にはすっかり勢いを無くしていた火をすっかり元通りになった手で払ったパルゥムは、元の瑞々しい肌をした顔を般若のように歪ませながら女に詰め寄る。

 

お 姉 ち ゃ ん に 手 を 出 す な

 

 地獄の底から響ていると錯覚してしまうような低い声。信仰心やらなんやらが股から流れ出ているが、それを気にする余裕さえなかった彼女が何度も何度も首を上下に振りながら恭順の意思を示すものの、目の前の怪物にはそれが不服だったのだろう。生ぬるいとばかりに拳を振り上げた。

 

「アスクラ……」

 

 殺される。そう思った女が目をぎゅっと閉じたと思ったら、何やらジャラジャラといった具合に細かい金属の破片がばらまかれたような音が耳朶を叩く。その直後に押さえつけられていたはずの両腕が自由になった感触がし、恐る恐る目を開けると馬乗りになっていた悪魔は鎖を腹に巻かれた状態で彼方へ飛んでいく最中だった。

 

 ──助かった。

 脅威が去ったことで安堵した直後、全身が急に動かなくなる。自身の不調に不思議に思っていると、目から涙が留めなく流れていく。意識しようとも涙は留まることを知らず、同時に彼女は過呼吸気味に肺を伸縮させながら酸素を取り込む。

 先ほどまであった信仰心や亡くなった旦那に会いたいという渇望。それらがたった1人……。いや、()()()()()によって粉々に砕け散った。

 

(私……なにしてたんだろ)

 

 気付けば後ろの通路から大勢の気配と共に物々しい音がする。縋る物が一気に失われたことで正気に戻った女は、『殺されないと良いな』と自分勝手な独り言を言いながらも、()()()()()()()()()()()()()に固く結んだ自爆装置を外すことから始めた。

 

***

 

 一方その頃。天高く放り投げられ(フライ・アウェイし)たアクスはというと、魔法の使用者(ティオネ)に抱き抱えられていた。

 

「ティオネー、何してんのさ。アミッドがこっち睨んでるよー」

 

「ちょっと黙って。今、団長との間に生まれた子供の疑似体験してるから。10代前半ぐらいでこの重み。……ハァ……ハァ……、覚えなきゃ」

 

「誰かー、【ガネーシャ・ファミリア】呼んで来てー。"げんこーはん"だからー」

 

 危ない妄想をひけらかすティオネ()を容赦なく豚箱に押し込もうとするティオナ()。そして、2人をやや不機嫌そうに見つめるアミッド(姉?)

 そんな緊張感を持ちながらも少々空気が緩くなった行軍の最中、このタイミングしかないとフィンはティオネの横に並んでアクスに声をかけた。

 

「アクス。アミッドへの狙撃を防げなかったのは申し訳ないと思っているし、同時に助かったと感謝してるよ。……だけど、"さっきのは"1度きりにしてもらえないかな?」

 

「やっ! です!」

 

「だよね~」

 

 ()()()()()()()()にフィンはどうしたものかと考える。

 フィンたちどころかアミッドも初めて見たアクスの暴力性。なまじアミッドのことなのでさもありなんと思うが、クノッソス(ここ)は下手をするとダンジョンの中層並に危険である。怒りのあまり、勝手なことをしてもらうと困るのだ。

 

 かといって普段のアクスは忠犬の如く言う事を聞くし、神々の言うところの『人を駄目にする●●』のようにフィンたちが思いもしないほど手厚いサポートをしてくれている。

 そのサポート能力は、仮に【ロキ・ファミリア】に所属していたら幹部クラス──それも『治療師(ヒーラー)部隊』という新たな役割の長に匹敵するほどであろう。

 そう考えると同じ幹部であるアイズが単独行動という問題行動を連発しているため、厳重注意は止めてアクスが暴走行動をすること自体を抑制する方向に思考を切り替えた。

 

