ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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11話:新たな魔法

 【ヘファイストス・ファミリア】での地獄の3連勤(デス・マーチ)を終えたアクスだが、ベッドに入ると1日過ぎていたという稀有な体験することなった。『昨日、どこ行ったの?』と聞いて回るアクスの泣きそうな表情に涙腺が緩む団員たちも居る中、今日も元気に治療院は営業を開始した。

 

 朝の忙しい時間を超え、昼も超え、夕方に差し掛かった頃合い。隔日で行っていた往診が出来なかったせいで大分時間がずれ込んだタイミングで黄昏の館へやってきたアクスが広間で診察を行っていると、ロキがひょっこり顔を覗かせてきた。

 

「おー、アクスー」

 

「ロキ様。お邪魔しております」

 

「それはそうと自分、魔導書(グリモア)どうするんや?」

 

 【ロキ・ファミリア】の所有物だったとはいえ、いつまでも他派閥に譲った貴重品を預かるわけにはいかないとロキはアクスに魔導書(グリモア)の処遇について尋ねる。

 すると、数日前からずっとそのことについて考えていたアクスは使うという返事をした。言うが早いか『持ってくるわ』と言って証文と魔導書(グリモア)を広間の机に乗せたロキや周囲の面々は、どうやって持ち帰ろうかと思案していたアクスの目の前で何やらそわそわしながら彼の様子を観察している。

 

「あれ、見ぃひんのか?」

 

「持って帰ろうと思ってました」

 

「いやいやいや、流石に危ないっすよ。それは」

 

 ラウルの言葉にアクスもようやく目の前の物品の危険性を悟る。ヘイズの口から【フレイヤ・ファミリア】は奪わないと約束されたばかりだが、それ以外のファミリアはそうはいかない。もしかしたら、あの場に【フレイヤ・ファミリア】以外のファミリアの団員が聞いていたかもしれない。

 神の言葉曰く『殺してでも奪い取る』を避けるため、ここで読むのが得策なのだろうが、ここまで注目された中で魔導書(グリモア)を読むのは何となく気恥ずかしさを覚える。

 

 他派閥が魔導書(グリモア)を読むところなど見ても面白くはないだろう──とアクスは思いながらも本を開くと、手始めに目次を読み始め得た。

 

「モテ女必見☆マル秘魔法で男たちを虜にしちゃえ☆ ……なんだこりゃ」

 

「なぁ、アクス」

 

「パーティをクビにされないための魔法5選。 ……これ本当に魔導書(グリモア)?」

 

「アクス君?」

 

 ロキやアキの声に反応せず、アクスはひたすら目次に書かれた馬鹿げた内容を追っていた。

 

『9割が知らない魔法の秘密』

 全世界の9割だとするとオラリオの人も知らなそうだ。これは論文にして世界に広めるべき案件だろう。

 

『知っていないと損。魔法の落とし穴』

 これも魔導書(グリモア)ではなくて教本とかに乗せるべき案件だろう。

 

 そんな具合にペラペラとページをめくっていたアクスであったが、ロキたちの目には彼が『真っ白なページ』を真剣に読んでいる姿が見えていた。その異様な光景について聞こうにも、既に声すら聞こえないほどに没頭するアクスの様子に対して徐々に不安感を募らせていく。

 

「もしかして、呪詛(カース)の類やったか?」

 

「それって、アミッドさん案件じゃないですか。呼んできましょうか?」

 

「いや、待つっす。それよりもガレスさん呼んできて欲しいっす。もうちょっと様子を……」

 

 傷が治りにくい、何かしらの状態異常を常に身に宿すなどといった効果は様々だが、まさしく呪われた状態となる呪詛(カース)属性は武器や本などに付与されることが多い。

 持っていただけで呪われる人形、読んだだけで意識を閉じめる本。様々な呪いのアイテムが思い浮かんだそれぞれが浮足立つ中、その混乱をラウルが鎮めようとする──そんな時だった。

 

 アクスが前のめりに机に倒れた。

 

***

 

 背が低い草の間をのたうつようにアクスは進む。色々考えながら何かをしていたはずだが、()()()()()()どうでも良い。とにかく前へ前へと進んでいく。

 そうして進んでいくと、小さな泉が見えた。泉の中では男性が一糸まとわぬ姿で汚れた身体を洗っているが、アクスの目にはそんな物よりも気になる物を見つけた。

 

