ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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7話:戻ってきた日常2

 怪物祭(モンスター・フィリア)まで残り数日。ギルドやガネーシャが開催したパーティにてディアンケヒトが他の神々に根回しすることで、正式に怪物祭(モンスター・フィリア)開催中の臨時治療院を開設する認可が下りた【ディアンケヒト・ファミリア】は絶賛大忙しであった。

 そんな目も回る忙しさの中、珍しくエントランスまで来たディアンケヒトが気炎を発しながらアミッドを呼びつける。

 

「アミッドォォ! 貧乏な【ミアハ・ファミリア】に借金の徴収に向かうぞぉ!」

 

「既にアクスを【ゴブニュ・ファミリア】から依頼を受けた回復薬(ポーション)を配達しに行くついでに向かわせています。それに、徴収ではなくて支払日の確認だと記憶しておりますが?」

 

 回復薬(ポーション)のケースを運びながら平然と事後報告をするアミッドに最初は呼びつけた際のテンションが戻らずに『なにぃ!?』と叫ぶディアンケヒトであったが、しばらくすると落ち着きを取り戻したのか『確認ぐらいならあやつが適任か』と1人で納得しながら部屋に戻っていく。

 

「皆さん、怪物祭(モンスター・フィリア)まで時間がありません。手が空いた方は包帯を巻く作業をお願いします」

 

 嵐が去ったように静かになるエントランスにアミッドは手を叩きながら仕事の再開を指示すると、全員はそれぞれの作業に戻って行った。

 

 そんな治療院から離れた寂れた道具屋──『青の薬舗』の中ではアクスが犬人(シアンスロープ)の女性の肌に触っていた。彼女の片腕に装着されている銀色に輝く腕を上下させ、その度に動く肩の動きや接合部分を一通りチェックした彼は、女性に服を着るように指示すると手元の紙に経過についてメモを取りはじめる。

 

「変に癒着しているとかはありませんね。銀の腕(アガートラム)の状態が悪くなったら治療院までお越しください」

 

「そう言ってまたお金を巻き上げる気でしょ。流石【ディアンケヒト・ファミリア】、きたない」

 

「死ななきゃ安いものなので我慢してください。それにお姉ちゃんはともかく、ディアンケヒト様は……近所の爺ちゃんレベルの信仰しかないんで」

 

「うん、知ってる」

 

 恨み言を言いつつも優し気な笑みを浮かべてくるナァーザも昔は冒険者だった。ただ、彼女は語ろうとはしなかったがダンジョンで片腕を喪失し、その代わりとして銀の腕(アガートラム)をミアハが購入。その借金でファミリアがここまで落ちぶれたらしい。

 当時のアクスは【ディアンケヒト・ファミリア】に所属していなかったので、ナァーザから『君は関係ないから』と言ってはくれているが、それでもやはりそういった過去があるためかディアンケヒトやアミッドに対して彼女はことあるごとに恨み節を言っている。

 ただ、『姉のこと』以外はアクスもムキに反論するどころか賛同していたりする。

 

 件の『怪物祭(モンスター・フィリア)限定回復薬(ポーション)』を今年もやろうとする品性について物申していると、店の扉が開いて長髪の人の良さそうな男神が入ってきた。

 

「これこれ、アクス。自分の主神を悪く言うものではないぞ」

 

「あ、ミアハ様。お邪魔してます」

 

 いそいそと服を着直しているナァーザを見ないようにしながらミアハと呼ばれた男神はアクスの頭を撫でる。彼はこの【ミアハ・ファミリア】の主神であるのだが、本拠(ホーム)の風貌通りここは零細ファミリアなので彼自らが買い出しを行わなければならないほどなのだとか。

 

 買い物袋を持った彼はそのまま店の奥へと入っていき、しばらくすると数人分の湯飲みとともに現れた。

 

「もう診察は終わっただろう。今日はもう終わりか?」

 

「いえ、一応借金返済日と返済予定額を聞いておきなさいとお姉ちゃんが。後、【ゴブニュ・ファミリア】に呼ばれてますので、これから向かいます」

 

「ナァーザ」

 

 ミアハから名前を言われた彼女は『やっぱり金の亡者……』とブツブツ言いながら奥へ引っ込んでいく。いつもの調子にミアハは『すまないね』と言いながらアクスに湯呑を渡すと、自身も近くの椅子に腰を落ち着ける。

 

「ナァーザさんも本気で言ってませんし、大丈夫ですよ。それに銀の腕(アガートラム)は高いですから」

 

「あぁ、それはあの子も私も納得しているよ」

 

