ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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2話:遠征準備

 朝の喧騒に比べると昼の治療院は比較的穏やかに時間が流れていく。冒険者は軒並みダンジョンに行っており、やってくるのは近所の人が世間話をしに来るか、常備薬として回復薬(ポーション)をいくつか買いに来るか、正面玄関から間違えて入って来るアクスぐらいなものだ。

 ただ、今日ばかりは様子が違った。

 

「この子を遠征なんてふざけてるのですか!?」

 

 いつもの物静かな様子はどこへやら。逆鱗に触れられたドラゴンのような怒号に団員は顔を見合わせて──何も聞かなかったことにした。

 おそらくは一緒に入っていったアクス絡みだろう。私たちもだけど、団長はアクス君にはアレだもんね。団員全ての気持ちが1つとなり、医療院は今日も平和に運営中である。

 

 そんな医療院の火薬庫。絶賛、【ロキ・ファミリア】と商談中の応接室ではドラゴンが暴れていた。

 ウェーブがかった銀の長髪を振りみだしながらLv.6というオラリオで数少ない1級冒険者であるフィンに食って掛かるのは【ディアンケヒト・ファミリア】の団長であるアミッドだ。

 彼女の横では耳栓をして我関せずと茶をシバいているディアンケヒトが居り、彼のすぐ傍では今回の話の発端となったアクスが涙目で事の成り行きを見守っている。

 

「落ち着け、【戦場の聖女】(デア・セイント)。儂たちは何も無償でお主らのところの戦力を貸せとは 「戦力ではありません! アクスです!」 ……すまん」

 

「アミッド、我々も……何でもない。忘れてくれ」

 

 団長であるフィンを含めて【ロキ・ファミリア】の『3首領』と呼ばれる【重傑】(エルガルム)ガレス・ランドロックと【九魔姫】(ナイン・ヘル)リヴェリア・リヨス・アールヴを視線だけで降したアミッドは、前方で座って居るフィンを射殺さんばかりに睨み付ける。対してフィンは涼しい風で紅茶が入ったカップから口を外し、手を組みながら彼女の目をしっかりと見て話しかけた。

 

「なら、君が遠征に参加するかい? むしろ、今回の遠征に参加して欲しかったのは君なんだよ」

 

「私……ですか?」

 

「ならん! ならんぞ、【勇者】(ブレイバー)!」

 

「ほらな? そう言うと思っとったからアクスなんや」

 

 いつの間にか耳栓を外したディアンケヒトの叫びにロキはケラケラと笑いながらアクスを指差す。対してアクスは何が何なのか分からずに自分自身に指差して首を捻り、その子供っぽい反応に剣呑としていた部屋全体が少々場がゆるふわとなる。

 だが、いち早く正気に戻ったアミッドがフィンに詳細を求めた。

 

「まぁ、僕からはさっき説明したとおりなんだけどね」

 

 【ロキ・ファミリア】がアクスを遠征に連れて行く理由。それは遠征における回復薬(ポーション)の利用頻度を下げるためだ。

 ダンジョンをより深く潜るためには物資が必要不可欠だ。食料品や水、テントや寝袋などといった生活必需品、武器や矢玉の類、そしてなにより回復系アイテム。他にも細々した物はあるが、種類で分けると大体このぐらいだ。

 その中でも回復系アイテムだけは特に注意をしなければならない。なにせ回復薬(ポーション)は液体で容器は割れやすい。【ディアンケヒト・ファミリア】が気を利かせて緩衝材を新品に変えてくれてはいるものの、モンスターの突撃なんか食らえば即座に十数個の回復薬(ポーション)がオジャンになるのが目に見えている。

 さらに回復薬(ポーション)はモンスターとの戦闘で壁になる前衛役にとっては無くてはならない存在である。1回の戦闘ごとに使用する量は馬鹿にならないし、節制するように言及すればそれはそれでより人死にという甚大な被害でツケを払うことになってしまう。

 そこで治療師(ヒーラー)の話に戻ってくる。特に範囲回復が出来る回復専門の者が1人居れば道中の回復アイテムの消耗具合が格段に減り、なおかつ戦闘の安定感も増す。そうすることでもっと深くの階層へ潜れるというのがフィンたちの出した結論だった。

 

