ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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なんか、プロット書けちゃったので投稿。
次から完全にノープランなので、もう無理です!


9話:フレイヤ・ファミリア

 怪物祭(モンスター・フィリア)の翌日。【ディアンケヒト・ファミリア】に数か月に1度しか現れない珍客が訪れた。

 

「いらっしゃいませ、オッタル様」

 

【小神父】(リトル・プリースト)冒険者依頼(クエスト)だ」

 

 筋骨隆々のいかつい強面の猪人(ボアズ)。言わずと知れたこのオラリオで唯一のLV.7である【猛者】オッタルだ。

 数か月おきに来るので些か慣れたとはいえ、新米冒険者から毛が生えたレベルのアミッドからすれば目の前の存在は化け物。それも本気で腕を振れば自分ごと治療院を壊滅状態に追い込めるぐらいの理不尽の権化である。丁寧な言葉遣いの裏で彼女の肩は震えっぱなしだった。

 

「既に報酬は用意してある」

 

 そんな彼女の恐怖について一切考慮に値しないのか、それとも全く気付かない朴念仁の類か。自分のペースで報酬をカウンターに並べていくオッタル。

 中層、下層、深層と徐々に手に入れづらい素材を並べ、『確認を』と短く言ってくる彼にアミッドは慎重に鑑定を進めていく。

 

「さ、最上級品かと」

 

「これで2日……いや、1日で良い。奴には満たす煤者達(アンドフリームニル)の支援を頼みたい」

 

 『これが冒険者依頼(クエスト)の内容だ』と内容が記載された羊皮紙がカウンターに置かれる。確認すると、確かに回復支援やその後の食事準備といった業務が掛かれているのだが、目の前の男の圧にすっかり怯えた彼女は声を上ずらせながらアクスを呼ぶ。

 

「はい。あ、オッタルさん。お久しぶりです」

 

「あぁ、冒険者依頼(クエスト)を持ってきた」

 

 珍しい口調のアミッドを訝しみながらアクスが出てくると、カウンターの前に居たオッタルに気付いて挨拶する。オッタルもオッタルでアクスを見ながら返事をしているのだが、オラリオ最強に些か馴れ馴れしい態度にアミッドは内心『外でやって欲しい』と切実に願った。

 ただ、そんな乙女の心など全く意に介さない2人はカウンターの上に置いた冒険者依頼(クエスト)を確認し、『事前に持ってきてくださいよー』と軽く駄目だし。これには周囲の冒険者や【ディアンケヒト・ファミリア】の団員たちも退避するが、ここでオッタルは『すまない、怪物祭(モンスター・フィリア)で立て込んでいたんだ』とまさかの謝罪に騒然となる。

 

「ヘイズさんたちに配る美容クリームとかオッタルさんが使ってる強い胃薬とか用意できてませんよ?」

 

「必要ない。もう訓練は始まっている、さっさと行くぞ」

 

 そう言ったオッタルはアミッドを一瞥し、『連れて行くぞ』と言ってからアクスと外へ出ていく。嵐どころか砲弾が飛んできたかのような展開に場は静まり返る中、ようやく事態を把握出来た新人の団員が慌ててアミッドへと詰め寄った。

 

「あ、アクス君連れていかれちゃいましたよ! 殺されちゃいますよ!?」

 

「大丈夫です。毎度あんな調子で夜中にはオッタル様に送ってもらってるんで」

 

 長い長い息をつくアミッドの言葉に未だ信じられない様子の団員だったが、周囲の空気が徐々に『相変わらずおっかねー』といったまるでアクスのことを気にしていない風に変わっていく。

 しかし、それでも相手はLV.7。【ディアンケヒト・ファミリア】の総力を持っても容易に返り討ちに合うのが目に見えている化け物だ。新人ながら取り戻そうとさらに詰め寄る団員に、長くこのファミリアに所属しているエルフの団員が口を出してきた。

 

「心配ないよ。あの子はこの街で育った子供と一緒で冒険者を冒険者として見てるからね。どこのファミリアの誰々みたいにファミリアで差別はしないんだよ」

 

