ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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なんかたくさん評価ついてる。しゅごい。

※くどいと思われても仕方ないですが、本作品は現行作品が終わるまで【短編】です。
たまに最新話が生える可能性がありますが、基本的にノリで投稿する予定です。
ご留意ください。


本編
1話:ディアンケヒト・ファミリアの末っ子


 オルザの都市遺跡。オラリオの北西、ベオル山地西部に存在する太古に建造された要塞都市の遺跡。

 そこでは様々なファミリアから成る冒険者の集団と【フレイヤ・ファミリア】の構成員たちによる『派閥大戦』が繰り広げられていた。

 

「師匠ー!往診でーす!」

 

 そんな戦場の真っ只中にやや高い声が走った。その声に【フレイヤ・ファミリア】の全員が目を疑った。

 白を基調とした【ディアンケヒト・ファミリア】の制服に身を包んだ男の子は、既に死に体の連合側の冒険者の間を縫いながら【フレイヤ・ファミリア】の強靭な勇士(エインヘリヤル)たちの前に立ちはだかる。

 派閥大戦には【ディアンケヒト・ファミリア】は冒険者の救護のため、()()()()()例外を除いて参加していない。『戦場から運ぶ要員が必要』というルールの穴を突くよう配置され、戦闘に巻き込まれることも戦闘することも了承した勇士(バカ)

 【小神父】(リトル・プリースト)アクス・フローレンス。ある一心で12歳なのにこんなところまで来たバカである。

 

「やっぱり来ると思ってたわ、アクス。そうよね、君は絶対に治療に来るもんね」

 

先程、第2級冒険者の集団を戦闘不能にしたばかりの【女神の黄金】(ヴァナ・マルデル)ヘイズ・ベルベットが強靭な勇士(エインヘリヤル)たちの間を縫って出てくる。魔剣によって焼き剥がれた服が辛うじて残るその扇情的な姿に手で目許を隠すアクスであったが、冒険者にとってそれは致命的だった。

 

「本当に、優しすぎるの。君は」

 

 ──瞬間。アクスの顎に悲しそうな表情を浮かべながら繰り出したヘイズの拳がめり込む。LV.4の圧倒的な膂力によって吹き飛ばされたアクスは朽ちた柱の壁に激突する。その衝撃は朽ちた柱を崩壊するほどの威力を誇り、パルゥムであるアクスの全身が砂ぼこりで完全に見えなくなる。

 

「はい、おしまーい。私たちは君に色々助けてもらった借りがあるから特別。後は聖女様に任せて寝てなさい」

 

 やり過ぎ(オーバーキル)なのは否めないが、あれでは治療もままならないだろう。そう思って放り投げた杖を拾おうとした彼女の後頭部目掛けて小さい影が飛翔する。

 

「──なっ!」

 

「"治療師(ヒーラー)は最後まで立っていなきゃいけない"、"再生出来る魔法はあらかじめかけておかないと顎を潰されて役立たずになる"、全部師匠から学んだことだよ!」

 

 魔剣の炎に焼かれたヘイズと同様に緻密な文字が刻まれた光の文様を肌の表面に浮かび上がらせたアクスが彼女の後頭部を強打する。その衝撃に彼女はつんのめるが、1レベルの差によってダメージはほとんど与えることが出来なかった。

 

「師匠も皆さんも病気です。フレイヤ様との意思疎通が全然出来ていません」

 

「分かった、ちゃんと意識を失くしてから大好きなお姉ちゃんの所へ運んであげる。私たちが病気? フレイヤ様と意思疎通? 必要性が感じないことを一々喋るな!」

 

 侮辱されたとみなしたヘイズが激高しながら一足飛びにアクスに近づくと、その強靭な拳を振り上げる。対して彼は突如として無表情になると小さく治療の開始を告げながらヘイズの繰り出す拳に真っ向から自身の拳を合わせに行く。所々で轟音轟く遺跡内にまた1つ、衝突音が追加された。

 

 この物語はそんな血で血を洗う『派閥大戦』から半年前から始まる。

 

***

 

