ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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5話:戻ってきた日常

 朝。いつものように業務をこなしていたアクスやアミッドの元にアイズたちが訪ねてくる。

 

「いらっしゃいませ、【ロキ・ファミリア】の皆様」

 

「アミッド。ほっぺどうしたの?」

 

「……いえ、別に何も」

 

 アイズは出迎えてくれたアミッドの頬が片方だけ若干赤みを帯びていることを指摘するが、いつの間にか帰ってきたアクスと朝までカウンターに突っ伏して眠りこけてしまった。などとは言い辛かった彼女は赤みを帯びた部分を隠すように横を向く。

 

「やっほー、アクス。昨日ぶりー! あれ、アクスもほっぺ赤いね。どったの?」

 

「ティオナ様、ようこそいらっしゃいました。ティオネ様もアイズ様もレフィーヤ様もようこそ治療院へ」

 

「うぇっ!? へ? へぇ?」

 

 ティオナの言葉が聞こえなかった振りをし、両手を前に置いて優雅に礼をするアクス。そんなギルドの職員顔負けレベルの丁寧な彼の対応にあまり治療院に来る用事が無かったレフィーヤは途端に慌て出す。

 エルフは親しい人以外の肌の接触を極端に嫌うものの、1人の人間である。同じ釜の飯を食い、数日とはいえ生死の垣根が低いダンジョンの中で一緒に過ごせば少しは親しくなるのは当然だ。

 そこに初対面かのような話し方をされるのは、齢15のエルフとしては心に来るものがあったらしい。『助けてくれたこと忘れちゃったんですかー!』と泣きながらカウンターに齧りつくという修羅場真っ最中と思わせる現場にエントランス内は騒然となる。

 

 ここでアクスも気を利かせて普段通りの話し方をすれば彼女の心はまだ平穏に保たれていたはずだ。ただ、このパルゥム。『覚えていますよ、レフィーヤ様。それで今回はどのような目的でご来店いただけたのでしょうか?』と営業感マシマシな接客をすることで彼女のメンタルに大打撃を与えてしまった。

 

「落ち着きなさい、レフィーヤ。遠征中でも見たでしょ、この子は仕事中はこうなっちゃうのよ。となりの聖女様のせいでね」

 

「ティオネ様、風評被害はおやめください。アクスは気づけばこうなったのです。私のせいではありません……多分」

 

「うん、アミッド。そこは断言して欲しかったわ」

 

「僕たちもこの場で騒がれるのは本意ではないのですが……」

 

「アクスはそろそろ黙っておいた方が良いよー。ティオネがすっごい顔で睨んでるから」

 

 かなり自信なさげな単語と聞き捨てならない言葉が聞こえたが、ティオネは気を取り直して本来の目的である冒険者依頼(クエスト)の確認に入る。カウンターの中にある器具で品質や採集された量の確認を行ったアミッドはアクスに向かって頷くと、彼はクリスタルケースを裏から運んでくる。

 

「泉水の品質、量。すべて冒険者依頼(クエスト)通りです。依頼の遂行、ありがとうございました。ファミリアを代表してお礼申し上げます」

 

「つきましては、こちらが報酬となります。ご確認ください」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 アクスからレフィーヤの手に渡ったのは20本の万能薬(エリクサー)。しかも、【ディアンケヒト・ファミリア】が販売する物の中で最高品質のそれらは単価が50万ヴァリスという超高額商品だ。

 それらをポンと渡す【ディアンケヒト・ファミリア】もそうだが、平然としながらドロップアイテムの換金を行おうとするティオナの姿にレフィーヤは改めて【ロキ・ファミリア】の大きさを実感するのであった。

 

「マーメイドの生き血にポイズン・ウェルミスの体液。ユニコーンの角まで……どれも貴重な品ばかりですね」

 

「あら、アミッド。それらはあくまで前座よ。本命がこれ」

 

 やや乱暴にドロップアイテムを脇に退けたティオネが長筒状の容器を2本取り出す。その容器の中身を知っていたアクスは『あっ』と声を漏らすが、ティオネはまるで悪戯を思い浮かべた少女のように片眼を閉じて合図する。

 その一方でアミッドはというと、2本とも中身がカドモスの皮膜であることに驚きを隠せなかった。防具の素材としては1級品だが、アミッドの手にかかれば効果が高い回復アイテムの1つや2つ簡単に作れるほどのこの素材はカドモスの攻略難度や生息階層の深さという点で中々市場に出回らない希少素材である。

