ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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1週間経たずでかなりの高評価…。僕のデータにないぞ!
という冗談は置いといて、ありがとうございます。

感想は暇な時間に目を通して返信させてもらっていますので、今後ともよろしくお願いします。
まぁ、今週中には一旦毎日投稿は終わりますが…


6話:朝帰り

 槍という武器の最大の利点は間合いだ。その間合いは上層に居るゴブリンやコボルトといった小型モンスターの棍棒や爪より長く、比較的安全に倒すことが出来る。

 さらにランクアップという冒険者としての器の昇華が行われた者がその槍を振るえば、上層という冒険者になりたての者が探索する階層で出現する敵に対してよほどのことが無い限り致命傷を負うことはない。

 ここからさらに下層や深層で取得する素材や製作金を惜しげもなく使われたフィンの槍など要素は多々あるが、端的に言えばアクスは片手間で道行くモンスターをベチコーン、キャンといわしながら上層の通路を歩いていた。

 

 あの後、大通りを走りながら道行く酔っ払いや帰り際の冒険者に話を聞くと、どうやらフィンの見立て通りベルはダンジョンに向かったようだ。

 夜のダンジョンは特段モンスターが凶暴化することはないが、人気が極端に減ることで事件に巻き込まれやすいといったモンスター以外の危険が付きまとう。そのため、朝から向かう場合よりも『自己責任』が求められる時間帯である。

 無銭飲食した挙句、ダンジョンで死亡していました──なんてことになっていれば、恐らくシルの心に大きな傷が出来るし、無銭飲食した本当の理由を知った【ロキ・ファミリア】の面々も後味が悪いだろう。

 

「お酒って怖いなぁ」

 

 コボルトを槍で突いたアクスは出てきた魔石を拾いつつ、ベートが口を滑らせた要因である酒について思いを馳せる。

 

 アクスが酒と聞いて1番最初に思い浮かぶのは、何を隠そうアミッドだ。いつもは清廉な彼女だが、極々たまに……主に日ごろディアンケヒトの無茶ぶりや押し付けられる仕事に耐えられなくなった時に飲酒する。

 その時は団員たちには部屋に来ないように厳命し、『深酒して醜態を晒さないように』とアクスを見張りに置くのだが、彼は一切見張りとしては役に立たない。

 まるで【フレイヤ・ファミリア】の【黒妖の魔剣】(ダインスレイヴ)のように『理不尽を打ち砕くため、今こそ始まるこの世界への反逆ー!』などといったことを並べながらアクスに延々と愚痴を吐き、朝になると『もう駄目、消えたい……』、『またアクスの前で……お姉ちゃんとして失格なことを……』とブツブツ言ってギリギリになるまでベッドから出てこない。団員たちも彼女の心労のことは当然知っているため、部屋の様子と後片付けをしているアクスの姿を見ては『今回も駄目だったか』とすっかり諦めているようだ。

 

「あんなになるんだったら飲まなきゃ良いのに」

 

 まるで情緒が全くない機械が宣うような回答を独り言ちながらダンジョンの広い部分を探すが、全然ベルは出てこない。これはもっと深い階層に居るのではないかと考えたアクスは思い切って6階層まで向かうことにした。

 アクスが6階層まで一気に潜った理由。それは上層のモンスターの中で純粋な戦闘力で言えば上位に入るモンスターが初めて現れる階層であるからだ。

 

 固体名はウォーシャドウ。2本の腕に2本の足という人間と同じようなパーツ構成だが、妙に長い両腕の先にはナイフのような形状の指がそれぞれ3本。全身はまるで真っ黒いペンキを頭から被ったように黒一色という異形の怪物だ。

 特筆すべきはその俊敏性で、今までゴブリンやコボルドといったモンスターを相手に戦っていた新米冒険者では対応し辛いほどのスピードで這いより、その鋭利な指で致命傷を与える。ギルドでも十分警戒するように注意する程のモンスターで、アクスは予想が外れて欲しい一心でモンスターを蹴散らしながらくまなく階層中を探していると──居た。

 周囲の灰や魔石に囲まれながらベルは倒れていた。灰の中やベルの手から覗いているナイフのような形状の黒い物体は恐らく、『ウォーシャドウの指刃』。魔石は少なくとも4──いや、魔石だけを狙った攻撃(クリティカルヒット)を数えるともっと多いウォーシャドウやモンスターを倒したことになる。