「以前問題になった神アポロンのところにも往診に行ってて不安になることもありますが、先ほどのオッタル様のように逆にそれが良いと仰る方も居るので注意はしにくいのですがね」

 

 分け隔てないという言葉がこれほど似合う存在は居ないだろうアクスの対応にやや遠い目をするアミッドであったが、今からダンジョンへ潜るらしいティオネたちがやって来ることでいつもの姿勢へと戻って行った。

 

「ところでさー、さっき【フレイヤ・ファミリア】の団長がアクスを肩車してたんだけど、見間違いかなー」

 

「馬鹿ね。あの【猛者】が子供を肩車するような奴に見える? 荷物と見間違えたのよ」

 

「おそらく見間違いかと」

 

 ──流石にそれはちょっと馴れ馴れしすぎではないだろうか。

 

 ティオネの発言にやや早口で被せたアミッドは弟の行いに少々頭痛を覚えた。

 

***

 

「オッタルさん、その砂漠ってところに何があるの?」

 

「……一面の砂しかない。歩きにくいこと、この上なかった」

 

 ティオネの見たとおり、オッタルはアクスを肩車して運びながら本拠(ホーム)である戦いの野(フォールクヴァング)へと運んでいく。その道中で会話が無かったかと言えば実はそうではなく、以前にフレイヤと訪れた『カイオス砂漠』のことをポツポツと話しながら彼らは【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)の扉を潜った。

 

「連れて来た」

 

「重役出勤とは恐れ入るな、神父」

 

「それはオッタルさんに言ってくださいよ、ドヴァリンさん」

 

 出迎え七日、大槌に凭れながら暇そうにしていた砂色の兜と鎧を纏ったパルゥムにアクスは声をかける。

 しかし、ドヴァリンと呼ばれたパルゥムは急に笑い出すと兜のスリットに手を掛ける。カシャリという硬質な音と共に開かれた顔に備わった()()()()。人違いだと理解したアクスは慌てて名前を言い直した。

 

「ごめんなさい、ベーリングさん」

 

「ふふふ、それではガリバー5男の称号は夢のまた夢だぞ? ただ、目の色で判断したことは感謝する。そこの猪は服の色で判断するからな。いい加減死ねばいいのに」

 

「そうだな、猪。ランクアップ出来ずに死ねばいいのに」

 

「そうだ、猪。深層まで落ちて死ねばいいのに」

 

「お前たち、アクスの前だぞ。いい加減自重しろ。それはともかく猪は死ね」

 

 そこら辺から同じ装備をした3人のパルゥムが続々と出てきた。ガリバー兄弟と呼ばれている彼らは、ベーリングというパルゥムと合流するついでとばかりに団長であるはずのオッタルに暴言を食らわせる。

 その暴言の中でもランクアップの話に少々苛ついたらしいオッタルは短く『表に出ろ』と言うが、『ここがもう表だぞ。脳筋』というカウンターを食らい、さらには『やるか?』という安易な挑発に乗って彼らと共に行ってしまった。

 

 誰も案内が居なくなったことでどこに向かえば良いのか一瞬にして分からなくなったアクス。後ろを振り返って門番に尋ねても『すまん、聞いてない』と言われたため、途方に暮れていると剣戟の音が騒々しい方向からヘイズが走ってきた。

 

「あらら。すーぐ殺し合いに行くんですから」

 

「ヘイズさんおはようございます」

 

「はい、おはようございます。今日はよろしくね」

 

 挨拶を返したヘイズは早速とばかりにアクスを小脇に抱えて走り出す。まるで荷物のような扱いを受けているアクスの耳には鉄と鉄がぶつかり合う剣戟の音に混じって様々な叫び声が聞こえてきた。

 周囲には夥しい血だまりや倒れた冒険者がそのままになっており、彼ら1人1人に満たす煤者達(アンドフリームニル)と呼ばれる部隊の治療師(ヒーラー)がついて治療を行っているが、絶対的に数が足りていない。そんな患者の中でも身体を袈裟切りにされた猫人(キャットピープル)の前でヘイズは足を止めた。