 葉脈が黄金に輝く草。何故か目が離せないそれにこっそりと近づきながら口を開けた直後、アクスの頭の中に声が響いた。

 

──そこの者。なにを求めてそれに口を付ける。

 

 気付けば泉が消え、男性がこちらに向かって歩いていた。逃げようにも身体は言うことを聞かない。

 その間にも彼はズンズンとこちらに近づき、やがてこちらを見下ろすとやや高圧的にアクスに質問を投げかけた。

 

──お前にとってこの草はなんだ。答えろ。

 僕が欲しい物だよ。

 

 すかさず答えたアクスに彼は質問を変える。

 

──お前にはこの草は何に見える? 魔を打ち払うほどの力を宿す物か? それとも、万の大軍や英雄の1撃から身を守れるほどの力を宿す物か?

 

 そう言われると困ってしまう。元々、自分は何を望んでいたのだろう。

 ただ、とても清らかな白い光。その光を押し潰さんと周囲を漆黒が押し寄せてくる光景。アクスにはそれが何よりも許せなかった。

 そんなことを思っていると、男性は妙な装飾の盾を付けた戦士へと変貌する。

 

──なるほどな。それだけか? 

 それだ……いや、待って。

 

『それだけ』と言おうとする口をグッと閉じる。何時しかアクスの目線がやや高くなっており、四肢が生えている。そんな彼の視界に薄紅色の光が通り過ぎた。

 

──答えは出たか? 

 いや、「僕」だ。他人もだけど、なにより僕が倒れちゃいけない! 僕も皆も助かる薬草が欲しい! 

──まるで子供の妄想だな。

 子供だもん。

──クハッ! たしかにそうだ。だが、これだけは言っておく。お前だけですべては救えない。……持ってけ。

 

 戦士の格好から元の裸体に戻った男性の手から薬草が手渡されたと同時にアクスの意識が暗転した。

 

***

 

「アクス、大丈夫か!」

 

「ガレスさん。あれ、魔導書(グリモア)は?」

 

「ちゃんと記憶はあるっすね。リーネ、回復を!」

 

「は、はい」

 

 いつの間にか寝かされていたソファの周囲には、魔導書(グリモア)を読む前から部屋の中に居た面々よりも多くの【ロキ・ファミリア】の団員たちが集まっていた。ラウルの指示で傍にいたリーネに回復されるが、特に不調を訴えていないアクスは何をしているのかよく分からないといった表情を周囲をぐるりと見ては首を傾げている。

 

 すると、彼女の治癒魔法が終わったタイミングでほとんどの団員が矢継ぎ早に質問を浴びせかけてきた。質問の内容の中に呪詛(カース)などと言った物騒な単語が聞こえるが、状況を十分に把握していないアクスが対応しきれずに目を回していると、ガレスの一喝が広間に響く。

 

「まったく……。アクス、お主はこれを読んでおった。ここまでは思い出せるか?」

 

「うん、最初は何を書いてるか分からなかった」

 

「じゃが、今はもう何も載っておらん。お主の様子を見ていたロキもこやつらも、最初から何も載っておらなんだと言っておる」

 

 本を持ちながら周囲に同意を求めるガレスの声にラウルたちが頷く。彼らの後ろを見ればボコボコになったロキもぐったりしながら首を上下に動かしているため、アクスの目には文字が見えたことを話すと全員が首を捻った。

 魔導書(グリモア)なんてレア中のレアアイテムを使用する機会なぞ、それこそ一生の中に1回もないことの方が自然だ。【ロキ・ファミリア】内でもそんな経験をした稀有な人物はいないため、これが呪詛(カース)の類なのか魔導書(グリモア)の仕様なのかも分からなかった。

 

 ああでもない、こうでもないと悩んでいると、『戻りました』という声と共に【ロキ・ファミリア】の団員がアミッドを連れて広間に現れる。

 

「うちの団員がご迷惑をおかけしました」

 

「いや、書類仕事をしていて見ておらなんだ。こちらこそ謝罪する」

 

 友好的な付き合いだとしても他派閥に迷惑をかけたことは変わらない。お互いの謝罪の応酬が止まない中、『呪詛(カース)疑惑のある物を他派閥に使いやがって』とフルボッコにされていた状態からいつの間にか元気になっていたロキは何やら思いついたように2人に近づいていく。

 

「そんなら、交換条件といこうや」

 

「交換条件?」

 

