ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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ニュアンス:私はめちゃくちゃだ、混乱している

設定集_ネタ関係に【【百騎幻槍】(ひゃっきげんそう)3 とある騎兵のお金稼ぎ】を投稿しています。温度差で風邪をひく? しらんな!


104:I'm a mess

 もう少しで昼になる頃合い。宿舎から距離が離れていないため、エントランスでは冒険者たちが回復薬(ポーション)を購入しようとする声やざわめきがダイレクトに聞こえて来る。

 しかし、部屋の主──エントランスで客の対応や入院の手続きなどを率先して行わなければならない存在であるアミッド・テアサナーレは、部屋の隅で両膝を抱えながら非生産的な時間を過ごしていた。

 傍らに設置されたベッドも使われた痕跡すらなく、帰ってきた際に女性団員たちに無理矢理着替えさせられた寝巻のまま。そんな彼女は、虚ろな目でひたすら『ごめんなさい』と呟く。

 

 アクス・フローレンス。この部屋の第2の主ともいえるこの派閥の末っ子であり、アミッドにとって弟のような存在であり、いずれ自分よりも高みへ至る存在と確信している有望児だ。

 付け加えるならば、彼女がようやく恋心を芽生えさせた男の子であり、そして──。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 アクスを託したフィンに強く当たってしまったものの、元はと言えばアミッドが彼の要望を強く拒否したら良かった話。それどころか、『クノッソスに同道を許さなかったら良かった話』である。

 【神秘】というレアアビリティを有している彼女ならば、効果の高い薬や魔道具(マジックアイテム)を作ることが出来る。それこそ、相手を眠らせるお香や麻痺薬といった状態異常を与える薬を食事にでも混ぜた上で、アダマンタイトの鎖で四肢を拘束してあげた後にこの派閥に所属している数少ない上級冒険者全員に見張りを徹底してもらえれば良い話だ。

 

 しかし、それをやらなかったのは何故か。()()()()()()からだ。

 治癒魔法の取捨選択や部隊指揮。さらには手加減状態の第1級冒険者(フィン)になんとか食らいつけるというアミッドには無い地力まで手に入れている。

 そんな予想の斜め上を良く成長をしたアクスに対し、彼女の中の期待値は非常に高い物となっていた。

 だからこそ、口では『クノッソス侵攻に参加しないで欲しい』と否定的なことを言っていたが、数%ほど──小指の先ほどはそれとは逆のことを……という『プチツンデレ』のようなことを考えていたのはアミッドだけの秘密である。

 

 そんなこんなで飼い主の後を追いかける小型犬の如く着いてきたアクスは、控えめに言っても凄まじかった。

 危ない障害を排除しながら治癒魔法をかけ、極めつけは離れた場所に遠隔治癒を行使するという投槍技術。今まで教えたり、()()()()()()()()した技の集大成にはアミッドも治療を行うための手が一気に数本生えてきたような錯覚に陥るほどであった。

 さらには彼女すらも見放したバルカに対し、アクスは最後まで治療を諦めなかった。

 最終的に彼の魂は天へと還ってしまったが、モンスターとしてではなく1人の人間として真っ当に亡くなったのは、『偽善』と言いながらモンスターとして浄化しようとしたアミッドよりも親身にバルカのことを考えた解決方法だと彼女は納得している。

 

 そういった実績や性根の良さを踏まえ、行く行く──彼が大人になった頃には団長の立場すらも渡せる器量があるとアミッドは判断した。

 その際に彼女の芽生えた乙女心から成る妄想(ビジョン)があらぬ妄想をしてしまったが、もはや関係ない。

 

 ──なにせ、当の本人は行方不明なのだから。

 

 第1次侵攻に参加していたアミッドだからこそ、緑肉に呑まれた結末は分かっている。それでもディアンケヒトが未だ『アクスは生きている』と言ってくれているので何とか保っているが、彼女の頭の中ではアクスの生存はほぼほぼ絶望的と捉えていた。

