ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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コミカライズ版最新刊発売! そしてコミカライズ版の新章確定!
ヒャッハー、短髪レフィーヤだぜぇ!


103:治療師(ヒーラー)、還らず

 2柱めの送還により、神の威光を凝縮したような白輝がクノッソスから地上へ。そして、未だ漆黒の腹を横たえる夜空に向かって伸びていく。

 その衝撃に全員が必死に耐えていると、数秒もする頃には眩い閃光が薄まると共に()()()()()()()が口を開けた。

 

「皆、脱出や!」

 

 ロキの叫びにも似た檄に、既にある程度の心構えが出来ていた全員が動きだす。ガレスをはじめとした身体能力が優れた第1級冒険者たちが周辺に集まってきた荷物を全て投棄した団員たちを抱え、あぶれた者は彼らの持つ巨大な武器や防具といった少しでも安定して運んでもらえるところを掴んでいく。

 おそらく──いや、断言できる。もし、手を離してしまったら その瞬間に命を落とす。これまでの膨大な経験からそう感じた第2級冒険者に準ずる彼らは、手の先が真っ白くなるほど強くガレスたちを握りこんだ。

 

「ロキ! アクスを!」

 

「頼むわ!」

 

 零能のロキでは万が一どころか、十が一を起こすかもしれない。お互いがそう理解し、アクスはロキの腕の中からフィンの背中へと移される。

 彼は荷物を背負ったままだが、呆然としているためにいちいち介助をしていたら間に合わなくなる。なによりアクスはロキと比べるまでもないほどに軽いため、フィンはロキを掴んで先に脱出口を駆けあがっていくガレスたちの後に続く形で光の残滓が雪のように舞う大穴を駈け上がった。

 

「緑肉が!」

 

「構うな! 跳べぇ!」

 

 光柱の通り道。まるで出入口のようにえぐられたその穴の先から、醜悪な肉の塊が脱出しようとする【ロキ・ファミリア】を捕食しようと飛び出してくる。その魔の手から逃れるようにそれぞれは未だ緑肉が到達していない穴から穴を稲妻のようにジグザグに跳んでいくことで、9階層から8階層、そして7階層と順調に上り詰めていく。

 

「ロキ、アクスの容態は!」

 

「正気を喪っとるだけや! 後はディアンケヒトに託すしかないけど、生返事は出来とるから大丈夫なはず!」

 

 全能により、アクスの陥っている心神喪失のような症状は表面的なものと断じるロキ。ただ、ロキたちの持つ全能は()()()()()()()()()()()()()()。つまるところ、『何でもは知らない。知ってることだけ』である。

 それこそ日に何柱もの神が送還された暗黒期でさえも、神は同じ神から致命傷を負わされる。もしくは遠隔からの爆発などの『間接的な攻撃』で送還されているため、『神の身に刃を直に突き立てた下界の子供がどうなるか』といった記録がギルドに保管されていないのだ。

 

 もちろん、暗黒期には『推し(フィン)たちが神を殺さざるを得ない状況が出てくるかもしれない』とギルドの白豚(ロイマン)の顎肉をタプタプさせながらギルド中の資料をひっくり返す勢いで探してもらったし、自身も天界からの記憶を頼りに()()()()()()()()か見極めようと努力した──が、結果は徒労に終わる。

 

 それもそうだろう。天界に居た頃のロキは、暇つぶしのために神々を殺し合わせようと躍起になっていた時期──彼女曰く『やんちゃしてた』時期であるため、下界のことにはあまり興味が湧かなかったのだ。

 興味が無いものを覚えるよりも退屈凌ぎにリソースを全賭けするのがロキ流である。それはそれで仕方のないことだと言えるだろう。

 

 ギルドの件に関してもそうだ。

 ギルド長のロイマン・マルディールは1世紀以上ギルドに勤めている。そんな彼が在籍していた頃の記録は暗黒期で多少被害を受けたが、今もギルドの保管庫に蓄えられているとか、いないとか……。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、さらには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、オラリオには『神に手を出した人は未来永劫、魂まで罰せられる』という話もある。そこから導き出されるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()綿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のどちらかだろう。

 

