ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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121:君の名は

 さて、ベルを捜索していた派閥連合がダンジョンの下層という地獄で運命と出会(ステイナイト)ったちょうどその頃。【ディアンケヒト・ファミリア】は壮大な作戦を決行しようとしていた。

 

「うわぁぁ! もう無理ですぅ!」

 

「やだなぁ……。やりたくないなぁ……」

 

 出会いがあれば別れはあるもの。メンバーの脱退があれば、加入があるもの。

 そして、加入するであろうメンバーがオラリオで暮らすのに必要不可欠なものは──その人物が休むための部屋だ。

 まぁ、長々と語ったが……端的に言えば『アクス・フローレンス君()()()()()()()の私室を掃除しよう』である。

 

 そんなわけで、団員たちの士気は軒並み低い。あの手この手で駄々をこね、進捗を送らせようとする数人の団員にいよいよ纏め役の団員がキレた。

 

「お前ら、やらないと次の新人が入れないだろ!」

 

『ヤダァァァ! アクス君の部屋片づけるなんてヤダァァァ!』

 

 子供のような駄々から嗚咽交じりの拒否に変わる。そんなまるで駄目な大人な姿に、纏め役である彼も『俺だって嫌だよ』と不満を吐露した。

 彼らがそういうのも仕方がない。なにせ、この掃除という名の侵攻(アタック)は今日で()()()であるのだ。

 

 彼が思い返すのは第1次侵攻の時。あの時はもっと人数が居た。それこそ、団長であるアミッドが主導ということでかなりの人数が休日返上で集まって一気に終わらそうとした。

 だが、扉を開けた瞬間に全ての人間の脳裏にアクスとの記憶が──思い出が──濁流の如く押し寄せてきた。その流れに耐え切れなかった約半数の団員の心が折れ、結局何も出来ずに第1次侵攻は終わる。

 そうして初っ端で半数を失った彼/彼女らは、反省を活かして長期的な目標を立てた後に第2次侵攻を実施。目標である洋服類を引っ張り出すことに成功するが、衣服という故人の姿を強く連想する物品ということでアミッド含めた数人が駄目になってしまう。

 現にアミッドはエントランスや病床には顔を出すことなく、アクスの着ていたゴライアスTシャツやアンフィス・バエナTシャツを抱きしめながら調剤室と自室を往復する毎日を送っている。そんな痛ましい姿に『もう良い! 休めっ!』と今の纏め役が指揮を引き継いで第3、第4次侵攻で再び数人の犠牲を出しながらベッドを片付けることが出来た。

 

 そして、今回の第5次侵攻。目標はクローゼットである。これさえ終われば、後はもうデカブツはないために消化試合のようなものだ。

 中身はおそらく冬用の衣服やアクスが趣味で貯めていたドングリなどを使った小物やたまにやってくる野良犬や野良猫用のおやつぐらいだろう。

 まずは女性陣のみでそれらを素早く回収し、後は男性陣がクローゼットを分解。部屋の外へと引っ張り出せばミッションコンプリートである。

 

「アクスがヒューマンだったらなぁ」

 

「パルゥム蔑視ですか? 出るとこ出ますよ」

 

 パルゥムはその背の低さから家具などの流用がしにくい。そのことに思わずぼやいたまとめ役をパルゥムの団員が睨む。

 その()()()に背筋が薄ら寒くなった彼は『冗談だ』とはぐらかしつつ、いよいよ扉に手をかけた。

 

「野郎ども、行け! 進軍、進撃、進攻!(ゴー・ゴー・ゴー)

 

「私たち、女でーす。セクハラでーす」

 

「後で吊るし上げまーす」

 

【紅の正花】(スカーレット・ハーネル)が言ってたよなぁ、それ」

 

 懐かしい口上や後々が怖い発言の一切を無視し、纏め役は思い切って扉を引く。扉で隔たれた空間が僅かに開いた瞬間、女性団員たちは部屋へとなだれ込んではクローゼットに取り付いた。

 日常生活において重要なベッドを先に片付けたことで幾分か『アクス感』という謎の感覚が薄くなった部屋。その余裕からか周囲を見ようとする1人の団員を拳を見舞うことで正気に戻らせた彼女たちは、それぞれ頷いてからクローゼットを開ける。

 

 だが、その中には衣類や小物の類は一切置いていなかった。

 

「なにこれ、包み?」

 

