ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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多分7話ぐらい(怪物祭直前)でいったん終了見込みです。
その後、時系列飛んで出汁事件でもやろうかなぁ…


4話:帰還

「撤退かぁ」

 

「こんなことはしょっちゅうだよ。けど、君のおかげで今回は上手くいったと僕は思ってる」

 

 握り拳を作りながらフィンが自信満々に言う。

 

 あの後、再び新種と思われるの大型モンスターと遭遇した【ロキ・ファミリア】は、フィンの指示で即座にキャンプを放棄して撤退の選択を取った。最初こそ、ここまでの苦労を水の泡にする指示にアクスは事態が分からなかったが、死にたくない一心で必死にリヴェリアの後を追うことで撤退する。

 後で話を聞くと、どうやら先程の芋虫が放ってくる腐食液によって武器を失ったらしい。『今度は鍛冶師を連れて行かないといけないなぁ』とフィンは苦笑いを浮かべながらアクスに話していた。

 【ロキ・ファミリア】はそのまま安全地帯である18階層まで駆け上がり、そこで遠征隊を2つに分ける。ここから先は狭い道幅でモンスターへの対処や行軍速度が落ちる可能性があるため、ここで別れて地上を目指そうというフィンの指示でそれぞれが手分けして荷物を分散し始める。

 団員のそれぞれが忙しく荷車の荷物を解いて別の荷車へと移し替えている最中、別派閥ということでダンジョン内では満足に治療できないと判断した怪我人たちを早々に見終わって暇を持て余していると、珍しくベートが話しかけてきた。

 

「おい」

 

「怪我でしょうか?」

 

「ちげぇーよ。おらっ」

 

 そう言って乱雑に投げられたのは長い筒状の容器。何が何だか分からなかったアクスがその容器を開けてみると、手触りの良い皮膜が顔を覗かせた。何かのドロップアイテムのようだ。

 ただ、ドロップアイテムになりながらも周囲を威圧するような力。何度か【ロキ・ファミリア】の手で納品されたこのドロップアイテムの名をアクスは知っている。

 カドモスの皮膜。【ディアンケヒト・ファミリア】から請け負った冒険者依頼(クエスト)である泉水を守る1戦級冒険者が束になってようやく狩れる文字通りの化け物。そのドロップアイテムに取り落しそうになるのを何とかキャッチしながらアクスは叫ぶ。

 

「なに持ってきてんですか! これ、【ロキ・ファミリア】の取得物でしょ!」

 

「あ? これは拾いもんだ。だよなぁ、フィン」

 

「そうだね。取得物になるけど僕たちは戦ってないからね」

 

「戦っていない?」

 

 ドロップアイテムがあるのに戦っていない。トンチのような話に疑問符を浮かべるアクスにフィンは事情を話し出す。

 冒険者依頼(クエスト)対象である泉水は1か所でとれる量が決まっているため、2つのパーティでそれぞれ採集するように話はついていた。ただ、フィンたちが泉水の最終地点に向かうと既にカドモスは灰になっており、その中にこの皮膜が残っていたのだそうだ。

 不思議に思ったが、目標である泉水は持って帰らないといけないので採集をしていると、壁際に潜んでいた例の芋虫に襲われたのが事のあらましである。

 

「売ることも考えたけど、流石に労せず手に入れたのはどうもね。だから、想像以上に頑張ってくれた君に譲ろうと思ってね」

 

「いやいやいや、800万ぐらいは出せるやつですよ。これ!」

 

「ピーピーうるせえな。俺たちがやるっつってんだから雑魚は大人しく受け取ってれば良いんだよ!」

 

 明らかに状態の良いドロップアイテムの末端価格を伝えるアクスにベートはさらに強く容器を押し付ける。その勢いで仰向けに転倒するアクスに彼は『次までにそのトロさを何とかしておけ』と言うと、不機嫌そうに去って行った。

 まさか高額商品をもらうとは思っていなかったアクスが容器を見ていると、先程彼が座っていた椅子にフィンが腰かけた。

 

「まぁ、彼も素直じゃないんだ。許して欲しい」

 

「いえ、ところで本当に僕がもらって良いんですか?」

 

 周囲に怪我人も居ないため、普通の口調で再び疑問を投げかけたアクスにフィンは当然とばかりに頷く。

 

 これはアクスの知らない【ロキ・ファミリア】の事情だが、今回の遠征にて18階層まで至る道程では多少の被害は出たが、アクスの治癒魔法によって物資の回復薬(ポーション)を使わずに突破することも確認している。