 

「私が……、あの子を……。アクス……死に……。好きって……のに……」

 

 音や温度が半分となってしまった部屋の中で、アミッドはぶつぶつと何かを言いながら手元にある布の塊を抱きしめる。

 アクスの部屋のタンスから持って来た彼の服。バレンタインや誕生日プレゼントとして贈っていた『ゴライアス』や『アンフィスバエナ』と書かれたシャツに彼女は鼻を近づけると、半日前まで身近に居たアクスの気配を感じた。

 されど、呼吸をするごとに薄まっていく匂い。それと同時に遠ざかっていくアクスの残滓に、アミッドの目から一筋の涙が伝った。

 

 すると、自室の扉を何度もノックする音が聞こえてくる。すぐさま返事をしようと口を開けるが、かすれた音しか出てこない。ならばと立ち上がるが、思った以上に足に力が入らずにその場に倒れてしまう。

 

「アミッド様!」

 

「団長、しっかりしてください!」

 

 物々しい気配に無理矢理入っていた団員たちの手でアミッドは部屋から連れ出される。その憔悴具合に団員たちは悔し気に口を歪ませるものの、寝間着姿の彼女を呼び出す要因となった来客の元までアミッドを連れて行く。

 

「失礼します。団長を連れてきました」

 

「あぁ、来たか」

 

 明らかにテンションが下がった状態のディアンケヒトが振り返る。寝間着姿という来客に対して礼を失する格好であるが、彼は何も言わずにソファに座るように促すとようやく自分の姿に気付いたアミッドがようやく『あっ』と声らしい声を小さく上げた。

 

「申し分かりません。着替えて──」

 

「構わん。押しかけて来たのはロキたちだ。それで……、何の用だ?」

 

 ジロリと睨むディアンケヒトの視線には、僅かに敵意が見える。今は仲違いをしている暇などないのだが、有望な眷属が1人居なくなったのだ。その傷も癒えぬままに次の話を持ってこようとする非常識さに彼が怒るのも仕方のないことと言える。

 

 それでも、ロキたちはここを頼るしかなかった。

 【ロキ・ファミリア】には組織的に治療はまだしも、回復薬(ポーション)製造を行うノウハウはない。それに他の医療系ファミリアは【ディアンケヒト・ファミリア】よりも少数なところばかりであるため、2次侵攻で用いる『総力』を賄うほどの地力はない。

 そしてなにより、無作為に参加派閥を増やすほど情勢は安定していない。闇派閥(イヴィルス)という地下組織が壊滅しただけで、『悪どいこと』を企む悪の芽がオラリオから完全に駆逐されたとは口が裂けても言えないのだ。

 ここで参加派閥を増やしたことで、『【ロキ・ファミリア】に取って代わろう』と策略する者たちの裏切りによって再び窮地に陥ったとなれば、今度こそフィンたちは人間不信となる自信がある。そのため、第1次侵攻以前から同盟を組んでいることでの【信頼感』に頼った末、フィンたちはこうして頼みに来ているのである。

 

 ただ、守銭奴に対して『悪どいこと』か否かであるのは……。ひとまず目を瞑っておくとしよう。

 

「クノッソスの第2次侵攻のための準備をお願いに来た」

 

「昨日の今日で性急なことだ。増産をかけているが、うちの備蓄は底をついておるぞ」

 

 フィンの頼みに嫌味っぽく返すディアンケヒト。だが、彼の言う通りこのファミリアの在庫は空っけつ。すなわち、回復薬(ポーション)を作った端から売れて備蓄が中々増やせない状態なのだ。

 しかし、そのことについてフィンは『だからこそ』と念を押す。曰く、『1日2日で再度侵攻が出来ないからこそ、来るべき日のために備蓄をお願いしたい』とのこと。

 決定事項を伝えるように淡々と。されど、並々ならぬ覚悟と決意を秘めた瞳を前にディアンケヒトは口を開くと『とりあえず分かった』と前置きを言ってから語り出す。

 