 

「品質も最上級……冒険者依頼(クエスト)の際に出くわしたのですか?」

 

「えぇ、そうよ。持って帰って来るのにかなり苦労したんだから」

 

 自慢げに言うティオネの話を横で聞いていたレフィーヤは若干引いていた。何を隠そう、ティオネの方も謎の芋虫が既にカドモスを倒した後で、ティオネはちゃっかりドロップアイテムを持ってきたのだ。

 つまり、フィンの言う所の何の労もせずに手に入ったアイテムである。平然とそれを売ろうとするティオネから発せられる『団長(フィン)命』という圧にアクスは戦慄していると、検品を終えたアミッドは1枚当たりの値段を700万ヴァリスと交渉してきた。

 

 だが、ティオネは1500万ヴァリスと相場よりも高い要求をし出した。そこからはまるでオークションのように値段差が縮まり、1枚1200万ヴァリスとなったところでティオネはふっと笑う。

 

「なーんてね、800で良いわよ。そもそも、これはモンスターが倒した物を拾ってきた物なんだし」

 

「よろしいのですか?」

 

「あら、アクスから聞いてなかった? 本当はこの中の1枚は本来、この子がもらうはずだったの。だけど、事情が変わってね」

 

「あぁ、"本"ですか」

 

「そっ。それに今回の遠征では回復アイテムの消耗があんまりなかったって団長が言ってたし、100万は私たちの手間賃ってことで1600万でどう?」

 

 起きた時にアクスから少々事情を聞いた程度しか知らなかったアミッドだが、ティオナの話を総合すると今回の遠征は上手くいったからこちらに利がある取引を持ち掛けてくれていることが分かった。

 ただ、友達とはいえそんな関係は育みたくないと思っていた彼女はせめて、個人で所有する分の回復薬(ポーション)の値引きなどを提案しようとすると──。

 

「話は変わるんだけど、次の遠征にもアクスって「駄目です」」

 

 言い切る前に切って落とされる。フィンからの指示には無かった行動にティオナとレフィーヤは困惑しながらティオネを止めるが、彼女のフィンに対する思考回路は冴えに冴えわたっていた。

 遠征の帰り、彼は幾度となくアクスの有用性や次の遠征のことをリヴェリアたちと話していた。それを影ながら聞いていたティオネの思考はアクスを遠征に連れて行くことを確約させることが出来ればフィンが喜び、自分が褒められる。そこからなんやかんやあって希望の未来へレディーGOな確定演出に入るのだ。

 

 なんやかんやは深く考えてはいけない。乙女の思考回路は何時ショートしてもおかしくないほど複雑に絡み合い、山よりも天候が変わりやすいのだ。

 迂闊に枝を突くと──『怒蛇(ヨルムガンド)』が出てくること請け合いだ。

 

「1300万」

 

「1900万払いましょう」

 

「1400万! ヘファイストスファミリアの上級鍛冶師(ハイスミス)も連れて行くから、安全度は格段に上がるはずよ」

 

「1800万。ダンジョンに絶対はありません」

 

 今度は攻防がすっかり逆になる。なんだかおかしな展開にレフィーヤがハラハラし出すが、ティオネは一旦落ち着くために長く息を吐き出す。

 

「分かった。1500で次回の遠征が終わった次の準備。その時に改めて答えを聞く。これならどう?」

 

「本来ならばお断りするところですが……。アクス次第ということで前向きに善処させていただきます。あんまり私が色々言うと、この子に嫌われてしまうかもしれませんので」

 

 そう言って無表情ながらもアクスの頭を撫でるアミッド。その手を払いのけることもなく大人しく撫でられる彼に、『それは絶対ないんじゃない?』と思ったのはティオネだけではなかった。

 ただ、そんな2人の様子を見ていたティオナが遠征に出発する折にアミッドがアクスに持たせていた高等回復薬(ハイ・ポーション)のことを思い出して口を開く。

 

「そういえばさー、アミッドがアクスに渡した高等回復薬(ハイ・ポーション)なんだけど変な匂いしたよ?」

 

「っ!? 飲んだのですか!」

 

「いいや、かけただけ。何? もしかして変なもの混ぜてたの?」

 