 

「ひとまず、確保で良いかな」

 

 周囲の岩壁に亀裂が走る中、ベルの脈を図り終えたアクスは槍を構える。

 ひとまずはダンジョンの1階層を目指し、そこで治療を行ってから事情を聞けば良い。そう考えたアクスは壁から出てきた2匹のウォーシャドウの内の1体を槍で突き刺し、そのまま突き刺したウォーシャドウを鈍器のようにしてもう1体にぶつける。ガツンという衝撃音を奏でた2匹のウォーシャドウはそのまま動かなくなった。

 あっという間に無力化に成功したアクスは、ベルの持っていた袋に彼を探すついでに倒したモンスターから剥ぎ取った魔石やこの場に放置されているドロップアイテムや魔石を詰め込んでからベルを背負って1階層へと向かう。

 身長ゆえにズボンのすそが擦り切れ、地面に当たった肌から血が出ているが、死ななきゃ安いものだろう。そう思ったアクスはなるべく最短距離でダンジョンを上へ、上へと上がって行った。

 

***

 

 春の日差しの中で昼寝をしているかのような心地よさにベルは目を覚ます。傍にはくすんだ銀髪の子供が以前と同じような表情で魔法を使っており、気が付いたのか『お早いお目覚めで』と声をかけてくる。

 

「あの、なんで僕はこんなところで……。たしか僕は6階層に居たような」

 

「たしかに、6階層でウォーシャドウと戦っておられました。ウォーシャドウのドロップアイテムを片手に力尽きていたあなたをここまでお連れしましたが、ご迷惑でしたか?」

 

「い、いえいえ! ありがとうございます。ですけど、なんで君はこんな時間に?」

 

 そう言ってアクスはベルの持っていた袋を指差す。逆さに振ってみるとジャラジャラと魔石が地面に散らばり、時折ドロップアイテムが顔を覗かせる。アクスの言っていることが嘘じゃないことが分かったベルだが、なんとも解せないことがあった。

 それは、目の前で魔法を使っている彼がなぜあんな階層に居たのかだ。夜中のダンジョンの危険性を専属のアドバイザーから十分聞いていたベルだが、なぜそんな危険な時間帯に1人で潜っているのかと自分のことを棚に上げまくった疑問をアクスに投げかける……が。

 

「豊穣の女主人のシル・フローヴァさんからクエストを受けました。無銭飲食を捕まえて欲しいと」

 

 無銭飲食と言われたベルがハッとする。気づけば豊穣の女主人を走って出て行き、ダンジョンでこうしている。恐る恐る会計のことを聞くと、アクスは『少なくとも席にはお金や金品の類を置いて行ってませんでした』と答えて来たので彼はヒュッと息を詰まらせた。

 

「こ、コロサレル」

 

「一応初犯ですし、明日にでもこのドロップ品とかを換金して多めに払いに行けば良いのではないでしょうか?」

 

 残念だがこれ以上は援護は出来ない。夜中にダンジョンに行ったという証拠隠滅を兼ねて魔石を全て袋に詰め込んだので、後は自分で頑張って欲しいとアクスはその場に立ち上がった。

 

「治癒魔法を使いました。歩けますよね?」

 

「あ、はい。ですが、治療費はいくらほどになるんですか? 【ディアンケヒト・ファミリア】の方……ですよね?」

 

 ダンジョンから出ながら、急に値段のことを気にするベル。アクスは知らないが、彼は【ディアンケヒト・ファミリア】の商売敵である【ミアハ・ファミリア】と懇意にしており、そこの【医神の忠犬】(ミーヤル・ハウンド)ナァーザ・エリスイスという元冒険者から【ディアンケヒト・ファミリア】についてあることないこと語られたのだ。

 中には治療費に法外な値段を提示して冒険者を破滅させるという彼女にとっては完全に嘘とはいえないこともあったのだが、それすら知らない初心者冒険者のベルはすっかりナァーザの言葉を信じてしまい、怯えた様子でアクスを見ていた。

 

 ただ、その彼がナァーザが言っていた『唯一の変わり者』であった。

 

「申し遅れました。僕は【ディアンケヒト・ファミリア】所属のアクス・フローレンスと申します」

 