 銀の腕(アガートラム)とは失った手足の代わりになる物だが、本当に最低限の動きが保証されている物からダンジョンに入って満足に戦闘できる物までランク付けがされている。無論、高品質になればなるほど高価となるのだが、ナァーザに買い与えられたはそれすらも上回る『特注』。今更どう言っても間に合わないが、アクスがその話をどや顔状態のディアンケヒトから聞いた時は耳を疑ったのはよく覚えている。

 

 ただ、『あやつは眷属(こども)を救いたい一心でここに来た。その想いを汲んでやっただけのことよ』と天井を見上げていたディアンケヒトはちょっとだけ神っぽかったのをアクスは覚えている。

 ──その後、『その後の奴の落ちぶれようは傑作でな。飯が美味かったわ』と笑っていたので台無しだったが。

 

 閑話休題(どうしようもない主神はともかく)

 

「はい。これが今回の支払期日と支払予定額。ちゃんと合ってるか確認して」

 

「拝見します」

 

 数枚の紙を受け取ったアクスはそこに書かれている借金を計算し、その都度アミッドから渡された紙を見ていく。間違いが無いように何度も計算をし、やがて今回の支払予定額と残りの借金額が等しいと分かるとアクスは小さく頷いて紙をナァーザに返す。

 

「ちなみに支払える見込みってあります?」

 

「あ、そうなの。聞いて。ギルドの人が来て、怪物祭(モンスター・フィリア)の時はそこの大通りで事故が多いからって回復薬(ポーション)の屋台を開かせてくれるようになったの」

 

「うむ。売り上げの3割ほどで中々良い場所で出店させてもらえることになってな。今回はそれで払えると思う」

 

「おー、そりゃ良かったですね」

 

 元気に詳細を話してくる2人にアクスは笑顔で答える。あの意地の悪いディアンケヒトならば高笑いをしながらネタ晴らしをするだろうが、ここで衝撃の真実を告げてヘソを曲げられた挙句に借金の返済も滞る趣味を持ち合わせていない彼は屋台については何も知らないように振舞う。

 

「おっと、長話をしてしまったな。今度は共に回復薬(ポーション)を配り回ろうではないか」

 

「それは後ろの方の許可を取ってからにしてくださいね」

 

「ん? ま、待てナァーザ! これは今後御贔屓にしてくれるであろう冒険者へなっ!?」

 

 小屋から怒気の籠った訥々とした小言が聞こえるが、自分には関係ない。そう思いながらアクスは青の薬舗から出ていく。決して怒っている最中の(アミッド)を思い出して怖くなったからではない。信じて欲しい。

 

「【ゴブニュ・ファミリア】に行かなきゃ」

 

 先程のことを綺麗さっぱり忘れようとアクスは次の目的地である『三槌(みつち)の鍛冶場』へと向かう。北と北西のメインストリートに挟まれた区画を通り過ぎ、1件の石で出来た平屋に入ったアクスは槌が金属を叩く音に負けずに大声を上げた。

 

「ちわー、【ディアンケヒト・ファミリア】でーす!」

 

「お、リトルプリースト。いきなり呼び出してすまねぇな」

 

「いえいえ、こちらも商売なので」

 

 そう言いながらアクスは今回来訪した理由である回復薬(ポーション)を1本、先程奥から出てきた大柄の男に渡した。これは体力の回復を第1に素材を厳選し、飲みやすくなるように甘味料で味を調えた特別性の回復薬(ポーション)で、彼が受け取った後もアクスはリュックから同じ物が入ったケースをいくつかカウンターへと置いた。

 

「確かにお届けしました。品質のご確認お願いします」

 

「んっ……。お、こりゃ良いな。疲れが吹っ飛んだ」

 

 手渡された回復薬(ポーション)を一息に呑んだ男の瞳が見る見るうちにやる気に満ち溢れ、気だるげな様子だったのが嘘のように背筋を伸ばし始めた。すっかり元気になった彼は鍛冶場の団員たちに回復薬(ポーション)が届いたことを知らせると、少ししてから団員たちがカウンターへと殺到する。

 

「リトルプリースト。元気だったか?」

 

「あ、ゴブニュ様。こんにちはー」

 

 ワチャワチャするカウンターから退避していたアクスがその様子を眺めていると、白髪頭の老人──このファミリアの主神であるゴブニュが出てきた。いつもは奥の部屋で黙々と仕事にのめり込んでいるのだが、カウンターの辺りの騒々しさについ出てきてしまったようだ。

 

「皆さん目が血走ってますが、何があったんですか?」

 