 先ほどアクスが飛び出した原因はアミッドの危険を察知したことなため、そこからフィンは『アミッドをちゃんと守ればアクスも守れる』という答えを導き出す。隠し通路が多いこのクノッソスではかなり難しいことだが、やらなければどのみち残党側の手で不利な状況を押し付けられるために彼は部隊の全員に監視装置の見落としが無いよう警戒を徹底させる。

 

 これで最優先で解決しなければならない問題は片付いたため、次の問題である()()()()()()()()()()()()()()()()()()の対策をするために少々頬を引き攣らせたフィンが彼女へ語り掛けた。

 

「ティオネ、まだまだ道半ばなんだ。そろそろ前線に上がってほしいな」

 

「はい、団長! ほら、アミッド……って何一丁前に嫉妬してるのよ。心配しなくても取らないわよ」

 

「わ、私は別に嫉妬なんかしてませんっ!」

 

 杖をマルタに渡したアミッドが顔を真っ赤にさせながらアクスを受け取るが、そのべったべたな反応に周囲は『えー、本当にござるかぁー?』といった生暖かい視線を送る。だが、そんなほっこりした対応も彼女の琴線に触れたらしく、『良いですから!』と無理やり話を中断させた。

 

「はいはい、分かったわよ。あ、アクス。さっきの啖呵も良かったわよ。でも、"お姉ちゃん"はいただけないわね。せめて"俺の女に手を出すな"ぐらい言ってくれないと」

 

「ティオネさん!!」

 

 ガチギレ数歩手前といった怒声に、からかい過ぎたと小さく舌を出しながら前線に上がっていくティオネ。しかし、なにか思いついたのかフィンがそれを制する。

 

「いや、そろそろちゃんとした休息を取ろう。アミッド、立ち止まって回復を頼めるかな?」

 

 第2ラウンドが始まらないように広間を走り抜けてからここまで一切の回復をしてこなかったが、フィンの親指がギリギリ知覚できるぐらいで疼いている。これまでの経験的にこれは危険はないが戦闘が起こる前兆なため、ここらへんで休憩ついでに回復しておこうと全員を停止させた。

 

「承知しました」

 

 総指揮官の言葉ということもあり、少しばかり落ち着いたアミッドは立ち止まって詠唱を開始する。彼女の持っている杖は効率的な治癒や精神力(マインド)の消費を抑えることが可能な特別製──なのだが、今アミッドが抱えているのは杖ではなく()()()である。

 もちろんだが、彼にそんな突飛な能力が備わっているわけではない。杖のことが頭から抜け落ちているところを見るに、やはりまだまだ狼狽えているようだ。

 

 ただ、それに気づいたそれぞれは何も言わない。そのことを指摘すれば魔法が失敗して爆発してしまう恐れもあるし、なによりここまで大した補給無しに侵攻を維持できるアミッドの治癒魔法の腕前は杖の有無だけで色あせることはないと分かっていたからだ。

 それでもアクスを抱きながら詠唱する姿はどこか滑稽であることには変わりはない。再び場はほっこりとした雰囲気になったものの、当の本人は真面目に詠唱しているので黙っていた。

 

 当の本人は──。

 

(本当にアクスはしょうがない子ですね。でも、あんなに激情するなんて……。ちょっと嬉しい……かもしれません)

 

 冷静に──。

 

(ティオネさんもティオネさんです。まだこの子の女になったわけじゃ……。わけじゃないですし?)

 

 詠唱を──。

 

(そ、そそれにお、女なんて!)