「じゃがな、うちの団員たちは未だに本調子ではない。そこら辺も留意し、報酬の増額は約束してもらう」

 

「そこは"無料で構わん"じゃないんかいな」

 

「当たり前じゃろ。オラリオの危機とは言っても先立つものは必要不可欠。儂には団員たちに必要最低限の生活をさせる義務がある!」

 

 相変わらずの守銭奴ぶり。いや、この場合は金への執着を隠れ蓑にしていると言った方が良いのだろうか。

 どちらにせよ、これで第2次侵攻にむけての回復手段は手配できた──のだが。

 

 ここで手をズイッと前に出したディアンケヒトは満面の笑みでこう言った。

 

 ──ロキと儂が契約した金を払え、と。

 

 第1次侵攻が始まる前、たしかにロキはアミッドたちに何かあった場合の補填行為を行う旨の契約が交わされていた。ロキもロキで『ディアンケヒト用』と金銭は用意していたが、まさか本当に徴収してくるとは思わなかったのか『嘘やん……』とドン引いていた。

 それでも契約は契約。事前に用意していた金貨袋を差し出したロキは、指で枚数の確認をするように指示。無言で頷いたディアンケヒトは袋の中を確認し、()()()()()()()()()()()()()で受け取ったことを宣言する。

 

「アミッド、それと【勇者】(ブレイバー)よ」

 

「……はい」

 

「なんだい?」

 

「これで、神同士の契約は成った。現場や外野が何と言おうが、これは儂とロキの責任というわけになる!」

 

 ファルナを与える、与えられる関係から時に神は下界の子供よりも優先される場合がある。避難を優先しなければ神を送還され、その眷属が軒並み戦力ダウン──なんて事例が山ほどあるからだ。

 

 しかし、逆に神であるがゆえの責任というものも存在している。この場合、フィンやアミッドが代表権を持たない社長で、ロキやディアンケヒトが会長と言った方が分かりやすいだろうか。

 クノッソス第1次侵攻を計画し、人員の配置や物資の確保。さらには当日の部隊運用や適宜指示はたしかに総責任者であるフィンやアミッドではあるため、『彼/彼女に一切の責任はない』とは口は裂けても言えないが、別の派閥への働きかけや交渉からの合意はロキとディアンケヒトにも責任がある。

 

 長々と語ったが、ようは『自分()たちが責任の大半を被るから、眷属(お前)たちは次の戦いに集中しろ』ということである。

 

「なぁ、ディアンケヒト。自分、うちのベート目指しとるん? 流石にその格好でツンデレはキツいで」

 

「馬鹿なことを言うな! 儂はアミッドの精神的なケアをしていただけだ! ……まぁ? これが失敗すればオラリオは崩壊するんじゃし? 【勇者】(ブレイバー)は大事な金鶴じゃから……な?」

 

「まぁ、そこのキショい爺さんの言う通りや。勝負運(ツキ)がこっちに向いとるわけやないし、今の状況はかなり悪いけどな。自分らが踏ん張らな、オラリオは崩壊してここに居る全員は死ぬ。やから、下界の災禍みたいな試練は冒険者(じぶん)らに任せるしかないけど、責任とか後悔とか余計なモンは"そう唆された"ってウチらのせいにしとき」

 

 薄い胸を張りながら頼もしいことを言うロキに、フィンは安心したように笑みを浮かべる。ただ、アミッドだけは特に反応を示さなかったので、見かねたディアンケヒトは一旦私室まで戻っていく。

 しばらくしてから大量のヴァリスが入った袋を携えて戻ってきた彼は、ロキの前に袋を置いて尋ねた。

 

「ロキ、ギルドにアクスの捜索願を出したい。これで足りるか?」

 