「えっ、アクスってナァーザさんが言ってた"変わり者"の!? やたらと往診と称して無駄に治癒魔法を使ってお小遣いレベルのお金ををせびりに来たり、ミアハ様と並んで無償で回復薬(ポーション)を配りまくってるってあの!?」

 

「エリスイス様からどういったことを伝え聞いたかは存じませんが、おそらくはそのアクスかと」

 

 ベルの言うことに覚えしかないアクスは冷や汗をかく。たしかに往診は高い値段設定をしていないし、【ミアハ・ファミリア】に寄った時は主神のミアハとよく回復薬(ポーション)談義をしながら道行く冒険者に試供品の回復薬(ポーション)を配っている。

 ただ、往診はディアンケヒトやアミッドも了承済みだし、試供品に関しては製造日数が1番古い物を検査して少ない量で詰め直している。なので、宣伝料と割り切ればギリギリ赤字にはならないはずだ。

 そんなに変人扱いされるいわれは皆無なのだが、そこら辺の事情を初心者冒険者に言っても無駄だろうと彼はぐっとこらえた。

 

「では、話が早いですね。200ヴァリスは後払いで構いません。それでは」

 

「にひゃっ!? ナァーザさんのところで売ってる回復薬(ポーション)より安いですよ?」

 

 思わぬ低価格に道中悲鳴を上げるベルを放置し、『あでゅー』とロキに習った言葉と共にすさまじい勢いで去っていくアクス。別にこのまま豊穣の女主人に連行しても良かったし、彼の本拠(ホーム)に行って料金を回収しても良かったのだが、問題は時間だった。

 そこまでダンジョンに潜った記憶はないのだが、時間が分かり辛い地下ということもあってかもう夜明け目前だ。ギリギリ『朝帰り』ではない可能性を信じ、アクスは治療中の無表情をかなぐり捨ててメインストリートを走る──が、時間がないにもかかわらず豊穣の女主人に立ち寄った。

 

「あ、閉まってる」

 

 固く閉じられた扉を前に起こすのは忍びなかったアクスは、手頃な紙に『ベル・クラネルと接触。本日支払い予定』と書いて店の扉に挟みこんでから家路に急ぐ。思えばそんなに食べさせてもらえてないから、開店準備などの報酬も未払いなのではないだろうか。そんなことを思い浮かべながらも彼は治療院まで全力疾走で街中を駆ける。

 メインストリートを別の方向へ曲がり、また全力疾走。冒険者でなければ膝をついて吐き出しそうになるほどの運動量を経てアクスは治療院へとたどり着く。

 

 ただ、ここからが博打だ。

 今は夜明け前。多少起きている団員も居るだろうが、部屋に入ってしまえば『昨日はちょっと遅かった』と証言できる。勝利確定と子供の浅知恵を頭に巡らせつつ、アクスがそっと治療院の裏口を潜ると──。

 

 暗がりの中に光る数十人分の目が一斉に裏口を見た。

 

「ひぇっ」

 

 おどろおどろしいエントランスの中にアクスは思わず声を出して後ずさるが、何かに肩を掴まれる。

 

「アークースーくーん。今何時かなー?」

 

「5ジ……デス。マルタサン」

 

「そっかー、団長や私の話を聞いてなかったんだー」

 

「キイテタヨ。ベルナデットサン」

 

 アクスの両隣からぬっとあらわれる女性の笑顔。その笑みは決して本気で笑っているからではないことは幼い頃からの教育でアクスは嫌というほど知っている。

 多分──いや、確実にあの笑顔の裏には青筋が額に散りばめられている。どうやって謝罪と言い訳をしようかと考えていると、前から彼にとっての天敵(あね)が現れた。

 

「朝帰りをした不良少年はここですか?」

 

***

 

 その日、怪物祭(モンスター・フィリア)にて開かれる臨時治療院の場所や人材の割り振りを相談するため、治療院を訪れたギルド職員──エイナ・チュールは戦慄を覚えた。

 

「あの、テアサナーレ氏?」

 

「なんでしょうか」

 

「フローレンス氏はどうなされたんですか?」

 

「彼は忙しいのに朝帰りをした不良なので、罰として団員たちの体力をずっと回復させています。なにせ、朝まで起きて作業をしていたので疲労が溜まっていまして」

 