「せや、そっちはうちらにアクスが発現したかもしれん魔法を教える。うちらはその魔法を込みでアクスに修練する場を与えるってのはどうや? あ、もちろん呪詛(カース)の類やったら賠償するから教えてな」

 

 魔法の詠唱や効果が分かれば安易に対策を取られるため、魔法とはステイタスと同じで安易に他派閥に教えることはよほどの事情があったり、仲が良くなった間柄でないと成立しない。アクスが他派閥のホームで迷惑をかけたにしては相手が有利な条件にアミッドは少々困る。

 

 ただ、そうは言っても魔法の修練場所を提供してくれるのはこちらにとって利となることだ。効果によって周囲に多大な迷惑をかける恐れもあるため、効果や範囲がよく分からない魔法を【ディアンケヒト・ファミリア】の敷地内で放つのはリスクがある。

 そうはいってもダンジョンで試すのも不慮の事故に見舞われる可能性もある。訓練を見てくれる高レベルの監督者が居ることを考えれば、そう悪い話ではないと判断したアミッドはロキの言う条件を呑んだ。

 

「契約成立や。んじゃ、アクスは次の休みにでも遊びに来ぃ」

 

「明日ですね。ガレス様のご予定は如何でしょう」

 

「儂もラウルも問題ない。久方ぶりに2軍の奴らでも面倒を見てやるとするか」

 

 ニカリと笑いながら腕をブンブン振り回すガレスに2軍の顔面が蒼白になる。彼らのやや煤けた背中を見つつも、アミッドはロキに挨拶をしてアクスと共に治療院へと帰って行った。

 

***

 

「──で、これか」

 

「やはり魔法ですか」

 

「本人よりも先に見せるの止めてよ。お姉ちゃんも」

 

「お姉ちゃん特権です」

 

 夜中。呪詛(カース)の反応が見られない診断を下したアミッドと共にディアンケヒトの私室を訪れたアクスはステイタスの更新をする。遠征というある種の偉業をこなしてもLV.3へのランクアップはまだまだ遠く、アビリティの上がり幅も10や30といったものが目立つ。

 だが、一々説明するのも面倒だとディアンケヒトは魔導書(グリモア)で発現したというアクスの新たな魔法のみを共通語(コイネー)にしてアミッドに渡すと、彼女はそれを食い入るように見つめる。

 

魔法

 アスクラピア

 自動治癒魔法(オート・ヒール)

 詠唱:治療せよ(アスクラピア)

 

 短文にもほどがある詠唱。詠唱は長ければ長いほど威力が高くなるため、どのぐらいの傷を治せるかは未知数だが、自動治癒魔法(オート・ヒール)という 稀少魔法 ( レアマジック)にアミッドはディアンケヒトがステイタス更新に使う針の予備を貸してもらう。

 

「アクス、魔法を使ってください」

 

「え、うん。えーと、詠唱は……治療せよ(アスクラピア)

 

 アミッドの手を取ったアクスは魔法名を唱える。もはや短文詠唱の域を超えた詠唱と共に彼女の指に魔法円(マジック・サークル)が出現した。

 それはまるで傷口に染み込むように透明度を増していき、30秒ぐらいで完全に消失。指も傷が見当たらない綺麗な状態に戻っていた。

 

「おー、すごい」

 

「肉体接触が必要なのかなどの検証は【ロキ・ファミリア】に託しましょう。もう遅いからもう寝なさい」

 

「えー、もうちょっと実験……。へーい」

 

 新しいおもちゃというのはすぐさま遊びたい衝動に駆られるもの。いくら姉の指示でもそう簡単に聞けるものではなく、文句の1つでも言いたくなるのも当然だ。

 ただ、流石にアクスの額目掛けて指をトントン突きながら威嚇してくる姉に勝てなかった。これ以上駄々をこねて強制執行されるのを恐れた彼は、大人しく次の日を待つこととなった。

 

***

 

「さて、お主には儂が2軍と訓練している間の回復を頼みたい」

 

「さー、いえっさー。おーいえー」

 

 正面には緊張感を持った目でガレスを睨む若手たち。後ろにはロキから教わったらしい摩訶不思議な返事をするアクス。緊張感の温度差が激しくてドワーフなのに風邪をひきそうな悪寒に身を震わせながらもガレスは訓練を始める。

 

「ほれぇ! 次ぃ!」

 

 ギャアア

 

「もういっちょぉ!」

 

 ヒィィ

 

「もっと来んかぁ!」

 

 ら、ラウルゥ! 