「十分すぎるわ!?」

 

 袋を改めなくても分かる。明らかに多すぎだ。

 この金なら第1級冒険者が1名。それどころか第2級冒険者や下級冒険者を加えた『1派閥』を雇えるぐらいである。

 さらには捜索対象が『アクス』ということもある。このオラリオで善良に運営をしているファミリアで彼の行ってきた過剰な往診などを享受していないところはないに等しい。もはや『礼金なんているか!』とばかりにダンジョンに突撃をかます冒険者が容易に想像できたのだが、ディアンケヒトはその金を戻そうとしない。

 

 すると、今まで思いつめた表情で黙っていたアミッドがようやく口を開いた。

 

「ディアンケヒト様、アクスの生存はもう絶望的なんですよ。お金の使いどころが……」

 

「馬鹿もんっ!」

 

 パシンと乾いた音が応接間に広がる。アクスを諦めるような発言をしたアミッドをディアンケヒトが叩いたのだ。

 目を見開きながら叩かれた頬に手を添えたアミッドがぽかんと口を開けていると、彼は続け様にアミッドを叱りつけた。

 

「たしかに生存は絶望的かもしれん! もしかしたら間に合わんかもしれん! だがな、アミッドよ。仮に息絶えていようが、アクスをダンジョンのような暗い場所に置いておくつもりか? それとも、奴はその辺に捨て置いても良いほど、どうでも良い存在か?」

 

「違います!」

 

「それで良い。葬儀をするとなれば、アクスと分かる物。……花を手向ける対象ぐらいあっても良いだろう」

 

 葬式は亡者があの世で健やかに過ごせるようにという願いもあるが、悲しみを整理することで死を受け入れてから再び前に進む『区切り』の意味合いもある。連れて帰れるのならそれに越したことはないが、最悪の場合はアクスの死に引っ張られ過ぎて機能不全になった【ディアンケヒト・ファミリア】のパフォーマンスが一気に落ち、第2次侵攻で仲良く死者の仲間入り──なんて間抜けなことを許容できるほどこの場に居る2柱の神は能天気ではない。

 

 そんなこんなでようやくアミッドの了承が得られたところで、ディアンケヒトはソファから立ち上がるとロキたちに声をかける。

 

「では、行くとするか」

 

「ミィシャちゃんに聞けば大丈夫やと思うけど、うちも着いていくかぁ。フィン、護衛頼むわ」

 

「分かった」

 

「では、私も」

 

 出ていくディアンケヒトたちに倣ってアミッドも席を立とうとするが、ディアンケヒトは彼女の同行ををやんわりと拒否した。

 彼女が今着ているのは寝間着。着替える時間も惜しいし、加えて今の精神状態では感情が先行してしまって碌な手続きも出来ないだろうと諭したディアンケヒトはロキたちを連れて応接間から出ていく。

 

「……調合しましょうか」

 

 ディアンケヒトのおかげで幾分か気分がマシになったため、アミッドはフィンの言うとおりに回復薬(ポーション)などの増産を掛けようとし──。

 

「アミッド様、その格好で出歩かないでください」

 

「あっ……」

 

 団員に注意される。顔を高揚させながら自室に戻るところを見るにちょっとは自責の念が薄れたことを安堵しつつ、自身たちの間に流れる悲壮な空気が薄れていくことを感じた団員たちは『団長の寝巻新調計画』と禄でもない計画についてやいのやいのと議論を交わしながら業務を行っていく。

 アミッドも着替えてからは手際よく作業をしていたのだが、昼からおやつ時。おやつ時から夕方頃になってもディアンケヒトが戻ってくる気配が微塵もなかった。

 

「遅いですね」

 

「少し前にあった地震と関係してるんですかね?」

 