 どちらにせよ、ロキだけでは対処することは出来ない『ディアンケヒト案件』なのは確か。つくづく神はこういった『未知』に弱いことを歯噛みしながらも、一旦は無事なことを告げたロキは肌を殴打する風圧に負けじと掴まれている腕と反対方向の腕をのばし、フィンの小さな身体を掴んだ。

 

 真下からは火山の噴火のように醜悪な緑肉が猛追してくる。あれに捕まったら……などと()()()()()()()()()()を推測する気は起きない程、フィンはさらに増速する。

 しかし、クノッソス。この場合はこの緑肉を生み出した主だろうか。どちらにせよ、最後尾に居たフィンたちをみすみす見逃すほど温厚ではなかった。

 

 ──オおぉォぉォ

 

 クノッソスの2階層に差し掛かったその時だった。

 反射的に雄叫びの方向を向いたフィンとロキの目には、神の送還という無慈悲な攻撃から難を逃れた食人花が1匹。彼らに食らいつかんと顎を広げながら突っ込んでくる。

 

 ──脱落(ゲームオーバー)。そんな言葉が脳裏を駆け巡ったロキが固まるが、対してフィンはまさしく腕っぷしで困難を切り開く者(ぼうけんしゃ)であった。

 

「──────」

 

 光の速さで行動と『判断』を済ませたフィンは、声にならない叫びを上げながらロキを真上へと放り投げる。頭上に居たティオネが彼女を受け取る姿も見ずに迫りくる食人花を解体した。

 

 しかしながら、彼の快進撃はそこまでだった。

 

「くっ!」

 

 2秒というわずかな時間。それがフィンの脱出の芽を完全につぶした。

 上に向かう推進力を失った彼の身体は下降を始め、上へとせり上がって来る緑肉の射程圏内に入ろうとしている。

 

 そんな絶望的な状況下でも、フィンは至極冷静だった。

 せめてアクスを真上に放り投げないと死ぬに死にきれない。そう思って片手で背中に居るアクスを掴もうとしていると、彼の身体が突如として少しだけ()()()()()。驚愕の染まった目で後ろを向くと、真剣な面持ちのアクスがフィンの方を見ていた。

 

「アク……」

 

 正気に戻ったアクスにフィンが呼びかけるも、言い切る前に心臓の鼓動が一際大きく脈動する。

 

 その目は──知っている。

 その目は──何度も見た。

 そして──()()()()()()()()

 

 フィン以上に覚悟の炎が籠った瞳に第1級冒険者であるはずのフィンが怯える。同時に頭の中をかき回されるかのような雑音が走った。

 

 ガリガリ、ガリガリ。

 

 まるで精神という物質を爪で丁寧に引っ掻くような不協和音。それだけでも大変不愉快なのだが、その音が鳴るとともに浮かんでくる()()()()()()()

 

「【ブレイバー】様、どうか一族の復興を!」

 

「団長、逃げろ!」

 

「フィン、お前の派閥に入れてよかったよ」

 

「ロキのやつによろしくな、大将!」

 

【"前"を見ろぉ!! 進めぇぇ!】

 

 1人だけ知らない者が混ざったが、そんなことを気にしている場合ではなかったフィンはとうとう懇願した。

 

「駄目だ、アクス! それだけは止めてくれ!」

 

「駄目だよ、フィンさん。フィンさんは"僕なんかより"、オラリオになくてはならない人なんだから」

 

 自身を守る武器(やり)さえも手放したフィンはその両手でアクスを背中に縫い留めようとするが、何もかも遅かった。

 アクスの身体は既に彼の背中から離れ、空中で姿勢を変えたアクスはドロップキックの要領でフィンの背中を強く()()

 

 そうして再び浮力を得たフィンとは対照的に、真っ逆さまにアクスは夥しい量の緑肉に向き直る。そして、フォボスを抜き放つと共に『緑の魔力壁』を前面に出しながら緑肉へと突っ込んでいった。

 

「アクスゥゥ!」

 

 後ろから自身の立場すらかなぐり捨てた勇者の悲痛な叫びすらを無視して──。

 

***

 