 アミッドからそう聞かされたエイナがチラリと窓の外を見やる。中々広い薬草園を有した庭ではアクスが絶え間なく押し寄せてくる団員たちに魔法を行使しており、目の下にクマを作った男性や疲れた顔をする女性など症状は様々だが、彼の行使した魔法によって瞬時に元気になると職場へと戻っていく。

 それに対してアクスはひたすら魔法を詠唱し、たまに精神力回復薬(マジック・ポーション)を挟みながら回復を続けている。まるでドワーフの作った絡繰りのように同じ行動を強制させることにエイナは内心で『虐待?』と疑問に思う。

 ただ、目の前のアミッドがひたすら子供の方を睨んでいる姿が怖いので職務に戻った。

 

 他の祭りもそうなのだが、こういった行事はとにかく一般人と冒険者の衝突が起きやすい。それを癒すためにこうして臨時救護院に協力してくれる宿屋の目星を付けるわけだが、如何せん有名な祭りなので目星をつけても予約などで断られるところが多い。

 さらには去年までは使ってたのに今年は潰れたなどもあるため、それらも踏まえて多めに選定しておきたいところなのだが、ここ1年の宿屋の総数や場所などは流石のアミッドでも知らなかった。エイナも調べれば場所ぐらいは分かるが、それでも中の様子や店主の性格は資料には載っていなかった。

 

「仕方ありません。アクスを呼びましょう」

 

「いつもの……ですね」

 

 困り果てた2人は最終手段とばかりに窓を開け、丁度精神力回復薬(マジック・ポーション)を飲んで休憩していたアクスを呼ぶ。そのまま彼を応接室へと通すと、アミッドはオラリオの地図を見せながら人差し指で一定のエリアを示した。

 

「アクス。怪物祭(モンスター・フィリア)で臨時治療院を開設したいのですが、まずはこの辺りで良い場所はないでしょうか?」

 

「承知いたしました。まずはこの通りの3件目。赤尾亭の御主人は緊急を考えて1室残す方です。人柄も良いので、今から行けば間に合うかと。後は1つメインストリートをズレたところに精霊亭があります。ここは少々割高ですが、【ガネーシャ・ファミリア】の詰め所も近くで安全面的にお勧めです。後は──」

 

 伊達に長年往診はしていないアクスはペラペラと宿屋の具体的な場所と中の様子などを話していく。中には『ここの八百屋さんはよく店主の腰痛を治してるので、ディアンケヒトファミリアの名前を出せば貸してくれるでしょう』といったどうしようもなくなった場合の手立てなど、神々が見れば『評価ログみたいなことしてる!』とツッコみ必至な情報の数々にエイナは真剣にメモを取っていた。

 さらには日常的に人の対流によって事故が起こりやすい場所があることをアクスは指摘する。これは何年もこのオラリオに住んでいて一切改善が見られず、往診の途中でも人がぶつかるといった事故も頻発していることから、アクスは怪物祭(モンスター・フィリア)中だけでも大通りの数か所に回復薬(ポーション)を安価で売る屋台を設置するような案を出した。

 

「アクス、これをすると【ディアンケヒト・ファミリア】では人手が足りません。それに、ディアンケヒト様に言ったら言ったで限定品を出してアコギなことをしそうなのは目に見えてますよ?」

 

「そこはギルドから【ミアハ・ファミリア】とかに協力を要請すれば良いかと。最近、借金返済がギリギリみたいですし、僕たちが動かそうとしてもエリスイス様はヘソを曲げるだけかと」

 

 資金はあるが動かせる人員には限りがある【ディアンケヒト・ファミリア】と資金はないが比較的人員を捻出しやすい【ミアハ・ファミリア】。両ファミリアには確執はあるが、そこはエイナが考えたという体で協力を要請すれば良いだろう。

 別に塩を送るつもりはない。それに、アクスもアクスでアミッドがミアハに好意を寄せていることに関しては何故か腹の辺りがムカムカするが、回復薬(ポーション)談義や回復薬(ポーション)片手に不調な冒険者探しを共にする分には彼は良い神だと思っている。このぐらいのサポートをしても罰は当たらないだろう。

 

 結局、ほとんどの立地はアクスが往診でよく行く場所なため、臨時救護所などの場所はつつがなく決めることができた。

 

「ありがとうございます。後はこれを基に現地で交渉を行わせていただきます」

 

「これから交渉でしたらアクスを伴わせてください」

 

「いえ、これはギルドの仕事なので」

 

