ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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99:真勇の氷跡

 フィンたちがたどり着いたのは、講堂を思わせるほど広くて天井が高い広間だった。

 その中心に存在している台座の近くではアスフィを始めとした【ヘルメス・ファミリア】の団員たちが1人の老人を取り囲んでいる。彼こそが闇派閥(イヴィルス)の首魁の1人である『バルカ・ペルディクス』と眼晶(オクルス)越しに伝えられていたフィンは、即座にハンドサインで包囲網を厚くするよう指示。彼の手の動きに数人の団員は手分けして広間にある4つの出入り口の前に立ちはだかり、第1級冒険者であるティオネとティオナ。そしてフィン自身が最前列にてバルカと相対した。

 

 予めどこに誰を配置するかを決めていたのだろう。淀みない動きに加えてネズミ1匹逃れられないような磐石な包囲網が完成する。

 だが、万全な布陣に反して親指の疼きは収まらないどころか酷くなっている状況にフィンはいつでも動けるように身構えた。

 

「……ここが私の終焉か」

 

 諦めにも似た言葉が広間に響く。その言葉にやぶれかぶれの攻撃を警戒した面々が身構えていると、腰に隠し持っていた呪武具(カースウェポン)をあろうことか()()()()()()

 闇派閥(イヴィルス)の残党とはいえ、彼は立派な重要参考人である。腕や足や腹部と致命傷を避けているものの、このまま放置していれば呪詛(カース)に塗れて死ぬのは必定。フィンはすぐさまアミッドとアクスを呼んで治療に当たらせようとするが、バルカが何かを取り出した途端にフィンの口が歪む。

 

 親指の激痛に呻いたわけではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「前衛以外は退避!」

 

 バルカの手に持つのは『宝玉の胎児』。59階層では死体の王花(タイタン・アルム)。クノッソスではパワー・ブルと、モンスターに寄生することで精霊の分身(デミ・スピリット)を生み出すアイテムだ。

 

 しかし、この『モンスターに寄生』という部分が仮に()()()()()()()()()()()()はどうだろうか。

 その瞬間、先ほどの激痛が生易しいほどに最大の警告が親指から飛んでくる。()()()()()()()()()()()()()()()()と判断したフィンはフォルテイアスピアを()()で投擲。力を込め過ぎたせいで『メキリ』と柄が絶叫を上げるが、その甲斐あって槍はLV3あたりでも知覚することが出来ない速度で飛んでいく。

 

 しかし、宝玉の胎児はあまりにも硬すぎた。

 フィンの渾身の1撃でもってしても宝玉の胎児には傷1つ付けることが叶わず、その間にも宝玉部分から葉脈のように伸びる触手がバルカを人間から『異形』へと作り変えていく。

 枯れ枝のような右腕が何倍にも膨らみ、左腕は見る見るうちにしぼんで鞭のように伸縮し出す。両脚はすっかり解け堕ち、その代わりに軟体動物でよく見られる腹足に変じた。

 次第に2М……3М……4Мと身体が膨れ上がっていき、同時に頭部に無数の白い卵の集合体が生えてくる。

 

 もはや『変化』という言葉すら生ぬるい。『変態』とも言うべき変わりように全員動きを止めていると、唯一残った『D』が刻まれた左目が()()に固定される。

 

 ──ありきたりな話やと、こいつがここに居るぞーってメッセージやな。

 

「アクス! 避け……」

 

 頭のてっぺんから電流走ったかの如くロキの言葉が繰り返される。反射的にフィンはアクスに回避を指示する……が、言葉を紡ぎ終わる前に空気が裂ける音と鈍く、重い衝突音が冒険者たちの鼓膜を殴った。

 前方を見ると、バルカが鞭と言っても差支えがないほどの左腕を振り抜いている。衝突音がした方向を見ると壁にめり込んだ身体が反動でずり落ち、砕けた石片とともに床へ崩れ落ちるアクスの姿。

 

 アミッドの息を吞む音が聞こえた次の瞬間、フィンは力の限り叫んだ。

 

「アミッド、アクスに近づくな! 総員、戦闘開始!」

 