 ジト目で睨んでくるティオナにアミッドはアクスに渡した高等回復薬(ハイ・ポーション)は特殊な材料と特殊な精製法で作った通常よりも回復量が高い特別品であることを説明する。ただ、この特別品は本当に特殊な材料が必要なため、そう簡単に量産が出来ないことを話すと横からティオネが納得したかのように口を挟んできた。

 

「なるほどねー。弟が心配だからお姉ちゃんからの気持ちってわけか。ごめんね、うちのバカに使わせちゃって」

 

「いえ、傷が癒えればそれで」

 

「そうは言ってもねぇ……」

 

 口ではそう言うが、アクスの頭に置いていた手をいつの間にか頬にやって強く抓っているアミッドの姿に全員何も言えなくなった。最終的には中小ファミリアならば半年は遊んで暮らせるほどの金を詰め込んだティオネたちは、アクスに本日の打ち上げの場所と時間を伝えて去っていく。他派閥ということで辞退しようとするが、『遠征の仲間だから拒否権は無い』ということで無理やり言質を取られた。

 そのまま昼まで接客を続け、休憩に入るや否やアミッドと団員たちはアクスに詰め寄ってくる。その目的は当然、先程ティオネが話した打ち上げのことである。

 

「お酒は?」

 

「飲まない」

 

「歓楽街には?」

 

「近づかない」

 

「朝帰りは?」

 

「しない」

 

「おー、アクス。女の子に粉は?」

 

「かけるつもりないけど。ケビンさん、後ろ……」

 

 往診に行くかのごとき確認の数々を経てアクスは打ち上げの許可をもらう。やや保護者面が強いが、アクスもアクスで昔は黙ってどこかへ行くことがあったので団員たちも次々と彼に打ち上げの許可を出していく。

 だが、打ち上げの会場である豊穣の女主人という酒場に今から行っても手持ち無沙汰になるので、アクスは打ち上げ用の薬をいくつか持ちだして往診に行くことにした。

 

 ただ、何事も思った以上に仕事がスムーズに終わり、後は自由時間という神曰く『勝ち確』のときは往々にある。それが寄りにもよって今日であった。

 

「あの……」

 

「どうしたのー?」

 

「さっき客って言ったよ?」

 

 豊穣の女主人。質も量とお値段が上等な人気の酒場である。様々な種族の看板娘が絶品な酒と料理を提供してくれるこの店は、店長含めてとても強い。文字通りボコボコにされて身ぐるみ剥がされる思いをしたくなければ、大人しく酒と料理を楽しんで帰るのが推奨される。

 そもそも他の酒場でも暴れるな? レベルに対して民度がピンからキリまで存在し、たまに色々拗らせている冒険者にそれを言うのは酷なことだろう。

 

 そんな豊穣の女主人で机を拭きながら客といったにも拘らず開店準備をしているという疑問を持ったアクスに床の清掃を行っていたヒューマンの女性、シル・フローヴァが答えた。

 といっても『なんでかなー?』と他人事のような答えであったが、彼は知っている。何を隠そう、このそこら辺の町娘こそが時間が余って店の前で待っていたアクスを開店準備に誘い込んだのは彼女なのだから。

 どの口が言っているのだろうと言えば、『この口です』とチロリと舌を出しながらあざといことをしてきそう。否、既に何回かやられてるので容易に想像できるシルの無敵具合に机を拭く作業に従事していると、薄緑色のショートボブをしたエルフが申し訳なさそうに話しかけてくる。

 

「すみません、フローレンスさん。アーニャたちが逃げてしまい、開店準備が間に合わないのです。予約席の準備もしなければならないのに……」

 

「それはシルさんが言っていたから……。ただ、これが出るのかなって」

 

 そう言いながら親指と中指で輪を作る。昔にヘルメスから習ったお金を表すハンドサインだ。

 アミッドからは『治療院の中で2度と使わないでください』とキレられ、3日ほど口を聞いてくれなかったほどの禁じ手なのだが、ここは豊穣の女主人なので問題はないだろう。現に目の前のエルフの女性──リュー・リオンは『あぁ、賃金のことですか』とすぐに分かってくれた。

 

「すみません、聞いてきます」

 

「これはいつものように現物支給の流れ……」

 

「大丈夫です。毎日夜遅くまで無給で色々頑張ってくれている冒険者様たちを私、知ってますから!」

 