 遠征においてそういった『安定感』というのは特に重要視するべき部分だとフィンはアミッドに力説するが、遠征について行ったことのない彼女は『LV.2を深層遠征って正気か、こいつ』という冷ややかな目で彼を見ていた。

 

「エホッ、エホンッ! 話を戻して、僕たちが安定して遠征をこなすには専属の治療師(ヒーラー)が必要なんだ。うちにもリーネをはじめとした治癒魔法や解毒魔法を扱える冒険者は居るが、かなり少なくて手が回っていない状況なんだ。具体的に言えば……」

 

「えぇ、その辺りで結構です。治療師(ヒーラー)の数が基本的に足りない。それも範囲内全てを癒す魔法を持った存在は早急に確保したい。そうなると私が出向くことになりますが、それはディアンケヒト様が許さない。なるほど、事情は分かりました」

 

 そんな視線に徐々に耐えられなくなったのか、説明が徐々にしどろもどろし出すフィンにアミッドは冷静に結論を出す。治療師(ヒーラー)の希少性は彼女自身がそうなので、フィンの言う事情や主神であるディアンケヒトの懸念は理解できたらしい。

 フィンも話はやっと通じたことに心なしかほっとした後、『分かってくれたかい!』と安堵にも似た確認を取る。

 

 ──が。

 

「それとアクスを連れて行くのにどういったご関係が?」

 

「あれー?」

 

 通じなかった。

 内心、『この子ってこんなにポンコツだったっけ』という疑問を呑み下したフィンはもう1度懇切丁寧に説明をする。

 そもそも、この遠征にアクスを連れて行くという話し合いは彼がLV.2になった直後の遠征でも行われたが、その際もアミッドは『LV.2になって魔法が発現したばかりですよ?』という理由で却下されている。そろそろ1年経つし、一応譲歩はしてやっているというフィンの3度目の説明にて、アミッドはとうとう折れた。

 

「では、アクスを連れて行くための条件は如何しましょう?」

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】が有利な冒険者依頼(クエスト)を1つ受注。後は契約金として500万ヴァリスの支払い。ひとまず、手付としてこれらは保証する」

 

「契約金が低すぎるのでは?」

 

「今回は試験的な側面も強いからね。当然、状況次第で後払いをさせてもらう。贅沢を言えば到達階層あたりで全体の3割ぐらいポーションが残ってたら嬉しいね」

 

「承知いたしました。ではこちらからはアクスへ出来る限り気を配ってください。何ていったってこの子はLV.2です。年齢も含めると深層には早すぎます」

 

「分かっているさ、うちのお姫様(アイズ)が例外ってことぐらいは」

 

 横でアクスがロキやディアンケヒトに『500万ヴァリスってジャガ丸君どれだけ買えるんですか?』というアホな質問を投げかけ、ロキが『ジャガ丸君風呂に入って勝ちまくり、モテまくり出来るぐらいや』とこれまたアホな回答をする中で話は進む。

 結局、手付としては十分とアミッドが見做したので正式にアクスは【ロキ・ファミリア】の遠征に参加することになるが、ここでアミッドはとある疑問を彼に投げかけた。

 

「アクス。そういえばあなた、武器や防具はどうするんですか?」

 

「お姉ちゃんに買ってもらったやつを使うけど?」

 

「深層に?」

 

「深層に」

 

 問題しかなかった。

 治療師(ヒーラー)という関係上、アクスは頻繁にダンジョンに潜らない。行くとすれば18階層への往診ぐらいなのだが、長年続けていた活動のおかげか募集を掛けたらすぐにパーティが結成される。

 そのため、アクスの持っている防具は少ない。具体的に上げるとするならば、昔にアミッドが買ってあげた防具といつぞやの異常事態で聖女感漂うアミッドの横に居る時にどこかから拾ってきた角の折れた鉄兜と薄汚れた安っぽい革鎧といったヘンテコな物しかない状況だ。

 【ロキ・ファミリア】の遠征の目的は最終踏破階層である59階層以降の探索。つまり、バリバリの最深部に向けて進んでいくのだ。そんなところに昔かった数千ヴァリスの槍と保護もへったくれもない装備を持って行くなど自殺行為に等しい。かといって今からどこかの鍛冶師に頼んで採寸から作成はまだしも、最終的な調整も込み込みで行うには期間が無さすぎる。

 

「すみません。そちらで装備を都合していただけませんか?」

 

「……うん、流石にそれは想定外だったなぁ」

 