 雷鳴の如く素早く伝播した指示に委縮していた【ロキ・ファミリア】全員が正気を取り戻し、一斉に行動を開始する。先ほどアクスに叩き込まれた1撃から、パワーはすごいが腹足という見るからに鈍重そうな構造ということで前衛が足を使って攪乱しながら着実にダメージを与えていく。中でもアスフィの爆炸薬(バースト・オイル)や【ヘルメス・ファミリア】の魔導士であるメリルの攻撃は微小ながらも相手を怯ませるに十分な威力があり、その隙に乗じてティオネとティオナという第1級冒険者の連携が突き刺さった。

 

「くたばれっ!」

 

 如何に変容しようとも元は人間である。頭部さえ破壊してしまえば即死。あるいは能力は著しく下げることが可能とティオネは渾身の1撃をバルカに叩き込もうとするするが──。

 

「ティオネ、ティオナ、離れろっ!」

 

 その場から離れるという現状ではありえないフィンからの指示。それでも長年彼の指揮下で戦っていた2人は経験則で追撃を止め、その場から飛び退く。

 その直後、葉脈のように張り巡らされたバルカの血管が突如として膨張。身体に無理をさせてるかのように嫌な音を建てつつも、血管は水風船の如く膨張し続けていく。

 その姿から熟練の冒険者たちが『まずい』と警戒したものの、何の対策も打てないまま所々から噴出したどす黒い血を浴びてしまう。

 

『ぐっ、ぎっ……』

 

『ぎゃあああああぁぁ!?』

 

 その後は正に地獄だった。血が付着した部分が煙を吐きながら血の雨と同じ漆黒に染まり、目や鼻、口といった箇所から血を流してのた打ち回る冒険者たち。

 ()()()()()()()()()()()。【耐異常】すらも貫通するその毒──否、『呪詛(カース)』に場は一瞬にして凍り付いた。

 

「秘薬を、早く!」

 

 だが、冒険者側にも用意はある。手始めに【ヘルメス・ファミリア】所属の獣人にかけると、どす黒かった肌が見る見るうちに消え──無かった。

 

「あ”あぁ”ああぁ!」

 

「秘薬が効かない!」

 

 安らいだような表情から一変、耳が痛くなるほどの絶叫。そして消えるどころかより一層黒くなっていく肌に、【ヘルメス・ファミリア】のサポーターが叫ぶ。

 

 ただ、今もバルカは黒い血を放射状にばらまいているために瀕死状態になっていく冒険者が後を絶たない。仲間を見捨てられないと引き摺ってでも雨の範囲から逃れようとする者も居るが、散弾の如く降り注ぐ黒い雨に長時間晒されたことで瀕死になった者と同じ末路を辿る。

 

 そんな惨状の中、サポーターの発した『秘薬が効かないという報告』がどれほど絶望的だったかは想像に難くない。

 瞬く間に包囲網は瓦解し、戦意がぽっきりと折れてしまってもおかしくない状況。それでも闘志を燃やす冒険者たちを聖女の癒しが包み──問題であった呪詛(カース)を瞬く間に癒していく。

 

「アミッドを守れ!」

 

 都市最高の治療師(ヒーラー)であるアミッドの魔法のみ効果があるという『焼け石に水』な情報に数人が当惑するものの、フィンは即座にアミッドを含めた治療師(ヒーラー)を最優先で庇うように指示を出す。それを聞いた壁役も盾を掲げながら【ディアンケヒト・ファミリア】の前を陣取るが、再びの血の雨によって少なくない人数が泣き叫びながら地面に這いつくばる。

 

「フィン団長、癒しきれません!」

 

 アミッドの顔から焦りの色が見え始めた。

 癒した端から呪詛(カース)を食らい、再び癒した直後に激痛が走る。そんな無限ループに部隊はすっかり大混乱に陥ってしまっていた。

 仮にアミッドが回復不能な事態になってしまえば。仮にフィンが戦闘不能になってしまえば。仮に決定打を討てるアマゾネスの姉妹が1人、ないし2人共戦闘不能になってしまえば……。たった1つの歯車の狂いが即座に戦場へ伝播し、敗北が確定するだろう。

 

 だが、そんな地獄の真っただ中。今まで沈黙を貫いていた小さい影が、ようやくフィンたちを──疲弊する姉を助けるべく動き出した。

 

「メリルさん、詠唱をお願いします」

 

 副団長であるファルガーに庇われながらも前線の悲惨な光景からガチガチと歯を鳴らすメリルの耳に、居るはずもない声が聞こえてきた。

 バルカが異形となって初めての犠牲者。『あ、あれは駄目だ』という諦めの感想が1番初めに脳裏に浮かんだのは、同じパルゥムだからこそだろう。

 しかし、振り返れば確かにそこにアクスが居た。装備がボロボロで持っている槍の柄が半分以下になっているため、とっさに柄で防御したことでなんとか治癒魔法で回復できる範疇で済んだことが伺える。