「私の名前……っ!」

 

 そこには、綺麗な包装紙で包み込まれた小物が大量に。かつ丁寧に納められていた包み紙にペンで団員たちの名前やなぞの日付が書かれており、ためしに自身の名前が書かれた包みを持ち上げ──絶句する。

 

 それは正しく自分の生まれた日。すなわち、『生年月日』だった。

 ならば、この包みの意味はおのずと分かるというもの。彼女は震える手でゆっくりと包みを開けると、中から『お誕生日おめでとう』という簡素なメッセージカードと共に拙い飾り紐が添えられていた。

 

「うっ……ぅぁ……あ”ぁ”あっ!」

 

 以前に千切れた飾り紐を見せながら同僚と駄弁っていたところを聞かれたのだろう。相変わらずの気の遣い方に懐かしさが込み上げてしまった団員は、その場で膝をつきながら飾り紐ごと包みを胸に掻き抱きながら泣きじゃくり始めてしまった。

 その声に纏め役をはじめとして男性団員も慌てて入室するが、部屋の重苦しい雰囲気や女性団員たちの手にあった包みになにかを感じ取ったのだろう。己の拳を強く握りしめてから『撤退』を告げる。

 

 その後、それぞれの団員に形見分けとしてアクスが用意していた誕生日プレゼントが贈られる。今の状況でこんなものを受け取れば士気は激減するのは分かりきっていたが、ほとぼりが冷めるまで隠せるほど彼らの精神状態は良くはない。

 かといって人知れず処分するのは論外だ。それはアクスの思いを踏みにじる行為だし、なにより逝った末弟の最期のプレゼントを受け取れずして何が『兄』だろうか。

 結果として全員漏れなく泣き叫んだり、落ち込んだりと明らかに士気が低下。そのため、ディアンケヒトは何かを言いたげな苦々しい顔で臨時休業を指示。全員は漏れなく自室へと帰した。

 その集団の中には薬草を押し葉にして作ったしおりを大事そうに抱え、ひたすら無言を貫きながら下を向く団長(アミッド)の姿もあった。

 

***

 

 さて、場面を悲痛な雰囲気の治療院からダンジョンへと戻そう。異端児(ゼノス)という心強い援軍によって地獄の三丁目あたりから()()()あたりに舞い戻った派閥連合側はというと。

 

「あの、どなたですか?」

 

「…………」

 

 馬上の女騎士に向かって問いかけるリリルカだが、騎士はひたすら無言を貫いている。

 

 柔らかな栗色の髪は腰の辺りまで届き、戦闘によって生じる風が吹くたびに絹のように揺れている。白磁を思わせるほど白い肌は戦いとは無縁なように感じられるものの、その身から発せられる気配はそれを否定する。

 そんな彼女の身を包む鎧は白銀を基調とし、各所に金細工が施された華麗なものだ。胸甲は薄暗いダンジョンの中であっても純白の輝きを放ち、その上から蒼を基調とした肩当てが王家の気高さを示すように据えられている。

 

 しかし、その鎧は決してお飾りではない。

 戦場で仲間を守り、敵を討つための装備である。所々に刻まれた大小様々な傷と彼女の凛とした立ち姿がそれを雄弁に物語っていた。

 

 それに少女の乗騎となっているユニコーン。リドたちと一緒に居たことからユーノであるところまでは推測できたリリルカだが、彼女の推測はそこで途絶える。

 

「すみません、あなたは……」

 

「……」

 

 だからこそ、もう1度問いかける。すると、無言ながらも少女はようやく馬上から降り、リリルカに向かって歩きながら顔に装着したフェイスガードを取り去る。鎧と同じく白銀の装甲が取り払われたことで露わになったその顔は、リリルカと瓜二つの顔だった。

 

「リリ……?」

 

 あまりの衝撃に呆然と少女を見るリリルカ。腰まで伸ばした栗色の髪も相まってか、()()()()()()()()()自分が認知していない腹違いの姉のようだと思えるほどによく似通っている風貌を注視したのも束の間。

 

「ひぃっ……!」

 

 まるでこの世界丸ごと憎んでいるかのような残酷なまでに紅い鮮血のような瞳がリリルカを射抜く。どこかで見たような既視感を覚えながらも彼女は情けない声を上げながら怯える中、リリルカを見下ろしていた少女も未だ名乗りもせずに黙っていた。

 否、黙っているのではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(あれ、誰の名前使おう?)