 資料をカバンに納めながら席を立とうとするエイナにアミッドはアクスを連れて行く提案をする。ただ、怪物祭(モンスター・フィリア)は元々ギルドが主催なので冒険者を人手として借り受けるわけにはいかないと彼女は今も接客に右往左往している団員たちを見ながら人手が足りないだろうといった理由で断る。

 しかし、アミッドは『アクス1人抜けたとしても問題ありません』と断言する。そうなるといつまでも断るのは悪いと思ったエイナは、アクスを連れて行くことに頷いた。

 

「さすがは【ディアンケヒト・ファミリア】ですね。フローレンス氏もこの街で有名な治療師(ヒーラー)なのに、問題がないなんて」

 

「それほどでもございません。それに…………」

 

「あの、テアサナーレ氏。何か仰いましたか?」

 

「いっ!? い、いえなんでも」

 

 必至に取り繕うアミッド。ハーフエルフゆえに優れた聴覚が『朝帰りとはいえ、少々やりすぎましたし』という彼女の反省がしっかり捉えたが、エイナはなにも言わなかった。

 

「はい、いつもの復唱ー」

 

回復薬(ポーション)は試供品のみ。包帯は印が付いているところまで。自分とファミリアの価値を下げない程度のお金をもらう。あ、後は槍をフィンさんに返して、目が見えなくなった人にお姉ちゃんから預かった点眼薬と僕の魔法を処方する」

 

「よし、覚えてたな。んじゃあ、行ってこい。また遅くに帰ってきたらラバナ辺りが怖いぞ」

 

 エイナが最終的な書類の確認を行っていると、彼女の後ろでエルフの団員が往診に向かうアクスに色々確認している。そんな光景を見てエイナは『あぁ、この子は末っ子なのね』と、このファミリア内のアクスの立ち位置を薄々ながら察した。

 

 そうして治療院を出た2人は往診や突発的な怪我人などの治療を挟み込みながらオラリオのメインストリートに沿って歩く。数時間後にはエイナの手には菓子や果物といった様々な土産と臨時治療院として部屋や店を貸すといった念書が十分な量握られており、エイナはわずか数時間で完了できたこの作業に信じられないとばかりにアクスを見る。

 『アクス君には世話になってるからね』、『【ディアンケヒト・ファミリア】には色々治してもらったんだ』、『【戦場の聖女(デア・セイント)】と【小神父】(リトル・プリースト)が頼むんだったら良いよ』などなど。最初、ギルドということで難色を示す者も居たが、アクスの介入があったことで態度が和らいだことも1回や2回ではなかった。

 

「フローレンス氏はすごいですね。こんなに慕われて」

 

 ゆえにそんな弱音染みたことを吐いてしまった。自身がそんな失言をしてしまったことにハッとエイナは口元を閉じるが、不思議そうな表情を浮かべたアクスは合点がいったように笑う。

 

「僕がすごいわけじゃないです。【ディアンケヒト・ファミリア】っていう力があるからすごいんです。それに、僕はただ両親の店に来てた【ガネーシャ・ファミリア】のお姉ちゃんが言ってた"正義は巡る"を実践しただけですよ」

 

「正義は……巡る?」

 

「はい。本人に詳しい話は聞いたことありませんが、僕は良い行いは巡り巡って自分を助けるんだと思ってます。今日みたいに」

 

 言われてみれば呆気ない理由。しかし、それがどれだけ困難なことなのかを知っていたエイナは改めて目の前の子供に尊敬の念を抱くと共に先ほどの発言を酷く後悔した。

 

 あれほどの信頼を得るのは並大抵のことではない。それこそ子供特有の『飽きた』などは許されず、コツコツと、滔々と、終わりのない道をひたすら歩き続けた末に得られる信頼だ。その間も悪いことをしたり、信頼を貶める行為があれば今まで積み重ねてきた信頼は一気に失墜する。

 オラリオに元々住んでいた子供だから。そんな風に捉えられかねない弱音を吐いてしまったことに反省していると、アクスは転倒した子供に駆け寄ってテキパキと治療を施していく。

 

「お代は無料。それでも払いたいなら、君が働ける時期になったら治療院まで来て」

 

「ありがとー」

 

 大人を診察する時とは打って変わって弾けるような笑顔と口調の彼に、エイナは神々のつけた二つ名の意味がようやく理解したような気がした。

 