 

 さりとて、今更治療師(ヒーラー)である彼に何が出来るだろうか。先ほどのは所謂ラッキーで、今度こそまともに食らえば戦闘不能どころか死亡する恐れすらある。

 犬死にしたいのか──と言いかけるが、内向気味な彼女が言うには勇気が足りなかった。

 

「パルゥムが何言ってんだ! お前1人増えたところで何とかなるわけないだろ!」

 

 メリルが言おうか言うまいか悩んでいると、隣りにいたルルネが彼女の意見を代弁してくれる。その言葉に周囲もうんうんと頷くものの、アクスは決して折れなかった。

 その聞かん坊な様子にルルネは辟易するが、アクスが無理無茶無策で突っ走る人間ではないと多少ながら分かっていたアスフィは間を置いた後に確かめるような眼差しでアクスを見る。

 

「手があるんですね?」

 

「2つほど。両方とも理論上は可能ですが、ぶっつけ本番になります」

 

 どうせこのままではじり貧になる。なにより子供特有の根拠のない自信から、『絶対』とは言わないところが彼女の琴線に響いた。

『理論上は可能』や『ぶっつけ本番』というぐらいに考えて提案してきたのだろうと、アスフィはメリルに魔法を指示した。

 

「他に手伝えることはありますか?」

 

「お姉ちゃんに伝言をお願いします。"首飾り"って!」

 

 ブリューナクに魔法を吸収させている間、他に何か打てる手はないかと問うたアスフィにアクスは自分の首を指差しながら伝言を頼む。すると、特に追及もされずにアスフィは近くに居たエリリーに頼むと、彼女は両手に装備した大楯で黒い雨を防ぎながら離れて行った。

 

「リウォ・フレア!」

 

 メリルの魔法が完成し、ブリューナクに吸い込まれていく。これで準備は整ったため、後は成功率を上げるためにかさばる荷物を置いて身軽になろうとしていた時。水を差すような言葉が走った。

 

「お前よりも強い奴が倒れてるんだぞ! 誰も居ない前線になんのために行くっていうんだよ!」

 

 もはや絶叫にも近いルルネの声。しかし、彼女の言わんとしていることも尤もだ。

 バケツをひっくり返したような勢いの豪雨。1滴でも食らえばレベルや耐異常関係なく呪詛(カース)が発動し、びしょ濡れになればたちどころに戦闘不能へ追いやられる。

 そんな状況だからか、誰1人として前へ出られていない。そんな中に1人で飛び込むなぞ狙い撃ちしてくださいと懇願するようなものだ。

 

 しかし、ルルネの『なんのために』という言葉にアクスは肩を少しだけ揺らすと、小さく『正義のため』と呟く。

 

「正義?」

 

闇派閥(イヴィルス)に色々壊されちゃったから」

 

 弓を放り出しながらアクスは珍しく怒りの表情を見せた。

 

 家を壊され、家族を壊され、度重なる襲撃で幾度となく家や新たな家族(なかま)を壊された。

 アクス・フローレンスの短い人生において、闇派閥(イヴィルス)とはそんな彼の拠り所を散々壊して回った破壊者である。そんなものが今度はオラリオという生まれ故郷まで破壊している。いくら壊れていようと、いくらアミッドへ信仰のような思いを向けていようと、アクスの根幹にあるのは『居場所の安寧』。どこかのツンデレ狼(ベート)的に言い換えれば『群れ』が1番近いだろうか。

 

 さらに、この騒動の裏では神という()()()()()()()()()()()()()()()()()()が糸を引いているのもアクスの癇に障っていた。

 アクスは神々の『無責任さ』だけは嫌悪している。神々の中にはミアハがナァーザやアミッドに向けるように、『神と子供たちは過ごす時間が違うのだから』と線引きしている善神が居るのだが、それはオラリオから見てもかなりの少数派。ほとんどは『人類を玩具に見て来ている』。

 散々人心をかき乱し、人を惑わし、旗色が悪くなれば自分だけトンズラし、ほとぼりが済んだら再び同じことを繰り返す。

 下界で死──もとい、死ぬような損傷を負っても天界に強制送還されるだけなため、今までその遊びに文字通り人生を費やした被害者や犠牲者。その遺族に向けて『責任を取った』とは言い難い。