 LV.2だからもう少しマシな装備をしているかと思えばまさかの初心者から何の更新もしていないことに開いた口が塞がらない様子のフィン。その横では『よくそんなので冒険者をやっとこれたのぅ』と変に感心するガレスと『アイズの方が……いや、あれはダンジョンのこと以外がダメだったな』と別の意味で呆れるリヴェリアの姿。

 最終的にはアクスの装備の更新をしてもらうことも事項に手付として加えられ、無事に話は締結した。

 

***

 

 次の日。黄昏の館に保管されている装備をアクスが選ぶという運びとなる。

 約束の時間より早めに黄昏の館に行くと、()()()フィンの指示で門に立っていたラウルが先導して【ロキ・ファミリア】の倉庫までアクスを連れてくる。倉庫の中には既にフィン、ガレス、リヴェリア、ロキの姿があり、武器を手に持っては喧々諤々と話し込んでいた。

 

「お、来おったな。アクス、なんでも持ってって良ぇでー!」

 

「ロキ様ー!」

 

「なんやー?」

 

「何が良いのかよく分かりませーん!」

 

 全員がその場でズッコケた。冒険者であるならばある程度は装備の知識が無ければやっていけない。それこそ、LV.2にもなれば自身の装備に見合う鍛冶師と契約するのも視野に入れる頃だ。

 ただ、アクスは冒険者であっても治療院で働く治療師(ヒーラー)。ダンジョンで稼ぐ種類の冒険者ではないのでその手の知識が薄い。

 LV.2ということである程度の冒険者知識が身についていると思っていたフィンは、『とりあえず武器の系統から見て行こうか』とそこら辺の武器から色々見繕い始めた。

 

──ショートソード

 

「へっぴり腰だね」

 

 腰が逃げてしまってうまく触れない様子をフィンがダメ出し。却下。

 

──両手剣

 

「振る以前に持てんのはなぁ」

 

 剣の重みで潰れたアクスをガレスが救助。却下。

 

──鞭

 

「圧倒的に使いこなせてないじゃないか」

 

 振り回した鞭の先端が顔面を強打し、『いぃぃったい、目がぁぁぁ!』しているところをリヴェリアが一言。却下

 

──メイス

 

「聖職者いうたら打撃武器やろって思たけど……。パルゥムやからな」

 

 背格好のせいでも両手で持つほどの打撃武器を持った子供。もはや殴打が好きな破戒僧にしか見えなくなったロキが首を横に振る。却下。

 

──大双刃(ウルガ)

 

「イケると思ったんだけどなぁ」

 

「何をどう判断してイケると思ったのよ!」

 

 唐突にアマゾネスであるヒリュテ姉妹が参加してくる。もはや持った瞬間に崩れ落ちたアクスを前に妹の【大切断】(アマゾン)ティオナ・ヒリュテがイケると踏んだことを話すが、その馬鹿っぷりに姉の【怒蛇】(ヨルムガンド)ティオネ・ヒリュテが彼女の頭を殴打。却下。

 

 他にも様々な武器を構えさせてみたが、どれもしっくりこない。

 しかし、よくよく考えればパルゥム用に小さい種類がフィンの持つ槍とサブ武器のナイフぐらいしかない。そのことを思い出した面々は、『あ、無駄な時間だった』と先ほどまでのやり取りを少々後悔していた。

 

 かなり脱線したが、結局はアクスがLV.2で深層に連れて行くということからなるべく良い装備をさせなくてはならないということでフィンが昔に使っていた物に決まる。明らかにLV.2には不適合な装備の格だが、遠征を鑑みればこれが最適なのだ。

 ただ、髪型が似ていることやパルゥム特有の幼い姿だからか、その見た目がかなりフィンに似ていた。

 

「フィンと似ていないか?」

 

「ぶはっ! 2Pカラーや!」

 

「なんじゃい、フィン。お主、子供がおったんか!」

 

「私、産んだ覚えがないんですがっ!?」

 

「ティオネ、落ち着いて。あれアクスだから」

 

 それぞれが言いたいことを言っている前ではフィンが2人。1人目の髪色がくすんだ銀で2人目よりも背が低いということからアクスだと分かるが、遠目で見ると2人にほとんど差が無かった。