 

 そう、この少女──もといアクス。『名前』を問われた際にどう名乗るかを決めていなかったのだ。

 どこぞの人使いが荒い鬼畜に便利に使われたことで名前のことを頭からすっぽり抜けていたことを反省しつつ、彼は幻影をフルで使うような感覚で思考を回す。

 

 当然だが、目の前にいるリリルカや有名人であるフィン。他にガリバー兄弟やルアン、ポットやポックやメリルのようなオラリオにいる人間は駄目だ。バレる危険性が高いし、後者3人以外はリリルカも知っている。

 ギリギリでライラは使えそうではあるが、草葉の陰から『名前の使用料をもらいにきたぜ~』とひょっこり出てきそうなため、アクスの脳が勝手にストップをかけた。

 

「フィアナ……です」

 

 結局、出てきたのはパルゥムにとって女神であり伝説の存在の名前。案の定、その名前にリリルカや傍で聞いていたダフネたちが驚くが、アクスの名付けセンス壊滅的かつ流用できる者が軒並み有名人なのが悪い。

 しかしながら、フィアナという名前をさらに深掘りされることはなかった。異端児(ゼノス)という援軍が来たことで余裕は生まれたが、アンフィス・バエナを除く『水の都』トップクラスの難敵であるヴォルティメリアとの連戦で治癒されていたはずの肉体は傷だらけ。疲労もかなり溜まっていた。

 

「まずは周囲の安全を確保するのが先決……ね」

 

 取ってつけたような女口調と共にフェイスガードを被り直したフィアナ、もといアクスは刺さっている銀槍を引き抜いてからユーノに跨る。そして周囲を確認し、苦し気に膝を地面に着けているヴェルフの周囲に漂うヴォルティメリアの集団に狙いをつけた。

 掛け声もなく疾走を始めたユーノに合わせて上体を捻ったアクスは、すれ違いざまに1匹のヴォルティメリアを両断。続けてラミアの尻尾に殴打されたことで飛んできた複数のヴォルティメリアを高速で繰り出される刺突によって穴だらけにしていく。

 その間になんとか立てるまで回復したヴェルフが未だ正体を図ることが出来ない謎の存在を無遠慮にジロジロ見ていると、1つだけ知っている……ような気がする物があった。

 

「おい、あんた。その腰に下げてる剣。よく見せてくれ」

 

 ヒューマンが持つには半端だが、パルゥムが持つには丁度良い長さの青い剣。チラチラとしか見えないので断定は出来なかったが、()()()()()()()のために打った魔剣と似ているかのような感覚にヴェルフは手を前に出しながら頼み込む。

 すると、アクスはその剣を──隠すように反対側に佩いた。

 

「うぉい!?」

 

【不冷】(イグニス)! ぼさっとしてるんじゃないよ!」

 

 咄嗟に叫び声をあげると、それに気づいたアイシャがヴォルティメリアの長い胴体を取り飛ばしながら悪態をつく。ようやく疲れが取れたことで周囲の状況が見えてきた彼は、『後でちゃんと見せろ!』と言い残すと魔剣片手にその場から走り去っていく。

 ただ、アクスからしてみれば『見せろ』と言われただけで約束されたわけではない。つまりは『ややこしくなるから見せない』と安定のクソガキのようなひねくれた考えでモンスター相手に槍でバチコンいわせていると、アイシャが壁際で手招きしてきた。

 

「なんだい、元々の姿がそっちなのかい? 【小神父】(リトル・プリースト)

 

「変装用の魔道具(マジックアイテム)です。すみません、黙ってもらって」

 

「良いさ、借り……つってもわからないか。あたしがやりたいようにやってるだけさ。それより、帰ったら主神様に接触するつもりだけど、マジなんだね?」

 

「あれ、【ヘルメス・ファミリア】でしたっけ?」

 

「書類上は別になってるがね。あんたに限って言いふらさないと思うけど、言うんじゃないよ」

 

 正体が暴露しているからか、リリルカたちと比べてアクスの口数が多い。そんな会話の最中、アイシャが念押ししてくる。

『マジか』と問われても、彼はウラノスとフェルズの指示に従ったまで。彼らがそう判断した理由など知る由もないアクスは、ただ頷くしか出来なかった。

 アイシャもアイシャでアクスがこのような計算高いことをやってのける知性や計画性が無いことは知っているため、諦めたようにため息をつきながら彼の頭を軽く叩く。

 