 

「僕がここに来た理由はお姉ちゃんが危ない目に遭わないように──とか。皆がちゃんと生きて帰ってこれるように──とか。色々あるんですけどね。ただ……僕の、僕たちの場所を壊そうとしてるのが1番許せない。それを守るのが僕の思ってる正義。だから、前に出るんです。勝てる勝てないじゃなくて、立ち向かうために前に出るのがパルゥムの強みだと思うから」

 

 そう言ってアクスは柄が半分以下となったブリューナクを片手で持ちつつ、腰に佩いていたショートソード──『フォボス』を引き抜く。すると、その後ろ姿を見たアスフィとファルガーはまるで時が止まったかのごとく口を開け、両目を限界まで見開いた。

 

 その瞳には1人のパルゥムとは別の数人。正義に殉じた数人の少女たち(【アストレア・ファミリア】)の後ろ姿が映っていたのだ。

 遠い昔を懐かしんだことで頭が錯覚したのは分かっている。だが、彼女たちがほほ笑んだと同時にアスフィたちはかの【ガネーシャ・ファミリア】団長の妹(アーディ・ヴァルマ)が遺した『正義は巡る』という正義の在り方は1つではないことを説く言葉を思い出した。

 

 ならば、冒険者の先達──否、()()()()()やるべきことは1つ。

 

「アクス、後ろは任せろ。思いっきり暴れて来い」

 

 『二つ名』ではなく『本名』でアクスを送り出そうとするファルガー。アクスの後顧の憂いである後ろの守りを盤石にすることを誓った虎人(ワータイガー)の言葉に、アクスは力強く頷くと同時にフォボスを振り抜いた。

 魔剣の中でも大業物なクロッゾの魔剣はその刀身に蓄えられた極寒の冷気でもって血の雨を次々と凍らせていく。

 散弾のごとく密度の濃い豪雨だったことが()()し、黒い血が氷の粒となり、大気の水分がそれらを纏めて固め、次第にそれらは雨から身を守る『屋根』となっていった。

 

「良かった、上手くいった。行ってきます?」

 

「どうせ止めても行くんだろ、さっさと行って来い」

 

 止められると思ったのか。アクスはルルネに向けて確認を取るが、彼女はおざなりに彼を送り出した。

 ここでゴネられても派閥が違うので強行できるのだが、GOサインが出たのならば幸いとアクスは飛び出していく。氷の屋根の下に滑り込んだアクスが走り去っていく姿を眺めながら自分の派閥はどう動いたものかと思案していたアスフィの耳に、複数人が自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「なんですか」

 

「勝手に約束してすまない。それと中距離で支援しつつ、【戦場の聖女】(デア・セイント)を守れる位置に移動……して欲しい」

 

「ま、精神力(マインド)節約のために弓に持ち替えます!」

 

「倒れてる人を回収してくるよ!」

 

「……私……もっ!」

 

「この中で言うのもあれだけど、私は後方でナビゲートに専念するよ」

 

 右を向けば頼りになるが、詳細を丸投げして来る虎人(ワータイガー)が気まずそうに移動を催促してくる。

 左を向けばいつもは引っ込み思案でこちらが察せねばならないパルゥムが、アクスの投げ捨てた弓を持ちながらやる気を漲らせている。

 正面ではヘルメスのように軽薄な言葉を吐くエルフと無口なエルフが必死な形相で戦闘不能者の回収を志願し、後ろでは戦闘力が低い代わりにスカウト能力がずば抜けている犬人(シアンスロープ)使()()()()()()()()()()眼晶(オクルス)片手に後方へと下がっていく。

 

 ──アクス君は英雄って言うより、英雄の傍に居る僧侶かな。彼をメインに据えても面白くないよ。

 

 ──あいつはすげぇよ。LV2になれる同胞なんて何時ぶりだ。興味はあるんだが、俺の持論が傾くんだよなぁ。

 

 ──うん、だからこそ私たちも頑張れるんだよね。

 

「ヘルメス様、ポックとポットよりも審美眼が衰えてますよ。耄碌でもしたのではないですか?」

 

「アスフィ?」

 

「何でもありません。ファルガーの意見を採用し、これから【戦場の聖女】(デア・セイント)と合流。中距離支援に徹します!」

 