 

「アクス君は止血して、私が魔法を唱えるから」

 

「分かりました」

 

 アクスを下ろすや否やヘイズは魔法の詠唱に入り、その合間にアクスが他で回復作業に従事している治療師(ヒーラー)からもらった救急箱から包帯と回復薬(ポーション)を取り出した。

 治癒魔法は失った血までは戻らないためにまずは切られた部分を密着させるように包帯をきつく巻きつけ、その上から軽く回復薬(ポーション)を垂らしていく。この処置により表面を塞がれ、患者の表情が幾分か和らいだ。

 

「ヘイズ様。よろしくお願いします」

 

「──アース・グルヴェイグ」

 

 そこにヘイズの魔法が行使される。自動治癒(オート・ヒール)魔法のそれは患者の身体をまるで逆再生のように元に戻し、全ての損傷が治った瞬間に目を覚ました彼は礼も何も言わずに包帯を取って再び近くの敵へと切り込んでいった。

 

 礼すらも言わずに去っていく元患者にヘイズは『全く笑っていない』笑顔を浮かべるが、次第に大きくため息をつく。

 

「……ま、期待してませんよ」

 

「一々お礼を言われても治療に支障が出かねませんし、よろしいのでは?」

 

「アクス君もアクス君で治療関係に至っては達観してるねぇ」

 

 暗に『お礼は治療の邪魔』と言い放つ治療キチ具合にヘイズは軽く引く。

 

 ただ、言い訳させてもらうと別に彼はお礼を言われるのは苦ではない。むしろ大好きな部類だが、考えても見て欲しい。仕事中に手伝ってくれたということで長々とお礼を──それも複数人から断続的に行われる光景を。

 1分1秒すらも惜しい治療現場でそんなことをされたら、『仕事させろや』と言いたくなるのも致し方ないだろう。

 

「とりあえず、次に行きましょう」

 

「分かりました」

 

 これ以上は【ディアンケヒト・ファミリア】の闇に触れかねないため、ヘイズは強制的に話を切り上げる。

 

 その後も治療行為は続き、ヘイズや満たす煤者達(アンドフリームニル)が応急処置や患者を1か所に集めた後にアクスが回復といったり、傷口から折れた剣の残骸を摘出するという神経を使う作業を行ったり、『まだ戦える!』と喚いて治療させないLV.2を相手に麻酔(物理)(こぶし)を施したりと様々な治療行為を行ってきたアクスだが、戦いの野(フォールクヴァング)の治療はいったん終わって宴の準備に参加させられる。

 

「アクスさんは野菜の皮むきをしてから細かく刻んで、このハーブと混ぜ込んでください。後、この鍋にあの野菜を入れて沸騰したら塩を──」

 

「分かりました」

 

 満たす煤者達(アンドフリームニル)に所属する女性の話を聞いたアクスは早速鍋に水を張って野菜を入れる傍ら、自前の包丁を取り出して皮むきを始める。

 流石は手慰みとはいえ、【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師が手掛けた1品。野菜の皮がするすると向け、次々と細切れになっていく。ウォーシャドウのドロップアイテムも混ぜ込んでいるようでこれまでに致命的な刃毀れが一切なく数年間愛用しているのだが、名前が『シャドウ丸』という独特なセンスはどうにかならなかったのだろうか。

 

 時たま包丁を持って行くと喜んで研いでくれるあの髪の赤い鍛冶師のことを思い出しながらも、ものの十数分で言われたことを全て終わらせたアクスは追加の指示を乞う。作業速度に面食らった彼女だが彼が居た時の要領が分かっていたこともあって追加の指示をし、それもまた数十分かけて終わらせる。

 

「終わりましたー」

 

「まだ時間がある。久しぶりの休憩が取れる!」

 

 気付けば下ごしらえは全て終わっていた。時計を見ると訓練とは名ばかりの殺し合いが終わるまで2時間ほど余裕がある。

 数か月ぶりの時間的余裕に歓声を上げながら彼女たちはお茶の準備をし出し、アクスを机へと招き入れた。

 

