そんな翼の無い水竜が空を飛ぶという
俗に言う走馬灯である。
ダンジョンに入った直後から中層までは順調だった。
『派閥連合』という体で共にダンジョンに潜ることになった【タケミカヅチ・ファミリア】や【ミアハ・ファミリア】。それとなぜか着いてきたアイシャ・ベルカのおかげで戦力が大幅強化され、なによりベル・クラネルという旗頭によって彼らは順調に探索を続けることが出来た。
下層を根城にする新たなモンスターに対しても、彼と同じLV4であるアイシャという頼りになる戦力を筆頭にかなり余裕を持った探索や下層産の超高額で取引される素材に胸を躍らせていたリリルカ。
しかし、下層を探索中に出会った『モス・ヒュージ』というレアモンスターの強化種が順調に回していた歯車を狂わせた。
冒険者の戦術を模倣するほどの高い知能と状況に応じて柔軟に戦略を変える適応力。そして、回復を阻害する種子によって連合軍は窮地に立たされた。
地上に戻るか、それともここでモス・ヒュージを討伐するかに2つに1つ。だが、ここで
寄生状態という稀有な事例に対する特効薬──とは言い難いが、少なくとも体力の消耗を抑え込むやり方。つまるところ、『治癒魔法をかけながらの外科手術によって種子を取り除く』というやり方を実施することで千草や襲われていたルヴィス・リーリックスを救助。
その後、同じくヤドリギに苦しめられていたドルムルたちやルヴィスのパーティも同じやり方で救助し、『臨時的な連合』として勢力を拡大したベルたちは、なんとかモス・ヒュージを討伐することが出来た。
こうした大冒険を経て、リヴィラの街に帰ってきた一行。後は地上に戻って思う存分休息を満喫する。そんな矢先にリヴィラの街にて殺人事件が発生した。
ルヴィスたちは体力の低下が著しいということで、桜花やアイシャたちといった元々の連合で下手人である【疾風】の討伐隊に参加。その後は貴重な戦力であり、旗頭であるベルと一旦別れて怪しげな人物を見張っていたわけだが……。
あれよあれよという内に
(いや、
右を向いても左を向いても
なお、この間約1秒にも満たないため、アンフィス・バエナは絶賛降下中である。
周囲は未だ状況を飲み下すことが出来ずに呆然と佇むのみ。リリルカもなんとか指揮を取りたいが、今はこの後に来る『未曽有の危機』に対して備えなければならないとようやく声を張り上げた。
「春姫様! カサンドラ様! 千草様! 集まってください!」
『は、はい!』
その声に呆然としていた彼女たちも正気を取り戻し、まるで弓に弾かれた矢のようにリリルカ目掛けて走り出す。中距離での火力支援に徹していた千草との距離が少々離れているが、
アンフィス・バエナと相対しているヴェルフたちに比べてリリルカたちの戦闘力。詳細に言えば、回避能力云々といった身を守る技術はお世辞にも高いとは言えない。
そのため、『前衛に迷惑をかけないこと』を念頭に少しでも濁流に押し流されるリスクを抑え、同時に各個撃破される可能性を潰すために集まる。それがこの短時間で出来る彼女の
後は運否天賦に任せるしかない。無力感にリリルカは臍を噛みつつ、来るべき衝撃に備える。
──そんな時だった。
獣人に比べると大したことはないが、ヒューマンよりも優れている遠見視力が
(なんでしょう、あれは)
数秒後に待ち受けている最悪を前に、リリルカの中にある『殻』が内側からの圧力に罅が入る。先ほどまでとは比べ物にならない視力でもって、その黒い物体は馬のようなものに乗っている人──騎士であることが分かった。
それに、驚くべきはそこではない。
(あれは落ちてるんじゃなくて……。"降りている"?)
垂直に切り立った断崖。数百Мはあろうかという滝壁を9騎の騎士が疾駆している。
常識ならばあり得ないことながらも、リリルカはその騎士たちから目を離すことは出来なかった。
黒い馬の蹄が叩くのは決して道ではない。
岩肌に点在する僅かな出っ張り。人の足なら見落とすような石の角。流水に削られた指先ほどの窪み。
騎士たちの足となっている馬たちはそれらを正確無比に捉え、まるで大地を駆けるかのように体重を預けていく。
──1歩。──2歩。──3歩。
そのたびに岩場に溜まった大量の水を踏み潰し、白銀の霧となって舞う中で馬たちはアンフィス・バエナを抜き去りながら滝を
(上の人は恐くないんですか!?)