 オラリオ。『ダンジョン』と皆が呼んでいる地下迷宮の上に築かれ、今や世界に轟く大都市にまで発展した迷宮都市である。

 そこではダンジョンに潜ってはそこでモンスターと戦い、『魔石』と呼ばれる石やモンスターの一部である『ドロップアイテム』をダンジョンや街の管理を行っている『ギルド』などに売ることで生活の糧にしている冒険者という存在が居り、彼らはオラリオの中に何柱も居る神々の中から1柱の神を主神として定め、眷属──『ファミリア』となることでダンジョンでもある程度戦えるように変化する。

 そんな『ファミリア』だが、探索系と呼ばれるダンジョンに深く潜ったり素材を持って帰ることを命題にしたファミリアの他、市民を含めた食糧供給や娯楽の供給。探索系のファミリアを相手にした武器や回復薬(ポーション)の製造や販売など、主神によって活動は大きく異なる。

 

 既に時間は朝の9時ごろ、ダンジョンに行く冒険者でごった返す時間帯。オラリオの中央から北西のメインストリートに位置する白い石造りの建物。光玉と薬草のエンブレムが刻まれた看板が揺れるこの建物には余所の店舗と比べて多くの冒険者が出入りをしていた。

 

「はい、高等回復薬(ハイ・ポーション)ですね。そちらの魔導士の方は、精神力回復薬(マジック・ポーション)は如何でしょうか?」

 

「薬草の買い取りですね。少々お待ちください」

 

 清潔感のある広いエントランスでは、白を基調とした制服を纏った男女がそこかしこで冒険者の対応を行っていた。彼らの目的のほとんどはこの【ディアンケヒト・ファミリア】で制作、販売されている回復薬(ポーション)という薬品やダンジョンで取ってきた回復薬(ポーション)の原料の販売であり、商談が成立するや否や金銭がものすごい勢いで取引されている光景はまさに圧巻とも言えた。

 そんなエントランスのカウンターの後ろに取り付けられた回復薬(ポーション)が入った瓶がずらりと並んだ棚。その傍で種別ごとに回復薬(ポーション)を補充している男の子が居た。ここに入って長いのだろうか、下の段の棚に次々と回復薬(ポーション)を並べては客にもラベルが見えやすいよう位置を調整する姿は熟練の販売員の手際である。

 ただ、中段へと差し掛かった際に問題が起こった。彼の100C余りしかない身長では、どんなに頑張っても中段まで届かなかったのだ。

 

「ふぎぎ……」

 

「はぁ……。あなたはパルゥムなんだから、ちゃんと台を使いなさいと言っているでしょう」

 

 呻きながら手を伸ばしていると、彼の手の中にあった回復薬(ポーション)を誰かが取ってしまう。その横には白銀の長髪をなびかせた人形のような女性──【戦場の聖女】(デア・セイント)アミッド・テアサナーレが立っていた。

 

「あ、お姉ちゃん」

 

「アクス、今は団長と呼びなさい。まったく、この子は……」

 

 アクスと呼ばれた男の子は叱られたことでしょんぼりと肩を落とす。彼の種族であるパルゥムは、ヒューマンよりも背が低い種族である。そのため、高い所にある物を取るなどといった作業には一々踏み台が必須なのだが、彼はそれを横着していたのだ。

 落ち込みながらも先ほど売られたことで開いた下段のスペースに回復薬(ポーション)を補充していくアクスの横で、アミッドもテキパキと中段のスペースに回復薬(ポーション)を並べていく──のだが。

 

「くっ……!」

 

 上段に手が届きそうで届かなかった。踏み台の上で爪先立ちをしても届きそうになく、台の上でプルプルと震えている。

 そう、彼女も同年代のヒューマンにしては少々背が低かったのだ。その先ほどまでのアクスと似たような光景に、彼はアミッドへ恐る恐る聞いてみた。

 

「団長、人呼んでこようか?」

 

「良い……からっ! アクスは下の方をお願いしますっ!」

 