 加えて深層での戦闘中でも護衛有りの状態で繰り出される治癒魔法は、相手の隙を見つけて回復をしなければ命取りな前衛としては非常にありがたいことだ。

 最後に遠征開始からこの18階層に戻るまでに使用した回復薬(ポーション)は全体の半分。特に高価な万能薬(エリクサー)はほとんど使われていないため、新種かつ多大な被害をもたらしたモンスターから撤退したことを考えると破格の結果と言えよう。

 それらの多大な成果に、フィンは遠征失敗にも拘らずかなり機嫌が良かった。

 

「正直、君とアミッド。あとは【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師が付いて来てくれたら60階層以降も憂いなく探索できると思ってるよ」

 

「僕とお姉ちゃん、LV.2なんですが」

 

「そこら辺は【ロキ・ファミリア】がサポートする。……だから、説得を手伝ってくれないかな」

 

 おそらく主題はこれだろう。これ以上のダンジョン攻略は今の治療師(ヒーラー)の数では足りない。アクスを加えて安定感が増すことが分かったため、後は彼とアミッドが参加してくれれば盤石な布陣になり得るのだ。

 絶対に無理な贅沢を言うと【フレイヤ・ファミリア】の【女神の黄金】(ヴァナ・マルデル)ヘイズ・ベルベットが居ればオークに棍棒なのだが、それは叶わぬ願いゆえに置いておく。

 

 しかし、【ディアンケヒト・ファミリア】の団長であるアミッドを引っ張り出すのは容易ではない。各ファミリアの主神の威厳もあるし、主神同士の関係性も参加する名分も彼女を引っ張ってくるには理由が乏しいだろう。

 おそらく、次の遠征ではアクスの同行は充てにできない。【ヘファイストス・ファミリア】との打ち合わせで時間を取られるし、なにより連続の遠征に同行をあのアミッドが許すわけがない。それだけはフィンの冒険者としての勘が強く告げていた。

 なので、せめてアクスとアミッドが同時に遠征に参加できるように根回しぐらいはしておかねばならない。ダンジョンの危険性や怪我人の諸々を説明し、仕上げにアクスが援護射撃してくれればあのブラコ……もとい、アミッドのことだ。『それならば、致し方ありませんね』と折れてくれるに違いない。

 そう確信していたのだが──。

 

「嫌です。無理です。できません」

 

「アクス?」

 

「嫌です。無理です。できません!」

 

 まるで壊れた魔道具のように同じことを繰り返すアクス。善意が服着て歩いていると言われるぐらいの彼のまさかの拒否にフィンが狼狽えながら説得するが、焼け石に水であった。──キャンプの方から『そんな拒否じゃ神々は折れません!』というエルフの声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。

 

「ほ、ほら。僕たち同胞じゃないか。そこは……ね?」

 

「嫌です! 無理です! できません!」

 

「はぁ、分かった。説得は自分でやってみるよ。せめて、"お姉ちゃんお願い"と言うぐらい確約して欲しかったなぁ。……そんな目で見ないで欲しいな」

 

 フィン・ディムナ年齢40余り。渾身のぶりっ子を発動するが、同じパルゥムが相手では『うわ、キツ』以外何者でもない。まるで極寒世界を切り取ったかのような瞳にフィンはさらに凹むのであった。

 そんな中年の悲しき背中を無視することにしたアクスは、カドモスの皮膜が納められた容器をフィンにつき返す。

 

「では、これはお返しします。打算ありの物は余計に受け取れません」

 

「いや、それには及ばないよ。初めに言ったけど、今回の君の仕事を評価してのことだからね」

 

「でも、お姉ちゃんに渡して終わりそうで……」

 

 道理だ。いくら高級な素材であろうとも制作系のスキルがないアクスには豚に真珠だ。

 そのままアミッドに渡すことで【ディアンケヒト・ファミリア】の財政が潤うぐらいでしかないのであれば、少しでもアクスの身になる物を送る方が良い。そう思ったフィンは逆に何が欲しいかを聞く。

 まるで入れ込んだ推しにプレゼントを贈るような発言に若干引いたが、少し悩んだ末に彼は『魔導書(グリモア)かなぁ』と呟いた。

 

「2つ目の魔法でも欲しいのかい?」

 

「そこは決めてません。死蔵しても価値が没落しないので良いかなって」

 