 気にかけていたアミッドに近くで調剤をしていた薬師(ハーバリスト)が少し前に起こった地震を引き合いに出してくる。小さく揺れただけで物が落ちたりはしなかったものの、クノッソスの1件があるので警戒を強めるように指示したものの誰も担ぎ込まれてこなかったので放置していたのだ。

 ただ、もしかしたらディアンケヒトが現地でなんやかんやしているのではないか。そんな懸念が脳裏を掠めたアミッドが椅子から立ち上がると、そのまま調合室を後にする。

 

「ちょっとギルドの方を見てきます」

 

「分かりました。表は締めますので、お帰りは裏口からお願いします」

 

 既に酒場が次々と開き、メインストリートの魔石灯が付き始める時間帯。もしかしたらギルドの迷惑になっているかもしれないと店仕舞いをしていた団員たちに声をかけ、アミッドが治療院から出て行こう扉に手をかける瞬間に扉が開いた。

 

「あ、ディアンケヒト様。今までどちらに?」

 

「…………」

 

「ディアンケヒト様?」

 

 様子がおかしいディアンケヒトにアミッドの胸中は嫌な予感で埋め尽くされる。未だ担いでいる重々しい袋や後ろから付いてきたロキたちの暗い表情から、色々と察した団員たちも徐々に顔色を悪くする。

 お願いだから外れて欲しい。そんな些細な願いすらあざ笑うかのように、運命はアミッドたちを深い絶望へと突き落とす。

 

「アミッド」

 

「……はい」

 

 口内は乾ききり、心臓が早鐘を打つ。まるで死刑執行を待つ囚人のような気分になりながらもアミッドがディアンケヒトの次の言葉を待っていると、彼は担いだ袋をずいっとアミッドの前に突き出した。

 

「これでありったけの花を手向けてやれ」

 

「っ!」

 

「アクスの繋がりが途絶えた」

 

 呟きのように小さな言葉により、治療院の空気が氷点下にまで下がった。

 

***

 

 アクス・フローレンスの死亡については一切の情報を封鎖された。

 それもそのはず。今の段階でアクスの死亡を流布すれば、必ずオラリオは混乱に陥る。それほどまでに彼が行ってきたことはとてつもなく大きかった。

 

 しかし、第1次侵攻から少し時間を開いたある日。()()()()()()()()により、その秘匿を打ち砕いた。

 

「アルバート!」

 

「ドルムル、もうちょっと丁寧に開けろ!」

 

 毎度の如く騒々しい来店にエントランスで接客をしていたアルバートは目前まで迫ってきた1人のドワーフにがなる。

 

 ドルムル・ボルスタ。アルバートの古巣である【マグニ・ファミリア】に所属しているLV3冒険者だ。

 行方不明者捜索の冒険者依頼(クエスト)を受注して消息不明だったところを生還し、今はギルドから発行された強制任務(ミッション)に参加していると飲み会で話していたのだが、入って来てからやたらと挙動不審になっている彼にアルバートはすぐさまドルムルをバックヤードに連れ込んだ。

 

「ドルムル、なにがあった?」

 

「おめぇんとこの小僧っ子についてだ。あいつ、行方不明なんだよな?」

 

「前も言ったろ、それが……っ! 何か見つけたのか!?」

 

 彼が言う小僧っ子──アクスについての死は伏せられているため、遺品の1つでも見つかったのかとドルムルの肩を掴むアルバート。そんな彼の必死な形相に面食らいつつも、ドルムルはバックパックから1つのゴーグルを取り出した。

 

「詳細は言えんが、オラたちは他のファミリアと一緒にミッションを請け負ってるんだ。その中に【ガネーシャ・ファミリア】がいてな、そいつが"【ディアンケヒト・ファミリア】に届けてくれ"って。……なぁ、あいつは……死んだのか?」

 

 困惑気味なドルムルにアルバートは何も言えない。ここで『死んだ』と言ってしまえば、オラリオは即座に混乱に陥ることが目に見えている。

 それに、こんな遺品を今のアミッドに見せるわけにはいかない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、いくら遺品でも明確に親しい存在の死を連想される物が目の前にあればきっと──彼女は耐えられないだろう。