 

 圧倒的な戦力を前に木っ端のごとく吹き飛ばされる2軍たち。彼らもほとんどはLV.3で。中核メンバーに至ってはLV.4なのだが、やはりLV.6という圧倒的レベル差は集団であっても覆せなかった。

 そんな騒々しい訓練場の一画にて、治療師(ヒーラー)たちによる治療が行われている。大抵はリーネたちの治療を受けては訓練に復帰していくが、希望者の数人はアクスの治療……もとい、実験を受けていた。

 

治療せよ(アスクラピア)

 

「おー、打ち身にも効くのか。ちょっと行ってくる」

 

「スターク様、お気をつけ……あっ」

 

 ウェーブのかかった髪の男性が槍を引っ掴んでガレスへと突っ込み──ベチコーンと1撃で吹き飛ばされる姿を見ながらアクスは今までの結果をメモに書き始める。

 

 新しい魔法は確かに便利だ。かなり短い詠唱なのにも関わらず、30秒という限られた時間で一定の速度で治癒が行われていく。治すことが出来なかった傷は今のところなく、擦り傷から打ち身、重度の切り傷や骨折までも治癒が可能であった。

 また、使用する精神力も治癒魔法より軽微で済むのは大きい。今まで治癒魔法を連続で5回ぐらいすればヘバっていたが、自動治癒魔法(オート・ヒール)では先ほど吹き飛ばされてノびているスタークを入れて13人目。今のところは精神疲弊(マインドダウン)の症状は出ていない。

 

 ただ、不便なところもある。

 まずは体力の回復が出来ないという点だ。傷だらけな上にヘバっていたシャロンという女性団員に魔法を行使したところ、傷は治ったが体力が戻らずしばらく休憩をしていた。

 次に範囲の問題だ。魔導の影響でヘイズのように範囲内の存在に魔法が掛かるかと思いきや、自分が接触した単体にしか魔法が行使できなかった。彼女とは違って短文詠唱だから範囲で掛けれるほどの出力が無いのかは定かではないが、出来ないものはしょうがない。許容していこう。

 そして最後だが、最大時間を超過した場合は治癒が半ばで途切れることだ。事故によって腕の骨が見えかけるぐらい深く傷を負ったロイドと呼ばれる冒険者に魔法を行使するが、30秒では治療が間に合わずに結局2度目を行使する羽目になった。

 こうなると四肢欠損並の大怪我はどうなるのだろう。後学のためにちょっと試してみたい気もするが、脳内に住むイマジナリーアミッドが『めっ』してきたのでアクスは我慢した。我慢出来る男は辛いぜ。

 

 これらを踏まえて短文詠唱な分だけ出力と時間はお察しだが、消費する精神力は軽め。オラリオの往診では使えるかもしれないが、急を要するダンジョン内では使えないかもしれない。

 そんな評価をしていると、作業が一段落したリーネが声をかけてきた

 

「アクス君、どうですか?」

 

「リーネ様。やはり、ダンジョンでは使えないかと。深い傷の場合、傷が治る前に魔法が途切れてしまいます」

 

「アクス君、精神力や魔力を過剰につぎ込むのはどう?」

 

 魔法についての不満に横から入ってきたのは【純潔の園】(エルリーフ)アリシア・フォレストライト。助言と思ってかけた言葉にアクスの理解が追い付いていないことを察した彼女は、『やって見せましょうか』とガレスに訓練から外れることを言ってから杖を持って魔法を詠唱し出す。

 

 アリシアの頭上に出現した無数の雹弾が訓練をしているところとは別の方向に殺到し、地面を瞬く間に氷の園へと変えた。

 

「これが肩の力を抜いた状態よ。次は……皆ー、今から本気で魔法撃つからこっちまで避難してー!」

 

「なんじゃい、アリシア。いきなり魔法なんぞ撃ちおって」

 

 訓練を一時中断したことで文句を言うガレスであったが、アリシアが事情を話すと『魔法のことは分からん! 任せる!』と言いながら全員に退避を命じる。

 やがて、全員が退避したところにアリシアの魔法が炸裂する。先ほどの魔法とは打って変わり、範囲が桁違いな様子に本当に同じ魔法なのかとアクスは問いかけると、アリシアは微笑みながら肯定する。

 

「魔力を練ったり、制御するための精神力が必要だけどね。でも、せっかく安全なところで試してるんだから、試さないともったいないと思わない?」

 