常軌を逸している動きをする馬はもちろんだが、本当に狂っているのは騎士の方だ。
尋常の騎手なら速度を落とす。いや、そもそも困難な足場の連続から恐怖に馬の足を止めるだろう。
だが、件の騎士たちは違う。
アンフィス・バエナの無防備な腹に視線を向けるのも束の間。先頭の騎兵が手綱を引くことなく岩壁を斜めに横断する。続く8騎も寸分違わず同じ軌跡をなぞり、9騎はまるで1つのの生き物であるかのように切り立った岩場から跳躍した。
崩れないかという心配などハナっから無いかの如く、馬体を大きく跳ねさせる騎士たち。
次の足場へ。さらに次へ。
1歩でも岩場の状態を見誤れば死。1瞬でも気を抜くと滑落。どう考えたらそんな移動方法を思いつくのか分からない程に頭のねじが数本ふっ飛んだような強行軍ではあるが、騎士たちの疾走は決して緩まない。
白き瀑布の中を縫うように。滝を落ちる水よりも速く。断崖に刻まれた無数の小さな足場を頼りに、重力すら味方につけながら岩壁を滑り落ちるように騎士たちは
そして──。
滝壺まで残り僅かとなった瞬間、騎士たちは一斉にリリルカの方へと駆けてくる。彼らの後ろではアンフィス・バエナが湖の真ん中に着弾したことで、世界がひび割れたような衝撃音に加えてこの世の終わりのような大震動をもたらした。
さらには巨大な水竜という大質量が飛び込んだ影響で発生した
そんな高波がヴェルフやアイシャたちのみならず、リリルカたちにも牙をむく。しかし、それよりも早く彼女たちに近づく者たちが居た。
──摑まれ。
そう言いたげに、目前まで迫ってきた騎士たちが片手を差し出してくる。
声など聞こえる状況ではない。
そもそも誰なのかも分からない。
……裏切られるかも。
これまでの生活で身に染みたマイナスイメージがリリルカの脳裏に過る。しかし、距離の都合で真っ先に馬に乗せられた千草の姿や救済そのものを形にしたような騎士たちの身振りに、
リリルカに倣って春姫やカサンドラたちも手を前に出し、それぞれの騎士は彼女たちから伸びた救いを求める手を握り込み──思いっきり引き上げることで馬の背中へと彼女たちを案内した。
「どこのどなたか存じませんが……。あら?」
「あの、良ければで構いません! あそこにいる冒険者様たちを……っ! 春姫様、どうしました?」
先ほどとは真逆に僅かなとっかかりを頼りに
「あの、この方々。声が聞こえないみたいです」
「耳が遠いんじゃないんですか?」
「わ、私も出来るだけ大きな声を出しましたが……」
春姫に続き、カサンドラや千草も真黒い騎士たちの違和感について意見する。彼女たちも助けられたことでお礼を言っていたらしいのだが、無視というよりは『声をかけられたことも気づいていない様子』なのだとか。ならば──と肩を叩いたものの、それすらも気づいていない。
「魔法……、ですかね?」
「聞いたことがあります。分身や物体を生み出す魔法があると。それじゃないんですかね?」
冒険者歴が長いカサンドラの意見にその場に居る全員が『それだ』と得心がいく。
そうこうしていると、高波が納まってくる。湖上に張ったはずの氷の足場のほとんどは到底足場に出来ないようなレベルにまで砕かれ、上に居たはずのヴェルフたちは一様に下の湖へと転落している。
「あ、ありがとうございま──って、どこ行くんですか!?」
高波が収まったということで、ようやく馬を地面へと降ろす騎士たち。聞こえていないまでも、危機一髪だったところを助けてもらったということで律儀にお礼を言うリリルカを無視し、騎士たちはさらなる行動を開始した。
リリルカたちを乗せている4騎以外で隊伍を組み直すと、騎士たちはかろうじて浮かんでいる氷に向かって突っ込んでいく。
何度も言うが、アンフィス・バエナが湖上に突っ込んだことで湖面に浮かぶ氷のほとんどが砕けた鏡の欠片が散らばった床のように小さく散乱しており、足場にするには不向きな状態となっている。
それでも騎士たちは一向に速度を緩めずに突貫すると、それぞれ手綱を巧みに操作しながら氷から氷へと飛び移るという曲芸を行いだした。
蹄が着地した瞬間、氷が悲鳴を上げる。だが砕けるより早く、次の氷塊へ。次の氷塊に蹄を着ければ、さらに次の氷塊へと馬を撥ねさせる様はまるで湖そのものを駆けているかのようだった。
飛び跳ねた拍子に氷が硬質な悲鳴を上げながら蜘蛛の巣状に亀裂が走り、次の瞬間には水中に没してしまう。数拍の猶予もない中を、騎士たちは迷わず──そして一直線にアンフィス・バエナへと突き進んでいく。
否、
何かを探しているのか、水面をつぶさに観察する1騎の姿にリリルカは小首をかしげるのも束の間。騎士は水面に向かって手に持った黒い紐のようなものを投げつけた。