「まぁ、あんたに聞いても知らないか。悪かったね」

 

「分かっていただけて何よりです。それと、ついでに皆さんに聞かれたらマズい情報をアイシャさんにだけお伝えしときます」

 

「安定の黙ってろかい? まぁ、良いさ。そういったことは慣れてる」

 

 アイシャは経験豊富な冒険者だ。同じ条件で言えばボールスもそうだが、彼は彼で口が軽いしかなり利己的である。『援軍の話』を知ればすぐさま帰ろうとするし、文句を言う反動であっさりバラすことが目に見えている。

 よって、この中で1番隠し事が上手そうな玄人冒険者のアイシャにアクスは『表の援軍』(アーニャたち)『裏の援軍』(ヘディンたち)のことを話した。

 

「あの坊や、本っっ当に厄介なのに目をつけられてるねぇ」

 

「そうですねー。幹部級ですから、全員LV6ですよ」

 

「【フレイヤ・ファミリア】はひとまず考えないようにするよ。ここまで来れる援軍が来るってなると、28階層で止まるって案も出し辛いね。はぁー、アタシらも深層行きかい」

 

 まさか元ファミリアが壊滅した原因の幹部が来ている情報に、アイシャは嫌な縁を感じると同時にそんな存在に目をつけられたベルに同情する。

 

 しかし、援軍がやってくることから深層行きは確かなものとなってくる。そうなるとボールスあたりがゴネるだろうが、ここで逃げ帰らせても【フレイヤ・ファミリア】が待っている。

 もしかしたら袋叩きに逢うかもしれないし、()()()()()()()()1人でリヴィラの街まで帰る……前にくたばる羽目になる。

 奴には特に借りもないが、奴が死ねばリヴィラの管理者で揉める未来しか見えない。首根っこ掴んでも同道させるべきとアイシャが面倒臭そうに結論付けていると、ふと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()チビスケ(リリルカ)と話していたり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()妹分(春姫)と泣きながら抱き合っている姿が気になりだす。

 

「なぁ、【小神父】(リトル・プリースト)。あたしの目には18階層を襲撃してきた武装したモンスターが見えるんだけど、気のせいかい?」

 

「気のせいじゃないですよ。ちなみに【ヘスティア・ファミリア】を助けたいと言ってたのは彼らです」

 

「……そうなると【ロキ・ファミリア】もグルかい」

 

 その言葉だけでアイシャは背後関係を即座に読み解く。

 地上に出没したモンスターについて、ドロップアイテムという証拠に討伐したとギルドに報告したのは【ロキ・ファミリア】である。それが嘘となると、少なくともヘルメスどころかロキも武装したモンスターについて一定以上理解した上で1枚噛んでいるのだろう。

 それでも、ここで無駄に【モンスターだから』と騒ぎ立てるのは得策ではないことだけは分かっていたアイシャは早速、武装したモンスタ──-異端児(ゼノス)たちをも戦力の勘定に入れる……が。

 

「あの黒いミノタウロスは居ないのかい?」

 

「居ませんね。あっちで戦ってるリザードマンさん曰く、深層に1人で武者修行に行ってるみたいです」

 

「どこの【猛者】だい?」

 

 あの凄まじい戦闘能力を持った存在が居れば格段に楽になると思ったが、そうは問屋が卸さなかった。

 それに()()()()()()()()()()()()()()こそ恵まれていると考えを変えたアイシャは、寄ってくるモンスターをあしらいながらも戦場を見渡す。

 異端児(ゼノス)たちの乱入でかなり戦線を立て直すことが出来たが、特に【ヘスティア・ファミリア】以外の面々が訳も分からないままチラチラと異端児(ゼノス)の方を見ていることに気が付いた彼女はそれとなくアクスに声をかけた。

 

【小神父】(リトル・プリースト)。あのモンスターたちだけど、あんたがテイムしてることにしな。このままだと同士討ちしかねないよ」

 

「一応、"突発的なモンスターの殺し合い"ってことで前からやってくるモンスターの壁になることを話し合ってたんですが」

 

 ヘディンや異端児(ゼノス)たちと話し合っていた陣形について話すが、それでもアイシャは納得しない。刃毀れまみれの朴刀を見せながら『アタシらはお荷物確定だよ』と告げた。