 

 していなかった。

 

 アミッドの脳裏に過るのは先ほどのこと。有言実行と言わんばかりに捨て身の防御に初めは怒りさえ感じたものの、それでも『愛する人が自分を守ってくれた』という実感が彼女の胸中をかき乱す。

 それだけならまだ何とかなった。実際に詠唱も佳境に入っているため、後は何も考えずに魔法を行使するのみ。そう考えた矢先に、アミッドはチラリと抱き抱えているアクスに視線をやってしまう。

 

 相変わらずくりくりとした目と愛玩用の小動物のような人懐っこさを前面に押し出した風貌。それが中層のヘルハウンドの如き獰猛な顔つきに変わったことが今になっても信じられないが、あの時のアクスの顔が脳裏にこびり付く。

 そして、そこに同時に愛に生きる戦士(ティオネ)の入れ知恵がブレンドされた。

 

 ──僕の女に手を出すな。

 

 当然ながらそんなことは言っていない。言っていないが、恋心を自覚してしまったことで多少の妄想が入ってしまうのは乙女の悲しき性である。

 そうなるとどうなるか──決まっている。

 

「ディア・フラーテルゥぅ!?」

 

 上ずった魔法名と共に魔法円(マジック・サークル)が輝く。

 既のところで魔法の詠唱が完了したことで大惨事にはならなかったものの、顔を真っ赤にさせたアミッドと上ずった声。極めつけには抱き抱えていたはずのアクスを()()()射出されたことで彼の顔面がクノッソスの天井にぶつかり、そのまま秋頃に力尽きるセミのように力なく墜落。控えめに言って惨事である。

 人を癒す存在である治療師(ヒーラー)の代表格が身内とはいえ人を傷つけたことに周囲は騒然となり、そのコントのような有り様にフィンが『真面目にやってくれないかなぁ』と冷静かつ率直な感想を述べた。

 

 ──その時だった。

 

「フィン──掛かったぞ」

 

 眼晶(オクルス)からリヴェリアの声が届く。この戦いにおける最大の障害だったクリーチャーの位置が確定し、なおかつフィンたち本隊とかなり離れた場所に釣り出せたという『陽動部隊』からの報告に、彼は()()()()()()()()()()攻勢へ転じる激を飛ばした。

 

「僕たちも急ぐぞ。アミッド、すまないがここから先は並行詠唱だ。それと、さっきのはもう御免だからね」

 

「フィン団長、真剣にお話されてるんですよね?」

 

「これも団長としてのユーモアってやつさ。それよりも急ごう」

 

 茶目っ気を出しながらも油断なく一点突破を目的とした陣形を組んでいくフィン。瞬く間に進軍が再開されるが、何かを思いついたのか前衛の獣人の男に声をかける。

 

「オルバ、アクスを君の背中に固定しろ」

 

「グランド・ディのっすね。ニック、手伝ってくれ」

 

「分かった」

 

 フィンの指示にバンダナを巻いた男が後ろを走るアクスを回収し、オルバの背中にブッピガンと装着。そのまま頑丈なロープでぐるぐる巻きにし、ついでとばかりにブリューナクも固定すると……。

 グランド・ディに(いつぞや)見た体勢が出来上がる。改めて『ててーん』という安っぽい効果音が聞こえた気がしたが、おそらくは気のせいだろう。

 

「何度見てもふざけてるとしか思えないですね」

 

「見た目だけはね。オルバ、分かってると思うけど」

 

「中衛から少し前で援護の後、合図と共にアクスに詠唱してもらう。分かってますよ」

 

 一見ふざけているようで、実のところは理に適った運用法であることはグランド・ディにて証明済み。以前の要領を覚えているからか、オルバも即座に中衛から少し前に出て戦闘の合間を見計らっては回復に最も効率的な位置まで一息に移動。回復とバフのばらまきが終われば再び戻るといった一連の動きを獣人らしい俊敏な動きでこなしている。

 

「団長、アキです。現在は……おそらく9階層です」

 

「分かった。引き続き荒らし回ってくれ」

 

「フィーン、うちらもそっちと同じ階層や。そっちの声が反響しとる」

 

「ロキ、神デュオニソスと一緒に守られてるんだよ。こんなところで神の恩恵(ファルナ)を失うなんて目も当てられない」

 