 顔が真っ赤なのは必死なのか、それとも羞恥なのか。とりあえずアクスはアミッドの指示に従って誰も呼ばずに回復薬(ポーション)の補充を再開するが、またもや中段に差し掛かったところで現在のアミッドと同じようになる。

 エントランスからは背の小さな団長と小さな子供が必死に背伸びをしている後ろ姿が見えるのだが、皆一様にアミッドたちを微笑まし気に眺めていたのを彼女たちは知らない。

 

 結局その後、接客を終えたファミリアの団員の1人が気づいて『いい加減、もうちょっと高い台を新調しましょうよ』と言われながら事なきを得たが、その説得の中に『自分』も含まれている気がしたアミッドは現状維持を強く希望した。

 そうしてやや忙しい朝の業務は終わりを告げる。昼からダンジョンに潜る冒険者は少ないため、店番以外の【ディアンケヒト・ファミリア】の団員たちは調合をしたり、素材を探し回ったり、余暇を過ごしたりと思い思いの過ごし方をしている。

 そんな朝と比べると人がまばらなエントランスの裏口では、大きなリュックを背負ったアクスがアミッドと中身を確認していた。

 

回復薬(ポーション)は試供品のみですね?」

 

「うん」

 

「包帯は印が付いているところまでですよ」

 

「うん」

 

「お金は?」

 

「自分とファミリアの価値を下げない程度にもらう」

 

「結構。……いってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

 幾度かの確認をアミッドとしたアクスはリュックを背負うと手を振りながら出かけていく。【ディアンケヒト・ファミリア】ではたまにここではない別の場所を借りて臨時医療院を開いたり、アミッドが御用聞きとしてアクスと似たようなことをたまにしているが、団長という立場もあってオラリオの市民や冒険者を癒すには手が足らなかった。

 

 そのための『往診』である。

 元々はLV.1の時からアクスのお小遣いやアミッドからのカンパで回復薬(ポーション)や包帯などを買い、1週間に1回と細々とやっていた活動であった。それをLV.2になって彼に治癒魔法が発現したタイミングで主神であるディアンケヒトが『LV.2の冒険者が往診! 良い宣伝になるだろう』と認めたことで今では数日に1回という定番行事となっている。

 無論、これは医療行為の押し売りと言われかねない行為なのだが、それも加味して冒険者への料金は最大でも500ヴァリスという最低品質な回復薬(ポーション)が1本買えるか買えないか。一般市民にはその半分ぐらいしか取っていない。アクスはもう少し値段を抑えた方が良いとは進言したが、『医療行為は責任を伴うから、せめて回復薬(ポーション)ぐらいの値段を付けなさい。いくらアクスでも自分の正当な報酬を値引きすることは私が許さない』と彼女は決して譲らなかった。

 そのようなサービス精神たっぷりの往診だが、これだけで見れば赤字ギリギリの収益しか挙げられていない。ただ、新米の頃からやっていた実績とディアンケヒトの読みは当たったことで医療院の評判がかなり上がった。

 それにアクスは往診先で『診察代』として色々貰って来るため、これにはディアンケヒトもニッコリであった。

 

 そんなこんなで近場にあるファミリアの拠点にたどり着いたアクスは扉をノックする。

 

「こんにちはー。【ディアンケヒト・ファミリア】でーす」

 

「お、【小神父】(リトル・プリースト)。ちょうど良い、昨日のダンジョンで何人かやられてな。治療を頼む」

 

「その二つ名、あんまり好きじゃないんですよね」

 

 LV.2という成長を経た冒険者に神々が付けてくれる二つ名に微妙な顔をしながらも、アクスは出てきたヒューマンの冒険者に促されるままに建物に入っていく。そのまま通された応接室で患者を待つ傍ら、彼はそこのファミリアの主神と軽い雑談を興じていた。

 

「良いか、【小神父】(リトル・プリースト)。乳も大事だが、肝心なのは尻だ。こう……スラリとしている中になぁ」

 

「ほへー」

 

「あのー、12歳の子に変なこと教えないでもらえます? 医療院に行くたびに【戦場の聖女】(デア・セイント)とか他の奴らに小言言われるの俺らなんですよ」

 