 先の幻影によって派閥連合は傷も無ければ体力も万全だが、道具や武器の損耗具合からアイシャは下の階層では『自衛』すらままならないお荷物と化すと断じる。周囲を見れば服もボロボロのダフネや満身創痍にも拘らず、回復薬(ポーション)がないのか休憩するヴェルフ。そして桜花が朴刀と同じような刃こぼれの斧を振り回している。

 あの装備では長くは戦えない。そう感じたアクスは、少し考えてから強く頷いた。

 

「分かりました。彼らをテイムしたということにして、目視できるぐらいまでそちらに近づきます」

 

「着かず離れずで頼むよ、モンスターと仲良しこよしは普通の冒険者にはきつい。……と、そうだ。あんた、精神力回復薬(マジック・ポーション)持ってないかい?」

 

精神力回復薬(マジック・ポーション)ですか? ありますよ」

 

「どんだけ持ってんだい」

 

 アイシャの問いかけにアクスはユーノの背中に取り付けていたカバンから精神力回復薬(マジック・ポーション)を1ダースほど取り出した。

 クノッソス侵攻においてアクスの役割は治療師(ヒーラー)。それもアミッドに次ぐ治療師(ヒーラー)として期待されていた彼は、精神疲弊(マインドダウン)や詠唱する暇がないぐらい突発的な怪我の治療に対応するため、かなりの数の薬品を支給されていた。

 加えてあまり使わないでここまでぶっ続けで来ているため、虎の子(エリクサー)を含めてかなりの数の薬品をアクスは保有している。

 

「本当は全部もらいたいけど、瓶からあんたの正体がバレそうだね。2本ほどもらっていくよ」

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】の回復薬(ポーション)には、最低限の偽造対策として特殊な瓶や未開封の証明のためにシーリングが施されている。

 こんな切羽詰まった状況でようやく【ディアンケヒト・ファミリア】製の回復薬(ポーション)を大量にそれを使ったとなると、一瞬で正体がバレかねない。そのため、いかにも『こんなことがあろうかと』感を演出するために彼女はケースの中から2本だけ拝借し、自身の胸元へ収めた。

 

「あ、女の人だけのポケットだ」

 

「へぇ、知ってるのかい? 案外、マセてるねぇ」

 

 素質や体質の関係上、『持たざる者以外』の戦闘娼婦(バーベラ)は全員使える妙技に気付いたアクス。彼も彼で1人の男なのだと思ったアイシャだが、首を左右に振りながら『ヘイズ師匠が2本入るって自慢してた』と言った瞬間に表情が消えた。

 子供になんて物を教え込んだのか──と戦闘娼婦(バーベラ)にあるまじき考えが頭を過ぎったものの、ひとまずは状況をチビスケ(リリルカ)に伝達する方が先だとその考えを思考の隅へと追いやる。

 

【女神の黄金】(ヴァナ・マルデル)とあんたの仲ということで聞かなかったことにするよ。ひとまず、これからチビスケにあんたのことを色々捻じ曲げて話そうと思ってる」

 

「なんて説明する気ですか?」

 

「そうだね。……元【イシュタル・ファミリア】で、旅に出るという理由から追い出された治療師(ヒーラー)兼テイマー。追い出された後は【デメテル・ファミリア】にコンバージョンして、数か月放浪の旅。オラリオがキナ臭いと聞いてようやく帰って来た。魔法はさっきみたいに治癒魔法を使える幻影が出せること。これでどうだい?」

 

 アイシャの提案にアクスは少し悩む。

 元【イシュタル・ファミリア】ということで下層にまで入って来れる実力の説得力は持てるし、【デメテル・ファミリア】は絶賛行方不明中。主神のデメテルも姿を隠しているため、ベルを救出した後に話を聞いたヘスティアたちが方々探し回っても出会えず仕舞いで終わるのは目に見えている。

 その間にフィンたちが第2次侵攻を終えてくれれば、『ジャンジャジャーン♪ 今明かされる衝撃の真実ゥ☆』と言っておけば全ては丸く収まる……はずだ。

 

「名前はフィアナでお願いします。それで話しちゃったんで」

 

「随分大胆な名前を選んだもんだ。分かったよ、手間を取らせたね」

 