【大切断】(アマゾン)大双刃(ウルガ)を溶かしたらしい。俺も【剣姫】(けんき)の武器にかかりきりだ。……まったく」

 

 そう言ってゴブニュは作業に戻るのか部屋へと戻っていく。横を見れば次々に元気を取り戻した団員たちが少々おかしなテンションでウルガの制作を行っている姿に、帰ったらアミッドに回復薬(ポーション)の内容について聞いてみようと決意したアクスは代金を徴収するために再びカウンターの前へ立った。

 

「おっと、忘れてた。これが証文だ、失くすなよ」

 

「はい、たしかに。ところで、まだ必要かと思った団長が1ケース余分に作ったのですけど、いります?」

 

「いや、遠慮しておく。薬漬けで作業ってのもどうもな……」

 

 【ゴブニュ・ファミリア】のエンブレムが描かれた証文を受け取る傍らでアミッドが予備として作っていた回復薬(ポーション)を売り込もうとするが、それありきの作業になるかもしれないと言って買い取りを拒否してきた。あの様子なら追加も欲しいだろうと予想していたアクスだったが、別にこの回復薬(ポーション)は治療院でも売れないことも無いので素直に引き下がると三槌(みつち)の鍛冶場から出ていく。

 ただ、思わぬ在庫を抱えたからだろう。ほんのちょっぴり不機嫌だった。

 

 しかし、このオラリオにはこの回復薬(ポーション)が喉から手が出るほど欲しい人物が山ほど居ることを彼は知っている。

 ──そう、目の前の人物のように。

 

「やぁ、アクス君。奇遇だね」

 

「あ、ヘルメス様ー」

 

 わざわざ屈んでアスクと両手を合わせるというひょうきんな優男──ヘルメスにアクスは人懐っこい笑みで挨拶する。その隣では彼を主神とするヘルメスファミリアの団長である【万能者(ペルセウス)】アスフィ・アル・アンドロメダが眉間に皴を寄せながらも『奇遇ですね』と挨拶をしてきた。

 

「アスフィさんもこんにちはー。ヘルメス様は今日も悪だくみですか?」

 

「おいおい、人聞きが悪いな。この顔が悪だくみをするわるーい奴に見えるかい?」

 

『見えます』

 

 正面と横から聞こえてきた異口同音の反論にヘルメスが落ち込んでいると、『あ、そうだ』と何かを思い出したかのようにアクスがリュックから【ゴブニュ・ファミリア】で売れ残った回復薬(ポーション)をアスフィに差し出す。傷を癒す赤い回復薬(ポーション)でもなく、精神力を回復させる青い物でもない回復薬(ポーション)を受け取った彼女はしげしげと眺めながら口を開く。

 

「これは?」

 

「お姉……団長が作った体力が回復する素材を沢山入れた特製の物です。お疲れの時に最適ですよ」

 

 不思議に思って中身を問いかけたアスフィに、アクスはペラペラとセールストークを実施する。『体力の回復』に『疲れに最適』とアスフィが現在最も欲している効能を持っていると分かった途端、彼女は購入を決意。料金を支払って一気に服用すると、立ちどころに常日頃抱えていた慢性的な寝不足や倦怠感、片頭痛などが緩和された。

 

「おぉっ、アスフィの目に久方ぶりの輝きが! 素晴らしいね!」

 

「逆にどれだけアスフィさんを酷使させたんです?」

 

「軽く3徹ほど……」

 

「いやー、その……なんだ。元気になって良かった良かったよ、ハッハッハ」

 

 アクスの正論パンチから逃げたヘルメスはさておき、すっかり元気になったアスフィはアクスの手元にあった回復薬(ポーション)を全て購入すると『愛飲します』と言いながらヘルメスと共に去って行った。本当に何か怪しい素材でも使ったのではないかと邪推するが、そこらへんはちゃんと検査しているだろうという無言の信頼感で無理やり納得したアクスはふと、このまま治療院に帰るべきか悩んだ。

 

 今日は往診の日でもないため、このまま帰っても接客する人数は足りているのでかなり暇になる。ならば、先日話題になった並行詠唱についてリヴェリアに手ほどきをしてもらおうと思っていると、目の前から白衣のような衣装を着た女性が目いっぱい食材が詰め込まれた紙袋を両手に持ってよたよた歩いて来るのが見えた。

 

「ヘイズさん、こんにちは」

 

「あ、アクス君。こんにちは」

 

 立ち止まって挨拶を返したヘイズと呼ばれた女性がアクスの姿を見て『お使い?』と問い、全て終わって暇なことを話すと彼女は『良いなー』と言いつつも近くのベンチに腰掛ける。そのまま隣の開いている空間を手でポンポン叩いてくるため、アクスは促されるままにヘイズの隣に座り込んだ。