 ダイダロス通りから聞こえて来る建築音にフィンが目を覚ます。傍にはリヴェリアが立っており、彼が突然目覚めたことに驚き半分、憐れみ半分のような視線を向けていた。

 その視線に気づいたフィンは窓から空を確認する。『酷い顔色』とベッドに押し込まれてから太陽があまり動いていないことから、1次侵攻が終わった朝から半日も経っていないと推測した彼はリヴェリアに疑問を投げかけた。

 

「……どのぐらい寝ていた?」

 

「数十分といったところか。まだ夢の中に居て良いとは思うが、駄目か?」

 

「あぁ、久しぶりに同胞の夢を見た。危うく夢に取り殺されるところだった」

 

 頭を抑えつつ、フィンはベッドに腰を掛ける。そして、今回の作戦について今一度思い返した。

 

 クノッソスの第1次侵攻が成功したと共に()()()()()()、半日が経過した。地下にひっそりと建造された悪の魔窟から謎の緑肉が大穴一帯を占領する異界へと変貌を遂げたが、周辺で待機していた【ガネーシャ・ファミリア】によって既に天幕が構築されている。

 

 その戦果は大きかった。

 長年、地下組織としてくすぶっていた闇派閥(イヴィルス)の完全な壊滅。その主神であるタナトスの送還。闇派閥(イヴィルス)は怪しげの宗教の如くじわじわと勢力を拡大していたため、この成果はオラリオの安寧を守る【ガネーシャ・ファミリア】やインフラなどを総括するギルドにとっては福音に近い戦果だった。

 

 だが、それと同時に『犠牲と見合ったものか』という指摘がギルドから上がっている。

 普段ならば冒険者が前線で切った張ったをしているところを後ろから眺めているだけの存在が口を出してきたため、『前線の苦労を知らないお役所様が……』と呆れながら文句を言うところだが、その言葉のナイフは今の【ロキ・ファミリア】にとっては致命傷(クリティカル)になり得るほど鋭かった。

 

 今回の作戦による犠牲はおよそ80人の冒険者と神1柱。その内訳は、神ディオニュソスを含めた【ディオニュソス・ファミリア】の()()

 

 そして──。

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】所属の治療師(ヒーラー)【小神父】(リトル・プリースト)アクス・フローレンスの行方不明だった。

 

「アクスは……、行方不明で良いのか?」

 

「神ディアンケヒトは"繋がりはある"と言っていたけどね。だけど、時間の問題だと思う」

 

 フィンの言葉にリヴェリアは苦虫を噛み潰したような表情で唸る。

 ディアンケヒトが未だアクスとの繋がりが消えていないと言っていたが、その場に居た全員の中にある現実的(リアリスト)な一面がおそらくアクスの生存は絶望的。もしくはこの瞬間にも死亡しているだろうと告げていた。

 

 ただ、問題はアクスの行方不明だけではない。【ロキ・ファミリア】全体の士気もかなりの痛手を負っていた。

 

「団員の士気は限りなく下がっている。仮にこのまま2次侵攻を行えば、あっけなく全滅する程にな」

 

 【ロキ・ファミリア】のほとんどの団員は、送還されたことで神の恩恵(ファルナ)を失った【ディオニュソス・ファミリア】を見捨てて脱出することが出来た。その精神的苦痛は大きく、団員たちは本能的に【ロキ・ファミリア】の食堂に集まっては何も言わずにふさぎ込んでいる。

 

 だが、彼/彼女らは()()()()()である。【ロキ・ファミリア】で唯一の例外であるレフィーヤは……、その苦痛が特に酷かった。

 レフィーヤは神の恩恵(ファルナ)を失った直後にフィルヴィスを惨たらしく殺される光景を真正面から見たことにより、彼女の精神が限界まで摩耗。ルームメイトであるエルフィどころか、アイズがリヴェリアが抱きしめながら声をかけても全く反応しない生き人形と化した。

 半日が経った今でもその精神は回復の兆しはなく、フィンたちと合流するべくやってきたディアンケヒト曰く『外的な刺激で覚醒は望み薄。言葉で無理矢理覚醒させるか、時を待つしかない』らしい。

 

「だろうね」

 