「なんじゃい、12歳と言えども男! "癖"ぐらいは分かるじゃろうが!」

 

 逆ギレをかましてくる主神にヒューマンの冒険者は悟る。『あー、これでまた"うちの弟(末っ子)に変なこと教えないでもらえますか? "って小言言われる』──と。

 なお、アクスはアクスで神の話は理解を一切出来ていない──が、文字通り神のセンスなために誰も知らないことが多々ある。そのため、意味がどうであれ『他の人が知らないことを知っている』という子供特有の優越感で他人にペラペラ話すので始末に置けない。

 

 ちなみにそのペラペラ話すのはアミッドなど【ディアンケヒト・ファミリア】の団員だけではない。中にはとてつもなく強大なファミリア──厳密にはフレイヤとその眷属である【猛者】オッタルに話したことがあるのだ。

 なんでもオッタルと歩いていたところに偶然遭遇し、鍛錬後の治療の手が少々足りないといった『見え透いた』名目で往診のお願いをしたことがあるのだとか。その時に彼がオッタルに『他の神様がフレイヤ様のことを"ぱいおつかいでー"って言ってたけど、どういう意味?』とセクハラ染みたことを言ってきたのだ。

 これには流石のオラリオ最強戦力である【猛者】オッタルも困り顔で、ちらちらとフレイヤの方を見ながら冷や汗を流して『知らん』の一点張り。いつもは寡黙な眷属の珍しい姿を見た彼女はついつい吹き出してしまったのだとか。

『あの子は遠くから見ていた方が色が面白そうなの』という彼女の言葉に神会(デナトゥス)に参加していた神々は『奪おうとしていることを自白した』と戦慄していた。酷い神もあったものだ。

 

 閑話休題(色々語ったが)

 応接室に数人の冒険者が入ってくる。ヒューマン、アマゾネス、狼人(ウェアウルフ)、アクスと同じパルゥムと種族は様々だが、全員傷だらけであったり、顔が青紫と明らかに調子が悪そうにしていたりと満身創痍という言葉がぴったり当てはまる惨状であった。

 全員を軽く見ただけで負傷以外にも毒といった状態異常に陥っていることは明白だが、ちゃんと症状を確認するのは鉄則だと【ディアンケヒト・ファミリア】の団員たちから口酸っぱく言われているアクスは表情をすっかり無くすと診察を開始する。

 

「遅効性の毒ですね。帰った時は何ともなかったのですか?」

 

「あぁ、昨日は遅いから酒をかけただけでな。今日にでも治療院で治してもらおうと思った矢先だったんだ」

 

「毒で体力が低下しています。特にそちらの方はかなり危険です。1筆書くので、医療院の方で薬を買って服用してください」

 

「分かった」

 

「人数も人数なので魔法を使います。申し訳ありませんが、家具を片付けてください」

 

 やや冷たい印象が先行する診察が終わったアクスは、治療方法を回復薬(ポーション)や薬といった物理的な方法から魔法へと変える。その言葉にファミリアの中で無事な冒険者が協力してスペースを作り、そこに体調不良者を座らせた。治療の準備が整ったことを察した彼は目を伏せ、魔法を行使するための詠唱を行う。

 

 死と再生の象徴よ、我が声に耳を傾けたまえ。癒しを求める者よ、我が声に集まりたまえ。

 我が癒し、万物(なんじ)を救う。万物(なんじ)は助け、我を救う。

 誓いをここに。

 我は侵された者の安寧を願う者。我は傷ついた者を癒す者。

 この誓いに基づき、我が行使する。

 ケーリュケイオン

 

 仰々しい言の葉に呼応するように15Mほどの緑色の魔法円(マジック・サークル)が床に浮かび上がる。春の陽気の中に居るような温かみのあるその光はアクスの詠唱が1節進むごとに強くなっていく。

 そして、魔法の名前が告げられると共に一瞬だけ周囲が見えなくなるほどの光が強くなり、次に冒険者たちの目に映ったのは昨日まであった倦怠感や吐き気。それと身体中に無数に刻まれたはずの傷が一切ない自分の手だった。