「アクスさんが居ると楽ねー。もう終わっちゃった」

 

「僕も薬草とかの知識を付けられているので、お相子ですよ」

 

 【フレイヤ・ファミリア】の晩餐には訓練で失った血や体力を回復させるという理由で薬師(ハーバリスト)が用意した薬草などがふんだんに含まれている。ただ、薬草は葉っぱごと使う物もあれば葉脈部分が毒になるので取り除いてから加えるなどの知識が必要となってくる。

 【ディアンケヒト・ファミリア】では基本的なことぐらいは教えてくれるが、やはり最大派閥の1角である【フレイヤ・ファミリア】というだけあって薬草の中にはアクスがあまり取り扱ったことのない物も多々含まれている。その処理の仕方の勉強を含めると、この冒険者依頼(クエスト)はアクスにとってはかなり美味しいものであった。

 

 ただ、依頼人と受注人の想いがまるっきり異なるということも往々にあるわけで──。

 

「なにこの子。天使? 神父だったわ」

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】で薬草を扱ってるんだから、そんな言い訳使わなくても良いのよ。本当にありがとう」

 

 アクスの言葉を『謙虚な姿勢』と捉えたのか、満たす煤者達(アンドフリームニル)の女性たちはさめざめと涙を流していた。『本当のことなのになぁ』と思いながらも彼女たちの愚痴は留まることを知らず、数か月に1度しかなかった貴重な休憩は全てお悩み相談的なもので潰されてしまった。

 

 その後はヘイズたちと合流して晩餐となるが、特に何の問題も無く──普段は調理に手間取ったり配膳の人手が足りなかったりとヘイズ自らが給仕しなければならない場面が多々あるが、今回に限って彼女はずっと厨房で料理に集中出来た。

 

「アクス君、それが終わったら猪の丸焼きを竈に。それが終わったら煮立った鍋にスパイスを。あ、後は倉庫から持ってきたお酒を配膳の子に渡しといて」

 

「分かりました」

 

 下ごしらえとは比べ物にならないぐらい指示がアクスに課せられる。

 しかし、豊穣の女主人ではこれ以上の激務の際にサボりの生贄……もとい、手伝わされた経験があるためにそれらの指示を聞いたアクスはテキパキとそれをこなしていく。

 裏を返せばそれほどまでに豊穣の女主人の環境が地獄とも言えるのだが、それはアクスがあそこの環境に染まり切っているだけなので良い子は決して真似しないで欲しい。

 

「はい、これにて今日の業務は終了でーす。久しぶりのまともな余暇やったー!」

 

『やったー!』

 

 皿洗いや翌朝の仕込みが終わったことで満たす煤者達(アンドフリームニル)の業務が終了となる。時刻は既に夜中の7時を回っており、朝食の業務も含めると12時間ぐらいだろうか。それを『まとも』と言い張る労働環境に、アクスは【フレイヤ・ファミリア】の強さの秘密を垣間見た気がした。

 

「じゃあ僕、報酬貰って帰りますー」

 

「はーい、待った。報酬は私が渡すことになってまーす」

 

 そう言ってヘイズはアクスの手を引きながら自分の部屋へと連れて行く。椅子に座るよう促しながら部屋の戸棚から綺麗な箱に入った焼き菓子を取り出し、それを紅茶と共に供する。

 始めはこの焼き菓子と紅茶が報酬かと思っていたが、彼女はくすくす笑いながらそれを否定する。首を傾げながらも紅茶を1口飲むタイミングでヘイズが口を開いた。

 

魔導書(グリモア)。持ってるんだよね?」

 

「っ! っっング! ゲホッゲホッ」

 

「おー、踏みとどまった。偉い偉い」

 

 予想だにしていなかったことを聞かれたために紅茶を拭き出しそうになるが、既のところで飲み込んだアクスにヘイズは笑顔で拍手をする。『1度やってみたかったの』と茶目っ気を出す彼女だが、アクスにとって聞き逃せないことを話したことに狼狽えていると、彼女は急に真面目な顔をし出した。