 だからこそ、『秘密裏に保管しておく』。真実を告げられないことやアクスが死んだ証拠品を隠すことにアルバートは心の中で謝罪しつつ、深く息を吸い込みながら頭を下げた。

 

 そんな時だった。

 

「すまん、俺の口からは言えない。ただ、それは俺が保管し──」

 

「アルバートさん? 駄目ですよ、元同じファミリアの方でもここに連れて来るのは」

 

「団ちょっ──!」

 

 間が良いのか悪いのか、アミッドが通りがかったことでアルバートの身に戦慄が走る。『マズい』と慌てた彼がドルムルをバックヤードから追い出そうとするが、急な心変わりにドルムルが『おめぇが連れ込んだんじゃろうが!』と反抗した拍子にゴーグルを取り落としてしまう。

 硬い床に当たる乾いた音が、やけに大きく室内に響く。

 それは小さな音のはずなのに、その場にいる誰もが思わず息を呑むほど、場違いなほどに鮮明だった。

 

 だが、アミッドはすぐには動かなかった。

 『アクスの繋がりが途絶えた』とディアンケヒトが言った意味をようやく理解するかのように、彼女はただ一点──床に転がったゴーグルを見つめている。

 

「アク……ス」

 

 そうつぶやいた彼女はぎこちなく膝を折り、震える手を伸ばし──ゴーグルを摘まみ上げる。

 それはまるで、最初から()()()()でしかなかったかのようにひどく軽かった。

 だが、彼女は否定する。

 これはただの物ではない。()()()()()()()()()()()()()()

 

「アクス、アクス……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()を両手で包み込むように持ち上げ、アミッドはそれを見つめる。

 レンズ越しに何かを探すように、何度も角度を変えて。

 だが当然、そこには何も映らない。

 第1次侵攻中にアミッドを見ていたはず視線も、温度も、もうどこにもない。

 

 その瞬間、彼女の肩が小刻みに揺れ出した。

 

「もともと小さかったのに……、こんなに小さくなってしまって……」

 

 それは確認ではなく、諦めだった。

 

 声に出してしまったことで、『ディアンケヒトが言い間違えただけ』という蜘蛛の糸のようにか細い一縷の望みが途切れてしまう。

 その現実に耐え切れずに──アミッドは大声を出した。

 

あっ……アァ……あ”ぁ”あぁーっ!

 

 それは慟哭だった。

 その細い体のどこにそんな力があるのかと思うほど、激しく、荒々しい叫びに団員たちが次々と部屋に入り──アミッドの持つゴーグルに全てを察した。

 しかし、誰も言葉を発することが出来ない。ゴーグルを持って来たドルムルでさえも、自らの大きな手を目元に充てて小さく震えている。

 

「まだ、あの子に沢山教えたいことがあったのにっ! して欲しいこともあったのにっ!」

 

 あれだけの実力があっても、アクスにはまだまだ拙い部分がある。それについては時間をかけてゆっくりと教え、導き、いずれは自分よりも遥かに高みでみんなを引っ張ってもらいたいと思っていた。

 それに、彼が内心抱えていた闇の部分もアミッドがいずれ癒してあげたい課題だった。

 これも時間を掛けながら解き解し、最後には破廉恥な言い方となるが『家族』としてアクスと寄り添いたいという気持ちも今のアミッドにはあった。

 

 だが、もうその願いはかなわない。

 

「嘘って……言って……。誰か……」

 

 叫びは懇願に変わり、やがて祈りに近いものへと歪んでいく。

 だが、応える者はどこにもいない。

 

「好きって……ちゃんと……」

 