「フィン、お前もレフィーヤと同じぐらい危ういのを自覚していないのか?」

 

 リヴェリアは眉間に皺を寄せる。何事もなさそうに受け答えしているようで、実のところフィンの顔色は今にも倒れそうなぐらいの土気色。精神的に参っているのは一目瞭然だった。

 

 今ではオラリオでトップをひた走っている彼だが、【ロキ・ファミリア】は決して無敵ではない。初めの頃は知識不足から危ない目には何度もあったし、その都度死傷者も多発した。

 【弓弦の剣葉】(ユズルハ)という二つ名を持つ冒険者を始めとしたの先輩冒険者の加入によって再び立て直しは出来たものの、彼の中では死んでいった団員たち──特にLV2になって【勇者】(ブレイバー)の二つ名をもらった後に入ってきたパルゥムたちが未だ彼の中に重くのしかかっている。

 一族の復興を夢見る【勇者】(ブレイバー)の下に集ったパルゥムたち。それらはたしかに有能で、フィンの冒険に大いに役立ったし、何より同族ということで『同族あるある』などで派閥内に同種族が居ない彼の孤独感を埋めた。

 

 しかしながら、現在の【ロキ・ファミリア】にはフィン以外のパルゥムは居ない。それは何故か。

 

 堪えは簡単──『全員死亡した』のだ。

 

 1人は安全マージンを飛び越えた『冒険(むちゃ)』のツケに。

 1人は偵察の折にモンスターの集団に襲われ。

 1人は負傷者多数の中を撤退する際に殿として。

 等々。

 

 何度も言うが、【ロキ・ファミリア】は傑物揃いなのは確かだが()()()()()()。ここ最近は戦力も充実し、戦闘ごとに取る戦術や遠征に向けた戦略が充実されてきているが、それらは全て大量の血と亡骸で書き上げられた『血のマニュアル』であった。

 

 そんなマニュアルのインクに、また1人。アクス・フローレンスが加えられた。

 【ディアンケヒト・ファミリア】所属という別派閥だが、オラリオ出身というだけあって【フレイヤ・ファミリア】を例外とする悪性の高いファミリア以外は生粋の人懐っこさで顔なじみを増やしていく剛の者だった。

 同時にLV2というパルゥム。そして治療師(ヒーラー)として破格な戦力に加えて善良性を兼ね備えたアクスは、フィンから見て原石どころではなく『新たな光』でもあった。

 

 それが──潰えた。

 なんてことはない。『自分(フィン)(ころ)した』のだ。

 あの時、後の作戦のことを考えなければ。アミッドと共にクノッソスを脱出させていれば。

 

 そんなIFがフィンの頭の中を駆け巡ったことで、彼は少し前──アクスが勢い良くフィンを蹴り上げたことで異端児(レイ)の救助が間に合い、辛くもクノッソスから脱出を果たした直後のことを思い返す。

 

***

 

 ロキ含めた点呼もそこそこに他の扉から脱出してきた面々がディアンケヒトを伴ってやってきた。

 その中には当然ながらアミッドも居り、一向に姿を見せないことからアクスがいつもの如くどこかへ行っていると思っていた彼女。しかしながら、フィンたちの暗い表情に何かを察すると目を見開いたまま口元を抑えだし、フィンがアクスが自分を救うために落ちていったことを告げた途端──アミッドはその場に崩れ落ちて慟哭した。

 

 あの時、『駄目』とはっきり言っていたら。あの時、呼び止めていれば。そもそも、一緒にクノッソスから脱出していれば。

 そんな後悔が彼女の口から滝のように流れ出て来るが、それを止める者は誰も居ない。いつもは『弱者』と切り捨てるベートでさえも俯きながら何かを呟いていた。

 

 だが、アミッドはひたすら自罰を続けるようなことはなかった。

 

「アクスを任せましたよね」

 

 ゆっくりとフィンの方に近づいていくアミッドがそう問いかける──が、フィンは何も言わない。

 その沈黙が何より雄弁に理由を語っていたのだが、彼女は大粒の涙を流しながら掠れた声で事実を否定するかのように叫ぶ。

 

「任せましたよね!」

 

「……すまない」

 