 

「良いの?」

 

「休憩よ。休憩。はぁ~、この後も戦いの野(フォールクヴァング)で回復作業してから夕食かぁ。誰かさんが手伝ってくれないかな~」

 

冒険者依頼(クエスト)を持ってきてくれたら多分やりますよー」

 

「やった。じゃあ、具体的に暇な日時とか教えてもらえるかな」

 

 ヘイズが横目でアクスをチラチラ見ていると、当の本人は冒険者依頼(クエスト)が届いて暇ならばやる旨を伝える。

 訓練の苛烈さで有名な【フレイヤ・ファミリア】だが、極たまに冒険者依頼(クエスト)でアクスを呼び出すことがある。それは依然、激務で知られる『満たす煤者達(アンドフリームニル)』の労働環境を改善するように要請を受け、どこから人員を調達してこようかと悩んだオッタルが『治療師(ヒーラー)だから手伝えるだろう』というとてつもなく脳筋な理由で偶然往診の道すがら出会ったアクスを招集したことから始まる。──拉致とは言ってはいけない。

 

 当時のアクスはLV.1だったが、治療院や往診で色々経験していた賜物か治療行為の手際は良く、晩餐においても豊穣の女主人で極たまに手伝っていたおかげか作る予定の物さえヘイズが指示すれば後は勝手にやってくれたために初日で満たす煤者達(アンドフリームニル)の心をがっちり掴んだ。

 一部、『男の子が料理しながら優しい言葉かけてくれるとかパパみがヤバい』と神寄りに倒錯した癖の持ち主も居たが、自分を含めた彼女たちの心労がかなり減ったことにヘイズもにっこり。後に団長であるオッタルに『分かってますよね?』と言ってのけたのだとか。

 

 ただ、都市最大派閥の一画である【フレイヤ・ファミリア】に他派閥の人間が頻繁に手伝いに行くというのは外観が悪いのも確か。そのために【フレイヤ・ファミリア】内でなんやかんや決めたらしいが、そのことについてはアクスも把握していない。

 

怪物祭(モンスター・フィリア)の後だったら暇になるかもなので、その時であればお姉ちゃんが調整してくれるかと」

 

「わーい、言質取ったからね」

 

 心底嬉しいのか喜びながら『さてと』と椅子から立ち上がったヘイズだが、またしても異様にアクスの方を見てくる。その視線に気づいた彼の目の前には大量の荷物。量的には本日の晩餐の買い忘れだろうか。

 ただ、LV.4とはいえ女性が持つにしてはかなりのバランス感覚を擁する量なのは見て分かる。【ディアンケヒト・ファミリア】では嫌というほど叩き込まれる奉仕の精神が、そこまで察して何もせずに立ち去るという選択肢を無理やり消去した。

 

「良ければ運ぶの手「良いの!?」」

 

 かなり食い気味に反応するヘイズから異を唱える暇も与えぬ速度で荷物を持たされたアクスは、彼女の先導でメインストリートの南にある繁華街を通る。繁華街ゆえに人通りも多いが、【フレイヤ・ファミリア】の団員であるヘイズを畏怖してさっと人の波が割れていく。

 

「アクス君だけだよー。私が【フレイヤ・ファミリア】と知ってこんなことしてくれるの」

 

「オラリオに元々住んでるからファミリアに慣れてるだけだよ。ヘイズさんは優しいし、何も悪いことしてないでしょ?」

 

「まぁ~……そう……ね」

 

 純度100%の言葉に充てられたヘイズが内心で『なにこのピュアっ子、眩しすぎっ!』と叫びながら歯切れの悪い返答をする。彼女の胸中にはアクスの言う悪いことの記憶が2件ほど駆け巡っていた。

 

 以前のことになるが、フレイヤは供周りも連れずに街中を巡ったことがある。彼女を探そうと幹部たちが走り回っていたところを何かのよからぬことを企んでいると誤解した【ロキ・ファミリア】と衝突し、あわや抗争勃発直前まで行った。

 その後は主神であるロキがなんとか鉄拳1つで済ませてくれたものの、あそこで抗争まで行っていたら今のオラリオの戦力は著しく下がっていただろう。

 