 微かな声と共に強く抱きしめたゴーグルが、きしりと音を立てる。

 それでも彼女は力を緩めない。壊れてしまうかもしれないことさえ、もう考えられていなかった。

 やがて声は再び嗚咽へと変わり、その後のアミッドはずっと泣き続けた。

 

「そうか……」

 

 遅れてやってきたディアンケヒトも、アミッドの近くまでやって来て彼女の腕からはみ出ていたゴーグルをチラリと見るや否や納得した様子で部屋を出る。

 数分ともしない内に治療院の前にはこんな立て札が建てられた。

 

 〈アクス・フローレンス死亡により、往診は無期限延期とさせていただきます〉

 

 とてつもなく事務的な文言だったが、そのことに誰も文句を言えなかった。

 所々に水滴が落ちたような跡があり、文字も滲んでいるものさえある。眷属を失った悲しみをありありと見せつけられた神は同情するかのような視線で治療院を一瞥して去っていく。

 

 ただ、市井──特に冒険者たちはそれぞれ異なった反応をしていた。

 ある者は涙し、ある者は地面に這いつくばりながら悼み、ある者は空に向かって消化しきれない感情を声として吐き出すなどと様々な方法で彼の死を悲しむ。

 だが、どんなに泣き叫んでもアクスは戻ってこない。

 

 今日──この日──1人の治療師(ヒーラー)の死亡が決定づけられた。

 

***

 

歴史が大きくかわるとき

 

それは その姿を現す

 

はじめは 矮小な存在として

 

矮小な存在は その優しさでもって 大地に生を芽吹かせ

 

やがて 咎めた神の裁きによって 死ぬ──

 

しばしの眠りの後

 

それは再び現れる

 

……『英雄』として 現れる

 

 

 

 ~【【計画を壊すもの】(ラーズグリーズ)】編 に続く~




裏話:
今日──この日──1人の治療師(ヒーラー)の死亡が決定づけられた。

~ 完 ~

うそです(AA略)

上記で締めくくろうとしましたが、数日足りないのでヤバいと思って付け足しました。
い、石で投げないでおくれ。

アクス
 黒い服着てそう(偏見)。
 二つ名候補が多かった。別世界線のアクスはその二つ名の残骸である。
 ちなみに【【火の玉小僧】(ブレイズ)】もあった。
 『エニュオの計画打ち破る1人だし、戦争遊戯も参加してフレイヤの思惑を打ち破る1人だし、ロキやフレイヤにも関係あるから良いか』という判断もあったり。
 ヴァルキューレだろって? こまけぇことは良いんだよ!
 ※女の子にしたらフィン殿がヘル・フィネガスするし、ティオネがバーサークするので駄目です。
 …輝夜さん、今からアクス『ちゃん』にはなりません?

アミッド
 どこかの准将みたいにスプーンカチャカチャしてそう(偏見)。
 1人の夜を乗り越えられたら良いね。な聖女。
 ちょっと筆が乗ったのは内緒。嫌いなわけではない、断じて。

ディアンケヒト、ロキ
 裏で色々あった。色々…あった!
 『後々のこと考えたら胃が痛いけど、やらなきゃエニュオ割り出せない。つらたん』

ドルムル、アルバート
 アリバートはオリキャラ(87:リスク参照)。
 ドルムルとは元同ファミリアということで色々便宜を図っていた。
 緑肉除去の強制任務(ミッション)中にゴーグルを見つけたらしい。

エニュオ
 聖女どころか街中が悲嘆にくれるという前菜としてこれ以上ない悲しみを吸い込み、満面の笑み。

あとがきのあとがき
 新しいスキルの名前どうしようかなって思ったら、ちょうど良いの居たわ。
 ( ◜◡◝ )「ハーデースー、ペポペポペポペポ」
 うん、変な枕詞ついてるけど騎士だし。馬乗ってるもんね。ヨシッ!
 ※気になる人はHADESシステムか、FFate/strange Fakeアニメの12話をチェックだ!
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