 

「解毒と傷の治療と体力の回復を行いました。ですが、やはり素の体力が落ちているので治療院での診察をお願いします。これを団長に渡してください」

 

「分かった。それにしても助かったぜ、これで明日からダンジョンに行けるってもんよ」

 

「では、諸々で1人当たり500ヴァリスいただきます」

 

「……いつも思うんだけど、安すぎないかしら? いや、私たちは助かるんだけどね?」

 

「その分、治療院を利用していただければ良いので。では、たしかにいただきましたー」

 

 1人当たり最低品質の回復薬(ポーション)分の金銭を受け取ったアクスがへにょりと表情を崩す。いつものことながら治療する時の態度が育ての姉(アミッド)と酷似していることに全員が苦笑すると、彼を案内したヒューマンの冒険者の手によってアクスは外へと出される。

 

 こうして1件目のファミリアの往診を終えたアクスは2件目、3件目とファミリアを回り、その道中にある酒場などにも顔を出していく。どこも1件目ほど酷くはなかったが、数が多かったり状態異常ではなく病気の類と判断した端から魔法を行使。1筆書いた後に医療院に行くように促していく。

 往診以外でも彼は道端で転んだ小さな子に回復薬(ポーション)を染み込ませた布で傷口を仕舞ってあげたり、とある酒場の開店準備を手伝う傍らでサボりがバレてそこの女主人に拳骨を見舞われた猫人(キャットピープル)の頭を冷やしたりと神曰く、『辻ヒール行為』を続けていたが。

 

「もしもし、お兄さん。生きてますか?」

 

「い"き"てます」

 

 壁外にある【デメテル・ファミリア】が運営する農場への往診が終わり、かなり萎んでいたリュックに大量の食べ物と薬に使えそうな素材をパンパンになるまで詰め込まれたアクスは最後の目的地である黄昏の館に行く最中に行き倒れを見つける。

 人気のない通りの壁で項垂れていたため、生きているか確認したするとどうやら生きているらしい。元は真っ白だったであろう髪は汚れで少々くすんでおり、瞼が泣きはらしたのだろうか少々腫れている。何かあったかはあえて聞かずに静かにアクスは診察を始めた。

 

「軽い栄養失調ですね。随分食べていないようですが」

 

「僕、お金があまりなくて」

 

「そうですか、では……」

 

 立ち上がったアクスに少年は茫然と前を見る。

 ここはオラリオ。力ある者こそがより称賛を浴びることが許される街だ。

 何も持たない──何が出来るかも分からない自分を入れてくれるファミリアはあるのだろうか。そんな自暴自棄になりかけていた彼の耳に不思議な言葉の羅列が聞こえる。

 

 死と再生の象徴よ、我が声に耳を傾けたまえ。癒しを求める者よ、我が声に集まりたまえ。

 

 まるで英雄譚の魔法使いのような言い回しの数々に目を丸くしていると、彼の身体から先ほどまであった疲労や打ち身などが綺麗さっぱり消えていた。唐突なことで右往左往する少年にアクスは再びしゃがみ込み、リュックから【デメテル・ファミリア】でもらってきた果物や保存食をいくつか少年の傍に次々と出していく。

 

「死ななきゃ安いって言葉もありますし、生きていれば良いことあります」

 

「あ、あの! 僕……お金が」

 

「いえ、今の僕は休憩中なので。これは善意です」

 

 小さいのに反抗できないほど強い力で押し付けられた食糧と静かに去っていくアクスの後姿の間を少年は何度も見返していた。

 

***

 

 黄昏の館。この街で最強の一画を担う【ロキ・ファミリア】の拠点である。【ディアンケヒト・ファミリア】には居ない武装した門番の存在に『大手すごい』と思いつつも、慣れた様子でアクスは挨拶を交わす。

 

「ラウルさん、こんにちはー」

 

「お、アクス君。往診っすか? 今日も一段と色々貰って来たっすね」

 