「おー、任しときーってアブナッ! ガレスう、ヘルプやー!」

 

 すっかり速度に乗った部隊の中衛で戦闘の士気を取りながらも、フィンは眼晶(オクルス)という時や場所すら無きものにするマジックアイテムで指示を出し続ける。

 ヘスティアのような戦術を知らないトーシローでも【ロキ・ファミリア】を出し抜くことは可能なのだ。度重なるダンジョンへの遠征や暗黒期の戦いによって『戦場の機微を読み、適切な所に適切な指示を出せる力』が培われた彼が持てば、それはクロッゾの魔剣よりも強力な武器となる。

 

 そんな時──。『今まで隠密を貫いていた部隊(【ヘルメス・ファミリア】)』から声がかかった。

 

「"手記"は確保した! 敵の拠点は9層だ!」

 

 楔の如く打ち込まれた情報に、ベートたちが吠え、ガレスたちが猛り、ティオネたちが蹴散らし、ゼノスたちが鬨を上げる。より深く、より苛烈に、彼らはクノッソスという敵の腹の中を食い荒らしていった。

 

 チェックメイトの時間まであと少し──。




最近、寒いからかキーボード叩くのが億劫になってきました。頭で考えただけで文字出力してくれないかなぁ…。

アクス
 我らが狂犬。怒ると怖いゾ!
 なお、初めはクロスボウ持った女は男でイオク・ペシャン公(グシオンでリベイクなフルシティ)一歩手前でした。
 だけど、『男ばかりはなんかなぁ』と思ったので女に変更。尊厳破壊だけと若干マイルドにしました。

ボルト刺さったよ? 魔剣に焼かれたよ? なんで生きてるの?
 オートヒールで傷を治し続けるというヘイズ直伝の脳筋解決法を行っています。
 これには後ろのイマジナリーヘイズも後方腕組み面ですよ。

パイルダーオンアクス
 オッタルも愛用(1度だけ)しているアクスのフォーメーション。
 獣人の機動力で即座に回復と撤退が出来、固定しているので暴走する心配がない。いざとなれば投擲武器にもなるゾ!
 ひょっとするとこれが最適解なのではなかろうか。

今回ちょっと短い理由
 1階層ごとクノッソス崩壊しても上級冒険者は流石に死なないと思ったため、原作やコミカライズ版であった『女を連れ去って同胞を作る』という部分から、タナトスがバルカに『生き残った女たちで同胞作ろうよ。ヒーラーも居るから今までより楽勝だよ』と唆す描写があった。
 言い訳させてもらうと残業がすべて悪く、改めてみたらゲス!オブ!ゲスゥ!なことをドン引きして削除しました。
 あ、それはそうとフィンとヒロインは曇らせるから。

制作秘話
 実は当初、アミッドたちが居るのにアクスもは流石に盛り過ぎだと思い、ロキたちと一緒に行かせようとしていました。
 ただ、『ヒロインと一緒に行動するのがアオハルだよね』と脳内でイズン様が抗議してきたために変更。
 なお、『お姉ちゃんがピンチです』とガレスに乗り、クノッソスの壁を砕かせてはヒールを掛けて無理矢理バルカ戦に参戦する構想を一瞬だけしていました。
 ほら、無職な転生してるルーデウス君もダンジョンで嫁と出会ってるし、出会った嫁もダンジョン籠るのはベルと同じような考えだったしへーきへーき
 ちなみに聖女パンチの元ネタは彼の嫁さん(赤)のボレアスパンチ(アミッドと同じ中の人)

ご相談
 アミッドとアクスの合体技名募集したいっす。イメージとしてはアミッドのディア・フラーテルをブリューナクで吸収。そのまま相手にブリューナクを叩きつける感じ。
 薬刃(フラーテル)医刃(ディアンケヒト)が思い浮かんだけど、前者は既に余所様が使用されているので避けたい次第でごぜぇます。(あの人のアミッドもかわいいよね!)
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