 約1名ほどおかしいことを宣うアマゾネスは居るが、もはや否定するのも億劫だとフィンは別の槍を引っ張り出してからアクスを伴って外へと出る。途中、やはり団員からの視線がやや痛いが、【勇者】(ブレイバー)はこの程度ではへこたれることはなかった。

 

「アクス。君には最低限身を守る訓練をしてもらう。理由は分かるね?」

 

「ダンジョンでは何が起こるか分からないから。もしかしたら僕の下に穴が開いて、落っこちるかもしれないし」

 

「う、うーん。ちょっと予想外の答え過ぎて反応に困るけど、とにかく10秒は保たせるんだ。その間に必ず助けに行く」

 

 今まで踏破した階層の特徴はすべて頭に入っているフィンがなんとも言えない表情を浮かべるが、真面目な顔つきでアクスを指差す。

 10秒。オラリオの中であれば短すぎるが、ダンジョン──それも下に行くにつれて長くなっていく時間だ。

 1秒もあれば冒険者を容易く潰せる拳を振り下ろせる。1秒もあれば一気に最高速度まで持って行って冒険者を串刺しに出来る。1秒あれば全てを灰に変えるブレスを吐ける。

 先程のは例だが、深層に向かうにつれて全ての敵が冒険者の命を容易く屠れる能力を持つ。いくらレベルが高かろうとも、生身で受けてしまえばただでは済まないだろう。

 

「これから教えるのは自分の身を守る技と逃げる技。どっちもスキルではないけれど、スキルじゃないからこそ教えられるし、模倣が出来る」

 

 そう言ってフィンが槍を構える。地獄を生き延びるための地獄の特訓が始まった。

 

***

 

「アクス。耐久のアビリティが上がっておるぞ」

 

「ロキ様のところで虐められた」

 

「そうでもせんとLV.2が深層に潜れるはずが無いのだからな。諦めろ」

 

 フィンとの特訓が終わったその日の夜。ディアンケヒトの私室でステイタスの更新を行っていた。

 神の血(イコル)を媒介に冒険者の持つそれぞれのアビリティを反映し、基礎能力を向上させるこの作業は医療系ファミリアである【ディアンケヒト・ファミリア】では希望者が少ない。アクスもLV.2にランクアップした直後のオールIから全然していなかったが、『遠征に行くまで毎日やる』と珍しくディアンケヒトが彼を呼び出していたのだ。

 

 ステイタスの更新を終えて共通語(コイネー)として紙に出力されたステイタスを見ると、耐久以外にも色々上がっていた。

 

レベル2

 力 I 0 → I 13

 耐久 I 0 → I 57

 器用 I 0 → F 312

 俊敏 I 0 → G 225

 魔力 I 0 → E 400

 

スキル

 鮭飛びの術

 槍を装備している時の俊敏に高補正。

 

発展アビリティ

 魔導 I

 

 魔力に関しては分かる。1年間、あれだけ往診と称して魔法を行使し続けていればグングン上がるのは必然と言える。

 ただ、器用と俊敏はまだしも、パルゥムで耐久がここまで上がる事態に発展したのがよく分からなかった。

 

「これだけ耐久が上がる訓練とは一体何だ?」

 

「レベルが上の人にボコされた。壁に何度も激突した。ロキ様が言うには"痛くなければ覚えない"って」

 

「アミッドには言うな。……いや、進んで怪我をしに行ってるわけではないのか良いのか?」

 

 自身の身を守る技術の習得のためにフィンにどつかれ、たまたまやってきた【剣姫】(けんき)アイズ・ヴァレンシュタインにボコられ、ヒリュテ姉妹に吹っ飛ばされ、なるべく存在を消そうとしたがバレたラウルとフィンを呼びに来たアキにコテンパンにされた。

 それだけでも十分ボロボロなのに、さらには逃げるための技術と言ってフィンが昔から愛用している槍柄の素材──『誓樹のウォールナット』のしなりを利用した高速移動手段を教えられたが、今日の終わりにようやく1回だけ成功。つまり、ほとんど壁と恋人になっていたのだ。

 

 そのスパルタぶりに、金稼ぎ以外には特に興味を示さないディアンケヒトは『遠征の件は早まったかもしれん』と珍しく反省していた。

 その一方でディアンケヒトはアクスに渡した紙の下部。魔法の詠唱が書かれている部分を指差した。

 

「アクス。何度も言うが、これだけは使うでないぞ。遠征だと特に死者が出るかもしれんが」

 