漆黒の蛇が空を裂きながら飛翔し、先端が水面──厳密には浮かび上がろうと必死に水をかいている手に巻き付く。そのまま『そぉ~い』と言いたげな雰囲気で紐を引っ張ると、ジャラリという硬質な音と一緒に水中からヴェルフが引っ張り出される。
まるで魚を一本釣りするかのような要領で宙へと投げ出されたヴェルフは割かし頑丈そうな氷の上に尻から着地し、『イデェ』と悲鳴を上げた。
「痛ってぇ……。けど、助かったってちょっ! どこ行くんだあんた! そもそも誰だ!?」
安堵から一転。誰かも分からない存在に警戒心を露わにするヴェルフを徹底的に無視し、騎士は続けて桜花やアイシャといった水中に居た冒険者たちを引き上げていく。
その中でもアイシャだけは助け出された直後にアンフィス・バエナの追撃を警戒するが、当の水竜は4騎の騎士たちによる連携で身動きが取れずにいた。
「
連携の緻密さから【フレイヤ・ファミリア】の4兄弟を思い起こしたアイシャだが、周囲に居るのはそれ以上。見た目も黒一色なため、その正体が掴めずにいた彼女が先ほど助け出してくれた騎士のちょうど良い高さにあった頭を人差し指でコツコツ叩いていると、いきなりその騎士が右の方に首を向けた。
怒らせてしまったか──と彼女の口から謝罪の言葉が出る前に駆け出した騎士は、何を思ったのか馬ごと
「な、なにやってんだ……い?」
その奇行には当然アイシャも叫ぶが、水泡が浮かんでこないことに気付く。【潜水】の発展アビリティがあっても、陸上生物である以上は口から漏れ出た空気が浮かぶはずだが、それが無いということは
そんなことが出来るのは水生生物の類か、魔法のように無から生み出された類の2つに1つである。
「参ったね、あんなのが魔法で生み出された? 軽く見積もってもLV3ぐらいはあるよ」
アンフィス・バエナを足止めしている見事な連携からして、おそらくLV3の中堅ぐらいだろうか。LV4へと至った自分でも9騎の相手は流石に手こずるだろうと息を整える片手間に相手の戦力分析をしていると、唐突に強烈な緑の光がアイシャやヴェルフたちの足元に灯る。同時に傷の治療や走り回っていたことで溜まっていた疲労が抜けていく感覚に全員の目が驚愕に染まる中、アイシャが立っている氷のすぐそばの水面から水泡が浮かんできた。
「ぶはっ!」
「あぁ、生きてたかい」
「ハァ……ハァ……。す、すみません。それよりも、あの黒い御仁は!?」
アイシャの手を借りて氷の上へと這い上がった命だが、すぐさま例の黒い騎士が居ないことに気付く。聞けば巨大魚のモンスター『レイダーフィッシュ』に襲われそうになった際、治癒魔法をかけられた後に自らを壁にして助けてもらったらしい。
「ああ、あれは治癒魔法だったんだね。でも、あの治癒魔法……どこかで」
何かを考えるようなそぶりを見せるアイシャの横で、命は懸命に黒い騎士を探す。同ファミリア内ではないのでスキルを自粛した彼女は懸命に湖面を探すが、何も浮いて来る気配はない。
それが意味することを理解できないほど命は子供ではないが、それでも喪失感に打ちひしがれた。
「そんな……」
「しっかりしな!
愕然とする命を無理矢理立たせたアイシャが叫ぶ。その声に息を整えたばかりの前衛たちは、蒼い炎を口内に蓄えだした竜頭に意識を向けた。
アンフィス・バエナの
なので、再び湖に飛び込むことを考慮に入れなければならない。水生モンスターと一戦やり合う覚悟を持ったそれぞれは、炎を放射せんと顎を開いていく竜を睨みつけ──。
横合いから飛来した数本の矢によって目玉を潰された竜の悲鳴と共に打ち上げられた
「すごい! 千草ちゃん、すごい!」
「えへへ……。でも、撃って……良かったんだよね?」
「いや、当たり前ですよ。あんな隙、撃ってくださいって言ってるようなものです」
当たり前だが、矢が飛来してきた方向にはリリルカたちの姿があった。
続きは6/10(水)にて
黒騎士
元々は出自・所属を隠すために紋章が刻まれた盾を黒く塗りつぶした騎士のこと。予断だがランスロットも匿名で活動していた際は黒騎士と呼ばれてたとか。
源氏バンザイ!って言っとけば出来るって弓で漕ぎ手狙ってる美少年が言ってた。
幻影
喋れない、聞けない。ゆえに筆談のみという情報伝達が致命的なそこはかとなくポメっとした空気を帯びた黒っぽいなにか。一体だれが術者なんだろなぁ。
原作との差異
そりゃ、異常事態から前衛と後衛助けて。さらに後衛には馬という機動力与えて。極めつけには、前衛目掛けて予知夢で勝手に崩れてる
千草ちゃん
素が出てる春姫ちゃん。可愛いね。(煩悩に塗れてるけど)
おそらく全員が思ってること
誰ぇ!? 怖いよぉ!