 既に答えを知ってしまった者が放った否定の絶叫が、助けられた本人に肯定される。その言葉にどうしようもない喪失感を覚えたアミッドは、フィンの腹を力なく叩き出した。

 派閥の代表が殴られているにも拘らず、全員は沈黙を貫いている。ティオネでさえも、殴っているアミッドの悲痛な様子に微動だに出来ずに居た。

 

 そんなやりきれない空気の中、アミッドは再び口を開く。

 

「フィンさん。アクスを返して……ください」

 

「……」

 

「ティオネさん。アクスを返してください」

 

「ごめんなさい」

 

 そう繰り返しながら何度も彼の腹を叩くものの、ティオネの謝罪の呟きだけがやけに響く。そこには『冒険者は自己責任』という鉄の掟は存在せず、ただただ子供を死地に向かわせた大人の激しい後悔だけがあった。

 

***

 

「僕が代わりに……」

 

「馬鹿なことを言うな! お前は助けてもらった相手の命を軽んじるつもりか!」

 

 先だってのことを思い出し、ナイーブになってしまったフィンが思わず口にしてしまった禁句にリヴェリアが叱る。

 それ以上の言葉は身を挺してフィンを救ったアクスを侮辱する言葉だ。それはいくら何でも失礼過ぎるとがなり立てた彼女に、フィンは小さく『そうだね』と呟くことしか出来なかった。

 

「本当に……、生存の望みは薄いのか?」

 

「緑肉に塞がれた穴を見ただろう。これで生きていたらそれこそ奇跡だ」

 

「出会った当初の現中年よりも真面目で教え甲斐のある子だと思っていたのにな……。本当に惜しい」

 

 喧嘩を売られたにもかかわらず、不真面目な現中年(フィン)は黙ってしまう。話に乗ってこなかったリヴェリアも内心で『重傷だな』と嘆息しつつ、これからの方針について尋ねようとしたところで扉が開かれた。

 

「ガレス、ロキも。どこに行っていた」

 

「なに、フィンが珍しく落ち込んどるからな。こいつで景気付けをと思ってな」

 

「うちは野暮用や。あ、フィン。眼晶《オクルス》いくつかもらったでー」

 

 随分勝手なことを言いながら入って来る1人と1柱にリヴェリアの額に青筋が浮かぶが、ここで叫んでは話が進まないと大樹の心でもって平静を保とうとする。

 しかし、そんな彼女の思いなど知るかとばかりにガレスから酒瓶を受け取ったロキがテーブルに置かれた杯の1つに酒を注ぎ、一息に呑み込んだ。

 

「くはぁ~っ! ガレス、気合い入っとるなぁ!」

 

「おうよ。決起には極上の辛口と相場が決まっとるからな!」

 

 相変わらずの飲兵衛な会話の中にあった『決起』とは何のことだろうか。リヴェリアが首を傾げながら問うと、ガレスは空の杯をリヴェリアに渡しながらニヤリと笑う。

 

「リヴェリア、儂はお主のように親身に慰めることは出来ん。なんてたってドワーフじゃからな。だが、前を向こうとするやつと共に酒を食らい、共に戦うことは出来る。これはその決意の酒じゃ!」

 

『前を向く』。つまり、ガレスはフィンが再び立ち上がると信じているのだ。

 とやかく考えを巡らせることが苦手なドワーフらしいところは相変わらずな彼の真っすぐな言葉にリヴェリアは注いでもらった酒を口に含み、少し咳き込みながら『よく飲めるな』と文句を言う。

 

「ママの繊細なお口には合わんかったか。……で、フィン。自分はこれを飲むか?」

 

「もちろん、もらうよ」

 

 カラカラと笑いながらロキはフィンに杯を渡そうとし──唐突に真上にあげる。突然のことで手が空を切ったことに目を丸くした彼は、続けてロキの方を睨むと()()()()()()()()彼女が値踏みをするかのような視線を送っていた。

 

「フィン。自分、その状態で次の戦いで指揮する気か?」

 

「どういう意味だい?」

 