 まるで黄金のような使い方にフィンは苦笑する。魔導書(グリモア)はとてつもなく高いが、その希少性と必ず魔法が発現する特性ゆえに価値は中々暴落しない。さらに、気が変われば自分で使って自身の力にすることも可能なため、フィンは首を縦に振った。

 

「なるほどね。だけど、魔導書(グリモア)はうちでも数冊しかない貴重な物だ。僕の一存では渡せない。1度、リヴェリアとガレスで話し合わせてくれ」

 

「いえ、流石にお高い物はちょっと……」

 

「いや、今回はそれだけ助かったんだ。それぐらいは通して見せるさ。それに、君にはもう少し成長してもらわないとアミッドが心配してくるだろ」

 

 せめて下層に行けるほどの実力者になってもらわねばそれを理由にアミッドが遠征を拒否してくるだろう。ギルドにも最高到達階層の更新をせっつかれているので、じっくり育てるという選択肢はフィンの中には無かった。

 ただ、魔導書ならば魔法という強い力を手っ取り早く取得できる。少なくとも自分が考えていた先ほどのカドモスの皮膜で防具を作って送るよりかは良い案だと逆にアクスを説得した。

 

「じゃあ、期待しないで待ってまーす」

 

「そこは期待して欲しいかなぁ」

 

 少なくとも【ロキ・ファミリア】が礼を送りたいというのだ。せめてその逆だろうと言いたかったが、その前にアクスはどこかへ行ってしまった。

 

 ──やれやれ、内にも外にも問題が山積みだ。

 

 そうフィンは内心を吐露した。

 

***

 

「よし、これからリヴェリアの隊はすぐに出発してくれ。そこから少しして僕たちが出発する」

 

「分かった。では、地上で会おう」

 

 そう言ってリヴェリアたちが先に17階層へと上がっていく。フィンやガレスが率いる隊は彼女たちが出発して数時間後ぐらいに出発し、アクス共々元来た道をひたすら歩いていた。

 だが、ここはダンジョン。中にはこんな実力者集団にも喧嘩を売る固体が存在している。ここ、【ロキ・ファミリア】では浅い階層での1級冒険者は基本的に戦闘に参加しないのが鉄則のため、その都度フィンは後ろに下がって成り行きを見る。

 特に危なげなく戦闘が展開され、当然勝利してさらに進む。そこからさらにモンスターが出現して──と繰り返していく内に徐々に軽微な被害が出始める。

 

「アクス。頼めるかい?」

 

「急ぎますか?」

 

「君の早く帰りたい度合いによるかな。ちなみに僕は早々にベッドに横になりたい」

 

 団員たちの言葉を代弁するかのようなフィンの言葉に小さな笑いが生じる。撤退を決めて既に6日。この分だと予備日を入れて1日そこらあれば十分に帰還できる。フィンが欲望を吐露した次にガレスが『酒が飲みたい』と自らの欲望を晒し、それぞれが思い思いの欲望を口から出し始める。

 

 そんな中、アクスの詠唱が洞穴の中に響く。淡々とした詠唱速度はいつものことだが、よく見れば片手で集まるように指示していないだろうか。

 

「お主、並行詠唱が使えたのか?」

 

「それは何でしょうか。以前、リヴェリア様から教わったことをずっとしてたらこうなりましたが」

 

 どうやら知識が無いらしい。魔導士が固定砲台から移動砲台になる極意である並行詠唱の『へ』の部分までは行っていないが、その歳で土台が築かれつつあることにフィンの中にあった野望がとぐろを巻き始める。

 

 彼がLV.2となって魔法が発現したのが1年前なので、本職の魔導士としては成長は遅い。だが、長い目で鍛えればきっと──新たな希望として。そこまで至ったフィンは首を激しく振って己を律した。

『これ』は自分がやるものだ。他の誰かに被せるような物ではない。その覚悟でわざわざロキに頼んでこんな二つ名をもらったのだろう。英雄譚にありがちな『甘い罠』にうっかり足を踏み入れてしまいそうになったが、その強靭な精神によってなんとか平静を装ったフィンは回復が終わり次第移動を再開させる。

 

 そうして17階層を超え、16階層に差し掛かると何者かが数人でこちらに手を振りながら大急ぎで向かって来る。よくよく見ればそれは数時間前に出発したリヴェリアの隊に編成された冒険者たちで、彼らの慌てようにフィンは危機が迫るとうずき出す親指が何の反応もないことに首を傾げる。