 そんなエイナの小さな嫉妬心による愚痴で少々時間を食ったが、2人は次の目的地へと向かう。そんな彼らの後姿をじっと見ていた存在が居た。

 買い物袋を抱えながら路地の壁にもたれかかったエルフの女性。その目許は赤く腫れあがっており、涙が流れた跡がくっきりと見えていた。

 

──リオン、『正義』は巡るよ。

 

「アーディ……」

 

 ポツリと呟いた名前は誰の物だろうか。しばらく呆然としていた彼女は目許の涙を流した形跡を袖で拭うと、今の自分の居場所へ戻るためにその場を後にした。

 

***

 

 案外早く臨時治療院となる場所の確保と人通りが多そうな場所の調査が済んだエイナは、そのまま【ミアハ・ファミリア】に話だけでも通すために去っていく。現在、アクスの居る場所は北側のメインストリートなので、普段は最後に行く予定の黄昏の館に赴いた。

 

「往診に来ました」

 

「あぁ、遠征後なのにすまないね。今開けるよ」

 

 遠征に参加しなかった【ロキ・ファミリア】の団員が扉を開門してくれ、その足でフィンに槍を返しに行ったアクスは彼の案内で症状ごとに怪我人が纏められた部屋に往診へ向かった。

 焼け爛れが治っていない可能性も考えて念のためにポイズン・ウェルミスの体液に浸して鮮度を維持した人の皮を持ってきたが、例の芋虫の腐食液が肌に当たった団員たちは全て特に異常なく快癒に向かっている。口の中に腐食液が入った団員たちも特製の回復薬(ポーション)を口に数秒口に含ませてから飲ませることで焼け爛れ等の症状が無くなった。

 

「こちらの方々の診察は終わりました。もう元の生活に戻っても大丈夫です」

 

「すまないね。本当はこちらから向かう所なんだが」

 

「いえ、遠征直後なのでお忙しいと思いますので。それに、治療院のベッドを【ロキ・ファミリア】の方々に占領されるのは団長も良い顔をしないかと」

 

 たしかに遠征直後はやることが多く、怪我人が大量に居るために安易に治療院の部屋を占拠する羽目になる。まったくもってその通りなことにフィンが笑いながら同意するが、1番酷い怪我──目に腐食液が掛かって視力を失った団員たちの部屋に着いた彼は真剣な面持ちでアクスに尋ねた。

 

「彼らは……元に戻るかい?」

 

「経過を見ないことにはなんとも。ですが、団長から点眼薬を預かっています。撤退途中は白黒ながらも景色は見えるということでしたので、これと魔法を用いれば治療は出来ると団長は仰っておりました」

 

「流石だね。じゃあ、お願いできるかい?」

 

 歯痒そうに頭を掻くフィンに『お任せを』といったアクスは部屋の中へ入る。中には目を包帯で覆った数名の冒険者が物音に反応してこちらを見ていた。

 

「こんにちは。お加減如何ですか?」

 

「おぉ、アクスか。包帯を入れ替えてもらった時に外を見たんだが、相変わらず白黒で味気なくてな」

 

「私はちょっと色がついたかな。でも、青色だけが見えるのもねー」

 

「俺は赤だな。ロキの髪だけがばっちり見えてなんだかなぁ……って思ったよ」

 

 症状を次々言って来る冒険者たちにアクスは点眼薬を目に投与し、治癒魔法をかける。すると、初めに目に入ってきた緑の光を知覚した冒険者たちは、我先にと窓へ齧りついた。

 芝生の緑。噴水から噴き出る水。そして雑多なオラリオの街並み。久方ぶりに見る色がついた外の風景をそれぞれが無言で見ていると、後ろから扉が開く音がする。

 

「やぁ、皆。その様子だと無事に治療できたみたいだね」

 

『団長!』

 

 フィンの登場にそれぞれが彼の前ににじり寄り、口々に『久しぶりに団長の金髪を見た』だの『色がある団長だ』だのと割と失礼なことを言っていたが、それぞれの言葉にフィンは何度も頷いてアクスを見る。

 

「本当にありがとう。治療費は後で請求してくれ。もちろん、魔導書のことも僕が居なくてもロキに言ってくれたら渡せるように手配しておく」

 

「承知いたしました。では、これで」

 