 勇気。病にも似たその猛りが伝播し、全員の心に火が灯ったことを確信したアスフィは力強く指示を出す。自身の主神が下した彼の評価が逝ったパルゥムたちよりも的外れだったことへの嘲笑を胸に秘めながら──。

 

***

 

 一方その頃、アクスは犬のように姿勢を低くしながら氷で出来た屋根を伝ってバルカの意識を向けさせるべく走り回っていた。

 バルカと後衛(アミッド)たちの距離は何かの手違いがあれば即座に攻撃を食らってしまうほど近く、最低でも中衛が割り込めるぐらいの隙間を開けなければならない。そのためにこうして相手の注意を引きながら広間の奥に誘導しようとするのだが、子供のパルゥムがいくら頑張っても脅威すらなっていないのか無視されてしまう。

 

 さらには固体から液体に戻ったり、屋根で受け損ねたことでアクスの肌に落ちて来る血。それが本格的にアクスへと牙を向き始める。

 

「ぐっ……ぎっ……」

 

 変色した部分から杭で何度も貫かれるような激痛。その痛みは血が肌に当たるたびに強くなっていき、先ほど心に宿した正義感ですら打ち砕く破壊力を秘めていた。

 

 その痛みからアクスは思わず立ち止まろうとするが、唐突に背後から複数の視線に気付いた。

 最前線であるのでそれだけ人目に付くのは当たり前なのだが、その中の視線にあった()()()()()()に彼は如何にも苦しそうな顔から無理矢理取り繕ったような微妙な笑みへと表情を変えながら足に力を込める。

 

 今、ここで踵を返せば痛くなくなる。

 今、ここで逃げ帰ればお姉ちゃんに癒してもらえる。

 今、後ろへ戻れば()()()()()()()()()()()()()()

 

 頭の中で幾度と反芻する『弱音』を跳ね除けながらもアクスは突き進む。幸運なことにバルカは俗に言う『スピード型』ではない。触腕の速さは目を見張るほどだが、それ以外の動きは緩慢で予備動作が大きい。そこさえ気をつければLV.2のアクスでも十分に避けることは出来た。

 だが、暴れ狂う腕はせっかく作った氷の屋根の一部を粉砕し、自重を支えきれなくなった屋根が次々と壊れては血の雨の侵入を許してしまう。

 

「ああ”っ!」

 

 最初から無理があった。

 今すぐ帰ろう。

 フィンさんに何とかしてもらおう。

 

 手足どころか顔面にまで掛かった血によって、痛みと共に『後付けの理由』が強くなってくる。しかし、それでも彼は止まらない。

 

 ──夢には元手が必要だ。それが願望であれ、なんであれな。()()()が前へ進み、背中を見せることで人々は『勇気』を燃料に『夢』見ることが出来るのだ。

 

 ふと頭に過った言葉。誰から聞いたのか、はたまた()()()()()()()()()()()()()()()は定かではない。

 ただ、それは自分たちパルゥムに向けられた言葉だということを感覚で悟りながらもアクスは自分以上の速度で追い抜かんとする複数の存在(【ロキ・ファミリア】)に気付く。

 

『誰も居ない』? あの犬人(シアンスロープ)は何を言っているのだろうか。

 ちゃんとここに居るではないか。

 【勇者】(ブレイバー)の背中を見て己を鼓舞し、必死の呪いに立ち向かう()()()()が。

 

「アクス、これで2回目だね。そろそろ僕もアミッドと一緒に怒ることを検討するよ?」

 

「気をつけます。ところでフィンさん、後ろは!?」

 

「あんたの給料3か月分がうまく機能してくれてるわ。まったく、とんでもない物をアミッドに渡したわね」

 

 2回目の独断専行ということで本格的にアクスを自派閥の困ったちゃん(アイズ)と同一視し出したフィンの警告を『前向きに善処』でやり過ごしたアクスの問いに、フィンの隣を陣取っていたティオネは後方の様子を教えてくれる。

 

 どうやらネリリーの伝言は無事にアミッドへと伝えられたようだ。

 アミッドの首に着けられた首飾りは、元々アクスがガリバー兄弟からもらった物である。その素材には『カーバンクルの秘晶』という超希少なドロップアイテムが使われており、さらには念じただけで魔導士顔負けの障壁を秘晶の前方に展開するマジックアイテムでもあった。

 元々フレイヤの身を守るための物なため、魔道具(マジックアイテム)化させるための職人もアスフィほどではないにしても超一流の腕は保証されている。そんな考えから伝言を託したが、どうやらドンピシャだったようだ。