 

「どうした?」

 

「我々の隊が17階層でミノタウロスの群れと交戦。その結果、多くのミノタウロスが転身して16階より上へと逃走しました!」

 

「我々はリヴェリア様の命で団長への連絡役として残されました」

 

 団員たちからもたらされた報告にフィンは口元を覆う。

 ミノタウロスは筋肉質な巨大な身体に強靭な赤銅の皮を持つ牛と人間が組み合わさったようなモンスターだ。ギルドが定めている脅威度は最高の3つ星で、それが今の階層より上に逃げて行ったという事態に全員顔色を青くさせた。

 

 当たり前だが、ダンジョンには【ロキ・ファミリア】以外の冒険者が大勢探索している。極度の死にたがりや英雄願望持ちでなければそれぞれの実力に伴った階層で実力を磨いているはずだ。そこに中層最強のミノタウロスの群れは、冒険者たちにとって悪夢以外何者でもない。

 

 ただ、この推測はあくまで『序章』だ。上に向かったということは、中層より上の上層──初心者などが多く探索している階層へとミノタウロスが到達してしまう。そうなると上層でミノタウロスが出現というギルドの信用が崩される事態へと発展してしまい、さらに状況がややこしくなる可能性がある。

 他にも地上にモンスターが出てきてしまうという問題や死亡者が出た時の問題などはあるが、この騒動の元凶が【ロキ・ファミリア】の不始末だと明るみに出た場合、多大なペナルティと糾弾は受けることになるだろう。

 

「アクス、装備を全部預けてくれ。それからありったけの精神力回復薬(マジック・ポーション)を持って僕の背中に乗って欲しい。ガレス、後は頼んだ!」

 

「分かりました」

 

「まったく、面倒ばかり押し付けおってからに」

 

 言うが早いかアクスは荷車に装備している武器や防具を預けると、代わりに精神力回復薬(マジック・ポーション)を腰に巻き付けていたホルスターに詰めてフィンの背中に乗る。その瞬間、景色が飛ぶように後方へと流れていき、風を切り裂く音に混ざってフィンの大声がアクスの耳に届いた。

 

「アクス。時間が惜しいから負傷者を見つけ次第、魔法で回復してくれ」

 

「分かりました。さっきのことは他言無用ですよね?」

 

「話が早くて助かるよ。口止め料としてさっきの話も……と、噂をすれば」

 

 話をしている内にフィンは倒れているパーティを発見。彼らをすぐさま一か所に集めると、モンスターが近くで湧かないように壁に傷を軽くつけ始めた。

 その間にアクスは治癒魔法を行使。緑色の光がパーティを癒すと、すぐさまフィンの背中に乗って別の場所へと向かう。

 

「あれって……【勇者】(ブレイバー)?」

 

【小神父】(リトル・プリースト)も居たぞ? 18階層にでも往診してたのか?」

 

「でも、LV.6を護衛につけないだろ。普通」

 

 目を覚ました冒険者たちは姿すら見えなくなったフィンたちの不可解な行動に疑問を持つばかりであった。

 

***

 

「重ね重ね、本当に申し訳ない」

 

「いえいえ、皆さん無事でなによりかと」

 

 あの後、中層や上層をLV.6の俊敏さで駆け抜けたフィンはガレスと合流。無事に地上へと帰還したフィンたちは、既に夕方近いといった理由で魔石やドロップアイテムの換金は明日ということで一足早く地上へ戻ってきたリヴェリアたちと共に黄昏の館へと帰還し始める。

 道中、【ロキ・ファミリア】が遠征から帰還したということで見物人が多数見受けられるが、その中に【ディアンケヒト・ファミリア】の制服を着たパルゥムを見つけた人々は『なんで【ディアンケヒト・ファミリア】のやつが居るんだ?』と首を傾げていた。

 

「目立ってるねぇ」

 

「早く帰りたい」

 

 民衆がアクスのことをじろじろ見ている様子をニヤつきながら見ていたティオナだが、当の本人は精神疲弊(マインドダウン)スレスレなことに加えて地上に帰ってきた気の緩みで一気に疲れが噴き出たことで気付かない。

 一刻も早く帰りたそうな様子の彼に、ティオネが口を挟んできた。

 

「駄目よ、帰るまでが遠征。団長とロキから遠征終了の宣言があってから契約満了なんだから」

 