「そうじゃな、何事も経験よ。……というわけで、氷上で戦う訓練でもやるかのぉ!」

 

 ガレスの言葉に全員が声の無い叫びを上げながら付いていくのを見送りながら、アクスは先ほどシャロンに引き摺られてきたスタークを治療する。

 先ほどまでの自動治癒魔法(オート・ヒール)で使用した魔力よりも過剰につぎ込むことを念頭に入れ、魔法円(マジック・サークル)が現れても構わず魔法に魔力をつぎ込み続ける。精神力がぐんぐん削られていく感触を覚えながらもアクスは耐えながら30秒──1分と経ち、そこからさらに10秒といった頃合でアクスが地面に倒れ込んだ。

 

「……ぶはっ! ハァー……ハァー……」

 

「はい、精神力回復薬(マジック・ポーション)。でも、およそだけど1分ぐらいまで伸びたわね」

 

「ゲホッ。ですが、どこまで治療できるかは……」

 

 つぎ込む魔力の量で効果の延長が見込めるのは収穫だが、アクスが限界まで疲弊してやっとこ1分だ。どこまで治療できるか分からないと言うと、アリシアは笑みを浮かべながらとんでもないことを言い出した。

 

「そうね。だから、()()までやるの。その方が自分の限界ギリギリが見極められるでしょ?」

 

 都合良く運ばれてきた患者の前にアクスを連れて行ったアリシアは『さぁ』と促す。症状は攻撃を避け損ねたことによる脛部分の骨折。触診もしてみるが粉砕レベルまでは行っていないものの、かなりグシャってるのが見て取れた。

 

「行きます」

 

 意を決して先ほどと同様に過剰な魔力をつぎ込む。凡そ1分の魔法が終わると、患者の脛には大きな青痣が1つ。患者が軽く折れた部分を触ってみるが、骨の確かな手ごたえと鈍痛が帰ってくる。完治とはいえなくとも治療できたのだ。

 

「ハァー……ごふっ。お"気を”つけて」

 

 精神力回復薬(マジック・ポーション)を飲みながら嘔吐くアクスに『お前がな』と言い返しながら回復薬(ポーション)を患部に掛けて訓練に戻っていく団員。それを見送ったアリシアは、何かを思いついたようにアクスに話しかける。

 

「そういえば、この前リヴェリア様に並行詠唱についてご教示いただけたみたいだけど、修練は進んでる?」

 

「あ、一応移動しながら出来る具合には……」

 

 早速練習した成果を見せようと張り切るアクスであったが、アリシアの目にはまだまだ拙く見えたのだろう。すぐさま数人のエルフの女性を呼び集めた。

 彼女たちはヒソヒソと何かを相談していると、唐突に猫撫で声でアクスの名を呼んだ。

 

「アクスく~ん。並行詠唱について練習してみよっか」

 

「良いの?」

 

「今日はそのための場でしょ? 私たちも使えるから練習になるわよ」

 

 リヴェリアに聞こうとしていたアクスにとっては嬉しいことであった。アクスは知らないが、彼女たちは先ほどの通り全員並行詠唱の使い手であり、時にはリヴェリアが攻勢に出る際に供周りを務める『妖精部隊(フェアリー・フォース)』所属の魔導士や魔法剣士たちだ。

 全員が軒並みLV.3以上と凄腕揃いなのだが、如何せんエルフ。元々魔法の類を得手としているためか、残念なことに彼女たちは軒並み感覚派──痛くなければ覚えませぬの方針だった。

 

「とりあえず、私たちの攻撃を躱しながら唱えてみよっか」

 

「え、いきなりそれは難しいと思う」

 

「大丈夫、大丈夫。私たちもやったんだから!」

 

「そうそう、それにベートさんも"回復のみで安心するな"って言ってたでしょ。もうちょっと戦えるようにならないと」

 

「そうね。ハイエルフであるあの方に教わったなら、是が非とも物にしないとね!」

 

 少々エルフらしい面倒臭さが香る発言があったが、変な同調圧力によって木で出来た槍を渡されたアクスは並行詠唱に関しての強制的な訓練(ブートキャンプ)が始まる。

 

 まずは小手調べと称して初っ端からLV.3の魔法剣士との組手中に並行詠唱をするという苛めを受ける。レイピアを模した木刀の先を見ながら回避するが、まるで蛇のようにうねる木刀の軌道を読み切れずに首元に切っ先を突きつけられる。