 

「獣人ってね、耳が良いの。それもレベルが高ければ高いほど……ね」

 

「クロエさんが話したの?」

 

 あの場に居たのはクロエ1人だ。もしかしたら彼女が情報を流した可能性を訊ねるが、ヘイズは首を傾げながら『誰、その人』と言う。

 

「少なくとも、その人じゃないよ。でも、秘密の話をする時はもうちょっと場所を選んだ方が良いかな。あ、安心して。ファミリアで共謀して盗ろうとしてないから」

 

「は、はぁ」

 

 もしかしたら『獣人の前で内緒話はするな』という教訓が報酬なのだろうか。そう考えていると、ヘイズは突然立ち上がってから本棚の本をいくつか抜粋してテーブルの隅に乗せる。

 それらは治癒魔法についての概要や運用方法といった治癒魔法に関することが載っている本であり、紅茶を1口飲んだ彼女は慣れた手つきで本をパラパラとめくる。

 

「私にできることは論理とか、運用法とか。後はどんな魔法がアクス君に必要なのかをアドバイスするぐらいかな。……どう? これは報酬にならないかな」

 

「どこまで知ってるの?」

 

「教えなーい。でも、後腐れなく使っちゃった方が良いと思うよ」

 

 シルが情報を漏らしたという疑惑を込めて聞くが、あくまでも情報提供先は教えないつもりらしい。そっぽを向くヘイズにアクスは【フレイヤ・ファミリア】が魔導書(グリモア)を奪い取らないということを改めて確認し、一応信用するとして椅子に深く座り直した。

 そんな彼の様子にヘイズは『分かれば良し』と紅茶片手に治癒魔法についての解説を始めた。

 

***

 

 ヘイズと治癒魔法の勉強会を始めて1時間が経った。治癒魔法の概要から始まり、どういった場合に行使した方が効率が良いのかという持論を展開していたヘイズはいよいよアクスの魔法に対して分析を開始する。

 

「今までアクス君の治癒魔法を見せてもらったけど、あれはどちらかというと私寄りかな」

 

「ゼオ・グル……なんとかの方?」

 

「他人の魔法まで流石に覚えられないよねー。分かる分かる」

 

 魔法名がなかなか出てこなかったアクスに、ヘイズは苦笑を漏らしながら肯定する。ゼオ・グルヴェイグとはヘイズの持つ超広域回復魔法のことで、その効果は瞬間的な完全回復である。文字通り、全身火傷や手足の断裂などの重傷でも一瞬で治してしまうのだが、アクスと似ていると言われてもピンとこない。

 範囲魔法であることは似ているが、回復能力はLV.5だと何度もかけないといけないほど効果が弱い。そのことを伝えると、ヘイズは笑いながら『そんな便利な魔法を誰も彼も持っているわけない』とツッコんだ。

 

「私が言いたいのは使い方。今のところは人を集めて回復してるみたいだけど、アクス君に必要なのはズバリ高速詠唱と並行詠唱ね。……ってこの2つは分かる?」

 

「並行詠唱はリヴェリアさんに聞いたから分かるよ」

 

「流石【ロキ・ファミリア】……。っと高速詠唱はね──」

 

 並行詠唱はさておき、高速詠唱とは詠唱という魔力を練る時間を短縮するための技術だ。そのためには一気に魔力を練り上げる操作はもちろん、詠唱を早口で行う必要もあるので活舌を鍛えねばならないし、失敗すれば一気に魔力を練り上げる分だけ暴発の威力も桁違いという危険な技術だ。

 だが、高速で強力な魔法を行使できるということはスキを軽減することと同義なため、やはり魔導士としては覚えておきたい技術でもある。

 

 高速詠唱を用いることで、精神力さえあれば限られた時間で複数回復させることが出来る。そう判断したヘイズがアクスに高速詠唱を試すように指示した。

 

「それじゃあ早口で詠唱してみて。あ、精神力とか魔力は使わないでね。言うだけ」

 

「はーい」

 

 死とシャイセ

 

「……」

 

 死と再生のショウテョ

 