「あー、アミッドがガチガチに契約書いてたって団長が言ってたあれかぁ」

 

「お"姉ぢゃ"ぁ"ぁん」

 

 まさかここに来て姉に裏切られるとは思わなかったアクスはオラリオ内にも関わらず回復薬(ポーション)を口に含むのだった。

 

***

 

 一方その頃。【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院では。

 

コツコツ……

 

「あの、アミッド様」

 

コツコツ……

 

「どうしました? 急患ですか?」

 

コツコツ……

 

「いえ、机をずっと指先で叩いてらっしゃるので。アクス君を心配しているのは分かりますが、皆さんの目もありますし」

 

コツ……

 

「いえ、別に心配していませんが?」

 

 いつものように感情をどこかへ置いてきたかのようなアミッドが立ち上がって『在庫を見て来ます』と歩いていくが、その歩く姿はどこかぎこちなかった。

 そんな彼女の姿に治療院に居た全員は須らく『嘘だ』と言いそうになったが、彼女の名誉のために黙っていた。なにせこの症状はアクスが遠征に出発した『当日』から続いているため、今更指摘するのも馬鹿らしいと団員全員が思っていた。

 

 それに、既に【ロキ・ファミリア】が遠征から帰ってきたという噂がこちらまで届いている。この分だとあと数時間もすればあの末っ子が帰ってくるだろう。

 

コツコツ……

 

「団長」

 

「すみません」

 

 今度は踵で床を小さく踏み鳴らす音に団員が指摘する。今日も治療院は比較的平和に運営中である。

 

***

 

 場所を戻して黄昏の館。その執務室ではロキと『3首領』、それとアクスがソファに座っていた。フィンは自分とロキが押印した契約書を確認し、全ての契約事項が満了となったことを確認すると『アミッドへ』と言いながらそれをアクスに渡す。

 

「これで君は今回の遠征から完全に外れた。予想外の成果に僕も驚いてるよ、ご苦労様」

 

「ありがとうございました」

 

「いやー、遠征が赤字やないのなんて久々や。ほんま、アクス様々って感じやな」

 

「ロキ、アクスは他の派閥だぞ。無暗にうちの台所事情を話すな」

 

 1人だけ酒をかっ食らってへべれけ気味のロキが上機嫌に話す。他派閥の台所事情をペラペラ話す主神にリヴェリアが苦言を呈するが、胸中では彼女も同じことを思っていた。

 遠征というものは名声の代わりに膨大な金が消えていくため、たとえ回復薬(ポーション)だけであってもかなり温存して攻略出来たことは非常に喜ばしいことである。そうなると人間、神問わず功労者にはなにか贈るのも吝かではないとやや気が大きくなるわけで。さらに言えば主神が既に飲酒によって気が大きくなっているわけで──。

 

「頑張ってくれた子にはご褒美あげなあかんな。なにが良ぇ? 言うてみ?」

 

「たしか、フィンの話では拾ってきたカドモスの皮膜は使う当てがないから、魔導書(グリモア)が欲しいと言っておったな」

 

魔導書(グリモア)かぁー。たしか、うちにも何冊かあったなぁ」

 

 そう言ってソファから立ち上がったロキが奥の方で騒々しい音や『これ何時のんや!』といった声を上げ、少しした後に一抱えほどある巨大な本を持ってきた。

 魔導書(グリモア)。その値段は1冊につき最低でも数千万ヴァリス。そんな本がロキの手で長机に乗せられるが、アクスはひたすらに肩を震わせていた。

 

「どしたん?」

 

「いえ、本当にこんな大層な物を頂いて良いのかと」

 

 最初のカドモスの皮膜と比べると2倍するようなお高い品物。それをボーナスとして受け取るのは流石に不適切なのではないかと子供ながらに思ったアクスは拒否を示す。

 そんなアクスの反応にフィンは『遠慮するな』と魔導書(グリモア)の1冊の所有権をアクスへ委譲する証明証を2枚書き、1枚をアクスに手渡してから彼をさっさと帰らせる。有無を言わせないほどの早業に門の外で数分ほどポカンとしていたアクスだが、夜は色々怖いのでさっさと家路に急いだ。

 

「なんじゃ。理由を言わんでも良かったのか?」

 

「18階層で彼にも言ったんだけどね。アクスには力を付けてもらわないといけないと思う」

 