 花が咲いたような笑みでえげつないことを言うシル。もしかしたら医療院の話をしているのかと思ったが、町娘である彼女は医療院にはあまり立ち寄らない。そうなるとそこは労働環境を改善しなきゃいけないぐらい悪いのではなかろうかとアクスは思うが、医療院も似たような物なので黙っておくことにした。

 そんなことをやっていると、厨房の奥から縦に長いドワーフの女性が歩いてくる。彼女は『うちの娘がすまないねぇ』と言っては来るが、表情が微塵も済まなさそうに見えないのはアクスの錯覚ではないだろう。

 

「タダ働きはさせないよ。ただ、うちも厳しくてねぇ。美味い料理を腹一杯食わせてやるから、それで頼むよ」

 

「あ、はい。知ってました」

 

「なら聞くんじゃないよ。そっちは良いから次はこっちを手伝いな!」

 

 彼女──ミア・グランドの圧倒的圧が込められた説得。むしろ脅迫といった方が清々しいぐらいのそれにアクスは屈した。……だって、怖いし。

 そんな彼にミアは契約成立とばかりにアクスに厨房の手伝いをするように檄を飛ばす。どうやら【ロキ・ファミリア】が来るまで限界まで働かせるつもりらしい。

 こんなことなら一旦帰って働きながら時間を潰した方が良かったのではないか。そんな考えを頭の中で回しながら彼は野菜の皮を剥き続けた。

 

「ハッ! あのまま店に居続けていれば幸せな展開になっていた気がするニャ!」

 

「なーに言ってるニャ。働き過ぎで頭まで悪くなったんじゃみゃーか?」

 

 その同じタイミングで見事サボることに成功した猫人(キャットピープル)の内1人、クロエ・ロロが天啓を得たように叫んだ。ただ、その叫びの理由がとてつもなく曖昧で自分に不都合な前提条件だったため、同僚のアーニャ・フローメルに頭の心配をされる。

 彼女はその予感が真実だということに気付き、床に打ちひしがれて絶望するまであと数時間。

 

***

 

 喧噪──怒号──そして破壊音と悲鳴。豊穣の女主人は今日も平常運行である。食堂部分では統一性のある服に身を包んだ様々な女性が踊るように注文や配膳を行い、厨房ではこの店の大黒柱であるミアを筆頭に料理人たちが真剣に調理器具を振るう。

 そんな戦場のような忙しさの中、【ディアンケヒト・ファミリア】の制服という目立つことこの上ない存在の者が鍋を振っている。アクスだ。

 

「アクスーッ! ステーキ上がったかい!?」

 

「今、出まーす! 次はサラダですか?」

 

「その前に香草焼きに手が回ってないんだ。先に作っとくれ」

 

 まるで長年そこで働いているかのように次々と料理を作っては出していくアクス。ただ、これは決して間違いではない。

 

 冒険者は水物である。オラリオの一般人と比べて死傷率が段違いな冒険者は、ほんの少しの事故でドロップアウトしてしまう。【ディアンケヒト・ファミリア】で多く働いている治療師(ヒーラー)薬師(ハーバリスト)たちも探索系ファミリアの冒険者よりもマシだが、たまに行くダンジョンでそうなる可能性も大いにある。

 仮にそうなった場合、せめて食いっぱぐれないように働いてみませんか? ……というのがシルの言葉である。一気に胡散臭くなったのは言うまでもない。

 

 ただ、昔に冒険者をしていたと言っていたミアや諸々の給仕からも同じような説明は受けている。冒険者になるにせよ、ならないにせよ、せめて給仕や料理を経験しておけば今すぐ放り出されてもオラリオでは生きて行けるはず。アクスもその言葉に納得して今まで手伝っていたが、そろそろ現物支給は止めて欲しいというのは決して我儘ではないだろう。

 

 そうして香しい香りを放った鶏肉を大皿に乗せて大きなたん瘤を頭にくっ付けたアーニャに渡した時、聞き馴染みのある声が乾杯の音頭を取っていた。

 

「アクスは居らんけど、今日は宴や! 飲めぇぇ!!」

 

『かんぱぁぁい!』

 

 いつの間にか始まった【ロキ・ファミリア】の宴会。気づけば既に日が沈んでおり、約束の時間も過ぎていることをアクスは悟る。

 わざわざ誘われたにも拘らず、指定した頃に現れないアクス。既に往診に出かけていると証言するであろうアミッド。そして変神(アポロン)の存在。点と点が全て繋がったような衝撃をアクスは受ける。