「……」

 

 死ホ

 

「駄目駄目じゃない!?」

 

 1節すら満足に言えない体たらくにヘイズは白目をむきながら吠える。その後も中々早口言葉が出来ず、『とりあえず1節1節を気持ち早く言う』という曖昧な助言をした彼女は続けて並行詠唱を見てあげるが、これも戦闘中や急ぎの治療の際に使えるほど仕上がっていなかった。

 

「いや、でも1年で必要に駆られないことをここまで出来るのはすごいことなのよね……。うん」

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】の治療師(ヒーラー)は毎日ダンジョンには赴かない。そうなれば探索系のファミリアに比べると冒険もしなければランクアップもせず、またダンジョンで使うような戦闘技術の習得は遅くなるのは必然と言える。

 アクスも含めて本拠(ホーム)で出来るような訓練は団員たちもしているのだが、必要に駆られてではない分だけこういった実践で使えるような魔法の技術を会得した者が少ないのが現状だ。

 

 そう考えると一介の魔法を操る者として考えれば落第だが、この歳でそういったことが出来るのはすごいことなのかもしれない。あくまでも治療師(ヒーラー)でしかないヘイズはそう考えるが、これからどうやってアクスに技術を教えようか悩んだ。

 

「うちも暇じゃないからなぁー。……どっかの脳筋たちのせいで」

 

 一瞬黒いものが噴き出すが、アクスは無視をした。

 ヘイズ自身にも当てはまるが、【フレイヤ・ファミリア】は言わずと知れた女神フレイヤ至上主義。今回はその主神に頼まれたので(手伝ってくれる嬉しさ半分)渋々半分で引き受けたが、数か月に1度では鍛錬にもならないだろう。

 少なくとも数日おきで鍛錬を見る必要はあるが、いくら手伝ってくれる間柄でも他派閥の人間を安易に本拠(ホーム)に招き入れられるほど【フレイヤ・ファミリア】の内情や幹部は大らかではない。

 

 そうなると──。

 

「地道に練習しかないかな」

 

「えー、師匠が教えてよー」

 

「早口言葉も出来ないおバカな弟子に割く暇はありませーん。……いや、割とマジで」

 

 酷い丸投げを見た。『アドバイスとは一体……』と思うかもしれないが、【フレイヤ・ファミリア】内以外で伝手もないヘイズが出来るのは、同じ治癒魔法の使い手として運用面のアドバイスをするぐらいしかないのだ。

 ただ、流石に自分でも丸投げは居心地悪かったのか、ヘイズは急に話題を魔導書(グリモア)にシフトした。

 

「アクス君は欲しい魔法とかあるの? 私は魔導書(グリモア)使ったことないから分からないけど」

 

「それがパッと思いついたら苦労はしないよ」

 

「そうよねー」

 

 焼き菓子をサクサクと食べていたヘイズが頬杖をつきながら本をめくり、『魔法の種別について』といった項目を見やる。

 攻撃魔法に付与魔法。障壁魔法に召喚魔法。後は解毒や回復などをひっくるめた治癒魔法。 稀少魔法 ( レアマジック)も含めれば色々な種別があるが、治療師(ヒーラー)と言えばやはり治癒魔法を取るべきだろうか。

 ただ、既にアクスはアミッドとヘイズのちょうど中間の立ち位置の魔法を取得している。既に使い勝手の良い物を持っているのに内容の劣る魔法を発現させても『死に魔法』となるだけなので、せめてどんな物かを決めた方がそういった魔法が発現しやすいかもしれないというある意味では運否天賦な魂胆だった。

 

治療師(ヒーラー)ならやっぱり障壁系?」

 

「んー。それも良いんだけど、私としてはこれを推すかな」

 

 そう言って小さなナイフで指を切ったヘイズが素早く魔法を詠唱する。先だって幾人もの患者を救った自動治癒(オート・ヒール)魔法。巻き戻しのように傷が塞がっていく光景をマジマジと見ていると、ヘイズは人差指を立てながら口を開いた。

 