 

「じゃあ、自動治癒魔法(オート・ヒール)を自分に使って。次は私が相手よ」

 

「攻撃は弾くのがコツよ。避けるのは最終手段」

 

ふぁい(はい)

 

 続けて後衛であるはずの魔導士が杖を持って殴りかかってくる。

 こちらもLV.3なので勝負は見えていたが、アクスは先程よりも進歩していた。避けられない攻撃を弾こうと努力する部分が見られ、無駄な動きを極力減らすことでもう少しで治癒魔法を行使出来ていたところに顔面を強打。それでも目の覚めるような成果に彼女たちは感嘆の息を漏らす。

 そして3人目。少々難易度を上げると言ってLV.4であるアリシアを投入し出した彼女たち。全く詠唱出来ない程の連続攻撃に打ちのめされたアクスはあろうことか別の魔法を使いだした。

 

治療せよ(アスクラピア)

 

「えっ、自動治癒魔法(オート・ヒール)で回復しながら戦ってる!」

 

「うわ、すっごい回復してる」

 

「攻撃当て始めてる。すごっ」

 

 肩を強打──治療せよ(アスクラピア)。攻撃を弾く際、手の骨が折れた──治療せよ(アスクラピア)。腕を犠牲に顔面を防御──治療せよ(アスクラピア)

 幾度とない自動治癒魔法(オート・ヒール)を超え、槍すらも手放したアクスの捨て身の攻撃が徐々にアリシアの身体に届き始める。その気迫に余裕そうなアリシアの表情が一気に険しくなり──。

 

「やめんか、お主らぁ!」

 

 怒号が轟いた。

 

***

 

「誰がLV.3や4がLV.2虐めろと言った?」

 

『すみません』

 

 太陽の光がさんさんと降り注ぐ広場の中央でアリシアたちはガレスからお叱りを受けていた。他派閥の──それも子供相手にガチガチの訓練なぞやらせるべきではないという当たり前な言葉に、周囲で聞いていた団員たちは自分たちが率先して助けなかった負い目からか無言で頷いている。

 

「でも、アクス君も悪いんです。ちゃんと教えた所を実践してくれるから嬉しくって……痛っ!」

 

「あんなに食らいついて来るから段々楽しく……痛いっ!」

 

「少しは悪びれろ。……まぁ、言いたいことは分かるがな」

 

 言い訳を並べるアリシアたちを拳骨で黙らせながらも、ガレスは未だにラウルに軽く動いてもらいながら並行詠唱の練習をしているアクスの方を見る。

 

 あの素直なパルゥムのひた向きに努力する様を直視した年長者は軒並みヤられている。フィンは言わずもがなだが、リヴェリアでさえも魔法が発現した時から積極的に質問してはアイズやレフィーヤも時々サボるほどの座学をたまに受けに来ている姿にかなり心を持っていかれている。

 そんな2人に『他派閥だぞ』とは釘を刺しながら笑い飛ばしていたガレスであったが、実は自分も遠征中にこっそり武器の研ぎ方を教えていたりする。

 

 つまるところ、未来ある子供がかわいくて仕方が無いのだ。

 そんな子供をいつ死んでもおかしくない魔境に連れて行くファミリアが居るらしい。酷いパルゥムの40歳越えの団長が居たものだ──と、空想の中で責任を丸投げしたガレスはとりあえずリヴェリアに報告することを告げるとそれぞれはシュンとしていた。

 

「せや! あんな血生臭いおねしょたなんて願い下げや! おねしょたはな……、嬉し恥ずかしと無自覚が反復横跳びのように……チラリズムが大切なんやぁ!」

 

「なにを言っとるんだ、ロキは」

 

「神の言うことが俺たちにわかるわけないじゃないですか」

 

 真上に上がった太陽に向かって吠えるロキに一同は再び訓練を再開する。

 その後、一般的な武器全てを人並みぐらいに扱えると豪語したラウルが手を変え品を変えながら並行詠唱の相手をしてくれたため、流血あり、暴力表現マシマシ、ガチ訓練によって顔が中々凶悪な状態のお姉様方がスパルタ形式で小さな少年を叩きのめすという発禁系の展開になることなく【ロキ・ファミリア】の訓練は終わった。

 

 暗くなるということでラウルとアキが治療院まで送る最中、アクスはずっとラウルのことばかり話していた。

 