 門番をしていたどこにでもいそうな青年はアクスの頭を撫でながら彼が背負っているパンパンのリュックを見て笑みを浮かべる。

 彼の名前は【超凡夫】(ハイ・ノービス)ラウル・ノールド。【ロキ・ファミリア】の第2軍の中核メンバーを務めるヒューマンの青年である。そんな彼がなぜこんな門番といった下っ端の仕事をしているのか──それは館から走ってくる存在によって明らかになる。

 

「ラウルゥ! あんた何サボってんの!」

 

「ほぎゃああ!」

 

 勢いと腰の入った拳がラウルを襲う。そのまま横を通り過ぎていく彼を無言で見送ったアクスは、再び門の方を見る。そこには黒髪の猫人(キャットピープル)の女性が息を切らせながら真っ赤に充血させた瞳をラウルに向けていた。

 

「アナキティさん、こんにちは」

 

「えっ……。あっ、やだ。アクス君、こんにちは。それとアキで良いからね?」

 

 どうやらアクスの存在を気付かなかったようだ。彼が声をかけたことで女性──【貴猫】(アルシャー)アナキティ・オータムは何故か両手を後ろに隠しながら挙動不審な動きでラウルに近づくと、そのまま黄昏の館まで引っ張りながらアクスを手招きする。

 とりあえずをしようとしたアクスにアキは『もう少しお話が必要だから』と断り、近くの団員に対応を任せてどこかへと行ってしまった。『気分転換したかっただけっす~』と情けない悲鳴を耳にしながら彼は黙とうし、団員に連れられて豪奢な部屋へと入っていく。

 

「失礼します。【小神父】(リトル・プリースト)をお連れしました」

 

「あぁ、よく来て「おー、アクスー! 元気やったかー! 背ぇ伸びたかー?」」

 

 豪勢な執務机に座った【ロキ・ファミリア】の団長を務める【勇者】(ブレイバー)フィン・ディムナが立ち上がりながらアクスに歓迎の言葉を投げかけるが、その前に糸目で長身の女性がアクスの脇に手を入れて持ち上げる。そのままくるくると回りながら近況を訊ねると、彼は元気に返答する。

 

「伸びてなーい。伸びる秘訣教えてくださーい!」

 

「……それはうちの力じゃ無理や。ごめんな」

 

『アハハハハ』

 

 身長の話にロキはスンッとテンションを下げる。……が、次の瞬間に2人は突然笑い出した。

 どうやらこの2人にとってこれが定番──神が言うには『鉄板ネタ』の流れらしく、それをよく知っていたフィンはため息をつく。

 

「そろそろ良いかい、2人共?」

 

「あぁ、堪忍や。アクス、今日も往診あんがとさん」

 

「いえ、これもオラリオに住む皆様の健康のためですから」

 

「一気にアミッドみたいになるの止めてくれへん?」

 

 一気に敬語でそれっぽいことを言って来る変わりようにロキは歯に物が挟まったように口をもごつかせるが、アクスにとってこれが性分なので仕方がない。子供は何かと親──アクスの場合は義理の姉だが、それによく似るものなのだ。

 勝手知ったる間柄なのでこのまま雑談と行きたかったが、そろそろ日が落ちかけている。早く要件を済まさないと夜になってしまうため、アクスは怪我人の有無をフィンに確認する。

 

 夜は特に危ないのだ。特に、過去に医療院に来て直々にスカウトしに来た【アポロン・ファミリア】とか。その数年後に『姉弟ブーム』とか言ってアミッドと一緒にアクスをスカウトしに来た【アポロン・ファミリア】とか。LV.2になった折に改めてスカウトしに来た挙句に【ディアンケヒト・ファミリア】やその他の冒険者に返り討ちに合い、とうとう怒ったディアンケヒトによってギルドから賠償を課せられた【アポロン・ファミリア】とか。

 後日、お腹の周りを抑えながら来院したダフネ・ラウロスに中々良い胃薬をこっそり【ロキ・ファミリア】価格で売ったことはアクスの記憶に残っている。

 まぁ、極たまに団長を連れていないヘルメスとかが出没して変な話を吹き込まれるのだが、これはレアケースだ。

 