 これはもしかしなくてもマズイのではなかろうか。そう思って厨房を出ようとしたその時──。

 

「アクスさん、このパスタをミアお母さんと話している冒険者さんにお願い」

 

「あ、はい」

 

 労働からは簡単に逃げることは厳しい。また1つアクスは賢くなった。

 ただ、一応これは仕事なので治療院でやっているように背筋をピシッと背を正したアクスは山盛りのパスタを持ちながらミアとシルが話している冒険者に近づく。

 

「お待たせしました、パスタです。どうぞごゆっくりお過ごしください」

 

「あ、ありがとうございます。……あれ、君は」

 

「あ、以前のお兄さん。勤め先は大丈夫そうです?」

 

 パスタを受け取った相手。それは以前に行き倒れていた少年だった。ベル・クラネルと名乗った彼は、あの後ヘスティアという神に拾われて1からファミリアを結成したそうだ。

 ただ、1からファミリアを作ることの意味を全然知らなさそうな彼にアクスは少々同情する。1からファミリアを立ち上げる場合、当然だが今までの眷属の血や涙で書かれた手引書(セオリー)が全くない状況から始まる。そうなると主神の交友関係や仲の良くなった他派閥の人間を頼って教えを乞うなど難易度が高い手段しか取れなくなるため、物語でいう英雄でもなければ1代で大成することは厳しいからだ。

 数々の苦難に直面することが確定している彼に、アクスはただ『色々ありますが頑張ってください』と【ディアンケヒト・ファミリア】の制服の裏に縫い付けていた試供品の回復薬(ポーション)を差し出すぐらいしか出来なかった。

 

「冒険者になったお祝いにどうぞ。何か困ったことがあれば【ディアンケヒト・ファミリア】まで来てください。ミアさん、【ロキ・ファミリア】の方が既に集まっているので行って良いですか?」

 

「すまないね、手伝わせて。また頼むよ」

 

 何やら後ろでベルが『ディアンケヒトって悪徳ファミリアのぉ!?』と言っているが、主神のがめつさ的に考えればぐぅの音も出ない正論なのでアクスは無視をした。ディアンケヒトが『貧乏人』と誹る【ミアハ・ファミリア】の主神のように所かまわず回復薬(ポーション)を渡すのは止めて欲しいが、今の腕力で叩けばあの業突く張りの爺様ももうちょっとまともな性格になるのではないか。そう思いながらもフィンに近づいたアクスは初手謝罪から入った。

 

「ごめんなさい、ここで開店準備とか調理してて遅れました」

 

「あー、ミアがアクスを呼んだように聞こえたのは気のせいじゃなかったか」

 

「でも、心配したんだからね。【アポロン・ファミリア】にでも攫われたんじゃないかって」

 

 ティオネの発言に周囲の者たちが一様に頷く。今日も往診に行ってきたのでそこまで心配されることはないと思ったアクスだが、知られたら知られたで『このお子様は』と呆れられるだけだと学んだ彼は薄ら笑いを浮かべるだけで席に座る。

 遠征のことを思い出しながらの食事は中々楽しいが、ほとんどは酒を摂取しているのでアクスは若干肩身が狭かった。必然的にリヴェリアの隣となった彼に、彼女は『そういえば』と問いかける。

 

「アクス。フィンやガレスから聞いたが、お前は並行詠唱が使えるようだな」

 

「フィンさんにも言ったけど、名前知らない感じです。リヴェリアさんがこれやった方が良いって言ってたのをずっとやってたら、最近ちょっと動きながらって感じで」

 

「あぁ、そういえばちゃんと教えてなかったか。良いだろう、少々講義してやる」

 

 レフィーヤなどの魔導士から『マジか、こいつ』という視線が刺さる中、リヴァリアによる並行詠唱の講義が始められる。

 

 並行詠唱とは早い話、魔導士が行動しながら同時に魔法を詠唱することだ。ただ、言うはやすし行うは難しという言葉通りで実施するのは容易くはない。

 魔法を行使する上で魔力を練るという行動をしなければならないため、魔導士は極力その場で詠唱をしなければならないのが常識だ。その常識を技術によって破壊するのは相当難しく、火薬が満載の大樽を持ち上げて火の海を突っ切るぐらい難しいとリヴェリアは言う。

 つまるところ、『これが出来たら魔導士としては1目も2目も置かれる重要かつ研鑽が必要な技術』というわけだ。

 