 訳が分からないと言いたげなフィンの視線に、ロキは再び酒で口を湿らせると窓の外を見る。ダイダロス通りにそびえたつ大きな天幕。その内側で行動を止めた緑肉の醜悪な姿が見えているのだろう、杯を握りしめながらも彼女は今回の敵はロキたちと同じ『神』であることを告げる。

 それもオラリオに住む木っ端な存在ではない。死の神(タナトス)トリックスター(ロキ)神々の伝令役(ヘルメス)でさえも欺き、盤を挟んでの打ち合いによって相手を負かすのではなく()()()()()()()()()()()()()ことで勝利するという頭のネジが数本どころか1ダース落としたような『邪神』である。

 

 そんな存在を相手に心が弱ったフィンがまともに相手になるのか。答えは『否』である。

 

 ただ、彼の名誉のために行っておくがフィン・ディムナと言う冒険者は決して精神的に弱くはない。むしろ、治療師(ヒーラー)1人が死亡寄りの行方不明になった()()で病んでいたら、おそらく現在のオラリオに【ロキ・ファミリア】の名前はなかっただろう。

 

 それでも、アクス・フローレンスという『将来的に絶対に輝くことが約束された原石』を肌身離さず持っていたせいで厄介事に巻き込ませ、そのまま彼よりも早く朽ちる存在(フィン・ディムナ)の身代わりになったことでついた心の傷は、これまで経験した中で3本の指に入るほどの苦痛を彼に与えていた。

 

「僕以外に指揮が出来るのかい?」

 

「ママやガレスは……、嫌そうにしとるけどな。後はあの色ボケ(フレイヤ)に頭下げてあそこの参謀連れて来るか……や」

 

 ヘディン・セルランド。たしかに彼ならば、女神(フレイヤ)からの指示であれば全力で指揮を行うだろう。2次侵攻の()()()を惜しげもなく操り、損害を出しながらも必ずしもデミスピリットを撃滅してオラリオを救うのだろう。

 

 だが、それは──それだけはフィンには許容できなかった。

 ぽっかりと穴が開いた心の中に小さな灯火が瞬くと、フィンはロキの方を見ながら思いの丈をぶつける。

 

「ロキ、冗談じゃないよ。神タナトスの言葉じゃないけど、僕はまだ降参(リザイン)していないんだ。それに、こんなところで燻っていたらノアールたちに笑われる」

 

「えぇ顔に戻ったやないか。じゃあ、改めて聞くで。フィン、今の自分に"勇気"を問わせてもらうわ」

 

「せっかくだから、応えさせてもらおうかな。今の僕には勝機しか見えていないよ! 後悔も懺悔も後だ! 今はただ──"前へ"進む!!」

 

 ロキの質問に、フィンは獰猛な猟犬の如き笑みで答える。その瞳には長年培われてきたパルゥムにとって最大の武器である『勇気』が煌々と灯っており、見ただけで火傷しそうな熱量に満足げに頷いた彼女はフィンの持つ杯に酒を注ぐ。

 

 度数の強い酒に咳き込みつつも、フィンは酒を煽った後に『2次侵攻に向けた準備』とロキを伴って外出する。その道中、ロキはフィンに見えないよう微笑を浮かべながら持って来ていた『ディアンケヒト用』と書かれた袋に隠し持っていた()()()()眼晶《オクルス》を突っ込んだ。

 

***

 

 一方その頃。【ディアンケヒト・ファミリア】では、アクスの行方不明が全体の士気を著しく下げていた。

 ディアンケヒトがアクスのことを『まだ眷属としての繋がりは生きている』と断ずるものの、マルタやベルナデット。そしてなにより、今にも自死してしまいそうなほど憔悴しきったアミッドの様子から察してしまった全員は、なんやかんやとアクスを可愛がっていたゆえの『末っ子ロス』を全員が発症していた。

 

 今は暗黒期を経験したベテランたちが率先して窓口対応をし、その他が調剤や在庫管理などといった裏方をすることで何とか回っているものの、ベテランたちもかなり顔色が悪い。このままでは機能不全は避けられないのだが、()()()()()()とばかりに全員はアクスのことを忘れようと自分に出来ることを精一杯行っていた。

 

 全員が我武者羅に動く中──。

 

「私が……。私が殺したんです。あの子を……」

 