「うん、冒険者を殺すことになるからでしょ」

 

 アクスの返答にディアンケヒトは強く頷く。その指先にはとある1文が綴られていた。

 

 我は冥府の領域を侵す者。されど、その対価を冥府に放り投げる者。

 

 神々も迂闊に手を出せない冥府の領域を侵犯すると意味する詠唱。その効果は──死者の蘇生。

 仮にそれだけの能力であれば、ディアンケヒトはアミッドに連なる存在とオラリオ中に自慢しに回るのだが、何事も強すぎる力にはデメリットが存在する。

 

 そのデメリットとは──神の恩恵(ファルナ)と記憶の消去。具体的に言うと、神の眷属になった時からの能力と記憶がすっかり消えるのだ。

 レベル1ではなくそこら辺の一般人と変わらない能力まで戻され、今まで経験した冒険の記憶すら失くす。まさに冒険者という存在を殺すといっても過言ではなく、後に残されるのは記憶していた歳よりもかなり老けた自分のみ。その現実が直視できずに、1人と1柱という大きな犠牲が出てしまっている厄ネタだ。

 当時、1人のとある冒険者が意識不明の状態で運び込まれた。そこのファミリアは団長とその友人であった団員の2人で冒険を行っていたらしいが、ギルドの基準を大きく逸脱した階層で冒険をしていた。よくある話と末路だが、アクスの魔法の詠唱を思い出したディアンケヒトがアミッドを伴い、そこの主神と団長に許可を取った。

 『蘇生できるかもしれない』という天から垂らされた蜘蛛の糸に大喜びの主神と団長の許可を取り、実際に蘇生は成功して2人は大いに喜んだ。

 ここまでは良かった。その数日後に所々の文字が滲み、最後は『この歳ではもうお前とやっていたらしい冒険にも付き合えないだろう』という文で締めくくられた遺書を手に蘇生した冒険者が自殺を選ぶまでは。

 

 ここから先は語るに及ばないだろう。絶望の果てに亡くなった友に嘆いた団長は故郷へ帰り、せめて働き口はと【デメテル・ファミリア】と交渉していた主神も悔しさをにじませながら天界へと還った。

 そんな経緯があり、ディアンケヒトはアクスにこの詠唱の封印を強く命じた。この詠唱の効力は考えればいくらでも悪用が効くし、オラリオの情勢を一気に覆しかねないからだ。

 アクスも子供ながらその危険性を十分把握していたのだろう。フィンの前でも軽々しく魔法について言うことはなかった。

 

「でも、僕やフィンさんの判断でやる時はやりますよ。ダンジョンは別れが多すぎる」

 

「分かっておる。ほれ、日課の金を数えるからもう出ていけ」

 

 主神とは思えない発言をしてアクスを追い出す一方で、ディアンケヒトは魔法の詠唱文を見て呟く。

 

「冒険者への憎しみ……か」

 

 冒険者を殺し、人として生かす。それはアミッドや団員たちによって培われた何がどうあっても人を助けたいという慈しみの気持ちと『大抗争』という未曽有の時代を生き抜いたことで根底に根差した冒険者への憎しみから来ているのだろう。

 願わくばこの詠唱を使わずにいてくれることをディアンケヒトは神の身ながら祈った。

 

***

 

 アクスの特訓から再び数日後。ダンジョンの蓋の役割を果たしているバベルの前では【ロキ・ファミリア】の団員が集まっていた。その後ろには物資を詰めた巨大なバッグや荷車が置いてあり、忘れ物が無いようにラウルやアキがそれぞれ担当者から話を聞いて詰み忘れ無しとチェックを付けている。

 

 そんな広場から少し離れたところでフィンやアイズといった幹部級が勢揃いしていた。彼らの目の前には【ディアンケヒト・ファミリア】の団員が勢揃いしており、その先頭ではアミッドがアクスに色々世話を焼いていた。

 

「ちゃんとフィン様の話を聞いて」

 

「うん」

 

「周りの言う事をちゃんと聞いて」

 

「うん」

 

「歯はちゃんと磨いて」

 

「う、うん」

 

「ハンカチとちり紙は「アミッド、もう良いだろうか?」」

 