「確か1年前のことだったな。今までずっと続けていたのか?」

 

「往診で魔法を使う機会が多かったか」

 

「そうか。たしかに治癒魔法ならば魔力の暴走にさえ気を付ければダンジョンの外でも練習できるな。詠唱しながら移動が出来る治療師(ヒーラー)は貴重だ。このまま励め」

 

「あ、アクス君! コツについて少々お聞きしたいことが!」

 

 隣でレフィーヤと並行詠唱について話すアクス。年齢が近い者同士は成長の助けになると微笑んだリヴェリアであったが、奥の席で騒ぐベートの話に眉を顰めた。

 

「トマト野郎がよぉ~!」

 

 どうやら逃したミノタウロスの話をしているらしい。周囲がベートの話を肴に酒を飲みながら笑っているが、リヴェリアにはその話が笑い話には聞こえずに不快感を徐々に募らせている。

 すると、彼女の服の袖をアクスが遠慮がちに引く。気づいたリヴェリアが『どうした?』と尋ねると、顔を青白くした彼がひたすら『マズいです』と連呼していた。

 

「料理がか? 嫌いな物でも食べたか?」

 

「確かミノタウロスを上にやったのってギルドはまだ犯人分かってませんよね? ベートさんのあれって僕たちがやったって言ってるようなものじゃ」

 

 アクスの発言にリヴェリアも表情がさっと青くなった。対面のガレスが『もう酔ったのか?』と問うが、それに答えている暇はない。すぐさまベートに対して『口を閉じろ』と非難の声を上げるが、すでに出来上がった状態のベートは聞く耳を持たない。

 しまいにはアイズに対して『ツガイにするならどうする』といったダル絡みをしているため、もはやこれまでとばかりにリヴェリアは椅子に座り直してため息をつく。

 

「あの……。お疲れ様です」

 

「すまない、本当にどうすれば……」

 

 どうしようもないといった空気を醸し出しながらリヴェリアは空になったグラスにワインを継いでくれていたアクスに助力を求める。

 ただ、アクスも12歳の子供なのでアミッドや団員たちが昔に言っていた『悪いことをしたら謝りなさい』といった教育しか知らない。それでも今回はフィンと中層、上層に居る冒険者たちに治癒魔法をかけてはどこかに行くという動きをしていたので事情と対策を話せばギルドも強く入って来ないのではなかろうか。

 そのことを話すと、リヴェリアも同じような考えのようで『それしかないか』とワインを煽る。腹いせにアイズから振られたベートを『無様』と嘲笑するが、これに至ってはリヴェリアは一切悪くないだろう。

 

「すみません、アクス君。ちょっと冒険者依頼(クエスト)をお願いしても良いですか?」

 

「なんですか、いきなり」

 

 そうしていると、突然シルがアクスに声をかけてくる。突然すぎる冒険者依頼(クエスト)に訳が分からなかったが、どうやらベルが無銭飲食したのだとか。

 最初聞いた時のアクスの感想は『無知って悪いことなんだな』という達観だった。普段のミアの戦闘力を知ればどう考えても無銭飲食なぞしない。

 

 ──閑話休題(だっせんした)

 

 とにかくすぐさま彼を確保しないと命はないだろうということだけは分かったので、アクスは中座とその理由をロキたちに伝えようとベートを縄で縛っていたロキに近づいた。

 

「ロキ様ー。無銭飲食者捕まえてくれって言われたから中座します。ご馳走様でした」

 

「おー、アクス。また難儀な仕事受けたなー。わかった、お疲れさん」

 

「アクス。それならダンジョンに潜ったかもしれない。冒険者ならばオラリオよりもダンジョンの方が追手が少ないからね。一応、これを渡しておくよ」

 

 そう言ってフィンは傍らに置いていた槍をアクスに渡してくる。宴会なのにそんな物を持ってくる理由が分からなかったが、彼曰く『最大派閥は敵が多い』そうだ。

 ただ、この場合は非常に助かる。素直に槍を借り受けたアクスは、シルの言う通りの方向へ走って行った。




アクスの詠唱技術について
 並行詠唱:ハンドサインをしながらの詠唱は出来る。
      回避、防御といった戦闘しながらは要練習

 高速詠唱:魔法を行使するための精神力や魔力の操作は十分だが、早口言葉が絶望的に出来ないので要練習
      例:赤巻紙青巻紙黄巻紙
        あかミ"ッ(ガリィッ
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