 聖女はただ1人。自室にて己の選択をひたすら悔いていた。

 

***

 

 【小神父】(リトル・プリースト)【勇者】(ブレイバー)を庇って緑肉に落ちた。

 エインと呼ばれる眷属からその報告を聞いた都市の破壊者(エニュオ)は歓喜する。いつもの貴公子のような表情は崩れ、最高に面白い喜劇を見たかのような笑い声と共に踊り狂う。

 

 あのパルゥムにはほとほと手を焼かされた。

 子供特有の無軌道さでオラリオやダンジョンを気紛れに練り歩き、目に着いた端から癒し、なおかつせっかく初見殺しで始末した【ロキ・ファミリア】の眷属たちをも蘇生させる。

 

 もはやエニュオが何年もかけて練った()()()()()()()()()()()()()()()()を意図的に妨害しているように思えてくるその行動に、何度正体を晒して縊り殺してやろうかと歯ぎしりしたものだ。

 ただ、そんな苦悩の日々も終わりを告げる。緑肉に落ちたのなら、その末路は『死』一択だ。

 

 すっかり上機嫌なエニュオは、1つの名案を思い浮かんだ。

 これから起こる狂乱(オルギア)の前座としては少々物足りないが、目の上のたん瘤が消えたのだ。少しばかり羽目を外しても、計画には問題ないだろう。

 

 劇場は『治療院』。モデルは──『鐘』。

 適当な冒険者にクノッソスでたまたま拾った誰かの遺品(はなたば)を届けさせよう。それを見た聖女(かね)はその人形のような可愛らしい口から耳障りの良い鐘声(なげき)を奏でるだろう。

 神威を消せば下界の子供たちに紛れ込めることは、テルスキュアと戦ったらしいロキが話していた。治療院の周辺には空き家がいくつかあったはず。そんなに長く居る必要はないから、侵入して監視すれば良いだろう。

 

 あぁ──とても、とても──楽しみだ。




ここから数話ほど暗くなります。
暗くなり過ぎないようにしなきゃ。

アクス
 今のオラリオにはフィンが必要と思い、彼よりも早く自己犠牲を選んだ『良い人』と『気狂い』の間を反復横跳びしている変な奴。
 なお、自分が死んだことで誰にどう思われてるのかを一切考慮しないバカでもある。
 族に居る『僕が死んでも変わりは居るでしょ? オラリオだし』を地で行くタイプ。
 …冒険者に何を期待しているのか

フィン
 心に傷を負った時の対処法は心得ているが、今回は相手とシチュエーションが良くなかった。
 目の前で光ると約束されている特大の原石が自分を助けるために命を捨てた姿を見て、『そうだ、英雄。お前が殺した』とかなり傷心。その後は何とか立て直すが、未だちょっとトラウマ気味。

フィンの中に息づくパルゥムたち
 ソードオラトリア原作最新刊でも語られてた気がするため、ちょっとオリジナルを入れつつフィンの傷になってもらいました。
 最後の声? さぁ、タナトス様が漂白しきれなかったんじゃないですか?

アミッド
 『そうだ、聖女。お前が殺した』と罪悪感に押しつぶされている人。
 なお、ソードオラトリア作戦の中盤までお労しいことが続くことを約束されている。
 それを踏まえて、事前にアクスニウムとか恋心とかでチャージしといたから! ヨシッ!

エニュオ
 いい空気吸ってる神。多分、コミカライズ版33巻のあとがきにあるダンスでも踊っているのだろう。
 ただ、彼も神らしく慢心と全能ゆえの驕りを持っていた。

真のあとがき
 アクスのスキルと魔法ですが、いろんなところに書いている通り()()()()()。それも蘇生は(アクス自身に)ハイリスク。(対象には)ハイリターンというチート技になります。
 そのため、死んだにも拘らず生き返る。という描写が増えると思いますが、温かい目で見守ってください。
 具体的には第2次侵攻の犠牲者とか。狂乱(オルギア)なんて起こさせてやんねぇよばぁー〇!をスローガンに頑張っていきます。
 なお、リスクを知っている神々や人々の心労や傷は考えないものとする。
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