 さらにこれは直近だが、ダンジョンの深層で【フレイヤ・ファミリア】の幹部たちが殺し合いをしていたことだ。なんとかダンジョンから帰ってきた彼らを癒すためにアクスも呼び出されたが、件の殺し合いの発端──階層主と呼ばれる強力なモンスターの取り合いのせいで団長がキレ、遠征に向かった全員で深層のモンスターを巻き込んだバトルロワイアルを敢行。その結果として遠征が失敗したという話を聞いた彼も流石にオッタルたちに『もしかして皆さん、別々のファミリアですか?』と純粋な疑問をぶつけたとか。

 なお、仲間であるはずのファミリア。しかも幹部が自らの陣営の戦力を削るという破天荒な結果を聞いたフレイヤがため息を漏らしていたのは回復状況の報告をしたヘイズ自身もよく知る所だ。

 

「基本的にうちは脳筋集団ですからねぇ。こうやって皆から怖がられるのも戦闘系が……って私も前はそうだったっけ」

 

「怖いって、ヘイズさんは綺麗じゃないですか。僕はそう思いますよ? ……いふぁいいふぁい(いたいいたい)

 

「お子ちゃまがいきなり何を言っているのやら」

 

 唐突に褒められたことでヘイズが目を丸くするが、すぐにアクスのおかげで開いた片腕を使って彼の頬をつねる。『12歳の子供がどこでそんな言葉を覚えて来たのか』という制裁であったが、呆れの感情を出しているはずのその声の調子は軽かった。

 どうやらオラリオでは畏怖の対象として、【フレイヤ・ファミリア】の中では気苦労の中に何年も居た彼女にとって先ほどの言葉は少々嬉しかったようだ。

 

「ヘルメス様が"綺麗な女を褒めるのが男のステイタス"って言ってたのに……」

 

「あんまり真似しない方が良いですよ~っと。ここまでで大丈夫ですから」

 

 気付けば【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)である戦いの野(フォールクヴァング)の目と鼻の先。ここから先を進めば即座に団員たちが飛び出してくる境界線だ。

 流石に怪我をさせないとは思うが、アクスには話していない『裏の事情』もあるのでヘイズは最後まで手伝おうとするアクスを少々強引に帰らせる。

 

「あ~、マジ良い子。あの4兄弟に見習わせたい」

 

 当人たちに聞かれたら『殺すぞ』と純粋な殺意を向けられそうな感想を言いながらアクスが居なくなったことで重くなった荷物を担いで何とか厨房まで運んだヘイズ。心配そうに駆け寄ってきた満たす煤者達(アンドフリームニル)に報告へ行くことを伝えると、彼女はそのままとある1室へと向かう。

 

「ヘルン、今戻ったわ」

 

「お帰りなさい、ヘイズ。彼はどうだった?」

 

 フレイヤの側付きをしているヘルンと呼ばれた女性にヘイズは先ほどアクス本人から仕入れた彼が暇になりそうな日付を報告する。

 

 ヘイズがあそこで買い物をしていた理由。それは時間を作ってアクスに治癒魔法について教授して欲しいというフレイヤ直々のお願い(めいれい)があったからだ。

 しかしながら、フレイヤ至上主義を掲げる【フレイヤ・ファミリア】の──特に幹部はたまに手伝ってくれる協力者なだけで他派閥の存在を手助けする理由についてオッタルと実際に聞いていたアレン以外の幹部から疑問の声が上がる。当然と言えば当然だが、このまま静観するとその勢いで【ディアンケヒト・ファミリア】を襲撃しかねない空気だったため、久方ぶりに慌てた彼女はただ1言。『冒険者依頼(クエスト)の報酬を支払ってないの』と伝えた。

 

 天下のフレイヤファミリア──その主神が冒険者依頼(クエスト)の報酬を踏み倒す。あってはならない失態を前に彼らは跪いて恭順の意を表するしかなかった。

 つきあたっては余り親交が無い幹部たちや話は合うが口下手なヘグニは荷が重いと判断したのか、ヘイズにその役を押し付け……もとい、任命。【フレイヤ・ファミリア】の団員数名がアクスの動向を把握した後に偶然を装って接触に成功した。

 

 ちなみに買っていた食材についてだが、本当に晩餐の食材が足りなかったというのはヘイズだけの秘密である。

 

「じゃあ、私は後始末して来るから」

 

「えぇ、後でオッタル様から指示が来ると思うわ」

 

 窓の外から治療師(ヒーラー)を呼ぶ声が聞こえたため、報告が済んだヘイズが扉から出ていく。廊下を歩く最中、彼女の瞳に数か月ぶりに希望の光が灯っていることに侍女たちはぎょっとしたとか、しなかったとか。




明日でいったん終了予定です。もう少しお付き合いください。

ゴブニュ・ファミリアのポーション
 またの名をモン●ターエナジー
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