 このまま行くと出発が夕方になる気配がしてきたフィンが無理やり会話に混ざると、相変わらずの無表情だが少々不機嫌そうな気配を漂わせながらアミッドは小さな小瓶が入ったケースをアクスに渡す。

 

「これ、【ディアンケヒト・ファミリア】で所有している1番品質が良い素材を特別な製法で作った高等回復薬(ハイ・ポーション)。試作品だけど、効果は確かめてあるから」

 

「良いの?」

 

 流石に悪いと思ったアクスが見送りに来ていたディアンケヒトの方を見るが、彼は『500万ヴァリスに比べれば安い』とブツブツ呟きながらひたすらそっぽを向いていた。その隣でロキが『ツンデレ』と言って殴られているが、つんでれとはなんだろうと疑問に思ったアクスは後で聞いてみようと思いながらリュックにちょっと赤みが強い青色をした試作品の高等回復薬(ハイ・ポーション)を仕舞っていく。

 やがて全ての高等回復薬(ハイ・ポーション)を割れないように丁寧に仕舞うと、いきなりアミッドが抱き着いてきた。その姿にロキは『おねショタキター』と騒ぎ出すが、【ディアンケヒト・ファミリア】の団員たちは総じて今生の別れのように泣き始める姿に空気を読んだのか次第に黙っていく。

 

「絶対戻って来て」

 

「うん」

 

「どんなことがあっても絶対治すから。無茶でも良いから戻って来て。お姉ちゃんとの約束」

 

「うん、約束」

 

「よ、よーし! じゃあ出発だ!」

 

 幹部級の者たちにも涙ぐんでいる存在が居るため、だんだん居たたまれない気持ちになってきたフィンは出発を宣言する。

 こころなしかアイズの方から『本当にあの子を連れて行くの?』といった空気をひしひしと感じるが、多分気のせいだろう。気のせいに違いない。──ラウル、後で胃薬を分けて欲しい。

 

 そうしてダンジョンに入って少しした頃。上層は問題ないとやや警戒を緩めていたため、アクスは隣を歩いていたエルフの少女に話しかける。

 

「ねぇ、レフィーヤさん。聞きたいことがあるんだけど」

 

「なに? アクス君」

 

 【千の妖精】(サウザンド・エルフ)レフィーヤ・ウィリディス。後衛魔導士としてリヴェリアに師事している彼女は、疑問の表情を浮かべている少年に少々お姉さんぶって答える。彼らの前を歩いていたリヴェリアも『分からないことがあれば教えてやろう』と密かに歩く速度を緩めて彼らの声に耳を傾ける。

 

 ──が。

 

「"おねしょた"と"つんでれ"ってなに?」

 

「あ、ロキの? んー、聞いたことないなぁ」

 

「ぶふぅっ!」

 

 思っても無かった疑問にリヴェリアは激しく咽た。周囲では彼女を心配するような声が上がるが、気を取り直したリヴェリアは後ろを振り返ってからアクスとレフィーヤに『お前達にはまだ早い』と告げてからそそくさと歩いていく。

 ロキは帰ったら絶対しばく。彼女の心には絶対生きて帰るという意思が煌々と灯っていた。




ケーリュケイオンの一節:
 フェルズと同じ死者の蘇生させられる詠唱だが、全魔力という死者の蘇生にしてはデメリットが皆無な奇跡と違ってこちらは相応の対価が必要。

 その対価は神の恩恵という超常的な能力とこれまでの冒険の消去。神の恩恵はスキルや発展を含めたアビリティ、魔法という冒険者になってから取得した全ステータスが対象で、記憶は神の恩恵を刻まれる直前まで戻る。
 蘇生された元冒険者からすれば自分がいつの間にかかなり老けた状態で知らない仲間に囲まれているという形となり、頼んだ冒険者からすれば元冒険者が自分達を認識できなくて困惑するという形になる。
 当然ながら再び冒険者になるとレベルは上げ直しになるため、どこかの白兎のような促成栽培(地獄編)でもなければポンポン上がるはずもなく。自身がしていたらしい冒険を聞かされたうえで現実が受け入れられずに1人の元冒険者が自ら命を絶った。

 冒険者を殺し、その対価に人としての生を得る。これが祝福と捉えるか、絶望と捉えるかは──その人次第。

ちなみにアクスも精神力が枯渇して3日3晩寝込んだし、その魔力で気付く人(神)には凄まじいことをしたということぐらいは気付かれている。
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