 ともかく、特訓などで怪我人が出ているのかを確認するまで少しだけ時間がかかるということで、アクスは【ロキ・ファミリア】の次の遠征は何時かを問う。

 1つのファミリアが凄腕の冒険者を引き連れてダンジョンに潜る遠征はいわばファミリアの外にあまり詳しくいうべき情報ではないのだが、遠征に使用する回復薬(ポーション)のほとんどは【ディアンケヒト・ファミリア】が製造しているので納期や数量を事前に知る必要が出てくる。

 フィンもそれが分かっているため、1度執務机に戻ると大判の紙をアクスに差し出す。紙には回復薬(ポーション)の種類や個数が書いており、1番下には出発日と思われる日付が書かれていた。

 

「これを渡して欲しい。それと、料金の受け渡しついでに神ディアンケヒトとアミッドに話があるんだ。面会の約束を取ってくれるかな?」

 

「分かりました」

 

「それと、君にも出席してもらいたい。大事な話があるんだ」

 

 紙をカバンに仕舞っていると、フィンから面会に出席するように依頼される。主神と団長が出席している席に1団員でしかないアクスが何の用かと尋ねると、フィンは『まだ秘密』と人差し指を自身の口元に寄せる。

 曰く、『ここで言ったらアミッドに言うだろ?』らしい。その慧眼にアクスは激しく同意していると、1人の冒険者がやってきた。

 

「怪我人ですが、迷宮に行って帰って来ていない人を除けばラウルさんしか居ないです」

 

「ラウルは自業自得だからなぁ……。こちらで処理するよ」

 

「承知いたしました。それでは先ほどの発注書は団長に渡しておきます」

 

「うん、さっきのことも頼んだよ」

 

 結局、【ロキ・ファミリア】では何もせずにアクスは黄昏の館を後にする。特に帰り道は変態や変神に出会うことはなかった彼はアミッドに発注書を渡すと、彼女はすぐさまディアンケヒトの部屋まで行ってしまった。

 

***

 

 夜。交代制の見張り以外の団員が寝静まっている時間帯。医療院の調合室には未だにうっすらと光が灯っていた。

 

回復薬(ポーション)はこれで最後です。アクス、次は高等回復薬(ハイ・ポーション)を……」

 

 発注書を確認しながら木製のケースに回復薬(ポーション)を納めていたアミッドが横を向くと、アクスが机に顔を突っ伏した状態で眠りに落ちていた。時計を見れば随分長く作業をしていたことが分かったので、彼女は一旦休憩を挟もうと椅子に座って隣で眠っていたアクスの頭を撫でる。

 今の彼女の顔はライバルファミリアの団長から言われるような『鉄面皮』ではなく、まるで家族を慈しむようにはにかんでいた。

 

「お姉ちゃん……この調合で……」

 

「夢で仕事してるのね」

 

 自分も大概な仕事人間だと自覚しているが、アクスも大概だとアミッドは笑みを強くする。

 ダンジョンにあまり潜らず、治療でLV.2へと至るには並々ならぬ根気がいる。それはアミッドもよく知っていることだ。

 入団した当初のアクスはまだ1桁な年齢ということで延々と医療院の手伝いをしてもらいながら知識を付けさせ、せめて2桁になった頃にファミリア内でパーティを組む前提でダンジョンに送り出してやろう。そう思っていたが、いつの間にか暇な時間を見つけて往診をし、さらにはそれを何年も続け、そして──ランクアップが出来るまでの偉業となった。

 

「なんで……治らないの? お父さん、お母さん……。目を開けてよ」

 

 アクスの呟きにアミッドはハッと息を呑む。うつ伏せになったアクスの顔の傍には涙が流れていた。

 

 彼は両親が冒険者であったりといった事情でこのファミリアで暮らしていたわけではない。彼の生まれはここからすぐ近くの路地にあった料理屋であった。

 両親は今の彼と同じく善良で、さらに料理の腕も良かった。客層も種族問わず冒険者からギルド職員まで、今思えばかなり賑わっていたと思う。当時のアミッドもそこをたまに利用し、当時のアクスとも多少とは言えど交流を持っていた。