 

「今、動けない奴を後方に下げるためにシンシアが借りて傘にしてるから、後で返してもらいなさい」

 

 そう言って後ろを振り返るティオネに釣られてアクスが視線を向けると、頭上に首飾りを掲げた魔導士が中心となって戦闘不能者を運び出す様子が映る。厄介な血の雨は障壁に弾かれており、厄介な障壁を壊そうとするバルカの攻撃をメリルが放った矢や血が掛かろうとも臆せず突っ込む前衛たちによって妨害されている。あの調子であれば数分もしない内に戦闘不能者の後送が終わり、アミッドの治癒魔法によって全癒するだろう。

 

「まさかこんな変貌を遂げるなんて……。もうちょっと広く包囲を敷けばよかった」

 

 ただ、現状戦うにしては明らかに位置が悪すぎるとフィンは臍を噛む。戦闘では相手と味方の位置取りが重要視されるが、多少ばらけてはいるものの今の位置は()()()()()であったバルカを想定した布陣のままだ。

 化け物サイズとなった今ではより広範囲──厳密に言えば階層主クラスと相対するような布陣にしなければ危険なため、出来れば移動したいが今も尚暴れているバルカを無視して陣形を組み直すなど不可能だ。

 

「なら、仕切り直しをしましょうか?」

 

「出来るのかい?」

 

「凍らせます。完全に氷結するのは無理でしょうけど、短時間の封じ込めは出来るはずです」

 

 困っているフィンにアクスは長剣を掲げながら助け舟を出す。多少なりとも動きを止められるのであれば、後は【ロキ・ファミリア】の領分だ。

 作戦伝達をしながら陣形を組み替えることなどフィンや【ロキ・ファミリア】にとっては朝飯前であるため、フィンは自分だけ封じ込めをすることをティオネに伝える。

 

「そんな、団長! 私がやります」

 

「この中で1番アビリティが高いのは僕だ。それに君にはすぐに部隊を移動できるように伝令と準備を始めていて欲しい。アクスは……」

 

 アクスから長剣を受け取りつつ、彼も退避させようとするフィン。しかし、宝玉に赤い光を灯らせたブリューナクの穂先を見せながらアクスはその指示を断った。

 

「あ、僕も残ります。ちょっとこの患者の傷口を止血出来ないか、試したいので」

 

「呆れた。まだこいつのことを人間と思ってるの?」

 

 既に異形に落ちてしまった元人間。肉体の構造も人間とかけ離れているため、止血などする暇があったら攻撃を叩き込んで黙らせる方が手っ取り早いとティオネは呆れるが、『止血』という言葉になんだか琴線が触れたフィンはアクスの動向を許可する。

 最終的にティオネが離れ、フォボスを手にしたフィンと共にアクスは自身の企みを実現すべく動き出す。バルカの身体を足場に腕へと飛び移り、そのまま長く伸びた腕を伝って肩の傷口に接近。その頃には全身真っ黒になるほど呪詛(カース)に蝕まれていたが、今のアクスはまさしく()()だった。

 

 今も隣を走っている『一族の光(フィン)』。そんな先達が自分のおままごとのような作戦に賛同し、共に並んで駆けているのだ。

 アルフリッグたちは唾を吐きながら不機嫌そうに見てくるかもしれないが、そこら辺のパルゥムならリヴェリアに師事するレフィーヤのように嫉妬されること請け合いなこの状況。滾らないと言えば嘘になる。

 

 そして、当然ながら他人から畏怖されるほどのアミッドへの信仰心もある。

『全員を守る』と言えるほどアクスは強くもなければ、広げられる手も限度があることは理解できている。それでも『1番守りたい存在』は明確であった。

 その1番守りたい存在(アミッド)を心の中に据えた時──。垂れ目気味だったアクスの目は据わる。

 

「フィンさん、やっぱり凍らせるのは任せてください。フィンさんは止血が出来るかの確認をお願いします」

 

「……分かった。出来るんだね?」

 

 フィンの問いかけにアクスは黙って柄が短くなったことで『剣』のようになったブリューナクを差し出すと、フィンはそれを受け取ってフォボスをアクスへと返す。

 如何に目の前の存在が異形に落ちようとも、アクスにとっては()()()だ。【ディアンケヒト・ファミリア】では痛みで暴れる患者を押さえつけるなど日常茶飯事だし、彼も何度かそれを手伝った経験がある。