「良い? アクス君。治療師(ヒーラー)は1番初めに狙われるの。当たり前よね、戦っている相手からしたら回復手段を潰すのが一番手っ取り早いし。でも、治療師(ヒーラー)は最後まで立ってなきゃいけない。一番初めに倒れても、戦闘中に倒れても駄目。回復が出来なくなったパーティには未来がないから」

 

 満たす煤者達(アンドフリームニル)を纏める者としての教訓にアクスは黙って頷く。

 前衛でもなく、後衛火力でもない中間の存在。壁役のすぐ後ろで回復を行う関係上、攻撃が飛んできて戦闘不能──という不慮の事故を防ぐためにはそういった魔法が必要なのだろう。

 

 ただ──。

 

「でもそれってたしか 稀少魔法 ( レアマジック)でしょ? 変に欲張って変なの発現したら目も当てられないと思う」

 

「…………頑張って!」

 

「師匠、結局最後は僕に丸投げしてない?」

 

「師匠から弟子への愛の鞭なのよ」

 

「なぜそこで愛?」

 

 再び酷い丸投げを見た。あくまで予想は予想でしかないので、変な魔法を発現しないように祈りつつもヘイズとの勉強会は終わる。

 時刻は既に9時を回っており、帰りはヘイズが送るよりもLV.7の方が適任ということで再びオッタルが呼び出されることとなった。

 

「じゃあ、師匠。またー」

 

「はいはい、また手伝ってね」

 

「ア"ク”スさ”ぁん! 行かな”いでー!」

 

「明日も手伝ってー!」

 

「むしろ改宗(コンバージョン)してー!」

 

 アクスの足に絡みつきながら涙を流す大人の女性たちに、オッタルは戸惑いの感情を隠しきれずにいた。そんな中、ヘイズだけは視線を彼の方に向けてその小さな唇を幾度か動かす。

 

『か い ぜ ん』

 

(俺に……俺にどうしろと言うんだ)

 

 重要部署からの幾度目かも分からない陳情。だが、悲しいかな。己の武と奉ずる女神以外には一切興味が無かったLV.7には何の考えも浮かばなかった。

 そのアイデアの無さは、ここで仮にアクスに助言を求めて彼が適当なことを言った場合、推敲もせず即座にそれを受け入れるぐらいのまさに『何だか知らんが、とにかく良し!』な状態である。

 

 結局『早く業務に戻れ』という言葉が引き金となり、満たす煤者達(アンドフリームニル)たちにも凝視されたオッタルはアクスを回収して逃げるようにその場を後にする。階層主の放つ圧によく似た何かだった──と後に彼は語った。

 

***

 

 そして、無事に治療院へと戻ってきたアクスであったが……。

 

「アクス、明日から3日ほど【ヘファイストス・ファミリア】に行ってくれる? "至急"みたい」

 

 冒険者依頼(クエスト)の羊皮紙を見せたアミッドは申し訳なさそうにそう告げてきた。




フレイヤ・ファミリアと仲良すぎない?
 オッタルが連れてきた時から恒例行事みたいなものなので、一部だけ仲が良いだけです
微妙一覧
 某マスター:無能なのだからもっと動け。愚図
 某戦車:あ”?
 某侍女長:関心なし
 2級以下冒険者たち:うるせえ!そんなことよりフレイヤ様だ!

良い一覧
 某猪:ファミリアの連中と違って尊敬してくれている。嬉しい(近所のおっちゃんムーブ
 某厨二:話を聞くときはこちらのペースに合わせてくれる。良い子(ちょろい
 某狂信者:一服の清涼剤兼労働力。団長、なんとかしろ(近所のお姉ちゃんムーブ
 満たす煤者達:もっと労働力を!もっと余力を!(必死

ガリバー5男の称号
 WEBCMネタ。多分、アクスが5男になると適度に回復して連携するクソ面倒臭い相手に進化すると思うんだ。

白目をむきながら吠える
 多分、裏で【unwelcome school】が流れてる

クエスト終わればまたクエスト
 完結作品の二次主人公もそんな体質だったなぁ(しみじみ
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