 もし、あのまま平穏に時間が流れていればきっと今頃彼は2代目として店で働き、アミッドもたまにそこで食事をとるという店員と客のよくある間柄になっていたかもしれない。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 暗黒期。ただでさえ黒龍討伐に失敗し、当時のオラリオで最強を誇っていた2大ギルドが壊滅したことでガタガタだった所に犯罪者集団と化したファミリアがさらにオラリオをグチャグチャにした。

 殺人、恐喝は当たり前。中にはダンジョン──具体的にはモンスターの集団を利用した大規模な殺人も発生していたとか。

 すると、そんな横暴を許せない立ち上がるファミリアが複数居た。ファミリアとファミリアによる『大抗争』という衝突は日夜行われ、当時のアミッドも忙しなく動き回っては救いを求める手を何度も取ってきた。

 

 だが、時には間に合わないこともある。そして、そのほとんどは冒険者とは関係ない一般市民であった。

 

 そう。あの大抗争によってアクスは家も家族も失った。そして、それを目の当たりにしたアミッドが彼を拾い、そして【ディアンケヒト・ファミリア】という家族を与えた。

 

 思えばあの時、彼を拾ったのは間違いだったのだろうか。彼女は手を強く握りしめながら今更なことを考える。

 冒険者なら全員は持っているであろう情景。アクスも当然持っているだろうそれは、奇跡的にもアミッドと同じもの。LV.2へと昇華したことによって発現した彼の治癒魔法と発展アビリティから彼女はそう思っていた。

 

 自分では手が届かないところにアクスが居れば、さらに助けられる人がいる。そう思って年甲斐もなく少々はしゃいでしまったこともあった。

 

 だが、それは本当にアクスの見たい情景なのだろうか。もしかしたら自分の思い通りに彼を捻じ曲げてしまったのではないか。その考えが頭をよぎった時、彼女は酷く落ち込んだ。

 なにが聖女だ、自分の思想を他人に──自分を姉だと慕ってくれる存在に押し付けるなどあってはならないことだ。

 そして、その答えは未だアクスの口から聞いていないし、彼も語って来ない。

 聞いたら──今の関係が壊れてしまうかもしれない。それがとてつもなく恐ろしくてアミッドは自ら聞くのを未だに躊躇しているのだ。

 

「あ、もうこんな時間」

 

 改めて時計を見る。すっかり休憩しすぎてしまったようだ、アクスが眠った以上はこれ以上の作業は効率が落ちる。

 そう思ったアミッドはそのまま机に突っ伏した。多少はしたないが、今のアクスの傍に居ることの方が大事だと思ったからである。

 

 これからも姉として見守っていこう。彼が真意を話してくれるまで。

 

 意識が完全に無くなる前。彼女は朧げながら決意する。

 

***

 

 だが、その数日後。その決意が木っ端みじんに砕かれることとなる。

 

「この子を遠征なんてふざけてるのですか!?」

 

 医療院の応接室から怒号が飛んだ。




詠唱とか厄介な言霊使いは顎を潰すのが良いって美しい物が好きな存在が言っていた。

序盤のアクスが用いた魔法はケーリュケイオンとは異なります。特徴は短文詠唱の本人のみの再生能力。ヘイズの下位互換ですね。
ヒーラーは最後まで立って回復しなければならないという劣悪な職場を支え続けた彼女の教えによって発言した魔法です。
そんな弟子みたいな存在を序盤で殴るって? 愛の鞭、愛の鞭。後、フレイヤ様至上主義だし、あそこ。

レベルに関しては4年という長い時間を治療に費やしたことで器用アビリティがD以上となる + 幾度かリヴィラの街主導のゴライアス討伐をヒーラーとして参戦(現地まで護衛あり) + 長年の往診でようやくといった感じです。

アミッドお姉ちゃんとのキャッキャうふふにゃーにゃーと思ったら重かった? 【ゴスペル(知りません。全て暗黒期が悪いんです。)】
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