 いくら血をぶちまけられようと、その血潮に呪詛(カース)が多分に含まれようと、いくらその呪詛(カース)が杭を数本打ち込まれ、さらにその杭を掴んで内部をぐちゃぐちゃにかき回されたような痛みを伴うものであっても、そんな理由(よわね)は『治療師(ヒーラー)が治療を止める理由にならない』。

 

「アクス!」

 

 一足先に傷口へブリューナクを見舞ったフィンの声が聞こえる。そちらの方を向けば血を止めどなく流していたはずの傷口がブリューナクから迸ったメリルの魔法によって止血されていた。

 それでも魔法の威力が高かったのか破壊された表皮が瞬く間に再生されてしまったものの、あの厄介な血の雨を『魔法で傷口を焼く』という手段で抑え込めることが知れただけでも僥倖と言える。

 

 ならば、後は完全に動きを封じた後に【ロキ・ファミリア】(フィン・ディムナ)に都合の良い布陣を取るばかりだ。

 

「フォボス!」

 

 ヴェルフに教えてもらった通りの銘を叫び、アクスは魔剣を振り抜く。再び極寒の風が吹き荒れ、その風に当たった血は空気中の水分諸共凍てつき、その発生地点であるバルカごと氷漬けにする。

 未だ目がぎょろぎょろと動き、氷の各所からパキパキと氷を砕く音が聞こえていることから一時的な封じ込めであることは明白なのだが、冒険者たちにとってこの時間はヴァリス金貨が入った袋以上に価値があった。

 

「さぁ、仕切り直しと行こうか!」

 

 一切救援を望めない地獄のような惨状が、今ではすっかり希望に満ち足りた空気が流れている。そんな中、【勇者】(ブレイバー)は目の前の怪物を仕留める算段を整えるべく声を張り上げた。




氷の魔剣あったら、そりゃ凍らせるよね。というお話。

アクス
 仕切り直しスキルがCランクぐらいありそうなちみっこ(猛犬感)
 両親の影響でフィンのファンな節がある。そしてフィンもアクスに脳を焼かれ気味。
 つまり、WIN-WINである。

バルカの怪物
 氷の魔剣で仕切り直された哀れな怪物。対策できる時間与えちゃったら…ねぇ。
 実は小神父アクス以上に相性が悪く、パッと終わる存在が居たりする。おめぇのことだよ、小要塞!
 小要塞「オハン付き盾投擲」
  第1級冒険者でも容易に割れない球体の障壁で逃げられなくする。
 戦場の聖女「ディア・フラーテル」
 怪物「あっ(浄化)」
 勇者「……」

メリル
 弓に持ち替えたのは前世ネタ。

フォボス
 水筒替わりが飛んだ活躍になった。おそらく現在、某強化種相手に色々してる鍛冶師が『ふざけろ』と叫んでいることだろう。

技名募集
 アミッドとアクスの合体技名まだまだ募集してます。
 コメントだと稼ぎに思われるかもなので、以下で募集します。複数あったらなんやかんやでこねこねするので石投げないでください。
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=336957&uid=293848

お知らせ
 結論から申しますと、本筋100話目前で恐縮ですが、3/1はお休みします。
 理由としては、3つほどありまして。
 ①暗い話がこれから連続するのでバレンタインデーネタ書いてはっちゃけたい。
 ②2/23が誕生日なのでちょっとバレンタインネタ投下してリフレッシュしたい。
 ③今後始まる曇らせ展開書いてたら、自爆した。
 特に③が酷く、1例をお見せすると…。

 アクスが居なくなった後、アクスの使っていた洋服を広げて匂いを嗅ぐことで安らぐアミッド。その数日後、すっかり自分の匂いが移ってしまったことでアクスが本当にいなくなったことを実感して泣く。

 上記がね、祖母が亡くなった時の自分と重なって3日ぐらいダウナーになってました。
 曇らせとか安易に手を出すもんじゃねぇっすわ。
 でも、書かないとアクスを行方不明にさせる意味が薄れるし、よわよわ恋心のアミッドを覚悟ガンギメガールにするには必要なことなので頑張ります。

 なので、ディアンケヒト(みな)様。休みをください。
 その間に喫茶店にでも入って砂糖マシマシ紅茶を飲んで英気を養ってくるよ。やっぱり紅茶はいいねぇ!
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