 テキパキと治療の後片付けを終えたアクスは黄昏の館から出ると、今度はメインストリートに沿って豊穣の女主人へと向かう。扉を開けると今日はサボって居ないのか、クロエがいきなり近づいて来ると尻を撫でてきた。

 

「おー、よく来たにゃ少年。今日も相変わらず良い尻にゃ」

 

「往診早々にセクハラは止めていただけませんか? そろそろミアさんに告げ口しますよ」

 

「にゃにゃっ! それだけはご勘弁を」

 

 『これ以上ゲンコツされたらパルゥムになるにゃ』と頭を押さえながら後ずさるクロエを放ってミアを探すが、どうやら大口の予約が入ったために材料の追加を数人と行っているようだ。怪我人も居なさそうという理由でアクスが『お邪魔しましたー』と出て行こうとすると、後ろからシルに呼び止められる。

 

「あ、アクス君。クエスト、ありがとうございました」

 

「結構危ないところだったよ?」

 

「そうみたい。ベルさんも何度もお礼言ってたよ。ところで、報酬なんだけど何が良いかな」

 

「え、別に報酬欲しくてやったわけじゃないからいいよ」

 

 元々、酒場でウエイトレスをしている町娘が冒険者に支払えるようなお金や素材なぞ調達出来るはずがないことが分かってアクスはクエストを受注していた。人助けというのももちろんだが、変なところで怪我してそれが原因で──などといったことになるのも後味が悪いし、現にそうなる直前だったことも踏まえるとどうしてもアクスには報酬を受け取れるような気持ちにはなれなかった

 

「それでも何かない? お金とか物とか」

 

「お小遣いでやりくりしてるし、強いて言うなら薬の材料ぐらい? ユニコーンの角とか」

 

「お小遣い制のLV.2なんて初めて聞くにゃ。それにそれはみゃーたちの給料でも買えないにゃ!」

 

 LV.2ともなればパーティを組んでドカドカ稼いでガンガン使うのが普通だ。ただ、アクスは子供ということでディアンケヒトが管理し、アミッドが毎週少額をお小遣いとして渡している。

 そのため、あまり欲しい物が思い浮かばなかった彼がうんうん唸っていると、いきなり『魔法のことが知りたい』と話した。

 

「それってアクス君の治癒魔法のことですか?」

 

「うーん、シルさんなら良いかな。実は……」

 

 言いふらす可能性が高いことからクロエには聞こえないように耳を閉じさせたアクスは、口が硬そうなシルにだけこっそりと魔導書(グリモア)をもらう約束を【ロキ・ファミリア】としていることを明かす。最初こそ黙って目を丸くしていた彼女だが、『だから魔法のことが知りたかったのね』と納得するような仕草をする。

 その姿が妙に堂が入ったものでアクスは体調の心配をするが、すぐにいつもの素振りに戻ったシルは相変わらず口元に手を当ててあざといポーズをしながら考えこむ。

 

「うーん。知り合いに何人か詳しそうな人がいるから、後で聞いてみるね」

 

「はーい、期待しないで待っとくー」

 

「そこは"期待してます。シルお姉ちゃん"でしょ?」

 

「わかったー、シルさーん」

 

 怪我人が居ないことからアクスは出ていく。そんな彼を見送ったシルの背後の窓では、小さな舌打ちと共に黒い人影が誰も知覚できないような速さでその場から離れていった。




自分が取った魔石をベルに渡した理由:
  某辻ヒーラー「だって、魔石持ってたらダンジョン行ったってバレて怒られるし…」

マルタさんとベルナデットさん:
 クノッソス第1次侵攻にて登場。ダイダロス戦の際に動けないアミッドの代わりに回復支援をしていることから治癒魔法を取得していると思われるが、詳細は不明

正義は巡る:
 【ガネーシャ・ファミリア】の団長の妹であり、とあるエルフの友人であり、アルゴノゥトの熱狂的ファンの言葉。シャクティが聞いてても多分泣く。

ポイズン・ウェルミスの体液を使った皮膚の保存方法:
 ソード・オラトリアにて、怪人がとある冒険者に成りすました方法。毒があるのに貼り付けて大丈夫なのかと思うが、まぁ怪人だしなぁ…。
 冒険者でも洗えば大丈夫っしょという安易な気持ちで登場。

最後の人影:
 詳しく述べないが、とあるソシャゲのイベントで女神の神意と自尊心の間を反復横跳びして発作を起こす人
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