 そう考えると、中々悪くない設定である。名前のみ修正してもらう形でアクスは了承すると、アイシャは朴刀や拳でモンスターを蹴散らしながらリリルカの方まで走っていく。

 後はこのことをヘディンへの報告をすればひとまずは落ち着くはずである。ただ、位置的に幻影と入れ替わるところが見えてしまうため、何かしら手段をかえるべきかと思案していたアクスの耳にユーノを呼ぶリドの声が聞こえてきた。

 呼ばれたほう声を見るとリドが手招きしており、そのそばの水路には人間っぽい少女が顔を覗かせていた。

 

「あれ誰です? マーメイドのマリィ? へぇ」

 

 リドの方に向かいつつ、ユーノはアクスに彼女の種族や名前を意識的に共有する。

 まさか、【ディアンケヒト・ファミリア】で度々お世話になっているドロップアイテムの生産者に出会えるとは思ってなかったアクスは、感嘆の声を出しながらマリィに向かって一礼する。

 

「はじめまして、マリィさん。リドさんたちと行動しているアクスといいます」

 

「は、はじめまして。……リド、新しい子?」

 

「ベルっちたちと同じ人間だ。ただ、今は時間がねぇ。すまねぇが、さっき話してくれたことをまた教えてくれねぇか?」

 

「うん、分かった」

 

 リドの頼みに首を傾げながらもマリィは再び要領を得ない説明を始める。彼女の説明は非常に難解だったが、隣に居たリドがその都度アクスに分かるように修正を駆けてくれた。

 その結果、ベルと1人のエルフがワーム・ウェールに呑み込まれたまま下の階層へ行ったことが発覚する。

 

「リドさん、ワーム・ウェールって深層のモンスターですよね。もしかすると、下層に留まってくれたり……」

 

「しねぇだろ。アクっちだって生まれた場所とか育った場所の方が居心地良いだろ?」

 

「それを言っちゃおしまいですよ」

 

 現在進行形で若干ホームシックなアクスにとって、リドの言うことはストンと腑に落ちた。

 たしかに下に生まれ故郷があるのに、わざわざ下層に留まることはない。しかし、これまで散々言っていた深層行きが確定したということで、わずかながらにアクスのテンションが下がる。

 行きたくないわけではないが、今まで予想していた最悪の流れになってしまったことに落胆しているだけだ。

 

「アクっち、大丈夫か?」

 

「大丈夫です。"フラグ"ってあるんだなって思っただけなので」

 

 アクスはディアンケヒトをはじめとした神々の言っていた言葉にすると実際に起こってしまう力。俗に言う言霊やフラグなどといった力が本当にあるのだとより一層信じ込んだのであった。




患者のために地獄に墜ちる。
次の次まで足踏み回を挟みます。でも、やらないと説得力出ないから…メンゴ★

治療院
 時限爆弾が作動しました。
 元ネタはありますが、不謹慎なので多くは語りません。

フィアナちゃん(アクス)
 咄嗟に言ったのがまさかの大当たりというウルトラCを決めたちみっこ。
 これにはゴブニュも苦笑いである。

アイシャ
 我らが姉御。すっかり協力者ポジに。
 ボールス? 絶対、口軽いから無理。

マリィ
 27階層の隠れ里の番人をしているマーメイド。
 『水瓶の中に入れて運搬すれば外の世界見れるんじゃね?』と思ったのは秘密。
 ディアンケヒト・ファミリアに連れて行ったら? 流石に非人道的なことはやらないだろうし、自由に暮らしてもらいながらたまに血でも抜き取るんじゃね?

 余談だが、仕事中にふと『ニョルズ・ファミリアのアクス』を妄想し、売られかけていたマーメイドのゼノスを水瓶に入れて、水瓶の水を使って某霧纒の淑女や某ボンボンのリヴァイアサン、もしくは某忍ばない忍者の風影のように魔法で水を操るアクスを想像したのは内緒。
(本当に妄想しただけなので、投稿予定はなし)

後書きの後書き
 良いイチャイチャを学ばせてもらった…。あれをうちで再現すると…。

 少年A「あれはお姉ちゃんが本当に好きな人とやるべきだと思う」
 聖女A し、死んでる! イチャイチャレべルが高すぎたんだ!

 そういうわけなので、もう少し地獄に付き合ってもらいます。その反動で幕間が出るかもしれませんが、『あ、こいつも精神ヤバいんだ』と笑ってください。
 でも、このポメラニアン。よくよく考えたら寿命の大半を使う予約入ってるんだよな。
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