「アキさん、ラウルさんすごいよね! 剣もナイフも色々出来ちゃんだよ!」

 

「うんうん、すごいね。でも、この人すーぐヘタれるからアクス君は真似しちゃ駄目だよ」

 

 剣、ナイフ、斧、槍、鞭や投擲まで使いこなすラウルを無邪気に称賛するアクス。ただ、それを聞いていたアキは照れている本人をじっとりと見つめつつ精神面がまだまだなっていないことを指摘した。図星を突かれて『精進するっす』と落ち込みつつも3人は並んで歩いていく。

 約1名──アキの尻尾が左右に揺れていたことにラウルたちは気づくことはなかった。

 

***

 

 怒濤の訓練を終えた日の夜。ステイタスの更新を終えたアクスは、共通語(コイネー)に直されたステイタスの紙や魔法について分かったあれこれについて纏めた紙を喜々として団員たちに見せては感想をもらっていく。

 

「また耐久が増えてるわね」

 

「まぁ、今回はリヴェリア様に教えていただいているからな」

 

「リヴェリアさんの話するとエルフの人たちが怖い」

 

「過激派こえーからなぁ。仕方ねぇよ」

 

 耐久の上がり幅がパルゥムにしては高いことを指摘した瞬間、アクスの中にあるトラウマスイッチがオンになる。ぼそりとエルフ──というか、その大元であるリヴェリアに対する恐怖を述べる彼であったが、それをエルフの男性が宥める。

 すると、魔法について分かったことを記した紙を見ていた女性団員が口を挟む。

 

「でも、1分で重度の骨折の治療はすごくない?」

 

「それでも最大で1分だろ? そこで精神疲弊(マインドダウン)を起こしたら、意味ないじゃないか」

 

「そもそもアクスには1つ目の魔法があるんだから、使い分ければ良くないか?」

 

 片や傷の治癒の他に色々選べる治癒魔法。片や傷の治りは遅いが、行使したら30秒は傷の治療が出来る自動治癒魔法(オート・ヒール)。魔導の発展アビリティの効果で治癒魔法の方に軍配は上がるが、複数人を一斉に治療しない場合は後者を選んだ方が精神力の節約になる。

 

「一旦、自動治癒魔法(オート・ヒール)をして応急処置をしてから範囲治癒魔法で回復するのが良いのかも」

 

「それは緊急の人が何人かによると思うぞ。治療中に精神疲弊(マインドダウン)とか目も当てられん」

 

「そのための私たちでしょ!」

 

「居ない場合はどうなるんだよ!」

 

 いつの間にか団員たちが集まって来てアクスが発現した魔法に対する熱い議論が繰り広げられる。些か熱くなりすぎているようだが、これも何かと一生懸命な可愛い末っ子への愛が暴走した結果だろう。

 当の本人も彼らの議論の激しさについて一切気にすることなく、出てきた案を逐一『医療メモ』という冊子に書き記している。

 

 そうして喧々諤々と他人の魔法について語っていると、横で黙って聞いていたアミッドが結論を述べる。

 

「つまり、私たちは今まで以上に治療経験を積む……。そのために講習会を開き、それぞれが意見を出し合うという結論で良いですか?」

 

『異議なーし』

 

「では、今日からしましょうか。希望者は後で調合室へ。アクスは強制参加でお願いします」

 

「わぁ……ぁ……」

 

 なんかそういうことになった。

 希望者と言いながら全員が参加を希望したため、やむを得ずエントランスにてひたすら症例と対応に関することを呪文のように聞かされる。その結果、アクスの治療スキルが幾度か上がった──気がしたとか。




魔導書とのやり取り
 蛇と若返りの草(ギルガメッシュ叙事詩)が元ネタ

アスクラピアの設定
 範囲を自分のみ → 接触した個人/自分自身に変更
 ヘイズも詠唱込みで範囲リジェネをしていたため。
 アクスは超短文詠唱なので範囲指定が出来ない感じで差別化

妖精部隊の訓練鬼すぎない?
 美人のお姉さんとの特訓だぞ。喜べよ。
 彼女たちの認識がリヴェリア様(王族)に教えてもらったのなら生半可なことは出来ないよね?なため、致し方ない犠牲。
 後、指摘したらすぐに修正しようと努力する人って好かれるやん? そういうこと。
 なお、後にガレスからリヴェリアに報告されて怒られた。

ラウアキ
 きてる…。
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