 アクスの後姿を遠目で見ながらフィンはワインが入ったグラスを揺らす。その胸中には18階層で彼に言わなかった理由が渦巻いていた。

 今のオラリオでは高レベルの者は須らく戦闘系だ。仮に現状で黒龍を討伐することになった場合、回復の手が間に合わずにすりつぶされるだけだろう。

 そのためには高レベルかつ治療師(ヒーラー)の育成が必要不可欠だ。【ロキ・ファミリア】ではリーネなど数人が候補に当たるが、やはり戦闘系に比べると数が圧倒的に少ない。

 そうなると他所へ協力を要請し、引っ張ってくるのが1番手っ取り早い。

 長年の宿敵である【フレイヤ・ファミリア】以外──それも【ロキ・ファミリア】が外交でなんとか動かすことが出来るアクスを手助けするのが何周も回って自分たちを助けることになるとフィンは考えていた。

 

「本当なら、あの場で勧誘したかったんだけどね。同じパルゥムだし、色々教えてあげられたんだけどなぁ」

 

「それは無理やって。ディアンケヒトに睨まれるし、あのアミッドが許さへんやろ」

 

「そうだな。最悪、あちらのファミリアが全員押しかけて来るぞ」

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】にとってアクスは家族であり、年齢が1番低い末っ子だ。そんな彼を本人が了承してても【ロキ・ファミリア】に移籍させればどうなるか。考えてみただけでも恐ろしいとリヴェリアは身を震わせる。

 『よっしゃ、話も終わったしアイズたんたちの柔肌拝んでくるわ』と部屋を飛び出したロキを見送ったフィンは静かにワインに口を付ける。

 

 ──あぁ、やはり『惜しい』な。

 

 心の奥にはペシャンコに潰したはずの人工の英雄には烏滸がましい情景が元に戻りつつあった。

 

***

 

 思ってもみない再開を果たしたアクスはようやく治療院の裏口を開く。すでに閉店し、人気がないはずのカウンターにポツリと影が1つあることに彼は気づいた。

 物取りの類と思ったが小さく全体を上下しているだけで目立った動きはなく、それでも不審者を警戒してアクスはゆっくりとした足取りで近づく。

 

 1歩。小柄、恐らく女性。

 

 さらに1歩。動く気配なし。おそらく眠っている。

 

 最後の1歩。ここで人影の正体が判明する。

 

「お姉ちゃん」

 

 自分の腕を枕にしながら静かに寝息を立てるアミッドにアクスは心底安堵したような息を吐く。近くに皿が綺麗に重ねられていることから、おそらく治療院が終わってずっと待っていたのだろう。

 そんな彼女の顔を見たアクスは、地上に出てからボヤいていた疲労感に襲われる。思えば黄昏の館で小難しい話を聞いてから今まで気を張っていたことをようやく思い出した彼は、そっとアミッドの隣に椅子を置いて座り出した。

 

「ただいま」

 

 久方ぶりの家族の再会。その幸福感に包まれながらアクスは眠りへと落ちて行った。




真っ当に育ったパルゥムで治癒魔法持ち。聖女と同じような性格。そりゃそうなるよねというお話。

ミノタウロスですが、追って来るモンスターを他者に擦り付ける怪物進呈の亜種でしょ、あれ。というのが自分の感想なので、アクスに喋らせて動かしました。

とりあえずアクスに対してロキ・ファミリアの印象
 ロキ:様付けしてくれる良ぇ子やで
 フィン:勇者…いや、傍に控えるサポート役かな。どちらにしてもツバをつけとこう。
 ガレス:往診してくれるのは良いが、ドワーフに酒を飲むなとは如何なものか
 リヴェリア:あいつを見た後にフィンを見ると同じ種族かと疑問を持ってしまう
 
 アイズ:白っぽさが足りない
 レフィーヤ:エルフのことをよく分かっている良い子
 ベート:回復だけで満足すんな雑魚
 ティオネ:団長と似てるったやつ出てこい。団長はアクスよりも(以下略)
 ティオナ:回復って有難いよね-

 第2軍:いつもお世話になってまーす!

番外
 某A神:アクスきゅん!アクスきゅん!アクスきゅん!アクスぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!! あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!アクスアクスアクスぅううぁわぁああああ!!! あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん んはぁっ!アクス・フローレンスきゅんのくすんだ白っぽい髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!! 間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!! 真剣に診察してくれるアクスきゅんかわいかったよぅ!!(以下略)
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